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第1章
第一九話 生存者
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どんな世界にも、どんな状況でも、生き残る強い生命力を持つ人物がいる。
生命力と人格には関連がない。俺の経験では、人格破綻者のほうが生命力が強い。こういう人間は、自分の周囲にいる他者を支配し、自己を守る盾にする。
ルネは、暴力的な脅しと論理性を帯びた屁理屈で他者の心を支配しようとするタイプらしい。暴力は拳の威力ではなく、もっと強力なもの。理論は、一瞬だが、真実では、と感じさせる巧妙なもの。
ルネは、砲塔を載せた六輪の装輪装甲車で、北の出入口に乗り付けた。金沢が俺に、「イギリス製のFV601サラディンです。主砲は七六・二ミリ。その後方はFV603サラセン装甲兵員輸送車、FV620スタルワート水陸両用輸送車……」と耳打ちする。
ルネは、砲塔に乗っていた。
勝ち誇った顔をしている。ヘッドホンと喉頭マイクを外し、砲塔から這いだして、車体右側面上に立ち、周囲を睥睨してから、地面に飛び降りた。
王の風格だ。年齢は五〇歳以上、六〇歳には達していないようだが、脂ぎった精悍な男だ。
「私はルネ。この土地の北東を支配している。私の領民を帰してもらいたい」
ルネは、王の風格だけでなく、王になりきっていた。芝居なのか、それとも心を病んでいるのか。その両方か?
「ウィル・ハーマンさんと彼の娘のヘーゼルは、確かにこのキャンプにいる。本人の意思でね。俺たちは個人の意思を尊重する」
「我が領民を帰さない?
君は愚か者か?
これが見えないか?」
ルネは、サラディンの前部車体装甲板を叩いた。
「確かに見えている。砲塔の七六・二ミリもね。
だが、それがどうした。こんなもので、脅せるとでも思っているのか?」
俺の返答にルネが怒気を見せる。
「皆殺しにできるんだぞ!」
後方のサラセン装甲兵員輸送車とスタルワート水陸両用輸送車から六人が降りてきた。
一人は立っていることがやっとの老人。彼がウィルから聞いたイアンだろう。銃を持たされているが、構えるほどの体力さえないようだ。
俺はイアンと思われる老人に話しかけた。
「イアン・アートルさんですか?
貴方はこちらへ」
イアンは狼狽している。
「ルネは、馬鹿な?
君は自分たちの立場がわかっているのか」
ルサリィとベルタはどこだ。会話は無線で聞いているはずだ。
ルサリィは、RPG‐7を発射したがっていた。ベルタはルサリィに、「次は撃たせる」と約束していた。
きっと撃つに違いない。
シュッーという発射音。続いてポンという音。RPG‐7のロケット弾は、サラセン装甲兵員輸送車の兵員室右側面上部の装甲板を、膨張する高圧ガスのエネルギーで焼き切った。
「次は車体前部を狙う」
ルネが眼を見開いて俺を見る。
サラディンの左側面に、草むらの中に隠蔽していたスコーピオン軽戦車が現れる。
ルネは、一瞬狼狽した様子を見せた。その姿は、定年間近のサラリーマンのオッサンそのものだ。これが、本来のルネの姿だ。
だが、それは一瞬で、すぐに偽王の態度に戻る。暴力の脅しが通じない相手への対処方法を思案しているのか?
四〇歳代後半の女が、サラディンの砲塔から降りてきて、俺に拳銃を向けた。
同時に女が膝から崩れ落ちる。サラディンの前部装甲板に血が飛び散る。
誰かが撃った。金吾か、それとも珠月か?
他にも撃ちそうなヤツはいる。
ルネが怒りと悲しみの混ざった眼で俺を見る。
「ルネさん、自分の立場を理解したのなら、我々の前に二度と現れるな。
それと、イアン・アートルさんは我々が預かる。
その代償として、君を生かしておいてあげる。
俺は寛大な人間だ。
君もそう思うだろう?」
金沢が俺の隣に立った。
そして、サラディンの車体中央にある装甲ハッチを左手に持ったハンマーで叩く。
ハッチが開き、若い男の顔が見えた。金沢は男に拳銃を突きつけて、「降りろ」と命じた。
金沢はルネに、「この装甲車も貰う。その代わり、俺はあんたを撃たないと保障する。ただし、他の連中の行動を規制するものじゃない。死にたくないなら立ち去れ」といった。
ルネが絞り出すようにいった。
「これを捕られたら、南の連中に対抗できない。残してくれないか?」
「これが欲しいのは、俺じゃない。あの若いのだ。交渉はヤツとやれ。
俺が欲しいのは、イアン・アートルさんだけだ」
俺の背後にいる斉木たちから失笑が漏れた。
ルネたちは、上面の一部が半壊しているサラセンとスタルワートに向かう。若い男二人が、射殺した女の死体をサラセンに運んでいる。
そして、サラディンを残して東に向かった。
イアン・アートルは怯えていたが、ウィルに会って少しだけ落ち着いた様子を見せた。
イアンは、ルネ以上に残虐な人間はこの世にいないと考えていた。しかし、我々はルネを震え上がらせ、問答無用で一人を射殺した。イアンは我々に対して、ルネを凌ぐ悪人であるとの感情を持った。
それは、道理だし、誤解ではない。
射殺した女はルネの女房で、撃ったのはネミッサだった。ネミッサのルールは、銃口を向けた相手は理由の如何に関わらず殺していい、だ。
金沢の機転で確保したFV601サラディン装輪装甲車は、非常に多くの改造を施されていた。
エンジンは、ロールスロイス製V型八気筒ガソリン一七〇馬力から、日本製直列四気筒ターボディーゼル二四〇馬力に換装されている。
トランスミッションもオートマチックで、サスペンションは強化され、車体と砲塔に増加装甲が施されている。
タイヤはオリジナルのラグタイヤではなく、オフロード用ランフラットタイヤを装着している。
金沢の説明では、整備状態はよくないそうだ。
イアンの話では、サラディンを見つけたときから、この状態だったという。つまり、ルネは何も改造していない。
兵装はオリジナルのままで、主砲はロイヤルオードナンスL5A1。この砲は、スコーピオンのL23A1と同系列だ。
金沢によると、ルネ一党が乗っていた、サラセン装甲兵員輸送車とスタルワート水陸両用輸送車は、サラディンと同じシャーシを使っている。つまり、同型の車体で統一できていた。
我々は、スコーピオン軽戦車、M24スチュアート軽戦車、サラディン装輪装甲車という、七六・二ミリ砲を搭載する戦車型の戦闘車輌を三輌も確保したことになる。
それに、七五ミリの軽榴弾砲もある。
ウィルとイアンの話では、我々が北方低層平原と呼ぶ海水面よりも低い一帯には、複数の生存者グループがいるのだという。グループの数は不明だが、最大で一〇、最小で四。多くは〝善良な人々ではない〟そうだ。
一グループの人数は、最大で十数人、最小は二人か三人。この世界に来た時期は、五年前以前はいないらしい。多くが五年前の人々の物資で生きながらえている。
また、西にはドラキュロが多いので、北東部に拠点を置くグループが多い。
こういった情報は、直ちに全員が共有した。
医療班が自然発生したように、建設・輸送班も自然発生した。片倉を中心に、金沢、ウィル、イアン、そして腹部の銃創が癒え始めたトルクが加わり、強力な能力を発揮し始めていた。イアンは燃料の専門家で、古い燃料の改質、植物油や動物油からバイオディーゼルを精製する方法を知っている。
ルネが手放したくなかった理由はこれだった。
イアンは、息子、息子の妻、孫と離れたことが心の重りとなっていたが、同時に死を免れたことも理解していた。
もちろん、ウィルに助けられたことも理解している。
だが、我々に心を開くことはなかった。我々を非道な人間だと疑っていたし、実際、そういう面はある。
医療班、建設・輸送班に続くグループが、珠月、ルサリィ、ネミッサ、アマリネの偵察班だ。
彼女たちは、計画的にキャンプの周囲を偵察して、行動範囲を徐々に拡大している。物資の確保を目的とした調査ではなく、脅威になりそうな事物を明らかにすることを目的としていた。
通信班も活発に行動している。金吾、ディーノに加えて、トゥーレとアビーが興味を持ち参加していた。
俺と斉木、そして相馬は、物資の調達で遠距離に出向くことが多かった。デュランダル、イサイアス、アンティが参加していたが、成果は薄かった。
北方低層平原の東側には放置車が少なく、西南地域に集中していることが明らかになっていた。だが、この地域にはドラキュロが多く、侵入は危険を極めた。
ウィルの子ヘーゼルの容体は一進一退で、快方に向かっているとはいい難い。
マーニがヘーゼルを目撃した際、ヘーゼルは〝怖いお面〟を着けていたという。そのためか、マーニはヘーゼルを怖がっている。
それをちーちゃんが気にしていて、ヘーゼルのお面の理由を知りたがっていた。
俺はそれをウィルに尋ねた。ウィルの答えは、極めて重要なことがであった。
「最初に人食いに襲われたとき、馬のかぶり物を着けていた男の子が襲われなかったんです。
それで、次に囲まれたとき、何人かがガスマスクを着けました。結果、ガスマスクを着けた人たちだけが襲われなかったんです」
俺は驚いた。
「顔を隠せば、襲わない?」
「えぇ……」
「ヒトと同属しか喰わないらしいことは知っていたけれど……」
「顔で見分けているのかも?」
この情報は直ちに共有され、由加は我々が持っていた六個のガスマスクを引っ張り出した。
デュランダルからも重要な情報がもたらされた。
「白魔族は、虫を思わせる奇妙な面を着けているんだが、その理由は噛みつき除けなのかもしれない」
俺はガスマスクを使用した、西南地域の探索を計画した。
珠月たちの偵察班は、その行動域を南に広げていた。使用する車輌はハームリンが多く、近距離の場合は軽トラを使った。
俺と斉木は、ハンバー・ピッグに八トン車から移設したオムスビ履帯を取り付けて、南西地域の長距離探査を計画している。
俺と斉木、そしてデュランダルの三人がハンバー・ピッグ、イサイアスとアンティの二人が軽トラに分乗して、ハンバー・ピッグの試運転を兼ねた南側の捜索に向かった。
斉木がドローンを飛ばし、上空から広域を観測する。
キャンプから南に五キロ、西に三〇キロの位置にいる。ここはドラキュロの活動範囲の北端にあたる。遭遇する可能性は高い。
全員がガスマスクを携行している。
いつものように何も見つからない。草原と灌木、そして小さな池や沼が点在する半湿地状態の一画。
斉木がドラキュロの群を見つけた。一〇〇頭以上の大群だ。寒さを賭して北にやって来た理由は何か?
当然、獲物を探してのことだろうが、この一帯にヒトはいない。東に向かって、足早に移動している。
だが、いないはずのヒトがいた。
ドローンが、一列で南に向かうヒトを見つけた。
ドラキュロは、このヒトを狙っている。
確認できる数は四人。先頭に槍を持った身体の小さい人物、その後方に荷物を載せたスキッドを引く人物、スキッドは手製らしい。担架状の車輪のない貨物入れを一人で牽いている。その後方に一人、その後方に小柄な人物。歩き方から明らかに子供だ。
ドローンの映像からは、この世界で世代を重ねた人間か、最近の移住者か区別が付かない。
我々との距離は直線で三〇〇メートルほど。クルマでは灌木林を迂回しなくてはならないので、八〇〇メートルほどの距離がある。
俺とデュランダルが走って、他の三人は車輌で向かうことにした。
早く追い付かないと、四人が襲われる。
俺とデュランダルは、マスクを着けたままでは走れなかった。そんな体力はないし、それほど若くもない。
そして、拳銃だけを持っていた。小銃を担いで、滑りやすい三〇〇メートルを全力疾走する自信がなかったのだ。
しかし、その判断は正しかった。
ドラキュロが彼らに追い付く前に、俺とデュランダルが彼らを視認した。
何語で叫べばいいのか皆目見当が付かないが、俺は夢中だったのか日本語で叫んでいた。デュランダルは中央平原の言葉で呼びかけている。
俺たちに最後部の子供が気付いた。まだ、幼い八歳くらいだろうか?
その子が前方を歩く子供に話しかけた。
その子が俺たちを見る。厚着をしているが、元の服の色がわからぬほど汚れている。
その子がスキッドを牽く人物に話しかける。
あと、五〇メートルだ。
スキッドを牽く人物が、スキッドから棒状のものを取りだした。
槍だ。穂先はなく、木の先端を尖らせただけの槍だ。
その槍を構える。
俺の一歩後方のデュランダルが発砲した。ドラキュロが現れた。
槍の穂先が方向を変える。
ドラキュロは大軍だ。勝ち目はない。俺も発砲する。マスクのことは忘れていた。
先頭の槍を持つ人物が、ドラキュロに対抗しようとする。
俺は「荷物を捨てろ!」と怒鳴っていた。だが、槍持ち二人は荷物を必死で守ろうとする。俺とデュランダルはスキッドを見た。
子供だ。子供が横たわっている。
デュランダルはマスクを着け、拳銃二挺を抜いている。まだ、ドラキュロの本隊は遠い。だが、先鋒は直近にいる。
俺はスキッドの子供を担いだ。
そして、西に向かって走る。
デュランダルが殿を務める。
軽トラだ!
軽トラの荷台に担いでいた子供と、幼い子供二人を乗せる。
アンティが小銃を発射する。
イサイアスが子供を乗せて、ルートの確認ができている北に向かっていく。いい判断だ。
槍持ちの小柄な人物を見た。若い、子供の風貌が残る女性だ。
スキッドを牽いていた人物は男だが、彼も若い。二人が話す言葉が理解できない。女性はアジア系、男性は西アジアかヨーロッパ系の顔立ち。つまり、この世界で世代を重ねた子孫ではない。
女性と男性は、明確な意思の疎通ができていないようにも感じる。
アンティがデュランダルに、自分の拳銃を渡す。
ここで戦う。
俺は自分のマスクを女の子に被せた。女の子は嫌がったが、無理に被せた。
デュランダルがマスクを外し少年に被せる。少年は意味がわからぬまま、従っている。
ようやく斉木が運転するハンバー・ピッグが見えた。
ドラキュロが襲いかかってくる。まだ、頭数が少ない。
拳銃弾では、頭に命中させないと突進を阻止できない。
デュランダルが拳銃三挺を撃ちつくし、長剣を抜いた。俺もマチェッテを抜く。
アンティがAK‐47の弾倉を交換する。
斉木が「乗れ!」と怒鳴る。
俺が後部乗降ドアを開けると、三人が飛び込み、俺はアンティが放つ弾幕の下を潜って乗り込んだ。
ハンバー・ピッグが北に向かう。
イサイアスが使い慣れない無線で、連絡をしてきた。
北五キロの地点で合流し、子供たちをハンバー・ピッグに乗せ替えさせた。軽トラの荷台では凍え死んでしまうからだ。
彼らの身体からは異臭が放たれていた。不衛生で、身体を洗うことはもちろん、顔さえいつ洗ったことか。
子供五人で、よく生き延びたものだ。
元々、五人はまったく異なるグループだった。最も古いメンバーは、リーダーのハミルカルで一六歳の少年だ。二年半前からこの地にいるという。
最も新しいメンバーは、ミシュリンで八歳の女の子。数カ月前にやって来た。彼女の荷物は泥に汚れたクマのぬいぐるみだけ。
一〇歳の男の子、トーイは靴を履いていない。なくしたそうだ。
先頭を歩いていたユーリアは一四歳の少女。挑戦的な眼で、俺たちを見ている。
パウルは意識が混濁している。早く医療班に見せないと。
五人の少年少女のうち、無傷なものは一人もいなかった。パウルは重体、トーイの足は凍傷になりかけている。
彼らのグループには、三カ月前まで成人男女一人ずつがいた。
しかし、カルロスと呼ばれる男が指揮する一団に襲われた。物資を奪われ、抵抗した成人男性はその場で射殺され、成人女性は連れ去られたという。ユーリアとミシュリンは離れた場所に隠れていて、災難を免れた。
ハミルカルとユーリアは、女性を助けようと探し回り、一週間後に彼女と思われる遺体を見つける。衣服を身につけておらず、顔は判別できない状態だったが、その女性だと断定したそうだ。彼らは、その遺体に土をかけること以外何もできなかった。
カルロスについては、イアンからも報告があった。ルネは〝南の連中〟を恐れていて、その集団のリーダーの腹心が〝カルロス〟らしい。
四〇から五〇人の大集団らしいが、はっきりとしない。拠点も不明だが、北方低層平原の南東部にあるようだ。
この一帯は野生動物が少ない。狩猟で生きるには不適で、五〇人もの人々が数年間暮らすことはほぼ不可能だ。
だが、厄介な連中がいることは確かなのかもしれない。
珠月たちが南西の方角で、救急車らしい車輌を見つけたという。車体形状はミニバンで、塗色は白一色だが、フロントに小さな赤十字があるという。側面に小さな窓があり、車体後部は観音開きになっている。
車体は車輪の上まで土に埋まっている。
その車輌の確認に、珠月、ルサリィ、ネミッサ、アマリネ、そして納田が同行することになった。俺はハンバー・ピッグで運転手として同行する。車輌はダブルキャブトラックも使うことになった。
いつものことだが、一度見つけても再度発見できるという保障はない。草の丈が高く、そして周囲の風景は似ている。
だが、今回は珠月たちが周囲の灌木に目印を付けてきた。珠月たちはその車輌を間近で確認したわけではなく、双眼鏡で発見しただけだった。発見時は日没が近かったので、いったん撤収したのだ。
救急車の再発見は難航した。珠月たちが付けた目印さえ見つからない。
珠月たちは灌木に登って、遠望する。
俺はハンバー・ピッグを降りて、彼女たちが目星を付けている方向とは逆の北側を銃を構えて草むらをかき分けていた。木に登れるほど、身軽じゃない。
唐突に眼前に白い鉄板が現れた。その瞬間は単純に〝おぉ、見つけた〟といった感想しかなかった。
車体前部の赤十字を確認しようと、草をかき分けていくと、刃物が眼の前を通過する。
背をそらせて避け、本能的に銃床でナイフを持つ手を払う。
女性が仰向けで転んでいた。少女が女性にしがみつく。二人は震えていて、女性は涙を流して何かをいっているが、言葉がわからない。
俺は「見つけたぞ!」と大声を出した。女性が俺にしがみつき、少女を逃がそうとする。
最初にやって来たのは納田だった。
「どうしたんです?!」
女性にしがみつかれて狼狽している俺に、納田が唖然としている。
「言葉が通じないんだ」
俺の頓狂な発言。
納田を見て、女性が慌てる。
納田が逃げようとする少女を見る。
「たいへん!」
少女は折れた足を引きずって、逃げようと足掻いていた。
それから、大騒ぎとなった。
女性は、現れるメンバーが女性ばかりで、全員武装している様子を理解できないでいるようだ。
納田が少女の足を見て、応急手当を施し、ハンバー・ピッグに女性と少女を乗せて、キャンプに向かった。
納田は、俺に「救急車だったら、中身は全部持ってきてください」と言い残していった。ハンバー・ピッグは珠月が運転した。
俺、ルサリィ、ネミッサ、アマリネの四人が残った。
救急車とおぼしき車輌の後部ドア付近をスコップで掘り、ドアを開くようにするのに三〇分以上を要した。続いて、運転席側の土砂排除に取りかかる。
車輌は救急車だった。車体後部にはストレッチャーが載せられていて、各種人工呼吸器、吸引器、生体情報モニター、心電図、血圧計、各種固定具、除細動器、点滴用具、気管・気道の各種用具など、いろいろな機器が詰まっている。
持ち出すだけで、結構な時間を要しそうだ。
俺はいったん、ダブルキャブトラックに戻ることにした。
数分後、ルサリィとネミッサは、ストレッチャーに載せられるだけの荷を載せて、俺を追った。
俺たち三人は、拾得物をどうやって運ぶかを考えていた。天候は雪が降り出しそうな雲行きで、トラックの荷台は無蓋。荷台を覆うシートはない。荷はハンバー・ピッグに積む予定だったから、トラックは人員輸送しか考えていなかった。
キャビンに荷を載せ、荷台にヒトが乗る案も浮上。
救急車ではアマリネが一人で、残余の運び出し準備を進めている。
アマリネは、人の近づく気配を察していたが、それを危険とは感じていなかった。
救急車の車体後部最奥にいたアマリネが、後部ドア側を見ると、見知らぬ男が立っていた。
アマリネが動揺した瞬間、男がアマリネに襲いかかる。
アマリネは、腰に真横に差した短剣を抜き、男の顎を下から突き刺した。
男が離れると、すかさずトップブレイクの四四口径リボルバーを抜き、胸を撃ち抜いた。
俺たちはその銃声を聞いて、救急車に走る。
アマリネは一言も発せず、射殺した男の仲間と思われる二人に向けて四発を発砲。
アマリネの弾切れ寸前で、俺たちが間に合った。敵対者の人数や居場所はわからないが、草むらに向けて発砲する。
ルサリィが鉢合わせし、銃剣で腹を突き刺す。ネミッサは姿勢を低くして、草むらに向けて薙ぎ撃ちする。
戦闘は断続的に一〇分ほど続いた。何人かが逃げ、死体は六を数えた。負傷者は一人いたが、ネミッサがとどめを刺した。
救急車からの物資回収を急ぎ、襲撃者の死体を調べてから帰路につく。
八棟のうち修復したのは四棟。天井に骨組みを作り、シートを張った簡易修復が二棟。一棟は炊事場。一棟はトイレだ。
未修復の二棟の内部にテントを張っている。壁が風よけになるからだ。
そのテントのなかに、俺、ルサリィ、由加、ベルタがいた。
俺が折り畳みテーブルの上の鹵獲した武器を示した。
「連中はこれを持っていた。全員が同じ自動小銃を持ち、二人が同じ拳銃を持っていた。
金沢くんによれば、拳銃はワルサーP38というドイツ製の自動拳銃だそうだ。
小銃は、外見はかなり違うが、ルサリィのSKSカービンだ」
小銃は、SKSカービンの機関部を利用し、AK‐47の弾倉を使えるようにして、薄茶色の樹脂製でピストルグリップを備えた銃床を持つ改造銃だ。
「あと、これ」
由加は、ルサリィが持ち上げた大口径単発散弾銃のような形状の武器を見て、「M79グレネードランチャー」と呟いた。
「拳銃、小銃、擲弾銃ともに古いものだが、軍用であることに違いはない。
使い物にならないほど老朽化しているのか。それとも、古いが武器としては脅威になるのかを調べて欲しい。
結果によっては〝カルロス〟をいま以上に警戒する必要がある。
それと、アマリネを襲った男だが、アマリネを殺そうとしたのではなく、暴行しようとしたようだ。
連中は、そういう輩なんだと思う」
由加とベルタは、「銃については調べれば、すぐにわかる」といった。
キャンプに連れてきた女性の動揺は収まらなかった。パニック状態に近い。貴重な鎮静薬を使用しなければならないほどだ。
少女のほうが落ち着いていて、能美が医師だとわかるとホッとしたようだ。納田には何度も礼をいい。珠月の手を握って離さなかった。
この夜、本格的に雪が降った。風はなく、雪はゆっくりと地上に落ちてきた。
ちーちゃんとマーニは大喜びで、ケンちゃんはワン太郎と一緒に走り回る。夜だというのに大騒ぎだ。
我々は、この夜を境に越冬に入った。
生命力と人格には関連がない。俺の経験では、人格破綻者のほうが生命力が強い。こういう人間は、自分の周囲にいる他者を支配し、自己を守る盾にする。
ルネは、暴力的な脅しと論理性を帯びた屁理屈で他者の心を支配しようとするタイプらしい。暴力は拳の威力ではなく、もっと強力なもの。理論は、一瞬だが、真実では、と感じさせる巧妙なもの。
ルネは、砲塔を載せた六輪の装輪装甲車で、北の出入口に乗り付けた。金沢が俺に、「イギリス製のFV601サラディンです。主砲は七六・二ミリ。その後方はFV603サラセン装甲兵員輸送車、FV620スタルワート水陸両用輸送車……」と耳打ちする。
ルネは、砲塔に乗っていた。
勝ち誇った顔をしている。ヘッドホンと喉頭マイクを外し、砲塔から這いだして、車体右側面上に立ち、周囲を睥睨してから、地面に飛び降りた。
王の風格だ。年齢は五〇歳以上、六〇歳には達していないようだが、脂ぎった精悍な男だ。
「私はルネ。この土地の北東を支配している。私の領民を帰してもらいたい」
ルネは、王の風格だけでなく、王になりきっていた。芝居なのか、それとも心を病んでいるのか。その両方か?
「ウィル・ハーマンさんと彼の娘のヘーゼルは、確かにこのキャンプにいる。本人の意思でね。俺たちは個人の意思を尊重する」
「我が領民を帰さない?
君は愚か者か?
これが見えないか?」
ルネは、サラディンの前部車体装甲板を叩いた。
「確かに見えている。砲塔の七六・二ミリもね。
だが、それがどうした。こんなもので、脅せるとでも思っているのか?」
俺の返答にルネが怒気を見せる。
「皆殺しにできるんだぞ!」
後方のサラセン装甲兵員輸送車とスタルワート水陸両用輸送車から六人が降りてきた。
一人は立っていることがやっとの老人。彼がウィルから聞いたイアンだろう。銃を持たされているが、構えるほどの体力さえないようだ。
俺はイアンと思われる老人に話しかけた。
「イアン・アートルさんですか?
貴方はこちらへ」
イアンは狼狽している。
「ルネは、馬鹿な?
君は自分たちの立場がわかっているのか」
ルサリィとベルタはどこだ。会話は無線で聞いているはずだ。
ルサリィは、RPG‐7を発射したがっていた。ベルタはルサリィに、「次は撃たせる」と約束していた。
きっと撃つに違いない。
シュッーという発射音。続いてポンという音。RPG‐7のロケット弾は、サラセン装甲兵員輸送車の兵員室右側面上部の装甲板を、膨張する高圧ガスのエネルギーで焼き切った。
「次は車体前部を狙う」
ルネが眼を見開いて俺を見る。
サラディンの左側面に、草むらの中に隠蔽していたスコーピオン軽戦車が現れる。
ルネは、一瞬狼狽した様子を見せた。その姿は、定年間近のサラリーマンのオッサンそのものだ。これが、本来のルネの姿だ。
だが、それは一瞬で、すぐに偽王の態度に戻る。暴力の脅しが通じない相手への対処方法を思案しているのか?
四〇歳代後半の女が、サラディンの砲塔から降りてきて、俺に拳銃を向けた。
同時に女が膝から崩れ落ちる。サラディンの前部装甲板に血が飛び散る。
誰かが撃った。金吾か、それとも珠月か?
他にも撃ちそうなヤツはいる。
ルネが怒りと悲しみの混ざった眼で俺を見る。
「ルネさん、自分の立場を理解したのなら、我々の前に二度と現れるな。
それと、イアン・アートルさんは我々が預かる。
その代償として、君を生かしておいてあげる。
俺は寛大な人間だ。
君もそう思うだろう?」
金沢が俺の隣に立った。
そして、サラディンの車体中央にある装甲ハッチを左手に持ったハンマーで叩く。
ハッチが開き、若い男の顔が見えた。金沢は男に拳銃を突きつけて、「降りろ」と命じた。
金沢はルネに、「この装甲車も貰う。その代わり、俺はあんたを撃たないと保障する。ただし、他の連中の行動を規制するものじゃない。死にたくないなら立ち去れ」といった。
ルネが絞り出すようにいった。
「これを捕られたら、南の連中に対抗できない。残してくれないか?」
「これが欲しいのは、俺じゃない。あの若いのだ。交渉はヤツとやれ。
俺が欲しいのは、イアン・アートルさんだけだ」
俺の背後にいる斉木たちから失笑が漏れた。
ルネたちは、上面の一部が半壊しているサラセンとスタルワートに向かう。若い男二人が、射殺した女の死体をサラセンに運んでいる。
そして、サラディンを残して東に向かった。
イアン・アートルは怯えていたが、ウィルに会って少しだけ落ち着いた様子を見せた。
イアンは、ルネ以上に残虐な人間はこの世にいないと考えていた。しかし、我々はルネを震え上がらせ、問答無用で一人を射殺した。イアンは我々に対して、ルネを凌ぐ悪人であるとの感情を持った。
それは、道理だし、誤解ではない。
射殺した女はルネの女房で、撃ったのはネミッサだった。ネミッサのルールは、銃口を向けた相手は理由の如何に関わらず殺していい、だ。
金沢の機転で確保したFV601サラディン装輪装甲車は、非常に多くの改造を施されていた。
エンジンは、ロールスロイス製V型八気筒ガソリン一七〇馬力から、日本製直列四気筒ターボディーゼル二四〇馬力に換装されている。
トランスミッションもオートマチックで、サスペンションは強化され、車体と砲塔に増加装甲が施されている。
タイヤはオリジナルのラグタイヤではなく、オフロード用ランフラットタイヤを装着している。
金沢の説明では、整備状態はよくないそうだ。
イアンの話では、サラディンを見つけたときから、この状態だったという。つまり、ルネは何も改造していない。
兵装はオリジナルのままで、主砲はロイヤルオードナンスL5A1。この砲は、スコーピオンのL23A1と同系列だ。
金沢によると、ルネ一党が乗っていた、サラセン装甲兵員輸送車とスタルワート水陸両用輸送車は、サラディンと同じシャーシを使っている。つまり、同型の車体で統一できていた。
我々は、スコーピオン軽戦車、M24スチュアート軽戦車、サラディン装輪装甲車という、七六・二ミリ砲を搭載する戦車型の戦闘車輌を三輌も確保したことになる。
それに、七五ミリの軽榴弾砲もある。
ウィルとイアンの話では、我々が北方低層平原と呼ぶ海水面よりも低い一帯には、複数の生存者グループがいるのだという。グループの数は不明だが、最大で一〇、最小で四。多くは〝善良な人々ではない〟そうだ。
一グループの人数は、最大で十数人、最小は二人か三人。この世界に来た時期は、五年前以前はいないらしい。多くが五年前の人々の物資で生きながらえている。
また、西にはドラキュロが多いので、北東部に拠点を置くグループが多い。
こういった情報は、直ちに全員が共有した。
医療班が自然発生したように、建設・輸送班も自然発生した。片倉を中心に、金沢、ウィル、イアン、そして腹部の銃創が癒え始めたトルクが加わり、強力な能力を発揮し始めていた。イアンは燃料の専門家で、古い燃料の改質、植物油や動物油からバイオディーゼルを精製する方法を知っている。
ルネが手放したくなかった理由はこれだった。
イアンは、息子、息子の妻、孫と離れたことが心の重りとなっていたが、同時に死を免れたことも理解していた。
もちろん、ウィルに助けられたことも理解している。
だが、我々に心を開くことはなかった。我々を非道な人間だと疑っていたし、実際、そういう面はある。
医療班、建設・輸送班に続くグループが、珠月、ルサリィ、ネミッサ、アマリネの偵察班だ。
彼女たちは、計画的にキャンプの周囲を偵察して、行動範囲を徐々に拡大している。物資の確保を目的とした調査ではなく、脅威になりそうな事物を明らかにすることを目的としていた。
通信班も活発に行動している。金吾、ディーノに加えて、トゥーレとアビーが興味を持ち参加していた。
俺と斉木、そして相馬は、物資の調達で遠距離に出向くことが多かった。デュランダル、イサイアス、アンティが参加していたが、成果は薄かった。
北方低層平原の東側には放置車が少なく、西南地域に集中していることが明らかになっていた。だが、この地域にはドラキュロが多く、侵入は危険を極めた。
ウィルの子ヘーゼルの容体は一進一退で、快方に向かっているとはいい難い。
マーニがヘーゼルを目撃した際、ヘーゼルは〝怖いお面〟を着けていたという。そのためか、マーニはヘーゼルを怖がっている。
それをちーちゃんが気にしていて、ヘーゼルのお面の理由を知りたがっていた。
俺はそれをウィルに尋ねた。ウィルの答えは、極めて重要なことがであった。
「最初に人食いに襲われたとき、馬のかぶり物を着けていた男の子が襲われなかったんです。
それで、次に囲まれたとき、何人かがガスマスクを着けました。結果、ガスマスクを着けた人たちだけが襲われなかったんです」
俺は驚いた。
「顔を隠せば、襲わない?」
「えぇ……」
「ヒトと同属しか喰わないらしいことは知っていたけれど……」
「顔で見分けているのかも?」
この情報は直ちに共有され、由加は我々が持っていた六個のガスマスクを引っ張り出した。
デュランダルからも重要な情報がもたらされた。
「白魔族は、虫を思わせる奇妙な面を着けているんだが、その理由は噛みつき除けなのかもしれない」
俺はガスマスクを使用した、西南地域の探索を計画した。
珠月たちの偵察班は、その行動域を南に広げていた。使用する車輌はハームリンが多く、近距離の場合は軽トラを使った。
俺と斉木は、ハンバー・ピッグに八トン車から移設したオムスビ履帯を取り付けて、南西地域の長距離探査を計画している。
俺と斉木、そしてデュランダルの三人がハンバー・ピッグ、イサイアスとアンティの二人が軽トラに分乗して、ハンバー・ピッグの試運転を兼ねた南側の捜索に向かった。
斉木がドローンを飛ばし、上空から広域を観測する。
キャンプから南に五キロ、西に三〇キロの位置にいる。ここはドラキュロの活動範囲の北端にあたる。遭遇する可能性は高い。
全員がガスマスクを携行している。
いつものように何も見つからない。草原と灌木、そして小さな池や沼が点在する半湿地状態の一画。
斉木がドラキュロの群を見つけた。一〇〇頭以上の大群だ。寒さを賭して北にやって来た理由は何か?
当然、獲物を探してのことだろうが、この一帯にヒトはいない。東に向かって、足早に移動している。
だが、いないはずのヒトがいた。
ドローンが、一列で南に向かうヒトを見つけた。
ドラキュロは、このヒトを狙っている。
確認できる数は四人。先頭に槍を持った身体の小さい人物、その後方に荷物を載せたスキッドを引く人物、スキッドは手製らしい。担架状の車輪のない貨物入れを一人で牽いている。その後方に一人、その後方に小柄な人物。歩き方から明らかに子供だ。
ドローンの映像からは、この世界で世代を重ねた人間か、最近の移住者か区別が付かない。
我々との距離は直線で三〇〇メートルほど。クルマでは灌木林を迂回しなくてはならないので、八〇〇メートルほどの距離がある。
俺とデュランダルが走って、他の三人は車輌で向かうことにした。
早く追い付かないと、四人が襲われる。
俺とデュランダルは、マスクを着けたままでは走れなかった。そんな体力はないし、それほど若くもない。
そして、拳銃だけを持っていた。小銃を担いで、滑りやすい三〇〇メートルを全力疾走する自信がなかったのだ。
しかし、その判断は正しかった。
ドラキュロが彼らに追い付く前に、俺とデュランダルが彼らを視認した。
何語で叫べばいいのか皆目見当が付かないが、俺は夢中だったのか日本語で叫んでいた。デュランダルは中央平原の言葉で呼びかけている。
俺たちに最後部の子供が気付いた。まだ、幼い八歳くらいだろうか?
その子が前方を歩く子供に話しかけた。
その子が俺たちを見る。厚着をしているが、元の服の色がわからぬほど汚れている。
その子がスキッドを牽く人物に話しかける。
あと、五〇メートルだ。
スキッドを牽く人物が、スキッドから棒状のものを取りだした。
槍だ。穂先はなく、木の先端を尖らせただけの槍だ。
その槍を構える。
俺の一歩後方のデュランダルが発砲した。ドラキュロが現れた。
槍の穂先が方向を変える。
ドラキュロは大軍だ。勝ち目はない。俺も発砲する。マスクのことは忘れていた。
先頭の槍を持つ人物が、ドラキュロに対抗しようとする。
俺は「荷物を捨てろ!」と怒鳴っていた。だが、槍持ち二人は荷物を必死で守ろうとする。俺とデュランダルはスキッドを見た。
子供だ。子供が横たわっている。
デュランダルはマスクを着け、拳銃二挺を抜いている。まだ、ドラキュロの本隊は遠い。だが、先鋒は直近にいる。
俺はスキッドの子供を担いだ。
そして、西に向かって走る。
デュランダルが殿を務める。
軽トラだ!
軽トラの荷台に担いでいた子供と、幼い子供二人を乗せる。
アンティが小銃を発射する。
イサイアスが子供を乗せて、ルートの確認ができている北に向かっていく。いい判断だ。
槍持ちの小柄な人物を見た。若い、子供の風貌が残る女性だ。
スキッドを牽いていた人物は男だが、彼も若い。二人が話す言葉が理解できない。女性はアジア系、男性は西アジアかヨーロッパ系の顔立ち。つまり、この世界で世代を重ねた子孫ではない。
女性と男性は、明確な意思の疎通ができていないようにも感じる。
アンティがデュランダルに、自分の拳銃を渡す。
ここで戦う。
俺は自分のマスクを女の子に被せた。女の子は嫌がったが、無理に被せた。
デュランダルがマスクを外し少年に被せる。少年は意味がわからぬまま、従っている。
ようやく斉木が運転するハンバー・ピッグが見えた。
ドラキュロが襲いかかってくる。まだ、頭数が少ない。
拳銃弾では、頭に命中させないと突進を阻止できない。
デュランダルが拳銃三挺を撃ちつくし、長剣を抜いた。俺もマチェッテを抜く。
アンティがAK‐47の弾倉を交換する。
斉木が「乗れ!」と怒鳴る。
俺が後部乗降ドアを開けると、三人が飛び込み、俺はアンティが放つ弾幕の下を潜って乗り込んだ。
ハンバー・ピッグが北に向かう。
イサイアスが使い慣れない無線で、連絡をしてきた。
北五キロの地点で合流し、子供たちをハンバー・ピッグに乗せ替えさせた。軽トラの荷台では凍え死んでしまうからだ。
彼らの身体からは異臭が放たれていた。不衛生で、身体を洗うことはもちろん、顔さえいつ洗ったことか。
子供五人で、よく生き延びたものだ。
元々、五人はまったく異なるグループだった。最も古いメンバーは、リーダーのハミルカルで一六歳の少年だ。二年半前からこの地にいるという。
最も新しいメンバーは、ミシュリンで八歳の女の子。数カ月前にやって来た。彼女の荷物は泥に汚れたクマのぬいぐるみだけ。
一〇歳の男の子、トーイは靴を履いていない。なくしたそうだ。
先頭を歩いていたユーリアは一四歳の少女。挑戦的な眼で、俺たちを見ている。
パウルは意識が混濁している。早く医療班に見せないと。
五人の少年少女のうち、無傷なものは一人もいなかった。パウルは重体、トーイの足は凍傷になりかけている。
彼らのグループには、三カ月前まで成人男女一人ずつがいた。
しかし、カルロスと呼ばれる男が指揮する一団に襲われた。物資を奪われ、抵抗した成人男性はその場で射殺され、成人女性は連れ去られたという。ユーリアとミシュリンは離れた場所に隠れていて、災難を免れた。
ハミルカルとユーリアは、女性を助けようと探し回り、一週間後に彼女と思われる遺体を見つける。衣服を身につけておらず、顔は判別できない状態だったが、その女性だと断定したそうだ。彼らは、その遺体に土をかけること以外何もできなかった。
カルロスについては、イアンからも報告があった。ルネは〝南の連中〟を恐れていて、その集団のリーダーの腹心が〝カルロス〟らしい。
四〇から五〇人の大集団らしいが、はっきりとしない。拠点も不明だが、北方低層平原の南東部にあるようだ。
この一帯は野生動物が少ない。狩猟で生きるには不適で、五〇人もの人々が数年間暮らすことはほぼ不可能だ。
だが、厄介な連中がいることは確かなのかもしれない。
珠月たちが南西の方角で、救急車らしい車輌を見つけたという。車体形状はミニバンで、塗色は白一色だが、フロントに小さな赤十字があるという。側面に小さな窓があり、車体後部は観音開きになっている。
車体は車輪の上まで土に埋まっている。
その車輌の確認に、珠月、ルサリィ、ネミッサ、アマリネ、そして納田が同行することになった。俺はハンバー・ピッグで運転手として同行する。車輌はダブルキャブトラックも使うことになった。
いつものことだが、一度見つけても再度発見できるという保障はない。草の丈が高く、そして周囲の風景は似ている。
だが、今回は珠月たちが周囲の灌木に目印を付けてきた。珠月たちはその車輌を間近で確認したわけではなく、双眼鏡で発見しただけだった。発見時は日没が近かったので、いったん撤収したのだ。
救急車の再発見は難航した。珠月たちが付けた目印さえ見つからない。
珠月たちは灌木に登って、遠望する。
俺はハンバー・ピッグを降りて、彼女たちが目星を付けている方向とは逆の北側を銃を構えて草むらをかき分けていた。木に登れるほど、身軽じゃない。
唐突に眼前に白い鉄板が現れた。その瞬間は単純に〝おぉ、見つけた〟といった感想しかなかった。
車体前部の赤十字を確認しようと、草をかき分けていくと、刃物が眼の前を通過する。
背をそらせて避け、本能的に銃床でナイフを持つ手を払う。
女性が仰向けで転んでいた。少女が女性にしがみつく。二人は震えていて、女性は涙を流して何かをいっているが、言葉がわからない。
俺は「見つけたぞ!」と大声を出した。女性が俺にしがみつき、少女を逃がそうとする。
最初にやって来たのは納田だった。
「どうしたんです?!」
女性にしがみつかれて狼狽している俺に、納田が唖然としている。
「言葉が通じないんだ」
俺の頓狂な発言。
納田を見て、女性が慌てる。
納田が逃げようとする少女を見る。
「たいへん!」
少女は折れた足を引きずって、逃げようと足掻いていた。
それから、大騒ぎとなった。
女性は、現れるメンバーが女性ばかりで、全員武装している様子を理解できないでいるようだ。
納田が少女の足を見て、応急手当を施し、ハンバー・ピッグに女性と少女を乗せて、キャンプに向かった。
納田は、俺に「救急車だったら、中身は全部持ってきてください」と言い残していった。ハンバー・ピッグは珠月が運転した。
俺、ルサリィ、ネミッサ、アマリネの四人が残った。
救急車とおぼしき車輌の後部ドア付近をスコップで掘り、ドアを開くようにするのに三〇分以上を要した。続いて、運転席側の土砂排除に取りかかる。
車輌は救急車だった。車体後部にはストレッチャーが載せられていて、各種人工呼吸器、吸引器、生体情報モニター、心電図、血圧計、各種固定具、除細動器、点滴用具、気管・気道の各種用具など、いろいろな機器が詰まっている。
持ち出すだけで、結構な時間を要しそうだ。
俺はいったん、ダブルキャブトラックに戻ることにした。
数分後、ルサリィとネミッサは、ストレッチャーに載せられるだけの荷を載せて、俺を追った。
俺たち三人は、拾得物をどうやって運ぶかを考えていた。天候は雪が降り出しそうな雲行きで、トラックの荷台は無蓋。荷台を覆うシートはない。荷はハンバー・ピッグに積む予定だったから、トラックは人員輸送しか考えていなかった。
キャビンに荷を載せ、荷台にヒトが乗る案も浮上。
救急車ではアマリネが一人で、残余の運び出し準備を進めている。
アマリネは、人の近づく気配を察していたが、それを危険とは感じていなかった。
救急車の車体後部最奥にいたアマリネが、後部ドア側を見ると、見知らぬ男が立っていた。
アマリネが動揺した瞬間、男がアマリネに襲いかかる。
アマリネは、腰に真横に差した短剣を抜き、男の顎を下から突き刺した。
男が離れると、すかさずトップブレイクの四四口径リボルバーを抜き、胸を撃ち抜いた。
俺たちはその銃声を聞いて、救急車に走る。
アマリネは一言も発せず、射殺した男の仲間と思われる二人に向けて四発を発砲。
アマリネの弾切れ寸前で、俺たちが間に合った。敵対者の人数や居場所はわからないが、草むらに向けて発砲する。
ルサリィが鉢合わせし、銃剣で腹を突き刺す。ネミッサは姿勢を低くして、草むらに向けて薙ぎ撃ちする。
戦闘は断続的に一〇分ほど続いた。何人かが逃げ、死体は六を数えた。負傷者は一人いたが、ネミッサがとどめを刺した。
救急車からの物資回収を急ぎ、襲撃者の死体を調べてから帰路につく。
八棟のうち修復したのは四棟。天井に骨組みを作り、シートを張った簡易修復が二棟。一棟は炊事場。一棟はトイレだ。
未修復の二棟の内部にテントを張っている。壁が風よけになるからだ。
そのテントのなかに、俺、ルサリィ、由加、ベルタがいた。
俺が折り畳みテーブルの上の鹵獲した武器を示した。
「連中はこれを持っていた。全員が同じ自動小銃を持ち、二人が同じ拳銃を持っていた。
金沢くんによれば、拳銃はワルサーP38というドイツ製の自動拳銃だそうだ。
小銃は、外見はかなり違うが、ルサリィのSKSカービンだ」
小銃は、SKSカービンの機関部を利用し、AK‐47の弾倉を使えるようにして、薄茶色の樹脂製でピストルグリップを備えた銃床を持つ改造銃だ。
「あと、これ」
由加は、ルサリィが持ち上げた大口径単発散弾銃のような形状の武器を見て、「M79グレネードランチャー」と呟いた。
「拳銃、小銃、擲弾銃ともに古いものだが、軍用であることに違いはない。
使い物にならないほど老朽化しているのか。それとも、古いが武器としては脅威になるのかを調べて欲しい。
結果によっては〝カルロス〟をいま以上に警戒する必要がある。
それと、アマリネを襲った男だが、アマリネを殺そうとしたのではなく、暴行しようとしたようだ。
連中は、そういう輩なんだと思う」
由加とベルタは、「銃については調べれば、すぐにわかる」といった。
キャンプに連れてきた女性の動揺は収まらなかった。パニック状態に近い。貴重な鎮静薬を使用しなければならないほどだ。
少女のほうが落ち着いていて、能美が医師だとわかるとホッとしたようだ。納田には何度も礼をいい。珠月の手を握って離さなかった。
この夜、本格的に雪が降った。風はなく、雪はゆっくりと地上に落ちてきた。
ちーちゃんとマーニは大喜びで、ケンちゃんはワン太郎と一緒に走り回る。夜だというのに大騒ぎだ。
我々は、この夜を境に越冬に入った。
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