霊媒姉妹の怪異事件録

雪鳴月彦

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第一章:憎愛の浄化

憎愛の浄化 1

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「明けましておめでとう!」

 元旦、早朝四時五十分。セットしていた目覚ましを音が鳴ると同時に止めて起床し、茶の間へ移動した瞬間にお父さんからかけられた言葉がそれだった。

 それを聞いての個人的感想は、今日はお正月かという至極当然のものでしかなく、妹の夢愛も寝ぼけ眼で欠伸を隠すこともしないまま

「おはぁよぉ……」

 と平日と変わらない返事を返すだけだったので、姉妹揃って新年を迎えたことにはさほど興味がないという、依因よすが家では慣れたやり取りが展開されただけだった。

「何だよ二人とも。新年迎えても相変わらずマイペースだなぁ。同世代の子たちみたいに、友達にメッセージ送ったり初詣の支度してソワソワしても良いんじゃないか?」

 そんな冷めてるような私たちのリアクションに、お父さんは呆れたような声を漏らしてきたけれど、それに対して私は特に返事をしないまま、自室を出る際にポケットへ入れたばかりのポチ袋を取り出し、お父さんへと差し出して見せた。

 瞬間、お父さんの目の色が変わったのを、私たち姉妹は見逃さなかった。

「おお、ありがとう!」

 という謝辞と、お父さんの右手が私の手からポチ袋を奪ったのはほぼ同時。

「いやぁ、助かる。ありがたいな~。これでまた新しく道具が揃えられるぞぅ」

 富士山と日の出のイラストがプリントされたポチ袋を、両手で大切そうに持って破顔するお父さんをやや呆れた心地で眺めながら、私は

「また何か買うつもりなの? 無駄遣いするのは自由だけど、後になって金欠だとか喚いてもお情けはかけないからそのつもりでいてね」

 念を押すような口調で、そう言葉をかけた。

 かれこれ五年くらい、お父さんは仕事をしていない。

 いたって健康であり、病気や怪我で働けないわけではないのだが、何と言うのかお父さんは社会人として生きるのがとても不器用な人間なのだ。

 これまでにもいくつもの仕事を頑張ってきたけれど、最長で四年働けた倉庫整理みたいな仕事以外は、大抵数ヶ月から二年の間に辞めてしまうことを繰り返していた。

 その理由について本人は、自分には社会性がないからと誤魔化すような笑いを浮かべながら語っているけれど、二人の娘を育てる父親として、せめてもう少しはしっかりしてほしいというのが姉妹共通の認識だ。

 これで節約してくれる気概があれば、まだ若干は大目に見てあげようと思わなくもないのだが、お金を手にした途端に数珠じゅずや御札を買い集める癖があるから、大抵はすぐに金欠生活をおくる羽目に陥っている。

 当然、自業自得でしかないため余程の事情がない限り、追加でお小遣いを渡すような真似はしない。

 よって、無職のお父さんは散歩以外で外を出歩くようなことも滅多になく、職探しも放棄し引きこもりに近い毎日を過ごしている。

「今度は何を買うつもりなの?」

 聞いても何にもならないと理解はしつつ、私はお父さんへ問いかける。

「ガーネットを加工して作った御守りだよ。綺麗だぞぉ」

「……そんな御守りあるんだ」

 得意気に答えるお父さんの言葉を聞いて、ちょっとだけ反応を見せた夢愛を横目に、私は鼻からため息をつくと

「いつも言ってるけど、無駄遣いはほどほどにしてね」

 それだけを言い残して歯を磨くため洗面所へと向かった。

 お年玉兼お小遣いとしてお父さんへ渡した金額は、五万円。

 普段は三万円で固定している額だけれど、年に一度くらいはサービスをしてあげようと気を利かせた結果が即無駄遣いという流れになってしまうとは、何とも切ない。

「……」

 耳の上に小さな寝ぐせのできた自分を無表情に見つめながら、ゆっくりと歯を磨く。

 年末年始の三日間は、“仕事”を入れていない。

 今日はこの後、夢愛を連れて初詣へ行く予定になっている。学校の友人とも合流する約束を交わしているため、久しぶりに普通の高校生らしい日常をおくれそうで、少しだけワクワクしている自分を自覚する。

「お姉ちゃん、早く磨いてね。あたしも洗面所使うからぁ。うぅ、寒い」

「ええ。もう少し待って」

 まだ眠そうな妹の声に振り返ることなく応じつつ、私は一度思考を中断し歯ブラシを持つ手を動かすことに集中した。
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