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第4章 内乱
第37話 帰還する者
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イリアが指揮する部隊が戦場に近い丘の頂に達したのは、一四時を過ぎていた。
イファ部隊本隊が通ったルートは、車輌一輌分の道幅しかない間道で、予定より二時間遅れての到着であった。
彼女たちの眼前で展開されている光景は、エミールが指揮するアレナス部隊本隊が、一万に達する敵の大軍に一本の矢のごとく突進していく姿だった。
七輌の半装軌装甲車は、指揮車を先頭に左右に三輌ずつ雁行し、その三角形の内部に非装甲の半装軌輸送車三輌を抱えて進んでいく。
イリアの部隊は、四輌の半装軌戦車とM3ハーフトラックで編成されている。
先頭の指揮車に乗るイリアは、車長に「あの陣形は何だ。まるで、敵陣に楔を打ち込んでいるようだ」と告げた。
赤い海沿岸の街道を南下し、南の国境手前で東に進路を変えたエミールの部隊は、一三時三〇分に敵の左翼後方に進出した。
意図せず奇襲となった。
エミールはこの機会を逃さなかった。全車の燃料残量を報告させると、マルマ軍本隊まで到達できると判断。
間髪を入れず突撃に移った。
ここに達するまでに二度陣形の訓練をしたが、決して完璧とは言えなかった。明らかに練度不足ではある。
しかし、奇襲の機会など二度とあるはずはない。
エミールの車輌を先頭に、敵陣に突っ込んでいく。援護の砲撃さえなく、また随伴歩兵もいないが、時速四〇キロを維持すれば、敵軍を突破できる。
そして、彼の部下は本番に強かった。
乱れのない陣形で、非装甲の輸送車をかばいつつ、マルマ軍本隊に向かって、一直線に向かう。
各車の最後部には大きなアークティカの旗が翻っている。
キジルの街の東側に陣取るマルマ軍本隊は、すでに壊滅的な打撃を受けていた。
前装野砲一〇門は破壊され、戦える戦列歩兵はわずかしか残っていない。
だが、一〇輌のダイムラー装甲車は、無傷だ。戦列を形成できなくなった歩兵たちは、ダイムラー装甲車の周囲に集まり、必死の防戦を繰り広げていた。
ウルリカは、双眼鏡で一〇輌程度の車輌が敵陣を突破してくる様子を漫然と見ていた。
彼女は何をどう理解していいのかわからなかった。
だが、アークティカの旗を見たとき、援軍がやって来たことを悟った。
「援軍だ、援軍が来たぞ!」
彼女は叫んでいた。
彼女だけではない、階級に関係なく多くの将兵が同じ言葉を叫んでいる。
すでに、マルマ軍の多くの将校が倒れ、彼女がマルマ軍本隊を指揮していた。
楔形の陣形が、帝国軍の戦列歩兵を切り裂きながらやって来る。
イリアはエミールの突進を見て、「先生は医者より、戦士に向いている」と言うと、車長が「まったくです」と応じた。
そして、「行くぞ!」と命じると、五輌の鋼の巨獣が動き出す。
イリアは、敵左翼外縁を機銃掃射しながらマルマ軍本隊を目指す。
エミールの部隊が装備する機関銃は、七・九二ミリM36(M1919中機関銃と同系)だが、イリアの部隊は一二・七ミリM2を装備していて、さらにM36やブルーノZB26も増備している。車輌数は半分だが、打撃力は強い。
ウルリカは、近くにいた歩兵に促されて、北西の方向を見た。なだらかな丘を五輌の奇妙な車輌が単縦陣で敵に向かっていく。
それらの車輌にもアークティカの旗が翻っている。
イファ部隊の突進は、結果としてアレナス部隊の進撃を側面援護することになり、マルマ軍本隊が敵右翼正面に集中砲撃を加えたことから、一万の大軍は大混乱に陥った。
アレナス部隊の突破作戦は、わずか一〇分で終わり、イファ部隊の左翼銃撃は五分ほどで終わった。
そして、三隊は合流した。
帝国軍は、階級の区別なく狼狽していた。敵の砲を積んだ車輌に手を焼き、マルマ街内の突入に手間取っている間に、現れるはずのない敵の新手が現れた。
わずか数分で、数百の将兵が死傷してしまった。
あと数回、同じ攻撃を受けると、戦列が瓦解する恐れがある。
正確な損害は掌握できず、至近の部隊の状況すらわからない。兵が倒れ、それを後送する兵も倒れている。
丘の上に横隊を作った二二輌の武装車輌を見て、帝国軍将兵は恐怖を感じていた。
三輌の半装軌輸送車は、砲を失ったマルマ砲兵の手を借りて、八一ミリ迫撃砲の設置を急ぐ。
最大射程で一発撃つと、敵の最後尾近くに着弾した。迫撃砲は三門しかないが、砲弾は一門あたり二〇〇発ある。
アレナスの砲兵は、各砲が数発の照準射撃を終えると。景気よく撃ち始めた。
一分間に一〇発、それを五分間続けた。計一五〇発の榴弾が、敵陣に大仰角で降り注いだ。
一万の大軍は、その大軍ゆえに身動きがとれなかった。指揮命令系統は分断され、統率のある行動ができない。
百人隊、十人隊規模で反撃の体制をとっても、それらは連携を欠いていた。
キジルに立て籠もるマルマ兵は、意外な展開に困惑していた。
この街を枕に討ち死にを覚悟していたマルテルであったが、次の一手を考え始める。
マーリンは、イリアとウルリカにキジルの友軍救出を進言したが、ウルリカに反対された。
彼女は「キジルが落ちないから、帝国軍はマルマを攻めきれなかったのだ。キジルは放棄できない」と主張した。
マーリンは「なら、援軍に行く。擲弾筒四門と軽機四挺があれば守れる。私が行く」
エミールが「M3に積めるだけの兵を乗せていけ」と賛成する。
マーリンが準備を始めると、一〇人ほどのマルマ兵が同行を懇願した。
マーリンは、指揮官の許可を得るように伝えた。
彼らがウルリカから許可を得たかどうかはわからないが、気が付けばM3に乗るかしがみついていた。
マルマが複製に成功した異界物は二つ。ダイムラー装甲車とリー・エンフィールド小銃だ。
ダイムラー装甲車は一九三九年に試作車が完成し、一九四一年には実戦に投入された。第二次大戦後も長く就役し、退役は一九六五年だ。
二ポンド砲(四〇ミリ砲)と七・九二ミリベサ機銃を砲塔に装備し、路上の最大時速は八〇キロに達する。乗員は三名。
リー・エンフィールド小銃は、一八九五年から一九五八年までイギリス軍の制式小銃であった。一〇連発のボルトアクション式だ。
どちらもイギリスだけではなく、英連邦諸国をはじめ、多くの国が使用した。また、実用期間も長い。
マルマの技術者は、この優秀な兵器を忠実に再現し、それを伝承しようとした。そして、一切の改良と技術の応用を禁じた。
ブレン軽機関銃とステン短機関銃は、銃の複製には成功したが、ベサ機銃と同様に無煙火薬の製法がわからず、機能しないことから研究は進まなかった。
ステン短機関銃の正式採用は一九四〇年である。
このことから、マルマの異界物は、一九四〇年代以降からやって来たものであることがわかる。
この兵器に関わる技術者集団は、五〇年という歳月の間に特権階級化し、かつ門外不出の技術として、ある種宗教的な感性を持ち始めていた。
そして、国家の危機に際しても、浮き世離れした行動をとっていた。
少年兵が発射した青の発煙弾は、部隊の集合を促す緊急信号であった。
彼が迷ったもう一発の色である赤は、救援を求める信号だ。
マルマの街内で分断され、指揮系統を失っていたマルマ兵たちは、青の発煙弾を見て、その方向に向かうべく行動を開始した。
そして、彼らの多くは武器を持たない一般の街人を伴っていた。
マルテル邸は、瞬く間に避難者で溢れ、弾薬不足に悩むマルマ兵で満ちていった。
彼らが現れると、発する言葉は決まっていた。
「誰か、弾を持っていないか」
そして、誰も返事をしない。
新参のマルマの兵たちは、イファからやって来た千人隊長が指揮している部隊だと聞かされ、多くの下士官が当然のように従う姿を見て、彼らも習っていった。
リシュリンは、気が付けば千人隊長にされていた。
彼女は、そんなことはどうでもよかった。明るいうちに、もっと安全な場所に移動しなくてはならない。
すでに避難者は三〇〇を超え、マルマ兵は五〇に達しようとしている。
そして、時間を追って、続々と集まってくる。
リシュリンは、三番隊隊長、メグ、マルマの古参下士官三人と作戦を練った。
リシュリンが「この近くに塀に囲まれた施設はないか。軍の営舎とか、商人の家とか何でもいい」
一人の下士官が「一番近いのは、兵器の研究所だ。
だが、住民の話では入れなかったらしい。
連中の頭の中は特殊だからな。避難してきた住民を追い払ったそうだ。
それと、研究所直属の警備部隊がいる。
そこに行くなら、一戦交える覚悟がいる」
二人の下士官が頷き、一人が「なら、一戦交えるだけさ。
それに、あそこには弾薬もある。
高い塀に弾薬があれば、まだ戦える」
作戦は決まった。住民、負傷者すべてを伴って、研究所に行き、門を突破して中に入る。
マルテルの妻は、足手まといになることを理由に、残ると言い張った。
すると、二人のマルマ兵が車椅子ごと持ち上げ、強制的に大型兵員輸送車に乗せた。運転をする兵を除き、歩ける全兵士が銃を持ち、装甲車とともに、研究所を目指す。
その距離四〇〇メートル。遠い、遠い、距離である。
帝国兵の数は、時間を追うごとに増えているようで、戦い方が巧妙になりつつあった。
彼らは最初、身を曝して発砲していたが、いまでは遮蔽物の影から狙撃してくる。
一つの民家、一つの通り、一つの立木、それらを制圧しながら進んだ。
すると、孤立して、身を隠していたマルマ兵が続々と集まってくる。また、一般の街人も助けを求めてきた。
彼らは、四〇〇メートルを二時間かけて進み、四人が戦死し、一八人が負傷した。
研究所は、帝国兵に包囲されていた。
この包囲網を破るため、マルマ兵三〇が陽動攻撃を仕掛けることになった。
裏口付近を包囲する帝国兵の背後から、ありったけの銃弾を浴びせ、帝国側の関心を引きつけた。
正門を囲む敵兵が裏口に回り、手薄になったところで、リシュリンたちが一斉攻撃を仕掛け、一帯を制圧する。
マルマの下士官が研究所に門を開けるように要求すると、内部から「ここは神聖なる研鑽の地、何人も犯してはならぬ」という間の抜けた答えが返ってきた。
イファの兵は、重厚な鋼鉄の門扉に、ライフルグレネードを発射した。
厚さ一〇〇ミリの鋼鉄板に穴が開く。彼らは、HEAT弾(成形炸薬弾=対戦車榴弾)を使ったのだ。
研究所内部の警備兵と所員は、動揺した。野砲の直撃さえ跳ね返す鋼鉄の扉に穴が開いたのだ。それも徹甲弾のように穴が穿たれるのではなく、焼き切れたようになっている。
さらに、門扉の蝶番に爆薬を仕掛け、次々に破壊していく。
数十秒で、門扉は自重を支えられぬほど、ぐらついている。
そこに避難者を乗せたまま、大型兵員輸送車が突っ込んだ。
門扉は完全に破壊され、研究所内部に避難者と兵士がなだれ込んできた。
それを止めようと、警備兵が銃口を向けると、マルマ兵は躊躇なく撃った。
研究所の制圧は数秒で終わった。
白衣を着た男が「君たちは、ここを……」残りの言葉を出す前に、若いマルマ兵が銃床で顎を殴り地面に転がした。
古参の下士官が、「そいつをその辺の木に縛り付けておけ」と命じる。
研究所の警備兵は、銃と弾薬を取り上げられ、手を後頭部で組んで、跪かされている。
古参の下士官が「こいつらの手足を縛っておけ」と、兵に命じた。
警備兵が「待ってくれ、俺たちも戦う」というと、下士官は「それなら、とっくに戦っているよ。ふざけたことを言うな!」と怒鳴った。
警備兵は厳重に縛られ、動けば殺すと脅された。
帝国側は体制を立て直し、門扉の壊れた正面に集中攻撃を仕掛けてきた。
だが、弾薬を補給したマルマ兵は頑強に抵抗する。
また、三発の青い発煙弾が打ち上げられ、街内で孤立しているマルマ兵に集合を知らせる。
研究所内には、驚くべきことに、研究所で働く全職員の家族が避難していた。それは警備兵の家族も例外ではない。
彼らの多くは、侵入してきたマルマ兵をにらみつけ、反抗的態度を隠そうとしなかった。
ある少女がリシュリンにつかみかかった。年齢は、彼女と大差ない。
「お前など、戦争が終われば牢屋行きだ」
「それは無理だな。私はイファの住人だ」
少女は、リシュリンが発した言葉の意味がわからなかった。
マルマ兵は、警備兵から取り上げた弾薬ではととも足りなかった。
研究所内には、厳重に管理された区域が複数あり、そのどれかが弾薬庫だと考えられた。ただ、軍の弾薬庫のように大量に保管されている様子はなく、一千発が最大値と思われた。
弾薬の捜索が難航していると、一人の若い研究員がリシュリンに話しかけた。
「何を探しているんですか?」
「弾薬だ」
「それなら私が案内します」
研究員たちは彼らの家族とは異なり、必ずしも非協力的ではなかった。弾薬だけでなく、使える武器と使えない武器の選別にも積極的に協力した。
彼らは、ベサ機銃の生産を目指していたが、黒色火薬を使用する限り、オリジナルに忠実に銃側を再現すれば、動作不良となる。
本来、銃は弾薬を使うための道具で、銃は弾薬に合わせて作られる。しかし、マルマの技術者にその考え方はなく、弾薬は銃に付随するものと定義していた。
そのため一〇〇挺に達するベサ機銃がありながら、一挺たりとも正常に回転しなかった。アレナスから購入した七・九二ミリマウザー弾は、すべて軍が管理していて、研究所には一発もなかった。
七・七ミリ弾は、減装弾や強装弾など、各種あり、通常弾は五〇〇発程度しかなかった。
それでも、兵五〇に一〇〇発ずつ支給できる。
所員の家族たちは、食料の運び出しや避難者への支援作業にかり出された。
多くは恐怖のためか、従順に従ったが、反抗するものもいた。
リシュリンにつかみかかった少女が「何で私がこんなことしなければならないのよ!」と騒いだ。
それを聞いたリシュリンが近付き「アークティカを守るためだ」と諭した。
マルマ兵は研究所の屋上に上がり、付近に潜む帝国兵を盛んに狙撃している。
また、積極的に敷地外に出て、イファの部隊から提供された手榴弾による攻撃を仕掛けた。
帝国兵は徐々に、研究所の周囲から駆逐されていった。
同時に、多くの街人やマルマ兵が集まってくる。
日没まで二時間に迫った一五時三〇分、フェイトとキッカは、今日最後の出撃を行った。
キッカは後席に誰も乗せず、三〇キロ爆弾二発を胴体下面に懸吊した。
フェイトは、機関銃弾を半載にして、胴体下面に一二〇キロ爆弾一発を懸吊した。
キッカが先に離陸し、二〇分後にフェイトが離陸する。
二人は、高度八〇〇メートルからの水平爆撃を敢行するつもりだ。
爆弾が地上に落下していく加速度と、爆弾が破裂する威力が最大になるように、そして三発の爆弾が、ほぼ同時に落下するように計画した作戦だ。
マーリンは、イファ兵八人、マルマ兵一〇人とともに廃墟となったキジルを目指して出発した。大量の弾薬、手榴弾、擲弾筒、ブルーノ軽機関銃四挺、三脚架に載せるM36中機関銃二挺を積んでいる。
距離は五キロ、平地に瓦礫が折り重なっているが、それが海原の島のように見える。
キジルは帝国軍に完全に包囲されていたが、街内に敵を侵入させてはいなかった。また、武器弾薬は十分ではないが、戦闘に支障を来すほど消耗していない。
マルテル自身は足を負傷していたが、自分と兵はまだ戦えると確信している。
孤立しているキジルのマルマ兵は、街に近づいてくる車輌一輌を早い段階で察知していた。それは、帝国側も同じだった。
マーリンは街まで二キロの地点で、停止した。一戦交えなければキジルに突入できないことは承知しているが、帝国側が彼女の部隊に三〇〇を超える戦列歩兵を差し向ける様子から、どうすべきか思案していた。
マーリンは、リシュリンなら無謀な突撃はしないと思った。日没を待つのも手ではあったが、それまでに一時間以上ある。
そのとき、戦場に二機の飛行機が飛来した。
雲の間を縫うようにゆっくりと飛び、二機は三個の爆弾を同時に落とした。
地上で、凄まじい爆発が起こる。
帝国軍にとっては運が悪かった。フェイトとキッカは、帝国軍陣営の中心あたりに投弾したのだが、敵本営の至近であった。
帝国軍司令部は混乱し、帝国軍の司令官は恐怖の余り錯乱してしまった。
そして、キジルを包囲する帝国軍部隊にも運がなかった。
フェイトがマーリンの部隊に気付いたのだ。
フェイトは、マーリンの行く手を遮る帝国軍部隊に対して、機銃掃射を始めた。
帝国軍兵士は逃げ惑い、地に伏し、機械鳥の鋭利な爪から逃れようと必死だ。
マーリンは、この機を逃さずにキジルに向かって突進した。
キジルからも援護の兵が進出し、マーリンたちの進路を啓開。
マーリンは一切の損害なしで、キジルの街に突入した。
マルテルが兵に抱えられて、やってきた。
「指揮官はどなたかな?」
激戦の地の指揮官とは思えない、マルテルの穏やかな口調にマーリンは不快ではないが、奇妙な違和感を感じた。
「私です。イファの住人でマーリンと言います」
「やっと会えました。予言の娘よ」
マルテルの言葉に周囲のマルマ兵がざわつく。
「武器弾薬、そしてマルマの勇敢な兵をお連れしました。
これより、閣下の指揮の下、キジルの街を守ります」
マルテルは、優しく微笑んだ。
そして、「皆、聞け! キジルに予言の娘が降臨された。我らは無敵ぞ!」
マルマ兵の大歓声がわき起こる。
マーリンをよく知るイファの兵たちは、呆気にとられた。マーリンには、神の力などない。ただ勇敢で、優しい普通の女の子だ。
だが、このキジルの街で一番大切なことは、守り抜けるという確信なのだということも知っていた。
マーリンは、ブルーノ軽機関銃四挺とM3ハーフトラックから取り外した二挺のM36を加えた四挺のブローニング中機関銃の配備場所の指示をマルテルに請うた。
イファの衛生兵がマルテルの足の傷を手当てしようとするが、マルテルは二種類の機関銃が気になり、じっとしていない。
マーリンが仕方なく説明を始めると、マルテルはやっと大きな瓦礫に腰掛けてくれた。
「ブルーノ軽機関銃は、三〇連発の箱型弾倉から弾丸を供給します。最大の特徴は小銃のように一人で運用できることです。
ブローニング中機関銃は、銃本体、弾薬、三脚架を三人の兵で運びます。布製のリンクベルトに一〇〇発がつながっていて、連射することができます。
弾丸の威力は、軽機関銃、中機関銃とも同じです」
「ふむ、それでは中機関銃の脚持ちと弾薬手はマルマから出す。それと、軽機関銃にも弾薬手がいれば、より多くの発射が可能だろう。その弾薬手もマルマから出す。
どうだ」
ニヤリと笑ったマルテルの顔を見て、マーリンは気のよさそうなただのおじさんでないことを悟った。
マルテルは、イファ製機関銃の情報を得ようとしているのだ。
マーリンが返答する瞬間、イファ兵の一人がマーリンに話しかけた。
「マーリン様、擲弾筒はどうしますか。
弾はたっぷりありますから、景気よく撃ちますか」と、冗談交じりに言う。
マルテルが「その筒は何だね?」と尋ねる。
イファ兵が「大砲です」と簡潔に答えた。
マルテルの副官が少し笑った。わずか重量四・五キロ、全長六一センチの小さな筒が大砲だと言われてもにわかには信じられない。青銅製前装野砲は全重一・二トンもあるのだ。
マーリンは「中機関銃と一緒に配備しろ。無駄弾は撃つな」とイファ兵に言うと、彼はその場を去った。
マルテルと彼の副官に「本当に大砲です。威力半径一五歩の榴弾を発射できます」と説明した。
副官はマルテルに、イギリス式の敬礼をすると擲弾筒手の後を追った。
M3ハーフトラックは、マルテルを乗せ、キジルの街の中心部に陣取った。
マルマ、アレナス、イファの連合装甲部隊は、燃料と弾薬の補給に手間取っていた。
一七時、三門の八一ミリ迫撃砲が各砲一〇〇発の支援射撃を開始。
支援射撃終了と同時に、マルマのダイムラー装甲車一〇輌、アレナスの半装軌装甲車七輌、イファの半装軌戦車四輌、計二一輌の装甲車両が帝国軍本隊に突撃を開始した。
ようやく立て直しに向かっていた帝国軍全軍は、再度の装甲部隊の突撃を受けて、完全に浮き足立ってしまった。
特に敵右翼の輸送部隊は、ルカーンとの国境を目指して退却を始めたが、国境を流れるイシコシュ川を渡ろうとして、ルカーン軍の激しい銃砲撃を受ける。
ルカーン行政府は帝国軍の領内通過を黙認するよう命じていたが、帝国軍の一部がルカーン領内で略奪を行った事実があり、ルカーン軍の一部将兵は我慢できないでいた。
ルカーン軍は、正体不明の武装集団がアークティカとの国境を越えてルカーン領に侵入しようとしたので攻撃した、という名目で徹底抗戦を始めた。
日没前、指揮命令系統を失い、退路を閉じられた帝国軍輸送部隊は、十人隊、百人隊ごとに武器をすべて捨てて、ルカーン軍に降伏した。
アークティカ軍に降伏しても殺されるだけと信じていた彼らは、イシコシュ川の北岸で武器を捨て、手を上げて浅い川を徒歩で渡った。
このとき、帝国軍の総兵員は八〇〇〇に減じていたが、戦闘を継続できないほど損害を受けていたわけではなかった。
彼らは、心が折れたのだ。
帝国軍本隊が瓦解すると、マルマに侵入した部隊と、キジルを包囲している部隊が結果として孤立することになった。
マルマの街内では、兵器研究所を拠点に一般の街人の救出作戦を展開し、一七時頃には帝国軍を圧迫し始める。
リシュリンはこの機を逃さなかった。正規兵、民兵、そして武器を持った街人を動員。帝国兵の掃討を開始する。
帝国兵は元奴隷商人部隊らしく、街内に入ると同時に獲物を求めて分散していた。
リシュリンは、マルマ兵を一〇人単位の分隊に再編成し、分隊ごとに帝国兵を狩り出すように作戦を立てた。
時間を追ってマルマ兵が集まり、中には軍施設から上官の命令を無視してやって来た兵たちもいた。
また、下級将校に率いられた組織的な離反部隊も参集してきた。
彼らは、街内から一兵たりとも帝国兵を出さないという決意で、夜通しの徹底掃討を開始した。
街内に侵入した帝国兵は多くなく、夜明けまでには作戦を完了することができた。
キジルの街を包囲していた帝国軍部隊は、本隊とは異なり浮き足立ってはいなかった。
孤立したことを悟り、脱出経路を探った。内陸を東進し、アークティカ領の東辺から無領地に入り、脱出する計画を立案した。彼らは大量の蒸気車を保有し、機動力には自信がある。
帝国軍本隊は、烏合の衆と化してはいたが戦力的にはいまだに巨大だ。マルマ軍本隊がキジル救援に来ることはない。
ならば、眼前の敵を倒し、撤退を開始すれば、予備戦力のないアークティカ側に追撃される危険は少ない。
キジルを包囲する帝国軍指揮官は、そう判断した。
日没前にキジルに対する総攻撃が始まった。この戦いはキジルを包囲する帝国軍部隊将兵にとって、生き残るための重要な作戦であった。
キジルを包囲する帝国軍部隊の指揮官は、本隊からはぐれ遊兵となっていた自軍将兵を集めて、総兵力一〇〇〇を超える部隊を編成した。
そして、日没前に総攻撃を開始した。
マーリンたちイファの兵にとって、敵の薄暮攻撃と夜戦は好都合だった。照明弾は使い切れないほどある。
帝国軍は日没直後に街内に突入し、敵を殲滅して、直ちに東方へ撤退する算段だったが、夜の戦場を白昼化されたことによって、完全に足止めされしまう。
また、八挺の機関銃は、帝国兵を容赦なく倒し、時間を追って帝国軍側の火力が弱まっていく。
四門の擲弾筒は、小さな音で発射され、凄まじい爆発音を轟かせる。
たった一輌の援軍に突破されたことで、彼我の攻守は逆転しつつあった。
マルマの兵は、キジルの街を出て、敵の宿営に手榴弾攻撃を仕掛けた。マルマには手榴弾はなかったが、イファの兵から譲り受け、これを手に果敢な擲弾攻撃を仕掛けた。
キジルを包囲している帝国軍部隊将兵は、夜明けが近付くことに異常な恐怖を感じ始めていた。
アークティカは、帝国兵の降伏を受け入れないことは、誰もが知っていた。
この地にへばりついて死ぬか、それともいま脱出を図るか、帝国軍部隊の指揮官は思案していた。
キジルを落とすことはできそうになく、ルカーンへの脱出もできない。
いま、東方に向かって撤退を開始すれば、気付かれないかもしれない。
そして、キジルの包囲部隊は撤退を開始した。
だが、彼が決断するより早く、個々の兵が徒歩で東に向かい始めていた。遊兵を集積したツケが回ってきたのだ。彼らに、にわか指揮官に忠誠を尽くす義理はない。
アークティカには人が住む土地が少ない。隠れながら逃げれば、東の国境にたどり着けるかもしれない。東の国境まで最短七〇キロだ。
夜が明ける直前、キジルの守備隊は、包囲していた敵兵がいないことに気付いた。
機動力のない彼らは追撃できず、またマルマ軍本隊に伝令を走らせるにしても、マーリンの装甲車の他に、人の足以外の移動手段を失っていた。
それでも、生き抜くことに成功した彼らは、友軍との連絡に成功した。
アークティカは、またしても負けなかった。
イファ部隊本隊が通ったルートは、車輌一輌分の道幅しかない間道で、予定より二時間遅れての到着であった。
彼女たちの眼前で展開されている光景は、エミールが指揮するアレナス部隊本隊が、一万に達する敵の大軍に一本の矢のごとく突進していく姿だった。
七輌の半装軌装甲車は、指揮車を先頭に左右に三輌ずつ雁行し、その三角形の内部に非装甲の半装軌輸送車三輌を抱えて進んでいく。
イリアの部隊は、四輌の半装軌戦車とM3ハーフトラックで編成されている。
先頭の指揮車に乗るイリアは、車長に「あの陣形は何だ。まるで、敵陣に楔を打ち込んでいるようだ」と告げた。
赤い海沿岸の街道を南下し、南の国境手前で東に進路を変えたエミールの部隊は、一三時三〇分に敵の左翼後方に進出した。
意図せず奇襲となった。
エミールはこの機会を逃さなかった。全車の燃料残量を報告させると、マルマ軍本隊まで到達できると判断。
間髪を入れず突撃に移った。
ここに達するまでに二度陣形の訓練をしたが、決して完璧とは言えなかった。明らかに練度不足ではある。
しかし、奇襲の機会など二度とあるはずはない。
エミールの車輌を先頭に、敵陣に突っ込んでいく。援護の砲撃さえなく、また随伴歩兵もいないが、時速四〇キロを維持すれば、敵軍を突破できる。
そして、彼の部下は本番に強かった。
乱れのない陣形で、非装甲の輸送車をかばいつつ、マルマ軍本隊に向かって、一直線に向かう。
各車の最後部には大きなアークティカの旗が翻っている。
キジルの街の東側に陣取るマルマ軍本隊は、すでに壊滅的な打撃を受けていた。
前装野砲一〇門は破壊され、戦える戦列歩兵はわずかしか残っていない。
だが、一〇輌のダイムラー装甲車は、無傷だ。戦列を形成できなくなった歩兵たちは、ダイムラー装甲車の周囲に集まり、必死の防戦を繰り広げていた。
ウルリカは、双眼鏡で一〇輌程度の車輌が敵陣を突破してくる様子を漫然と見ていた。
彼女は何をどう理解していいのかわからなかった。
だが、アークティカの旗を見たとき、援軍がやって来たことを悟った。
「援軍だ、援軍が来たぞ!」
彼女は叫んでいた。
彼女だけではない、階級に関係なく多くの将兵が同じ言葉を叫んでいる。
すでに、マルマ軍の多くの将校が倒れ、彼女がマルマ軍本隊を指揮していた。
楔形の陣形が、帝国軍の戦列歩兵を切り裂きながらやって来る。
イリアはエミールの突進を見て、「先生は医者より、戦士に向いている」と言うと、車長が「まったくです」と応じた。
そして、「行くぞ!」と命じると、五輌の鋼の巨獣が動き出す。
イリアは、敵左翼外縁を機銃掃射しながらマルマ軍本隊を目指す。
エミールの部隊が装備する機関銃は、七・九二ミリM36(M1919中機関銃と同系)だが、イリアの部隊は一二・七ミリM2を装備していて、さらにM36やブルーノZB26も増備している。車輌数は半分だが、打撃力は強い。
ウルリカは、近くにいた歩兵に促されて、北西の方向を見た。なだらかな丘を五輌の奇妙な車輌が単縦陣で敵に向かっていく。
それらの車輌にもアークティカの旗が翻っている。
イファ部隊の突進は、結果としてアレナス部隊の進撃を側面援護することになり、マルマ軍本隊が敵右翼正面に集中砲撃を加えたことから、一万の大軍は大混乱に陥った。
アレナス部隊の突破作戦は、わずか一〇分で終わり、イファ部隊の左翼銃撃は五分ほどで終わった。
そして、三隊は合流した。
帝国軍は、階級の区別なく狼狽していた。敵の砲を積んだ車輌に手を焼き、マルマ街内の突入に手間取っている間に、現れるはずのない敵の新手が現れた。
わずか数分で、数百の将兵が死傷してしまった。
あと数回、同じ攻撃を受けると、戦列が瓦解する恐れがある。
正確な損害は掌握できず、至近の部隊の状況すらわからない。兵が倒れ、それを後送する兵も倒れている。
丘の上に横隊を作った二二輌の武装車輌を見て、帝国軍将兵は恐怖を感じていた。
三輌の半装軌輸送車は、砲を失ったマルマ砲兵の手を借りて、八一ミリ迫撃砲の設置を急ぐ。
最大射程で一発撃つと、敵の最後尾近くに着弾した。迫撃砲は三門しかないが、砲弾は一門あたり二〇〇発ある。
アレナスの砲兵は、各砲が数発の照準射撃を終えると。景気よく撃ち始めた。
一分間に一〇発、それを五分間続けた。計一五〇発の榴弾が、敵陣に大仰角で降り注いだ。
一万の大軍は、その大軍ゆえに身動きがとれなかった。指揮命令系統は分断され、統率のある行動ができない。
百人隊、十人隊規模で反撃の体制をとっても、それらは連携を欠いていた。
キジルに立て籠もるマルマ兵は、意外な展開に困惑していた。
この街を枕に討ち死にを覚悟していたマルテルであったが、次の一手を考え始める。
マーリンは、イリアとウルリカにキジルの友軍救出を進言したが、ウルリカに反対された。
彼女は「キジルが落ちないから、帝国軍はマルマを攻めきれなかったのだ。キジルは放棄できない」と主張した。
マーリンは「なら、援軍に行く。擲弾筒四門と軽機四挺があれば守れる。私が行く」
エミールが「M3に積めるだけの兵を乗せていけ」と賛成する。
マーリンが準備を始めると、一〇人ほどのマルマ兵が同行を懇願した。
マーリンは、指揮官の許可を得るように伝えた。
彼らがウルリカから許可を得たかどうかはわからないが、気が付けばM3に乗るかしがみついていた。
マルマが複製に成功した異界物は二つ。ダイムラー装甲車とリー・エンフィールド小銃だ。
ダイムラー装甲車は一九三九年に試作車が完成し、一九四一年には実戦に投入された。第二次大戦後も長く就役し、退役は一九六五年だ。
二ポンド砲(四〇ミリ砲)と七・九二ミリベサ機銃を砲塔に装備し、路上の最大時速は八〇キロに達する。乗員は三名。
リー・エンフィールド小銃は、一八九五年から一九五八年までイギリス軍の制式小銃であった。一〇連発のボルトアクション式だ。
どちらもイギリスだけではなく、英連邦諸国をはじめ、多くの国が使用した。また、実用期間も長い。
マルマの技術者は、この優秀な兵器を忠実に再現し、それを伝承しようとした。そして、一切の改良と技術の応用を禁じた。
ブレン軽機関銃とステン短機関銃は、銃の複製には成功したが、ベサ機銃と同様に無煙火薬の製法がわからず、機能しないことから研究は進まなかった。
ステン短機関銃の正式採用は一九四〇年である。
このことから、マルマの異界物は、一九四〇年代以降からやって来たものであることがわかる。
この兵器に関わる技術者集団は、五〇年という歳月の間に特権階級化し、かつ門外不出の技術として、ある種宗教的な感性を持ち始めていた。
そして、国家の危機に際しても、浮き世離れした行動をとっていた。
少年兵が発射した青の発煙弾は、部隊の集合を促す緊急信号であった。
彼が迷ったもう一発の色である赤は、救援を求める信号だ。
マルマの街内で分断され、指揮系統を失っていたマルマ兵たちは、青の発煙弾を見て、その方向に向かうべく行動を開始した。
そして、彼らの多くは武器を持たない一般の街人を伴っていた。
マルテル邸は、瞬く間に避難者で溢れ、弾薬不足に悩むマルマ兵で満ちていった。
彼らが現れると、発する言葉は決まっていた。
「誰か、弾を持っていないか」
そして、誰も返事をしない。
新参のマルマの兵たちは、イファからやって来た千人隊長が指揮している部隊だと聞かされ、多くの下士官が当然のように従う姿を見て、彼らも習っていった。
リシュリンは、気が付けば千人隊長にされていた。
彼女は、そんなことはどうでもよかった。明るいうちに、もっと安全な場所に移動しなくてはならない。
すでに避難者は三〇〇を超え、マルマ兵は五〇に達しようとしている。
そして、時間を追って、続々と集まってくる。
リシュリンは、三番隊隊長、メグ、マルマの古参下士官三人と作戦を練った。
リシュリンが「この近くに塀に囲まれた施設はないか。軍の営舎とか、商人の家とか何でもいい」
一人の下士官が「一番近いのは、兵器の研究所だ。
だが、住民の話では入れなかったらしい。
連中の頭の中は特殊だからな。避難してきた住民を追い払ったそうだ。
それと、研究所直属の警備部隊がいる。
そこに行くなら、一戦交える覚悟がいる」
二人の下士官が頷き、一人が「なら、一戦交えるだけさ。
それに、あそこには弾薬もある。
高い塀に弾薬があれば、まだ戦える」
作戦は決まった。住民、負傷者すべてを伴って、研究所に行き、門を突破して中に入る。
マルテルの妻は、足手まといになることを理由に、残ると言い張った。
すると、二人のマルマ兵が車椅子ごと持ち上げ、強制的に大型兵員輸送車に乗せた。運転をする兵を除き、歩ける全兵士が銃を持ち、装甲車とともに、研究所を目指す。
その距離四〇〇メートル。遠い、遠い、距離である。
帝国兵の数は、時間を追うごとに増えているようで、戦い方が巧妙になりつつあった。
彼らは最初、身を曝して発砲していたが、いまでは遮蔽物の影から狙撃してくる。
一つの民家、一つの通り、一つの立木、それらを制圧しながら進んだ。
すると、孤立して、身を隠していたマルマ兵が続々と集まってくる。また、一般の街人も助けを求めてきた。
彼らは、四〇〇メートルを二時間かけて進み、四人が戦死し、一八人が負傷した。
研究所は、帝国兵に包囲されていた。
この包囲網を破るため、マルマ兵三〇が陽動攻撃を仕掛けることになった。
裏口付近を包囲する帝国兵の背後から、ありったけの銃弾を浴びせ、帝国側の関心を引きつけた。
正門を囲む敵兵が裏口に回り、手薄になったところで、リシュリンたちが一斉攻撃を仕掛け、一帯を制圧する。
マルマの下士官が研究所に門を開けるように要求すると、内部から「ここは神聖なる研鑽の地、何人も犯してはならぬ」という間の抜けた答えが返ってきた。
イファの兵は、重厚な鋼鉄の門扉に、ライフルグレネードを発射した。
厚さ一〇〇ミリの鋼鉄板に穴が開く。彼らは、HEAT弾(成形炸薬弾=対戦車榴弾)を使ったのだ。
研究所内部の警備兵と所員は、動揺した。野砲の直撃さえ跳ね返す鋼鉄の扉に穴が開いたのだ。それも徹甲弾のように穴が穿たれるのではなく、焼き切れたようになっている。
さらに、門扉の蝶番に爆薬を仕掛け、次々に破壊していく。
数十秒で、門扉は自重を支えられぬほど、ぐらついている。
そこに避難者を乗せたまま、大型兵員輸送車が突っ込んだ。
門扉は完全に破壊され、研究所内部に避難者と兵士がなだれ込んできた。
それを止めようと、警備兵が銃口を向けると、マルマ兵は躊躇なく撃った。
研究所の制圧は数秒で終わった。
白衣を着た男が「君たちは、ここを……」残りの言葉を出す前に、若いマルマ兵が銃床で顎を殴り地面に転がした。
古参の下士官が、「そいつをその辺の木に縛り付けておけ」と命じる。
研究所の警備兵は、銃と弾薬を取り上げられ、手を後頭部で組んで、跪かされている。
古参の下士官が「こいつらの手足を縛っておけ」と、兵に命じた。
警備兵が「待ってくれ、俺たちも戦う」というと、下士官は「それなら、とっくに戦っているよ。ふざけたことを言うな!」と怒鳴った。
警備兵は厳重に縛られ、動けば殺すと脅された。
帝国側は体制を立て直し、門扉の壊れた正面に集中攻撃を仕掛けてきた。
だが、弾薬を補給したマルマ兵は頑強に抵抗する。
また、三発の青い発煙弾が打ち上げられ、街内で孤立しているマルマ兵に集合を知らせる。
研究所内には、驚くべきことに、研究所で働く全職員の家族が避難していた。それは警備兵の家族も例外ではない。
彼らの多くは、侵入してきたマルマ兵をにらみつけ、反抗的態度を隠そうとしなかった。
ある少女がリシュリンにつかみかかった。年齢は、彼女と大差ない。
「お前など、戦争が終われば牢屋行きだ」
「それは無理だな。私はイファの住人だ」
少女は、リシュリンが発した言葉の意味がわからなかった。
マルマ兵は、警備兵から取り上げた弾薬ではととも足りなかった。
研究所内には、厳重に管理された区域が複数あり、そのどれかが弾薬庫だと考えられた。ただ、軍の弾薬庫のように大量に保管されている様子はなく、一千発が最大値と思われた。
弾薬の捜索が難航していると、一人の若い研究員がリシュリンに話しかけた。
「何を探しているんですか?」
「弾薬だ」
「それなら私が案内します」
研究員たちは彼らの家族とは異なり、必ずしも非協力的ではなかった。弾薬だけでなく、使える武器と使えない武器の選別にも積極的に協力した。
彼らは、ベサ機銃の生産を目指していたが、黒色火薬を使用する限り、オリジナルに忠実に銃側を再現すれば、動作不良となる。
本来、銃は弾薬を使うための道具で、銃は弾薬に合わせて作られる。しかし、マルマの技術者にその考え方はなく、弾薬は銃に付随するものと定義していた。
そのため一〇〇挺に達するベサ機銃がありながら、一挺たりとも正常に回転しなかった。アレナスから購入した七・九二ミリマウザー弾は、すべて軍が管理していて、研究所には一発もなかった。
七・七ミリ弾は、減装弾や強装弾など、各種あり、通常弾は五〇〇発程度しかなかった。
それでも、兵五〇に一〇〇発ずつ支給できる。
所員の家族たちは、食料の運び出しや避難者への支援作業にかり出された。
多くは恐怖のためか、従順に従ったが、反抗するものもいた。
リシュリンにつかみかかった少女が「何で私がこんなことしなければならないのよ!」と騒いだ。
それを聞いたリシュリンが近付き「アークティカを守るためだ」と諭した。
マルマ兵は研究所の屋上に上がり、付近に潜む帝国兵を盛んに狙撃している。
また、積極的に敷地外に出て、イファの部隊から提供された手榴弾による攻撃を仕掛けた。
帝国兵は徐々に、研究所の周囲から駆逐されていった。
同時に、多くの街人やマルマ兵が集まってくる。
日没まで二時間に迫った一五時三〇分、フェイトとキッカは、今日最後の出撃を行った。
キッカは後席に誰も乗せず、三〇キロ爆弾二発を胴体下面に懸吊した。
フェイトは、機関銃弾を半載にして、胴体下面に一二〇キロ爆弾一発を懸吊した。
キッカが先に離陸し、二〇分後にフェイトが離陸する。
二人は、高度八〇〇メートルからの水平爆撃を敢行するつもりだ。
爆弾が地上に落下していく加速度と、爆弾が破裂する威力が最大になるように、そして三発の爆弾が、ほぼ同時に落下するように計画した作戦だ。
マーリンは、イファ兵八人、マルマ兵一〇人とともに廃墟となったキジルを目指して出発した。大量の弾薬、手榴弾、擲弾筒、ブルーノ軽機関銃四挺、三脚架に載せるM36中機関銃二挺を積んでいる。
距離は五キロ、平地に瓦礫が折り重なっているが、それが海原の島のように見える。
キジルは帝国軍に完全に包囲されていたが、街内に敵を侵入させてはいなかった。また、武器弾薬は十分ではないが、戦闘に支障を来すほど消耗していない。
マルテル自身は足を負傷していたが、自分と兵はまだ戦えると確信している。
孤立しているキジルのマルマ兵は、街に近づいてくる車輌一輌を早い段階で察知していた。それは、帝国側も同じだった。
マーリンは街まで二キロの地点で、停止した。一戦交えなければキジルに突入できないことは承知しているが、帝国側が彼女の部隊に三〇〇を超える戦列歩兵を差し向ける様子から、どうすべきか思案していた。
マーリンは、リシュリンなら無謀な突撃はしないと思った。日没を待つのも手ではあったが、それまでに一時間以上ある。
そのとき、戦場に二機の飛行機が飛来した。
雲の間を縫うようにゆっくりと飛び、二機は三個の爆弾を同時に落とした。
地上で、凄まじい爆発が起こる。
帝国軍にとっては運が悪かった。フェイトとキッカは、帝国軍陣営の中心あたりに投弾したのだが、敵本営の至近であった。
帝国軍司令部は混乱し、帝国軍の司令官は恐怖の余り錯乱してしまった。
そして、キジルを包囲する帝国軍部隊にも運がなかった。
フェイトがマーリンの部隊に気付いたのだ。
フェイトは、マーリンの行く手を遮る帝国軍部隊に対して、機銃掃射を始めた。
帝国軍兵士は逃げ惑い、地に伏し、機械鳥の鋭利な爪から逃れようと必死だ。
マーリンは、この機を逃さずにキジルに向かって突進した。
キジルからも援護の兵が進出し、マーリンたちの進路を啓開。
マーリンは一切の損害なしで、キジルの街に突入した。
マルテルが兵に抱えられて、やってきた。
「指揮官はどなたかな?」
激戦の地の指揮官とは思えない、マルテルの穏やかな口調にマーリンは不快ではないが、奇妙な違和感を感じた。
「私です。イファの住人でマーリンと言います」
「やっと会えました。予言の娘よ」
マルテルの言葉に周囲のマルマ兵がざわつく。
「武器弾薬、そしてマルマの勇敢な兵をお連れしました。
これより、閣下の指揮の下、キジルの街を守ります」
マルテルは、優しく微笑んだ。
そして、「皆、聞け! キジルに予言の娘が降臨された。我らは無敵ぞ!」
マルマ兵の大歓声がわき起こる。
マーリンをよく知るイファの兵たちは、呆気にとられた。マーリンには、神の力などない。ただ勇敢で、優しい普通の女の子だ。
だが、このキジルの街で一番大切なことは、守り抜けるという確信なのだということも知っていた。
マーリンは、ブルーノ軽機関銃四挺とM3ハーフトラックから取り外した二挺のM36を加えた四挺のブローニング中機関銃の配備場所の指示をマルテルに請うた。
イファの衛生兵がマルテルの足の傷を手当てしようとするが、マルテルは二種類の機関銃が気になり、じっとしていない。
マーリンが仕方なく説明を始めると、マルテルはやっと大きな瓦礫に腰掛けてくれた。
「ブルーノ軽機関銃は、三〇連発の箱型弾倉から弾丸を供給します。最大の特徴は小銃のように一人で運用できることです。
ブローニング中機関銃は、銃本体、弾薬、三脚架を三人の兵で運びます。布製のリンクベルトに一〇〇発がつながっていて、連射することができます。
弾丸の威力は、軽機関銃、中機関銃とも同じです」
「ふむ、それでは中機関銃の脚持ちと弾薬手はマルマから出す。それと、軽機関銃にも弾薬手がいれば、より多くの発射が可能だろう。その弾薬手もマルマから出す。
どうだ」
ニヤリと笑ったマルテルの顔を見て、マーリンは気のよさそうなただのおじさんでないことを悟った。
マルテルは、イファ製機関銃の情報を得ようとしているのだ。
マーリンが返答する瞬間、イファ兵の一人がマーリンに話しかけた。
「マーリン様、擲弾筒はどうしますか。
弾はたっぷりありますから、景気よく撃ちますか」と、冗談交じりに言う。
マルテルが「その筒は何だね?」と尋ねる。
イファ兵が「大砲です」と簡潔に答えた。
マルテルの副官が少し笑った。わずか重量四・五キロ、全長六一センチの小さな筒が大砲だと言われてもにわかには信じられない。青銅製前装野砲は全重一・二トンもあるのだ。
マーリンは「中機関銃と一緒に配備しろ。無駄弾は撃つな」とイファ兵に言うと、彼はその場を去った。
マルテルと彼の副官に「本当に大砲です。威力半径一五歩の榴弾を発射できます」と説明した。
副官はマルテルに、イギリス式の敬礼をすると擲弾筒手の後を追った。
M3ハーフトラックは、マルテルを乗せ、キジルの街の中心部に陣取った。
マルマ、アレナス、イファの連合装甲部隊は、燃料と弾薬の補給に手間取っていた。
一七時、三門の八一ミリ迫撃砲が各砲一〇〇発の支援射撃を開始。
支援射撃終了と同時に、マルマのダイムラー装甲車一〇輌、アレナスの半装軌装甲車七輌、イファの半装軌戦車四輌、計二一輌の装甲車両が帝国軍本隊に突撃を開始した。
ようやく立て直しに向かっていた帝国軍全軍は、再度の装甲部隊の突撃を受けて、完全に浮き足立ってしまった。
特に敵右翼の輸送部隊は、ルカーンとの国境を目指して退却を始めたが、国境を流れるイシコシュ川を渡ろうとして、ルカーン軍の激しい銃砲撃を受ける。
ルカーン行政府は帝国軍の領内通過を黙認するよう命じていたが、帝国軍の一部がルカーン領内で略奪を行った事実があり、ルカーン軍の一部将兵は我慢できないでいた。
ルカーン軍は、正体不明の武装集団がアークティカとの国境を越えてルカーン領に侵入しようとしたので攻撃した、という名目で徹底抗戦を始めた。
日没前、指揮命令系統を失い、退路を閉じられた帝国軍輸送部隊は、十人隊、百人隊ごとに武器をすべて捨てて、ルカーン軍に降伏した。
アークティカ軍に降伏しても殺されるだけと信じていた彼らは、イシコシュ川の北岸で武器を捨て、手を上げて浅い川を徒歩で渡った。
このとき、帝国軍の総兵員は八〇〇〇に減じていたが、戦闘を継続できないほど損害を受けていたわけではなかった。
彼らは、心が折れたのだ。
帝国軍本隊が瓦解すると、マルマに侵入した部隊と、キジルを包囲している部隊が結果として孤立することになった。
マルマの街内では、兵器研究所を拠点に一般の街人の救出作戦を展開し、一七時頃には帝国軍を圧迫し始める。
リシュリンはこの機を逃さなかった。正規兵、民兵、そして武器を持った街人を動員。帝国兵の掃討を開始する。
帝国兵は元奴隷商人部隊らしく、街内に入ると同時に獲物を求めて分散していた。
リシュリンは、マルマ兵を一〇人単位の分隊に再編成し、分隊ごとに帝国兵を狩り出すように作戦を立てた。
時間を追ってマルマ兵が集まり、中には軍施設から上官の命令を無視してやって来た兵たちもいた。
また、下級将校に率いられた組織的な離反部隊も参集してきた。
彼らは、街内から一兵たりとも帝国兵を出さないという決意で、夜通しの徹底掃討を開始した。
街内に侵入した帝国兵は多くなく、夜明けまでには作戦を完了することができた。
キジルの街を包囲していた帝国軍部隊は、本隊とは異なり浮き足立ってはいなかった。
孤立したことを悟り、脱出経路を探った。内陸を東進し、アークティカ領の東辺から無領地に入り、脱出する計画を立案した。彼らは大量の蒸気車を保有し、機動力には自信がある。
帝国軍本隊は、烏合の衆と化してはいたが戦力的にはいまだに巨大だ。マルマ軍本隊がキジル救援に来ることはない。
ならば、眼前の敵を倒し、撤退を開始すれば、予備戦力のないアークティカ側に追撃される危険は少ない。
キジルを包囲する帝国軍指揮官は、そう判断した。
日没前にキジルに対する総攻撃が始まった。この戦いはキジルを包囲する帝国軍部隊将兵にとって、生き残るための重要な作戦であった。
キジルを包囲する帝国軍部隊の指揮官は、本隊からはぐれ遊兵となっていた自軍将兵を集めて、総兵力一〇〇〇を超える部隊を編成した。
そして、日没前に総攻撃を開始した。
マーリンたちイファの兵にとって、敵の薄暮攻撃と夜戦は好都合だった。照明弾は使い切れないほどある。
帝国軍は日没直後に街内に突入し、敵を殲滅して、直ちに東方へ撤退する算段だったが、夜の戦場を白昼化されたことによって、完全に足止めされしまう。
また、八挺の機関銃は、帝国兵を容赦なく倒し、時間を追って帝国軍側の火力が弱まっていく。
四門の擲弾筒は、小さな音で発射され、凄まじい爆発音を轟かせる。
たった一輌の援軍に突破されたことで、彼我の攻守は逆転しつつあった。
マルマの兵は、キジルの街を出て、敵の宿営に手榴弾攻撃を仕掛けた。マルマには手榴弾はなかったが、イファの兵から譲り受け、これを手に果敢な擲弾攻撃を仕掛けた。
キジルを包囲している帝国軍部隊将兵は、夜明けが近付くことに異常な恐怖を感じ始めていた。
アークティカは、帝国兵の降伏を受け入れないことは、誰もが知っていた。
この地にへばりついて死ぬか、それともいま脱出を図るか、帝国軍部隊の指揮官は思案していた。
キジルを落とすことはできそうになく、ルカーンへの脱出もできない。
いま、東方に向かって撤退を開始すれば、気付かれないかもしれない。
そして、キジルの包囲部隊は撤退を開始した。
だが、彼が決断するより早く、個々の兵が徒歩で東に向かい始めていた。遊兵を集積したツケが回ってきたのだ。彼らに、にわか指揮官に忠誠を尽くす義理はない。
アークティカには人が住む土地が少ない。隠れながら逃げれば、東の国境にたどり着けるかもしれない。東の国境まで最短七〇キロだ。
夜が明ける直前、キジルの守備隊は、包囲していた敵兵がいないことに気付いた。
機動力のない彼らは追撃できず、またマルマ軍本隊に伝令を走らせるにしても、マーリンの装甲車の他に、人の足以外の移動手段を失っていた。
それでも、生き抜くことに成功した彼らは、友軍との連絡に成功した。
アークティカは、またしても負けなかった。
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