200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第5章

第140話 防衛

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 ノイリン製の12.7ミリ重機関銃は、旧ソ連が設計したNSV重機関銃だ。
 旧西側標準のブローニングM2との大きな違いは、M2が反動利用なのに対して、NSVはガス圧利用であること。M2の本体重量は38キロほどだが、NSVは25キロと35パーセントほど軽い。
 ノイリン北地区の兵器体系は、ポーランドの影響が強い。AK-47もポーランドのベリルのコピーに近いし、NSV重機関銃の使用弾薬はM2と同じ12.7×99ミリNATO弾だ。このNATO弾仕様のNSV重機関銃はポーランド製の現物があり、それを原型としている。
 入手できた兵器の体系が、ポーランド軍のものだったという理由もあるのだが、200万年前のアメリカ製とロシア製のいいとこ取りをしている面もある。
 弾薬体形は、7.62×39ミリのカラシニコフ弾を除くと、旧西側に準拠している。5.56×45ミリNATO弾は、ドラキュロに対するストッピングパワーが足りず、西ユーラシアではあまり使われない。小銃弾の主流は7.62×51ミリNATO弾と7.62×39ミリ弾で、ロワール川中流から下流にかけての北方の異教徒の街では7.92×57ミリのモーゼル弾が使われている。
 ヒトが武器を選ぶ基準は、ドラキュロに効果があるか、否かだけ。白魔族、黒魔族、厄介なヒト集団に対しては、副次的だ。

 半田千早は、この防衛戦が簡単ではないことを知っていた。まず、弾薬は個人携帯分しかない。彼女は30発弾倉を6個。180発。
 手榴弾はなく、迫撃砲とRPG-7を欠いている。ライフルグレネードもない。MG3の弾帯は各銃1000発。12.7ミリは1銃あたり50発弾帯が5の250発だ。
 1回か2回の交戦で弾切れになる。
 元首パウラの部隊は段列をともなっているわけではないが、十分な弾薬を持ち込んでいた。すべてが7.62ミリNATO弾で、この弾種に限っては数日は戦える。
 どちらにしても、時間をかければ不利になる。早期に決着を付けなければならない。

 アンティ隊はほとんどが7.62×39ミリ弾で、アンティが7.62×51ミリNATO弾仕様のウインチェスターM70ボルトアクションライフル、ライモンが7.92×57ミリ弾のドラグノフ狙撃銃を使っている。
 湖水地域のヒトは、単発ライフルを装備している。銃を持っていないヨランダは、ライモンからポンプ式ショットガンを借りている。
 このショットガンは8連発で、ライモンはヨランダのためにスラッグ弾から散弾に変えた。彼女には「迷わず撃て」と言ったが、それができるとは思えない。
 それは、クレールも同じだ。
 ヒトに銃口を向けたい、とは誰も思わない。
 アンティ隊は、決して精強ではない。

 北門前に横一列に並んだ騎馬隊は、黄色地に黒い双頭の鷲を描いた隊旗を掲げている。
 全員が胸甲を着けており、頭頂部にスパイク状の飾りが付いたピッケルハウベ風のヘルメットを被る。
 原色を多用した軍服は汚れておらず、胸甲は磨き上げられている。

 北門に移動した元首パウラは、外周壁上から北を見ていた。整然とした隊列は確かに正規軍を思わせるが、兵の顔は若かった。
「若いな。
 私と大差ない年齢に見える」
 ブーカは元首パウラを値踏みしていた。「はい……。
 しかし、若くとも、ヒトは殺せる……」
 元首パウラがブーカを見る。
「まずは、降伏勧告から……か?
 交渉には私も同行する」
 ブーカは、元首パウラが勇敢なのか、愚かなのか、判断できずにいた。

 アンティは半田千早に「パウラと一緒にいろ。何か問題があれば、すぐに無線で知らせるんだ」と命じた。
 また、カルロッタには「ディラリ隊に行け」と命じている。
 半田千早は外周壁上を走って、元首パウラがいる北門の直上に向かう。

 半田千早は、元首パウラのボディアーマーから弾倉を抜き出し、そのポケットにトランシーバーを押し込む。
「送信にしてあるから」
 元首パウラは頷き、ブーカとともに北門を出た。
 半田千早は、北門正面で片膝を地面について銃を構える。
 騎馬2がゆっくりと近付いてくる。
 歩行〈かち〉と騎馬は、互いに150メートルほど進んで、相互の距離の中央で出会う。
 騎馬2は歩行2を馬上から見下ろす。騎馬は50歳くらいの口と顎に髭を蓄えた屈強な男と25歳くらいの優男だった。
 50歳が問う。
「女、何しに来た?」
 ブーカが答える。
「こちらは我らが指揮官である」
 50歳と25歳が見合わせて、声を出して笑う。半田千早はそれをモニターしていたし、カルロッタやオルカも、アンティや片倉幸子もモニターしている。
 嘲笑は唐突に終わる。
 50歳が通牒を突き付ける。
「開門しろ。
 生命だけは助けてやる。
 生命以外はすべて我が国家のため、税として納めろ」
 元首パウラの凜とした声が頼もしい。
「ファラナはクマンの領土。
 クマンの行政以外が税を徴収するなどあり得ない。
 盗賊なら盗賊らしく、金品を要求したらどうだ?」
 50歳は明らかにイラついていた。元首パウラに恐怖の色がないからだ。幾度もの死線を越えてきた元首パウラが、この状況で盗賊ごときに臆するはずはない。恐怖は感じているだろうが、それが表に出るほどではない。
 半田千早は、北門の観音開き左側門扉に移動し、立射の姿勢をとる。この位置からならば、25歳を狙える。
 50歳が馬上で上半身を折り曲げ、元首パウラに顔を近付ける。
「こちらは元クマンの貴族スピネリ様だ。現在は新生コンパウン王国の王太子である。身分賤しきおまえが直言を許される相手ではない」
 元首パウラは、普段と変わりない平静な口調で応じた。
「それは、お気の毒に。
 ヒトの言葉を解せぬとは」
 元首パウラの皮肉に50歳がキレた。
「無礼者!」
 乗馬鞭を振り上げる。

 クマン軍の狙撃手は、一切、躊躇わなかった。初弾で50歳の左側頭部に7.62×51ミリNATO弾を撃ち込む。
 50歳ほどの筋骨たくましい体重100キロに達するであろう偉丈夫が、馬上から崩れ落ちる。
 自称“王太子”スピネリは、慌てて剣を抜き、左手で元首パウラに斬激を加える。
 ブーカは彼の指揮官を左側に突き飛ばし、位置を変えて彼の頭上に振り下ろされた斬激を、長剣で辛うじて受け止める。
 突き飛ばされた元首パウラは、空中で腰から小型の自動拳銃を抜いていた。
 地面に叩き付けられ、身体が安定すると同時に、銃を両手で保持して.380APC弾を2発発射。パン、パンという乾いた音が草原に広がる。
 2発とも、スピネリの腹部に命中する。彼の防具を貫通し、弾丸は体内に侵入し、臓器を傷つける。
 スピネリは剣を落とし、ウマの踵を回して自隊に向かって戻っていく。
 自隊の直前で落馬。

 半田千早は銃をしっかりと構えて、元首パウラに向かって走っていた。
「パウラ!
 後退、後退だ!」
 馬上からの強烈な斬激を受けて、片膝をついていたブーカを助け起こした元首パウラは、自動拳銃を構えたまま、後ずさりを始める。ブーカは隙なく剣を構える。

 馬上から飛び降り、大地に仰向けで横たわる王太子を抱いて、大男が泣いている。
 誰かが「殺せ!」と命じると、数騎が突撃を始める。
 半田千早が発射。
 外周壁上から掩護の狙撃が始まる。
 何人かが落馬するが、一部は直近まで迫る。
 半田千早が発射。
 元首パウラも発射。
 発射しながら後退し、どうにか北門内に転がり込む。
 突撃してきた騎馬は、クマンの兵がすべて倒した。半田千早とパウラも命中弾を与えている。

 北門が閉じられる。
 門を閉じた兵の1人が、荒く呼吸する元首パウラを見詰めている。
 小銃を両手で頭上に掲げ、「パウラ!」と叫ぶ。
 クマン兵が次々と「パウラ!」と歓声を上げ、それに避難民の一部が加わる。
 元首パウラは照れくさそうに、右手の拳を上げた。
 ウォー、という鬨の声が起こる。

 元首パウラの周りに、避難民の子供たちが集まっている。
 ブーカが半田千早に微笑む。
「チハヤ殿。
 パウラ様は国母にあらせられる」
 半田千早は冗談で返す。
「まだ、結婚もしていないのに?」
 ブーカは嬉しかった。
「この国にパウラ様がいてよかった」

 東西南北の指揮官が庭園跡に集まる。
 東のアンティ、西の元首パウラ、南のディラリ、北のブーカ。
 アンティが無線での相互連絡を提案。
「パウラは無線が使える。いまのトランシーバーをそのまま使ってくれ。ここなら、1キロは電波が届くはずだ。
 北にはチハヤ、南にはカルロッタ。
 これで、東西南北に無線がある。
 あとは、どう戦うかだ。
 援軍を呼ぼうにも、無線がうまく通じない」
 パウラが尋ねる。
「短波でしょ?」
 アンティが頷く。
「ああ、地球の半分に届くはずなんだが……。
 短波は電離層の状態で、影響されるから……。ここにキンゴやミヅキがいれば、どうにかするんだろうが……」
 パウラは、須崎金吾の名に反応する。
「チハヤのお兄さんの?
 スザキキンゴ?」
 アンティは、元首パウラが須崎金吾を知っていることに驚く。
「そのキンゴだ。
 あいつは、俺たちからしたら魔法使いだよ。
 実際、バルカネルビに攻めてきた救世主の戦闘機を罠にかけて全部落としやがった」
 ブーカがアンティを見る。
「その魔法使い殿は、何処におられる?
 我らも、光の明滅で信号を送っているが、天候が悪く、彼方へは届いておらぬ」
 アンティは心底、須崎金吾さえいれば、と思っていた。
「バルカネルビだ。
 バルカネルビの飛行場が、気付いてくれればいいんだが……。
 とにかく、ボートから送信は続ける。
 ボートはもっと上流に退避させた。
 安全だ」
 ディラリが攻撃の予測を伝える。
「様子から考えてだが、敵は梯子さえ持っていない。城攻めの武器を欠いているから、すぐには攻めて来ないだろう」
 元首パウラがディラリを見る。
「敵は……。
 賊であっても、クマンの民。敵ではない。
 以後、敵とは呼ばず、賊としよう。
 森から木を切り出して、梯子を作るのに1日。もし、投石機を作るなら、さらに1日」
 ディラリが元首パウラに深く頭を垂れる。
「元首閣下の深きお心に感服いたします」
 元首パウラが微笑む。
「グスタフのディラリ。
 慈愛の気持ちで言ったのではない。
 敵とすれば、捕らえれば捕虜となる。
 捕虜を殺せば、単なる報復。罪は我らにも及ぶ。
 賊であれば、クマンの法で裁ける。
 強盗、殺人、強姦……。
 クマンの法ならば、極刑だ。
 賊には、名誉はない。名誉など認めない」
 ブーカが唸る。
「元首閣下は、深謀のお方だ。
 我が齢で、若き閣下にかなわぬ。
 悪行を重ねる賊を退治いたしましょう。
 で、梯子を作るのに1日。
 この1日を有効に使う手立ては?」
 アンティが提案する。
「我々は、迫撃砲と対戦車ロケットを欠いている。手榴弾も少ない。
 投擲兵器があるといいんだが……。壁の上から落とすだけでも、効果がある。
 火炎瓶は作れないか?」
 ディラリは賊を分析していた。
「賊の様子を見ていると、手長族に攻め込まれる以前のクマンの標準的な貴族の手勢だと思う。
 とするならば、梯子、投石機、破城槌、攻城塔が攻城兵器の標準だ。弓の一斉投射も常套戦術だが、連中は弓を持っていなかった。
 手長族の武器を手に入れたので、弓を捨てたのだろう。
 攻城塔や投石機は、この館を攻めるには大げさすぎる。とすれば、梯子と簡単な破城槌で攻めるんじゃないかな。
 破城槌は、荷車に丸太を積んだ程度の簡単なもので、この館の門は破れる。
 我々がどう戦うかだが、梯子や破城槌を近付けなければいい。そのために、壁の上に狙撃手を配置しよう。
 壁に近付いた賊には、真上からアンティ殿の火炎瓶を投げ付ける」

 外周壁の外側では、包囲する騎馬兵が増えていく。広域に分散していた部隊の集結が始まったのだ。
 元首パウラと半田千早は、館の敷地のほぼ中央にある展望塔にいた。
「チハヤ、増えてるね」
「……だね。
 500は超えるかも。
 私たちの5倍以上……」
「それは違うよ。
 避難しているヒトたちが、手伝ってくれている。
 戦力は互角だよ」
「パウラ、彼らは普通のヒトだよ。
 銃口をヒトに向けるなんて、できない……」
「私は“ヒト食い”を見たことがない。
 でも、ワニとドラゴンを見て、戦った。
 この地域では、ヒトはワニやドラゴンと共存している。恐ろしい獣もいる。出会えば、戦わなくてはならない。
 ヒトにも生存本能がある。
 死を前に戦わないヒトはいない」
「でもね、パウラ……。
 勇気と能力は別だよ」
「チハヤ、壁の上からビンを落とすだけだよ。
 それならば、ヒトとの戦い方を知らない農民でもできる。
 弾を撃つだけが戦闘じゃない」
「パウラ……。
 その通りだね」

 ディラリとフロランのグスタフ同士の会話は、30分を超えた。フロランは、彼が指導する避難民を危険にさらしたくない。だから、戦闘に参加させることを拒んでいる。
 しかし、子供たちから自主的に動き始めた。古い穀物袋の運び出しや地下室に残っていた汚れたワイン瓶の洗浄を手伝ってくれた。
 呼応するように、若い女性たちは土嚢作りに協力してくれる。
 特に農家の女性たちは、こういった仕事への要領を心得ていた。
 その様子を見ていたグスタフのフロランが叫ぶ。
「やめるんだ!
 何もしなければ、このヒトたちに協力しなければ、殺されることはない!
 外の連中は、我々を必要としている。
 食べ物は奪っても、生命までは奪わない!」
 作業に参加している中年の女性がフロランに近付く。
「グスタフ様。
 ここまでお導きいただいたことは感謝しています。
 でも……。
 貴族は私たちを殺さないかもしれない。
 だけど、ここで何をするか、私に、あの子たちに、何をするか、わかるでしょ。
 幼い子までも犯すでしょう。
 その悔しさ、苦しさ、悲しさ、辛さは、男であるグスタフ様にはわからない……。
 女のグスタフ様は、それがわかっているから、戦おうとされている。
 生き延びても、心が壊れてしまう」
 一部の男性たちが彼女の言葉で動き始める。
「家族を守るんだ。
 家族がいなくても、この子たちを守るんだ」

 フロランと彼の支持者は、館の一角に集まり、一切の協力を行わないことにした。

 協力者たちは新たな指導者として、グスタフのディラリを選ぶ。
 この時点で、民衆を守るグスタフでありながら、ディラリとフロランは完全に袂を分かつ。
 フロランはディラリに対して、「グスタフとしての心を忘れ、権力者にすり寄る裏切り者」と罵った。
 ディラリは、反論しなかった。

 フロランを支持し続けたのは、意外にも労働年齢の男性とその家族に多かった。彼らは、避難民グループの中では“権力者”だった。
 ディラリに従う決意を固めたのは、両親を亡くしていた子供たち、家族を失い1人になってしまった女性、奇跡的に生き延びた老人など、比較的立場の弱い人々だった。
 すべての家族を殺された男性、娘を持つ父親もディラリを指導者にする。

 ディラリは、年齢の高いヒトには火炎瓶作りを、子供や女性には土嚢作りを頼む。ディラリには、避難民の3分の2が従っている。

 館内の不協和音は外には漏れていない。漏れないよう、元首パウラは侵入と脱出の両方に対して、警戒するよう命じていた。
 元首パウラは同じ指示を子供たちに発していた。
「秘密の出入口や誰も知らない抜け穴があったら、そこを見張って。
 でも、捕まえたらダメ。
 誰が出て、誰が入ってきたか、すぐに教えて」
 10歳前後の8人の男の子と女の子は、クマン国元首の勅命を気軽に引き受けた。

 フロラン側の避難民は、15歳の少年を庭園の池の排水溝から外周壁外に出した。
 それを8歳の女の子が確認し、すぐに元首パウラに知らせる。
「あのね、男の子が外に出たよ」
 子供たちは、池の水を入れ替えるための排水溝の外部と通じる穴の鉄製格子が壊れていることを知っていた。
 体格のいい大人は無理だが、小柄な女性や子供なら出入りできる。
 子供たちは、元首パウラの指示を忠実に履行し、秘密の隠れ場から確実に見張っていた。

 元首パウラは、ディラリとブーカ、そして子供の代表を交えて立ち話をする。
 ディラリが「そのトンネルは塞げる?」と子供に尋ねると、ブーカは「トンネルじゃない。ただの穴だ。両手を広げた程度の長さがある。だが、土嚢を放り込めば、出入りができなくなる」と。
 子供の代表が「池は湧き水だよ。塞いだら、庭は水浸しになっちゃうよ」と反対する。
「木の杭を打ち込んだら?」
 ブーカが子供の代表の意見に賛成する。
「底は?
 穴の周辺の底はどうなっている?
 もし、土なら杭が打ち込める?」
 子供の代表が答える。
「穴の直前まで、石組みなんだ。でも、穴の真下は泥がたまっている。
 泥はそんなに深くないから、硬い土まで杭を打ち込める。
 杭の上を何かで固定すれば、簡単に外れないよ」
 ディラリがブーカを見る。
「やろう、すぐに」
 ブーカが「内通者はどうする?」と。
 ディラリは「放っておけ」と答えたが、子供の代表が「放っておいたらダメだよ。裏切りは許せない」と。
 ブーカは、子供の代表に微笑んだ。
「勇敢なる若者よ。
 些事に惑わされるな。
 連中の魂胆はわかっている。
 命乞いだ。館の戦力は漏れただろうが、それだけだ。
 我らの勇気までは知られておらぬ」
 元首パウラが命令する。
「穴を直ちに塞ぎ、賊の攻撃を待つ。
 それまでは、パンを焼き、スープを作る」

 多くが庭園に集まっている。
 元首パウラが2階バルコニーに立つ。
「みなさん。
 賊の襲撃は明日の早朝、日の出前になるでしょう。
 終夜警戒しなくてはならないが、明日に備えて食事を……。避難している方々、そして北のヒト、クマンの兵士、分け隔てなく食料を分配する。
 パンを焼き、スープを作り、魚や肉を炙り、夕食を楽しもう。
 みんな、お腹いっぱい食べていいからね」
 最後の言葉は子供たちに向けられていた。子供たちが嬉しそうに顔を輝かせる。

 元首パウラの指示は、言葉通りだった。食料の公平な分配は、グスタフのディラリと軍務官僚のブーカが忠実に従った。

 庭園跡の中央に大きな焚き火ができる。寒さしのぎと景気付けだが、元首パウラに子供たちがまとわりつく。
 理由は2つ。元首パウラが好きだから。それと、彼女の近くにいれば確実に食料を得られるから。
 避難民の中年女性が「パンを焼きましたので、お召し上がりを……」と元首パウラに恐る恐る献上する。
 パンと言われたが、ヒョウタンの断面のような奇妙な形をしており、彼女が知っているパンとは異なるものだった。少し焦げ目があるものの色が白い。
 元首パウラがきょとんとしていると、献上した女性が少し慌てる。
「ご無礼を……」
 ミルシェが元首パウラの真後ろに立つ。
「ナンだ!
 これ、ナンって言うパンなんだよ。
 西アフリカのナンはおもしろい形だね。ノイリンでは、まん丸が多いけど……」
 ミルシェが大きなナンを手に取り、少しちぎって口に入れる。
「美味しい!」
 子供たちが「先生が美味しいって!」と言い、我先にとナンを手に取る。
 ミルシェは、一番幼い子に食べさせる。ブーカがスープを椀によそい、木のスプーンを添えてミルシェに渡す。
 ミルシェが「熱いから、フーフーして食べようね」と一番幼い子に諭す。
 他の子が、ナンをちぎり、元首パウラの口に入れる。
「うわぁ、本当に美味しい。温かいし……」
 彼女の手の上の皿には、もうナンはない。
「申し訳ありませんが、このナンをもっとたくさん焼いて……」
 女性は慌てていた。
「私たちが食べるものを、美味しいと言っていただけるなんて……。
 コムギの粉はたくさんいただきました。
 たくさん焼いております。
 少しお待ちを……」

 太陽が西の地平線に没し、急速に暗くなり始めていた。

 庭園跡中央の大きな焚き火は、篝火〈かがりび〉の役割をした。それ以外の灯火は、少しのガソリンランタンと避難民が蜜蝋から作った手製の蝋燭〈ろうそく〉だけだ。
 焚き火の周囲を除けば、館の敷地内は暗かった。

 オルカは8歳の少年とともに、庭園の池の排水溝を監視している。
 出入りができないよう、杭を打ったが、引き抜くことは簡単にできる。引き抜いた後、元に戻すこともたやすい。
 すでに1人が館の敷地外に出たことがわかっている。グスタフであるフロランの意向を受けてのことであろうし、オルカは彼の気持ちが理解できた。
 怖いのだ。
 フロランと彼の支持者たちは、恐怖から、生き残る以外のすべての条件を排除している。生きていけさえすればいいと……。どんな理不尽な要求にも、応えるつもりなのだ。

 影は成人男性だ。2つの影が、排水溝を塞ぐ縦杭4本を抜き、持ち去る。
 夜の帳〈とばり〉が下りて、見張りは8歳の男の子から12歳の少年に変わった。
 オルカは少年に見張りを任せ、カルロッタと話し込んでいた。
 20分ほどして、見張り場に戻ると少年がいない。
 暗闇に目が慣れているが、物陰を手探りする。少年の足に左手が触れた。
 身体を揺するが反応がない。
 オルカは決して小柄ではない少年を背に担いで、その場を離れる。
 館を大回りして、北側正門に向かう。館の入り口ロビーが、ミルシェが仕切る“野戦病院”になっている。

 少年は死んではいなかったが、殴られ、蹴られ、踏み付けられて、ひどい怪我をしている。
「内臓に損傷があるかもしれない」
 ミルシェの言葉で、オルカは慌てる。
「私が離れなければ……」
「この子が離れていたら、オルカがやられていたよ」
 少年は顔を蹴られており、まぶたが異常なほど腫れ上がっている。
「顎は折れていないみたい」
 オルカは、ミルシェの言葉に反応できないでいた。
「内通者にやられたのか、それともこの館内に賊が侵入したのか?」
 オルカの問いにミルシェは、別の心配をする。
「いま、犯人捜しをしても、あまり意味はないと思う。忍び込まれたとしても数人だ。
 そんな人数では、何かができるわけじゃないよ。
 このことを、チハヤに知らせて」

 半田千早はオルカの報告を聞き、それを主な面々に伝える。
 ブーカは「忍び込まれたとすれば、東西南北どこかの扉を開けようとの魂胆だろう」と推測する。
 ディラリは「派手に攻められる門は、陽動かもしれない」と。

 この夜、元首パウラを支持する各グループと、グスタフのフロランが指揮するグループは言葉を交わすことなく静かに対立を深めていった。
 激しく暴行された少年の妹は、この事実を知らされていない。彼女の慟哭が、内通者や侵入者に知られる可能性があるからだ。

 片倉幸子はアンティに酒の瓶を渡す。アンティが瓶を口に付ける。
「アンティ、賊は南北を攻める。間違いない。館は北寄りに建っていて、東西に広がるから、建物で南北が分断されている。
 北門から駅までは300メートル。駅は賊の出撃拠点に最適だよ。
 北門に向かって、私たちが掘り出した軌道が延びている。破城槌を移動させるには最適だよ。
 もし内通者がいるとすれば、狙われるのは南門かな。
 私なら北を派手に攻め、南を内側から開門させて、一気に雪崩れ込む。
 この館は広いようで狭い。白兵に持ち込まれたら、賊に勝機が生まれる」
 アンティが酒瓶を片倉幸子に返す。
「カタクラの予想はもっともだが、南は草の丈が高いし、密生している。
 一見、遮蔽物になりそうだが、火を放たれると、身動きできなくなる。それに、密生した草の中を進むのは、ほぼ不可能だ。
 逆に、賊が火を放てば煙幕になる。ルートさえ確保できれば、攻めやすい。
 俺は西だと思うし、東もあり得る。
 西は開けているから自由に行動できるし、東は船で接近すればいい。
 結局、東西南北、どこも攻めやすいんだ」
 片倉幸子は不安だった。
「この人数で全周防御は難しい……」
 それは、アンティも同じだった。

 半田千早は北門にいたが、深夜2時に起こすよう頼んで、小さな焚き火の前で毛布を頭からかぶって、地面に横になっていた。

 ミルシェも一時の睡眠を得ていた。負傷者は医療の経験が全くない、避難民の女性2人が協力してくれている。
 ミルシェも「私が寝入っていても必ず2時に起こしてね」と頼んでいた。ミルシェはロビー階段横の汚れた絨毯に横たわった。
 ミルシェの協力者2人は、ミルシェが寝る前に奇妙な化粧をしたことが不思議だった。
 彼女は顔に墨をまだらに塗ったのだ。2人は「魔除けかしら」と訝っていた。

 元首パウラは、親を失った子供たちに囲まれて休息していたが、眠れはしなかった。彼女は、この館全員の生命の重さを感じていた。

 オルカは、庭園中心の焚き火にあたっている。冷えてしまったナンを焚き火にかざして暖め、煮詰まったスープを飲む。
 ノイリン製AK-47の作動を確かめ、すべての弾倉をチェックし、右腰の.380スペシャル弾仕様のトップブレイクリボルバーを点検する。
 アンティが隣に座り、ポツリと「M70はこの状況では不向きだった……」と。
 ウィンチェスターM70は、遠距離狙撃ライフルとしては名銃だが、この状況ならばAK-47のようなアサルトライフルが適している。
 それにアンティは、格好を付けてコルトSAAピースメーカーを持ち込んでいた。6発撃ったら、1発ずつエジェクターで排莢しなければならず、装弾に時間がかかる。
 アンティは、戦闘になるとはまったく予測していなかった。それは、アンティ隊の全員が同じで、普段使っている銃を持ってきただけだった。
 片倉幸子は小銃を持っていない。モーゼルC96にホルスターになる銃床を取り付けて、カービンの代わりにしていた。
 結果、彼女が12.7ミリ重機関銃の射手となっている。

 この夜、クマンの発光信号は中継点付近の天候が悪く不通だったが、バルカネルビのボートは短波無線が通じた。
 応答したのは、なんと3000キロ離れたジブラルタルだった。
 ファラナの位置と、セロの武器を装備した盗賊に襲われていることは伝えた。

 半田千早は、攻撃が北門に集中すると、援軍を呼びにくいと感じていた。
 館は東西に横長で、正面ホールと庭園跡はつながっているが、それでも北門の状況は他からはわかりにくい。
 北門は孤立した戦いを強いられる可能性が高い。
 東門、西門、南門は、庭園跡に通じる。東西と南の外周壁は連携して戦える。

 元首パウラは、子供たちの寝顔に後ろ髪を引かれながら、持ち場である西外周壁に戻る。子供たちのことは、避難民の女性に託した。

 ミルシェは深夜2時、診療のために外していたボディアーマーとヘルメットを着ける。
 その様子を彼女に協力していた避難民が不安な目で見詰める。
「私が出たら、正面の扉を閉め、決して開けないように」
 20代の女性だけが返答した。
「何事も先生の指示に従います」

 3時10分、西門方面で鬨の声が上がる。同時に西側外周壁に対する銃撃が始まる。
 3時30分、北門への攻撃開始。
 同時刻、南門では、扉を開けようとした避難民の男数人が取り押さえられる。フロランの指示らしい。
 南門指揮官ディラリは、手荒には扱わなかったが、全員を捕らえ縄で縛る。

 東門には川に沿って少人数が回り込もうとした。アンティとライモンが外周壁上から狙撃し、阻止に成功している。

 主攻は西門だった。外周壁4カ所の機関銃座は、200メートル先をも制圧できるが、連続発射を続けることは無理だった。機関銃弾のリンクベルトを交換する必要があるし、200発見当で銃身の交換もしなければならない。
 銃身を加熱させないために、3点または5点バーストで発射する必要もある。
 盗賊は、2輪の荷車に巨大な丸太を載せた破城槌を持ち出してきた。
 ヒトの力でも、この丸太が扉に激突すれば、突破口が開かれてしまう。

 北側にも荷車に3本の丸太を積んだ破城槌が現れる。
 荷車1輌に50人が取りつき、全速で突進してくる。賊を倒しても倒しても、荷車を押す兵の数は減らず、速度も鈍らない。
 鉄板を数人で掲げ、防弾板にしている。手持ちで不安定なため、厚くないのに銃弾は貫通せず、反れてしまう。

 北門に破城槌が激突。観音開きの扉を破る。木製の太い閂〈かんぬき〉が、乾燥した小枝のように割れる。
 賊が雪崩れ込む。

 ミルシェは無線で状況をモニターしていた。
「私が出たら、扉を閉めて。
 何があっても、絶対に開けてはダメ。
 庭園側の扉も閉めて!」
 子供たちは全員起きていた。
「お姉ちゃんは?
 先生も戦うの?」
 5歳くらいの女の子の問いに、ミルシェは頷いた。

 ミルシェが正面玄関のヒトの背丈の2倍ある高さの重厚な扉を開けて、外に出ると、彼女の背後で扉が閉められ、滅多に使われることのない、閂がかけられる。

 ミルシェはこの時点で、アサルトライフルを構えていた。
 破城槌は北門を突き破り、丸太の全長の半分が館の敷地内に入っていた。
 結果、城壁の外と内を結ぶ通路は狭かった。

 半田千早は、外周壁上につながる石を積んだ階段を駆け下りていた。地上まで5段を残し、身体をひねって飛び降りる。

 半田千早は、単連射で敷地内に突入してくる盗賊に発射しているミルシェに倣う。
 外周壁上からも敷地内に向けて、発砲がある。
 北門の外側が炎に包まれる。館の守備隊が火炎瓶を使ったのだ。外周壁上からの連続火炎瓶投下は、賊の侵入阻止に効果絶大だった。
 すでに敷地内に飛び込んでいた30人ほどの賊は、後続が断たれ、半田千早やミルシェたちに1人ずつ倒されていく。

 ブーカは、この事態に慌ててはいなかった。
「荷車を館内に引き込め。
 横にして押し倒すのだ!」
 ブーカ隊の兵士たちが、荷車に取りつく。
 半田千早とミルシェは彼らを掩護し、北門の外からの侵入を阻止する。
 ブーカの「倒せー!」の号令で、一部が燃える3本の丸太を積んだ荷車が倒される。
 絶妙な位置に荷車が倒され、再び北門は閉じられる。

 西門の元首パウラは、2輪の荷車を使った破城槌の接近を許してはいなかった。
 しかし、北から移動してきた破城槌は、西門に正対している。梯子も見える。
 松明の数から賊はざっと300。この人数で、一気に攻め込まれたら、彼女が指揮する手勢では防ぎきれない。
 しかし、賊は犠牲を嫌っているのか、機関銃と小銃の射程内には入ってこない。

 松明が一斉に消される。4時を過ぎ、東の空がわずかに明るくなる。地形は不明瞭だが確認できる。
「突撃!」
 この号令で、西外周壁に殺到してくる。

 西門の守備隊は、元首パウラ以外は自動火器を持っていない。
 しかし、クマン兵の射撃の練度は高く、ボルトアクションでありながら、大げさだが“半自動小銃並み”の速度で撃ちまくった。
 クマンの小銃はノイリン製が多く、機構は旧日本陸軍の九九式短小銃と同じ。弾倉は、着脱可能な20発箱弾倉だが、通常は機関部上部から5発クリップを押し込んで装弾する。
 このため、クマン兵は交換用の弾倉を持っていない。
 20発を発射すると、5発クリップを4回装弾しなければならないが、現在の状況では、クリップ1つを装弾したら発射、1発残して次のクリップを装弾する、という運用をしている。
 実に効果的だ。
 元首パウラは、外周壁の至近まで迫った賊に向けて単連射する。
 西門の周囲には、賊の死体が絨毯のように敷き詰められた。
 それでも、破城槌が西門に迫る。破城槌に向けて火炎瓶が投げられ、周囲の草が燃え、ヒトも燃える。
 破城槌は方向を失い、西門の南側外周壁に激突。丸太の先端を尖らせていたことから、外周壁に突き刺さる。
 外周壁に突き刺さった破城槌は、重力によるものか、衝突時の衝撃の反作用なのかはわからないが、ヒトの力が介在せずに後退する。
 破口は直径1メートル。
 そこから10を超える賊が突入する。

 偶然開いた破口から、賊が次々と侵入してくる様子を、南門を守っていたカルロッタが気付き、突入口に向かって走る。
 東門を守るオルカも気付く。彼女は庭園跡をガゼルのような俊敏な身のこなしで、西に向かって走る。
 元首パウラは、西門脇の石の階段を駆け下りた。

 3人は突入してきた賊に向けて、ゼロ距離で発射する。
 元首パウラは、アサルトライフルを撃ち切ると、自動拳銃を抜いて発射する。
 ボディアーマーを着けたオルカの胸に賊が発射したガス銃の弾が命中し、彼女が吹き飛ぶ。

 破口には、外周壁上から火炎瓶が投下され、炎の壁ができる。賊の新たな侵入をどうにか阻止。
 突入してきた賊は、元首パウラを中心に反撃して、完全に制圧した。

 北門と西門への攻撃は、どうにか食い止めた。
 半田千早は弾倉を調べる。携行弾数の半分を使ってしまった。
「次、攻撃されたら……」
 残弾はわずかだった。 
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