断罪のアベル

都沢むくどり

文字の大きさ
上 下
46 / 190
新月の章 鮮血ヲ喰ライシ断罪ノ鎌

ファルネーの戦い 2

しおりを挟む
 集団戦において、いかに敵に勝利するか。

 それは個々の能力、機動性、指揮官の即時判断能力などがあるが、ユリアスが指揮をとるとき、彼が最も大事にしていることは、兵の士気高揚と分散した小グループによる連携、そしてユリアス自身の命令に対し、即座実行する力である。

 ヴァルト家は例外中の例外なので、比べようがないのだが、戦場は集団の団結力が勝敗の大部分を占める。個々が強くても、油断すれば負けるし、空腹や不眠は兵士の脳を鈍らせ能力も落ちる。それによって指示に遅れがでれば、窮地に陥ることがしばしばあるのだ。効率よく物事を進めるには、兵士が常に万全でなくてはならない。確率が上がるとはいえ、背水の陣など決定的逆転をもたらすわけではない。それがユリアスの考えであった。

(準備は万端! ようやく久々の戦が出来る。これに勝利し、シュタインの家名を上げ、グランドルに追いつかねば。アレクスターはその踏み台よ!!!)

 自らを心で鼓舞しながら、兵の陣形を手振りで調整。これで陣形は整った。

 ベルギウス側の配置はこうだ。

 前後の二つに隊を分ける。まず前衛の中央に通常騎兵を配置。両翼には通常歩兵を付ける。

 後方には中央にユリアスを中心に魔導騎兵で構成された本隊、及び弓兵を左右に待機させる。

 状況に応じて戦略を変化させるが、基本方針としては通常歩兵による梯子での城内進行と見せかけて、前衛を散開させ、魔導騎兵による『レイ・プロテクティオ』による密集突撃で城門を破壊。

 弓兵は序盤の援護、通常騎兵は城門破壊後の攻撃に使う算段である。

 さて、手始めは…………。

「ブラムよ」

「ハァ…………」

 目上に対してあるまじき反応をしながら、シュタインの家紋が彫られている馬具を身に付けさせた茶馬に騎乗したユリアス直属の部下が、待機していた後方からすぐそばまで来る。武器は細長いレイピアと数本の短剣、防具は革鎧と軽装だ。

 ブラムはまだ二十歳で、顔も覇気がなく、いかにもひ弱な外見だが、シュタイン家に代々仕えている騎士の家系の人間で、ユリアスの命令とあらば敵陣の偵察や使者、敵軍の武人との一騎討ちすらもする仕事においては一生懸命な若者だ。戦闘に関しては身のこなしが軽いので短剣やレイピアを主に使う。仕事熱心で、部下から剣術を指南してくださいと頼まれれば、めんどくせぇなぁと言いつつも最後まで付き合ってやったりするため、案外慕われている。

「これより敵に降伏勧告をする。使者としていってはくれぬか」

 なるべく戦力を削ぎたくないユリアスにとって、無駄な戦闘は避けたい。

 よってまずは使者を派遣することにした。

「ハァ…………かしこまりました」

 また無礼な行動をとりながらも、命令を承諾する。はたから見たら上を馬鹿にしてるようだが、彼に悪気はない。

 ユリアスも始めこそ斬首に処すと怒り散らしていたが、周りの懇願と、ブラムの任務遂行の成功の数々を目の当たりにした結果、部下の中でも一際信頼をおいている。

 だが、

「ブラム」

「…………何か………?」

 眠そうに目を擦りながら、応答する。

「もう慣れたには慣れたが…、どうにかならないのか?」

「申し訳ありません……閣下………。生まれつき動きた…………疲れやすい体なので」

「今、動きたくないって言おうとしただろ」

「いえ…………そんなことありませんよ」

「言ったな?」

「いいえ」

 二人の主従関係が始まって以来何回も繰り返されるやりとり。直しようが無さそうだ。

「「ハァ…………」」

 ユリアスの落胆とブラムのもはや生理的なため息が共鳴した。
しおりを挟む

処理中です...