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新月の章 鮮血ヲ喰ライシ断罪ノ鎌
??? 兄さん、にいさん、ニイサン………… 1
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見渡す限り草原の大地で、逞しい髭を生やした年老いた男は、息を切らしていた。
吐かれる吐息は白くなり、この場の寒さが一目で理解出来る。
ここはベルギウス帝国最西部に位置するオルス高原。
人などいないような文明の片鱗が微塵も感じられない場所だ。
帝国の領地とはいえ、何も手を加えられてない土地などここと、もう一つだけだ。
ただ、遊牧民が活発に侵略を繰り返す事も多々ある為に、最寄のバライと言う少都市群には無数の柵が張り巡らされている。
こんな辺鄙な場所で老年の男がいる理由など一つ。
「ハァ…………ハァ……………………」
「…………………………………………」
「負けを認めよう…………ヴァルトーガ家はヴァルツァー家に従おうではないか……………………」
ヴァルトの後継争い。力を持ちすぎる彼らは、その力をぶつけ合うだけでも甚大な被害を引き起こす。
だから何もない場所で勝敗を決し、自身らの能力も滅多に人前には出さない。
「…………………………………………」
相対する者の返事はない。
「何か喋ったらどうだ? ヴァルターニャ、ヴァルチェは事故で死んだことによる敗北。ヴァルテシモはヴァルツァーに付いて高みの見物。ヴァルトーガである我々もお主の軍門に降った。生きている限りはこれから20年の間、お主が家を背負うんだぞ」
「家なんて…………そんなものどうでもいい……………………」
「何だと?」
「耳が腐ってるの…………? どうでもいいって言ったの……………………」
少女は死ぬ直前の人間の様な力なき返答をした。
「ソフィーッッッッ! ではお主は何のためにこの後継者決めに参加した!? それだけの力をもて余しながら、これまで心を閉ざし、木偶の様に動かなかったお主が! 何を今さら…………」
その言葉に少女、ソフィーは力でもって応じた。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!?」
視界で見渡す限りの一面が氷漬けになる。
それは年老いた男の首元まで凍らせた。
ソフィーは詠唱無しに、魔術を行使したのだ。
「降伏したのに…………何故…………」
「…………………………………………」
「これが…………お主の望んだ……………………結末なのか…………」
「…………………………………………」
「たかが出来損ないの愚兄一人の為だけに…………私怨に囚われた…………哀れな小娘よ…………」
「………………………………ッッッッ!」
ソフィーの激昂を引き金にまだ凍らせていなかった頭部も凍った。かつて 魔術師だった老齢の男が氷の彫像へと成り果てる。
「ゴホッ、ゴホッ……………………」
「大丈夫ですか?」
「平気よ……………………サイモン」
決着を見計らった所で紳士服を着用した老人、サイモンが現れる。
背は真っ直ぐでその佇まいは老いを感じさせない素晴らしいものだった。
「また事故……………………ですね?」
老人は氷漬けになった死体を見ながら問う。
「そう、これは事故…………どうしようもなかった…………止めようがない事故なの………………………………」
「かしこまりました。替えのお召し物は出立前に準備しておりましたので、よろしければ先ほど作ったテントでお着替えを」
サイモンはテントの方角を手で示す。
ソフィーは会話をしつつも、氷の彫像から目を反らさない。
目立つ大きなゴミを見るように、ソフィーの目は侮蔑に満ちていた。
「…………………………………………」
「何か気になる事でも?」
「ううん、戻ろう…………家に」
ソフィーの表情は人形の様に代わり映えなかった。
暫く経って、我が家に戻る。
人の気配は自分と三歩後ろにいるサイモン以外無い。
城の様な大きさの屋敷にもなると、人と顔を合わせる事も少ない。
ヴァルツァー家は教え子という名の奴隷もいないため、実質血族しかいない。
そんななかで、サイモンはヴァルトでも魔術師でもないが、信頼される執事として特別に部屋も与えられている。
一件、寂しそうな屋敷ではある。
しかし、ソフィーは人とあまり関わるのが好みではないので、彼女にとっては良い事だった。
それから浴場前にたどり着くと衣服を脱ぎ、大理石で作られた大きな浴場で身を清める。
色が白い肌は艶かしいと言うよりも、綺麗な人形のようだった。
普通ならヴァルトの当主ともなると、大貴族と同格の暮らし。お付きの人に洗わせるものだが、ソフィーはそれが嫌いだ。
だから自分で全てをやる。
ソフィーに触れていいのはたった一人。
「……………………」
親への報告は明日でも構わないだろう。
サイモンがそこは何とかしてくれる。
風呂から上がり、服も着ないでそのまま部屋のベッドへ入る。
サイモンは部屋の入り口で待機中だ。
今なら邪魔は入らない。
吐かれる吐息は白くなり、この場の寒さが一目で理解出来る。
ここはベルギウス帝国最西部に位置するオルス高原。
人などいないような文明の片鱗が微塵も感じられない場所だ。
帝国の領地とはいえ、何も手を加えられてない土地などここと、もう一つだけだ。
ただ、遊牧民が活発に侵略を繰り返す事も多々ある為に、最寄のバライと言う少都市群には無数の柵が張り巡らされている。
こんな辺鄙な場所で老年の男がいる理由など一つ。
「ハァ…………ハァ……………………」
「…………………………………………」
「負けを認めよう…………ヴァルトーガ家はヴァルツァー家に従おうではないか……………………」
ヴァルトの後継争い。力を持ちすぎる彼らは、その力をぶつけ合うだけでも甚大な被害を引き起こす。
だから何もない場所で勝敗を決し、自身らの能力も滅多に人前には出さない。
「…………………………………………」
相対する者の返事はない。
「何か喋ったらどうだ? ヴァルターニャ、ヴァルチェは事故で死んだことによる敗北。ヴァルテシモはヴァルツァーに付いて高みの見物。ヴァルトーガである我々もお主の軍門に降った。生きている限りはこれから20年の間、お主が家を背負うんだぞ」
「家なんて…………そんなものどうでもいい……………………」
「何だと?」
「耳が腐ってるの…………? どうでもいいって言ったの……………………」
少女は死ぬ直前の人間の様な力なき返答をした。
「ソフィーッッッッ! ではお主は何のためにこの後継者決めに参加した!? それだけの力をもて余しながら、これまで心を閉ざし、木偶の様に動かなかったお主が! 何を今さら…………」
その言葉に少女、ソフィーは力でもって応じた。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!?」
視界で見渡す限りの一面が氷漬けになる。
それは年老いた男の首元まで凍らせた。
ソフィーは詠唱無しに、魔術を行使したのだ。
「降伏したのに…………何故…………」
「…………………………………………」
「これが…………お主の望んだ……………………結末なのか…………」
「…………………………………………」
「たかが出来損ないの愚兄一人の為だけに…………私怨に囚われた…………哀れな小娘よ…………」
「………………………………ッッッッ!」
ソフィーの激昂を引き金にまだ凍らせていなかった頭部も凍った。かつて 魔術師だった老齢の男が氷の彫像へと成り果てる。
「ゴホッ、ゴホッ……………………」
「大丈夫ですか?」
「平気よ……………………サイモン」
決着を見計らった所で紳士服を着用した老人、サイモンが現れる。
背は真っ直ぐでその佇まいは老いを感じさせない素晴らしいものだった。
「また事故……………………ですね?」
老人は氷漬けになった死体を見ながら問う。
「そう、これは事故…………どうしようもなかった…………止めようがない事故なの………………………………」
「かしこまりました。替えのお召し物は出立前に準備しておりましたので、よろしければ先ほど作ったテントでお着替えを」
サイモンはテントの方角を手で示す。
ソフィーは会話をしつつも、氷の彫像から目を反らさない。
目立つ大きなゴミを見るように、ソフィーの目は侮蔑に満ちていた。
「…………………………………………」
「何か気になる事でも?」
「ううん、戻ろう…………家に」
ソフィーの表情は人形の様に代わり映えなかった。
暫く経って、我が家に戻る。
人の気配は自分と三歩後ろにいるサイモン以外無い。
城の様な大きさの屋敷にもなると、人と顔を合わせる事も少ない。
ヴァルツァー家は教え子という名の奴隷もいないため、実質血族しかいない。
そんななかで、サイモンはヴァルトでも魔術師でもないが、信頼される執事として特別に部屋も与えられている。
一件、寂しそうな屋敷ではある。
しかし、ソフィーは人とあまり関わるのが好みではないので、彼女にとっては良い事だった。
それから浴場前にたどり着くと衣服を脱ぎ、大理石で作られた大きな浴場で身を清める。
色が白い肌は艶かしいと言うよりも、綺麗な人形のようだった。
普通ならヴァルトの当主ともなると、大貴族と同格の暮らし。お付きの人に洗わせるものだが、ソフィーはそれが嫌いだ。
だから自分で全てをやる。
ソフィーに触れていいのはたった一人。
「……………………」
親への報告は明日でも構わないだろう。
サイモンがそこは何とかしてくれる。
風呂から上がり、服も着ないでそのまま部屋のベッドへ入る。
サイモンは部屋の入り口で待機中だ。
今なら邪魔は入らない。
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