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第16話 ユイの心に俺を刻む

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---放課後、図書室---



 俺はいつものように水泳部の部活が終わるのを待っていると、当然のようにユイが図書室に...俺の隣に座った。ハルカと何を話したのだろうか。ユイの表情が硬い。時折俺を見ては瞳を潤ませている。

 最近は生徒会の活動を終えて真っすぐ帰宅する事は無いようだ。自宅に帰っても大好きな妹のミウは不在で会話も少ないらしい。恋人のリョウスケに連絡しても返事が返ってこない。そんな家に帰宅するのが寂しいのだろう。

 「ユウスケくん、良かったら場所を変えない?」

 耳元で秘密のように小声で囁いてくるユイの声に俺は頷く。読んでいた本を片付け旧校舎の教室に向かった。教室に入ると俺は机に腰かけ、窓辺にユイが立っていた。外の景色を眺めているのか放心しているのかも、その背中からは読み取れない。ユイから話しかけてこないので俺が聞いてみた。
 
 「ハルカに何か言われたのですか?」

 俺の言葉にびくんと肩を震わせる様子に、恐らく問いは正しいのだろう。この生徒会長はいつも気丈に振舞っているが、内面は本当に脆い。俺はここ数日の間徹底して、ユイの甘えたい弱い心をほじくるように表に出させた。必死に隠していた心が一度表に出ると、簡単に元には戻れないものだ。

 「朝倉さんに言われちゃった。ユウスケくんを利用しないでくださいって…」

 窓の外を見ていたユイの瞳が潤んでいる。ハルカは何でもストレートな気持ちを口にするからな。ただ、ハルカがユイにそんな言葉を伝えた意図は分からないが、ユイが随分動揺しているようだ。

 「ユイさんは俺を利用したんですか?」

 ユイは俺の言葉に驚いて、俺に近づいてくると慌てて首を振った。

 「違う…そんな事しない。ううん、本当は自分でも分からないの...利用してたのかな」

 「意図してないのなら、ハルカの言葉にそんなにショックを受けなくていいでしょう?」 

 「でも……」

 ユイは相変わらず生真面目に悩んでいる。俺は机に腰かけたまま、目の前のユイの腕を取ると抱き寄せてお姫さま抱っこのような形で膝にのせた。

 声に鳴らない悲鳴を漏らしたユイの顔が真っ赤に染まって俺の目を見る。お互いの顔が近い...ユイはこのような体勢で抱かれた経験がないのかもしれないが、考え込むのは中断したようだ。

 「言ったでしょ?...俺には我慢せずに何でも吐き出してくださいと。ユイさんは真面目過ぎなんですよ...どうしたんです?何か聞きたい事があるのでしょ?」

 ユイは緊張した面持ちで俺を見ていたが、次第に昨日のデートの時間のように表情が柔らかくなってきた。いい傾向だ...。

 「......ユウスケくんは、朝倉さんを好きなの?」

 見上げるユイの瞳はまだ潤んだままだ。人に言葉で責められることなど経験が少ないのだろう。ハルカの一言で随分動揺しているようだ。ハルカはいつもストレートに迫ってくるから容赦ないしな。

 「難しいですね。どうかな、一度フラれてるので結構複雑な感情ではありますよ」

 「好きじゃない?...どっち?...知りたいの」

 「ユイさんは人を好きか好きじゃないかの2択で分類できます?兄貴は好き?俺は?ミウは?って考えた事ありますか?」

 ユイの柔らかな唇が一瞬開いて、そこで言葉を発しなくなってしまう。優等生のユイだが、いつも自分の想いや感情には答えが出てこない。

 「そんなもんですよ、気持ちなんて。ただ俺の気持ちの中で確実に言えるとすれば、俺はハルカを好きですし、大切にしています」

 「そ、そうなのね...」

 ユイはなぜか心細そうな表情で視線を逸らした。

 「ええ、ユイさんのことも俺は好きですよ、それでなきゃデートに行きませんから。そしてミウのことも大切です。それ以外は...今のところ、どうでもいい存在だと思ってますよ」

 「え?...それって何だか都合良くてズルイ答えじゃない?」

 「どうしてですか?...複数の人を好きになっちゃいけないんですか?ユイさんの感覚ではズルイと判断されてしまうかもしれませんが、結婚だってただの儀式で手続きや契約でしかないでしょ?」

 「そう言われたらそうなんだけど......」

 「ほら、また難しく考えてる。俺はね、極論を言っただけです。俺はそう思ってますが考え方を押し付ける訳じゃありません...でも、ユイさんが兄貴と付き合っているからって、誰かを好きになっちゃいけないってルールはどこにも無いんですよ」

 ユイは俺の言っていることは理解できても納得はしていないようだ。ただ、兄貴の恋人に俺を好きになってもらうには、まず考え方から変えさせないといけない。ユイの心をもっと孤独にさせないといけない。安心して俺を求めてしまえるように...。

 「そういう面じゃ、ミウのほうがユイさんより素直なのかもしれないな」

 「え?...ミウがユウスケくんに何か...んぅっ...ぁ」

 ミウの名を出した途端にユイが強く動揺し始めた。だが俺の腕の中で、困惑したようにミウのことを聞こうとする無防備なユイの顎を持ち上げ唇を重ねた。観覧車で触れるだけのキスとは違い、長く唇を重ねて、何度か啄み、唇の感触をユイに思い出させた。ユイは身体を硬直させ切なそうに吐息を漏らし始めている。静かに唇を離していくと...ユイの耳元で囁いた。

 「ユイさんにファーストキスを奪っておいて...と思われるかもしれないですが、俺はユイさんの唇を独占したいと思ってますよ?...あの後兄貴としましたか?...こんなキス...」

 「昨日...ユウスケくんとキスしたばかりなのに...リョウスケくんと出来る訳ないでしょ...」

 ユイの表情は恥ずかしそうだったが、唇を震わせながら答えていた。俺がそんな独占欲を出してくると思わなかったのだろう?そしてユイは、兄貴こそがもっと執着して欲しかったと感じているはずだ。いつも連絡が返ってこないスマホを悲しそうに見ているのだから...。

 そんな兄貴と...未だにキスすらしてもらっていないことを思い出しているのだろう。これでユイは兄貴とのキスを意識するはずだ。真面目なユイがその意識を超えて奥手の兄貴とキスするとは思えない...と俺は内心笑っていた。

 「覚えてますか?ユイさんのファーストキスは、すごく柔らかくてイチゴの味がしましたよ?直前に、イチゴの飴食べてたでしょう?ユイさんの唇はぷるぷる溶けそうでと触れるだけで甘く感じる唇でした...。ユイさんぐらい魅力的な女性はいつキスされるかに備えて、どんな飴を口にするか考えておいて欲しいな」

 俺はからかうように耳元で小声で囁く。ユイが耳元の声にくすぐったそうにしながらも、何度もファーストキスの話しを囁かれては、観覧車でキスしていた感覚を思い出しているのが、頬を熱くさせていく表情で伝わる。ユイの色白で綺麗な顔がずっと赤く染まったままだ...。俺はユイの柔らかな黒髪を撫でながら幾度も唇を重ねていった。
 
 「ん...はぁ...もう、ユウスケくんは...んぅ...どこまで本気なのか、わからなくなっちゃう...んふっ...ぁ...」

 ユイは甘い鼻声を漏らし始める。昨日に続いて今日も唇を重ねていくと徐々にユイは俺とのキスに慣れていくようだ。抵抗する仕草すら無くなってきている。

 「じゃ、ユイさんが俺と交わしたファーストキスの感想も教えてくれますか?」

 「え?...」

 ユイがまた恥ずかしさで混乱していく。生真面目で何でも頭で考えようとするユイには、こうして考えても分からないような淫らな刺激を与えるのがいいと俺は理解し始めた。無意識なのか、俺の唇に唇を重ねながら俺とのキスを思い出そうとしているようだ。
 
 「あぁ...くちゅ...あのね...あれは気の迷いだったのかも...んぁ、ええと...違う、はぁ...ユウスケくんへのお礼だったから...んぅ...でも...キスしたいって思われるのは...やっぱり…んふっ...嬉しいかも...」

 「お礼としてなら、大事なファーストキスを俺に捧げてくれるぐらい、俺のことを好きになってくれたんですね、嬉しいです」

 唇を重ねて啄み、咥えるようなキスしかしていないが、ユイの表情が少しずつ溶けていく。恋人である兄貴ではなく、俺とキスした背徳感に震えている。何度も唇の感触と囁く言葉で俺とのキスを思い出させることで、ユイの中で俺との甘い時間を記憶に刻み付けていく。

 「今のユイさんのキスの感触は変わらないけど...今度はミントの風味でしたよ?」

 「恥ずかしい...よ...あはぁ...ね、んふぅ...私の唇を独占したい...の?私がリョウスケくんとキスしたら...どうするの?」

 ハルカと何か話したことで、ユイは心の持ちようが変わったのだろうか。恥ずかしがり屋のユイに似合わない問いかけだ。だが、俺が独占したいと宣言したことに拒絶する様子はなかった。

 「そうですね...俺はこう思いますよ?ユイさんがリョウスケさんとキスしないのは、俺が好きで俺に唇を独占されたいからってね。もちろん兄貴とキスしたら、それは俺の誤解で終わっただけ。そう思うようにします。俺はユイさんを何も縛り付けたりしませんが、兄貴とキスしたら教えてくださいね?」

 この奥手同士のカップルがキスするなんて、頑張っても数か月はかかるだろう。だから、あえて先手を打たせてもらった。これで、ユイは兄貴と早くキスするか、俺を意識するかの二択になった訳だ。縛り付けていないというのは嘘とも言える。ユイの心は俺の言葉をずっと意識するだろう。

 ユイがハルカと何を話したかは気にかかる。ハルカは何を考えているか分からないが、俺に対しては誠実な女だ。俺もハルカに対してあいつの気持ちを裏切ることは何もしてない...はずだ。

 机の上に座る俺の膝の上で、ユイはずっと横抱きに抱かれていて身動きが取れなかった。今もその状況は変わらない。制服越しでもその身体が熱くなっているのは伝わってくる。お互いの顔に夕焼けが眩しく照り付ける。

 「はぁ...んぅ...ユウスケくん...くんっ...キス...好きなの?...ずっとキスばかり...」

 教室に入ってからずっと唇が触れ続けている。唇が重なる甘い音が教室に響き続けていた。観覧車の中で夕陽を浴びながらファーストキスを奪われたことを鮮明に思い出したのだろう。そして、[キスばかり]という言葉には次への期待が含まれているようにも感じてしまう。

 俺はユイのアップにした髪がほどけないように指に髪を絡めるようにしながら撫でていた。ユイの甘い髪の香りが広がっていく。

 「次のキスはどんな感覚なんだろうね?、ユイ?」

 急に口調を変えて呼び捨てにされたユイが顔を真っ赤にして熱い吐息を漏らした。抗議しようとする様子も見えるが何と言っていいか分からないのだろう。

 俺はユイの半開きの可愛らしい唇に俺の唇を押し当て初めて舌を優しく挿入しながら唇を吸っていく。ユイがキスを怖がらないようにチロチロと舌をユイの口の中で蠢かせて、優しく舌を触れあわせて重ねるだけ…そんなキスを静かな教室の中で結衣を抱き締めながらずっとしていた。

 「んふっ...はぁ......ぁ......ユウス...ケくん...ぁ...くちゅ...こんなキス...いやらしいよ...はぁ♡...くちゅ♡......んはぁ♡」

 いつまでも続くキスにユイが音を上げて蕩けそうになっている。ユイは甘い唇の感覚に耐えようとスカートの裾を握りしめていた。俺はその手を取ると指を絡めて優しく握り、ユイの身体の全てに俺の体温を感じさせ、痺れさせるような表情をしているユイを見つめ続ける。

 ユイの呼吸が乱れ、甘い吐息や喘ぎが漏れ始め、身体の疼きで身を捩るのを確認すると俺は唇を離した。舌が離れると荒い呼吸を続けるユイの黒髪を静かに撫で続けている。ユイが俺の視線に気づいたようだ。

 「残念...そろそろ下校時間ですね、戻りましょうか」

 「え?......もうそんな時間なの?...」
 
 ユイは切なそうに俺を見上げていた。物足りなかった訳ではなさそうだが、もっと何かされると思っていたのだろう。今はこれでいい...。絡めていた指が離れるのが寂しいのか、校舎を出るまでユイは俺の手を握ってた。

 今の俺は兄貴の代役でしかない。ユイの生真面目な性格を思うと簡単には心を奪えないのを理解している。だが、もうユイの心も身体も俺と一緒にいる甘い感覚や体温を覚えたようだ。あとはユイの心の箍が外れるのを待ちながら、少しずつ染めて俺の女にしてみせる。



---放課後、水泳部の練習終了後の帰り道---


 ユイの下校を見送ると、俺は水泳部の練習が終わるのを待ち、ハルカとミウと帰宅した。ミウを家まで送ると、振り返って俺を見ていた。昼休みの屋上でのひとときを思い出したのだろう。もしかしたら、今夜、家を抜け出して俺の部屋に来るのかもしれない。

 ハルカを家へ送ろうとすると、ハルカは俺の袖を掴んで俺を見つめていた。

 「少し話があるの...」

 ハルカ、お前もか。きっとユイのことだろうな。不安そうなハルカの頭を優しく撫でると俺の自室へ連れていった。
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