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36 甲源一刀流・前 逆縁
しおりを挟む強瀬の村は、江戸から見て大月宿の先、駒橋宿に近い場所にある。
といっても駒橋宿は、大月から分かれた宿場で、以前は大月宿の一部であった。本陣、脇本陣ともになく、旅籠は四軒の甲州道中でも小さな宿場である。
新八は、おつるを、秀全和尚から紹介された『三芳屋』という旅籠にあずけると、剣術の稽古をするため、全福寺に向かった。
すると、三芳屋の斜め前にある茶店で休んでいた老人が、ゆっくり立ちあがって勘定を払い、新八のあとに続いた。
この男、言うまでもなく東金の捨五郎である。いつの間に着替えたのか、羽織が紺色のものから、利休鼠の渋いものにかわっている。
それだけではなく、眉尻は垂れ下がったように眉墨で描かれ、口中に綿を含み、頬をふくらませており、背筋の曲がった姿は、三十四歳という実際の年齢よりも、確実に二十や三十は老けて見えた。
新八が全福寺に入り、剣術の稽古をはじめると、捨五郎は、しばらく様子を見てから、三芳屋に引きかえし宿をとった。
捨五郎は、遅い刻限に宿をとったので、幸い二階の部屋に案内された。荷物を置くと、いかにもこれから宿場の散策に出るような素振りで、よたよたと歩きながら旅籠の中を探る。
おつるは、一階の庭に面した部屋に案内されていた。
捨五郎は、誰にも見られていないことを確かめ、素早く庭に出ると、その部屋の外側にある南天の木陰に身をひそめた。
部屋では女中とおつるが、親しげに話しこんでいたので、捨五郎は耳をそばだてる。
「あらまあ、じゃあ旦那様は、全福寺で和尚さんと、剣術の稽古かね」
旦那様とは、もちろん新八のことである。宿帳の記載は、ここでも駒飼のときと同じように、夫婦という名目にしていた。
「ええ……そうなんですよ。わたしなんぞは、ほったらかしです」
「あの和尚さんは、剣術狂いだけども、お客さんの旦那様もねえ……」
女中が、同情の声をかける。
「まったく、うちの旦那様には、困ったものです」
おつるの声には心情がこもり、演技とは思えなかった。
「ところでお客さんは、江戸までゆくのかね」
「いいえ。弟が養子に入っている、八王子の子安村まで参ります」
「あれまあ、驚いた。八王子の子安かね。うちの従姉妹が、上野宿の外れの鍛治屋に嫁に行ってるだよ」
「まあ。ご近所ですね。時の鐘の近くですか?」
「そうなんですよ。泊まりに行ったら、ごぉんごぉんって、そりゃあ鐘の音が喧しかった」
「時の鐘は、弟の家からも、よくきこえますよ」
「あんたは、育ちが良さそうだ。弟さんは、名主さんの家にでも養子に入ったのかね?」
よほど親しみを感じたのか、いつの間にかお客さんから、あんたにかわっているが、田舎臭い言葉の抑揚いのせいか、嫌な感じはしなかった。
「いいえ、滅相もない。うちは平の千人同心です。家格が釣りあうように、先の百姓代の松村さんの家に養子に入りました」
「なあんだ。松村さんなら、ちょっとしたものでねえか。やっぱり千人同心ともなると、養子先も違うわなあ」
その会話を、南天の陰で耳にした捨五郎が、思わずほくそ笑んだ。
行き先が、事前にわかっていれば、今までのように、神経を使って尾行しなくても、先回りして、あとから来るふたりを待ちうけ、やってきたら、また先回りすればよいからだ。
少なくとも、今日おつるが移動することは、考えられないので、捨五郎は全福寺に戻り、新八の様子を探ることにした。
捨五郎が全福寺におもむくと、境内の外れの広場では、十数人の村人たちが、剣術の稽古をしていた。
(ふん、青空道場ってわけか)
参詣人だけでなく、近所の百姓なども遠巻きに見物しているので、それにまぎれて捨五郎も、じっくり観察することができた。
捨五郎は嗜なまないが、御子神の手下だけに、剣術を見る目はたしかである。
(あの永倉とかいうやつ、それに師範らしい年配の男、そして坊さん……腕が立つのは、その三人ぐらいだな)
いつまでも眺めていて、新八に顔を覚えられるとまずいので、甲州道中に戻り、全福寺の参道に続く道を監視できそうな藪に潜りこみ、身体を横たえた。
監視されているとは、気付いていないはずなので、裏口から新八が帰ることは、ないだろう。
捨五郎は盗賊だけに、こうした監視は苦にならない。横たわったまま身動ぎもせず、まるで石になったかのように、気配を絶った。
まだ日暮れまで間があるので、目の前の甲州道中を、次々と旅人が通りすぎてゆく。
小半刻ほど経ったころである。
江戸の方から歩いてくる、背中に荷物を背負った子どものような背丈の商人が目に入った。
(おお、小頭ではないか)
捨五郎は、藪に身を横たえたまま、小指を口にくわえると、指笛で小鳥の鳴き声そっくりな音をだした。
御子神は、歩みをゆるめることもなく、軽く菅笠を直す仕草でこたえると、捨五郎のひそむ藪の前を通りすぎた。
捨五郎が、しばらくその場で身をひそめていると、いつの間にか音もなく御子神が横に立っていた。
「小頭の読みどおり、おつるが新家に、三下半を突きつけて出奔しました」
「なるほど……それで、ここまで尾けてきたわけだな。次の仕事が決まった。
拙者は甲府に戻る。おつるの落ち着き先を突き止めたら、殺るのは祐天の手下に任せて、おぬしは、すぐに戻って参れ」
「わかりました。しかし、おつるひとりではなく、連れがいます」
「ふん、なんだあの女。離縁して早々に、男をくわえこんだか」
御子神が鼻で笑った。
「くっくっ、ああ見えて、意外と淫乱な女であったか」
「ところが、その男が永倉新八なんでさ」
「なんだと!」
珍しく御子神が、驚きの声をあげた。
「で、その永倉新八は、いま何をしているのだ?」
「そこの全福寺の境内で、剣術の稽古をしています」
「なんと、永倉めが稽古をな……」
御子神の目が、妖しい光を宿した。
あの居酒屋で、初めて新八を見たときの、欲情にも似た、いや、欲情より、はるかに激しい衝動が突きあげることを、御子神は、抑えることができなかった。
御子神は、荷物をおろすと、そのなかから袴を取りだし素早く身につけ、菰包みから太刀を抜いて腰に差した。
「小頭、いったいなにを……」
「なあに、ちょっと味見をな」
「いま、奴に姿を見せたらまずいのでは……」
御子神は、捨五郎が諌めるのもきかず、全福寺の山門に向かって歩きだした。
捨五郎の言うとおり、新八に姿を見せるのは、デメリットしかないのは明らかだが、こうなった御子神を止めることは、誰にもできなかった。
御子神には、やくざ者を殺したときの余韻が、まだ残っている。
しかし、それは青梅宿で光岡と剣を交えたときに感じた、痺れるような恍惚感ではなく、むしろ、やむなく害虫を叩き殺したときに感じるような、不快感をともなうものであった。
(あの永倉めが、どのような剣を遣うのか、ぜひ見たい……そして、できることなら、心ゆくまで死合いたい……)
光岡と命懸けで剣を競いあった、目眩くひと時を思い出し、御子神は、欲望の赴くまま、全福寺の山門をくぐった。
参道の脇の空き地では、捨五郎が言ったとおり、十数人の村人に混じって、新八が稽古をしていた。
陽が傾いたせいか、見物人は、すでにひとりもいない。
新八は、次々とうちかかる村人を、竹刀で軽くあしらっている。
村人たちも、それなりに頑張ってはいるが、新八は、ほとんどその場を動くことなく、必死で向かってくる村人たちを、軽々といなしていた。
お願いします。と、若者が、新八の前にすすみでた。
その若者が、竹刀を振りかぶった瞬間、新八は、産毛が逆立つような感覚を感じた。
(む……なんだ!?)
御子神の放つ禍々しい殺気に、新八が振り向き、空中で視線が交差した。
新八のよそ見に気づかず、若者が竹刀を振り下ろす。
驚いたことに、新八は、御子神から視線を外すことなく、うちかかる若者の攻撃を捌き、ぴしりと小手をうった。
「ふふん、なるほど……闇稽古か」
御子神がつぶやく。
この当時、どこの道場でも、闇夜での斬りあいを想定して、暗闇で稽古をすることは、当たり前に行われていた。
千葉周作の玄武館などでは、足場の悪い場所での戦闘を想定し、道場に豆を撒いて稽古することなどもあったし、天然理心流の試衛館でも闇稽古をしている。
新八は、この闇稽古の要領で、うちかかる気配だけを頼りに、若者の竹刀を捌いていたのだ。
「あんたは、甲府の居酒屋で会った……」
あらためて御子神に向き直り、新八が口をひらいた。
「御子神紋多でござる。永倉殿……やはり、再びお目にかかりましたな」
御子神が、笑顔を浮かべながら言った。
にこやかな表情とは裏腹に、その身体からは、瘴気にも似た禍々しい殺気を放っている。
稽古をしていた村人たちが、何事かと、一斉に動きを止めた。
「そこもとは……」
師範代の田中金兵衛が、御子神に声をかけようとすると、
「田中さん……どうやら御子神殿は、俺に用事があるらしい。――そうだろ?」
新八が、御子神に向かって、笑いかけた。
「ここで出会ったのも、なにかの縁《えにし》……いかがでござろう。拙者とひと勝負いたしませぬか?」
御子神が、にいっと笑った。
「ふうむ。俺は別にかまわないが……」
新八は、稽古を見守っていた秀全和尚に顔を向ける。
「一本勝負……ただし、ここは寺院内じゃ。殺生はならぬ。試合は竹刀でとり行ってもらおう」
秀全が厳かに言った。
「御意。和尚様、かたじけない。では、永倉殿。さっそく死合おうではないか」
「御子神殿。防具は……」
「無用! 素面、素籠手でかまわん。木剣ではござらぬ。急所に当たっても死ぬようなことはあるまい」
新八の問いに御子神が、昂然とこたえた。
「わかった。それでは……」
新八は防具を外し、稽古着だけになり、
「さあ、用意はいいぜ」
と、御子神に向かう。御子神は、田中から竹刀を受けとると、二回、三回と素振りをくれる。
御子神が竹刀を振るたびに、まるで鞭を振ったかのように、鋭い音が鳴った。
はじめは、子どものような背丈の御子神を、気味悪そうに半信半疑で見ていた村人たちも、ただならぬ実力に気付き、ごくりと固唾を飲んだ。
「甲源一刀流、御子神紋多!」
「神道無念流、永倉新八!――参る!」
新八が竹刀を八双に構えると、御子神は、半身になりつつ、竹刀を己の身体の後ろに回して、脇構えをとる。
通常の脇構えは、自然体で半身になるが、御子神が新八に向けた左の肘は、不自然に高い位置にあった。
これは、甲源一刀流の独自のもので、「陰剣」という構えだった。
甲源一刀流は溝口派一刀流から、流祖の辺見多四朗義年が興した流派で、一刀流の特徴である、ひたすら正中線の攻防を行う技術体系に、改変を加えていた。
たとえば、一刀流は、新陰流のように正眼の構えにおいて、剣先を開くことは、決してないが、甲源一刀流では「勢眼」と称して、新陰流と同じように、剣を寝かせて、右側に剣先を開く。
「陰剣」は、あらかじめ斬撃が終了したときの位置に、左肘を置くことにより、素早い初動を実現するのと同時に、肘で剣を隠すことによって、相手から剣の軌道を、読みにくくしていた。
新八は八双、御子神は陰剣。
最初に構えたまま、ふたりは動かない。
しかし、あたりには、耐えがたい緊張感が漂う。
見ている者は、まるで、ふたりの間の空気が、じわじわと圧力を増すのが、目に見えるかのような錯覚を感じた。
御子神の修めた甲源一刀流は、基本的な技術を一刀流の理合に拠っている。一方、新八の修めた神道無念流は、新陰流から派生した流派である。
一刀流は、正中線の攻防を直線的に行うが、新陰流は、円を基本としている。
一見、その理合は、まるで正反対のように思える。
ところが、方法論が異なるだけで、目的とするところは、どちらも非常に似通っていた。
それは、ほぼ相打ちのタイミングで相手の太刀筋を外し、紙一重の差で相手を斬るという技術である。
これを、一刀流では「切落し(きりおとし)」。新陰流では「合撃(がっし)」といった。甲源一刀流では「鎬落(しのぎおとし)」という。
どちらの流派も、もっとも基本的な技として、最初に教えるような技術ではあるが、その基本こそが、天然理心流の平晴眼と同じように、その流派の真髄であり、奥義でもあった。
一刀流系と新陰流系の戦術における最大の違いは、その技を仕掛けるタイミングである。
一刀流系は、相手が動く前に、その起こりを捉えて、先手でうちこむ先の先(せんのせん)。
一方、新陰流系では、相手が動いてから(もしくは、動かしてから)、うちこむ後の先(ごのせん)を基本にしていた。
つまり、御子神は先手を狙い、新八は、その先手を仕掛けてくるのを待っている。
だが、御子神は仕掛けない。
新八の狙いが明らかだからだ。
ふたりの距離は、二間をわずかにこえていた。
剣術の間合いは、だいたい自分の身長と同じである。
御子神は、五尺に満たない身長だが、新八の背丈は、五尺をかなり上回る。
では、リーチに勝る新八が有利かといえば、一概にそうとも言えない。
たしかに間合い的には、新八が有利ではあるが、剣術にはもうひとつの間合いがある。
それは、高さである。
意外と知られていないが、高い位置からうつよりも、低い位置からのほうが、相手に剣が届きやすいのだ。
御子神が、じわりじわりと間合いを詰める。
ふたりの距離が、間境に達っする直前。
御子神が跳んだ。
竹刀が疾り、新八がそれにあわせてうちこみ、激しく交錯する。
竹刀がぶつかる鋭い音と同時に、御子神の竹刀が新八のうちこみによって逸らされ、新八は、そのまま突きを見舞う。
(よし、決まった!)
次の瞬間、信じられないことが起こった。
新八の竹刀が喉を突くタイミングにあわせ、御子神が真後ろに、一間あまりも跳んだのだ。
突きが外され、その動作が伸びきって止まった瞬間、御子神が着地して地を蹴り、そのままの勢いで新八に突きを返した。
まるで、壁にぶつけたボールが跳ね返るような、人間離れした動きであった。
かろうじてかわした新八の喉元を、御子神の突きが掠め、皮膚が裂ける。
が、同時に新八の竹刀が御子神の脇を掠め、御子神の着物の脇が、はらりと割れた。
御子神が、新八の一間先に着地し、再び陰剣に構えたとき、新八はすでに向き直り、下段正眼につけていた。
「浅い!」
行司役の山田が言った。
「くっくっく……永倉殿。見事でござった。よくかわしましたな」
御子神が、嬉しそうに笑った。
「おい、危うく喉仏に、大穴が開くところだったじゃねえか」
冗談めいた口調で、新八が言った。
「ふふふ、永倉殿。恐れをなしましたかな?」
「いいや……おもしろくなってきた。俺も遠慮なくいくぜ」
新八が不敵に笑った。背筋を、ぞくぞくとするような興奮が駆けあがる。
新八のみならず、御子神の身体もまた、歓喜につつまれていた。
「望むところでござる」
御子神が言い終わらぬうちに、今度は新八が仕掛けた。
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