孤独な王女

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手探りで進む

がんばれ従者

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 身分と名誉と過去を捨て、剣と命と未来を我が主に捧げてから数ヵ月。
 破天荒を地で行く姫にも、ようやく慣れてきた。

 ほぼ毎日付き従っているのに順応が遅いとかの文句は受け付けない。だって、あの方、色々とぶっ飛んでる。
 悟りを開くにも、四六時中傍にいるとなると、そんな中途半端な真似はできなかった。

「あ、ガルダ。いたんだ」

 まず初っぱなから辛辣。

「……ええずっといますよ。それより、今日はリィさまですか。どちらへ?」
「孤児院。子どもたちと約束してたから。忙しいなら来なくていいよ」
「……いい加減変な遠慮はやめてくれませんかね?おれはあなたの従者ですよ?」
「だってそしたら休日がないことになるよ。無休で働かせるなんてひどい雇い主のやることだって、王さまが言ってたし」
「…………仕事って線引きした覚えはないんですが。リィさま、ほんとーに、いまだに、ずーっと、信じてないですね?」

 それから、不信の権化である。そっと目を逸らしても現実は変わりませんからね。

「あの日にちゃんと言いましたよね?おれは絶対にあなたのお傍を離れませんって。あなたに一生ついて行くって」
「……」
「ぜひとも、お供させてくださいね」
「……私は私の好きにするから。あなたに合わせるつもりはないよ」
「だからそれでいいって言ってるんですしつこいですね」
「……しつこい……!?」
「おれに言われたくないって思うんなら、いい加減慣れてください。あなたはあなたのやりたいようにやればいいんです。おれに気を遣わなくてもいい。その代わり、おれも好きにやらせてもらいます」
「…………それなら、いちいち断らなくていいじゃないのよ」
「礼儀でしょ、最低限の。ストーカーしていいならしますけど」
「変態。犯罪者」
「誰がおれを牢屋に放り込めるんでしょうね?」
「くっ……」

 まあ、ちょっと泣きそうにもなるけど、こんな色気どころか信頼すら皆無な軽口の応酬でも楽しめるから、自分でも重症だと思う。惚れた弱味って恐ろしい。

 それに、弱っている時以外はつっけんどんなこの主が、歩いている最中、ちらりと後ろを歩くおれの方を見ては、安心したようにまた前を向くのを知っている。多分無自覚におれを試してるんだろう。離れないか、ちゃんとついて来ているか。……自分は一人ぼっちじゃないか。
 迷わず歩ききったくせに、己が進んできた道が、ちゃんと形として残っているか、不安なのだ。

 主は、とても脆い人間なのだ。特に対人関係において。
 その脆さを知れたことが嬉しい。そして、男装しているときには粗野になる口調が、おれと会話しているときだけ、おそらくこれも無意識に女口調に戻るのも、とても嬉しい。









 そんな我が主は、一言で表すなら「自由」だった。
 好きなときに好きなことを好きなようにやる。孤独だったゆえに、思っていることを口に出す習慣がないのだろう、端から見ればその思考回路も行動原理も不明極まる。

 まず男装に驚いた。ズボンを履いて髪を高く括っただけのなんちゃって変装ではなく、口調から歩き方、立ち居振舞い、視線の動かし方、些細な笑方……。その全てに女性らしさはなく、男性として違和感もない。いや誰も貧乳とは言ってない。身長が低いのだって、男は成長期が遅いのが多いから、十六歳という本当の年齢でも充分ごまかせる。

 そして、主はちゃんとそれを自覚している。ばれないかと恐れるどころか、なぜ女だと思うのか、そう問いかけるように目を向ける。後ろ暗いことなど全くないと、その顔は常に語っているのだ。とんだ役者である。
 近衛の連中を叱ることもできるわけがなかった。おれが気づいたのだって、愛してやまない、あの意志が強すぎるその目を見た後だ。

 特に女装……じゃなかった、ドレスを着ているときは、端から見ていかにもな「王女」。楚々とした動作で、貞淑さを醸し出している。
 賢い、という印象は男女で変わらない。しかし、「リィ」のときは「才気煥発」、「リエン」では「聡明」と、がらりと評価が別れる。根深い二面性だ。
 聞けば、その落差を利用して外宮で情報を集め、後宮破壊にまで至ったのだという。とんでもない話だ。







 
 他に驚いたことと言えば。

「……またあの方は!」

 さっきまで隣を歩いていたはずなのに、このおれが気づかないうちにふらりとまた姿を消していた。

 現在、街中である。

(なんで一言声をかけるとか!気を遣う以前の問題だろ!絶対に忘れてるよあの方!)

 気まぐれのようにふらふらふらふらとさ迷い、でもあの方の中には確固とした行動原理があるのだ。秘密主義じゃないのに、それと何ら変わらない傍若無人さ。
 名付けて、単独行動主義者ザ・ワンマンプレーヤー
 いや好きにしていいとは思ったけどね!?ここまでおれの存在忘れられるとほんとに泣きますよ!?

 人混みに紛れそうでも、あの目映い金髪は目立つ。背が人より高くてよかったと、生んでくれた親に人生最大の感謝をしながら探すと、すぐに見つかった。しかし、馬の尻尾のように揺れる長い髪は、その直後に狭い路地に入り込んだ。

「リィさま!」

 慌てて追いかけて路地に入り、直後に目が点になった。
 主がそこに立っていた男の背後に回って、その膝裏を蹴飛ばしていたからだ。

「いっいてててててて!?なんだこのガキ!離せ!」
「弱いものいじめ反対」

 崩れ落ちる男の首を抑え、右腕をぎりぎりと捻り上げて、悲鳴すら冷淡な声でぶった切った。
 その流れるような動作に、この間教えたことを活かしてくれていると思わず感動してしまったが、そんな場合じゃなかった。

 男が悶絶する目の前には、リエンさまと同じくらいの年頃の娘が呆然としゃがみこんでいた。……おれにそんな泣きそうな顔向けられてもよくわからんのだが。なんだこの状況。

「……リィさま、代わります」
「あれ、ガルダ」

 ……やっぱり忘れていやがったなこの方。譲られた場所に立ち、一応抑え直す。

「これ、どんな状況なんです?」
「いかがわしいことをしようとしてたからムカついた」
「…………」

 手加減する気も失せて、男を昏倒させた。ようやく静かになった。その間にリィさまは手を差し伸べて娘を助け起こしていた。

「怪我はない?大丈夫?」
「……は、はい。あの……」
「ん、汚れてるだけね。よかった。でも、あなたもちゃんと抵抗しないと。じゃなきゃ一人でうろつかないことだよ。護身用に笛とかないの?」

 淡々と叱りながらも娘のスカートの土を払ってやる完璧さ。明らかに貴族然とした洗練された動作に、娘も硬直してしまっている。なんならこれあげる、と、ヒュレム殿からもらっていた薬を入れた巾着を取り出したので、それはさすがに慌てて止めさせた。即死薬とか平気な顔して出さないでください!

 ……まあ、こんな感じで(毒物は置いておいて)、リィさまは非常に女性におモテになります。城内でも「リィさま=リエンさま」という構図を知らない侍女たちが「かっこいい」ときゃあきゃあ言っているそうで、侍女長も頭を抱えていた。ヴィオレットさまと「アルビオン家の若さま」は、今や城の女たちの人気を二分している状態だ。
 街でもこんな風に涼しい顔で人助けをしまくっているので、貴婦人だけでなく街娘や店番の老婆や孤児院の少年少女たちにも大いにモテている。それどころか、あくまでも本人の認識が「ムカついたから」という自己満足な完結で、男どもの中にもそれを「かっこいい」と思う人間がいて、つまり、同性異性を問わず、この方は歩くだけで他人をたらしこんでいる。恐るべし手腕だ。無意識なのが質が悪い。

 小柄なのに大の大人を撃退して見せるのも、その憧憬の念に拍車をかけている。……なんで好戦的っていうか大の大人を負かせられるのかが激しく気になる今日この頃である。

 たまに練兵場で体を動かすにしても、そうだ。
 男でも――本職たちでさえあそこまで軽やかに逃げ回ることはできないというのに。なんであんなにきれいに受け身をとれるのだろうか。
 それどころか、先手必勝、死ぬ気覚悟、近接遠距離関係ない闇討ち不意打ちなんでもやれ!という極端な戦法が透けて見える戦い方。無理無鉄砲に捨て身。
 それでおれの攻撃を全部ぎりぎりでかわし、時には反撃すら行うのだから油断ならないのだ。こちらもつい手加減を忘れそうで、最近は冷や冷やしている。
 そして、飛び道具を扱わせたら正確無比。今でこそ短剣一本だが、石でも持たせたらおれも少し危うくなるかもしれない。

 ……誰だ、こんな物騒な戦い方を仕込んだのは。
 絶対にとかげのことや鳥の捌き方まで教えたのと同一人物だ。たまにぶっ飛んだ思考をしてるのも同じ原因のはず。
 とにかく見た目可憐な少女の内面が殺伐としすぎていて怖い。
 主に訊いてもはぐらかされるし……全く、犯人は誰だ。ベリオルさまか?ヒュレム殿が便乗して色々仕込もうとしてるから、本当に誰か止めて。

「とりあえず表通りに行こう」
「え、あ、その」

 娘はおどおどとおれとリィさまの顔を見比べて、最後に伏している男の後頭部をちらっと見た。普段ならリィさまにみとれて赤面するところなのに、この娘はしていないのでちょっと感心した。

「ん?これ知り合いだったの?」
「いいえ!でもその、どうされるんですか……?」
「放置でいいんじゃないの?なんなら不能にしとく?」

 心底どうでも良さそうな返答に思わずため息が出た。この方の人間の判断基準がわかろうというものだ。不能は再起不能の方だと信じたい。

「……おれが何とかしますよ。二人は表で待っててください。いいですね、絶対に動かないでくださいよ。すぐ済みますからね」
「そんなに念を押さなくても」
「いいですね!?」
「わかったって」

 全くもう、と少し膨れ気味の顔で娘を促して去っていく。こっちの台詞だというのに。その背中を見送って、男を起こしてさっさと「説得」した。我が主を「ガキ」呼ばわりした分の報復も含めて。

 徹底的にへし折ってから二人を追いかけると、意外にもきちんと待っていたので、ほっとした。

「早かったね」
「まあ裏技使いましたんで。君も安心していい。二度とあの男には絡まれないだろうから」
「あ……ありがとうございます」
「じゃあ、このまま城に戻ろう。この子、城で働いてるんだってさ」
「い、いえ、大丈夫です。用事があるんでしょう?」

 リィさま共々、改めて娘を見返した。赤茶けた髪を青と白の綾紐で結んでいる娘は、主と歳が一つ違うだけらしい。小柄で華奢で、上目遣いでこちらを見上げている。リエンさまよりよっぽどまともな少女に見える。
 ここは普通の娘なら、心配してくれていることに感激して、提案に便乗するところだ。しかしこの娘は最早怯えてはおらず、親切への戸惑いしか浮かべていなかった。……ずいぶんと肝が据わっているし、控えめな娘だ。

「それで何かあったら寝覚めが悪いから、送る。また別の日に行けばいいんだしさ」
「いえ、大丈夫ですから」
「さすがにそれは信用できないというか……」
「で、でしたら!そこの警備詰所までで大丈夫です。あそこの方々にお世話になります」
「……ガルダ」
「たった数ヶ月でだらけるような鍛え方はしてないので、安心していいですよ」

 街の各所に置かれる警備詰所に勤めるのは、国に雇われた軍人だ。
 近衛と軍をまとめて地獄に突き落としてやったのは記憶に新しい。短いひと月半という期間だったが、引き締めた軍紀が簡単に緩まるような詰めの甘いことはやった覚えがない。

 そうして向かった警備詰所で、おれを見るなり兵士たちが全員土下座になったのも、娘二人が何したんだみたいな目でおれを見てくるのも全力で見て見ぬふりをした。















☆☆☆















 我が主は好奇心旺盛でもある。観劇のあとからは特に。
 本当は何を知りたいのかは相変わらずおれに教えてくれないが、毎日引っ付いていれば、他国の情勢を気にかけているくらいのことは察せられるようになった。あれが、国内情勢について納得できる区切りになったのかもしれない。

 図書館の禁書区間に潜り込むことも増えた。他には、ヒュレム殿に聞いたり、エルサさまに講義してもらったり。

 そのなかでも変わらず街へ出歩いたりエルサさまに連れられて、厳選した他貴族邸へお茶会に出向いたりもしている。そうして徐々に新たな環境に周囲を適応させ、自らも整えている中で、それでも意識は強く思考に嵌まっていた。

「タバサがうるさい」

 どこ吹く風とあしらえないくらいには、忍耐も限界に来たのかもしれない。この方は意外にも短気だ。道を歩いていると初めて愚痴られてちょっと嬉しかったりしたが、じゃあ排除しましょうとならないのはわかりきっていた。

「あなたも折り合いをつければいいじゃないですか。真っ向から突っぱねてるから、侍女長殿も不安になってるんですよ」
「……だって、許したら部屋に入れなきゃいけないじゃない」
「まあそこに仕事があるわけですもんね」
「他人事だから適当に言えるんだ」
「言っときますけどね、常識的にあの方が正しいですからね。おれが傍にいても、異性である以上限界があります。看病だったりね。滅多に体調崩さないとか言わないでくださいよ」
「……信用してない人よりまし」
「おれが調子に乗る前に踏みとどまってください。理性って大事ですよね!」

 さすがに自分でもまずいと思ったのか(珍しく常識的に悩み始めたので心底ほっとした)、うんうんと唸り始めた。アルビオン家は比較的信用しているから、そこから侍女を引き抜けばいいんじゃないかと思うが、そういう話ではなさそうだった。ヴィオレットさまの方は、もともとの敵対勢力だったというのに豪胆にアルビオンの者を侍女にしているが、あれは安全面の問題でもある。

「話し相手とかいう名目でも安心しますよ、あの方は。とりあえず同性で、何かあったときおれじゃできないことに対応できればいいんだから。あと外聞ですね。最悪あなたが気を遣わなくてもおれがケアしとくんで、気軽に考えてください」
「話し相手……」
「欲しいって言えばあの方でも気を回してくれると思います。いいのを見繕ってくれますよ」
「そっか」

 主はあっさり納得したらしい。その足で侍女長に欲しいとねだりに言った。……あんなに頑固だったくせに譲歩していいと思えるほど、今のあの方には余裕がないらしい。後で聞けばついでの用件があったそうだが。

 とにかくにも、「侍女嫌い」と評判の王女の要望に、城の裏表に関わらず激震が走った。

 侍女長は驚きつつも喜んで侍女の選別に当たろうとしたらしいが、主にはその人材の当てがあったらしく、迷わず指名した。

 いつぞやに不埒な男から助けた、赤毛の娘である。
   

 
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