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とある主人の語り――お披露目
しおりを挟む吐き気がする。
にこにこにこにこみんな同じ笑顔を貼り付けて近寄ってくるのだ。明るい宴会場なのに、暗雲が立ち込めるような空気がひどく気持ち悪い。
覚悟していたが、覚悟できていなかった。これが、亡き兄が背負っていた、ディオ家次期当主の重みなのだ。たったの十一歳だと自分を慰めてもなにも変わらない。それにそんな惨めな真似なんて絶対にしない。そんな風に逃げたら、あの男にまた馬鹿にされる……。
「レオ。帰りなさい」
「…………はい?」
意識が混濁しはじめたところに声をかけられて、反応が遅れた。いつの間にか目の前にいる親父さまは、笑っているのに、目が全然笑っていなかった。でもその厳しい眼光は、周りの見定めるような粘つくようなものではなく。
「醜態を晒す前に部屋に戻りなさい」
囁かれる言葉を理解するまでに、三秒ほどかかった。
「必要な挨拶は全て終えている。お前がいなくてもパーティーはつつがなく終えられる」
お前は用済みだと聞こえた。父親に恥を晒す前に目の前から消えろと聞こえた。
呪詛混じりの誰かの声が、頭でこだましはじめた。
――お前の父は、兄を人身御供に地位と家を守ったのだ。お前が次にそうならないと、誰が言える?
数ヶ月前、それこそ誘拐された日まで欠かさず送られた手紙があの日に絶えてから、自分なりに理解していた。あの言葉はおれを騙して、ディオ家を意のままにしようとする敵が送ったもの。おれが家出する理由をつけるためにあることないこと吹き込んで、現におれを塀の向こうに連れ出すために落ち合う場所まで記していたこともある。
誘拐されて、自分の馬鹿さに気づいて。
でも。兄が死んでようやく本邸に招かれたことは……まるで予備のように扱われたことは、本当で。
「だい、じょうぶです」
「レオ」
「……あなたが、おれをその名で呼ばないでください」
「ふむ?大丈夫か、レオナール」
新たな声が割り込んだ。じいっと見つめると、その声の主がよく知っている人だと気づき、気持ちが綻んだ。
「……王弟殿下」
「ハルメア小父さまで構わんと言っているだろう?私と君との仲だ。それより、うん?顔色が悪いぞ」
ようやく笑える気力が戻ってきて、精悍な容貌を前に、にこりと可愛らしく微笑んだ。自分が大人たちと同じ笑顔をしていると思うと嫌悪感でまた吐きそうになったが、必死に堪えた。
「お気にならさず。ただ、少し疲れましたので、外の風に当たりにいきたいと思います。申し訳ありません」
「む!そうか、緊張していたのだろう、まだ子どもなのに大変なことだ。ゆっくり休むといい」
「――……。ええ、そうですね。お気遣い、ありがたく頂きます」
子どもだとか言われたせいか、ムカつきが収まらない。なんとか一礼してバルコニーに向けて歩き出した。
どいつもこいつも見下してきて。
「……足をそう蹴たてんな、クソガキ。見栄えわりーぞ」
その声に我に返った。ちらりと斜め後ろに視線をやると、ちゃんと、いた。
「…………末期だ」
「あ?」
「なんでもない」
くすりと自嘲した。
ああ、末期だ。こんな凶悪な顔面でも、見たらほっとしただなんて。でも、ほっとした理由もわかってる。こいつは、こいつだけは、いつだって取り繕わないから。
仮面ばっかりの大人たちの中で、あの緑の瞳だけは強烈な意志を煌めかせていたのが、まるで自分にまとわりつく暗雲を払っていったように思えて、またそんな自分を嘲笑った。
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