彷徨う屍

半道海豚

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01-010 防衛策

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 1週間が経過しても、陽人は凶暴化変異しなかった。凶暴化変異後、通常は数日以内に死亡する。
 凶暴化の変異は、感染した部位によって時間差がある。脳に近いほど変異が早い。
 陽人は幸運にも足首をゾンビに少し噛まれた。だから、凶暴化変異の時間的余裕があった。感染してから凶暴化変異するまでの時間は、平均48時間とされている。
 つまり、ゾンビに噛まれると2日以内に凶暴化し、その後3日程度で死んでゾンビとなる。
 陽人は高原に来てから7日を経過しているが、生きている。凶暴化の兆候もない。
 ただ、ワクチンの副反応がひどく、体調がよくない。
 そこで、お節介なお兄さんやおじさんたちが、あれやこれやと生まれてくる赤ちゃんのために世話を焼きたがる。

 街の子たちのテリトリーは、避けることにした。七美の話は断片的で、アラックが「生まれたらすぐに殺せ」と陽人に命じたという話も疑問だった。
 健太曰く「安西のクソガキが言ったとすれば、俺は信じるね」と語る通り、高原での琢磨の印象は悪かった。
 対してアラックは陽気で、気配りのできる女の子に思えた。
 高原でも鬼丸莉子のように「男はちょっとかわいいとすぐに欺される」とか、神崎百花のように「あの子、意地悪だよ」と否定的な意見もあった。
 だが、これら負の意見は根拠がない単なる印象なので、無視された。
 それでも良平は、街の子たちを刺激することは得策でないと判断した。
「南の街に行こう。ベビー用品店が何店かあったし……」
 健太はやけに張り切っている。
「よし、その街で揃わなければ、県庁まで遠征だ」
 料理人の岸辺芭蕉は「本屋に連れてってくれ。離乳食の作り方を研究しなければ」と言い始め、電気技術者の畠山洋介は「赤ちゃんに安全な暖房がいるな」と。

 ゾンビ事変発生後、1年半以上が経過している。生存者は極端に減り、人の多くはゾンビとなった。
 この屍となっても代謝を続ける不思議な生物は、人の死滅と同時に一時的に獲物を失った。極限まで代謝を抑えて、普段はまったく動かない。
 だが、振動を検知すると、その方向にゆっくりと動き出す。振動の発生源に獲物がいると判断しているのだ。
 野生動物はかつての人界に下ろうとはしない。人の脅威が減じたからか、シカ、カモシカ、クマ、キツネ、タヌキ、テン、リスなど、野生の哺乳動物の個体数が確実に増えている。
 野生動物は山に留まり、かつての人里には入らない。
 例外もいる。
 イノブタだ。家畜のブタは野生のイノシシと交配し、驚異的な繁殖力を示している。個体数が多すぎるため、当然のようにかつての人界に進出する。
 これが、現在のゾンビの獲物だ。ゾンビはわずかな食料で代謝を続けられる。イノブタを餌として、個体数が減ることはない。

 小規模な遠征は、軽装甲機動車とダブルキャブのピックアップトラックを使う。これでは積載量が限定されるので、ピックアップは農業用トレーラーを牽引する。
 この編制が、最近の定番だ。
 農業用トラクターは多数を保有しているが、後輪が履帯とフルクローラーの大型2台は、農作業ではなく重量物の牽引に使っている。
 農作業には小型が向いている。

 生き残りにはベビー用品は用がなかった。ほぼすべてが残っていた。ベッドから紙おむつまで、あるものすべてを奪取する。
 良平が記憶していた通り、東北最南の街には3店がある。1店はモール内なので避ける。ゾンビとの遭遇の危険が高いからだ。基本的に家屋内に入ることは危険で、内部にゾンビがいれば、確実に襲われる。
 店舗は狭いほうがいい。コンビニくらいがちょうどいい。大規模店舗は、店内が暗く、無音のゾンビを発見しにくい。
 検知できるとすれば臭いだけだが、腐敗臭はどこにでもある。
 モールには行かず、2店舗で荷台を満載にする。店内にいたゾンビは、クロスボウと弓で始末する。この規模の店舗なら、何十体もいる可能性は少ない。
 ピックアップの後席には、大量の紙おむつが投げ入れられる。

 莉子が「略奪だねぇ」と言ったが、まさにその通りだ。砂倉裕子が同行すると言い張ったが、彼女に品定めでもされたら、生命が危なくなる。

 七美は元気を回復したが、陽人はひどい頭痛に悩まされ続けている。ワクチンの副反応なのか、それとも別の要因なのかははっきりしない。
 ただ、凶暴化ウイルスに対する抗体が彼には生まれていた。克服したのだ。
 真琴によれば、抗体は6カ月、長くても1年ほどしか維持できない。つまり、永遠の効果ではなく、6カ月経てば凶暴化ウイルスの脅威に再びさらされる。

 七美は幸せだと感じていた。高原では、誰もが優しい。意地悪そうな莉子は、意地悪なんか絶対にしない。無関心そうな美保は、いつも気遣ってくれる。
 裕子は母親のように優しかった。

 異変を最初に知らせてきたのは、空港だった。
「県庁の南で、ゾンビの大群に遭った。国道を南下している」
 ゾンビの群はたびたび目撃されている。群を刺激しなければ去って行くし、囲まれたら生命はない。
 最善の対策は、近付かないこと。
 この情報には続きがあった。
「今までに見たことがない大群だ」

 空港は意を決して、ヘリコプターを飛ばす。レシプロエンジンのロビンソンR22だ。
 その情報がもたらされた。
 良平が空港で見せられた映像は、背筋が寒くなるとか、怖気を振るうとかの表現では足りないものだった。
「これのコピー、もらえる」

 高原に戻った良平が全員にヘリコプターからの空撮を見せる。
 則之が「どこまで続いているんだ。今頃、先頭は街の子たちのテリトリーの北端に達したと思うな」と言い、裕子は「ここは大丈夫よね」と誰も答えられない質問をする。
 健太が「防衛策が必要だ」と、いつも以上に引き締まった表情をしている。
 畠山洋介が「ゾンビは平地を選んで進んでいる。もう少し南下すると、平地はゾンビで満たされてしまう」と不安げな目を全員に向ける。
 立花一希が「東北の全ゾンビが集まったんじゃないかと思うほどの数だ。だけどどこに向かっているんだ?」と核心に迫る疑問を呈する。
 益子則之が答える。
「たぶん、箱根だ。
 箱根の地震計が何基か生きているんだ。箱根で群発地震が起きている。衛星経由で信号が送られている。
 震度3クラスの地震が、1日に何回もある。それ以下なら数百だ。震度5と震度6も何回かあった。
 地震は専門外だが、興味本位でモニターしていたんだ。
 ゾンビは地震に呼ばれている」
 良平は最悪の想定をする。
「先生、群発地震が突然止まるとか……」
「良平くん、それはないよ。当分続くから、時間はかかってもこの周辺からは去る。ゾンビはね」
 莉子が則之を見る。
「でも、先生、ゾンビは1日に2キロか3キロしか移動しないよ」
 確かにその通りだ。この大群が一帯から去るには、一冬かかるかもしれない。
 洋介が「息を潜めて、通り過ぎるのを待つしかない」と言ったが、裕子が「でも、空港や河川の人たちは?」と厄介なことに気付く。
 七美が「街には小さい子がいるの」と泣き出しそうな顔をする。

 安西琢磨はアラックを嫌悪している。明確に。
 アラックは10歳以下の子を生き餌としてゾンビの誘導に使ったのだ。
 我慢の限界に達していた。琢磨は10歳以下の子供たちを守ってきた。琢磨の考えに賛同して、何人かの仲間が集まり、子供だけのグループができた。
 アラックも琢磨に賛同する1人だった。陽気で、機転が利くことから、琢磨は頼りにした。
 だが、彼女の本性は違った。意地が悪く、人を欺すことを何とも思わず、表裏の激しい性格だった。
 気付いたときには琢磨とは異なる考えの派閥ができていた。
 琢磨は孤立しかけていた。
 琢磨派の殲滅を図って、アラックは県庁遠征に大賛成した。遠征が成功するとは思えなかったからだ。
 だが、参加した10人全員が戻ってきた。
 これはアラックをひどく傷つけた。琢磨派の皆殺しを画策するようになる。
 彼女と仲間は、数挺の警察の5連発拳銃を持っている。これをちらつかせて、誰でも思い通りに動かす。
 彼女は、自分が思う通りでなければ、ひどく不機嫌になる。思い通りにならない空港や合流点を憎んでいる。

 向田未来は、安西琢磨と定期的に会っていた。未来はいち早くアラックの本性を見抜いていた。アラックを重用し始めた琢磨に警告し、受け入れられないと知るとグループから去った。
 未来は体格のいい少年なのだが、腕力に頼ったことはない。
「チビたちを逃がしたい」
 未来が怪訝な顔をする。
「琢磨、なぜだ?」
「限界だ。
 未来、何とかしてくれ!
 アラックはチビたちを生き餌にして、ゾンビを釣っている。その隙に物資を調達するためだ。1人、食われた。8歳の女の子だ」
「俺の知ってる子か?」
「いや」
「アラックはタチが悪い」
「未来、いまなら俺にもわかる」
「頼りになるヤツは?」
「一番頼りになるのは陽人だが、逃げたよ」
「陽人が逃げた?
 あいつは小柄だがタフだ。
 何で逃げたりしたんだ?」
「七美だよ」
「何ヶ月か前、あいつと会ったんだ」
「陽人とか?」
「あぁ、あいつバイクを物色していた。
 逃げるためだったんだな。
 アラックが七美に目を付けたのか?」
「未来の勘はあたるな。
 多分そうだ。
 七美は陽人の弱点だ。アラックから見たら、だが……」
「アラックは、弱いところを巧みに突いてくる。俺やおまえでも、追い詰められる。
 油断していなくても、ね。
 で、琢磨、どうやって逃がすつもりだ?」
「未来が運転してくれないか?」
「クルマを、か?」
「そうだ。俺には20人も乗れるクルマは動かせない」
「大型のワンボックスなら、詰め込める」
「で、どこに行く?」
「高原だ。
 あの人たちなら守ってくれる」
「ゾンビから?」
「いや、アラックから」
 未来は大きな身体をさらに大きくして、深呼吸する。
「賛成できない」
「なぜ?」
 琢磨には未来しか頼れる仲間がいなかった。
「琢磨たちを置いて行けない。
 アラックに殺されるぞ。連中はこれを持っているからな」
 未来が5連発リボルバーを見せる。
「どうして、拳銃なんか……」
「銃は人に対する用心だ。
 人とはアラックのことだ。
 アラックは、相当にヤバイぞ。
 人殺しだって、平気だ。だから、生き残れた」
 琢磨は不安だった。
「俺はオートマのワンボックスなら運転できると思う」
 未来が賛意を示す。
「俺もオートマなら動かせると思う。
 俺がチビたちを乗せても、まだ40人は残る。おまえが運転しても、どうやっても30人は残る。
 その30人は原チャリで逃げるしかないな」
「未来、どうやって、アラックに知られないように移動するんだ?」
「それは無理だ。
 正面突破しかない」
「アラックたちは銃を持っている。
 無理だ」
「なら、おまえも銃を使え。
 琢磨、覚悟を決めろ。
 生きるか死ぬかだ」
「クルマや原チャリは……」
「俺が揃える。
 場所はここ」
 未来は、2人が立つビルの工事現場を示す。基礎工事の前段階で、大きな穴が掘られているだけ。クルマが何台かある。ラフテレーンクレーンが1台と、2台の大型パワーショベルが放置されている。
「琢磨、2日後の夜明けに決行する。
 人を殺すことを躊躇うな。
 躊躇えば、多くが死ぬ。相手は人殺しなど、何とも思わない。そのことを忘れるな」

 琢磨は未来との計画を誰にも話さなかった。誰が味方で、誰が敵なのかが判然としないからだ。
 陽人がいたとしても、話さなかったと思う。

「起きて」
 琢磨は男の子を起こす。
「みんなを起こすんだ。静かに、すぐに外に出て」
 年少者が次々に起き出し、指示された通り外に出る。声を出して、誰かを起こしてしまい殴られたくないから、無言で行動する。
 琢磨は一番小さい子を抱えて、地下駐車場から外に向かう。
 年長者の何人かが気付き、琢磨に従う。彼はそれを止めない。
 アラックと彼女の取り巻き中枢は、同じビルの2階にいる。地下駐車場よりは、ずっと快適なオフィスで寝起きしている。
 だが、地下駐車場にもアラックの子分がいる。アラックに忠実に仕え、上位の立場になりたい連中だ。
 何人かの年長の女の子が、年少者たちを屋外に誘導する。琢磨が何かを始めたのは、アラックに対抗するためだと感じたからだ。
 数人の年長の男が琢磨を見詰めている。
「一緒に来るも来ないも好きにしろ」
 琢磨がそう言うと、5人が即座に動く。
「どこに行く?」
 1人の問いに「工事現場だ」と答えると、彼が「公園の裏の?」と問い直す。
「そうだ」
 琢磨が簡潔に答える。
 1人が議論を挑もうとする。
 琢磨は発言を制して、簡潔に「好きにしろ」とだけ言った。
 2人がアラックにご注進に行く。
 急がなくてはならない。
 態度を決めかねている年長者もいる。琢磨は、促したりしない。彼が助けたいのは年少者であって、年長組などどうでもいい。
 琢磨は未来と別れてから、人殺しになる腹を固めていた。

 駐車場のシャッターが少しだけ開いている。ここを潜って、年少者たちが外に出たのだ。
 琢磨が腹這いになって外に出ると、年長者に促されて工事現場に向かう年少者の足首が見えた。
 栄養状態がよくない彼らが、500メートルを走ることは容易ではない。
 だが、今日やらなくては、2度とできない。

「てめぇ、何やってんだ!」
 アラックの取り巻きが、立ち上がった琢磨に殴りかかる。
 腕力では勝てない。到底無理だ。
 迷わずに撃つ。
 .38スペシャル弾が腹にあたる。もう1人出てきた。SAKURA M360Jの銃口を向けると、ビル内に引っ込んだ。
 腹を押さえて膝立ちしている巨漢の顎を蹴り上げる。残り4発しかないので、撃たない判断をする。
 だが、撃たなかったので、ビルの通用ドアから1人が飛び出してきた。
 琢磨は狼狽する。
 すると、そいつの後頭部を背後から金槌で殴打する仲間が現れる。琢磨よりも少し年下だ。
 背後からの一撃で昏倒はしたが、追い首だったので威力が半減していた。
 倒れ込んだアラックの取り巻きに、彼はさらなる一撃を食らわす。
「琢さん、行こう」
 促されて、チビたちを追う。
 銃声は、アラックたちをビビらせた。アラックは窓から琢磨の後ろ姿を見ていた。
 追いたいが追えない。
 なぜなら、別の琢磨派が複数の防犯ブザーをビルの周囲に投げていったからだ。すぐにゾンビが集まってくる。
 すぐにすべきことは、防犯ベルを止め、ゾンビの侵入を防ぐことだ。

 未来は呆れている。
「アラックは、人望の欠片もなかったんだな。
 チビたちはワンボックスに、原チャリに乗れるヤツは好きなのに跨がれ」
 琢磨が驚く。
「未来、クルマは1台だけか?」
「あぁ、でも大丈夫だ。
 ピンクナンバーは2人乗りするんだ」
 ワンボックスは2トントラックと同等サイズのルートバンだ。詰め込めば20人が乗れる。

 全員が乗るか跨がる。
 琢磨が指示する。
「いいか、ダム湖展望台まで行く。
 はぐれても、ダム湖展望台で待っている。
 できるだけ、集団で動くんだ」
 原付スクーターは、40台を目標にしたが、2日では30台が限界だった。ほとんどが50ccだが、10台は125cc。すべてを手押しで集めた。一部は路上、ほとんどはピザ屋と中古バイク屋からの調達。
 琢磨は未来に「多くても60人だ」と伝えたが、工事現場に集まったのは70人もいた。ピザ屋の3輪スクーターに2人乗りがいる。

 防犯ベルが鳴り止んだ。
 琢磨が先頭を走る。その後方にスクーターが続き、最後尾は未来のルートバンだ。

 30台のスクーターと1台のワンボックスの行進はゾンビを呼ぶが、集まってくると最後尾のルートバンが防犯ベルを車外に投げる。
 それで、短時間だが注意をそらすことができる。

 琢磨は高原の正確な場所を知らない。車が通れる道は、東北最大の湖側からだけ。だが、未舗装の林道経由で金堂峠を越え、高原に至るルートがあるはずだ。
 そのルートを使うなら、ルートバンは途中で捨てなければならない。そこからではかなりの山道を歩くことになる。
 東北最大の湖側には、宗教がらみの厄介な勢力がいる。この方面には向かいたくない。
 やはり、計画通りダム湖経由がいいと結論する。ならば、もっと2輪がいる。50ccで未舗装の山道を2人乗りでは、越えられない。
 琢磨は路上放置からバイク店の店頭まで、スクーターを見つけると停車し、調べさせた。動けば使った。
 だが、短時間では10台が限界だった。スクーターの乗り方を知らない子もいるから、2人乗りは解消できない。

 彼らは市街を脱出すると、路上放置の乗用車からガソリンを補給する。ここで満タンにすれば、無補給で高原まで行ける。

 アラックは琢磨たちが独自に、高原、空港、合流点と連絡を取ることを好まなかった。だが、琢磨の管理下にある無線を取り上げることはしなかった。
 琢磨に対しては一定の立場を認めていた。だが、自衛隊の無線は持ち出せなかった。その素振りを見せれば、脱出作戦が感づかれるからだ。
 その代わりに民生用のトランシーバーを手に入れていた。
 30分間、高原を呼び続けたが応答がない。アラックは必ず追跡してくる。これ以上、とどまることは危険だった。
 ダム湖展望台までに2台を故障で失う。また、2人が消えていた。アラックの仲間で、彼女に注進するのだろう。他にもいるかもしれない。
 50cc原付に2人乗りは、どうにか避けている。

 高原は、ゾンビの大群の南下に対する善後策で、大忙しだった。空港や合流点からも頻繁に連絡が入る。
 民間の無線には、誰も注意を払っていなかった。

「琢磨、どうする?
 高原と連絡がつかなくていいのか?」
「未来の心配はわかるが……。
 行くしかない。
 林道を登って金堂峠越えで高原に向かう。
 途中で、バンは捨てることになる。狭くて険しい道だから……」
「他にルートはないのか?」
「あるはずだが……。
 陽人が知っていた。だが、俺は聞いていないんだ」
「なぜ?」
「アラックに知られると困るからね」
「そうだな。
 高原への道を聞けば、陽人に悟られるから……」
「未来、行こう」

 ここで、さらに2台が引き返した。アラックの仲間だ。引きずられるように、2台が続く。ここまで来たが、無線に応答がないことを気にして、アラックを選んだのだ。
 年長の男6人が消えた。

 琢磨の想定では、金堂峠まで15キロ、金堂峠から高原まで3キロ。平均時速10キロならば、2時間の行程。途中までは舗装路なので、もっと高速で走れる。ダートは6キロないし8キロと想定している。

 舗装路は快調に進む。背後にアラックたちの姿はない。

 アラックの手下は先回りしたつもりで、湖畔のトンネル内で待ち伏せしていた。
 しかし、琢磨たちはすでに通過していた。
 さらに、琢磨は用心して、トンネル完成以前の旧道を使った。トンネル内で挟み打ちにされたら逃げ道はないが、開けた道ならばどうにかなるとの判断からだ。

 アラック自身と側近は、集まったゾンビに阻まれてビルから出られなかった。

 琢磨は驚いていた。
「この道、使われているぞ」
 ダートに入って以後も、道幅は狭いが使われている痕跡があるのだ。路肩の茂みが刈り払いされているし、路面には補修の痕跡がある。
 峠を越えてからも路面は荒れてなく、2キロ進んだところで、バリケードが設置されていた。フレコンバッグを互い違いに置いてあり、クルマの通過ができない。
 琢磨は迷う。クルマを置いてスクーターだけ先行するか、クルマを捨ててスクーターに分乗して進むか、を。
 ルートバンに乗っているのは、10歳以下の年少者。10歳以上12歳以下はスクーターの後席に乗る。13歳以上でスクーターに乗れるものは、それぞれ跨がっている。
 もし、ここに年少者を残して、アラックの追撃を受ければ、逃げ切ることはできない。連れ帰られるだろう。
「未来、残り1キロか1.5キロだ。2人乗りで行こう」
「そうだな。チビたちは3輪に乗せる」

 陽咲と沙耶は、展望台から周囲の見張りをしている。ゾンビの侵入があれば、すぐに知らせる。
 金堂峠側からたくさんのスクーターが現れ、沙耶がパニックになる。
「お姉ちゃん、誰かが攻めてきたよ!」
 陽咲も双眼鏡で確認する。30台以上のスクーターが高原に侵入してきた。
 3人乗りしているスクーターまである。
 陽咲は無線で知らせるが、誰も応答しない。
「沙耶はここで見張っていて」
「お姉ちゃんはどうするの?」
「自転車で知らせに行く!」

 畑にいた一希はスクーターの進入に驚き、銃を取りに仮囲いに向かって走る。
 だが、追い付かれてしまった。
 良平よりも若いであろう男がスクーターに乗ったまま話しかけた。
「ここは高原ですか?
 高原ですよね?
 風車があるし……」
 一希は面食らった。
「きみたちは?」
「俺、安西琢磨って言います。
 街から逃げてきました」

 様子がヘンなので、畑に隠れていた裕子や芭蕉、洋介たちが姿を現す。
 ヘルメットを被っているのは数人しかいない。そのヘルメットは、防災用か工事現場用だ。
 裕子が尋ねる。
「どこから来たの?」
 男の子が答える。
「アラックから逃げてきたの」
 裕子が男の子の頬を手の甲で触る。
「こんなに冷たくなっちゃって!」

 良平が頭を抱える。
「60人もどこで寝るんだ!」
 誰も答えない。
 則之が「それを考えるのが、きみの仕事だよ。だけど、とりあえずどうにかしよう。自衛隊のテントを全員で組み立てるんだ」と指示する。
 健太が「やれやれ」と言い、裕子が「ご飯はどうしましょう!」と慌てる。
 芭蕉が「焼き肉パーティにしよう」と提案すると、年少者がニッコリする。
 裕子、芭蕉、一希が率先して動き出す。

 展望台の上で、沙耶は泣いていた。
 誰も迎えに来ないからだ。

 良平は健太に「完全に封鎖するか?」と尋ね、健太は「当面の防衛策は、それしかないな」と答えた。
 高原の完全封鎖が決まった。
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