Irregular

neko-aroma(ねこ)

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Irregular 33

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「なに?また迎えに来てくれるの?」
「はい。あれ?先生にまだ言ってなかったかな・・・僕、引っ越したんです。」
「そう。Nさんの家に?」
「え!なんで分かるんですか?」
「それ位は誰でも分かるでしょ。Nさんがさ・・・君を一人にしとく筈が無い。」
「そんなに頼りなく見えるんですかね・・・」
「何言ってるの。君がどう見えようと関係無いでしょ。Nさんが君と一緒に居たいって事だろうからね。迎えに来てくれるのなら、俺とは初対面になるんだね。ご挨拶しなくちゃ。」
「ああ、ええ、そうです・・・ね。」
Sは微妙な顔付をしていた。それを横目で見ながらKはグラスワインを煽った。
さて、Nに差し出すアペリティフは何にしようか。
Sと親密な様子を見せて軽く揶揄うか、それともわざと単なる講師と生徒の間柄を強調して、その空気の中に猜疑心を込めた眼差しで何かを探そうとするだろうNを高みの見物するか。はたまた、最初から嫉妬を隠さないNに言葉遊びを仕掛けるか・・・
Kは随分と挑発的な気分になっていた。
他人の恋路を邪魔するつもりは無い、と言った言葉に嘘は無い。
だが、Nと出逢うまではノーマルなのを疑いもしなかったであろうSを、言葉一つであのような表情をさせるNを多少傷付けてやりたい願望も湧いていた。
嫉妬を抱いているのは自分だと、Kはこの時知る由も無い。
ただ、蜜月の凪に揺蕩う二人に、波紋を起こす小石の一つでも投じたい、大人の悪戯心だと信じて疑わなかった。
「それで?就職が決まったら、君のスケジュールはどうなるの?俺のモデルをやる暇、あるの?」
「はい、まずは出品用の作品を仕上げてから会社の契約をするつもりでいました。契約時に僕の日程表が出るでしょうから、そこから先生のご都合とすり合わせて・・・かなと。それでも、良いですか?」
「ああ、構わないよ?モデルだけど、写真や動画を撮影する日は一日だけとは限らない。作品を作り始めてからも、俺が君を必要だと思った時にお願いするかもしれない。それは、1,2回じゃ済まないかもしれない。大丈夫?」
「はい。その都度日程を合わせて頂ければ・・・」
「ふふっ。君は義理堅いのかな?とことん俺に付き合ってくれる気でいるんだね。俺はありがたいけど、無理する事も無いんだよ?」
「無理なんかしてません。先生には・・・一番辛い時に助けて頂いたご恩もありますし、僕をモデルにする作品も気になります。」
Kは自分の唇に人差し指を何度か横滑りさせながら、Sの目をじっと見詰めた。
「興味があるんだね?それは作品にだけ?俺にも?」
Sははにかんだような笑顔で唇を軽く噛んだ後、上目遣いにKを見た。
「どっちにも、です。」
「ふう~ん。」
Kが意味深な微笑みを浮かべてみせた時、半開きの障子の影からスタッフの声が掛かった。
「A(Sの苗字)様のお連れの方がいらっしゃいました。」
障子が開かれて鴨居に頭をぶつけそうになる寸前で素早く首を傾げて避け、中に入って来た男性は間違いなくあの日見掛けたのと同一人物だった。
「こんばんは。初めまして。」
「初めまして。お座り下さい。」
Kは手を差し伸べて着席を促した。
Nは迷わずSの隣に着席し、見上げるSと一瞬笑顔で視線を交わし上着のポケットをまさぐった。
「座ったままで失礼します。私、T(Nの苗字)と申します。」
サラリーマンの社外との正式な挨拶スタイルで、名刺入れの上に名刺を乗せテーブル越しに両手でKに差し出した。
少々面食らいながらもKは笑顔で名刺を受け取り、すぐに目を通した。
表面には日本人なら知らない者が皆無な大手企業の本社「総務課」とあり、裏面には「社会人企業チーム・野手・背番号・氏名」があった。
Sの恋人が社会人の中でもエリートと呼ぶべき地位に居ることに内心驚いていた。
「申し訳ない。俺はフリーランスでWebの仕事が主だから、名刺を持ち歩いてないんだ。ネットで全部済ませられちゃうしね。今はS君が通う陶芸教室の講師をしています、I(苗字)K(名前)と申します。」
「いつもSがお世話になって・・・ありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそ。今夜は飲めないんでしょうけど・・・食事は?」
「じゃあ、ウーロン茶を一杯だけ。」
「S君は?何かもっと飲むの?」
Kの問い掛けにすぐにNの顔を見上げるSは目で”もう一杯だけ”と訴えているようにKには見えた。
「いつから吞兵衛になったんだ?明日も教室があるんだろ?」
「えへへ。バレたか。先生、僕もウーロン茶をお願いします。」
「Tさんと初めて会った記念に乾杯。」
Kが音頭を取って、三人は軽く音を発ててグラスを重ねた。
一口飲んだ後、並んで座っているSとNが目線だけ絡ませては微笑む様子を目にして、Kは心と裏腹に笑顔を浮かべていた。
自分でも驚く位の苛立ちが沸々と湧き上がり、この感情を味わうのは過去の恋人との将来が暗礁に乗り上げた際以来だとぼんやりと思い返していた。
「Tさん、S君と俺の付き合いはまだ続きますが、何かお聞きになりたい事はありますか?」
唐突に問われてNは一瞬面食らったような顔付をしたが、すぐに笑顔で首を振った。
「Sが信頼している先生なのは伺っていますので・・・何かあればSに聞きますから。」
「そう。じゃあ、俺から質問してもいい?」
「はい、どうぞ。」
「今後もこういう機会は少なく無いと思うけど、S君を誘う時にはTさんにも連絡入れた方がいい?」
「え?」
Nは思わずSを見詰めたが、SはKを見詰めていた。
「先生、何言ってるんですか?僕は保護者が必要な子供じゃないんですよ?」
「ええ~?お母さんなんでしょ?」
「え・・・」
「一度間違えて、俺にお母さんって言った事あったじゃないの。」
Kは一人でくすくす笑いながらワイングラスを煽った。グラスをテーブルに置く時、チラとNを盗み見たが無表情のままだった。
「恥ずかしい事を暴露するなら、僕はもう先生と飲みません!」
Sは顔を真っ赤に染めて頬を膨らませ、ウーロン茶を煽った。
「そんなご迷惑をお掛けした事、あったんですね。すみませんでした。」
Nが頭を下げるので、Kは大袈裟に手を振ってみせた。
「笑って話せる事だからね。何もTさんが謝る事じゃないから。」
「いえ・・・お母さんですので・・・」
Nの返しにKは一瞬固まったが、すぐに手を叩いて笑ってみせた。
「ほら、S君。やっぱり君には保護者が必要なんだよ。」
Sは固く結んだ唇を吊り上げて、激しく首を振っていた。
「それにしても・・・Tさん、本当にお母さんみたいですね?」
「お母さんの役目は二番目ですけれど。」
静かに答えたNに、床に着いていたKの指が畳を引っ掻いていた。
「じゃあ、一番目の役割って?」
Kの問いにNはわざとなのかゆっくりとウーロン茶を飲み、テーブルに静かに置いてからKの目を真正面から見詰めた。
「多分、先生がご想像の通りです。」
「・・・そうなんだ?」
普段は鈍感なSにも感じ取れる程、二人の間にだけ張り詰めた空気が漂っていた。
「・・・ねえ、Nさん、そろそろ帰ろう?Nさんも僕も明日があるからさ。ね?」
まるでこの場から逃げ出したくて取ってつけたかのように、SがNのシャツの袖をつまんで引っ張っりながら上目遣いをしていた。
仲を見せ付けられていると言うよりは、Sが意図的なのか無意識なのか、蠱惑さを滲ませるその仕草が癖になっている事にも気付かないSにKは釘付けになっていた。
その甘える視線の先に居るのは、自分では無い。
「そうだな。先生、今度俺も飲める時にまたご一緒させてください。」
「はい。楽しみにしてますね。」
二人が立ち上がるのを座ったまま見送り、Sに小さく手を振ってKはその場に取り残された形になった。
「・・・なんだよ、随分と余裕があるじゃないか。」
Nも現役の野球選手であれば、Kよりずっと年下だろう。自分に対してはてっきりムキになって挑むような眼差しを向けられるかと思いきや、冷めた視線の中に微かな疑いの色が見えただけだった。
Kはボトルの残りをグラスに注いで一気に飲み干し、席を立った。
「先程のA様のお連れの方がお支払いを済ませていきましたよ?」
顔馴染のスタッフに告げられ、そこで初めて強い嫉妬心をKは自覚した。
「若造の癖に、やることがスマート過ぎるんだよっ。野球選手なら、無様にもっと脳筋で行けっつーの。」
口汚い独り言を呟きながら、Kは誰も待たない一人きりの部屋へ帰って行った。


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