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22 下谷保村 本田覚庵
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歳三は、中島峯吉の家に一泊したあと、石田散薬の行商を続けた。
峯吉の住む小田野(現在の八王子市西寺方)から、戸吹を抜けて秋川をわたり、伊奈、五日市、大久野に立ち寄り、青梅で商いをして、箱根ヶ崎に一泊。
翌日は、拝島から砂川に出て、日野には戻らず、下谷保に向かった。
甲州道中沿いに、野暮天の語源になった、谷保天満宮がある下谷保村には、土方家から、ぎんが嫁に行った、名主の本田家があるからだ。
本田家の当主は覚庵。
下谷保村の名主であり村医者。そして、米庵流の書家としても知られている、多摩の名士で、歳三と勝太の書の師でもあった。
下谷保の名主は、本田家、遠藤家が持ち回りで務めており、どちらの家も、いずれ劣らぬ豪農だが、薬医門を構えた覚庵の屋敷は、ひときわ豪壮だった。
なにしろ、下谷保村の土地の五分の一は、本田家の持ち物なのだから、このあたりでは、一番の分限者といってよいだろう。
「おじさん、お久しぶりです。ご無沙汰しておりました」
覚庵に出迎えられると、この男には珍しく、はにかんだように言った。
「しばらく顔を見せなかったが、元気そうだな……なんだ、今日は仕入れか?」
「はい。今度の商いで、黒龍散を売り切ってしまったので、よろしくお願いいたします」
「おお、もう捌いたか。おまえも行商をはじめたころに比べると、ずいぶん商売が上手くなったなあ……」
覚庵が嬉しそうに目を細めた。
歳三が江戸での奉公にしくじり、実家に戻って行商をはじめたころ、石田散薬は、さっぱり売れず、兄からは、しじゅう小言を喰らっていた。
それが近頃は、江戸に寄るたびに、岡場所や吉原で遊ぶ金ができるほど稼いでいる。
それは、歳三の工夫であった。
石田散薬は、打ち身骨折の薬である。これを行商するさい、得意客ならばともかく、一見で訪ねた先に、打ち身の薬だけを売るよりも、他の薬もあるに越したことはない。
本田覚庵は、家伝薬として、頭痛やのぼせ、産前産後の目眩などに効く黒龍散という薬を販売していた。
ふしぎなことに、土方家の石田散薬をはじめとして、多摩の農家には、こういった家伝の薬を伝える家が多かった。
三鷹の吉野家には、保寿丸が、小野路の荻生田家には、こせかさ蒸薬が、そして、歳三の義理の兄である彦五郎の佐藤家は、虚労散を販売している。
そのほとんどが縁戚関係にある、多摩の豪農・名主のネットワークを利用して、これらの薬を安く仕入れ、さらに四ッ谷の『いわし屋』で仕入れた風邪薬や腹下しの薬、千住の名倉から仕入れた黒膏など、様々な薬を売ることで歳三は、大きく売り上げを伸ばしていた。
「わかった。いま為吉に、取りにいかせよう」
「お手数を、おかけします」
弟子の為吉。国分寺村名主の四男、のちの本多雖軒である。
「しかし、おまえさんは、相変わらず間がいいなあ……」
「えっ、なんの間でしょうか?」
「昨日から江戸より、市河米庵先生のご子息の遂庵先生がいらしておる。剣術ばかりでなく、久しぶりに、手習いもしていきなさい」
「はあ。それは幸いでした。ぜひ、そうさせていただきます」
歳三は内心、舌打ちをしたい気分だったが、愛想笑いを浮かべた。
「市河先生といえば、江戸でも指折りの書の大家……このような片田舎に、なんの用事が、おありなのですか?」
「ああ、そのことか……こんど盛車宗匠(佐藤彦五郎)が句会を催すことになってな。わざわざ手紙で、お誘いしたのだ」
覚庵が続ける。
「しかし米庵先生は、いま病床にあってな……律儀に、ご子息の遂庵先生をつかわされた。というわけじゃ。どうじゃ、豊玉宗匠も出席するかな?」
市河米庵は、覚庵の書の師匠である。つまり、覚庵に書を習った歳三の師匠の師匠にあたる。
覚庵は、天保三年に、本田家の跡取りだった父、昴斎を病で失い、ついで、当主の随庵も亡くなり、本田家を継ぐまでは、江戸で医術や書を修行していた。
市河米庵とは、そのころからの付き合いで、いまも交際を、絶やしていなかった。
「ははは……わたしの句などは、ほんの手慰み。それは勘弁してください」
商売道具を下男に預け、歳三は、覚庵に促されるまま、書院に向かった。
ふたりが、部屋に入ると、遂庵が床の間の前に座っている。
その横には、まるで色小姓のような秀麗な容姿の、華奢な若者が控えていた。
「お初にお目にかかります。手前は、石田村の土方歳三と申します」
「市河遂庵と申します。親父の具合が、どうもはかばかしくないので、不肖の息子ですが、厚顔にも、代理で推参いたしました」
ひととおり挨拶が終わると、雑談の途中で歳三が、
「ところで、そちらのお若い方は、お弟子さんでしょうか?」
先ほどから、遂庵の隣に、姿勢よく座る男が気になっていたので、遂庵に尋ねた。
男は、前髪が取れたばかりのような年頃に見えるが、それにしては、落ち着きはらい、気品すら感じさせる。
「わたしではなく、父の門人の伊庭八郎殿です。わたしは、へなちょこですが、伊庭道場で心形刀流を習っておりまして、だから、どちらかといえば、師匠と言えます」
「遂庵殿、師匠だなんて勘弁してください。わたしはまだ跡をついだわけでもないし、だいいち、剣術も大したことがありません」
「ははは、なにをおっしゃる。伊庭道場の小天狗とも呼ばれているお人が」
「あなたが伊庭八郎殿! いやあ、お噂は、かねがね……お目にかかれて光栄です」
歳三が如才なく世辞を使うが、半分は本心だった。
歳三のように、江戸周辺を修行して回っていると、天才剣士という噂の、伊庭の小天狗・八郎の名前は、嫌でも耳に入ってくる。
ところが、八郎が伊庭道場に顔を見せるようになったのは、ごく最近のことで、伝聞ばかりが先にたち、実際に八郎を見たという者は、あまりいなかった。
だからその八郎が、目の前に座っている優美で華奢な若者であることに、歳三は、むしろ戸惑っていた。
「伊庭氏も句会に出席するために、ここまで出向いたのでしょうか?」
歳三が問うと。
「いえ、遂庵殿が武州まで、ちょっとした旅に出ると小耳にはさみ、遊山がてら、このあたりの剣術道場を見て回ろうかと……
武州は、百姓町人といえども剣術を遣い、なかなか盛んだときいております」
「ははあ、さようでしたか。それならば手前が、いろいろと、ご案内してさしあげましょう。
すぐ隣の日野宿では、句会を主宰する義兄の彦五郎も、道場を開いておりますし、八王子横山宿にも、ご案内いたしますよ」
「それは、わたりに船です。どうか、よろしくお願いいたします」
歳三は、八郎を彦五郎の屋敷に案内するため、連れだって甲州道中を歩いていた。
下谷保村を抜けて、柴崎村の坂をくだり、日野の渡しで多摩川をわたる。
八郎のおかげで、退屈な手習いをせずに済んだので、歳三は上機嫌だった。
「土方殿も、天然理心流を修行なさっているのですか?」
「はい。少々ですが……手前は、初歩だけ習って、あとは自己流です。ところで、その土方殿は、照れくさいので、どうか歳三と呼び捨てになさってください」
「わかりました。それでは、トシさんも、伊庭氏などと、尻っぺたが、むず痒くなるような呼び方をやめて、八郎とお呼びください」
「困ったな……仮にも直参旗本二百石を、下の名前で呼ぶなて、畏れ多くていけません」
「ここでは、お互いに、ただの剣術修行者。身分など、詮なきことだと思います」
八郎が、屈託なく笑った。
最初は、貴公子然とした八郎に、かすかな反発を感じた歳三だったが、話しているうちに、すっかりこの若者に魅力されていた。
多摩川をわたると、平坦な田園地帯が広がっていた。
行く手には、高幡城跡の山が見える。この先甲州道中は、右に曲がり日野宿に入る。
ふたりが日野用水下堰の分水路に、さしかかったときである。
水路にかかる橋のたもとに、ぽつりと建つ茶店にいた、三人の男たちが、歳三を眼にすると、あわてて立ちあがり、ふたりの前に立ちふさがった。
三人のうち、ふたりはまだ若く、歳三と同じような年頃に見える。
しかし、長脇差をぶちこみ、袷をからげて帯に挟んで、肩をいからせ、いかにも柄の悪そうな、陰惨な目付きで歳三を睨みつけた。
残るひとりは、大刀を落とし差しにした浪人で、柄に手をかけて凄んでいる。
「よお、トシ。久しぶりだな……なんだ、女に飽きて、念友としっぽりかい? 衆道の道行きとは、憎いね色男」
まさかこの華奢で美麗な若者が、伊庭八郎とも知らず、若造が凄みを効かせて言った。
まだニキビ面だが、いっぱしの悪党気取りらしい。
「ふん、シゲ。相変わらずてめえには、品ってものがねえな。八王子の山ん中で、猿ばっかり相手にしてるから、ひと様に対する、口のききかたを、忘れたらしいな」
歳三が、せせら笑った。
「なにを! やるのかっ!!」
長脇差に手をかけ、シゲが猛る。
何事かと、茶店の亭主が、おそるおそる様子を伺った。
シゲの名は半田繁造。高尾山に近い初澤村の札付きで、以前、八王子横山宿で歳三と衝突して、大喧嘩になり、さんざんに痛めつけられた過去があった。
現在でも使われている札付きという言葉は、この時代、文字通りの意味だった。
江戸時代は、何事も連帯責任である。たとえば、息子が道を外れ悪事におよんだ場合、その責任は、育てた親にもおよぶ。
そこで、子どもの素行が悪くなると、人別帳に札をつけられ、それでも素行が直らないときは、人別帳から外され、帳外、つまり勘当して、親子の関係を切ることができた。
「おい、シゲ。なんだ、その渡世人みたいな格好はよ。おめえ、ついに、家から叩きだされたのか?」
「おんでたのさ。オレぁいまは、祐天一家の若い衆よ。だから、てめえをブチ殺しても、親には迷惑がかからねえ。ここで出会ったのが運の尽きだ。
――トシ、覚悟しやがれ!」
シゲが、すらりと長脇差を抜いた。
「けっ、ついに本物の三下に、成り下がりやがったか。救いようのねえ馬鹿だな」
言い放つと、歳三も長脇差を抜く。
「八郎さん。すいません……すぐにカタをつけるんで、ちょっと下がっていてください」
しかし、歳三が言い終わらないうちに、八郎は一歩前にでると、意外なことに、後ろに控える浪人者に声をかけた。
「光岡……心配したぞ。おぬし、こんな破落戸とつるんで、いったい何をしているんだ」
「わ、若先生……」
「義父もおぬしを、気にかけておった……わたしからも義父に頭を下げるから、戻ってまいれ」
「若先生……いまさら練武館になど戻れません。拙者は、道を踏み外してしまったのです」
「光岡、待て!」
「――御免!」
浪人者、いや、光岡は、八郎の言葉を振りきるように、踵を返して一目散に走り去った。
八郎は、一瞬、あとを追う素振りを見せたが、苦悩の表情を浮かべると、力なくうつむいた。
歳三もシゲも、気を呑まれ呆然としている。
八郎は、しばらくうつむいていたが、昂然と顔をあげると、シゲの前に進みでた。
「さて。シゲさんとやら……すまないが、ちょっと光岡について、知っていることを、話してもらえませんか?」
言葉遣いは丁寧だったが、端できいていた歳三ですら、背筋が寒くなるような冷ややかな声だった。
「て、てめえに話すことなんか、なにもねえっ!」
言い放ち、シゲが長脇差を振りかぶった瞬間、目にも止まらぬ速さで、八郎が間合を詰め、シゲの脇腹に当て身を入れた。
「ぐふっ」
シゲがうずくまったときには、呆気にとられてその様子を眺めていた、もうひとりの若造の水月にも、八郎の当て身が入っていた。
電光石火の速業とは、このことだろう。
八郎は、うずくまるシゲの肘を掴むと、むしろ優しげな声で訊いた。
「さあ。おまえと光岡のかかわりを話してくれ」
「あ、痛たたっ、わかった。話す、話すから……」
どんなツボを押さえているのか、特に力を入れているようには見えなかったが、シゲの顔が苦痛で歪んだ。
「光岡さんは、三月ほど前に、薄気味の悪い別の浪人が、祐天一家に連れてきた用心棒だ」
「普段は、何をしているのです」
「もめ事が起きないように、賭場で睨みを効かせているだけだ」
「ちょっと待て……祐天一家の賭場は甲府だろう。なんで、てめえが日野くんだりを、うろついてやがるんだ?」
歳三が口をはさむ。
「へっ、知らねえのか。うちの一家は、去年から、八王子でも賭場を開いているのさ」
「なんだと……それは初耳だ。八王子には、地回りが何組もいて、他所者が入りこむ余地は、ねえはずなんだがな」
当時の八王子には、長老の八王子彦兵衛を筆頭に、中野の兼治郎、大塚の勘五郎、角彦こと角屋彦兵衛などの博徒がいて、縄張りをめぐり牽制しあっていた。
この物語の二年前までは、府中に拠点を構える新門辰五郎の弟分の大物、小金井小次郎も八王子の縄張りを、虎視眈々と狙っていたが、この時点では、遠島処分を食らって三宅島にいるので、物語には登場しない。
「だからよ。力ずくで割り込むために、腕利きの浪人を、何人も客分にしてるのさ」
「なるほど……あなた方の一家と、その賭場の場所は、どこですか?」
「市守神社の先にある口入屋『大和屋』が表向きの稼業で、賭場は、そのすぐ裏手にある大雄寺だ」
知りたいことを訊きだしたら、この連中に用はなかった。
「さあ、とっとと八王子に帰れ。こんど日野に、そのツラだしたら、腕の一本や二本じゃあ、すまねえと思え」
歳三がシゲの尻を蹴飛ばすと、シゲと連れは、後ろも見ずに、脱兎のごとく駆けだした。
峯吉の住む小田野(現在の八王子市西寺方)から、戸吹を抜けて秋川をわたり、伊奈、五日市、大久野に立ち寄り、青梅で商いをして、箱根ヶ崎に一泊。
翌日は、拝島から砂川に出て、日野には戻らず、下谷保に向かった。
甲州道中沿いに、野暮天の語源になった、谷保天満宮がある下谷保村には、土方家から、ぎんが嫁に行った、名主の本田家があるからだ。
本田家の当主は覚庵。
下谷保村の名主であり村医者。そして、米庵流の書家としても知られている、多摩の名士で、歳三と勝太の書の師でもあった。
下谷保の名主は、本田家、遠藤家が持ち回りで務めており、どちらの家も、いずれ劣らぬ豪農だが、薬医門を構えた覚庵の屋敷は、ひときわ豪壮だった。
なにしろ、下谷保村の土地の五分の一は、本田家の持ち物なのだから、このあたりでは、一番の分限者といってよいだろう。
「おじさん、お久しぶりです。ご無沙汰しておりました」
覚庵に出迎えられると、この男には珍しく、はにかんだように言った。
「しばらく顔を見せなかったが、元気そうだな……なんだ、今日は仕入れか?」
「はい。今度の商いで、黒龍散を売り切ってしまったので、よろしくお願いいたします」
「おお、もう捌いたか。おまえも行商をはじめたころに比べると、ずいぶん商売が上手くなったなあ……」
覚庵が嬉しそうに目を細めた。
歳三が江戸での奉公にしくじり、実家に戻って行商をはじめたころ、石田散薬は、さっぱり売れず、兄からは、しじゅう小言を喰らっていた。
それが近頃は、江戸に寄るたびに、岡場所や吉原で遊ぶ金ができるほど稼いでいる。
それは、歳三の工夫であった。
石田散薬は、打ち身骨折の薬である。これを行商するさい、得意客ならばともかく、一見で訪ねた先に、打ち身の薬だけを売るよりも、他の薬もあるに越したことはない。
本田覚庵は、家伝薬として、頭痛やのぼせ、産前産後の目眩などに効く黒龍散という薬を販売していた。
ふしぎなことに、土方家の石田散薬をはじめとして、多摩の農家には、こういった家伝の薬を伝える家が多かった。
三鷹の吉野家には、保寿丸が、小野路の荻生田家には、こせかさ蒸薬が、そして、歳三の義理の兄である彦五郎の佐藤家は、虚労散を販売している。
そのほとんどが縁戚関係にある、多摩の豪農・名主のネットワークを利用して、これらの薬を安く仕入れ、さらに四ッ谷の『いわし屋』で仕入れた風邪薬や腹下しの薬、千住の名倉から仕入れた黒膏など、様々な薬を売ることで歳三は、大きく売り上げを伸ばしていた。
「わかった。いま為吉に、取りにいかせよう」
「お手数を、おかけします」
弟子の為吉。国分寺村名主の四男、のちの本多雖軒である。
「しかし、おまえさんは、相変わらず間がいいなあ……」
「えっ、なんの間でしょうか?」
「昨日から江戸より、市河米庵先生のご子息の遂庵先生がいらしておる。剣術ばかりでなく、久しぶりに、手習いもしていきなさい」
「はあ。それは幸いでした。ぜひ、そうさせていただきます」
歳三は内心、舌打ちをしたい気分だったが、愛想笑いを浮かべた。
「市河先生といえば、江戸でも指折りの書の大家……このような片田舎に、なんの用事が、おありなのですか?」
「ああ、そのことか……こんど盛車宗匠(佐藤彦五郎)が句会を催すことになってな。わざわざ手紙で、お誘いしたのだ」
覚庵が続ける。
「しかし米庵先生は、いま病床にあってな……律儀に、ご子息の遂庵先生をつかわされた。というわけじゃ。どうじゃ、豊玉宗匠も出席するかな?」
市河米庵は、覚庵の書の師匠である。つまり、覚庵に書を習った歳三の師匠の師匠にあたる。
覚庵は、天保三年に、本田家の跡取りだった父、昴斎を病で失い、ついで、当主の随庵も亡くなり、本田家を継ぐまでは、江戸で医術や書を修行していた。
市河米庵とは、そのころからの付き合いで、いまも交際を、絶やしていなかった。
「ははは……わたしの句などは、ほんの手慰み。それは勘弁してください」
商売道具を下男に預け、歳三は、覚庵に促されるまま、書院に向かった。
ふたりが、部屋に入ると、遂庵が床の間の前に座っている。
その横には、まるで色小姓のような秀麗な容姿の、華奢な若者が控えていた。
「お初にお目にかかります。手前は、石田村の土方歳三と申します」
「市河遂庵と申します。親父の具合が、どうもはかばかしくないので、不肖の息子ですが、厚顔にも、代理で推参いたしました」
ひととおり挨拶が終わると、雑談の途中で歳三が、
「ところで、そちらのお若い方は、お弟子さんでしょうか?」
先ほどから、遂庵の隣に、姿勢よく座る男が気になっていたので、遂庵に尋ねた。
男は、前髪が取れたばかりのような年頃に見えるが、それにしては、落ち着きはらい、気品すら感じさせる。
「わたしではなく、父の門人の伊庭八郎殿です。わたしは、へなちょこですが、伊庭道場で心形刀流を習っておりまして、だから、どちらかといえば、師匠と言えます」
「遂庵殿、師匠だなんて勘弁してください。わたしはまだ跡をついだわけでもないし、だいいち、剣術も大したことがありません」
「ははは、なにをおっしゃる。伊庭道場の小天狗とも呼ばれているお人が」
「あなたが伊庭八郎殿! いやあ、お噂は、かねがね……お目にかかれて光栄です」
歳三が如才なく世辞を使うが、半分は本心だった。
歳三のように、江戸周辺を修行して回っていると、天才剣士という噂の、伊庭の小天狗・八郎の名前は、嫌でも耳に入ってくる。
ところが、八郎が伊庭道場に顔を見せるようになったのは、ごく最近のことで、伝聞ばかりが先にたち、実際に八郎を見たという者は、あまりいなかった。
だからその八郎が、目の前に座っている優美で華奢な若者であることに、歳三は、むしろ戸惑っていた。
「伊庭氏も句会に出席するために、ここまで出向いたのでしょうか?」
歳三が問うと。
「いえ、遂庵殿が武州まで、ちょっとした旅に出ると小耳にはさみ、遊山がてら、このあたりの剣術道場を見て回ろうかと……
武州は、百姓町人といえども剣術を遣い、なかなか盛んだときいております」
「ははあ、さようでしたか。それならば手前が、いろいろと、ご案内してさしあげましょう。
すぐ隣の日野宿では、句会を主宰する義兄の彦五郎も、道場を開いておりますし、八王子横山宿にも、ご案内いたしますよ」
「それは、わたりに船です。どうか、よろしくお願いいたします」
歳三は、八郎を彦五郎の屋敷に案内するため、連れだって甲州道中を歩いていた。
下谷保村を抜けて、柴崎村の坂をくだり、日野の渡しで多摩川をわたる。
八郎のおかげで、退屈な手習いをせずに済んだので、歳三は上機嫌だった。
「土方殿も、天然理心流を修行なさっているのですか?」
「はい。少々ですが……手前は、初歩だけ習って、あとは自己流です。ところで、その土方殿は、照れくさいので、どうか歳三と呼び捨てになさってください」
「わかりました。それでは、トシさんも、伊庭氏などと、尻っぺたが、むず痒くなるような呼び方をやめて、八郎とお呼びください」
「困ったな……仮にも直参旗本二百石を、下の名前で呼ぶなて、畏れ多くていけません」
「ここでは、お互いに、ただの剣術修行者。身分など、詮なきことだと思います」
八郎が、屈託なく笑った。
最初は、貴公子然とした八郎に、かすかな反発を感じた歳三だったが、話しているうちに、すっかりこの若者に魅力されていた。
多摩川をわたると、平坦な田園地帯が広がっていた。
行く手には、高幡城跡の山が見える。この先甲州道中は、右に曲がり日野宿に入る。
ふたりが日野用水下堰の分水路に、さしかかったときである。
水路にかかる橋のたもとに、ぽつりと建つ茶店にいた、三人の男たちが、歳三を眼にすると、あわてて立ちあがり、ふたりの前に立ちふさがった。
三人のうち、ふたりはまだ若く、歳三と同じような年頃に見える。
しかし、長脇差をぶちこみ、袷をからげて帯に挟んで、肩をいからせ、いかにも柄の悪そうな、陰惨な目付きで歳三を睨みつけた。
残るひとりは、大刀を落とし差しにした浪人で、柄に手をかけて凄んでいる。
「よお、トシ。久しぶりだな……なんだ、女に飽きて、念友としっぽりかい? 衆道の道行きとは、憎いね色男」
まさかこの華奢で美麗な若者が、伊庭八郎とも知らず、若造が凄みを効かせて言った。
まだニキビ面だが、いっぱしの悪党気取りらしい。
「ふん、シゲ。相変わらずてめえには、品ってものがねえな。八王子の山ん中で、猿ばっかり相手にしてるから、ひと様に対する、口のききかたを、忘れたらしいな」
歳三が、せせら笑った。
「なにを! やるのかっ!!」
長脇差に手をかけ、シゲが猛る。
何事かと、茶店の亭主が、おそるおそる様子を伺った。
シゲの名は半田繁造。高尾山に近い初澤村の札付きで、以前、八王子横山宿で歳三と衝突して、大喧嘩になり、さんざんに痛めつけられた過去があった。
現在でも使われている札付きという言葉は、この時代、文字通りの意味だった。
江戸時代は、何事も連帯責任である。たとえば、息子が道を外れ悪事におよんだ場合、その責任は、育てた親にもおよぶ。
そこで、子どもの素行が悪くなると、人別帳に札をつけられ、それでも素行が直らないときは、人別帳から外され、帳外、つまり勘当して、親子の関係を切ることができた。
「おい、シゲ。なんだ、その渡世人みたいな格好はよ。おめえ、ついに、家から叩きだされたのか?」
「おんでたのさ。オレぁいまは、祐天一家の若い衆よ。だから、てめえをブチ殺しても、親には迷惑がかからねえ。ここで出会ったのが運の尽きだ。
――トシ、覚悟しやがれ!」
シゲが、すらりと長脇差を抜いた。
「けっ、ついに本物の三下に、成り下がりやがったか。救いようのねえ馬鹿だな」
言い放つと、歳三も長脇差を抜く。
「八郎さん。すいません……すぐにカタをつけるんで、ちょっと下がっていてください」
しかし、歳三が言い終わらないうちに、八郎は一歩前にでると、意外なことに、後ろに控える浪人者に声をかけた。
「光岡……心配したぞ。おぬし、こんな破落戸とつるんで、いったい何をしているんだ」
「わ、若先生……」
「義父もおぬしを、気にかけておった……わたしからも義父に頭を下げるから、戻ってまいれ」
「若先生……いまさら練武館になど戻れません。拙者は、道を踏み外してしまったのです」
「光岡、待て!」
「――御免!」
浪人者、いや、光岡は、八郎の言葉を振りきるように、踵を返して一目散に走り去った。
八郎は、一瞬、あとを追う素振りを見せたが、苦悩の表情を浮かべると、力なくうつむいた。
歳三もシゲも、気を呑まれ呆然としている。
八郎は、しばらくうつむいていたが、昂然と顔をあげると、シゲの前に進みでた。
「さて。シゲさんとやら……すまないが、ちょっと光岡について、知っていることを、話してもらえませんか?」
言葉遣いは丁寧だったが、端できいていた歳三ですら、背筋が寒くなるような冷ややかな声だった。
「て、てめえに話すことなんか、なにもねえっ!」
言い放ち、シゲが長脇差を振りかぶった瞬間、目にも止まらぬ速さで、八郎が間合を詰め、シゲの脇腹に当て身を入れた。
「ぐふっ」
シゲがうずくまったときには、呆気にとられてその様子を眺めていた、もうひとりの若造の水月にも、八郎の当て身が入っていた。
電光石火の速業とは、このことだろう。
八郎は、うずくまるシゲの肘を掴むと、むしろ優しげな声で訊いた。
「さあ。おまえと光岡のかかわりを話してくれ」
「あ、痛たたっ、わかった。話す、話すから……」
どんなツボを押さえているのか、特に力を入れているようには見えなかったが、シゲの顔が苦痛で歪んだ。
「光岡さんは、三月ほど前に、薄気味の悪い別の浪人が、祐天一家に連れてきた用心棒だ」
「普段は、何をしているのです」
「もめ事が起きないように、賭場で睨みを効かせているだけだ」
「ちょっと待て……祐天一家の賭場は甲府だろう。なんで、てめえが日野くんだりを、うろついてやがるんだ?」
歳三が口をはさむ。
「へっ、知らねえのか。うちの一家は、去年から、八王子でも賭場を開いているのさ」
「なんだと……それは初耳だ。八王子には、地回りが何組もいて、他所者が入りこむ余地は、ねえはずなんだがな」
当時の八王子には、長老の八王子彦兵衛を筆頭に、中野の兼治郎、大塚の勘五郎、角彦こと角屋彦兵衛などの博徒がいて、縄張りをめぐり牽制しあっていた。
この物語の二年前までは、府中に拠点を構える新門辰五郎の弟分の大物、小金井小次郎も八王子の縄張りを、虎視眈々と狙っていたが、この時点では、遠島処分を食らって三宅島にいるので、物語には登場しない。
「だからよ。力ずくで割り込むために、腕利きの浪人を、何人も客分にしてるのさ」
「なるほど……あなた方の一家と、その賭場の場所は、どこですか?」
「市守神社の先にある口入屋『大和屋』が表向きの稼業で、賭場は、そのすぐ裏手にある大雄寺だ」
知りたいことを訊きだしたら、この連中に用はなかった。
「さあ、とっとと八王子に帰れ。こんど日野に、そのツラだしたら、腕の一本や二本じゃあ、すまねえと思え」
歳三がシゲの尻を蹴飛ばすと、シゲと連れは、後ろも見ずに、脱兎のごとく駆けだした。
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さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
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