アークティカの商人(AP版)

半道海豚

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第1章 脱出

第2話 異界

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 身を伏せて、川の北側を観察していると、川の流れが南から西に転じる辺りに、ひときわ大きな岩山がある。
 川岸からの距離は五〇メートルほどで、南東に向かって口を開く大きなヒダがある。そのヒダは最深部が広くなっているようで、身を隠すには都合がいいように感じる。
 川の南側は人の往来が多く、荷馬車も行き交っている。
 ただ、不思議なことに活気があるようには感じない。人々の歩みは、疲れているような弱々しい足取りで、村人らしき人々は痩せている。
 子どもの姿も見えるが、元気よく走り回っている子はいない。例外なく、しゃがんでいる。
 この光景は、既視的だった。どこかで見たことがる光景。日本国内ではない。高級リゾートしか取材しないのだから、海外でもない。
 では、どこなのか。
 テレビやネットの映像だ。内乱やテロで無政府状態の国。国民の安全が脅かされている、飢餓に直面した国の風景だ。
 ゾッとすると同時に、寒気が襲ってきた。この世界の為政者は、住民に飢餓を与えるような行為をしているのか!
 ならば、自分の身を守る術は充分に講じておく必要がある。
 太陽の傾きから、日没までは二時間くらいありそうだ。もっと、よく観察する必要がある。
 東から二〇人ほどの一団がやってきた。豪奢な四頭立ての馬車が一両、荷馬車が二両、騎兵が一八騎。
 彼らは、この村に停まらず通過した。街道は西のほうが上り勾配になっている。
 日没まで二時間。夜間の移動は困難をともなうから、馬車で二時間で行ける距離に、街か館か何かがあるということだ。
 一団は西に進んで坂を上りきり、下りに入ったようで視界から消えた。

 三〇分ほどすると、荷台が檻になっている馬車がやってきた。馬車には五人が乗せられている。全員、清潔な身なりの白い服を着た若い女性のようだ。
 ただ、手錠されている。足も拘束されているようだ。鎖は重そうなもので、何とも痛ましい光景だ。
 確証はないが、犯罪者ではないように感じた。
 その馬車も街道を西に向かった。

 その後は、大きな変化はなく、日没が近付くにつれて、人通りが少なくなっていく。日没、三〇分前には人の姿は見えなくなった。

 夢中で双眼鏡をのぞいていたが、ふと気付くと誰かに見られているような気がした。
 トミーガンの安全装置を外し、そっと後ろを振り返る。
 最初は、茶色の大型犬だと思った。ジッとこちらを見ている。攻撃する様子はなく、威嚇する仕草も見せない。ただ、ジッと見ている。距離は五メートルほどと、超至近。
 こちらが気付いたことが分かると、腰を落して座り、大きなあくびをした。
 西日がその動物の顔を照らし、表情がよく分かる。
 イヌではない。顔立ちはネコだ。茶色の毛並み、筋肉質な身体、大きな眼、立った耳、耳の先には長い房毛がある。カラカルというネコ科動物の名が浮かんだ。
 危害を加える様子はないのだから、殺生はしたくない。ゆっくりと立ち上がろうとすると、カラカルは警戒したのか少し距離をとった。
 装甲車はカラカルの先にある。結果として、カラカルらしき動物に近付いていくと、寄ってきた。
 足に絡みつく様子はネコにそっくりで、ただ身体の大きさはドーベルマン並みというアンバランスさが奇妙だ。
 危害を加えるそぶりが全くなく、しかも人懐っこい。頭を撫でてやると、嫌がらなかった。
 装甲車に向かって歩いていくと、右手を噛んできた。驚いて手を引こうとしたが、甘噛みで、じゃれているだけだ。
 結局、装甲車まで付いてきて、乗り込もうとドアを開けると、サッと隙を見て、自分から運転台に飛び乗った。
 降ろそうとするが、助手席まで逃げていき、抵抗する。
 何となく、縁を感じた。ここ数日、誰とも話さず、無言でいたが、この動物と出会ってからは、よくしゃべっている。不安と孤独が、一瞬だが和らいだような気がした。
 危険がないなら、一緒もいいかと、その動物を乗せたまま日没を装甲車の車内で待った。

 十分に日が暮れてから、エンジンを始動した。直列六気筒のガソリンエンジンは、小気味いい振動を運転席に伝える。
 エンジンを始動すると、例の動物は少し怯えたようだったが、ヘッドライトを点灯して走り出すと、前足をダッシュボードに乗せて、フロントガラスをのぞき込むようにして、ドライブを楽しんでいるように見えた。
 ヘッドライトは古風なシールドビームで、明るくなく、日没後の運転には神経を使う。

 稜線をたどって、丘陵地帯を抜けるまで、一時間ほどかかった。丘陵地帯の西端を回り込むように、川の方向に向かい。二〇分ほどで、丘陵地帯西端と岩山の間の回廊に入る。路外走行だが、地面は平坦で固く走りやすかった。
 川に近付くにつれて、草の丈が増していき、前方視界をさえぎるほどになってくる。
 地面はすこしぬかるんでいるようだったが平坦で、視界不良のまま前進を強行して、草原を突っ切った。
 視界が開けると、一〇〇メートルほど先に草丈二メートルほどの草原が広がっている。川の流れの音は聞こえない。
 草原と草原の間は、乾燥しているようで、砂地であることが走行音からもわかる。装甲車の後部履帯は、砂に沈むこともなく、確実に前進している。

 稜線から見た深いヒダの入り口は、夜間ということもあり、発見できなかった。
 クルマを降りて徒歩で探そうと、ドアを開けると、例の動物が我先に飛び降りた。昼間出会ったときと異なり、周囲を警戒しているようで、今まで見せていた陽気な面ではなく、野生の力強さのようなものを垣間見せる。
 ヘッドライトに照らされたヒダはいくつかあり、その一本一本を丹念に調べた。
 奥行きが深いものがあり、幅が車幅よりも広そうなので、装甲車を頭から突っ込み、朝を待つことにした。
 このとき、例の動物の姿は見えなくなっていた。

 太陽が昇る直前、ボンネットの上に飛び乗る動物の気配に驚いて、飛び起きた。
 例の動物だ。フロントガラスを隔てて、尻尾を振りながらのぞきこんでいる。イヌみたいなネコだ。
 車外に出ると、じゃれついてきた。イヌとは違い無言なのだが、仕草はイヌだ。頭を撫でてやると落ち着いた。口の周りに血が付いており、夜のうちに狩りをしたようだ。
 まだ、太陽は昇り始めたばかりで、周囲は薄暗い。
 昨夜、装甲車をヒダに入れた際は、車体長とトレーラーの長さ程度侵入したつもりだったが、その数倍は進んでいた。後退すれば、簡単に出られるが、前方はゆるい右カーブになっていて、行き止まりまでは見えない。
 規模は小さいが、まるでヨルダンのペトラ遺跡のシークという両側が断崖の回廊のようだ。
 トミーガンの安全装置を外して、徒歩でゆっくりと進んだ。例の動物は、後ろから数メートル離れて付いてくる。
 カーブを曲がり、前方の視界が開けると、テニスコート三面ほどの広さがある空間に出た。
 周囲は断崖で、北側は岩棚がオーバーハングしており、東西は切り立っている。南側は両手両足を使えば登れそうな勾配だ。
 シークからは出ず、様子をうかがった。
 視線は北側の断崖に向いていた。オーバーハングした岩棚の下の空間に、石を組み上げた家がある。木板の窓が二つあり、暖炉かかまどの煙突もある。六畳間二部屋分の広さがありそうだ。
 窓は二つとも閉まっており、煙突から煙は出ていない。
 その家の西隣に洞窟がある。家の西側横には壊れた大きな木桶があり、そのほかにも箍(たが)が外れた木桶が二個転がっている。
 割れた大きな壷もある。壷は人が入れそうなくらいの大きさで、形は弥生時代の甕棺(かめかん)に似ている。ただ、素焼きではなく、上薬がかけられている。葬具ではなく、生活用品なのだろう。
 人が住んでいる様子ではない。だが、最近まで人が住んでいた感じはする。放棄されてから、数カ月程度のように思えた。
 小走りに家に近付き、窓の木板を持ち上げて内部の様子をうかがった。内部は一部屋だけで、隅にかまどがある。室内には砂が入り込んで荒れている。

 西隣の洞窟をのぞくと、奥行きは一五メートルほど。外光がよく入り、不審なものはない。大きな木桶と壷の中には、砂が溜まっていた。
 例の動物が気になって振り返ると、すっかりリラックスしており、毛づくろいをしていた。
 装甲車に戻ろうとすると、動物は当然のように付いてきて、ドアを開けると我先に乗り込み、自分の定位置とばかりに助手席に座った。
 砂は深かったが、装甲車の履帯は沈むことなく快調に進んだ。

 洞窟の前に装甲車を停め、天地左右とも充分な余裕があるので、この洞窟の中に車体をバッグで入れる。
 装甲車から降り、洞窟内を調べると、岩壁から水が染み出ており、水道の蛇口を半開した程度の水量がある。
 その水は洞窟の奥に向かって流れていき、地下に消えていく。
 少しは気になったが、喉が渇いていたので、手ですくって飲んだ。少し待てば手のひらいっぱいになるし、冷たくて、冷たくて、寒露だ。
 生き返った。
 例の動物は、オーバーハングの一角を気に入ったらしく、身を伏せて眠り始めた。

 戦闘口糧のフルーツバーを食べた後、現在ある物資の総点検を始める。
 まず、金貨が二六キロ。これは普遍的価値があるはず。そう願いたい。
 スーツケースには、下着と靴下、黒のビジネスコート、ワイシャツが三着、寝巻き代わりのジャージのズボンとTシャツが二枚、セーターやジャケットなどその他防寒着各種、洗面道具一式、簡単な救急セット、ノートパソコン一式、七インチのタブレットPC、ノートパソコンを包んでいた緩衝材代わりのバスタオル、大きめのハンドタオルが二枚、その他諸々。
 ビジネスバッグの中身は、おきまりのメモ帳、財布、JR東のスイカ、名刺入れ、会社と自宅の鍵、文庫本と雑誌各一冊、駅前でもらったティッシュが複数、ハンドタオルは一枚、ケータイ用の予備電池が二個、三色ボールペンなど筆記具一式。ビールが二缶とビタミン炭酸飲料一本。ギフトのタオルセットが入った紙箱など。
 取り立てて、役に立ちそうなものはない。
 トレーラーを本格的に調べ始めた。木箱は全部で二四個。うち、銃器が入っている箱は三つ。
 この三箱を改めてよく調べる。
 拳銃の入っていた木箱には銃剣が一二本あり、二振が旧式M1905E1で、四振がM1カービン用のM4、六振が新型のM1だ。使い込んだものと、新品同様がある。
 それは銃も同じで、M1ガーランド二挺とM1カービン一挺はかなり使い込まれているが、他は新品同様だ。
 この銃の部隊は、三人の古参兵と九人の新兵だったのだろうか。それを詮索しても無意味だが……。
 残りのうち二〇箱はすべて弾薬のようで、ただ梱包方法は正規とは違うらしい。すべてを調べたわけではないが、金属箱に弾薬が入れられ、その金属箱二〇を一つの木箱に入れている。金属箱自体が相当に重く、木箱を動かすことは都会のサラリーマンには困難だ。腰を痛めるのが怖くて、金属箱を取り出してから、木箱を移動し、そこに金属箱を戻すという作業を続けた。調べたのは四列上部二段の八箱だけで、他はとても完遂できるような重量ではなかった。
 八箱のうち拳銃の入っていた木箱にマークⅡ手榴弾が入っている。四八発ある。別の木箱には、ライフルグレネードの擲弾が各四〇発入っている。M7小銃擲弾発射機は二個。
 残りのうち木箱二つは、すべて小銃弾と拳銃弾で、M1ガーランド用が圧倒的に多いが、同じ弾薬のBARの弾倉は銃と一緒にあった一つしかなく、その弾倉は空だった。
 BARは、M1918の型番を持つ軽機関銃だ。銃口部の二脚と二〇発入り箱型弾倉により連射を行う、分隊支援火器に位置づけられる兵器だ。
 このBARはキャリングハンドルが付いた後期型の新品で、傷一つない。
 M1カービンの弾倉は合計一二個で、うち一つが三〇発弾倉、残りが一五発弾倉。弾倉は少ないが、弾薬は紙箱に入ったものが大量にあり、弾込めさえすれば使える。
 木箱のガバメントの弾倉は計六個で、弾薬は金属箱2箱分を見つけた。

 木箱の残り一つは、意外な荷物だった。
 八九式重擲弾筒二門とその榴弾が詰め込まれている。擲弾筒は日本軍の分隊支援火器で、口径五〇ミリの軽迫撃砲だ。重量は五キロ以下、最大射程六〇〇メートル以上、手榴弾の二倍の威力の砲弾を連続発射できる。軽便・高威力の優秀な武器だ。榴弾は一六〇発もある。
 しかも、その使い方を解説した英文の取扱説明書が木箱の蓋に貼り付けてあった。タイトルは「How to use a knee motor」とあり、膝撃ち迫撃砲の使い方とあるが、最初に「膝に当てて使用してはいけない」という注意書きとイラストがあり、それに続けて正しい使用法が解説されている。
 確かに湾曲した台座の形は、膝にぴったりだ。

 どこの国の軍隊でも、敵が使用する優秀な兵器を鹵獲すると、兵隊はそれを使うようになる。この擲弾筒もそういったものなのだろうか?
 
 これだけの確認をするだけで、太陽が真上にくるまでかかり、かなりの疲労を感じた。

 M1ガーランド一挺と、予備弾薬を携行するためのバンダリアを一個取り出した。バンダリアには八発をまとめたクリップが六個、計四八発が入れられる。
 トミーガンの弾薬が少ないので、通常はM1ガーランドを使うことにした。

 昼飯に肉の缶詰を食べ、午後は装甲車の荷台を調べる。

 ホワイトM3ハーフトラックは第二次世界大戦において、アメリカ軍が使用した装甲兵員輸送車だ。自衛隊の区分では装甲車だ。
 だが、装甲は厚くはなく、小銃弾に耐えられる程度の防御性能しかない。上面は開放されていて、手榴弾を投げ込まれたら、簡単に破壊されてしまう。
 兵員一〇名と運転席側に三名が横並びで座れる。
 通常は、M2一二・七ミリ機関銃一挺とM1919七・六二ミリ機関銃二挺を装備しているが、このクルマにはない。
 車外装備の斧とスコップは標準どおりある。また、予備の燃料携行缶も計七個あり、その点は心強い。

 装甲車の兵員室には向かい合わせで、左右五名ずつの座席がある。兵員室前部の装甲と座席の間が燃料タンクになっていて、兵員室後部の装甲と座席の間には隙間がある。ここには小銃用ラックがあるが、押し込もうと思えば何でも入れられる。
 この隙間をのぞくと、毛布に包まれた長尺の物体が押し込んである。
 毛布は細いロープで縛られていて、それを解くと、M1903A1小銃、日本軍の軍刀、刃渡り四〇センチくらいの銃剣が出てきた。
 この銃剣は最初、日本軍の三〇年式銃剣だと思ったが、同梱されていたM1903A1小銃に装着できたのでM1905銃剣だとわかった。
 軍刀は錆がなく、刃こぼれもひどくはない。日本刀ではなく、大量生産された工業刀のようだ。
 おそらく、このクルマの持ち主の私的な戦利品なのだろう。M1903と銃剣、それとグローブボックスのM1917リボルバーも戦利品なのだと思う。
 どこの軍隊でも戦場で得た鹵獲兵器を使う。日本軍も同じで、アメリカ軍の兵器を個人的に使用したり、組織的に再配備していた。
 この銃はそういったものなのかもしれない。日本軍がアメリカ軍から鹵獲し、フィリピンあたりで元の持ち主であるアメリカ軍に再鹵獲された。そんな経緯だろうか。
 詮索しても仕方のないことだが……。
 この軍刀とM1903は使うことにした。また、M4銃剣も手ごろなナイフとして使うことにした。
 M1903小銃と軍刀は、小銃ラックに入れた。

 清潔ではない毛布が計六枚ある。洗えば使えそうだが、洗剤をどうするか。それと、このクルマの持ち主の所有物らしい頭からかぶる四角い雨具、ポンチョがあった。

 トレーラーの積荷を三分の一だが確認し、再度積みなおし、装甲車の兵員室を探索しただけで、まる一日を要してしまった。
 まる一日かかったとはいっても、すべてを掌握できたわけではない。

 火をおこすべきか迷っていた。
  火をおこせば、暖かいインスタントコーヒーが飲める。水筒とペットボトルに水を汲んだし、岩家には鉄鍋があったので、お湯は沸かせる。
 しかし、木を燃やせば、煙が出る。そうすれば、ここに誰かがいることが村人に知れる。
 それは、危険かもしれない。人がいることを悟られれば、人を呼ぶ。善人ならいいが、悪人ならば殺されることもある。運がよければ人を殺し、運が悪ければ人に殺される。
 この世界は、そんな匂いがする。

 日没間近、薪は集めたが火はおこさなかった。また缶詰を食べ、例の動物にビスケットをあげた。少し躊躇っていたが、ボリボリと音を立てて美味そうに食べていた。
 戦闘口糧にはタバコが漏れなく付いているが、二〇世紀中頃の健康観念が分かって面白い。タバコは捨てずにとっておいた。ニコチンが抽出できるので、使い道があるかもしれない。ニコチンの毒性は、青酸カリの数倍も強いのだ。
 日没後は車内にこもって、朝を待った。フロントの装甲板を下げ、万一の状況に備えるが、この夜は後部座席に横になって寝た。毛布は使わず、ポンチョを掛け布団の代わりにした。
 例の動物は、狩りに行ったようだ。

 翌朝、日の出前、例の動物がボンネットを上ったり降りたりして、目覚めを促す。
 昨夜はよく眠ることができた。不思議と生きている気がする。生きることへの執着もある。

 洗剤になりそうなものを探す。トラベルセットの中に二二〇ミリリットルのリンスインシャンプーが一本入っている。同容量のボディソープもある。あと石鹸が二個。
 シャンプーとボディソープはもったいないと思った。石鹸は材料さえあれば作れるから、使いかけを削って粉石鹸にすることにした。
 着続けている下着を洗いたいし、毛布六枚を使えるようにしたい。そのためには、壊れている木桶を直したい。

 例の動物は、相変わらず離れる様子はない。夜は離れるが、朝になれば戻ってくる。
 名前を付けることにした。子どもの頃飼っていたイヌの名、ロロをもらった。

 この日の夕方、草地に行き、枯れ草と薪を拾ってくる。日暮れ前、戦闘口糧付属のマッチを使って薪を燃やした。獣の咆哮が聞こえ始める時間まで、車外にいた。

 翌朝、ロロの「おはよう」以前に起きて、ビスケットを二枚食べ、あれこれと準備を始める。
 まず、金貨を五枚取り出し、ポケットに入れた。他の金貨は、袋ごと装甲と兵員室座席の間に隠した。
 ピストルベルトにガバメントのホルスターと弾倉ポーチ、そして銃剣を付けて腰に巻いた。ホルスターは左足の前、銃剣は右腰に付けた。
 ジーンズの右ポケットに金貨を五枚入れる。
その上からポンチョを被り、ホルスターを隠す。
 今日は、村に行ってみるつもりだ。

 夜は明けていたが、まだ肌寒くポンチョの温もりは心地いい。まだ、村に行くには早すぎる時間だ。

 兵員室の左側ベンチに座って、あれこれと考えていた。どうすれば、この世界の人間と無理なく接触できるのか。軍刀を持っていくほうがいいのか、それでは威嚇になるのか。
 貧乏揺すりのように、右足の踵で床を叩いた。すると、ベンチがバタつくように感じた。立ち上がり、ベンチを持ち上げるようにすると、座面が蓋になっており、その下は物入れだ。
 シートで巻かれた長い物体があり、シートを解くと、ルイス軽機関銃本体が出てきた。
 ルイス軽機の車体前方寄りに使い込んだミュゼットバッグがあり、その中にはルイス軽機用の四七発用円盤弾倉が四つ入っていた。送弾用の器具も一通り揃っているようだ。弾倉に弾は入っていない。

 ルイス軽機は、イギリス、アメリカ、日本海軍が使用していた。日本海軍とイギリスは、同一の七・七ミリ弾を使用したが、アメリカは七・六二ミリ弾を使う。このルイス軽機は、外見からはどこの国のものかはわからない。
 とりあえず、ルイス軽機を座席下の物入れに戻し、反対側の座席下物入れを物色した。
 ダイナモ、プラグ、ファンベルト、ディストリビューター、キャブレターなど、整備用部品一式が木製の小箱に丁寧に小分けされてぎっしりと詰まっている。修理用工具箱もある。
 これだけあれば、少々の故障でも修理できる。トレーラーのスペアタイヤと予備履帯と合わせて考えると、この装甲車のドライバーはかなり用心深い人間なのだろう。
 このクルマは、もう少し徹底して調べる必要がありそうだ。

 すでに太陽は頭上高くにある。洞窟の前で、コーヒーを飲むために湯を沸かすことにした。

 この世界で、初めて火を燃やす。煙が立ち昇り、自分の存在を他者に教える。異常なほどの緊張感がある。
 木切れを少々拾い、サッカーボールほどの大きさの石を集めて炉を造り、その中に食べ終わった戦闘口糧の空箱を入れた。戦闘口糧は二重箱になっていて、内箱は蝋で防水されている。そして、この蝋引き箱は着火剤の代わりになる。
 空箱は戦闘口糧付属のマッチで火をつけた。タバコを吸わないので、ライターの類は持っていなかった。
 木切れを入れ、何とか火勢が強くなる。石小屋の中にあった少々大きめの鍋で、少しばかりの湯を沸かす。
 湯が沸く間に、缶詰を開けて食べた。缶はコンビーフ缶を開けるような方式で、缶切りは不要になっていた。中身はハムエッグだったが、旨くはない。
 その空缶をハンカチを使って水で洗い、その中に戦闘口糧付属のインスタントコーヒーの粉末を入れる。
 ちょうど湯が沸いたので、コーヒーを入れ、熱くてもてない空缶を濡れたハンカチの上に置き、それを手のひらに置いて、ゆっくりと味わった。
 ちょっとコーヒーとは違う味のように感じた。コーヒーだと思えば不味い。
 煙は景気よく立ち上り、おそらく数キロ先からでも見えるだろう。

 理解しているはずはないが、ロロに「村に行く。留守番を頼む」と言うと、装甲車のボンネットの上に飛び乗り、腰掛けた。
「わかった」と言われたように感じた。

 かなり逡巡したが、軍刀は持って行くことにした。威嚇するつもりはないが、こけ脅しにはなる。

 ポンチョを羽織り、黒のキャップを被って、左手に軍刀を持った格好で、岩山を出た。
 ちょうど、川岸まで来ると、直近で汽笛が聞こえた。自分の視線より上の街道を、農業トラクターのようなスタイルの車輌が、荷車のような四輪貨車を三両牽引して東からやってくる。小型の蒸気機関車を四輪車にしたようなスタイルでもあり、超ロングノーズの農業トラクターのようでもある。小さな煙突からは煙は出ていない。
 正直なところ、かなり驚いた。中世ヨーロッパのような世界を想像していたが、意外と文明が発達しているのかもしれない。
 対岸から唖然としてみていると、ドライバーがこちらを認め、誇らしそうに頷いた。
 とりあえず、村に行かなくては、何もわからない。

 街道の道幅は意外と広く、五メートル以上はありそうだ。舗装はないが、深く轍が掘られているようにはなっていない。きちんと整備されているようだ。
 村の入口付近の家々は、バラックと呼んでいいかもしれない。貧しさを感じる造りだ。すでに働きに出ているようで、子どもを何人か見かけただけだった。
 村の中心部に向かうにしたがって、街道両脇の家々は立派な造りになっていき、人通りも多くなった。
 村の中央南側はこじんまりとした広場になっていて、正面にはキリスト教の聖堂とイスラム教のモスクが合体したような建物がある。石造りだが、田舎の教会程度の大きさだ。

 広場には店が立ち並び、食料品や雑貨が売られている。日曜日の渋谷の駅前ほどではないが、それなりに人は集まっている。
 ただ、この村の住人ではなく、旅人のようだ。服のデザインはまちまちで、自分の奇妙な格好でも人目を引くことはなさそうだ。
 聖堂のような建物は、やはり宗教に関係があるようで、僧侶のように見える宗教的な合理性のないきらびやかな服を着た一団が入っていった。
 その聖堂の両隣は売春宿みたいだ。建物の感じが、どこか吉原のソープ街にありそうな佇まいだ。あくまでも雰囲気が、だが。
 頭の中に、聖と性の二文字が浮かんだ。若くて綺麗なお嬢さんが、客を送り出している。行ってみたい気もしたが、コンドームを装甲車に置いてきたのでやめた。
 瓜かメロンのような外見の果物らしきものを売っている店がある。
 近付くと試食をしろというのか、ナイフで少し切って手渡そうとする。食べると旨い。金貨を出すと、驚いた様子で手を左右に振り、一軒の建物を指差す。
 そこに行くと、旅人らしい一〇人ほどが並んでおり、小さな窓越しに何かをしている。パチンコのライターの石の交換にそっくりだ。すぐに両替だとわかった。
 自分の順番が来て金貨を一枚出すと、何人かで何やら調べており、やがて重さを量り、メイプルリーフ金貨と同じくらいの大きさの銀貨を一四枚見せ、二枚を除いて一二枚をくれた。銀貨二枚は両替手数料だと思った。これが、この世界のレートなのだろう。
 両替で不満やら揉め事は見なかったので、公正な交換だったようだ。

 先ほどの果物屋に戻り、銀貨を渡すと、大喜びで網籠のような手提げに五個入れてくれた。どうやら、ボラれたようだ。

 包丁や鋏を探したが見当たらず、街道を村の西端まで歩いてみた。村の中心を外れると、やはり貧しさを感じさせる光景がそこかしこに見られた。
 特に街道よりも南側は、農家らしき建物が点在しているが、もの悲しさが漂っている。単なる貧しさとは異なる何かを感じた。
 西端の街道左右には鍛冶場が並んでおり、剣や盾などの武具、フリントロックらしい銃、農具や生活刃物などを作っている。
 一番西側の鍛冶場では、鎌や包丁などの刃物を作っている。小型の果物ナイフに似た刃物を見つけ、それを指差し、銀貨を一枚見せた。手を左右に振るので、もう一枚見せた。さらに強く振るので、もう一枚見せると、困ったような様子になる。どうも「売れない」といっているようだ。
 鍛冶屋は二〇歳くらいのようだったが、顔に疲労を見せていて、老人のようでもあった。
 その鍛冶屋は、粗末な造りの刃物を見せ、網の中の果物を指差し、指を三本立てた。この果物三個と粗末な包丁を交換しようということなのか。
 果物を三個渡すと、笑って包丁を渡してくれた。その瞬間は、子どものような笑顔だった。
 なぜ売れないのかはわからなかったが、それでもコミュニケーションは何とかなった。

 村の偵察は終え、急いで岩山への帰路についた。川を渡る際、何人かの村人に見られた。
      
 岩山に戻ると、ロロはクルマの前で寝ていた。まだ、一二時を過ぎていないはずだが、雲が厚くなってきたのか少し薄暗い。
 村に行った成果は多かった。通貨は金本位制らしいこと、動力車輌があること、いろいろな習俗の人々が往来していること、そして何より食べ物の入手ができることが大きい。
 買ってきた果物を、果物と交換した包丁で切っていると、ロロが起き上がり欲しがった。
八分の一を切り分けて口に近づけると、喜んで食べる。
 結局、ロロが一個を食べ、もう一個は自分の昼食になった。

 今後の生活を考えた。石小屋は快適そうだが、もし襲われた場合、装甲車と分断される。夜は装甲車の中で寝たほうがいい。
 だが運転席では、疲れがたまる。兵員室で、身体を伸ばして眠れるようにしよう。

 石小屋の前に、スノコ状の木組みが放置されている。広さは一〇畳近くあり、これを洞窟の左隣に移動すれば、水場が作れ、いささか痒くなってきている身体を洗うことができる。
 まずは、装甲車のほうから取りかかった。この装甲車は、一二・七ミリ機関銃用のリングマウントがない。運転席中央の座席を撤去すれば、運転席と荷台の間をさえぎるものがなくなり、車内での移動がしやすくなる。
 まず、その改造から始めることにした。

 装甲車のエンジンを始動し、洞窟から出した。エンジンが温まるまでアイドリングさせてから、イグニッションをオフにした。ガソリンは大事だ。いまや、ガソリンの一滴は血の一滴かもしれない。
 装甲車の後部兵員室外装には対人地雷ラックが装備されているが、車体側面の雑具ラックはない。しかし、後部ドア左右の起倒式ラックはある。
 車体最前部はウインチではなく、超壕用ローラー装備だ。
 トレーラーは、正規のものなのかはわからない。アメリカ製ではなく、日本製のような気がする。シャーシにチョークで漢字らしい一文字が書かれていた。
 トレーラーの荷台は完全な金属箱で、横二・五メートル、幅二・二メートル、高さ一・三メートルの大きさがある。天井も鉄板で、鉄の厚さは左右とドアを含む後部が四ミリ、天井と前部が三ミリくらい。長さと厚さは、取材の必需品となっていて、常時ビジネスバッグに入れている一〇〇均の金属製巻尺で測った。
 後部ドアの上半分は外側可倒式で開け閉めでき、前部外板にも横三〇センチ、高さ二〇センチの鉄格子付き小窓がある。
 外板は圧延鋼板の溶接で、完全なモノコック構造だ。二〇世紀中頃風の作りではなく、現代的な造作だ。

 首都高速では、このトレーラーに激しく衝突したのだが、どうもこのトレーラーの下に潜り込んだらしく、トレーラーの下側に自分が乗っていたレンタカーの塗料が大量にこびりついている。
 トレーラー自体は結果として、かすり傷程度だった。トレーラーのタイヤは、装甲車のタイヤと同径で、いざとなれば交換部品にできそうだ。

 朝方見つけた後部兵員室座席下の標準装備外の工具箱を引っ張り出した。
 使い込まれた整備工具が揃っている。
 助手席側から中央の座席の下を覗き込み、固定しているボルトの類を探した。あちこち触ってると、中央座席の背もたれがパタリと倒れた。「あっ、これでいいか」と独り言をして、座席の取り外しは中止した。
 天蓋シートのかかった兵員室は一・五メートルほどの高さしかなく、屈まないと作業ができない。シートを外すことを考えたが、一人で張ることができるのかがわからず、そのやりにくいままで作業を続けた。
 ルイス軽機を包んでいたシートを広げてみると、長さ三メートル、幅二メートルくらいある。
 ルイス軽機の処遇に困ったが、とりあえずシートにくるんで、元に戻した。
 長尺のロープがまったく積まれていないので、何をするにも村での買出しの最重要品目だ。

 床に小さなドアノブのようなものがあり、それを引くと床下にも収納スペースがあった。収納スペースは、兵員室前方と中央の二カ所にあり、前方には弾薬箱が二つ、中央には赤十字が描かれた救急鞄が入っていた。救急鞄はミュゼットバッグタイプで、モルヒネのアンプルなどが入っていて、衛生兵用のキットのようだ。
 前方の弾薬箱には、一つには紙箱に入った四五ACP弾がぎっしりと入っていて、もう一つはウエスに包まれた小型自動拳銃一挺と、その弾倉三個と紙箱入り弾薬が入っている。
 トミーガンの弾薬の少なさが、気になっていたが、これで解消した。
 小型自動拳銃はFNブローニングM1910で、おそらくこれも戦利品なのだろう。
 日本陸軍の将校は、M1910を好んで自弁したそうだ。拳銃の弾倉には弾は入っておらず、拳銃に装填されていた弾倉と予備の弾倉三つの塗装の色がまったく違う。おそらく、この弾倉と弾薬は、このクルマの持ち主が用意したものなのだろう。
 燃料の入っている車体側面の五ガロン缶五個は、トレーラーに移した。

 これで、装甲車内の探索は完全に終わった。装甲車を洞窟内に引き込んだ。
 作業の間、ロロは助手席に座りっぱなしだった。この動物は、クルマが好きなのだろうか。不思議な奴だ。
 すでに夕暮れが近付いている。
 明日、ロープを買いに村に行こう。

 夜明け少し前に起床した。昨夜は寒く、眠りが浅い。だが、体調は悪くない。
 今日は午前中に毛布を洗濯し、午後にロープを買いに行くつもりだ。村に行く時間をずらしたのは、村人に行動パターンをつかまれないためと、村の様子が時間によって変化するのかを探るためだった。
 もちろん、洗濯物を干すのだから、洗濯は午前中のほうがいい。これは、独身サラリーマンの心得でもある。そうすれば、午後は遊べる。
 洗濯の前に、大きなスノコ状の木枠を洞窟の左側、洞窟と石小屋の間に移動したかった。
 装甲車のフロントバンパーには左右にフックがあり、そのフックに巻くようにして牽引用のワイヤーが取り付けられている。
 トレーラーの牽引を解き、装甲車を洞窟から出して、ワイヤーを外しフロントのフックと木枠とをつないで、バックでの牽引移動を試みたかった。
  トレーラーは実によくできていて、ボディは鋼板モノコックで強靭。牽引部には折りたたみ式の鋼製車輪付き前脚があり、この前脚には手動のオイルジャッキが付いていて、三〇センチほど脚柱をリフトできる。牽引の接続/解除に非常に便利だ。
 この装備を使って、トレーラーを洞窟に残したまま、牽引を解いて装甲車を動かした。

 装甲車の後部乗降ドアを開けて、後ろが見えるようにしたが、実に後進のしにくいクルマだ。
 スノコは、ベストポジションではないが、おおよそ希望の位置には移動できた。
 装甲車を洞窟に戻し、あとは人力で頑張るのみ。

 胴部分の材の一部が外れていた大きな木樽は、標準外の工具箱に入っていたハンマーを使って修理し、転がせる強度がありそうなことを確認して、スノコまで移動した。
 スノコに載せるのは意外と簡単で、木樽自体がカラカラに乾燥していて、見かけほどの重量はなかった。
 木樽を洞窟入口左側に置き、洞窟の水が染み出ている部分に、壊れていた樋を修理し、木樽まで水流を導いた。
 流量は少なく、深さ一三〇センチ、直径九〇センチはある木樽にたまるには一時間はかかかりそうだ。
 それよりも、木樽から盛大に水漏れがしていて、水入れになるかどうか、ちょっと心配だ。
 しばらくすると木樽が水を含み、膨張したようで、水漏れが止まってくる。
 次は、もう一つの木桶のほうだ。直径一五〇センチ、深さ五〇センチほど。箍が外れていて、バラバラになっている。箍は鉄製で、組み上げれば頑丈そうだ。底板は三枚ほどの木板を集成している。
 まず、底板から調べてみる。三枚に分裂した。底板の一つに直径一〇センチほどの穴が開いている。
 桶や樽の作り方はまったく知らないが、どうやって組み立てればいいのか考えた。とりあえず、鉄製の箍の周囲に胴の部分の板材を配置することにした。ジグソーパズルのようなもので、何となく並べていくうちに、組み上がっていく。
 箍だけを少し持ち上げて、締め付けをきつくし、底板を取り付けてみた。グラグラだが、桶の形にはなっている。
 もう一回、箍を持ち上げて、桶全体を締め付け、構造強度を高める。
 用心深く天地を逆にし、あとは箍に木片を当ててハンマーで叩いて、締め付けを強めた。
 スノコの上に載せ、水を掛けて表面を洗い流し、底板の穴を塞げそうな材料を探した。
 石小屋の軒下に、この木桶の木栓らしい木切れがあり、当ててみるとピッタリだ。
 軽くねじ込んで、栓をした。
 その頃には、木樽からは水が溢れ出しており、鉄鍋で水を汲み、木桶に移す作業を続けた。
 石鹸を銃剣で削り、それを木桶に入れて溶かした。泡が立つくらいにして、汚れの目立たない毛布から洗うことにする。
 足で踏んで洗うと、泥水のようになり、一枚洗うごとに水を変えなくてはならなかった。濯ぎもたいへんだ。ただ、底板の栓は便利で、水抜きだけは速かった。
 岩山の外に出て枯れ木を拾い、それを使って洗濯干し場を作り、毛布二枚を干した。
 たった二枚で達成感満杯になり、完全にやる気がそげる。洗濯機のない洗濯が、これほどたいへんとは思わなかった。
 風はなく、天気がいい。毛布からは水が滴っているが、夕方には渇くかもしれない。

 朝食を食べずに作業をしていたが、今日はまだロロの姿を見ていない。
 太陽が真上にある。そろそろ正午のはずだ。
 ロロのことを気遣っていると、岩山の南側頂上にいて、こちらを見ている。互いの眼が合うと、ロロは長くて太い尻尾を振りながら、駆け寄ってくる。まるで、イヌだ。
 ひとしきりじゃれ付いて満足すると、洞窟の装甲車のボンネットの上に座る。
 湯を沸かし、戦闘口糧のコーヒーを飲み、フルーツバーを食べ、缶詰を開けた。ポークのランチョンミートだ。

 今日の装備は迷った。買出し荷物が多くなるので、刀は置いていきたかったが、昨日の様子では、ほとんどの旅人は帯剣しているようだ。刀剣自体が、武器以外の何かを意味するのかもしれない。
 銃を持ち歩いているものは見なかったが、銃が作られているのだから、それは偶然だった可能性が高い。
 それと、かなり迷った装備がある。コンドームだ。もう、かなりヤッてない気がする。だが、長い時間、この場所を不在にするわけにもいかない。
 結局、物資を失う恐怖が勝った。性欲とわずかばかりの倫理観は、どちらも負けてしまった。

 昨日と同じ格好で、村に向かった。今日は、ポンチョでは暑い。
 村の中心部の広場に行くと、昨日の果物売りのおばさんが、手招きをする。近付いて、ロープの手描きの絵を見せると、指を刺して方向を教えてくれる。そちらの方向に行ってみる。
 軽自動車が通れるくらいの通りがあり、その両側にいろいろな商品が売られている。
 商店街というよりは、秋葉原のガード下、電子部品のパーツ屋街みたいな感じだ。道の両脇に、あらゆる旅の道具が売られている。
 太さ五ミリのロープを探していると、ちょうどいい物を見つけた。ロープ専門店らしく、材質、太さ、長さが豊富といった店だ。
 特に丈夫かはわからないが、比較的やわらかいロープを一巻き買った。二〇メートルはありそうだ。銀貨一枚を出すと、オマケなのか三つ編みの綺麗な紐をくれた。また、ボラれたのかもしれない。
 この商店街に食料品店はなく、旅の道具や武具が多い。刀剣や盾だけでなく、銃やガンベルトらしいものを売っている店もある。
 ロープを担いで商店街から広場に出ると、ちょうどその反対側にも通りがある。そちらのほうが賑わっており、興味半分で行ってみた。
 広場側が食料品の商店、奥が飲食店街のようだ。奥まで行ってみたが、飲食店の客引きがすごく、店の中に引きずり込まれそうになったが、なんとか逃げ延びて、食料品店街まで戻る。
 豆や野菜は、まったく見たことのないものばかりで、どうやって食べればいいかわからない。
 結局、豚肉らしい肉塊とナツメらしいドライフルーツ、そして塩を少々買った。豚肉を買ったお釣りは銅銭で、その銅銭で塩を調達し、残りでナツメをコンビニの一番小さい袋にいっぱいぐらい買えた。豚肉は四キロはありそうだ。
 広場に出ると、あのおばさんに捕まり、売りつけられそうになったが、「また来るから」と日本語で言って、その場を逃れた。言葉はわからなくても、何かを言ったほうがいいようだ。
 そういえば、ペルーに行ったときもそうだった。スペイン語はまったくわからないが、それでも日本語と英語とグラシアスだけで何とかなった。
 この世界の「ありがとう」と「いくらですか」と「値引きしてください」を早く覚えなければ。商社マンの友人が言っていた。商社の英語なんて、How muchとPlease price downさえ知っていればなんとかなる、と。そうは思わないが、それは基本かもしれない。

 装甲車に帰るとロロは洞窟にいない。周囲を見渡すと、また南側の岩山頂上にいる。そして、尾を振り振り降りてくる。
 重い荷を降ろし、ロロの頭を撫でてやった。ナツメをやると、喜んで食べる。
 まず、肉塊の処理に取りかかった。帰り道、この肉はベーコンにすることに決めていた。時間をかけて燻製にすれば、日持ちがするはずだ。
 まな板になりそうな木を探し、その上に載せて、八つに切り分け、水でよく洗ってから、買ってきた塩をすり込んだ。塩は細かくすり潰してあるが、岩塩のようだ。
 壊れた大きな陶製大壷の底を抜き、それを地面に水平になるように置いた。これを炉にする。
 口の部分が狭いのでハンマーで適当に割り、その上に鉄鍋を乗せる。その鉄鍋に木切れを入れて、炉に火を入れた。
 鉄鍋の上に、底を抜いた別の壷をかぶせ、壷の口から肉塊を針金で吊るした。肉は四つだけ入った。残りは、別に炉を作って炉辺で焼くことにする。
 その一部始終をロロは興味深げに見ていたが、邪魔しようとはしない。
 ただ、何度もナツメをせがんだ。

 今夜は徹夜でベーコン作りをして、夜のこの土地の様子を知るつもりだ。
 それと、言葉を覚える術を見つけなければならない。

 私は、この世界で生きていく術を持たないことに気付き始めていた。
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