アークティカの商人(AP版)

半道海豚

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第4章 内乱

第35話 内乱

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 リケル、スコル、ジャベリン、そして私がアークティカを去ると、ローリア王はすぐに動いた。
 彼は他国に先んじて、ルカナ行政府を中部アークティカにおける正当な政府として承認した。
 彼の計画では、他国はローリアに追随するはずであった。
 だが、ルカーンがアレナス行政府を支持すると、翌日にはハボルがルカーンに続き、アトリアも先行二国に賛同する。アトリアは、ヌールドの丘の会戦においてローリアがいち早く逃げたことに腹を立てていた。
 その後は、パノリア、ウルリア、ユンガリアがアレナス行政府を承認し、結局、ローリアは孤立した。

 ルカナの街を支配するローリアが言うところの王党派は、同じく解放派を駆逐して以来、彼らが想定していなかった事態に見舞われていた。
 食料がないのだ。
 王党派に食料を調達する能力はない。彼らは個々に財はあるが、ルカナに食料を運び込む術がなかった。
 食料を調達し、それを運び、素材を調理し、食品として加工していた解放派の人々を駆逐してしまった現在、ルカナにはパンを作るための小麦はなく、仮に小麦はあっても粉にする製粉店はなく、さらにパンを焼く職人もいない。
 いま、ルカナにいるのは、小金を持つ職能のない二〇歳代の若者だけだ。
 その数、約二〇〇〇。うち女性は五〇〇。それでも、彼らは飢餓の到来をまったく予期していなかった。
 彼らは最初、イファへ食料調達に向かおうとした。これは、計画的な行動ではなく、一部の王党派が、個人的に起こした行動だった。 彼らには、蒸気車がなかった。そこで、蒸気車を雇おうとした。だが、ルカナには蒸気車を持っている王党派は一人もいない。
 だから、コルカ村に行き、蒸気車を出すよう要求した。
 メハナト穀物商会の輸送隊員に「イファまで行くから、蒸気車を出せ」と要求すると、「バカか」と軽くあしらわれた。
 剣に手を掛けると、「面白い、抜いて見ろ」と輸送隊員が笑う。
 二人が脅しで剣を抜いたが、瞬間、一人は剣を持つ腕が胴から離れ、もう一人は首が飛んだ。
 残りの三人は腰を抜かしへたれ込んだ。二人は小便を、もう一人は大小便を漏らした。
 そして、五人はマハカム川の流れに消えた。四人は生きたままであった。

 この出来事の報告を受けたアリアンは、その夜、村人全員を集め「いよいよだな」と言った。
 リシュリンとメグが「明日から、片っ端から斬ってもいいか!」とアリアンに尋ねると、「もう少し待て。連中が斬り殺されたほうが幸せと思うほどの苦しみを与える」と告げる。
 リシュリンは例のアニメ声を馳駆しし、メグは商家の婦人をイメージした気弱な女性を演じて、王党派の嫌がらせを引き受けていた。
 さすがに腹が立っていたらしく、二人の残忍な顔つきを見て、男たちはゾッとしていた。
 いまのコルカ村には、腕に覚えのない男女は一人もいない。

 アリアンは、ルドゥ川石の橋以北で、蒸気牽引車二編成、貨車六輌に土嚢を積み、石の橋を渡り、ルカナの街を通過して、コルカ村に至るように命じた。
 翌日、蒸気牽引車はアレナスにおいて用意され、フェリーで対岸に渡し、海岸の乾いた砂を穀物袋に詰めてルカナを目指した。
 太陽が光を降り注ぎ、怠惰な王党派の若者でも起き出す時刻、一六時頃に石の橋を通過、王党派が見詰める中、ルカナの大通りをコルカ村に向かった。
 そして、メハナト社の社有倉庫にすべてを納め、空荷の蒸気牽引車は再びルカナの街中を通過して、イファ方向に向かった。
 その様子は、大多数の王党派が一部始終を凝視していた。

 王党派は、今夜間違いなく、コルカ村に大量の食料があることを確信した。

 日没後、発電機を外されランプの明かりだけが照明となっていたコルカの家々は、灯りを消さずに、全員が徒歩で鉄の橋を渡り、マハカム川の南に待避した。

 マハカム川の南岸には、イファやアレナスから蒸気車でやって来た別動隊がいた。
 マーリン、イリア、ジャベリンの妻シュクスナなど、主立った面々がいる。
 ルカナからイファに向かう街道は、ルカナから数十メートル西側で封鎖されており、ルカナの東西にも伏兵が潜んでいる。

 二一時、コルカ村方向から最初の銃声が響き、散発的に発砲音が聞こえてくる。 そして三〇分後、村から火の手が上がった。
 その瞬間、アリアンは「よし、よくやった」と王党派を称えた。
 彼らは、アリアンの注文通りに、食料欲しさにコルカ村を襲い、倉庫の穀物袋の中身が砂と知って怒り狂い、これも注文通りに放火したのだ。
 火付けは重罪である。火付け犯は、一般住民にも捜査権と逮捕権、犯人が抵抗した場合は殺害する義務と権利がある。しかも、今回は強盗のうえでの放火だ。斬り捨て御免が許される。
 これは緊急時の処置ではなく、常設の義務と権利なのだ。それが、アークティカの法であり、他国と比べて著しく均衡を欠いたものではない。

 一気にルカナは包囲封鎖された。街全体を有刺鉄線を使って、総延長四〇〇〇メートルに達する鉄条網で囲ったのだ。
 翌日の日の出までに、鉄条網は三重になり、完全に脱出不可能な包囲線が完成した。

 有刺鉄線はエミールが提案し、イファの製鉄所が作り上げた。
 アークティカの人々は、有刺鉄線の効果に懐疑的だったが、ルカナ包囲でその威力を発揮し、農地への害獣侵入防止用柵などの用途で輸出したがる商人が続出することになる。

 平和な頃、チルルは水道係で、ルカナの水事情に精通していた。彼女は、ルカナへの水を絶つ方法を熟知していた。
 彼女は情け容赦なく、即日、東の水源からの水の供給を絶った。
 ルカナは、水と食料のない二〇〇〇人が住む出口のない街となった。

 ルカナには、タンムーズが率いる自称アークティカ正規軍一〇〇〇がいた。
 タンムーズは、石の城壁とは比べものにならないほど脆弱に見える棘のある鉄線の囲を見て、解放派は愚か者の集まりだと感じていた。
 また、銃弾と火薬は十分にある。
 早期に包囲線を攻撃して突破を仕掛ければ、屈辱を良しとする臆病者の解放派は総崩れになる、と確信していた。

 ルカナの大通りは、歩道を含めると幅八メートルほどある。少々無理をすれば、一〇人横隊が組める。二列が同時に発砲すれば、二〇挺の滑腔銃身から発射される直径一一ミリの鉛球が、ひ弱な解放派に降り注ぐ。
 タンムーズは連続発射を可能にするため、撃ち終わった横隊は、脇道に退き、次の横隊が前進する。これを繰り返せば、必ず突破できる。
 そう信じていた。

 タンムーズは、フェデリカの親衛隊である一番隊と七番隊の二つの百人隊以外を、石の橋まで二〇〇メートルの位置に集合させた。一〇人横隊二隊を前進させ、一〇メートル離れて次の一〇人横隊二隊を前進させる。
 最初は九番隊から始めた。九番隊隊長が志願したからだ。
 解放派の臆病者に勝ったとしても誉れとはならないだろうが、彼の意気を買った。

 九番隊の先頭が前進し、解放派が積み上げた穀物袋に土を詰めたみすぼらしい防壁まで、一〇〇メートルまで迫ったとき、先頭の一〇人横隊二隊が発砲した。
 臆病な解放派が無意味な発砲することを誘ったのだ。
 解放派にも意地があるのか、身を隠したまま発砲してこない。
 タンムーズは、恐ろしくて頭を上げられないのだろうと感じた。
 先頭の二列横隊がカーテンが開くように滑らかに脇道に退き、次の二列横隊が前進した。
 一気に八〇メートルまで間を詰める。
 そして発砲。
 直後、土嚢の上に二つの銃口が載せられた。「テッ!」
 解放派の指揮官が臆病者らしく身を曝さずに目だけ出して命じた。
 その様子をタンムーズは後方の指揮台から望遠鏡で見ていた。
 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、という重い銃声が連続して響くと、タンムーズの眼前に立っている自軍兵士はいなかった。
 そして、銃声がした。瞬間、タンムーズは空を見ていた。なぜ空を見ているのか、自分自身その理由がわからない。
 それが、彼の最後だった。
 猟師のおかみさんが三八式歩兵銃から放った六・五ミリ弾が、タンムーズの額を貫いたのだ。
 後方に控えていた王党派兵士は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
 九番隊隊長は、弾が尻をかすっただけだったが、恐ろしくて気が狂いそうだった。身体がまったく動かず、結果として死体の中に身を隠していた。

 一部が南に向かって逃げ出したが、ルカナとコルカの境界線には見たことのないクルマが止まっている。
 そのクルマにはコルカ村の住人で、少しからかうと「やめて、くださぃ~」と甲高い声で嫌がる女が乗っている。
 何人かが「しめた」と思った。あの女なら簡単に突破できる。

 リシュリンは、バカな男どもの見慣れた気持ちの悪い顔を観察していた。
 刃向かってきたら片っ端から斬り殺すつもりだったが、彼女の前には鉄条網がある。
 あのバカ男どもは、彼女の剣の間合いまでは接近できない。
 私怨で人を殺したことはないが、今日は少しだがその気持ちがある。
 リシュリンは怒鳴った。
「お願いですぅ~、それ以上近付かないでくださぃ~」
 本当は「近付くな! 撃つぞ!」と言うつもりだったが……。
 リシュリンの声を聞いた同乗者は、ゾッとした。声音とこれからやろうとしていることのギャップが大きすぎる。
 リシュリンは、ブローニングM2重機関銃の巨大なコッキングレバーを右手で引いた。
 そして、容赦なく一二・七ミリ弾をばら撒いた。
 ルカナの大通りは三〇〇メートル先まで制圧され、勇敢なはずの王党派の生きている兵士たちは銃を捨てて街に戻っていった。

 ルカナは、完全に包囲された。
 フェデリカは、高圧的に封鎖を解くよう要求したが、解放派の兵たちに笑われた。
 アレナスとイファの兵は、無意味な殺生を固く禁じられていた。それは人道上の配慮ではなく、生きている人間が多いほうが食料の欠乏が早くなるからだ。
 また、他国に対して、戦闘ではなく警察行動であることを強調する意味もあった。
 だが、それでは治まらない若い兵もいる。特に心ない侮辱の言葉を投げ付けられた、一〇歳代後半の少女たちは我慢する理由がわからなかった。
 ある少女がフェデリカを挑発した。
「おい、中年ババァ、そんな遠くから喚いても、聞こえないよ!
 もっと近付いてこい!
 勇敢なアークティカの王女様は、我々が恐ろしくて、銃の射程の遙か彼方からでないと、お話ができないとさ!」
 分別のある大人は笑わなかったが、一〇歳代の若者は囃し立てた。
 フェデリカが憤然と歩いてくる。
 彼女が二〇〇メートルまで近付くと、誰かが空に向けて一発撃った。
 フェデリカは四つん這いで逃げ、以後、この三〇歳代前半の美形は、彼女の敵の前に姿を現すことはなかった。

 包囲網は、アレナス行政府が掌握しているだけで、五人が抜け出している。すべて、夜間に単独で実行された。
 この五人は例外なく、ルドゥ川を泳いで渡り、北東に向かった。
 彼らは密かに追跡され、渡河した後の行動は完全に監視されていた。
 彼らは渡河後、二キロ程度北上し、そこで支援者、またはローリアの浸透兵から衣服と馬を受け取り、ローリアとの国境を目指した。

 六人目の渡河の際、照明弾が打ち上げられ、川面においてアレナス行政府側の船に包囲されて、捕らえられた。
 捕虜はアレナス行政府側の取調に対して、完全黙秘を貫いたが、三日目の朝に、彼の妻と子の名を告げられて、一切を語った。
 アレナス行政府側の予想通り、彼らはローリア王が放った密偵であった。
 また、ルカナ行政府の百人隊一番隊と七番隊は、ローリア国王直属の近衛兵団の隊員であることも判明した。
 アリアンの発案で、チルルはローリア王国の政権中枢にアークティカに内通する高官を育てていた。
 餌は金貨。チルルは商人の子で、彼女の父は彼女に「真の商人は金〈かね〉に魂は売らない。だが、政治家は簡単に金の虜となる」と教えた。
 実際、彼女が触手を伸ばした三人のローリア国行政府高官は、すべてアークティカの間者となった。
 あまりのことにチルルは「人間不信になります」とアリアンに愚痴を言った。
 アリアンは「最高指導者の心が朽ちれば、そういう人間が生まれる、ということじゃ」と諭した。

 アレナス行政府側は、ルドゥ川を北から南に渡ろうとした三人のローリア人のうち、一人を捕らえた。
 この間者は、アレナス行政府側の尋問に素直に答えた。彼はローリア国王の命で動いているのではなく、ローリア国軍総司令官直属の工作員だと答えた。
 そして、万一、アレナス行政府側に捕らえられた場合、知っていることはすべて話してよい、と指示されている、と語った。
 この工作員は、ルカナの街の様子を探るために、侵入する任務を与えられていると言った。
 チルルは、この男を秘密裏にルドゥ川の南岸に連れて行き、解放するよう命じた。
 男は、鉄条網の下の土を掘って、泥まみれとなってくぐり抜け、ルカナの街に潜入した。

 アレナス行政府の上層部は、ローリア国内で国王派と和平派が暗闘を繰り返していることを知っていた。
 軍部と行政官僚組織は和平を求めていたが、国王と近衛兵団はアークティカ北東部穀倉地帯の割譲に固執していた。
 和平派は表だった国王派に対する抵抗は示していないが、国王派の動向をアークティカ側に故意に漏らす工作は頻繁に行っていた。 国王ベルナル九世は剣部隊という秘密工作部隊を直率していたが、このスパイ・暗殺集団も和平派に組みしている。
 ただ、三個千人隊からなる近衛兵団の戦力は侮れず、軍部はあからさまな反国王運動を起こすつもりはない。

 そして、ローリア王ベルナル九世五七歳は、「アークティカの正当な行政府であるルカナ行政府は、反乱者を撃つようローリア国に支援を求めてきた。
 正義を示すため、またアークティカの窮状を救うため、理不尽にも反乱者に包囲されているルカナ街人を救出するため、大義の軍を起こす」と宣した。
 この時点で、ルカナは水と食料の補給を絶たれた状態で一カ月間包囲されていた。
 ローリア軍は、アークティカとの国境を越えて南下し、ようやく実り始めた麦畑を奪取した。
 この地を耕作したアークティカの農民たちは、一切の抵抗をせずルドゥ川を渡り、南に待避した。
 また、ローリア軍の騎馬隊数百騎がヌールドの丘を越えて南下。
 ルドゥ川に架かる石の橋を突破して、ルカナ街内に二〇〇騎が突入した。
 突入部隊の後続は、アレナス行政府が派遣した機関銃搭載の半装軌戦車二輌と随伴歩兵によって進撃を阻止され、国境線まで撤退した。
 この戦いは奇妙であった。アークティカの部隊が姿を見せると、ローリア軍は戦闘を避けて、一発の銃弾さえ撃たずに手際よく撤退したのだ。
 以後、二カ月にわたり、両軍は国境を挟んでにらみ合うが、結局、双方とも一発も撃たなかった。
 他国の民は、この戦いを「にらめっこ戦争」と呼び、嘲笑した。

 フェイトは、ルドゥ川の上流、東の国境付近にWACO複葉機とともに進出した。
 メハナト穀物商会の航空隊は、その全力をもって、アークティカのためにローリア王国の首都ウツーを攻撃する。
 ウツーまでは直線で三五〇キロの距離がある。行動半径最大四〇〇キロのWACO複葉機では、ギリギリの距離だ。
 キッカとともにウツー上空に達し、アレナスの印刷屋のおかみさんたちが死に物狂いで刷った紙爆弾を投下する。
 アークティカの首都チュレンには、鉛活字を使う立派な活版印刷機がある。アークティカの識字率は周辺各国より遙かに高く、七〇パーセント以上と言われていた。
 チュレンの活版印刷機は、アークティカ文化の誇りでもあった。
 だが、いまその印刷機は使えない。チュレンは、神聖マムルーク帝国の占領下にあるのだ。
 だが、アークティカには庶民が手軽に使える印刷機もあった。
 その印刷機は、謄写版と呼ばれていた。油紙に鉄筆で文字や絵を描き、鉄筆が傷を付けた部分だけ、油インクを通すので転写できるという簡単な仕組みの印刷機だ。
 インクはローラーに付けて、片手でローラーを前後に動かして刷る。機力はまったく使わない。
 この謄写版で、一晩に二〇〇〇枚のビラを刷った。手が上がらぬほど腫れ上がり、吐き気がするほど疲れるまで刷った。
 そのビラには「ローリア人よ! 強欲なローリア王に平和な生活が奪われるぞ! ローリア軍は、アークティカから撤退せよ! さもなくば、首都ウツーを灰にする!」と書かれていて、ウツーの街が燃えるイラストが添えられていた。
 これならば、文字の読めない人たちでも、ウツーが燃えるということはわかる。
 ウツーには巨大な時計台があり、その時計台が炎に包まれているイラストは、単純な構成の線画ながらかなりの迫力があった。
 フェイトとキッカはこの紙爆弾を、可能な限り低空からウツーの街にばら撒く。

 WACO複葉機の巡航時速一九〇キロ、最大時速は三四四キロだ。フェイトはジェイコブス単列星型七気筒空冷エンジンの回転数を一分間に一五〇〇回転に固定し、燃料の消費を極限まで抑えて飛んだ。三五〇キロの行程を南風に乗って、一時間三〇分で飛翔した。
 ウツーの人々にとっての朝七時は、顔を洗い、朝食の支度をし、今日の糧に対して神様に祈りを捧げて朝食を済ませ、仕事場に向かうそんな時刻だった。
 彼らは、ブーンという巨大な蚊の羽音のような、少々耳障りな音を聞いた。
 それは空を飛ぶ黄色い機械鳥で、音を除けば鷹が空を舞うような優雅な姿だった。
 だが、その姿を見たとたんに、幾人かの兵士は身を隠し、空樽に飛び込み、地に伏して震えた。
 そんな兵士の姿をウツーの街人は笑ったが、そんな街人を兵士たちは愚かな連中と哀れんだ。
 機械鳥は街の上空を大きく旋回しながら、ゆっくりと降下し、そして何かをばら撒いた。四角い白っぽいものがひらひらと舞い、ゆっくりと下降してくる。

 フェイトは、コックピットでガッツポーズを決めた。一度もビラ撒きの練習ができなかった。紙は高価なものだし、軽くて風に流されやすい。
 彼女は頭の中で、何度もビラ撒きのシミュレーションをして、最適解を探した。彼女の結論は、一〇〇メートルの上空を、街の直径の半分くらいの円を描いて旋回し、その円の内側に向けてビラを散布するというものだった。
 この方法は上手くいった。ほぼ街全体にビラが撒かれている。だが、ビラ一枚あたりの面積が広すぎるようだ。つまり、ビラが足りないのだ。
 明日は今日の三倍は撒きたい。

 ウツーの子供たちがそれを追い、夢中で拾った。
 大人たちが子供から取り上げたビラには、恐ろしいことが書かれていた。
「ローリアはアークティカから撤退しいろ。さもなくば、ウツーを灰にする」
 それを呼んだ街人たちは笑った。そのようなことができるはずがない。ウツーにアークティカ兵が攻め込むなど、不可能なのだ。

 ビラの内容はウツーの街中に知れ渡り、ビラは王城にも舞い降りた。アークティカの宣言は、王城ではローリア国王ベルナル九世から下働きの女中まで誰もが知っていた。

 ローリア王は困惑し、軍の上層部は狼狽した。なぜなら、支配者は被支配者よりも正確で多くの情報を知っているからこそ、支配者でいられるのだ。
 情報の量と質において、国王と下働きが同一となれば、その地位を固定する箍〈たが〉がなくなる。

 翌日も機械鳥は飛んできて、さらに多くのビラを撒いていった。今日のビラは、ローリア王の欲深を嘲笑するもので、ローリア王が家臣の女房に懸想している、といった根も葉もない誹謗中傷が書かれていた。
 ローリア王は激怒したが、この噂を否定しようにも、彼には方法がないのだ。

 アレナスのたった一軒の小さな印刷屋は、三〇人以上が必死に働いていた。
 原稿が作れるのはおかみさんだけで、彼女は疲れ切っていたが必死で働いた。
 また、行政府や軍から、そして隣近所から人が集まり、見よう見まねで必死にビラを刷った。

 三日目のビラは、攻撃の予告だった。明日の朝、王城に爆弾を投下する。その日の午後、王城の城壁を破壊する。
 そして、四日目は街に爆弾を落とす、と書かれていた。
 軍部は震え上がり、国王に撤退を進言したが、国王の腹が定まらない。
 そして、予告の朝、黄色い機械鳥は、王城の真ん中に爆弾を落とした。
 WACO複葉機が投下した六〇キロ爆弾によって、王城から爆炎が上がった。
 その様子は、街人にとっては面白いイベントのようなものだった。爆炎を見て、多くの街人は笑っていた。子供たちは手を叩いて喜んだ。

 その日の午後、フェイトは再度飛んだ。今度もキッカを乗せていない。その理由は純粋に航続距離の問題であった。
 キッカを乗せ、六〇キロ爆弾を抱えていては、ウツーとの往復が難しいのだ。
 フェイトは、WACO複葉機による攻撃に限界を感じ始めていた。
 だが、いまはこの機体に賭けるしかない。フェイトは街の中心にあり、小高い丘の上に築かれた王城の南側城壁、街から一番よく見える堅固を絵に描いたような石の城壁に向かって、緩降下しつつ六〇キロ爆弾を投下した。
 爆弾は、城壁に吸い込まれるように向かっていき、爆発し城壁が大きく崩れた。

 このとき、ウツーの街人は、初めて爆撃の恐ろしさを目の当たりにした。
 そして、アークティカからの撤退を声高に叫ぶようになる。昨日まで、アークティカに自国軍隊が進駐していることを、さほど気にしていなかったにも関わらず……。

 ローリア王は、どうしたらいいのか皆目見当が付かなかった。そもそも、ローリア王は今回の戦において、自国領土が戦場になることはもちろん、自分の居城に敵弾が落ちるなど、考えてもいなかった。
 この程度の戦争は彼の家臣がすることであって、自分が戦場に出る必要などないはずだ。しかし、彼が戦場に赴かなくても、戦場が彼の住処にやって来た。
 彼の戦争に対する概念は、アークティカにはまったく通用しない。処理を間違えば、自分が民に殺される。暗愚な王を崇めるほど、この世界は甘くない。

 フェイトは翌朝、六〇キロ爆弾と一〇〇〇枚のビラを抱えて飛んだ。今日もキッカはいない。
 六〇キロ爆弾を、街の西側に広がる無人の麦畑に落とした。
 そして、街にビラを撒いた。撒いたというよりは、投げ捨てた。キッカのようには上手には撒けなかった。

 そのビラには「今度は人の住む家に爆弾を落とす」と書いてあった。
 街は完全にパニックになり、街人以外は競うようにウツーから逃げ出した。街人も逃げ出す準備を始めた。

 ローリア王は、ようやく撤退を決意した。伝令を走らせ、国境を挟んでにらみあうアレナス行政府軍側に書状を渡し、即時撤退を条件にウツー爆撃の中止を申し入れた。

 アークティカは、短期決戦を意図した心理戦に勝利した。

 休戦協定は、ヌールドの丘に向かう街道の国境線上で行われた。
 ローリア側は国王の代理として千人隊長が、アークティカ側はメハナト社の警護隊二番隊の隊長がアレナス行政府行政長官の代理として署名した。
 この調印には二つの意味がある。
 一つはローリア軍の撤収と戦争回避。
 もう一つは、ローリア王国のアレナス行政府承認だ。ローリアがアレナス行政府を中部アークティカにおける正統な政権と認めたから、調印に至ったのだ。
 これで、ルカナ行政府を支持する国家はなくなった。
 ローリアの千人隊長は、「我が国の兵が、連絡の不備により、誤って貴国の街ルカナに進駐してしまいました。
 これは、完全な過失によるもので、深くお詫びいたします。
 ついては、私がルカナに赴き、兵を引き取らせていただきたいのです。
 お許しいただけないでしょうか」と問うた。 メハナト社の警護隊長は、「連絡の不備であれば、我が国の行政長官も穏便に済ませたいと思うでしょう。
 ルカナまで同行いたしましょう」と応えた。

 ルカナ街内は、水は雨水のみ、食料は完全に枯渇していた。
 ローリア将兵二〇〇は街中に飛び込んだものの、そこは地獄の有様だった。
 彼らがルカナに入ったのは、包囲戦が始まって一カ月ほどが経過していたが、すでに食料が枯渇していた。そして、アークティカ兵の軍服を着たローリアの近衛兵団の将兵だと名乗る連中が街を完全に支配していた。
 彼らは、アークティカの王党派を行政府前広場に集め、縄で縛り、逆らう王党派を射殺していた。
 射殺すれば食い扶持が減るし、射殺しなくても食料を分けるつもりはない。
 近衛兵団が持ち込んだ兵糧がつきると、食べられるものは何でも喰らっていた。
 ローリア将兵は一週間分の糧秣を各自が背負っていたが、これを狙って銃撃戦が起きていた。
 ローリア将兵は街の北側に立て籠もり、近衛兵団は街の中心部から南を占領していた。
 ローリア国王の近衛兵団は一般兵士を見下していたが、一般兵士のほうが戦慣れしていて強かった。だが、ローリア将兵も食料が枯渇寸前で、進退窮まっていた。空き地で草を食んでいる、命がけで守った自分たちの馬を喰うことを考えていた。

 ローリアの千人隊長は、有刺鉄線を見ながら「これは我が国でも作れる!」と思い、気を持ち直そうと非常な努力をしていた。
 鉄条網の直前まで進み、「ローリア将兵たちよ。国王の命により、国に帰還することとなった。
 直ちに撤収せよ!」
 その声は不気味な静寂が覆う街中に響き渡った。
 この状況下でも、ローリア将兵は完全に統率されていた。
 彼らは、最初に開けられた封鎖線から馬を出し、続いて傷病兵、最後に二人の百人隊長が退いた。その間も南からの攻撃に備えた警戒を怠らなかった。

 封鎖線から出たローリア将兵は、完全に武装解除され、傷病兵は手当を受け、アークティカが用意した水と食料を受け取り、蒸気車に乗って北に向かった。
 馬はアークティカに譲り渡された。

 汚れた赤いジャケットと白いズボンのルカナ行政府正規軍の軍服を着た一五〇人ほどが、大通りを北に向かって歩いてくる。
 先頭の兵が「我々もローリアの兵だ。一緒に連れていってくれ」と、悲しい目で千人隊長を見た。
「我がローリアの軍人は、階級に関わらず他国の軍服を着て戦うなどという浅ましいまねはしない。
 貴様たちはローリア兵ではない」と、彼らの言い分を完全に否定した。
 千人隊長は、周囲のアークティカ人に「たいへん、ご迷惑をお掛けいたしました。国王に代わり、お詫びいたします。
 また、数々のご厚誼に感謝いたします」とその場で挨拶し、ローリア将兵が乗る最後の蒸気車の荷台に乗り込んだ。

 ローリア国王直属の近衛兵団兵士は、すでに五〇を市街戦で失い、そして故国との細い糸も切れた。
 彼らは棄兵となった。

 そして、街内ではさらなる虐殺が始まった。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
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私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
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王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

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