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【 滅び 】
苦悩 後編
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側頭部に衝撃を受けた巨大が宙に浮く。
――キモチイイ。
「ふらついています! 効いてますよ、艦長!」
「分かっている。先ずは距離を取れ。後部投射槍斉射!」
背面から一斉に銀のシャワーが降り注ぐ。
――効いてねえな……。
その様子を見ながら、オンドはまるで歯が立っていない事を悟っていた。
全く――何でこんな理不尽な目に合わなきゃいけないのか。
「艦長、緊急連絡です!」
「今以上に緊急な事なんぞあるか! 船体右舷に転舵。今度は右の投射槍を使う。左も再装填急げ!」
「いや、それより緊急です! ハイウェン国防将軍より連絡です。直ちに魔族領に入り、残存戦力を回収するようにだそうです!」
「はあ? 生きてたってのか? 魔族領に友軍が?」
心の中で舌打ちする。
確かにあの蟹には勝てないだろう。だがこうしている間は、ここで足止めが出来ている。
では自分達が動いたら? そもそも、見かけよりもはるかに速いあの蟹が、こちらが逃げるのを見逃すのか?
「煙幕を焚け! 転進しつつ離脱! 急げ!」
しかし命令は絶対だ。それに何より、今の情勢を打破するには、確かな支柱が必要である。
そして皇帝も宰相もいない今、それが出来るのは確かにあの男だけだ。
もうもうと煙を挙げながら去って行く巨大な船を、ヨーツケールMk-II8号改は素直に見送った。
また出会う時を楽しみにして……。
そして進軍する。多数の魔族を率い、ムーオス自由帝国領内へと。
こうして地響きを上げて進む巨体の足元に、いつの間にか前後両方にブーメラン型の頭部を持つ、奇妙な両生類――魔人アンドルスフが張り付いていた。
◇ ◇ ◇
坑道の中。ここは炎と石獣の領域内部。
碧色の祝福に守られし栄光暦219年3月3日。
眩しいほどの明かりに照らされたそこにはふかふかの絨毯が敷かれ、その上には天幕付きの豪華なベッド。そして本棚に多数の本が置かれている。
明かりも家具も、全て魔人ラジエヴが作ったものだ。正しくは作らされてというべきか。
「ねえタコ、わたくしは、年明けには解放してくれと言いましたよね?」
「人間の暦などに興味はない」
とは言いつつもラジエヴとしては居心地が悪い。
ラジエヴ――八角柱の石の被り物に、緑がかった灰褐色の蛸の足を持つ魔人。
その前にいるのは、淡い長い金髪に鮮やかな青い瞳。少し掘りの深い美人顔で、体は細いが筋肉質の、いかにも武人といった女性。スパイセン王国国王、クラキア・ゲルトカイムだ。
身に着けるのは上下の白い下着のみ。一応服と鎧、それにレオタードもあるにはあるが、今は着用する意味を見出せないでいた。
「貴方の興味はもうどうでも良いですよ」
そう言って、ベッドにゴロンと大の字になる。
いったい、いつまでここにこうしていれば良いのだろうか?
相変わらず食べ物は持ってくるし、要求すれば家具も作ってくれた。それに最近では本も何冊か持ってくるようになった。
アルダシルの仇。だが、自分を殺すような様子は見せない。
まあ、元々あまり仇という概念はない。彼女は勇敢に戦って散ったのだ。その相手を自分が倒してやるなどというのは、あまりにもおこがましい。まるで自分がアルダシルより上だといっているようなものだ。
「ふう……」
ここに来て、もう何百回目か分からない溜息をつく。国の皆は無事だろうか? まだ戦いは、続いているのだろうか……?
そんな彼女の脇を、黒い影が通り過ぎる。
その事に、クラキアは気が付きはしなかった。
◇ ◇ ◇
炎と石獣の領域地下湖。その中を、魔人ラジエヴが漂っていた。
先ほど魔人ヨーヌがやってきたが、記憶だけ渡すとさっさと帰ってしまった。
その内容に困り果て、ずっとこうして考えていたのだ。
「ああそうだ。ヨーヌ、ラジエヴに伝えてもらえるか?」
「なんデシ?」
目の前にいるのは確かに魔王。そんな彼がヨーヌに話しかけ、ヨーヌが答える。
それを自身の体験として感じるのは人からすれば奇妙だが、記憶を共有する魔人にとっては何の違和感も無い。
「確か人間を保護していると思ったけど、手頃なタイミングを見て人間の世界に帰してもらえるかな?」
「一応、伝えておくデシ」
もしラジエヴが人間であったのなら、深い溜息を吐いていたであろう。
――ドウヤッテ、ニンゲンノセカイニ、カエセバイイノカ。
いや考えたって分からない。ラジエヴの行動圏内は海の一部と炎と石獣の領域までの道、それのこの坑道内だ。
しかも長期間ここで引きこもっていたのだから、いまさら世界の様子など判らない。
そもそもこの領域は溶岩により完全に封鎖されている。たとえ魔人といえども、溶岩に対応した体でなければ抜けられない。ましたや人間を連れて出るなど不可能である。
それに、魔人は生き方を変えた時、完全に別の個人になる。前世を引き継いで新たな人生とはならない。
これからの生き方に不必要な記憶は奥底にしまわれ、必要な分は思い出そうとすれば思い出せる程度だ。
そんな訳で、彼女を託したスースィリアはもういない。テラーネもプログワードも別人であり、既に『誰それ?』状態だ。
改めて、人であれば溜息をついただろう。
とりあえず、今度誰かが来たら協力を仰ごう。そう考えながら、湖底へと沈んでいった。
――キモチイイ。
「ふらついています! 効いてますよ、艦長!」
「分かっている。先ずは距離を取れ。後部投射槍斉射!」
背面から一斉に銀のシャワーが降り注ぐ。
――効いてねえな……。
その様子を見ながら、オンドはまるで歯が立っていない事を悟っていた。
全く――何でこんな理不尽な目に合わなきゃいけないのか。
「艦長、緊急連絡です!」
「今以上に緊急な事なんぞあるか! 船体右舷に転舵。今度は右の投射槍を使う。左も再装填急げ!」
「いや、それより緊急です! ハイウェン国防将軍より連絡です。直ちに魔族領に入り、残存戦力を回収するようにだそうです!」
「はあ? 生きてたってのか? 魔族領に友軍が?」
心の中で舌打ちする。
確かにあの蟹には勝てないだろう。だがこうしている間は、ここで足止めが出来ている。
では自分達が動いたら? そもそも、見かけよりもはるかに速いあの蟹が、こちらが逃げるのを見逃すのか?
「煙幕を焚け! 転進しつつ離脱! 急げ!」
しかし命令は絶対だ。それに何より、今の情勢を打破するには、確かな支柱が必要である。
そして皇帝も宰相もいない今、それが出来るのは確かにあの男だけだ。
もうもうと煙を挙げながら去って行く巨大な船を、ヨーツケールMk-II8号改は素直に見送った。
また出会う時を楽しみにして……。
そして進軍する。多数の魔族を率い、ムーオス自由帝国領内へと。
こうして地響きを上げて進む巨体の足元に、いつの間にか前後両方にブーメラン型の頭部を持つ、奇妙な両生類――魔人アンドルスフが張り付いていた。
◇ ◇ ◇
坑道の中。ここは炎と石獣の領域内部。
碧色の祝福に守られし栄光暦219年3月3日。
眩しいほどの明かりに照らされたそこにはふかふかの絨毯が敷かれ、その上には天幕付きの豪華なベッド。そして本棚に多数の本が置かれている。
明かりも家具も、全て魔人ラジエヴが作ったものだ。正しくは作らされてというべきか。
「ねえタコ、わたくしは、年明けには解放してくれと言いましたよね?」
「人間の暦などに興味はない」
とは言いつつもラジエヴとしては居心地が悪い。
ラジエヴ――八角柱の石の被り物に、緑がかった灰褐色の蛸の足を持つ魔人。
その前にいるのは、淡い長い金髪に鮮やかな青い瞳。少し掘りの深い美人顔で、体は細いが筋肉質の、いかにも武人といった女性。スパイセン王国国王、クラキア・ゲルトカイムだ。
身に着けるのは上下の白い下着のみ。一応服と鎧、それにレオタードもあるにはあるが、今は着用する意味を見出せないでいた。
「貴方の興味はもうどうでも良いですよ」
そう言って、ベッドにゴロンと大の字になる。
いったい、いつまでここにこうしていれば良いのだろうか?
相変わらず食べ物は持ってくるし、要求すれば家具も作ってくれた。それに最近では本も何冊か持ってくるようになった。
アルダシルの仇。だが、自分を殺すような様子は見せない。
まあ、元々あまり仇という概念はない。彼女は勇敢に戦って散ったのだ。その相手を自分が倒してやるなどというのは、あまりにもおこがましい。まるで自分がアルダシルより上だといっているようなものだ。
「ふう……」
ここに来て、もう何百回目か分からない溜息をつく。国の皆は無事だろうか? まだ戦いは、続いているのだろうか……?
そんな彼女の脇を、黒い影が通り過ぎる。
その事に、クラキアは気が付きはしなかった。
◇ ◇ ◇
炎と石獣の領域地下湖。その中を、魔人ラジエヴが漂っていた。
先ほど魔人ヨーヌがやってきたが、記憶だけ渡すとさっさと帰ってしまった。
その内容に困り果て、ずっとこうして考えていたのだ。
「ああそうだ。ヨーヌ、ラジエヴに伝えてもらえるか?」
「なんデシ?」
目の前にいるのは確かに魔王。そんな彼がヨーヌに話しかけ、ヨーヌが答える。
それを自身の体験として感じるのは人からすれば奇妙だが、記憶を共有する魔人にとっては何の違和感も無い。
「確か人間を保護していると思ったけど、手頃なタイミングを見て人間の世界に帰してもらえるかな?」
「一応、伝えておくデシ」
もしラジエヴが人間であったのなら、深い溜息を吐いていたであろう。
――ドウヤッテ、ニンゲンノセカイニ、カエセバイイノカ。
いや考えたって分からない。ラジエヴの行動圏内は海の一部と炎と石獣の領域までの道、それのこの坑道内だ。
しかも長期間ここで引きこもっていたのだから、いまさら世界の様子など判らない。
そもそもこの領域は溶岩により完全に封鎖されている。たとえ魔人といえども、溶岩に対応した体でなければ抜けられない。ましたや人間を連れて出るなど不可能である。
それに、魔人は生き方を変えた時、完全に別の個人になる。前世を引き継いで新たな人生とはならない。
これからの生き方に不必要な記憶は奥底にしまわれ、必要な分は思い出そうとすれば思い出せる程度だ。
そんな訳で、彼女を託したスースィリアはもういない。テラーネもプログワードも別人であり、既に『誰それ?』状態だ。
改めて、人であれば溜息をついただろう。
とりあえず、今度誰かが来たら協力を仰ごう。そう考えながら、湖底へと沈んでいった。
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