少年の行く先は

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第一部

3-3

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「……伯父さん、ありがとう」
「いいよ。史官の私の方が詳しく話せるしね。それに、君もナジカと同じ。焦らず成長していきなさい」
「……うん」

 最近、ずっと「焦るな」と言われている気がする。ローナは苦笑しながらクラウスと並んで歩いた。次はルアに説明しなくてはならない。

 ヘーゼル壊滅の報は、城に、所在が判明した時よりもはるかにとんでもない激震を与えた。最強最悪の無敗の盗賊集団。しかも倒したのはケルシュの領主軍だけではないらしい、というのは、ローナはクラウスから教えてもらった。ダールとハルジアが血眼になって残党とその人物を探していると。
 まさに史実に残るだろう偉業。他機関とも協力しながら、調査も検証も、クラウスたち史官の仕事だった。

 ナジカにうまく説明できる気がしなくて、クラウスに頼んでしまった。手間をかけたことがひたすら申し訳なかった。下手にナジカを刺激せずに済んだことに比べれば、ローナの葛藤など無に帰すことだけれど。

(あれはびっくりしたもんな)

 一人きり、助けも呼べず過呼吸になっていて。肝が冷えるどころじゃなかった。伯父の説得の要点の一つだった「力」について、制御の訓練がてら「耳」を広げていたから気づけたものの、発見が遅れたときを考えるとぞっとする。
 
(……でも、短時間なら負担はなくなってきたかも)

 服の下にある首飾りは、母からもらった正真正銘のお守りだった。外せば箍が外れ、身に付けていれば「力」は漏出されない。安全弁でもあるのだ。

「……伯父さん。サレンディアって、なに?」
「なにって?」
「……貴族年鑑とか、歴史とか史料を漁っても、サレンディアなんて姓、どこにもなかった。伯父さんと母さんって……どこから来たの?」

「力」について初めて考えたとき、疑問に思ったのはこの二人のことだった。何もかも知っている風で、でも伯父は持っていないらしい異能。それに……ローナは、二人の親族を全く知らなかった。サレンディアの姓を名乗る貴族を調べようと城を漁っても、なぜか出てこない。姓は貴族が持つものだ。ないわけがないのに。
 少し進んだ先で足を止めたクラウスは、ただ静かに微笑んでいた。全くの揺らぎがない姿で。

「サレンディアは、ある意味で符丁みたいなものだよ。そのままでは
「符丁……?」
「真の名は、『サライ』と『ティア』。それから、君の持ってる紫水晶アメジストの色にも意味がある。リギアの目利きも本物だし、そこにおまじないも加えていたから君の『お守り』足りえている。――ヒントはこれまで。もう一度調べ直しておいで」
「え、ちょ……」

 いつの間にか部屋の前まで来ていたらしい。クラウスは迷わずこんこんとノックして、ルアの返事を待って扉を開けた。

「クラウスさま?ローナ?」
「じゃあ、あとは一人でできるね?おやすみ」
「え」

 クラウスはぽんとローナの肩を叩くと、さっさと廊下を歩き去ってしまった。
 これは逃げられたというやつではなかろうか。ルアにしばらくして怒られるまで、その場で唖然としてその背中を見送った。















「『サライ』?んだそれ」
「馬鹿は黙っていろ。おれは聞き覚えがある」
「おんまえ……」
「あー落ち着け落ち着け。ルース、言葉は選べよ」
「本当のことだろう」
「まあ確かに……」
「おいこらローナ!!」

 都の中央部を横切り、大人しい街並みを歩くのはローナとシュカ、ルースの三人。ローナはうるさいなぁと適当にあしらいつつ、少し遠い目をした。

「なんでルースもいるんだよ」
「おれがいたらまずいか」
「大いにまずいな。もうローナん家に来んなよお前」
「なぜアボットに言われなくてはならん」
「ちょっと黙れよ二人とも……」
「ローナも言ってやれよ!こいつルアちゃんに色目使ったんだぜ!?」
「なっ!?」
「……あれってそういう態度だったのか」
「お前もとことん鈍いな!こいつ明らかに一目惚れって顔してただろ。真っ赤になって棒立ち!美人だから仕方ないけど先約があるんだ。諦めろルース」
「惚れてなどおらん!」
「先約って?」
「なんでお前がそこで首傾げるんだよ!」

 だーっとシュカは吠えるのを、ローナは少し感心しながら見た。いつもはボケ倒すシュカがつっこんでいるという謎な感動のためだ。ルースが赤い顔で違う……違う……とぶつぶつ言ってるので、その予想も当たりらしい。びっくりした。
 昔から身長やかけっこなんかで張り合ったり、どっちが姉か兄かで喧嘩までした仲のルアだ。モテている、と知ってなんだか面白くなった。
(ルアをうちに縛り付けるわけにもいかないもんな)
 元々エルフィズで切れるはずの縁だった。しかし、心配のためについてきてしまった。ローナはきょうだいのルアを幸せにしてやらなくてはならない義務がある。
(……でもルースはなぁ)
 こいつは常識にうるさいから、ルアの見た目は完璧でも、本性を知れば面倒なことになりそうだ。しかも伯爵家夫人になるし、どこまでルアに務まるか……。まあ、武闘派の少女なんてめったにいるものではないのだが。
 そういえば最近は、ナジカは文字と一緒に護身術まで教わっているらしい。いずれ剃刀でも持ち歩くようになるかもしれない。
 うちの女性陣は、亡き母を含めて、揃いも揃って逞しい気がする。まあその分ローナがヘタレすぎる、と言うのもあるだろうが。

「ほら見ろこの弁当!ルアちゃんの愛情たっぷりなローナへ向けた特製品だぞ!」

 回想に耽っている間にすごい脚色されてるのが聞こえて、手に持っていたバスケットを思わず凝視した。
「シュカ、そんなんじゃないよこれ。ってか、ルアはおれの恋人とかじゃないって何度も言ってるだろ」
「じゃあそれくれよ!」
「嫌だよ」
「ほれ見ろ!」
「金がないんだから仕方ないだろ。お前にあげたら確実に食いっぱぐれちまう。小遣いもまだなのに」
「……お前、金銭の管理をあの女性に任せているのか?」
 ルースが珍しくもおずおずと尋ねてくるのに、こくりと頷いた。
「え、うん。おれとか伯父さんだと、全部本に消えてくから」
「結婚家庭じゃん!!」
「うわびっくりしたあ」
 確かにルアに頼みすぎかと思うが、最初に取り上げられてしまえば文句も言えない。ルアの金銭感覚は安いものしかない田舎のエルフィズで鍛えられている分、誰よりも財布の紐が固いから、一番頼りになるのだった。
(学園で興味本位で取った会計学もルアに教えたから、たぶん、そこらの人よりよっぽど商会とかじゃ重宝されるんじゃないかなぁ)
 ちなみに、腐っても商売で財産を築いている家の出身だからか、いかに座学で力を奮わなくとも、シュカはその講義だけは高得点を叩き出した。

 ……それにしても、とちらりと二人を見て、ローナは純粋な感想を呟いた。 
「……お前ら仲良くなってない?」
「んなわけあるか!」
「おい、鳥肌が立ったぞ今。ハヴィン。お前大概にしろよ」
「え、えええ……」
 学園ではいがみ合っていたが、こうなにもない日にシュカと揃って出歩きローナの家へ来るどころか……今も何だかんだで足並みを揃えているところとか、ローナには「喧嘩するほど仲がいい」としか思えないのだが。
「それで、『サライ』だったな」
 ルースも問答に疲れたのか、強引に話を引き戻した。
「発音からすると、古代語だろうな。『ティア』は……今で言うと『涙』だが、こちらも昔は別の意味があったはずだ」
「さすがルース。古代語なんて知ってたのか」
「……まあな」
 明け透けに誉められたルースは変な顔になった。ここまで含みなく、嫌みも感じられないと、苛立つより先に毒気を抜かれる。
「我が家にも古い書物は多く残されている。一番はやはり王城だがな。それこそルーリィの図書館にあるはずだぞ」
「探すにも、検討つけなきゃいけないだろ。古代語か。……ありがとう、ルース」
 照れ隠しに矢継ぎ早に言ったルースに、ローナはあっさりとそんなことを言う。
「助かったよ」
 隣でシュカがにやにやしているのがルースはムカついて、ふん、とそっぽを向くのだった。 
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