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一章
月が泣く夜中
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空に真ん丸と浮かぶ月の下で、城下の人々は訪れる暗闇を恐れもせず、眠らない街を楽しんでいた。多くの店がこの時が本番だというように客を呼び込み、大騒ぎをしながらたんまりと金を稼いでいる。頽廃した享楽と正気の狭間で揺れ、それ故に昼よりも熱気があふれる街など恐らくここしかないだろう。
彼らは十年前終結した内乱など忘れたように、今ある幸せをめいいっぱい味わっているのだった。
いや、と、そんな様子を高いところから見下ろしながら、国王は考えた。
彼らは忘れたわけではないのかもしれない。むしろ内乱があったから、平和なときがいつまでも続くとは限らないから、今のうちに愉しんでいるのかもしれない。
そう考えると、あちこちで多くの火を焚いている明るい街は美しいと思えた。
連日の激務でかちこちに凝り固まった首回りを揉みほぐした。
この城から眺める景色に感慨の念を覚えた。およそ三十年前に勃発した動乱は地方のいざこざが原因だったが、火が燃え移るように素早く国内全土に広がり、この王都もいち早く巻き込まれて、辺り一面焦土と化していた時もあったのだ。国王の一番古い記憶は戦で血にまみれ、多くの人が息絶え横たわる疲弊しきった土地だった。今でも、城下から漂ってきた死体を焼く臭いが思い出せる。
(それを……よくもまあここまで)
昔この王都を落ちた時はこんな未来があるのだと想像することすらできなかった。
ごほん、というわざとらしい咳払いに国王は我に返った。
「……陛下。休憩が少し長いようですが」
今が決済の途中だというのを思い出した。あと少しだから頑張ってくださいと、ついさっき言われたばかりだったのだ。
国王は開き直って頬杖をついた。
「そんなに野暮なことを言っていると婿の貰い手がなくなるぞ」
「余計なお世話です。ほら、これにハンコ」
雑に示された羊皮紙にさっと目を通すとぽん、とあっさり玉璽を押した。
「ハンコなど誰でもできるだろう。なぜおれがしなくちゃならないんだ」
「ぶつぶつ言わないでさっさとする。……ほら、これが最後です」
そんなこんなでようやく政務を終え、優秀な補佐官は書類の束を左手で抱え、一礼して執務室から退出しようとしたが、主人の誰にともない言葉に立ち止まった。
「どうして、おれが王なのだろうな」
「……貴方がそう生まれたからです」
情け容赦ない返答に国王は沈黙した。
「……もう少し婉曲に言えないのか。虚しいだろうが」
「貴方に代わりはいませんし、いても私はあなたを選ぶ」
「ほう。選ぶのか。選べるのか。羨ましい」
「皮肉らないでください」
ふと、国王は幼少時から同じ時を過ごし、戦場もまた共にした男の右腕を見た。
全く動くことのない腕だった。もう戦場で剣を振るうことのできない腕。傷つけたのは、あの男。
「…………ご婦人は無事にたどり着いたかな?」
一人きりの寝室に清明な月光が差し込んでいた。執務室のような煌びやかさとは縁がない簡素な部屋の簡素な椅子に腰掛けて、質素な麻の衣を身にまとった国王はちびちびと酒を飲んでいた。この格好が一番落ち着くのだった。いつまでも王の衣装を着ているのはかなり肩が凝る。オーガスタも多少の引け目を感じているのか、少ない私生活にまではとやかく口を挟んでこなかった。結婚しろと催促はしてくるが。
だったら先にそちらが結婚してみたらどうなんだといつも思う。怖くて言えたものではないが、二人ともしない理由がほとんど同じである。返答も簡単に予想できた。答えは、「都合の良い女性がいない」。
結婚に夢を見るほど若くもなければ能天気でもないし、幸せな家庭など縁遠い家柄である。オーガスタの他にも婚姻を勧める臣下はかなりいるが、国王にしてみればはいそうですかとあっさり流されるわけにはいかない。下手を打てば娘の父親が勝手に専横し面倒なことになる。
妻となる娘もおつむや見た目が弱くては話にもならない。
どこかに美人だが夫より目立たず優秀で夫に控えめで性格が良くて、父親や親族が馬鹿じゃない娘はいないものか……。
かなりの無茶ぶりを心の中で唱えた。周りの反応が予想できる。
実を言うと、そこまで控え目ではなく性格もあまり保証できないが他の条件には全て当てはまっている人物がいる。そもそも父親と血が繋がっていないし親族も絶えているらしいから、問題はその父親代わりの男と娘の年齢だった。さすがに若いのも躊躇われるのだ。
数年前までは他にもいたのだが、あれはすでに先約が入っていた。
つくづくあの男の周囲にはいい女が集まる。
そう思ったことを思い出しながら寝酒を楽しんでいたが、
「……警備について、見直さなくてはならないな」
そう呟いて、酒杯を卓の上においた。
ふわり、と一つしかない窓のカーテンが揺れ、いつの間にか月光が人影を作っていた。かつて一度だけ目にしたことがある獅子を思い出させる、うちに爆発力を込めたしなやかな手足。身に纏うのはよれよれの黒いだけの服と革の籠手と型の古い軍靴の簡単な防具。腰の剣帯には長い太刀と小物を入れた小さな布袋が括り付けられている。国王が覚えている限りではずっと同じ出で立ちであった。
ぴりぴりと肌を焼く空気。戦場には当たり前だった懐かしい緊張感に、国王は微笑した。
―変わっていない。
こみ上げてきた懐かしさを飲み込んで、突然の来客に応えた。
「二年ぶりか。相変わらずの突拍子のなさで何よりだよ」
男が苛立っているのには既に気づいていた。案の定すげなく言い返された。
「突拍子がないのはお前だ、バカ王。一体何なんだあの女は」
「彼女はいつお前の所へ?」
「昼だ、今日の。あの噂といい、さっさとおれの納得のいくように説明しろ」
「それは難しい相談だ」
言いつつ国王は天井を仰いだ。呆れてものが言えない。
「…………お前、まさか会ってすぐここまでとばしてきたのか?半日で?」
どう頑張っても一日はかかる距離だったはずだが。
「……そのまま彼女に聞けばよかったものを」
「癪に障った」
男は多少は怒りが収まったのかつかつかと歩み寄り、机にどっかりと腰を下ろして酒瓶を豪快に飲み干した。
どいつもこいつも一国の王をなんだと思っていやがるのかと思ったが、賢明にも口に出すことはしなかった国王だった。
「……馬は。それに、どうやって城の中まで入ってきた。手形なんて持ってなかっただろう」
ふん、と男が鼻を鳴らした。
「誰がそんな面倒な手続きを取るかよ。城壁の前においてきた。後は壁をよじ登ってお前の部屋に当たりをつけただけだ」
涼し気な顔で威張るでもなく淡々と言い返す男には疲労も緊張の色も当然ながら全く見えなかった。
「……相変わらずの無茶ぶりで何よりだ」
「それもお前には言われたくない」
男の漆黒の瞳がひたとこちらに突きつけられているのがわかった。緩んだ糸がぴんと引き絞られるように、空気ががらりと変わった。
最早言葉でなくとも催促しているのがわかっていたが、ちら、と苦笑してしまうのは避けられなかった。
この鋭い眼光にたじろがずにいられる将校は今何人いるか……。
この男がたやすく侵入できてしまった城は、昔はまだ警戒が厳しく、滅多に訪れない男も難儀していた(この時には無断で侵入するのがこの男の常だった)。
……たった十年でも質は落ちる。どこもかしこも。
「……彼女とは昔から約束していたんだ」
昔から、という言葉に男は露骨に眉をひそめた。国王は当然無視した。
「ただし約束の中身はおれに聞くな」
「……それも約束のうちか」
「それもあるが、おれが言いたくない。お前怒るだろうから」
実際は現在も怒っているのだが、国王は真に怒りで我を忘れたこの男を知っていた。あれと比べたら可愛いものだ。しかし神妙な口調にはなってしまった。刺激したくないのもまた事実。
男は舌打ちすると、とうとう瓶一本飲み干した。
「おいヘタレ。おれはおれの勝手で動く。間違っても使えると思うなよ」
「その呼び方は不本意だ。だいたいわかりきっていることをわざわざ言うな。おれだって虎に首を噛まれたくはない」
大袈裟ないいようだがこれもまた事実だった。下手をすればこちらの手どころか喉笛に食いつかれる。
「死に急ぐほど暇ではないんだ」
「じゃあ、誰の思惑だ?」
瓶を放り出して、男は腕を組んだ。またゆらりと気配が変わった。
国王はやや首を傾げて肩をすくめた。
「誰とは言えないな。……あえて言うなら、七年前の因縁かな」
「…………」
「大戦禍から十年。諸侯の大半が代替わりし、あれを目の当たりにした者は少ない。…………特に、東はな」
「狼が振る尾を犬のものとでも間違えたか」
「更にまずいことに、裏の情報では狼は『奴ら』と手を組んだ」
「………………おいバカヘタレ王」
「その呼び名も至って不本意だが、言い訳はしない。完全にこちらの不手際だ」
厄介な、とは王と男の共通の意見だった。男にしてみれば、放っておけば火の粉が袖に降りかかってくるのが目に見えてるし、国王はそうして男が暴れた後の始末に頭が痛くなるのは必須だった。
そして何よりも、今、事態は限りなく手遅れに近い。
下手を打てば、一歩間違えれば大戦禍の二の舞だ。
「―帰る」
優雅に立ち上がった男はカーテンの揺れる窓に手をかけた。一瞥をくれることもなく、外に身を踊らせた。
……国王はしばらくぼんやりと男が消えた先を眺めていた。やがてぽつりと呟く。
「あいつ……ただ酒だけ飲んで帰っていきやがった…………」
そもそも国王はすぐ寝ようと思っていたわけではない。
国王は酒にはかなり強い質だった。あのかなりの年代物かつ希少な酒を大事に大事に飲みながら、さっき話したような問題について考えにふけるつもりだったのだ。
「絶対に後で同じ酒をあいつに買わせてやる……!」
国王は憤然と、新たな決意を胸に、目下の課題に思考を素早く巡らせ始めた。眠れぬ夜になることは最早明らかだった。
「おお!あんた中々いけるクチだなあ!」
「恐れ入ります」
赤ら顔の大男が大声で言うと初老の女性は淑やかに微笑んだ。たおやかな雰囲気とは裏腹に、大きく無骨なジョッキを手にして上品に口をつけたと思いきや、勢い良く酒を飲んでいる。
「バカバル!相手はご婦人だぞ。あまり飲ませせるな!」
「全くそのとおりだよ。ご婦人。あいつに遠慮なんてなさらず、辛かったらぼくに言ってください。貴方の為ならぼくは命も惜しみません」
小男が意外なだみ声で同僚を叱り、美青年がエレミナの空いた手を取って滑らかに跪いた。
ただ酒を飲むだけで命を懸けられても困ったものだが、ここは青年の容姿が物を言う。殆どの女性がこの甘い声と優しい仕草、美しい微笑みに目眩を起こすが、彼女はその稀有な例外だった。突っ込みこそはしなかったが、
「どうも心配ありがとうございます。ですが私も自分の限界は存じていますので、お気になさらずに」
動揺すらせず余裕たっぷりににっこりと笑い、しかも青年の掌に載せられた自分の手をさり気なく膝に戻すという芸当までやってのけた。
と、そこで初めてエレミナは困ったように首を傾げた。
「……ただ……私のことより、バルノードさまはもう……」
彼女が言ったとおり、大男は行動がだいぶ覚束なくなっていた。呂律も回っていない。
「おぉれはまだいけるぞぉ。なぁ~?カイト」
「おれに言わないでよもう……。つまみはもうないからね。バルさんがぐいぐい飲み食いするから」
「んだとぉ?」
「ドルティさん……」
カイトがだらだらと絡んでくる酒臭い男にうんざりして小男に助けを求めると、彼はやれやれと首を振った。
「おい、バル。お客さんのために歓迎の歌でも歌おうや。おれが合わせてやるから」
「それはいい!そうしよう。あんた、ちゃんと聞いといてくれ」
「はい」
ドルティがどこからか自前の竪琴を取り出し、一、ニ音弾くと、バルノードはカイトを解放して高らかに歌いだした。
カイトはすぐに歌に集中した様子にあからさまにほっとして、エレミナの座るソファの後ろに逃げ込んだ。
「……もう、いっつもこんなんだよ」
「あの方、歌がお上手ね」
慰めるつもりでエレミナが肩越しに笑いかけると、カイトはにぱっと無邪気に笑い返した。
「おれもそう思う」
黒鬼団随一の癒し系団員の天真爛漫さは、色男にさえ靡かなかった初老の女性の心を射抜いた。……何たる可愛さ。
射手は無意識に放った矢が的のど真ん中に命中していることにも気づかずに、なぜか頬を赤らめたエレミナに話しかけた。
「あ、そのつまみ食べてみて。美味しい?」
「もう頂いたわ。全部あなたが作ったの?美味しかったわ、とっても」
「やった!ありがとう!」
素直に喜ぶ少年にエレミナは相好をすっかり崩したが、その二人の間ににゅっと椀が滑り込んだ。くつろいだせいか昼よりも冷ややかさが三割減したミラだった。
「カイト。お代わり」
「まだ食べるの?今何杯目だよ」
カイトは呆れて、いくらか頬が上気したミラに問いかけていた。
「多分五」
「もうやめとけよ……」
「今日は七杯まで頑張る」
「その意気込みに一体何の意味があるんだよ」
「いいからさっさと出して」
カイトはこいつ酔っているなと考えた。カイトはまだだが、ミラは数ヶ月前から飲酒が解禁されている。団員は気をつけて度数の弱いものを少ししか飲ませないようにしていたが、……意外に弱いのかもしれない。
「よくないよ」
「そうだよ。ミラ、食べ過ぎだ。体に悪いぞ」
ずっと傍から様子を見るだけだった色男も見るに見かねて加勢したが、
「ネアは黙ってろ」
容赦ない一言にあっさり撃沈した。
「なんて口が悪い……」
「そこまでにしておいた方がいいわよ、ミラちゃん」
横から口を挟まれて、ミラははっきりと嫌そうな顔をした。出会い頭から『ちゃん』づけされていたことが気に入らないのもある。
「子ども扱いしないで」
「あら。心配してくれている人の言うことを聞かない人なんて子ども以外の何者でもないわよ」
カイトはぎょっとしてエレミナを振り返り、挑発的だが有無を言わさぬ厳しい口調にミラも口をつぐんだ。
聞き間違いかさもなければ冗談だと思いきや、彼女は相変わらず穏やかな表情だったが目は笑っていない。柔らかなナイフが、見た目とはかけ離れてしなやかにさっくりと果物を刺したような感覚だった。ぴしゃりと言うわけではなく、あくまでも滑らかに相手の懐に剣を突きつけるようなもので、ミラにとっても青天の霹靂であることに違いはないようだった。その間隙を突いて、エレミナはにっこりと笑って最大級の攻撃を繰り出した。
「誰も食べるなとは言ってないわ。あなたが自分のことに気を遣えばそれで皆充分なのよ。子どもじゃないと言い張るならもう少しましな言い方を考えなさい。それじゃ駄々をこねているのと変わらないわ」
「よくぞ言ってくれました」
ケインがぱちぱちとわざとらしく拍手をしながら応接間に入ってきた。
何とも言えない顔のまま黙り込むミラに内心で苦笑しながら、顔は至って真面目に話しかけた。
「カイト、ミラ。お前らはそろそろ部屋に引き上げろ。遅いから」
「えー。おれちゃんと明日の分の朝飯作ったんだよ。起きててもいいでしょう」
「寝坊前提で話をするな」
ぐずるカイトにミラも叱られたせいか控えめになって頷いた。子どもたちは上目遣いで副団長を見上げた。
カイトが代表して、しかし恐る恐る問いかけた。
「………………団長は?」
ケインはふっと表情を緩ませた。フルーナも随分と懐かれたものだ。昼前に飛び出していった彼を心配しているのはわかっていた。二人とも団長の帰りをずっとそうして待っていたのだろう。なんとも健気で可愛い部下たちだ。
「ちょうど今帰ってきた。ほら」
副団長が部屋の入り口を指すのと、現れた団長がぶっきらぼうな声で言うのがほぼ同時だった。
「ケインの言うとおりにしろ、ガキども」
「団長!」
黒鬼団下っ端団員二人は団長に嬉々として駆け寄った。
「団長、お帰りなさい。どこ行ってたんですか。何か食い物いりますか?おれ何か持ってきますよ」
「適当につまむからいい。それよりさっさと寝ろ。ミラもいつまでも拗ねるな」
「はーい」
二人は至って素直に頷いたのだった。カイトもミラも団長から藁の匂いが漂っているのに気づいたが、馬は大事にしろと叩き込んだ団長が今まで馬の世話をしていた理由を尋ねるのは明日に持ち越しが決定した。いつもと様子が違いすぎて、平静な姿を見るだけで今日は充分だった。いつも通りの素っ気ない態度に心底ほっとしたのだった。
「……随分と好かれているんですね」
バルノードもこの時には歌うのをやめ、ドルティも竪琴をしまった。団長のためにエレミナの正面のソファを空けると、ネアも立って火の気のない暖炉の横に寄りかかった。
団長はいまだ立ったままだった。不機嫌さよりも無愛想な方が今は全面に表れている。そういえば、王はこの人を、可愛げなど世がひっくり返ってもあいつには求めるなと釘を刺してきた。確かどんな人かと聞いたらそう言ったのだった。あの子たちはあんなに可愛いのに。
「…………貴様は何のためにその剣を持ってここに来た」
「ここは傭兵団なのでしょう?でしたら話は決まっていますわよ」
肌見放さず手元に置くと決めた息子の形見を撫でながら、あくまでもにこやかに応じた。改めて会っても昼間のわだかまりが解けているとは考えなかった。上辺だけならいくらでもこうして笑える。
ふと疑問に思って首を傾げた。
「……でも、半日もどこに行ってらしたの」
「バカヘタレ王に会いに」
これにはエレミナも呆れ返った。他の連中は言わずもがな。
唯一事情を察していたケインはテーブルの上の食器を片付けながら苦笑した。カイトが残していった茶器を見て、とりあえず聞いてみる。
「フルーナ。茶と酒、どっちがいい?」
「茶」
相当な呑兵衛が即答したのにケインが驚いていると、当の本人は不機嫌に不機嫌を重ねた表情で吐き捨てた。
「あいつ、よくあんな酒飲めるな。まだ胃がムカついていやがる」
「また横取りしたのか」
「銘柄は高そうだったが、あれはぼったくりだ。強い酒だが、それだけだ。くそ。腹の座りが悪い」
「そりゃあ飲んですぐに馬を跳ばしたからだろう……。どうせ一瓶空けたんだろ。彼怒るぞ」
エレミナはケインが淹れた茶をがぶ飲みする男をまじまじと見つめた。
国王に随分念を押されていたのだが、これは実際に見なくてはわからないことだった。目の前の男が大戦禍の時代を縦横に駆け回り、多くの戦功を立てたことは知っていた。それでこの男の昔について知った気になっていたが、認識が甘かったことを思い知らされるようだった。
(…………あの子……よくこの人と仲良くなれたわね)
我が息子を思い出し、ちょっと感傷的になる。それを言うなら息子こそ、大戦禍に国王軍と双璧となって反乱軍を指揮したのだが、そこはちゃっかり忘れた上での感想である。そして最終的に言うなれば、この傲岸不遜な男とも敵対していた我が息子とも親交を温めた国王の度量の深さよ。
国王に地味に狭量な所があることを知らないからこその感嘆だった。
彼らは十年前終結した内乱など忘れたように、今ある幸せをめいいっぱい味わっているのだった。
いや、と、そんな様子を高いところから見下ろしながら、国王は考えた。
彼らは忘れたわけではないのかもしれない。むしろ内乱があったから、平和なときがいつまでも続くとは限らないから、今のうちに愉しんでいるのかもしれない。
そう考えると、あちこちで多くの火を焚いている明るい街は美しいと思えた。
連日の激務でかちこちに凝り固まった首回りを揉みほぐした。
この城から眺める景色に感慨の念を覚えた。およそ三十年前に勃発した動乱は地方のいざこざが原因だったが、火が燃え移るように素早く国内全土に広がり、この王都もいち早く巻き込まれて、辺り一面焦土と化していた時もあったのだ。国王の一番古い記憶は戦で血にまみれ、多くの人が息絶え横たわる疲弊しきった土地だった。今でも、城下から漂ってきた死体を焼く臭いが思い出せる。
(それを……よくもまあここまで)
昔この王都を落ちた時はこんな未来があるのだと想像することすらできなかった。
ごほん、というわざとらしい咳払いに国王は我に返った。
「……陛下。休憩が少し長いようですが」
今が決済の途中だというのを思い出した。あと少しだから頑張ってくださいと、ついさっき言われたばかりだったのだ。
国王は開き直って頬杖をついた。
「そんなに野暮なことを言っていると婿の貰い手がなくなるぞ」
「余計なお世話です。ほら、これにハンコ」
雑に示された羊皮紙にさっと目を通すとぽん、とあっさり玉璽を押した。
「ハンコなど誰でもできるだろう。なぜおれがしなくちゃならないんだ」
「ぶつぶつ言わないでさっさとする。……ほら、これが最後です」
そんなこんなでようやく政務を終え、優秀な補佐官は書類の束を左手で抱え、一礼して執務室から退出しようとしたが、主人の誰にともない言葉に立ち止まった。
「どうして、おれが王なのだろうな」
「……貴方がそう生まれたからです」
情け容赦ない返答に国王は沈黙した。
「……もう少し婉曲に言えないのか。虚しいだろうが」
「貴方に代わりはいませんし、いても私はあなたを選ぶ」
「ほう。選ぶのか。選べるのか。羨ましい」
「皮肉らないでください」
ふと、国王は幼少時から同じ時を過ごし、戦場もまた共にした男の右腕を見た。
全く動くことのない腕だった。もう戦場で剣を振るうことのできない腕。傷つけたのは、あの男。
「…………ご婦人は無事にたどり着いたかな?」
一人きりの寝室に清明な月光が差し込んでいた。執務室のような煌びやかさとは縁がない簡素な部屋の簡素な椅子に腰掛けて、質素な麻の衣を身にまとった国王はちびちびと酒を飲んでいた。この格好が一番落ち着くのだった。いつまでも王の衣装を着ているのはかなり肩が凝る。オーガスタも多少の引け目を感じているのか、少ない私生活にまではとやかく口を挟んでこなかった。結婚しろと催促はしてくるが。
だったら先にそちらが結婚してみたらどうなんだといつも思う。怖くて言えたものではないが、二人ともしない理由がほとんど同じである。返答も簡単に予想できた。答えは、「都合の良い女性がいない」。
結婚に夢を見るほど若くもなければ能天気でもないし、幸せな家庭など縁遠い家柄である。オーガスタの他にも婚姻を勧める臣下はかなりいるが、国王にしてみればはいそうですかとあっさり流されるわけにはいかない。下手を打てば娘の父親が勝手に専横し面倒なことになる。
妻となる娘もおつむや見た目が弱くては話にもならない。
どこかに美人だが夫より目立たず優秀で夫に控えめで性格が良くて、父親や親族が馬鹿じゃない娘はいないものか……。
かなりの無茶ぶりを心の中で唱えた。周りの反応が予想できる。
実を言うと、そこまで控え目ではなく性格もあまり保証できないが他の条件には全て当てはまっている人物がいる。そもそも父親と血が繋がっていないし親族も絶えているらしいから、問題はその父親代わりの男と娘の年齢だった。さすがに若いのも躊躇われるのだ。
数年前までは他にもいたのだが、あれはすでに先約が入っていた。
つくづくあの男の周囲にはいい女が集まる。
そう思ったことを思い出しながら寝酒を楽しんでいたが、
「……警備について、見直さなくてはならないな」
そう呟いて、酒杯を卓の上においた。
ふわり、と一つしかない窓のカーテンが揺れ、いつの間にか月光が人影を作っていた。かつて一度だけ目にしたことがある獅子を思い出させる、うちに爆発力を込めたしなやかな手足。身に纏うのはよれよれの黒いだけの服と革の籠手と型の古い軍靴の簡単な防具。腰の剣帯には長い太刀と小物を入れた小さな布袋が括り付けられている。国王が覚えている限りではずっと同じ出で立ちであった。
ぴりぴりと肌を焼く空気。戦場には当たり前だった懐かしい緊張感に、国王は微笑した。
―変わっていない。
こみ上げてきた懐かしさを飲み込んで、突然の来客に応えた。
「二年ぶりか。相変わらずの突拍子のなさで何よりだよ」
男が苛立っているのには既に気づいていた。案の定すげなく言い返された。
「突拍子がないのはお前だ、バカ王。一体何なんだあの女は」
「彼女はいつお前の所へ?」
「昼だ、今日の。あの噂といい、さっさとおれの納得のいくように説明しろ」
「それは難しい相談だ」
言いつつ国王は天井を仰いだ。呆れてものが言えない。
「…………お前、まさか会ってすぐここまでとばしてきたのか?半日で?」
どう頑張っても一日はかかる距離だったはずだが。
「……そのまま彼女に聞けばよかったものを」
「癪に障った」
男は多少は怒りが収まったのかつかつかと歩み寄り、机にどっかりと腰を下ろして酒瓶を豪快に飲み干した。
どいつもこいつも一国の王をなんだと思っていやがるのかと思ったが、賢明にも口に出すことはしなかった国王だった。
「……馬は。それに、どうやって城の中まで入ってきた。手形なんて持ってなかっただろう」
ふん、と男が鼻を鳴らした。
「誰がそんな面倒な手続きを取るかよ。城壁の前においてきた。後は壁をよじ登ってお前の部屋に当たりをつけただけだ」
涼し気な顔で威張るでもなく淡々と言い返す男には疲労も緊張の色も当然ながら全く見えなかった。
「……相変わらずの無茶ぶりで何よりだ」
「それもお前には言われたくない」
男の漆黒の瞳がひたとこちらに突きつけられているのがわかった。緩んだ糸がぴんと引き絞られるように、空気ががらりと変わった。
最早言葉でなくとも催促しているのがわかっていたが、ちら、と苦笑してしまうのは避けられなかった。
この鋭い眼光にたじろがずにいられる将校は今何人いるか……。
この男がたやすく侵入できてしまった城は、昔はまだ警戒が厳しく、滅多に訪れない男も難儀していた(この時には無断で侵入するのがこの男の常だった)。
……たった十年でも質は落ちる。どこもかしこも。
「……彼女とは昔から約束していたんだ」
昔から、という言葉に男は露骨に眉をひそめた。国王は当然無視した。
「ただし約束の中身はおれに聞くな」
「……それも約束のうちか」
「それもあるが、おれが言いたくない。お前怒るだろうから」
実際は現在も怒っているのだが、国王は真に怒りで我を忘れたこの男を知っていた。あれと比べたら可愛いものだ。しかし神妙な口調にはなってしまった。刺激したくないのもまた事実。
男は舌打ちすると、とうとう瓶一本飲み干した。
「おいヘタレ。おれはおれの勝手で動く。間違っても使えると思うなよ」
「その呼び方は不本意だ。だいたいわかりきっていることをわざわざ言うな。おれだって虎に首を噛まれたくはない」
大袈裟ないいようだがこれもまた事実だった。下手をすればこちらの手どころか喉笛に食いつかれる。
「死に急ぐほど暇ではないんだ」
「じゃあ、誰の思惑だ?」
瓶を放り出して、男は腕を組んだ。またゆらりと気配が変わった。
国王はやや首を傾げて肩をすくめた。
「誰とは言えないな。……あえて言うなら、七年前の因縁かな」
「…………」
「大戦禍から十年。諸侯の大半が代替わりし、あれを目の当たりにした者は少ない。…………特に、東はな」
「狼が振る尾を犬のものとでも間違えたか」
「更にまずいことに、裏の情報では狼は『奴ら』と手を組んだ」
「………………おいバカヘタレ王」
「その呼び名も至って不本意だが、言い訳はしない。完全にこちらの不手際だ」
厄介な、とは王と男の共通の意見だった。男にしてみれば、放っておけば火の粉が袖に降りかかってくるのが目に見えてるし、国王はそうして男が暴れた後の始末に頭が痛くなるのは必須だった。
そして何よりも、今、事態は限りなく手遅れに近い。
下手を打てば、一歩間違えれば大戦禍の二の舞だ。
「―帰る」
優雅に立ち上がった男はカーテンの揺れる窓に手をかけた。一瞥をくれることもなく、外に身を踊らせた。
……国王はしばらくぼんやりと男が消えた先を眺めていた。やがてぽつりと呟く。
「あいつ……ただ酒だけ飲んで帰っていきやがった…………」
そもそも国王はすぐ寝ようと思っていたわけではない。
国王は酒にはかなり強い質だった。あのかなりの年代物かつ希少な酒を大事に大事に飲みながら、さっき話したような問題について考えにふけるつもりだったのだ。
「絶対に後で同じ酒をあいつに買わせてやる……!」
国王は憤然と、新たな決意を胸に、目下の課題に思考を素早く巡らせ始めた。眠れぬ夜になることは最早明らかだった。
「おお!あんた中々いけるクチだなあ!」
「恐れ入ります」
赤ら顔の大男が大声で言うと初老の女性は淑やかに微笑んだ。たおやかな雰囲気とは裏腹に、大きく無骨なジョッキを手にして上品に口をつけたと思いきや、勢い良く酒を飲んでいる。
「バカバル!相手はご婦人だぞ。あまり飲ませせるな!」
「全くそのとおりだよ。ご婦人。あいつに遠慮なんてなさらず、辛かったらぼくに言ってください。貴方の為ならぼくは命も惜しみません」
小男が意外なだみ声で同僚を叱り、美青年がエレミナの空いた手を取って滑らかに跪いた。
ただ酒を飲むだけで命を懸けられても困ったものだが、ここは青年の容姿が物を言う。殆どの女性がこの甘い声と優しい仕草、美しい微笑みに目眩を起こすが、彼女はその稀有な例外だった。突っ込みこそはしなかったが、
「どうも心配ありがとうございます。ですが私も自分の限界は存じていますので、お気になさらずに」
動揺すらせず余裕たっぷりににっこりと笑い、しかも青年の掌に載せられた自分の手をさり気なく膝に戻すという芸当までやってのけた。
と、そこで初めてエレミナは困ったように首を傾げた。
「……ただ……私のことより、バルノードさまはもう……」
彼女が言ったとおり、大男は行動がだいぶ覚束なくなっていた。呂律も回っていない。
「おぉれはまだいけるぞぉ。なぁ~?カイト」
「おれに言わないでよもう……。つまみはもうないからね。バルさんがぐいぐい飲み食いするから」
「んだとぉ?」
「ドルティさん……」
カイトがだらだらと絡んでくる酒臭い男にうんざりして小男に助けを求めると、彼はやれやれと首を振った。
「おい、バル。お客さんのために歓迎の歌でも歌おうや。おれが合わせてやるから」
「それはいい!そうしよう。あんた、ちゃんと聞いといてくれ」
「はい」
ドルティがどこからか自前の竪琴を取り出し、一、ニ音弾くと、バルノードはカイトを解放して高らかに歌いだした。
カイトはすぐに歌に集中した様子にあからさまにほっとして、エレミナの座るソファの後ろに逃げ込んだ。
「……もう、いっつもこんなんだよ」
「あの方、歌がお上手ね」
慰めるつもりでエレミナが肩越しに笑いかけると、カイトはにぱっと無邪気に笑い返した。
「おれもそう思う」
黒鬼団随一の癒し系団員の天真爛漫さは、色男にさえ靡かなかった初老の女性の心を射抜いた。……何たる可愛さ。
射手は無意識に放った矢が的のど真ん中に命中していることにも気づかずに、なぜか頬を赤らめたエレミナに話しかけた。
「あ、そのつまみ食べてみて。美味しい?」
「もう頂いたわ。全部あなたが作ったの?美味しかったわ、とっても」
「やった!ありがとう!」
素直に喜ぶ少年にエレミナは相好をすっかり崩したが、その二人の間ににゅっと椀が滑り込んだ。くつろいだせいか昼よりも冷ややかさが三割減したミラだった。
「カイト。お代わり」
「まだ食べるの?今何杯目だよ」
カイトは呆れて、いくらか頬が上気したミラに問いかけていた。
「多分五」
「もうやめとけよ……」
「今日は七杯まで頑張る」
「その意気込みに一体何の意味があるんだよ」
「いいからさっさと出して」
カイトはこいつ酔っているなと考えた。カイトはまだだが、ミラは数ヶ月前から飲酒が解禁されている。団員は気をつけて度数の弱いものを少ししか飲ませないようにしていたが、……意外に弱いのかもしれない。
「よくないよ」
「そうだよ。ミラ、食べ過ぎだ。体に悪いぞ」
ずっと傍から様子を見るだけだった色男も見るに見かねて加勢したが、
「ネアは黙ってろ」
容赦ない一言にあっさり撃沈した。
「なんて口が悪い……」
「そこまでにしておいた方がいいわよ、ミラちゃん」
横から口を挟まれて、ミラははっきりと嫌そうな顔をした。出会い頭から『ちゃん』づけされていたことが気に入らないのもある。
「子ども扱いしないで」
「あら。心配してくれている人の言うことを聞かない人なんて子ども以外の何者でもないわよ」
カイトはぎょっとしてエレミナを振り返り、挑発的だが有無を言わさぬ厳しい口調にミラも口をつぐんだ。
聞き間違いかさもなければ冗談だと思いきや、彼女は相変わらず穏やかな表情だったが目は笑っていない。柔らかなナイフが、見た目とはかけ離れてしなやかにさっくりと果物を刺したような感覚だった。ぴしゃりと言うわけではなく、あくまでも滑らかに相手の懐に剣を突きつけるようなもので、ミラにとっても青天の霹靂であることに違いはないようだった。その間隙を突いて、エレミナはにっこりと笑って最大級の攻撃を繰り出した。
「誰も食べるなとは言ってないわ。あなたが自分のことに気を遣えばそれで皆充分なのよ。子どもじゃないと言い張るならもう少しましな言い方を考えなさい。それじゃ駄々をこねているのと変わらないわ」
「よくぞ言ってくれました」
ケインがぱちぱちとわざとらしく拍手をしながら応接間に入ってきた。
何とも言えない顔のまま黙り込むミラに内心で苦笑しながら、顔は至って真面目に話しかけた。
「カイト、ミラ。お前らはそろそろ部屋に引き上げろ。遅いから」
「えー。おれちゃんと明日の分の朝飯作ったんだよ。起きててもいいでしょう」
「寝坊前提で話をするな」
ぐずるカイトにミラも叱られたせいか控えめになって頷いた。子どもたちは上目遣いで副団長を見上げた。
カイトが代表して、しかし恐る恐る問いかけた。
「………………団長は?」
ケインはふっと表情を緩ませた。フルーナも随分と懐かれたものだ。昼前に飛び出していった彼を心配しているのはわかっていた。二人とも団長の帰りをずっとそうして待っていたのだろう。なんとも健気で可愛い部下たちだ。
「ちょうど今帰ってきた。ほら」
副団長が部屋の入り口を指すのと、現れた団長がぶっきらぼうな声で言うのがほぼ同時だった。
「ケインの言うとおりにしろ、ガキども」
「団長!」
黒鬼団下っ端団員二人は団長に嬉々として駆け寄った。
「団長、お帰りなさい。どこ行ってたんですか。何か食い物いりますか?おれ何か持ってきますよ」
「適当につまむからいい。それよりさっさと寝ろ。ミラもいつまでも拗ねるな」
「はーい」
二人は至って素直に頷いたのだった。カイトもミラも団長から藁の匂いが漂っているのに気づいたが、馬は大事にしろと叩き込んだ団長が今まで馬の世話をしていた理由を尋ねるのは明日に持ち越しが決定した。いつもと様子が違いすぎて、平静な姿を見るだけで今日は充分だった。いつも通りの素っ気ない態度に心底ほっとしたのだった。
「……随分と好かれているんですね」
バルノードもこの時には歌うのをやめ、ドルティも竪琴をしまった。団長のためにエレミナの正面のソファを空けると、ネアも立って火の気のない暖炉の横に寄りかかった。
団長はいまだ立ったままだった。不機嫌さよりも無愛想な方が今は全面に表れている。そういえば、王はこの人を、可愛げなど世がひっくり返ってもあいつには求めるなと釘を刺してきた。確かどんな人かと聞いたらそう言ったのだった。あの子たちはあんなに可愛いのに。
「…………貴様は何のためにその剣を持ってここに来た」
「ここは傭兵団なのでしょう?でしたら話は決まっていますわよ」
肌見放さず手元に置くと決めた息子の形見を撫でながら、あくまでもにこやかに応じた。改めて会っても昼間のわだかまりが解けているとは考えなかった。上辺だけならいくらでもこうして笑える。
ふと疑問に思って首を傾げた。
「……でも、半日もどこに行ってらしたの」
「バカヘタレ王に会いに」
これにはエレミナも呆れ返った。他の連中は言わずもがな。
唯一事情を察していたケインはテーブルの上の食器を片付けながら苦笑した。カイトが残していった茶器を見て、とりあえず聞いてみる。
「フルーナ。茶と酒、どっちがいい?」
「茶」
相当な呑兵衛が即答したのにケインが驚いていると、当の本人は不機嫌に不機嫌を重ねた表情で吐き捨てた。
「あいつ、よくあんな酒飲めるな。まだ胃がムカついていやがる」
「また横取りしたのか」
「銘柄は高そうだったが、あれはぼったくりだ。強い酒だが、それだけだ。くそ。腹の座りが悪い」
「そりゃあ飲んですぐに馬を跳ばしたからだろう……。どうせ一瓶空けたんだろ。彼怒るぞ」
エレミナはケインが淹れた茶をがぶ飲みする男をまじまじと見つめた。
国王に随分念を押されていたのだが、これは実際に見なくてはわからないことだった。目の前の男が大戦禍の時代を縦横に駆け回り、多くの戦功を立てたことは知っていた。それでこの男の昔について知った気になっていたが、認識が甘かったことを思い知らされるようだった。
(…………あの子……よくこの人と仲良くなれたわね)
我が息子を思い出し、ちょっと感傷的になる。それを言うなら息子こそ、大戦禍に国王軍と双璧となって反乱軍を指揮したのだが、そこはちゃっかり忘れた上での感想である。そして最終的に言うなれば、この傲岸不遜な男とも敵対していた我が息子とも親交を温めた国王の度量の深さよ。
国王に地味に狭量な所があることを知らないからこその感嘆だった。
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