異世界で農業を -異世界編-

半道海豚

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異世界編

01-007 意地の居座り

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 ヴァロワの貴族には、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、勲功爵、騎士の9階級がある。ダルリアダ王国もほぼ同じだが、伯爵と子爵の間に副伯がある10階級になる。
 ヴァロワでは資力さえあれば、爵位が買える。
 一方、ダルリアダでは血統が最重要視され、家柄さえよければ無能でも要職に就ける。だだし、平時ならばの条件が付く。有事となれば、有能な男爵以上の貴族が任に就く。
 閣下と呼ばれるのは男爵まで、土地を保有できるのは準男爵まで、勲功爵と騎士は軍事に携わる。ヴァロワでは、貴族であっても領地はない。当然、ヴァロワ貴族には徴税権もない。
 ただし、土地の所有はできる。ヴァロワの貴族は広大な土地を所有し、多くの使用人を雇い入れ、農地の耕作をさせる。
 細部に違いはあるが、両国の貴族制度は本質的に変わらない。爵位が上なら、軍に入れば即高級将校だ。能力の有無は関係ない。何事も家柄。
 ヴァロワの王都レイディに比較的近い地域には、準男爵の所有地が多い。理由は王家に反抗する力がないから。
 そして、王への反乱があれば防衛を担える。
 数カ村を包含していれば、準男爵の所有地としては破格に広い。多くは、準男爵家族と数戸の使用人家族で農業を営んでいる。
 ロレーヌ準男爵もそうした下級貴族だった。
 銃を求めた理由は“盗賊”から家族と小作人を守るため。数挺の銃で何ができるものでもないが、ダルリアダの嫌がらせを排除できればいい。
 準男爵の息子は何度も遊びに来たし、妹を連れてきたこともある。
 彼の妹は、ネコの皮を被ったオオカミに変身して城に戻っている。
 御者の息子が妹を連れてきたこともある。彼女は、パンダの皮を被ったオオカミになった。

 元兵士8家族には、継承者が絶えた土地を貸すことが決まった。一領具足各家の土地は、領地ではない。一領具足全体の所有地であり、各家が耕作権を持つ。家が絶えれば耕作権は全体に戻る。
 耕せないし、耕さなければ、ダルリアダが何をしてくるかわからない。一領具足の所有地でもっとも西の800ヘクタールを貸すことになった。1家族100ヘクタールだから、生活には十分なはず。
 彼らも時々だが訪ねてくれる。子供が一緒が多い。子供たちは、菓子が目当てだ。

 レベッカが元兵士の1人に相談を持ちかける。彼の幼い娘は、口の周りがチョコレートだらけだ。
「ウマを4頭貸してほしい」
「……。
 畑を耕せなくなる。
 1日でも早く、小麦の種をまきたいんだ」
「当家の当主が手助けする。
 ウマを貸してほしい」
「曹長と相談してみるよ」

 捕虜になっていたピエンベニダは、どこに行くわけでもなく、仲間を追う様子もなく、キャンプに留まっていた。
 3人の少年脱走兵は、ピエンベニダに何かを言われたらしく、キャンプに留まっている。

 数年間放置されていた麦畑を掘り起こすために、翔太はトラクターで元兵士たちの畑に向かっていた。
 後続する軽トラの荷台にはピエンベニダが乗っている。
 元兵士たちが希望した面積の4倍を1週間で耕した。トラクターの威力に新米農民たちは驚喜し、誰もが笑顔になった。
 彼らは、種をまき終えてから冬の支度をするという。いまは、馬車が家代わりだ。
 それは、レベッカたちのキャンプも同じ。
 厳しい冬を乗り越えるには、心許ない。

 翔太は、レベッカたちよりも冬を心配している。実際、冬に命を落とした彼女たちの仲間は少なくない。
 翔太は、石造りの母屋を完全修理する手立てを考え始めていた。

 すでに複数のクルマを異世界に送り込んでいるし、小型と大型農業トラクターやその他農機、建機ではミニショベルとミニホイールローダーもある。
 一番大きなクルマは、3トンダンプだ。小型のワンボックスバンとキャブオーバー1トン積みトラックもある。
 迫力があるのは四輪駆動ピックアップトラックだ。
 換金価値のあるFJ40系ランドクルーザーは、すべて元世界に戻した。
 レベッカたちは、彼女たちからすれば異世界の機械はすでに見慣れていた。
 だが、キャリアダンプを分解して運ぶと、その迫力に圧倒された。
 組み立てにはクレーンが必要で、レンタルしたユニック車を持ち込む。彼女たちにとってはクレーンも初めて見る機械だ。
 組み立てには、4日を要した。

 キャリアダンプの組み立てが終わった日の夜、事件が起きた。
 アネルマとヤーナは、キャンプへの帰路を急いでいたが、ライトバンの後輪を路肩の穴に落としてしまい、脱出できないでいた。
 誰か通りかかれば、車体を持ち上げられるが、日没間近で往来がない。
 仕方なく、車内での夜明かしを覚悟する。キャンプまでは15キロほどしかないので、残念だった。
 無線で状況を報告すると、救援を送るとのことだった。

 キャンプでは、成人女性が野犬に噛まれる騒ぎがあった。翔太は狂犬病を心配し、彼女の容体を見守っている。
 狂犬病は発症すれば確実に死亡する。噛まれたのは足で、すぐには発症しない。翔太は迷ったが、貴重なワクチンを使うことにする。
 彼がアフリカから秘密裏に持ち帰ったものだ。発症前なので、効果があるはずだ。

 3トンダンプがライトバンと合流したのは、日付が変わってだいぶたってからだった。
 アネルマとヤーナは緊張からか、動けぬ不安からか、疲れ切っていた。
 そして、不機嫌だった。その感情は、翔太に向けられた。
「ショウ様、?*。?.°♪*。???*。?」
 何を言っているのかわからない。理解するつもりは翔太にはない。
 ライトバンは簡単に持ち上げられ、後部片輪が穴から脱出する。

「銃声じゃない?」
 ヤーナの発言で、全員が耳を澄ます。
「銃声だよ」
 アネルマが同意する。
「あっちから聞こえる」
 ヤーナが指差す。
 翔太は嫌な予感がする。
「ロレーヌ準男爵の城からじゃないのか?」
 アネルマが「行ってみよう」と。
 誰にも異存はない。

 ロレーヌ準男爵は突然の襲撃に驚いたが、心構えはできていた。妻と幼い子は地下に隠れ、小作人たちは森に逃げる。
 そして、準男爵、先代、年長の息子の3人が戦う。これが防衛計画。
 襲撃者たちは、城壁とは呼べない胸までしかない石の壁を容易に乗り越えて城内に侵入する。
 盗賊にしては統率のとれた1個小隊規模の部隊は、3人の抵抗者など敵ではなかった。
 初弾の発射後は白兵戦になる。大人の身体になっていない息子ではかなうはずはなく、身体の盛りを過ぎた先代は経験で戦うが、実戦経験豊富な現役兵士の敵ではない。
 先代の身体が剣で貫かれる。息子が頭を強打され、昏倒する。
 妻子が地下から引っ張り出され、末子である赤子が地面に叩きつけられる。妻の背に剣が突き立てられた。
 逃げなかった使用人の喉が斬り裂かれる。
 準男爵には家族を守る術がなかった。2人の娘はまだ生きている。しかし、このあと何をされるか知っている。
「ダルリアダのクズが!」
 準男爵の怒りは大きいが、彼にできることはない。

 城外で銃声がする。
 すでに開いていた城門を3トンダンプが潜る。
 ピエンベニダはまず長銃を発射、続いて短銃を発射し、長剣を抜く。
 アネリアとヤーナは6連発を抜いて、立て続けに発射する。
 翔太はダンプの運転席を降りると、6連発のリボルバーであるコルト・ニューサービスを抜いた。
 準男爵の娘を拘束していた“盗賊”は、ダンプの荷台から狙撃される。

 襲撃者は意外な援軍に動揺する。連発できる銃に驚き、一斉に後退する。

 ロレーヌ準男爵の嘆きは深かった。先代である父親、妻、末子を殺された。使用人も4人が殺されたし、城に駆けつけた近隣農家の少年1人も殺された。
 使用人は、彼にとっては家族同然だった。
 1人の息子と2人の娘に大きな怪我はなかった。しかし、嫡男は意識がない。準男爵は諦めている。
 ピエンベニダが盗賊1人を捕らえた。その盗賊を準男爵が殺そうとするが、アネルマたちが必死でとめる。
 尋問すれば、何かわかるかもしれない。
「ロレーヌ準男爵、あんたの気持ちはわかる。だが、こいつを尋問すれば、何かがわかる。
 あんたの息子を助ける。
 そのかわり、こいつを渡してくれ。
 殺すときは、あんたがやれ」
 準男爵は翔太を見た。
「ショウ殿、約束だぞ!」
「刀にかけて約束する」
 翔太は腰に佩いてはいない刀にかけた約束をする。
 捕虜が笑う。
「おまえの息子は死ぬ。
 あの傷で助かるわけがない。
 そして、俺は絶対に話さない」

 準男爵の嫡男をライトバンの荷室に、捕虜はダンプの荷台に乗せる。

 翔太は医師ではない。だが、準男爵の嫡男のような傷はよく知っている。銃床で頭を殴られると、こういう傷になる。意識があれば助かる確率は高いが、準男爵の嫡男に意識はない。
 翔太は、治療方法を知っていたし、意識を取り戻しても後遺症が残ることがあることも理解していた。

 彼は2日後に意識を回復し、話すこともできた。準男爵は驚喜し、翔太の手を取って涙を流す。
 そして、捕虜の尋問に立ち会うことを求めた。

 翔太はキャンプから遠い耕作放棄地に捕虜を捕らえている。
 未耕作農地のほぼ真ん中に立派な枝振りの大木があり、この大木の幹に捕虜を鎖でつないでいる。
 この捕虜は間違いなく重要人物だ。
 そう確信する理由は、2日間に4回救出を試みたことからわかる。
 ギリースーツを着たピエンベニダは、ミニエー銃と暗視装置に大喜び。捕虜に近付くものは、昼夜の別なく狙撃している。

 捕虜の威勢はすでに消えていた。彼に近付こうとすれば、どこからともなく銃弾が飛んでくる。
 2人が死に、数人が負傷し、何人もが逃げた。昨夜はオオカミが現れたが、とてつもなく大きいオスが1発で仕留められた。
 狙撃手は複数いて、全員がネコのように夜目が利く。暗闇でも白昼のように狙撃する。さらに、タカのように遠目が利く。

 捕虜は明確に怯えていた。
 だが、虚勢を張る。
「おまえたちは、必ず殺される。
 もう、逃げることはできない」
 翔太は落ち着いている。
「だとしても、おまえが死んだあとのことだ。
 まず、名前を言え」
 抵抗する。準男爵が殴ろうとするが、翔太がとめる。通販で買った格安スタンガンを見せる。
 火花が散るが、捕虜と準男爵にはそれが何かわからない。
 翔太が捕虜の脇腹にスタンガンを押し当てる。
 周囲で見守る狙撃手たちが戦慄するほどの絶叫が大気を振動させる。
 その叫び声は、準男爵を後退りさせる。
「いまのは、威力の中だ。
 もう少し電圧を上げようか?
 それとも、ここにするか」
「よせよせ、やめろ!
 やめてくれ~!」
 捕虜は泣き出したが、翔太は容赦しなかった。股間にあててスタンガンを使う。
「もうやめて~。
 お願いだよ~」
「名前は?」
「ヴァイナモ・キュトラ」
「キュトラ伯爵家のものか?」
「三男だ」
「代官か?」
「違う。代官は兄上だ」
「ロレーヌ準男爵の城を襲ったのは、兄貴の命令か?」
「いいや、兄上はダルリアダの王都にいる。
 実際の統治は弟がしている」
「弟の名は?」
「ダーグだ。ダーグ・キュトラ」
「その兄ちゃんが、あれこれと悪さを考えているのか?」
「施政の方針は弟が決めている」
「一領具足の当主、前当主、嫡男を毒殺したのもおまえの弟の策略か?」
「それについては知らない。
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「ここを実際に統治しているのは四男の弟だ。
 弟が許可しなければ何も始まらない。
 弟には誰も逆らえない」
「その弟は、コンウィ城にいるのか?」
「それは言えない。
 弟に殺される」
 翔太がスタンガンを股間に当てる。
「勃なくなるぞ」
「やめてぇ~。
 弟は城だ。いつも城にいる。城からは出ない」
「では、その弟を誘き出すことにしよう。
 餌は間抜けな兄だ」

 森に入るとロレーヌ準男爵が尋ねる。
「毒殺は本当なのか?」
「本当だ。300人以上が毒殺された」
  準男爵が沈黙する。

 キャンプに戻ると、元兵士たちが来ていた。
「ショウ殿、連中が来た。
 土地の利用権利書を見せたら破かれちまった。
 もう一度、書いてもらえないかと思って……」
 翔太はクリアファイルから権利書のプリントを出す。
「こいつにレベッカがサインする。
 あんたも同意のサインをしてくれ」
 曹長が少し驚く。
「何枚もあるのか?」
「あぁ、何枚でも出せる」
「どんな仕掛け何だか……」
「曹長、次は力ずくで来るぞ」
「わかっている。
 しかし……」
 曹長は準男爵の存在を無視している。貴族が嫌いなのだ。
「曹長、こちらはロレーヌ準男爵。
 3日前、連中に襲われたんだ。
 奥さんと生まれたばかりのお子さん、それとお父さんを亡くされた」
「それは、どうも……」
「準男爵、フラン曹長。
 近くで農業をやっている。
 元ヴァロワ軍の下士官だ」
 準男爵は、どう反応すべきか迷った。だが、貧乏貴族が虚勢を張る必要はないと感じた。
「ご近所だな。
 以後、よしなに」
 ぎこちない挨拶だ。
 曹長が尋ねる。
「ロレーヌ準男爵、軍歴は?」
「ない。
 ただの農民だよ。
 公職に就いたこともない」

 レベッカは驚いていた。
 貴族、農民、元兵士、そして一領具足が、同じテーブルについている。
 ミルクを添えた紅茶、角砂糖、チョコレート粒が入ったクッキーがテーブルにある。
 ヴァロワでは起きえないことが起きていた。
 翔太は“情報交換”の一言で立場の異なる人たちを同じテーブルに座らせたのだ。
 ヴァロワでは貴族の地位が相対的に落ちていて、身分よりは家柄表記に近くなっていた。封建制の弱体化が甚だしく、それゆえヴァロワの王位を継承しようという親戚=各国の王家も少なかった。
 ヴァロワの動向が自国に波及することを恐れる絶対王制国家は、ヴァロワの取り込みを敬遠した。
 すでに王権が弱体化している国は真逆で、領土拡張を目論む政府はヴァロワの獲得に積極的だった。だが、侵略に利用されることを嫌った各国王家が反発した。
 ヴァロワの周辺国において、大陸北部の片田舎にあるダルリアダだけが、領土拡張の好機としてヴァロワ王家継承権獲得に積極的だった。
 領土拡張を目論む王家、新たな領地がほしい貴族、次男三男のための農地が必要な農民。国をあげて利害が一致していた。
 ダルリアダ王国は、ヴァロワの乗っ取りを画策していた。貴族、農民、都市住民のすべては、追い出すか、殺すつもりだった。

 翔太は、ヴァイナモ・キュトラの尋問によって得た情報を、テーブルを囲むむさ苦しい男たちに伝える。
 退役した勲功爵が「ある程度、予測していたよ」と答える。
 農民の男は軍歴があった。
「戦うか、逃げるか?
 俺たちに逃げる選択はない」
 フラン曹長は「戦って勝てる相手じゃない」と悲観的だが、同時に「逃げる場所なんてない。戦うしかない」と。
 ロレーヌ準男爵は「先祖の墓がある」と逃げる案には反対。
 話し合いは2時間を超えたが、逃げるとする判断はなかった。実際、逃げ道はない。戦って死ぬか、飢えて死ぬかだ。
 ロレーヌ準男爵は「この場にいない男爵以上の貴族と街の民はどう考えているのかな」と。
 上級貴族と裕福な街の住民は、財産をかき集めて隣国へ逃げるという選択肢がある。貴族は所有地を失うが、そもそも所有地のことはほとんど知らない。知っているのは、収穫量くらいだ。土地以外の財産をダルリアダ貴族に売るという選択肢もある。
 街の住民も店や家を失うが、ダルリアダ商人に商権を売ることができる。
 丸損するわけではない。
 その点、農民として生きている下級貴族と農民は不利だ。ダルリアダ王国の主目的が農地の奪取にあるのだから、真正面から対抗しなければならない。

 翔太は1回の会議で何かが決まるとは思っていない。顔を合わせただけでも、画期的なことなのだ。

 コンウィ城は丘の上にあり、高い城壁に囲まれた堅城だ。
 民兵や市民軍といった非正規軍では、到底落とせない。強力な攻城兵器が必要になる。だから、翔太は正攻法で対峙するつもりはなかった。
 捕虜を使った交渉を考えている。

 ダーグ・キュトラには、ヴァロワの住民と交渉するという選択肢がなかった。
 キュトラ伯爵領から、すべてのヴァロワ農民を追い出すか殺せと父親であるキュトラ伯爵から命じられている。身分は関係ない。貴族、自営農民、貴族や豪農の使用人など、全農業従事者を駆逐する。
 これが、彼の任務だった。

 翔太はキャンプの防衛態勢を強化した。ネットで購入した人感センサー多数を設置した。
 人が近付けばライトが付きチャイムが鳴る。サーチライトも配備する。
 照明弾も必要と判断し、発射機を自作する。迫撃砲のような形状をしているが、黒色火薬を推進剤とする打ち上げ花火のようなものだ。
 カメラを付けたドローンも導入する。安物だが、航空偵察できる。ドローンの操縦は子供たちの仕事。
 翔太は周辺の偵察に有効だと期待していて、使えるようになれば彼女たちも強力な戦力になる。
 実際、彼女たちの適応力はすごい。ドローンの操縦を短期間で完全に習得している。

 キュトラ伯爵の四男ダーグ・キュトラは、代官たる兄の判断を待たなかった。翔太の予測とは異なり、直接キャンプを襲撃するための威力偵察部隊を派遣する。
 この部隊は、東西を結ぶ街道に出て以降、一切の暴虐をせず、真っ直ぐに西に向かっている。

 キャンプのメンバー数人が、東80キロにある村に逗留していた。
 目的は監視。
 無線で50騎ほどが西に向かっているとの情報が入る。

 レベッカは、彼女たちの領地内で迎え撃つ決断をする。
 すべての農作業をやめ、戦支度を始める。後装銃は多くない。前装のライフルは、射程は長いが発射速度は前装のマスケットと大差ない。
 誰もが不安だった。
 威勢のいい若いメンバーは、キャンプの外にいる。キャンプにも戦える女性は多いが、若いときほど身体は動かない。

 ピエンベニダは、キュトラ伯爵家の三男ヴァイナモ・キュトラが鎖を解かれて連れ去られる様子を黙って見ていた。
 離れている彼女の同僚も同じだ。
 ヴァイナモを助けに来たのは、よく訓練された兵士だ。狙撃できるが、反撃も覚悟しなければならない。
 発射音と発射炎、そして銃口からの煙で潜伏場所を暴露してしまう。
 敵は多く、2人か3人倒しても自分も倒される。ピエンベニダたち狙撃手はゆっくりと後退し、その場を離れる。
 途中で合流し、走ってキャンプに戻る。

 レベッカは、完全に後手に回っていた。コンウィ城を発した偵察1個小隊は、一切の無駄なく最短時間でキャンプに達した。

 キャンプ=レイリン家の農場は、南に開口している。北は断崖、東西に深い森。南には街道。南の開口部は狭い。農場の形状は楕円に近い。街道は東西を結ぶ主要道。街道の南側にも農場がある。
 レイリン家農場に東西で隣接する農場は、耕作済み。南側の農地は手つかずだ。南側農地では、春まき小麦を育てる予定だ。
 この6カ所の農地と周辺の森を加えると、総面積は7500ヘクタール=75平方キロに達する。
 レベッカたちは、この広大な農地を100人以下で管理している。
 キャンプの南端に現れたコンウィ城の威力偵察隊は、広大な麦畑に圧倒されていた。
 同時に怯えていた。
 奇妙な飛ぶものが、彼らを見ているからだ。
 ダルリアダ人は迷信深い。ダルリアダは軍事大国だが、文化的・科学的・社会制度的に途上国だ。
 だから、指揮官を含めて、安物のドローンを魔女が生み出した魔物だと信じた。
 マスケットで狙ったが、ひょいと避けられた。
「魔女を殺せ……」
 兵の1人がそう呟く。
「そうだ、魔女を殺せ!」
 下士官が同調する。
「魔女は皆殺しだ!」
 指揮官が叫ぶ。
 騎兵は街道上に完璧な横列を作る。威力偵察なのだから、戦力分析のための攻撃は織り込まれている。だが、彼らは本格的な攻撃を企図していた。

 翔太は無線で連絡を受け、帰路を急いでいた。古い大木の根を掘り出すために、キャリアダンプで西にある農家の手助けをしていた。
 キャリアダンプとしては中型だが、4トン積載のクローラー車輌の迫力は、伝説の怪物と同義だった。
 西から街道上を突進してくる怪物を視認したダルリアダ兵は、新たな魔物の登場に狼狽する。

 翔太は麦畑に横列を作る騎兵に激怒した。
「てめぇら、ここで何をしてる。
 俺の畑をこれ以上荒らしたら、生きて帰さねぇぞ!」
 指揮官は、明らかに将校、すなわち貴族だ。9日間、大木に縛り付けていたヴァイナモ・キュトラがいる。
 ヴァイナモが絞り出すように言葉を発する。
「ダーグ、そいつを殺せ。
 そいつが、諸悪の根源だ」
 ダーグ・キュトラがキャリアダンプの正面にウマを進める。
「名を聞こう」
「ショウ・レイリン。
 あんたは?」
「ダーグ・キュトラ」
「キュトラ伯爵の一族か?」
「四男だ」
 ダーグは10歳代後半。だが、十分に残忍な顔をしている。
「ショウ、俺に逆らう愚か者はいない」
 翔太は高校生にカツアゲされるオッサンの気分だった。
 腹が立ちまくり、キャリアダンプを無言で前進する。
 ダーグのウマが後退り、恐怖からなのかいななく。翔太がエンジンを空ぶかしすると、ウマの恐怖は限界を超えた。ウマが高く竿立ちになる。
 ダーグはウマにしがみつくだけで精一杯だ。キャリアダンプがさらににじり寄ると、ウマが怯えて、尻餅をつくような恰好で、乗り手を振り落とした。

「ショウ様は何をしているの?」
 ノートパソコンの画面を覗くレベッカが、ドローンが撮影する動画を見ながら訝しむ。
「でも、今がチャンスね」
 レベッカは20人を選抜し、3トンダンプとピックアップに分乗して、鉄条網の外に出た。
 レベッカはマスケットの射程外でクルマを停め、車上から銃口を向ける。
 騎兵たちも騎銃をレベッカたちに向ける。
 レベッカたちは騎兵が動けば撃つつもりだが、騎兵は前進してから一斉射撃する計画だ。
「私たちは2発撃てる。
 だけど、彼らは1発よ」
 レベッカの判断は冷静だが、騎兵は長銃を撃つと、すぐに短銃を抜く。彼らも2発撃てる。
 だが、騎兵は射程内に入る前にレベッカたちの銃弾を受け、射程内に入る直前に第2斉射を受ける。
 レベッカには勝機が見えていた。

 ダーグ・キュトラはウマに振り落とされたが、すぐに立ち上がり、騎兵2人が下馬して手助けする。
 その助けをダーグが激しく拒否する。
 そして、短銃を抜こうとする。
 翔太に迷いはなかった。ダーグよりも早かった。ダーグを撃ち、彼の左右にいた騎兵も撃つ。
 レベッカも発射し、騎兵もレベッカたちを撃つ。
 偶発的な射撃戦は、レベッカたちの圧勝だった。ミニエー銃は2発発射したが、スナイドル銃は4発発射できた。

 威力偵察の騎兵1個小隊は、負傷したダーグ・キュトラを連れ出すだけで精一杯で、ヴァイナモ・キュトラは置き去りにされた。

 ヴァイナモは、コンウィ城の騎兵がとどめを刺される様子を怯えながら見ていた。
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──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

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