どーでもいいからさっさと勘当して

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知らないのはひとりだけ

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 バルメルク公爵家当主腹心推薦の侍女ケイティ、シャロル、マーリーの手腕は水際立っていた。
 まず、一時間もしないうちにきらびやかな衣装が一室にずらりと並べられた。

「ジュストさまのご同伴ということですが、目標はいかほどです?」
「髪はどうします?結い上げるには長さが足りません。ウィッグも用意するべきでしょうか」
「丈を伸ばさなくてはいけませんね……レースかストールを使いましょうか」

 ヒルダの要望を聞いて貸し出すドレスを四人で選び、全身の採寸のあと、シャロルがアレンジしたあとの全体像をざっと描き、ケイティがふさわしい装飾品を運んでくる。マーリーは必要なものを改めて確認して書き出し、その日の夕方には全て決まってしまった。
 ドルフと従僕が言っていたように、三人とも生き生きとしている。
 靴の採寸についても、どう話をつけたのか、夕方に職人がやってきてドレスとの兼ね合いも含めてきぱきデザインをまとめ、帰っていった。翌日とか言っていたのは何だったのか。
 なるほどこれが中央の公爵家。ヒルダは慄いた。

「では、旦那さまに提出してきます」
「え……直接ですか?」

 予算といるものリストとデザイン画を手に意気揚々と引き揚げようとする侍女三人衆を思わず呼び止めたが、三人とも真剣に頷いた。

「旦那さまはきっと楽しみにしてらっしゃいます」
「もっとお時間があれば、旦那さまご自身でじっくり吟味なさったでしょうが、今回はそれができませんので、せめても関わりたいとお考えのはずです」
「忙しいのでは……報告だけなんだし、ヨランドさんとか」

 今日ドルフの傍にいた従僕でもこの程度の差配は可能なはずだ。ただでさえここまでしてもらって心苦しいのに、と言い募りかけた口は、マーリーの「よいですか、お嬢さま」という言葉でぴったり縫い付けられた。

「旦那さまは、この日を心待ちにしていらっしゃいました。除け者にされたとして、旦那さまが落胆なさってお仕事が手につかなくなる方が、大変な問題です」
「そ、そんなわけ……」
「この点におきましては、私ども当家の使用人の総意でございます」

 カッと目を見開くマーリー。後ろでこくこく頷くケイティとシャロル。味方がいない。

「……養子になるか、まだわからないんですよ?」
「それとこれとは別です」

 最後の抵抗すら、慈悲もなく一刀両断された。マーリーはそれでは、と折り目正しく礼をして、後輩二人を従えて去っていった。
 無駄に風格のある後ろ姿だった。

「……別どころか一番肝心なところじゃない?」
「ヒルディアさま、本日は終わりました?」

 ハルトがひょこりと顔を出してきて、ヒルダはぼやきを飲み込んで駆け寄った。昼間のあれこれが濃密すぎて、朝ぶりに会うのに久しぶりに顔を見た気になる。

「申し訳ありません、なにかご用でしたか。お待たせしました」
「いいえ、私は、ここではジュストさまのお守り以外の仕事がありませんからね。一応休暇ですから。それで、私の暇潰しに、もしよければヒルディアさまにお付き合いいただけないかと思いまして」
「暇潰し……というと」

 討論どんとこい。研究者の混沌たるサロンを思い出してひっそり意気込んだヒルダに、ハルトは垂れ目を細めて微笑んだ。もういつも通りの優しい笑い方だ。

「観光案内してくださいませんか?」








☆☆☆










 近年、城下は治安がよい上に、徐々に無言のしきたりが緩和傾向にある。
 日が暮れる前に女性が家に戻ることは、身の安全その他のためには当然のことだった。
 だが、まずカフェができて、昼間に女性が外食する習慣ができた。日中でも男性を伴わない外出は買い物など短時間しか許されなかったのに、大きな変化だ。とはいえどこでもと言うわけではなく、安全のために警備配置と区画整備は入念だ。
 もちろん王都にヒルダを招くつもりだったセシルも、堅苦しい慣習を打破する役目にちょっぴり噛んでいる。
 そんなわけで、今では日没後でも、比較的安全な地域の酒場なら、男性同伴の女性も訪れたりする。給仕が元気よく店内を駆け巡り、労働後の一杯を引っかける人々を軽口であしらう、酒とそれよりも料理がうまい健全な酒場だ。本気で酔い潰れたい客は別の区画に足を伸ばすし、余計に他の客に絡んだり下手な揉め事を起こせば、すぐそばの警備詰所から兵士が飛んでくる。
 アレンが時々ヒルダをデートのつもりで連れてくるこの店は、その分きちんと下調べをして、ほぼ可能な限りの安全が図られている。おかげでセシルも、わりとなんなく喧騒に紛れ込めている。

(アデルが仲間外れだって拗ねてたけど、さすがにアデルは連れてこれないな)

 あの美貌は人を惑わせる。アデルが悪いわけではないが、傷つくのはアデルだし、そもそも人見知りの怖がりな末妹に、こういう、格式もなく人との隔てもなく逃げ場がほとんどない場所は向いていない。大好きな兄姉となんでも同じものを共有したい妹心はたいそう可愛いが、見栄を張っているだけなのはアデルも自覚していて、無理は言わず、恨めしげに睨みつけてくるだけだった。ご機嫌は帰った後に取る予定だ。

「彼の面接の予定に合わせてみようか」
「ん?」

 木のジョッキに唇をつけながら呟いた言葉に、斜め向かいに座るアレンが首を捻った。シドは空いた皿を見つけてはこまめに端に寄せたりして、傷の多く狭い円卓の上を逐一整えている。学生時代は屋敷を抜け出してアレンとこういう社会勉強に勤しんだりもしたが、シドを連れて堂々と正面玄関から出るようになったのは最近だ。こういう場でもセシルを気遣う様子から見るに、まだまだ気の緩みが足りない。テーブルの空き具合で追加注文をかけ、ついでにセシルに飲料のおかわりを尋ねるアレンの世話焼きは友人の範疇なのでそれを見倣えばいいのだが、従者として許せないなにかがあるらしい。

「面接の日取り、決まったのか?」
「パーティーには彼も渋々ながら参加するようだからね。彼が屋敷にいるうちに決めた方が拗れなくていい」
「えーと?……ああ、寮生だったもんな」
「あえて父君の目前で呼び出しをなさるなら、セシルさまが不要な警戒を買うと思いますが」
「そこはどのみちだよ。だったら早い方が楽だ。あと『さま』はいらない」

 シドは全然納得していない顔で、アレンに押し付けられたつまみをもぐもぐ食べていた。不要な警戒は、件の父親だけではなく、それ以外の不特定多数からもだと言いたいのだろう。セシルはわかっていて、笑顔でシドに別の皿を勧めた。
 その肝心のパーティーで、セシルは王家から報奨を受けることが内定していた。王太子と王子を、丸腰の身で守り通したことが正しく評価されてのことだ。スートライト侯爵家へではなく、セシル個人への褒美なのは、内宮襲撃事件の裏にスートライト侯爵家が噛んでいたことを暗示している。それに気づく者がどれほどいるか、パーティーは見極める場にはちょうど良かった。

(王家はわかっていて、我が家をまだ見逃してくれている……そこまで気づいた上で、どんな対応を選ぶか)

 大前提として、王族暗殺は未遂であっても大罪だ。その身に刃を向けた時点で死は免れない。企んだのが侯爵ならその直系まで累が及ぶ。本来なら。
 しかし結果として、侯爵は生殺し、セシルは王の覚えめでたく名誉も晴れがましくなるわけだ。
 侯爵は、混乱に乗じたセシル暗殺すら失敗し、アデルも手のうちに帰ってこず、沙汰はどうなることかと多少は怯えてくれているようだ。だからこそ縋れるものに縋ろうとして、ナジェルに他国との繋がりが露見してしまったのだが。……別に、その時点までは不測の事態でもなんでもなかった。
 チーズの蜂蜜がけを口に運んだフォークの先を噛んでしまった。ガリ、と音が立って、見れば少し欠けていた。家で使う金属のカトラリーと違い、固く焼きしめた木材だった。多少感覚が狂っていたのか、それとも酔ってしまったか。
 ……そんなこんなの諸々がなぜか噛み合って、結果として今日、ヒルダがバルメルク公爵家に留まり、商会に元気な顔を見せてくれなかったことを思い出したからか。

「おいセシル、今すごい音しなかったか。フォークどうした?」
「……欠けてしまった。こういうものの弁済は代替物でいいのかな」
「破片は口内に残っていませんか?こちらに吐き出してください」
「弁済だっつっても、一本くらいならなあ。後で店主に聞いてみるけど、大半はその分食って飲んでくれってなるぞ。皿を割るなんてままあることだし、同じようなもんだ」
「そうか」

 結局、ヒルダの家出騒動からまともに会話もしてない男が、目の前に二人。バルメルク家からの遣いは今日一日の休職しか言わなかったので、明日は来てくれるとは思うが。
 二人も少しはやきもきしてるはずなのに、セシルの思わぬ失態にそれぞれの当然のように世話を焼こうとしているのが、なんとなくむず痒いような、ムカつくような。
 そしてセシルは視線を泳がせた先に見つけたものに、さらなる失態を犯しかけた。

「ごふっ」
「今度はなんだ!?」
「ぐ、ごほっ、し、静かにっ」

 噴出は堪えたが、かわりに噎せた。それでも、身を乗り出すアレンと腰を浮かせるシドの肩を掴んだ。
 シドが護衛の観点から店内の奥まったテーブルを選び、セシルを上座に座らせたので、常に出入り口が見えるような位置に座るシドよりも、セシルの視界が利きやすい。片手で待てと指示を出し、シドの差し出した布巾で口を抑えて俯く。
 なんでここに、と思ったのは一瞬だ。咳もすぐに落ち着いて、アレンが頼んでくれた水でひりつく喉を潤した。

「――ヒルダが来てる」

 二人ともぎょっと振り返ろうとしたので、また肩を抑えた。

「ライゼン先生と一緒だ」
「そうか、二人ともバルメルク家にいるんだからそうなるか」
「私たちは面識がないのでともかく、お声がけはなさらないんですか?」
「二人はカウンターの方に座ってる。あまり見すぎないように観察してみてごらん」

 なんとなくセシルに釣られて声を潜めていた二人が、顔を見合わせて、そうっと振り返った。店内の照明で赤毛に見える者は多いが、そんなに探さずとも見間違えたりしないのは恋の力か。セシルは愛の力だが。
 ヒルダがハルトに顔を向けて話しかけているのが、斜め後ろから見える具合だ。ほんのり横顔を覗く程度。見つめすぎると気づかれるので、加減のわかるシドはともかく、アレンはこっちに顔を引き戻させた。

「わかった?」
「……わかったっつーか」

 そもそもアレンではない他の男連れでこの店に来ていることから引っかかっているはずだ。ものすごく不味いものを食べた表情になっているのが少しおかしかった。

「ライゼン先生は王都が久しぶりだと言っていたからね。ヒルダが案内を買って出たんだろう。ここの料理は君が太鼓判を捺すほどだし」
「……笑っていますね」
「君もわかったのかな」

 自分の抱く恋情にすら気づいていなかったシドだが、ちょっとは成長したのか。しかし動揺して、ジョッキを取り落としかけている。

「わ、わかったというか……」
「アレンと同じことを言っているよ」
「セシル」

 はぐらかすなと眼力で訴えられた。はぐらかしているつもりはない。それこそヒルダをちょっと見れば、みんな気づいたんだし。アデルであってもそう。
 ただ、友人と従者に最低限の情けとして、人差し指を口に添えて囁いた。

「私とアデルの初恋はまだだけど、ヒルダまでそうとは限らないだろう?」

 アレンがテーブルに轟沈し、シドは氷の彫像と化した。

 答えを求めたのは君たちだよ、とセシルは苦笑して頬杖をついた。
 ちらりと視線だけカウンターにやる。ヒルダがアレンたちに笑いかける表情が偽りなわけではないが、こうしてみれば、決定的に笑顔の種類が違った。

(ヒルダ自身は初恋って自覚がないんだけどね)

 一番優しい記憶を象るもの。純粋な憧れ。だからこそ無防備に無邪気に笑うのだ。
 笑みを受けるハルトが微笑ましげなだけなのが、もったいないくらいだった。
 今では、セシルにもアデルにも、あんな風には笑ってくれなくなったのに。

「私はどちらでも構わないけど、二人はどうしたい?」

 怖気づいたように眺めることに甘んじるか、見惚れるほどきれいな表情が失われるとわかっていても声をかけるか。
 試し半分、後学のためが半分の気持ちで尋ねたが、愚問だったようだ。
 二人揃って席を立ったので、行ってらっしゃいと小さく手を振った。






ーーー
 行ってらっしゃいじゃない。
 秒速で我に返った二人は護衛!!と内心で異口同音に叫び、シドは颯爽と着席し、アレンは勢いよくセシルの頭をはたいてからカウンターへ向かった。


今年もよろしくお願いします。
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