200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第5章

第141話 交易ルート

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 200万年後の世界において、自動車産業と航空機産業は黎明期にあった。
 造船は木造船に加えて、鋼製船の建造が始まり隆盛しつつある。
 航空機産業は、ノイリン、クフラック、カラバッシュの独断場で、シェプニノが新規参入を始めている。
 ノイリンは輸送機に強いが、戦闘機には弱い。クフラックは、その真逆。ノイリンとクフラックはタービンエンジンだが、カラバッシュはレシプロエンジン。それぞれに特徴がある。
 ノイリンはクフラックから、第二次世界大戦期の戦闘機ノースアメリカンP-51マスタングが源流で、大戦後に改良が続けられた攻撃機キャバリエ・マスタングの売り込みを、受け入れるか否か迷いに迷っている。
 クフラックは、ノイリンの双発小型輸送機スカイバンと双発中型輸送機フェニックスに対抗するため、双発中型輸送機アエリタリアG.222をベースにスパルタンを開発。
 試作4号機までが進空している。

 ジブラルタルは、ニジェール川源流域調査隊が発信した無線のすべてを受信できたわけではなかった。
 西アフリカ海岸から内陸450キロの地点にあるファラナという村で、西ユーラシアの調査隊が盗賊に襲われ孤立している、ことだけはわかった。
 ジブラルタルはバンジェル島に問い合わせるが、調査隊のことは知らず、ノイリンにも連絡するが、ここでも一切の手がかりを得られなかった。
 バルカネルビとは電波状況が悪く、なかなか交信できなかったが、ようやくつながり事態が判明する。
 救援を出そうにも、ファラナは厄介な場所だった。
 バンジェル島からは780キロ、バマコから420キロあり、陸路と水路のどちらも状況がよくわかっていない。
 空路は、ヘリコプターでは往復できず、固定翼機ではファラナに滑走路はない。
 この事件は、瞬く間に西ユーラシア全域に広まっていく。メンバーに若年者が多いからだ。
 調査隊メンバー表には、チハヤやカルロッタなど知られている名があり、オルカやヨランダなど知らない名前もある。
 大人たちが対策に右往左往している間に、西ユーラシアの若者たちは独自のネットワークで作戦を立案する。
 この中心となって動いたのは、ヴルマンのミエリキやコーカレイのマーニだった。

 ノイリンでは、大人たちが突き上げられ、不整地でも離着陸できるようランディングギアを強化していたフェニックスを用意させた。
 これをミエリキたちが操縦する。
 ヴィーゼル空挺戦闘車と自走迫撃砲の投入が決まり、さらに1機が加わり、物資輸送のために軽トラも積まれることになる。
 ノイリンが2機の輸送機を用意したことから、カルロッタの街であるクフラックも作戦に加わる。
 ここでも、大人たちの論理的な作戦ではなく、若者たちの“無謀”な主張が勢いを得ている。
 クフラックは、ノイリンに対抗するため、新型輸送機スパルタン2機の投入を決定する。

 スパルタンは双発双胴のフェニックスと比べると、オーソドックスな単胴で流麗な高翼配置の双発輸送機だ。
 ノイリンの航空機開発者は、かなりのショックを感じている。
 ファニックスで物資を輸送し、スパルタンで人員を輸送する計画で、4機で200人を運ぶ。

 ニジェール川上流に退避していた2隻の高速武装艇は、大型機4機が着陸できる平地を見つけるよう命令を受け、慌てていた。
 そんな無茶苦茶な作戦は、本来あり得ない。だが、傍受している短波無線に急激に増えている単語で察しが付いた。

 トモダチ

 過去に何度か、この“トモダチ”の一言で、10代の少年少女が大動員されたことがある。大人たちでさえ無視できない、西ユーラシアにおける一大勢力が“トモダチ”なのだ。

 銃と弾薬、そして食料を携えた若者が、各地から続々とノイリンに集まってくる。
 わずか20時間で、200の空挺兵と装甲車輌2、輸送車1が揃い、4機の大型機に乗り込む。
 バンジェル島に立ち寄ると、戦女神に引き留められる可能性があるから、と設備の悪いバマコに向かう。

 バルカネルビでは、ララとココワの油商人の娘だったキアーラを中心に、救出部隊の編制が始まっていた。
 ララはバルカネルビで最も船足の速い小型艇を4。キアーラは、バレル家の伝手を頼って、武器と弾薬を集める。
 キュッラが同行を懇願し、キアーラに認めさせる。
 1艇に20人が乗り、総兵力80がこの事態を知ったその日に出発する。

 偶然とは恐ろしいもので、バルカネルビを発した4艇とノイリンを離陸した輸送機4機のバマコ到着は、ほぼ同時だった。
 しかも、船には勝手な飛行を禁じられたララが乗っていた。
「キアーラ、ノイリンのフェニックスが着陸するよ。いまの時期、バマコへの着陸なんてあり得ないよ。
 あの飛行機は何?
 見たことのない輸送機!
 ヘンだよ。
 予定を変更して、バマコに寄ろう」

 ララはホティアと再会し、抱き合っていた。
 彼女たちは、友人であるとともに、ともにヒトの世界で生きる精霊族だ。
 どうであれ、少数派の思いはある。
「ララ、バマコに中型ヘリが2機あるんだ。どちらも飛べる。
 いま、マーニがバマコの司令官と交渉している」
「ホティア、でもパイロットは?
 マーニがいるし、私も操縦ならできる。
 それに、クフラックの子も2人が小型ヘリの操縦資格がある」

 バマコの司令官は、この事態を楽しんでいる。200の兵に80が加わった。ちょっとした戦力だ。
 しかも、3500キロをものともせず、文字通り飛んで来た。
 燃料、整備、何でも協力するつもりだ。

 バルカネルビの部隊と西ユーラシアの部隊は、滑走路脇で合同の会議を開く。
 ミエリキが口火を切る。
「飛行機は最大ペイロードでは、不整地に着陸できない。できるとしても危険だ。
 燃料3分の1で離陸する。
 それと、バルカネルビ隊の船で、運べない物資を輸送して欲しい」
 キアーラが要望。
「調査隊と連絡できたけど、飛行機が着陸できそうな場所は、鉄道とかいう道の南側にある。
 ただ、そこは盗賊が占拠している……」
 マーニが案を出す。
「バマコに中型ヘリが2機ある。
 私とホティアが操縦して、ノイリンとクフラックの子たちでヘリボーンを仕掛ける。
 1機に30人として、60人運べる。
 飛行機の兵が不足するので、そっちの隊員を60人貸して欲しい。
 ヘリは往復できないから、どこかに避難する」
 キアーラが応じる。
「燃料や食料は、船で私たちが運ぶ。
 船は4人いれば運航できるから、16人だけ残してくれればいい」

 予備の弾薬や食料が飛行機から降ろされ、船に運ばれていく。
 船からは武装したバルカネルビの若者が、飛行機に向かう。

 元首パウラたちは、館内に侵入した賊の数人を捕縛していた。
 元首自ら尋問する。
「おまえたちは、何者だ」
 後ろ手に縛られ、武器を取り上げられた若い賊が答える。
「我らは、国王カスバル1世の臣下である。名誉ある貴族に対し、この扱いは無礼であろう」
 ディラリが笑う。
「パウラ……」
 元首パウラが困り顔をする。
「そなたたちは、クマンからの独立を目指しているのか?
 その……、カスバル某〈なにがし〉は、何を考えているのか?」
 賊がいきり立つ。
「我が王を愚弄するか!
 クマンは滅びた。
 我が国王が、この地より新たな王国を建国される。我らは新王国を統治する貴族だ」
 少女が叫ぶ。
「何言ってんだ!
 ばかやろう。ただの盗人じゃないか。おまえたちができるのは、弱いものいじめだけじゃないか!」
 別の少女がパウラに懇願する。
「パウラ、お願いだから、こいつを殺させて。お願い!」
 元首パウラが確約する。
「そのようなことをしなくてもよい。
 クマンの法に従い処罰する。
 私には司法に指図する権限はないが、普通に考えれば極刑だ」
 賊が反論する。
「我らは戦時捕虜だ。
 正当に扱え」
 元首パウラがにらむ。
「ここはクマンの領土。
 当然、クマンの司法権が及ぶ。
 おまえたちは、どう言い訳しようと、盗賊だ。盗賊には、厳罰をもって臨む。それが、クマンの法だ」
 賊がほくそ笑む。
「何をバカな。
 次の攻撃で、ここは落ちる。
 おまえは、カスバル国王陛下のご意向にひれ伏すことになる」
 カルロッタはパウラを見る。
「パウラ、私も1つ聞いていいか?」
 パウラが頷く。
「おい盗賊。
 おまえは誰を相手にしているか、わかっているのか?
 彼女はパウラ、クマンの元首、この国の最高権力者だ。
 私の隣はチハヤ、ノイリン王の娘。
 私はカルロッタ、クフラックの代表アレクサンドリアの娘だ。
 湖水地域のメンバーもいる。
 おまえの王様は、世界を相手に喧嘩を売ったのだ。
 ここで勝ったとしても、獣のように狩られるぞ」
 賊の若者の目が泳ぐ。
「クマンの元首、とはどういう意味だ?」
 ディラリが答える。
「私は、グスタフのディラリ。
 クマンは存在している。
 都は北に移動し、手長族との戦いも継続している。北のヒトの助力を得て、手長族を南に後退させた。
 旧王都付近は、クマンの領土。
 おまえたちの王国ではない。
 クマンは民が支配する共和国となった。
 ここにおわすパウラは、共和国となった国を代表する元首。
 元首たるパウラが旧王都の北辺を調査せよ、と命じられた。
 この調査は、西ユーラシアと呼ばれる北のヒト、我らクマン、湖水地域と呼ぶ東のヒトの運命をかけた重要な作戦なのだ。
 カスバル某の王様ごっことは、重要度が違う」
 1人の賊が「嘘だ!」と叫ぶ。1人は泣く。
 年齢が若い賊は、激しく動揺している。
 ディラリが「地下室に閉じ込めておけ」と命じ、賊3人が引き立てられていく。

 半田千早は、捕らえた賊の様子を観察していた。3人とも若く、館内に突入した賊の死体もあらかたが若い。分別のある年齢は少ない。大人が扇動し、子供が従っているように感じた。
 それだけ、思想的な純粋培養度が高いと感じる。指導者であるカスバル1世は王国の創建など信じていないだろうが、子供たちは信じている。
 それだけに、強い意志で攻めてくる。
 強敵だ。
 弾薬の消耗を考えると、次の夜を迎えられないと感じた。
 脱出も考えたが、館内の避難者を含めての移動は困難に思えた。ただ、対岸に渡れば、逃げ回りながら、さらに少しの抵抗ができるようにも感じる。

 片倉幸子は、上流に退避しているボートからの無線に耳を疑った。
「ヘリ2機、輸送機4機が空挺作戦を決行する、と伝えてきた」
 彼女は「そう」とだけ答えたが、そんな部隊がどこから来るのか、皆目見当が付かなかった。

 バマコの○の中にHが描かれた急造のヘリポートから最大離陸重量の中型ヘリコプターが離陸していく。1機は新型、1機は旧型だが、どちらもノイリンとクフラックの隊員が30ずつ乗っている。
 バルカネルビの船4艇は、すでに出発している。食料と追加の弾薬、そして6機がバマコに帰還するための大量の燃料を搭載している。軽トラも積まれた。
 輸送機の離陸はまだだ。
 強襲着陸するための準備がまだ残っている。
 作戦は、双発双胴のフェニックス輸送機1機が着陸し、着陸後すぐにランプドアを開けて、ヴィーゼル空挺戦闘車を降ろす。次にフェニックス2号機が着陸。ヴィーゼル120ミリ自走迫撃砲を降ろす。
 両機には、自動小銃を持つ隊員30が乗っており、滑走路を確保するために先行して降下したヘリコプターの隊員を支援する。
 滑走路を完全に確保した後、速やかに双発単胴の隊員70を乗せたスパルタン輸送機2機が連続して着陸する。

 バンジェル島から2機のガンシップが離陸する。バンジェル島の戦女神は、ノイリン王が“自家用機”のように使うガンシップを接収した。
 輸送機の不足は致命的で、銃砲を積むだけのフェニックスは容認できない。
 しかし、対地攻撃機は必要で、城島由加はスカイバンの長胴型に旅客輸送が移行しつつあり、やや余剰となり始めていたタービン・アイランダーに固定武装を施した。
 このタイプは2機あり、COIN機として運用されることから、主翼下に爆弾の搭載も可能にしている。
 ノイリン製のタービン・アイランダーはもともと、この機のエンジンとしては過剰に出力が大きく、積載能力と速度性能に優れていた。
 コックピット(操縦席)周辺と機体下面に防弾を施し、燃料タンクの増積と自動防漏化および自動消火装置を追加し、機首に7.62ミリ6銃身ガトリング機関銃ミニガンを装備し、機体左側に12.7ミリ連装重機関銃を装備しても、最大時速350キロを発揮する。
 この改造は、バンジェル島で行っていた。それを可能にしたのは、カラバッシュからやって来た航空機技術者たちだった。
 カラバッシュはヒトと精霊族の混血の街だが、ヒトの血が濃いとそれとなく差別される。そんなことから、彼らはヒトの街に移り住むのだが、やはり住みにくいものがあるらしい。
 その点、西アフリカは新天地だし、バンジェル島は流れ者大歓迎だから、意外なほど高度な技術を持つヒト、精霊族、鬼神族が集まってくるのだ。
 クマンの油田で働く、鬼神族の技術者は多い。
 治安がよく、家族での移住も少なくない。
 独自に、飛行機の操縦や設計を学びたい精霊族もやって来る。
 城島由加は、この島で、ある意味、絶対的権力者として、ノイリンの許可なしに、何でも好き勝手にやっている。
 ノイリンではアイランダーの製造は終了しているが、バンジェル島は製造設備を購入・移送して、独自に製造を継続しようとしている。

 半田千早は、北の空に黒い点を見つける。
「鳥?」
 外周壁上で彼女がそう言うと、隣りに立つヨランダが手をかざす。
「鳥にしては、大きいかも……。
 飛ぶドラゴンだったら、厄介だよ」
 半田千早は、それが鳥でもドラゴンでもないことに気付いた。
「飛行機だ!
 飛行機が来る!」
 半田千早が叫ぶと、片倉幸子とアンティが外周壁に駆け上ってきた。
 片倉幸子が「小型機みたい」と言うと、アンティが「アイランダーじゃないのか?」と答える。
 機械の巨鳥は2。
 まっすぐに飛んでくる。
 アンティがトランシーバーで呼びかける。
「上空のアイランダー、応答されたし」
 通信は明瞭で、音声は全員のトランシーバーで聞こえる。

 西の外周壁下では元首パウラの周りに、クマン兵から避難民まで集まり、トランシーバーから漏れる声を聞いている。

「攻撃すべき、目標をマークせよ」
 それはできない。
 発煙弾を目標に発射できないのだ。
 クマンの兵が提案する。
「塔から発光したらどうか。
 発光から300メートル北の賊を掃討してもらおう」
 アンティが頷く。
「高い塔がある。
 これより、塔から発光する。
 発光する塔の300メートル北を攻撃してほしい」
「了解した。
 塔の周辺を避け、塔の北300メートル付近を攻撃する」

 片倉幸子が子供たちに向かう。
 万一がある。
 子供たちを地下に避難させるためだ。

 クマンの兵は塔に駆け上がり、クマンの通信兵が灯火を点滅させ、守備隊の所在を知らせる。

 2機のアイランダーが館の上空を通過し、館の周囲を旋回する。
 アイランダーが確認する。
「館の周囲はすべて敵か?」
 アンティは「館周辺はすべて盗賊。館周辺はすべて盗賊」と答える。
 タービン・アイランダーは、西側に2機で4発の焼夷弾を投下。さらに、機体横の12.7ミリ連装機関銃で、地上を掃射する。
 これを、何度も繰り返す。
 西側の賊は散り散りになって逃げる。
 北側にも銃撃するが、こちらは機首の7.62ミリ6銃身ガトリング機関銃だった。

 ブーカは、あの弾雨の下にはいたくないと思った。この行為は戦いではなく、単なる殺戮だ。
 これほど、凄まじい攻撃を見たことがない。賊ではあっても、気の毒と感じた。
 しかし、賊は空からの攻撃を経験しているらしく、大きく散開し、身を地に伏せ、樹木・草むらに身を隠す。
 派手な弾雨とは裏腹に、意外と損害を受けていない。

 元首パウラは、4発の爆弾で賊は散り散りになったが、迅速に再集結する様子を見て、ただの賊ではないことを強く感じていた。
 クマンの辺境に暮らしていた若い貴族たちを、カスバル1世は巧みに誘惑した。
 彼らが信じていたこと、聞きたい言葉、それらを巧みに組み合わせ、彼の思い通りに動く軍団を作り上げた。
 見かけが立派なだけでなく、士気が高い。

 半田千早はミニガンの掃射を受けた北側の賊が即座に立ち直る様子を見て、背筋に冷たい汗が流れる感触を感じていた。
 フーガが「来るぞ!」と叫び、門の前に陣取る半田千早とミルシェは、自動小銃を構える。

 ニジェール川に面する東側は、波状的に数度の攻撃を受けていた。主攻でないことは確かだが、牽制にしては巧妙な攻撃だ。
 東門は開けられていて、門前には土嚢が積まれ、12.7ミリ重機関銃が据えられている。
 この機関銃の圧倒的な威力に接し、賊は門の正面には現れない。
 川縁の低い段丘に身を隠し、狙撃に徹している。
 彼らが入手した青服の小銃に類する武器は単発で、厚い弾幕は張れない。セロが行う戦列歩兵戦とは異なるが、段丘に身を隠しながら一斉射撃を行い、その銃撃を掩護として斬り込んでくる。
 東門の守備隊は自動小銃が少なく、斬り込み突撃を容易には跳ね返せなかった。

 ライモンはヨランダとともに、東側外周壁の北寄りに陣取っている。
 彼のドラグノフ狙撃銃は半自動で、間断ない正確な射撃で川縁の賊を身動きできないようにしていたが、持ち弾はつきかけていた。
「ヨランダ、ごめん。
 もうすぐ弾切れだ。
 こんなところに連れてくるんじゃなかったよ」
 ヨランダの思いは違っていた。
「弾丸が耳元を通過したり、弾丸が砕いた壁の破片が頬を切ったり、恐ろしいことがたくさんあったけれど、生きているんだ、って思えたの。
 私、生き残れたら、もう父の道具にはならない。私が仕返しに、父を道具として使ってやる」
 ライモンが笑う。
「その意気だ。
 その銃は躊躇わずに撃て、撃たなければ自分が死ぬ。それだけじゃない。あの子たちも死ぬ。楽な死じゃない。
 誰かのために死ぬな。
 誰かのために生きろ。
 壁の下に行くぞ!」
 ライモンは、ドラグノフ狙撃銃を背に担ぎ、大型の自動拳銃を抜いた。

 アンティは、ボルトアクションのウインチェスターM70に1発ずつ装弾して、狙撃を続けていたが、この戦い方は限界に達していた。
 アンティはライフルをスリングで背に担ぐと、腰の44口径コルトSAAを抜いて、土嚢で固めた東門外の陣地に向かう。

 片倉幸子は、12.7ミリ重機関銃の威力が過大で、発射速度が遅いことにイラついていた。陣地守備の指揮を引き受けはしたが、どう考えても持ちこたえられそうにない。
 各隊員の残弾は少なく、館の四隅に据えた7.62ミリMG3機関銃を除けば、あと1回か2回の攻撃でつきてしまう。

 バルカネルビからファラナへ隊員たちを運んできた武装高速艇は、帰還のための燃料を心配していた。
 だが、状況はそれどころではない。トランシーバーからは「弾がない」「弾をくれ」という悲鳴が聞こえてくる。
 2艇の艇長は、水上からの攻撃を決める。12.7ミリ重機関銃を搭載しているし、小銃弾も少しならある。

 マーニはホティアが後続していることを、時々確認している。単独で彼女が、これほどの長距離を飛行した経験はないはずだ。
 クフラックの子が航法士兼副操縦士を務めてくれているが、彼女たちはノイリン製Mi-8(ミル8)の操縦経験はない。
 それと、バマコからファラナまで、推定420キロ。この距離は、最大離陸重量では限界ギリギリの距離だ。航法を誤れば、不時着しなければならない。
 ヘリコプターに武装はない。搭乗している隊員の個人携帯火器だけだ。

 ニジェール川に沿って飛ぶことを提案したホティアの判断は、正しかった。地紋航法は、飛行に時間はかかるが、航法を誤ることは少ない。
 派手な爆撃音が聞こえる。バンジェル島から出撃した航空隊だろう。
 マーニはこの機に乗じて、着陸することを決める。
 連絡の通り、石畳の道が海岸に向かって延びている。その石畳道に沿って、東西に延びる未舗装の道のようなものがある。
 かつてここには、長大な引き込み線があったとか。現在は撤去されていて、その痕跡が3000メートルほど残る。
 マーニは、この直線路の西端に降りることにする。

 半田千早と元首パウラは、2機のヘリコプターの接近を外周壁上で見ていた。
 明らかに援軍だ。
 2機は数キロ西に着陸すると、数十人を降ろした。
 そしてすぐに離陸し、南に向かって退避していく。

 片倉幸子は上流からのエンジン音を聞いていた。
 川面側から段丘に伏せる賊に向かって、12.7ミリ弾が発射される。
 上空には2機のヘリコプターが現れ、正直な気持ちとして「助かった」と思った。
 弾切れは間近で、ティッシュモックのアキラは拳銃弾まで撃ちつくし、小銃に銃剣を着けて白兵線の準備を終えていた。
 アンティは、自慢のコルトSAAを賊に投げつけ、頭に命中させている。

 降下したヘリボーン隊による、臨時の滑走路となる旧引き込み線一帯の掃討が始まる。

 フェニックスが車輪を降ろし、着陸態勢に入る。
 キアーラは震えていた。飛行機に乗るのも初めてだし、空からの攻撃など、考えたこともなかった。
 それは、この機に乗っている10人の湖水地帯のヒト、全員に共通している。
 隣りに座るバルカネルビの男の子が、「これほどの力があるのに、僕たちの街を攻めないのはなぜだろう?」と言った。
 西のヒトが答える。
「掟だからさ。
 ヒトはヒトと争ってはならない。
 ヒトはヒトと殺し合ってはならない」
 キアーラは、運命を感じていた。祖父のファッジが伝手を頼って、南部への移住を決めてくれた。
 しかも、南部で燃料の販売ができるという。キアーラは、祖父に敬意を込めて、ファッジ燃料化学という会社名にした。
 これから、南部の流儀を学ばなくてはならないが、西部・中部・東部と異なり、どれもが新鮮で面白い。
 しかし、燃料を売るには燃料を仕入れなければならない。
 商売上の打算もあるが、クレールや半田千早のことが心配だった。

 離陸はほとんど揺れなかったのに、着陸の振動はひどい。悲鳴を上げたくなる。
機体が停止すると同時に、テイルゲートが開く。
「機外に出たら、滑走路には立ち入らず、散開する」
 隊長の命令がよく聞こえない。
 キアーラは、機外に出ると他の隊員に従って、草地に伏せて、味方の後続を待つ。
 輸送機4が降り、ヴィーゼル空挺戦闘車を中心に東に向かって前進を始める。

 この時点でも戦力的には賊のほうが上回っていた。
 しかし、空からの攻撃という予想外の展開で、浮き足立っていた。
 賊はニジェール川の岸部に追い詰められつつあった。

 ブーカは、反撃はいましかない、と確信した。西のヒトの援軍を得て、賊を討伐すれば、それで終わる。
 国王を名乗るカスバル1世には、何の理と利はない。投降させ、法に則り裁けばいい。それだけだ。
 ブーカは、館内の全クマン兵に突撃を命じる。ブーカの予想に反して、館内にいた西のヒトも呼応し、西門から飛び出した元首パウラが先陣を切る。
 ブーカは慌てた。
 名目上ではあっても国軍の最高司令官が、突撃の先頭に立つなど、聞いたことがない。
 元首パウラの両脇には、半田千早とミルシェ。クマン兵は奮い立ち、圧倒的な火力で制圧していく。

 ニジェール川西岸の一画に追い詰められた賊は、一度は徹底抗戦の意思を示したが、彼らの“国王”が逃亡すると、投降を受け入れた。
 逃亡した賊も多かったが、それでも150人近くを捕縛した。若年者が多く、ブーカは頭を抱えている。

 元首パウラは、心底驚いていた。西ユーラシアの多くの街から、彼女が知らない街からも、自主的に参加した義勇隊員が、わずか1日強で編制され、3500キロの距離をものともせず、飛んで来たのだ。
 加えて、湖水地域の人々が多数来訪したこと。
 これも驚きだった。
 しかも、次の世代を担う若者が多い。
 マーニ、ホティア、ララとの再会を喜ぶ余裕さえない。

 大きな焚き火を囲んで、若者たちが話し合う。
 ヨランダが元首パウラに、湖水地域の燃料事情を説明し、クラーラが窮状を訴える。
 元首パウラは、クマン側の事情と燃料輸送の計画を説明する。
 だが、彼女の計画には穴が多かった。
 それを、ディラリに同行している軌道を整備していたクマンの老人が指摘する。
「元首様。
 お言葉ですが、簡単ではないのです。
 軌道は1本しかなく、海に向かう列車と川に向かう列車は行き違いができないのです」
 片倉幸子が耐えきれずに発言する。
「何か所かに、待避線を設けたらどうかな。
 鉄道のことは詳しくないけど……」
 元首パウラが片倉幸子を見る。
「カタクラ。
 元の世界に鉄道はあるのか?」
 片倉幸子には、アドバイスできるほどの知識はない。
「私には、鉄道についての知識はないけど……」
 元首パウラは、片倉幸子の言から含みを感じた。
「どなたが、詳しいのだ?」
 言うべきか否か、迷う。
「カナザワ……」
 クマン側から「おう~」という声が上がる。
 カナザワと言えば、クマンでは車輌や飛行機の開発で有名。しかも、戦士としても名をはせた。
 だが、片倉幸子は知っていた。金沢壮一は、単なる鉄道メカオタクだと。クマンの意向など関係なく、軌道が見つかったとなれば必ずやって来る。
 元首パウラが片倉幸子に依頼する。
「カタクラ、クマンのためにしばらく滞在してもらえないか?
 鉄道のこと、いろいろと教えてもらいたい」
 片倉幸子は同意した。

 話題は現実的な問題に移る。ここには、互いに見知らないものがたくさんいる。発言の前に素性を明かす。。
 口火はキアーラが切った。
「私はキアーラ。南部の商人になる。南部で販売する燃料の窓口になりたい」
 クレールが続く。
「私はバルカネルビの商人、リトリン家のクレール。西部の燃料を当家で差配したい」
 ヨランダがエリシュカに促されて手を上げる。
「悪い商人はいる。
 例えば、私の父……。
 私はヨランダ。東部の燃料は、エリシュカ様のご後見を得て、私が仕切りたい」
 エリシュカが提案する。
「クマンの元首閣下。
 パウラ様と我らで、共同の燃料を商う“家”を開いたらどうか?」
 半田千早が即座に反応する。
「その計画にノイリンは乗る。
 私が、ノイリンの上層部を説得する」
 カルロッタも負けていない。
「クフラックも参加したい。
 何ができるのかわからないが、資金なら出せる。我が街は、西ユーラシアで最も豊かだ」
 西ユーラシアもクマンの石油に依存している。クマンの政情は西ユーラシアの燃料事情に直結するし、湖水地域の安定は西ユーラシアの食糧供給と密接な関係にある。
 他の街からも、湖水地域での燃料の安定供給に寄与するならば、燃料販社の設立に前向きな意見が出る。

 ブーカは恐ろしかった。
 これほどの時代のうねりを感じたことはない。クマンにはクマンの、湖水地域には湖水地域の文化があるが、若者はそれを越えて連帯しようとしている。
 彼は、この恐怖を楽しんだ。若者の考えを邪魔せぬよう、沈黙する。

 元首パウラが決断する。
「クマンは、北のヒト、東のヒトとともに、ニジェール川東方域における燃料の専売組織を設立する。
 利益の配分は、改めて契約するとして、東方域においては、クレール、ヨランダ、キアーラ、そしてエリシュカの方々に任せる。
 燃料の供給は一元的に行う。
 これには、ノイリンの燃料も含まれる。
 皆様は、故郷に戻られたら、責任ある方々を説得していただきたい」

 半田千早は、たいへんな約束をしてしまった、と後悔し始めている。湖水地域への関与は、ノイリンの独断場だったが、それを捨てることになりかねない。
 だけれども、これが成功すれば、救世主はもちろん、創造主とされる白魔族も押さえられる。
 彼女は、寒くもないのに震えていた。
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