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新月の章 鮮血ヲ喰ライシ断罪ノ鎌
追憶の欠片 Ⅰ
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天気は澄みわたるような青一色の空だった。これから行われる儀式でボクは妹のソフィーと共に一族にとってふさわしいかどうかを決められる。
ヴァルト家。代々ベルギウス帝国を影から支え、名門貴族グランドル家にも対等の発言力を持つ宮廷魔導師の家柄。
一族の者は一定の年齢に達すると自身の内蔵魔力、つまりマナの残量と天性による魔術発動威力及び記憶力を測定される。他にも色々と測るべき能力はあるが、ヴァルトの血統は基本的に優秀な者を輩出するので、その他の能力は測定しない。
マナは遺伝による影響が強く、そのため貴族や魔導師はお互い近い大きさのマナを持った人物と結ばれることが多い。政略結婚がほとんどだが…。
普通の親から膨大なマナをもって生まれてくる子供もいるが、ごく稀なケースである。記憶力は魔法の詠唱の為、魔術に携わる者にとってかならずといっていいほど必要だ。
そして一番重要なのが魔術の発動威力。高ければ高いほど同じマナを消費しても魔法そのものの効果が高い。
例えば火の球を発射させる魔法なら発動威力が低ければ鶏の卵ほどの大きさ、逆に高ければ家を壊すほどの大きさといった感じだ。
ボクとソフィーは儀式の前は一切の魔術使用を禁じられていた。何故か?
あまりにも小さい頃に魔術を使うと魔術を使うための回路が過負荷を起こし、その後、魔術を使えない可能性が出てくるからだ。
でも大丈夫。必ず使えなくなるわけではないはずだ。
子供の頭でいろいろ考えていたら、ソフィーが今にも泣きそうな顔で、「兄さん……」とボクの手を握ってくる。
「大丈夫。例え魔術を使えなくなったとしてもボクは胸を張ってここを去れる、ソフィーを守る為に使ったんだからな、泣くことはないよ」
カッコつけたセリフを言いながらソフィーの目の端の涙を指でぬぐってやる。普段なら恥ずかしいカッコつけたセリフだが不思議とそんな気分にはならなかった。
「アルベール様、御時間ですぞ」
爺やのサイモンが呼んでいる。二人は別々の場所で儀式を受けることになっており、ソフィーには別の従者が待機している。
「今行くよ、サイモン」
そう告げ儀式の祭壇への道へと歩み始める。後ろでとうとう我慢出来なくなったのか、ソフィーが泣き出した。
「兄さん……兄さん…ッ!」
嗚咽混じりだが確かな声で僕の名前を呼び続ける。
ボクは振り向き、最後にこう言った。
「すぐに戻って来るさ」
太陽を背に影のある笑顔で、包み込むような優しい声音で。
それが妹への最後の言葉だった。
そして儀式は始まった。結論からいってしまうと僕は記憶力以外での素質が見つからず、ヴァルト家から汚名の烙印を押された。もちろん魔術を使ったと言わずに。仮に言ったとしても追放は免れない。才能無きヴァルトの子供は追い出される。
ざわめく身内の者達、そしてしばらくするとその一部が、
「本家の癖に無能とは聞いて呆れる」
「我々がいくらお前につぎ込んだと思っているんだ!」
などと叫んでいた。なぜならこの一族は長の座を巡って本家と分家、兄弟でさえ対立があるからだ。ボクとソフィーは例外と言えよう。正直な所あまり親戚の罵声は傷つかなかった。覚悟していたからだ。
しかし
「私の立場を危うくさせてッッ! お前は私の子供じゃありませんわ!」
怒鳴り声の中、さらに耳をつんざくような声で母が罵倒してきた。まるでゴミを見るかのような濁った瞳で。
母は政略結婚で父と夫婦になった北東の辺境伯の娘だ。ヴァルトの嫡男を出産したことで今まで権勢をほしいままにしていた。
だがこの一件で立場が危うくなったのだろう。必死になるのも無理はない。
けれども、好きだった母親に言われた予想外の言葉、それだけが深く心に刻まれた。
考えないようにしていたが儀式も終わり、時間がたつと、徐々に悲しみが芽生えてくる。逃げるようにソフィーとよく遊んでいた桃の庭園に走り、その中央で泣いていた。嫡男としての振る舞いをし、周囲の顔色を伺う。母を喜ばせるためにと頑張ったがもう耐えられなかった。
しばらくするとサイモンがいつの間にか隣にいた。まるで森林にそびえ立つ大木のように直立して。
「ソフィーはどうしてる?」
「あまりのショックに呼び掛けても返事がありませぬ。しばらく休ませるためにお部屋までお送り致しました。」
「父は?」
「分家との闘争が増すだろう、と仰っていましたが、恐らくソフィー様を後継者に立てるでしょう。お嬢様は三つの能力すべてが高水準だったので…」
父は厳しく子供と接していたが、根は優しく、曲がった事が嫌いな堅物だった。
「これからはヴァルトを名乗らないこと、こちらからの呼び出しが無い限り、一切の関与をしないこと、これを犯せば敵と見なす、とのことです」
「分かった」
そして泣き止んでから、腰に携えた剣を抜く。今から始めるのは追放される時に使うヴァルトの儀礼。
例え、親戚が対立していても家単位で行動するのは一族の慣習。必ず作法が存在する。
そして
「これより、由緒正しきアルベール・ヴァルトの名を捨て、生きることを誓う!」
こう締めくくり剣を地面に突き立てた。
屋敷から出立するとき、見送りはサイモンしかいなかった。しかし身内が誰一人見送りに来なかった(ソフィーはとても出れないだろう)中、爺やがいてくれただけでも心が救われた。その後は………………………………
「…………………………夢か」
そこで意識が目覚める。まだ外は暗く、春先なので肌寒い。幾度となく夢で繰り返される過去の記憶。
ただ恐ろしいことにそれからは何があったのか。七から十五歳ぐらいの記憶が切り取ったように何も思い出せないのだ。
「もう俺には縁の無い話なんだがな」
ぼそりと独り言が漏れる。
借りた安宿の窓からは月明かりさえない。今宵は新月。落胆する。せめて三日月がよかった…。
なぜなら月の光が好きだからだ。過去の記憶を忘れられて。
太陽と違い、ギラギラとした強さでない。神秘的な輝き、星々を束ねる夜の長。
月がある日はよく眺めるが、残念ながら今はない。眠気はなかったが再び床に入った。
ヴァルト家。代々ベルギウス帝国を影から支え、名門貴族グランドル家にも対等の発言力を持つ宮廷魔導師の家柄。
一族の者は一定の年齢に達すると自身の内蔵魔力、つまりマナの残量と天性による魔術発動威力及び記憶力を測定される。他にも色々と測るべき能力はあるが、ヴァルトの血統は基本的に優秀な者を輩出するので、その他の能力は測定しない。
マナは遺伝による影響が強く、そのため貴族や魔導師はお互い近い大きさのマナを持った人物と結ばれることが多い。政略結婚がほとんどだが…。
普通の親から膨大なマナをもって生まれてくる子供もいるが、ごく稀なケースである。記憶力は魔法の詠唱の為、魔術に携わる者にとってかならずといっていいほど必要だ。
そして一番重要なのが魔術の発動威力。高ければ高いほど同じマナを消費しても魔法そのものの効果が高い。
例えば火の球を発射させる魔法なら発動威力が低ければ鶏の卵ほどの大きさ、逆に高ければ家を壊すほどの大きさといった感じだ。
ボクとソフィーは儀式の前は一切の魔術使用を禁じられていた。何故か?
あまりにも小さい頃に魔術を使うと魔術を使うための回路が過負荷を起こし、その後、魔術を使えない可能性が出てくるからだ。
でも大丈夫。必ず使えなくなるわけではないはずだ。
子供の頭でいろいろ考えていたら、ソフィーが今にも泣きそうな顔で、「兄さん……」とボクの手を握ってくる。
「大丈夫。例え魔術を使えなくなったとしてもボクは胸を張ってここを去れる、ソフィーを守る為に使ったんだからな、泣くことはないよ」
カッコつけたセリフを言いながらソフィーの目の端の涙を指でぬぐってやる。普段なら恥ずかしいカッコつけたセリフだが不思議とそんな気分にはならなかった。
「アルベール様、御時間ですぞ」
爺やのサイモンが呼んでいる。二人は別々の場所で儀式を受けることになっており、ソフィーには別の従者が待機している。
「今行くよ、サイモン」
そう告げ儀式の祭壇への道へと歩み始める。後ろでとうとう我慢出来なくなったのか、ソフィーが泣き出した。
「兄さん……兄さん…ッ!」
嗚咽混じりだが確かな声で僕の名前を呼び続ける。
ボクは振り向き、最後にこう言った。
「すぐに戻って来るさ」
太陽を背に影のある笑顔で、包み込むような優しい声音で。
それが妹への最後の言葉だった。
そして儀式は始まった。結論からいってしまうと僕は記憶力以外での素質が見つからず、ヴァルト家から汚名の烙印を押された。もちろん魔術を使ったと言わずに。仮に言ったとしても追放は免れない。才能無きヴァルトの子供は追い出される。
ざわめく身内の者達、そしてしばらくするとその一部が、
「本家の癖に無能とは聞いて呆れる」
「我々がいくらお前につぎ込んだと思っているんだ!」
などと叫んでいた。なぜならこの一族は長の座を巡って本家と分家、兄弟でさえ対立があるからだ。ボクとソフィーは例外と言えよう。正直な所あまり親戚の罵声は傷つかなかった。覚悟していたからだ。
しかし
「私の立場を危うくさせてッッ! お前は私の子供じゃありませんわ!」
怒鳴り声の中、さらに耳をつんざくような声で母が罵倒してきた。まるでゴミを見るかのような濁った瞳で。
母は政略結婚で父と夫婦になった北東の辺境伯の娘だ。ヴァルトの嫡男を出産したことで今まで権勢をほしいままにしていた。
だがこの一件で立場が危うくなったのだろう。必死になるのも無理はない。
けれども、好きだった母親に言われた予想外の言葉、それだけが深く心に刻まれた。
考えないようにしていたが儀式も終わり、時間がたつと、徐々に悲しみが芽生えてくる。逃げるようにソフィーとよく遊んでいた桃の庭園に走り、その中央で泣いていた。嫡男としての振る舞いをし、周囲の顔色を伺う。母を喜ばせるためにと頑張ったがもう耐えられなかった。
しばらくするとサイモンがいつの間にか隣にいた。まるで森林にそびえ立つ大木のように直立して。
「ソフィーはどうしてる?」
「あまりのショックに呼び掛けても返事がありませぬ。しばらく休ませるためにお部屋までお送り致しました。」
「父は?」
「分家との闘争が増すだろう、と仰っていましたが、恐らくソフィー様を後継者に立てるでしょう。お嬢様は三つの能力すべてが高水準だったので…」
父は厳しく子供と接していたが、根は優しく、曲がった事が嫌いな堅物だった。
「これからはヴァルトを名乗らないこと、こちらからの呼び出しが無い限り、一切の関与をしないこと、これを犯せば敵と見なす、とのことです」
「分かった」
そして泣き止んでから、腰に携えた剣を抜く。今から始めるのは追放される時に使うヴァルトの儀礼。
例え、親戚が対立していても家単位で行動するのは一族の慣習。必ず作法が存在する。
そして
「これより、由緒正しきアルベール・ヴァルトの名を捨て、生きることを誓う!」
こう締めくくり剣を地面に突き立てた。
屋敷から出立するとき、見送りはサイモンしかいなかった。しかし身内が誰一人見送りに来なかった(ソフィーはとても出れないだろう)中、爺やがいてくれただけでも心が救われた。その後は………………………………
「…………………………夢か」
そこで意識が目覚める。まだ外は暗く、春先なので肌寒い。幾度となく夢で繰り返される過去の記憶。
ただ恐ろしいことにそれからは何があったのか。七から十五歳ぐらいの記憶が切り取ったように何も思い出せないのだ。
「もう俺には縁の無い話なんだがな」
ぼそりと独り言が漏れる。
借りた安宿の窓からは月明かりさえない。今宵は新月。落胆する。せめて三日月がよかった…。
なぜなら月の光が好きだからだ。過去の記憶を忘れられて。
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