孤独な王女

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 私が侍女が欲しいと言うと、一番初めに驚いたのはタバサだ。あれだけ人に押し売りしてきたくせに、こっちが方向転換すると「これは夢か」とでもいうように三回も確認された。
 しかし回復したあとは、さすが有能な侍女長だった。こっちが指名したのに多少どころではなく不満そうだったが、それでも喜んで了承してくれた。私の気が変わる前に、とタバサは急いでどこかへ向かっていった。

 その仕事は素晴らしく早かった。そのあとの晩餐会の時には王さまの耳に入ったらしく、王さまから確認された。ヴィーは初耳だったからもちろん驚き、周りの給仕の人間たちも驚き……。

「侍女嫌いの王女」がとうとう折れたという噂が城を席巻するのに、わずか数時間もあれば充分だった。その話の早さにはこっちが驚いた位だ。よほど注目されていたのだろう。いい意味でも悪い意味でも。王さまたちに真っ先に確認されたのは、その娘が貴族かそうでないかだった。
 あの人たちは生まれで人を差別する繊細さを持ってない。気にしてるのは、私の微妙な立場が揺らぐかもしれないこと。エルサと一緒にあちこちに出向いて調整していることが仇にならないか、心配された。私に危害が加わらないかを考えない辺りが、信頼って大事だな、と思う。私の性格をみんなよくわかってらっしゃる。

 みんなに侍女を持つことに「どうしたんだ?」とか言われたけど、「やめとけ」とは言われなかった。特にタバサ以外に詰め寄られたことはなかったが、変に気を遣わせていたらしい。ガルダの言うとおりで少し癪だが、私が悪いと素直に認めることにした。







「名前?聞いてない。でも平民なのは確かだよ」
「お前な、それで侍女長に頼んだのか?茶髪に茶色い目の娘っこなんて、この城にどれくらいいると思ってる」
「だってあの人、城で働いてる人全員の顔と名前覚えてるよ。侍女とか侍従は特に経歴も。現に私に、具体的に沢山聞き返してきた。――髪は赤みがかった色、瞳は茶色でも榛色くらい?それで私より一つ歳上で、平民で、北方出身かなっていう印象の子だよ」
「……それだけで特定できたのか?」
「できたみたいだよ?しっかり頷いて、『じゃあ説得してきます』ってかっこよく歩いていったから」

 ほとほと呆れ返っているベリオルの隣で、エルサが優美に微笑んでいた。

「さすがエルサの友だちだって思ったもん」
「でしょう?」

 エルサが式典で王都に来たのと同時に、名代のミシェルは辺境に強制送還されていた。ミシェルはこれまでのおっとりした雰囲気をかなぐり捨てて急に奇声を発して逃げようとして、結局エルサに優雅にはっ倒されてそのまま気絶した状態で馬車に放り込まれていた。ガルダも真っ青な手際のよさだった。南無。
 エルサが意外に武闘派で驚いたが、それだけではない。ついでに猫被りも、人前じゃなければしなくていいとお許しを得たので、エルサの前でも素で喋るようになった。なぜかたまに頭を撫でられる。嬉しいからいいけど、急に優しいな。

「奥向きは王さまとベリオルとタバサが知ってればいいでしょ?あとは誰がいたかな……」
「お前、今度は何を企んでる?」
「やだなぁ、人聞きの悪いこと言わないでよ。単なる好奇心で、それ以上でもそれ以下でもないよ」
「……ちゃんとネフィルにも直接言っとけよ。もう勝手に『影』が背後を洗ってるだろうが……」
「あ、それなんだけど。なーんかね、最近、ネフィルがよそよそしいんだよね。ベリオルは理由知ってる?」
「あら、王女殿下。お聞きになってないんですか?」
「何を?」
「あっちょ、エルサさま」

 急に顔色を変えたベリオルを、エルサは笑顔だけで黙らせた。ちょいちょいと呼ばれたので近寄り片耳を向けると、扇で口許を隠しながら教えてもらう。
 いわく、私へ沢山舞い込んでる縁談について、その山に紛れ込ませる形で若かりし頃のベリオルの姿見を捩じ込んだらしい。しかも三回以上。といっても、私、どれも確認したことないんだけど。婚約申し込みについて王さまからヴィーの筆跡のリストもらってるだけだし。それも人間関係を把握できしだい暖炉にくべてるくらいには興味がない。
 でも、後見人のネフィルは違うらしい。

「それベリオルの要望?」
「んなわけあるか!!王子に犯罪者の如く扱われるわアーノルドの視線は発見の度にゴミを見るように変わるわハロルドからは爆笑されるわ――なんでお前に求婚せにゃならんのだ!!おれはロリコンじゃない!」
「堂々と言うなぁ……」
「殿下、不敬罪は適用されませんの?」
「すごく楽しそうな顔してるなぁ……。そういえばベリオルはそういう人いないの?まだ結婚してないよね」
「しない。そんなことにかまけていられるか」
「ベリオルほどの顔と身分なら縁談なんて選り取りみどりじゃないの?」
「そうですわね。ベリオルさまの執務室にも釣書が積み上がっていると聞きましたけれど」
「私たちの心配するくらいなら自分の方からけりをつければいいのに」

 純粋な疑問だったが、ベリオルはきっぱりと首を横に振った。

「しない。絶対にだ。アーノルドに一番に仕えるのがおれの役目なんだ。結婚だ宰相だと、あんなもんは邪魔でしかない」
「……ああ、だからハロルドが宰相になったんだ。体よく押しつけられてるじゃんあの人」
「そのハロルドさまの縁談も、陛下やネフィルさまと一緒に握りつぶしているでしょう?」
「――今舞い込む縁談なんて信じられるもんではないでしょう。おれたちで厳選中です」
「でしたら、わたくしにも一枚噛ませるのが効率的ではありません?」
「え?」

 ベリオルはきょとんとエルサを見た。エルサの方はずっと面白そうににこにこ笑っている。……エルサって、こういう話が好きだよなと気づいたのはつい最近だ。
 しかし利益は当然ある。社交界で昔から根強く名を残し、わずかな汚点も見当たらないエルサだ。交遊関係も幅広いし、移ろう力関係も全て把握しきっている。政変で社交界から貴族の半数が淘汰されても、だ。

「あなたたちが頭角を現したのはよろしいですが、全員適齢期で未婚。後継者問題はいつ何時も重要な課題ですのに、揃いも揃って婚約者どころか浮わついた噂の一つもない……。呆れるばかりですわ」

 確かに、何の役職もないベリオルはともかく、ハロルドは新興伯爵家当主で、王さまの信頼厚く、官僚たちを統べる宰相さまだ。ネフィルも国の筆頭公爵家の若き当主で、私たちの後見人。……後見する前に、私に変な縁談進める前に、さっさと子どもこさえればいいのに。その補佐をしているサームやエドガーはちゃんと結婚して後進を育てているらしい。この違いは、やっぱりこれまでの微妙な社会の不安定さのせいだろう。

「そういうエルサは、ミシェルが後継者?」
「彼にその気概があれば、ですわね。わたくしに実子がないので、亡き夫の親族が少々いらない気を回してきていますので、障害になるとしたらそれくらいでしょうか」
「……公言してもあんまり変わんないのが面倒だよぇ」

 しみじみと実感を込めてため息をつく。後継者問題は私にも他人事じゃない。現在もそれに頭を悩ませてるんだから。
 王太子制度があるのにいまだにヴィーを王子に留めているのは、政変でヴィーにおとがめが全くなかったことへの不満がまだ蔓延しているからだ。ルシェルが残した傷跡は深い。
 お陰で、迂闊に今ヴィーを持ち上げたら、暗殺なんかの闘争が激しくなってしまう。ある程度の長い時間をおくことに加えて、ヴィーが功績を立てなければ、たぶん認められない。だから本当に早いうちにヴィーには成長してもらわないと。
 こんな宙ぶらりんな状態だから、諦めずに私を持ち上げようとする人間がごまんといるんだ。
 私に王位を継ぐ気は更々ない。それを理解しない人間たちのなんと多いことか。利用して甘い汁だけすする気満々なのだから、とことんムカつく。

「まあ、私のことはいいか。いっそお見合いパーティーでも開く?」
「それはよい考えですわね。あなたたちもいい加減、社交界でちゃんと交流をするべきなのです。いつもいつも陛下にくっついて風避け扱いしたり、縁談の話になると逃げ出すように話を打ち切ったり」
「……いや、それは遠慮したく……」
「したいのなら相応の婚約者を、建前でもいいから連れてきてごらんなさい」

 ベリオルはばっさりとエルサに切って捨てられた。笑えるくらい圧倒的にエルサが強かった。

「名代殿も呼ぶべきですわね。わたくしが後見である以上、放置するのはエリオット男爵に申し訳がつきません」
「わあー……。でも、そしたらその前に色々片をつけないとならないんじゃない?」

 エルサとミシェルの入れ替わりに辺境にわずかな空白ができたが、そんな小さな穴しか空けられないというのでは、ミシェルを王都に呼び寄せて縁談を持ち込むのはかなり厳しいだろう。しかしミシェルはベリオルたちほど朴念仁ではないかもしれない、とエルサは言った。女の勘ですけれど、と言って、最悪その娘をわたくしが鍛えればよろしいと言い切った。かっこいい。

「……と、とにかく!姫!今回の魂胆を教えろ!!」

 窮地のベリオルは超絶強引に話を引き戻した。エルサも横槍をいれずにこちらを見てくる。遊ぶ時間は終わったらしい。
 やっぱり簡単にごまかされてはくれないみたいだ。

「魂胆も何も、タバサと問答するのにいい加減飽きたんだもん」
「お前な、侍女長がまた怒るぞ。話し相手ってのは従者とかの入れ知恵だろ。んで、おれたちが聞きたいのは、わざわざ指名までした理由だ」
「だから好奇心だって」
「……殿下、北方出身とは、どうしてそう思われたのですか?」
「……退かないなぁ」
「最悪お前が話したくなれば教えてくれていい。ただ……」
「これまでと同じでいいよ」
  
 いきなり核心をついたくせに、引き際がよくわかっている。そこに私なら大丈夫という信頼が透けて見えて、少し嬉しくなった。

「私は私のためにしか動かないけど、王さまたちの邪魔をするつもりはない。もしそっちの領分に引っかかるなら手を出して構わない。けど、それ以外は私でやる」
「……わかった」
「ありがとう」
「……けどな!」
「え?」

 なぜか急に頭をがしりと掴まえられて、ぐしゃっと髪が乱れた音がした。
 ベリオルはそのまま頭を固定させて、じいっと見つめてきた。

「心配はするからな。おれもエルサさまも、アーノルドも、王子も、ネフィルも、他もだ。最悪の事態だってわかれば手も出す。お前はそれほど重要な存在だってのを肝に銘じて、これまでみたいに無謀な真似だけは、絶対にするな」
「これまでって……」
「何度死にかけたか覚えてないわけじゃないだろう」
「死んでないじゃん」
「そんな結果論は聞いてない」

 頭を押さえつけるようにぐりぐりとされ、エルサに助けを求めたが、可愛く首をかしげてにっこり微笑まれた。味方はいない。

「いい加減自覚しろ。お前は絶対に必要なんだ。介入干渉をゆるさないなら、お前自身がお前を守る努力をするべきなんだ。そこを棚に上げて言うんなら、こっちにも手があるからな」













☆☆☆











「ユ、ユリシアと申します。これからよろしくお願いいたします」

 その数日後、私たちの部屋の居間にて、その少女と顔を合わせた。タバサが付き添っているけれど、がちがちに緊張している。対してこちらは私とガルダと、なぜかヴィーもいる。うん、緊張の原因はヴィーだな。

「楽にして。これからよろしくね」

 おずおずと頭を上げた娘と目を合わせて、やっぱり、と思った。
 そりゃみんなが言うように、思惑は多少どころかかなりあるけれど。

 ……やっぱり、面白いんだよな、この子。  
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