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クルガ編
きゅう
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「アルザ、笑い転げるのはいいが、呪いはどうにかできるんだな?」
「や、やってるよ……っ!お前がそう言うってわかってんだから!」
アルザが息も絶え絶えに返答した。さっきものすごく描き込んでいた獣の爪を震える手で持ち上げたので、なるほど応急措置のあと取り組んでいたのはそういうことだったらしい。
「さっさとやれ。この格好だと寝づらいだろう。人生初めての休日だぞ。もっと休ませねば」
「休憩って言ったー!しかも一日じゃ無理なんだって!いくらおれでも!さすがに!」
「やれ」
「お前ほんっとおれにだけ鬼畜!」
「お前にしかできないんだから仕方ないだろう。お前の責任はおれの義務で、逆もしかり。務めを果たせ。というか痛みを抑えるなら今でもできてるんだろう。せめて見た目をもうちょっとどうにかできないのか」
「クルガさーん門外漢って自覚してるくせに無茶言うのやめてくんね!?」
「できないのか?」
「できるけど!神様の呪いでも呪術師のものと作法は変わらない。呪術師の呪いの元なんだから。呪いは移すか返すか。返すのはもっと時間がかかる。だからひとまず移す。そのためにこの爪使ってんの。だけど小さいから大変なの!筆もほっっっそすぎて親指の付け根ぷるぷるするんだから!見て!」
「大変だな。やれ」
「くっそーやるよ!」
アルザが湯を飲み干して板敷きの床にタンッと置き、ほっっっそい筆を取った。
そろそろ日もすっかり暮れてしまっている。いつの間にか置物のように静かになったウミを布団の上に下ろして、戸に近づいた。
「ネラ、こっちはどうにかなる目処がついた。メシ食ってこい」
「大丈夫ですか?あ、こちらまた届いたものですけど」
「ああ。助かった。メシ食った後でいいから、一組布団を持ってきてくれ。今日はさすがにな」
「わかりました」
ついでになんとか布団を入手できそうだ。やっぱり毛皮だけよりもう少し柔らかい寝具がいい。湯おけや男物、女物の替えの衣服やおれとアルザの分の膳を全部部屋に入れ、「ミルカを呼んできてくれ」と頼んで戸を閉めた。
「……あの、クルガさま」
「ミルカはおれの従妹だ。お前が昨日挨拶したやつ、覚えてるか?体拭いて着替えないと、汗も掻いたし心地悪いだろう。ミルカに手伝わせるから」
「いえあの、そうではなく」
「誰とも会うなって命令か?今回は例外だ。ああ、それと警戒云々はそろそろどうでもよくなってきたが、まだしばらく、呪いがどうにかなるまでは隔離するぞ。うちには、呪いに敏感なやつが多いから」
「いえ、ですから、その」
「なんだ?ああ、メシ食わせないとか。まだ途中だったな」
「違います」
ウミはきっぱり言ってじっとおれを見上げてきた。
「……神様に呪いをかけられているらしいんですけど、それでも、私をここに置いてくれるのですか」
「それはアルザがどうにかするからいいって決まっただろ、たった今」
「他力本願ー」
「黙れポンコツ占い師」
アルザの茶々をぶった切ってから、おれもウミを見返した。この一見静謐な瞳の奥に、色んな感情があることを、今はもう知っている。降り積もった雪の下に春の種が芽吹きを待つように。苦痛も悲しみも、迷いも恐れも隠れている。孤独と諦念も。
それでも捨てがたい希望すら。……おれが与えたもの。
「お前が気にしていることは、多少は理解できる。だけど、それでもあえて言ってやる。おれにとっては神罰なんて瑣末事だってな。お前は仮とはいえ、我が氏族の袖の下に入った。おれがお前を放り出す時は、おれ自身も出て行くときだ。そう決めた」
ウミは押しかけさせられた嫁ではなく、ミルカのように庇護が必要な弱い娘だった。捨て置くことはおれの誇りが許さない。神なんざどうでもいい。
「おれは多分国で一番神なんてもんが嫌いだし、神もおれを最も嫌ってるだろうよ。神罰がなんだって、今さらその程度で怯む訳がないだろ」
ぽかんと開けた口にまた匙を突っ込んだ。側でアルザが筆を踊らせながらケラケラ笑った。
「これから呪いも返すしね!」
「これで好かれていたらむしろ恐怖だな」
アルザの笑いは止まない。弾けるような、揶揄するような、隠しきれぬ喜びが滲んだような笑い声だった。
「おれが呪術師に攫われたとき、似たようなこと言ってさ。たった一人で探して国の反対側まで来て助け出して、こうして連れ帰ってきたやつだよ。なんて傲慢で、最強で、大馬鹿者な族長さまなんだ!」
助けられたやつが、助けたやつに言う台詞じゃないなと突っ込んだ。内心で。
大馬鹿者という自覚は昔からきちんと持っていたので。
「や、やってるよ……っ!お前がそう言うってわかってんだから!」
アルザが息も絶え絶えに返答した。さっきものすごく描き込んでいた獣の爪を震える手で持ち上げたので、なるほど応急措置のあと取り組んでいたのはそういうことだったらしい。
「さっさとやれ。この格好だと寝づらいだろう。人生初めての休日だぞ。もっと休ませねば」
「休憩って言ったー!しかも一日じゃ無理なんだって!いくらおれでも!さすがに!」
「やれ」
「お前ほんっとおれにだけ鬼畜!」
「お前にしかできないんだから仕方ないだろう。お前の責任はおれの義務で、逆もしかり。務めを果たせ。というか痛みを抑えるなら今でもできてるんだろう。せめて見た目をもうちょっとどうにかできないのか」
「クルガさーん門外漢って自覚してるくせに無茶言うのやめてくんね!?」
「できないのか?」
「できるけど!神様の呪いでも呪術師のものと作法は変わらない。呪術師の呪いの元なんだから。呪いは移すか返すか。返すのはもっと時間がかかる。だからひとまず移す。そのためにこの爪使ってんの。だけど小さいから大変なの!筆もほっっっそすぎて親指の付け根ぷるぷるするんだから!見て!」
「大変だな。やれ」
「くっそーやるよ!」
アルザが湯を飲み干して板敷きの床にタンッと置き、ほっっっそい筆を取った。
そろそろ日もすっかり暮れてしまっている。いつの間にか置物のように静かになったウミを布団の上に下ろして、戸に近づいた。
「ネラ、こっちはどうにかなる目処がついた。メシ食ってこい」
「大丈夫ですか?あ、こちらまた届いたものですけど」
「ああ。助かった。メシ食った後でいいから、一組布団を持ってきてくれ。今日はさすがにな」
「わかりました」
ついでになんとか布団を入手できそうだ。やっぱり毛皮だけよりもう少し柔らかい寝具がいい。湯おけや男物、女物の替えの衣服やおれとアルザの分の膳を全部部屋に入れ、「ミルカを呼んできてくれ」と頼んで戸を閉めた。
「……あの、クルガさま」
「ミルカはおれの従妹だ。お前が昨日挨拶したやつ、覚えてるか?体拭いて着替えないと、汗も掻いたし心地悪いだろう。ミルカに手伝わせるから」
「いえあの、そうではなく」
「誰とも会うなって命令か?今回は例外だ。ああ、それと警戒云々はそろそろどうでもよくなってきたが、まだしばらく、呪いがどうにかなるまでは隔離するぞ。うちには、呪いに敏感なやつが多いから」
「いえ、ですから、その」
「なんだ?ああ、メシ食わせないとか。まだ途中だったな」
「違います」
ウミはきっぱり言ってじっとおれを見上げてきた。
「……神様に呪いをかけられているらしいんですけど、それでも、私をここに置いてくれるのですか」
「それはアルザがどうにかするからいいって決まっただろ、たった今」
「他力本願ー」
「黙れポンコツ占い師」
アルザの茶々をぶった切ってから、おれもウミを見返した。この一見静謐な瞳の奥に、色んな感情があることを、今はもう知っている。降り積もった雪の下に春の種が芽吹きを待つように。苦痛も悲しみも、迷いも恐れも隠れている。孤独と諦念も。
それでも捨てがたい希望すら。……おれが与えたもの。
「お前が気にしていることは、多少は理解できる。だけど、それでもあえて言ってやる。おれにとっては神罰なんて瑣末事だってな。お前は仮とはいえ、我が氏族の袖の下に入った。おれがお前を放り出す時は、おれ自身も出て行くときだ。そう決めた」
ウミは押しかけさせられた嫁ではなく、ミルカのように庇護が必要な弱い娘だった。捨て置くことはおれの誇りが許さない。神なんざどうでもいい。
「おれは多分国で一番神なんてもんが嫌いだし、神もおれを最も嫌ってるだろうよ。神罰がなんだって、今さらその程度で怯む訳がないだろ」
ぽかんと開けた口にまた匙を突っ込んだ。側でアルザが筆を踊らせながらケラケラ笑った。
「これから呪いも返すしね!」
「これで好かれていたらむしろ恐怖だな」
アルザの笑いは止まない。弾けるような、揶揄するような、隠しきれぬ喜びが滲んだような笑い声だった。
「おれが呪術師に攫われたとき、似たようなこと言ってさ。たった一人で探して国の反対側まで来て助け出して、こうして連れ帰ってきたやつだよ。なんて傲慢で、最強で、大馬鹿者な族長さまなんだ!」
助けられたやつが、助けたやつに言う台詞じゃないなと突っ込んだ。内心で。
大馬鹿者という自覚は昔からきちんと持っていたので。
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