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第1章

第二一話 逃亡

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 北方低層平原の冬は、厳しかった。最低気温は摂氏マイナス一二度。
 しかし、すべてが凍てつくわけではなく、人間が住めないわけでもない。
 この寒さはドラキュロの活動を阻害し、人間の侵入を防いでくれる。
 だが、四月になると気温の上昇が始まり、ドラキュロが北に行動域を広げ始める。ドラキュロに我々の存在を知られると、戦闘は不可避なので、冬よりも息を潜めることになる。
 冬の間、誰もがこの地を安住の地だと思いたいと感じていたが、温かくなると、その願いは妄想に過ぎないことを否応なく自覚させられた。

 ドラキュロが地に満ちる土地に、ヒトが住むことはできない。

 旧アルプス山脈北方からやって来た人々は、その後も二度訪れた。しかし、この地がドラキュロで満たされていることを知ると、我々に「ディジョンにやって来たらどうか」と勧めた。
 ディジョンは二重の環濠に守られた街で、この濠によってドラキュロの侵入を防いできた。
 外濠の総延長は三〇キロに達する。真円ではないだろうが、直径九・五キロ、総面積六九平方キロ。この面積は、東京都大田区よりも広い。
 ディジョンの人口は五万ほど。農業と牧畜、そして小規模ながら製鉄や石油化学、機械工場、発電所もあるという。
 彼らの言を借りれば、「数百年間、辛うじて文明を維持した」そうだ。
 周辺には似たような環濠都市が複数あり、地域人口は五〇万を超えるという。規模としては中央平原を凌ぐ。
 だが、彼らの説明にデュランダルは懐疑的だった。また、ルサリィも疑っている。
 デュランダルは山脈北方にヒトが住むことは知っていたが、人口は多くないはずという。ルサリィも「東方諸都市よりも人口が多いなんてあり得ない」とした。

 だが、我々の退路は山脈越えしかないのだ。そのことは全員が同意している。
 そこで、ドラキュロの活動が活発化する前に、調査隊の派遣を決めた。
 派遣要員は、俺、相馬、デュランダル、ルサリィの四人。車輌は水上航行が可能なハームリンを使う。ハームリンの車内後部には、車体側面に沿って、三人用の座席が対面で設置する改造を施していた。座席は、放棄されていた車輌の後部座席を使った。

 俺たちが出発する前日、ディジョンから四度目の訪問があった。今回は、集落の治安を担当する公安委員会という組織の代表を伴っていた。前回までは民間人だけだったが、今回は軍隊か警察らしき派手な制服を着た屈強な男が四人同行している。
 アルビンと名乗った初老の男は、ひとしきり世間話を交わした後、まず我々に詫びた。
 俺と斉木、そしてデュランダルが対応し、アンティが書記の立場で同席する。
「まず、お詫びをしなければなりません。
 ディジョンには五万ものヒトは住んでおりません。
 八〇〇〇を少し超える程度。
 また、周囲には同規模の集落はありません。地域一帯は一つの集落で、地域の総人口は九〇〇〇強です。
 他地域からの略奪を恐れて、域外で誰かと出会ったら、ことさら大人数に伝えるよう行政から指示されていたのです。
 どうか、ご理解ください」
 俺たちは無言で返したが、その意図はよくわかる。
「お尋ねします。
 子供たちが、貴方たちが白魔族と戦った、と伝え聞いたと。
 それは本当でしょうか?」
 俺が答える。
「真実です。白魔族の戦車数輌を撃破しました」
「では、なぜここに……」
「一時的な戦闘に勝利しても、所詮は多勢に無勢。
 それに無益な血を流したくはなかった」
「黒魔族をご存じですか?」
「黒魔族?」
 俺はデュランダルを見た。デュランダルは首を横に振る。
 アルビンが続ける。
「黒魔族は粗暴な部族です。剣、槍、弓、戦斧が主要な武器ですが、大石を投擲するカタパルトを使います。
 それにヒトから手に入れた銃や砲はもちろん、戦車も持っています。
 白魔族は理屈っぽいですが、黒魔族は単純に粗暴です。
 しかし、どちらも根源は一緒です」
「その黒魔族が……?」
「黒魔族に支援された〝北の伯爵〟が、私たちを脅かしています」
「北の伯爵?
 ヒトですか?」
「はい。私たちと同じ人間です。ただ、デザイナーズ・ブランドだと伝え聞いています」
 斉木が応じた。
「デザイナーズ……。まさか、遺伝子操作された?」
「はい。北の伯爵は、自ら〝神に選ばれし一族の子孫〟と称し、すべての人間は彼のためにのみ生きるべき、と考えているようです。
 過去一〇〇年間、ディジョン周辺の集落は次々と北の伯爵の軍門に降り、多くが奴隷になりました。
 北の伯爵は、齢一二〇を超えるとか。ですが、その容貌は青年を思わせると……」
「信じられん……」とデュランダルがいった。
 俺が問うた。
「それで……?」
「北の伯爵は、黒魔族を傭兵として使います。
 北の伯爵の兵力は五〇〇〇ほどなのですが、多数の戦車を持っていて、私たちでは太刀打ちできず、徒の兵は黒魔族から無尽蔵に供給されます」
 デュランダルが問うた。
「私たちに何をお望みか?」
「戦車との戦い方を伝授いただきたい!」

 アルビンとの会談に由加とベルタが加わった。俺がアルビンの話をかいつまんで説明した後、由加が尋ねた。
「北の伯爵の戦車について、大きさとか、形とかわかりますか?」
「はい、一輌だけですが鹵獲して、詳細に調べました」
 北の伯爵の戦車についての説明は、アルビンに同行していた男が答えた。
「全長四・八メートル、全幅二・三メートル、主砲は二〇口径三七ミリ砲です。
 装甲は車体前面で五〇ミリ以上の厚さです」
「その厚さの装甲ということは、貴方たちも対戦車兵器を持っているのでは?」
 男が続ける。「はい、三七ミリと四七ミリの対戦車砲を持っています。
 しかし、敵戦車の装甲は日々厚くなっており、我々は徐々に追い詰められています」
 ベルタが尋ねる。
「使者殿たちは、装軌式の車輌に乗ってこられた。ならば、戦車を作れるのでは?」
 アルビンが答える。
「私たちは、北の伯爵を攻めるつもりはありません。ですから、戦車は不要かと……」
 由加がアルビンの言を受けた。
「防衛にも戦車は必要ですよ。少なくとも、対戦車自走砲は作るべきでしょう」
 アルビンは、由加の反論に少し驚いていた。そして、同行していた男たちから、ざわめきが起こった。
「そういったことを、教えていただけませんか」

 俺はアルビンに、ディジョンに行くつもりであったことを告げた。また、我々の進路は限られていることも伝えた。
 アルビンは、「ぜひ、ご一緒にディジョンへ」と俺たちを促した。
 アルビン一行の訪問によって、事情が変わった。ディジョン偵察隊は、軍事の専門家であるベルタ、建築の専門家である片倉を加え、万一のことを考えて、戦闘力の高い相馬とルサリィが残ることになった。

 旧アルプス越えの道は、まさに悪路であった。ハームリンの走破性能では、いささか能力不足だ。
 それでも、アルビンたちの装軌車に牽引されることなく、ディジョンに到着した。

 ディジョンは二重の環濠に囲まれていて、広大な農地を有している。また、機械工場や燃料工場もある。燃料は石炭の液化が主流らしい。
 外濠は総延長三〇キロに達するが、これはドラキュロの侵入を防ぐもの。
 北の伯爵が攻めてくると、総延長二キロの内濠に立て籠もって、籠城戦を強いられている。内壕には防壁もあるが、近代戦では無力だ。
 北の伯爵は波状的に攻め込み、内壕と外壕で仕事中の人々を連れ去る。結果、人口は急激に減り、三万規模の街が八〇〇〇まで減少したという。
 それは周辺の街や村も同じで、数十年前、防衛のために大小の街と村がディジョンに集合したそうだ。
 ディジョンは、街のインフラ自体は三万人規模を賄えるので、山岳部や森林に避難した人々や、まだ襲撃されていない小集落の人々を招き入れようとしていた。
 過酷な難民生活を送っていた人々には魅力的な政策ではあったが、同時に民兵となることを義務化されているため、受け入れない集落やグループも多かった。
 また、ディジョン自体にも問題があった。
 特定の宗教グループが、強い勢力を有していたのだ。彼らは、「ディジョンには受け入れる。ただし改宗せよ」と声高に唱えていた。
 我々がディジョン内濠に入城する際にも、「異教徒は改宗せよ」とのアジテートを受けた。
 片倉は、「無理だな。ここは。子供の教育によくない」と断じた。
 それに異論を挟むメンバーはいなかった。

 街の建築物は一部が石材を使っているが、民家や商家の大半は木造だ。また、木の骨組みとレンガ積みを組み合わせた家屋もある。
 街並みは中世的ではあるが暗さはない。だが、あの宗教集団はご免だ。

 到着の翌日、アルビンを含む街の有力者数人と会合を持った。俺と片倉が出席した。
 その間、ベルタとデュランダルは街の偵察を行った。
 彼らは盛んに「北の伯爵と対抗できるのは、ディジョンだけだ」と強調するが、そもそも我々と北の伯爵とは何の遺恨もない。また、それを強調すればするほど、別な勢力があるのでは、と勘ぐりたくなる。

 その夜、四人は宿屋の一室に集まり、会合した。
 アルビンは自宅への招待を申し出てくれたが、それでは思い通りの行動ができない。
 片倉は、「私はここに留まることは反対」との意見。
 ベルタは、「三七ミリ砲は木輪に鉄輪をはめた車輪を使っている」といった。同時に、「あんな武器で対抗できるのだから、北の伯爵の脅威は大きくない」と加えた。
 デュランダルは、「昼間っから飲んでいる兵隊から仕入れたんだが、西五〇キロに神を信じない異教徒の村があるそうだ」との情報をもたらした。
 俺は、「基本的に、アルビンを含めた街の有力者は、俺たちが簡単に改宗すると考えているようだ」と感じたところを述べた。
 ベルタがデュランダルを見て「神を信じてる?」と尋ねると、デュランダルは「あぁ、心の内にある私の神をね」と答えた。
 ベルタは、「私は福音ルーテル教会だったのだけど、まぁ適当に」と笑った。
 片倉は、「親戚が死んだときのお葬式は仏教、私の結婚式は教会で、章一のお宮参りは神社だった」といった。
 ベルタが片倉に「結婚式は、牧師様、それとも神父様?」と片倉に尋ねると、彼女は「牧師と神父は違うの?」と聞き返した。
 ベルタは少し呆れた様子で、「牧師様はプロテスタント、神父様はカトリック」と教えた。
 片倉は、「へぇ~」とだけ答えた。

 翌日、アルビンに「キャンプに戻って、皆とよく相談する」と伝え、俺たち四人はディジョンを発った。
 デュランダルの提案で、西五〇キロの村を目指したが、このことはアルビンには伝えなかった。

 地形の起伏は乏しいが、悪路だ。森に進路を塞がれ、中小河川に橋はない。水上航行が可能なハームリンを選んで正解だった。
 もちろん、旧アルプス山脈越えほどの困難ではないが、それでも十分すぎるほどの悪路だ。街道の整備は中央平原には遠く及ばない。

 村は大河が分流する台地上にあった。東西と北は川に守られ、南は高低差二〇メートルほどの断崖で隔離されている。天然の要害だ。
 我々は、やや高い丘陵地から村を遠望した。戸数は約四〇〇、人口は二〇〇〇を下回る程度だろうか。
 東側に石造のアーチ橋が見え、我々はその橋に向かった。
 橋の東詰で兵士に誰何され「山脈の南から来た」と告げると、同じ橋の西詰まで進まされ、そこで一時間ほど待たされた。
 現れた初老の男が、「山脈の南側の情勢を知りたい」と端的に申し入れてきた。
 村内は木造の家屋が多く、石造は二本の鐘楼だけのようだ。
 道は石畳でもアスファルトでもコンクリートでもなく、単なる未舗装だ。雨が降れば泥濘そうだ。ただ、道幅は広く、大型車が楽にすれ違える。歩道と車道の区別はないが、道幅は八メートルはある。
 全体的にはディジョンより貧しいと感じる。

 村の中心部までは通してもらえず、橋の西詰から一〇〇メートルほど進んだだけだ。
 小さな家屋があり、そこでさらに一時間待たされた。

 最初に出会った初老の男は、行政の第二位の地位でヴァリオ、もう一人はイルマリと名乗った。イルマリは高級将校のようだ。制服は黒一色で、階級章らしきものも黒染めしている。

 村の名はヴェンツェル。ヴァリオによれば、村民は一八〇〇だが、周辺からの避難民を加えると二六〇〇の人口を抱える。
 ヴェンツェルとディジョンを除けば、半径一〇〇キロ圏内にヒトの住む大きな街や村はないが、数十人から百人程度の集落は無数にあるそうだ。
 ヴァリオいわく、ディジョンは宗教がらみで生存圏を確立しようとしているが、それを嫌う人々がヴェンツェルにやって来る、という。地形が天然の要害なので、ドラキュロから村を守ることができたが、北の伯爵軍に対しては十分な防衛体制ではない、ともいう。
 ただ、ディジョンとは異なり、全装軌車輌の車体に砲を固定搭載した自走砲を複数保有している。
 イルマリは、「ヴェンツェルは簡単には落ちない」と自信を見せていた。

 俺たちからは中央平原の事情、北方低層平原の気候、ドラキュロの生息状況、白魔族の武器についての情報を伝えた。

 ヴェンツェルの悩みは、避難民が増加していること。
 この地方には、一度文明を失い、同時に自分たちのルーツを忘れた人々がいる。彼らも、北の伯爵を恐れているので、ごく少数だが保護を求めてやって来る。
 文明を失った人々は、一〇〇から一〇〇〇人程度の部族に分かれていて、部族間の抗争もあるそうだ。
 西方には巨大な部族勢力があり、他部族を襲って奴隷にするという。
 ヴァリオは、「何事も一朝一夕には進まない」と嘆いていた。
 俺は、「我々は四〇人ほどの小集団で、安全な土地を探している」と伝えた。
 ヴァリオは「すでに村の収容人口を超えている」といい、「貴方たちを迎え入れる余裕はない」と告げた。
 だが、「断崖の南側にルミリーという湖があり、湖畔に五年前に放棄した行政府所有の山荘がある。そこなら住んでもよい」と提案してきた。「土地は肥沃なので、開墾すれば作物はよく育つ」と付け加えた。
 俺から「そこに住む条件は?」と尋ねると、イルマリが「南から人食いか、北の伯爵が攻め込んできたら、最初に死んでくれ」と。
 正直すぎるほど、律儀な返答にどう反応していいやら戸惑った。
 イルマリは、「ルミリー湖とエスコー川の距離は一キロはない。ルミリー湖は湧水で、マルヌ川に注いでいる。ルミリー湖とエスコー川の間には高さ一・五メートルの古い石の壁がある。それを補強すれば人食いをある程度は防げるだろう」と付け加えた。

 俺たち四人の心証は、ディジョンよりもヴェンツェルのほうがよかった。
 俺は、「ルミリー湖と山荘を見せて貰うことはできるか?」と尋ねてみた。
 ヴァリオとイルマリが見合わせ、イルマリが「兵に案内させる」といった。

 二人の兵がリアエンジンの四人乗り軽車輌でルミリー湖に案内してくれた。俺たちは、そのリアエンジン車の先導でハームリンに乗って続く。
 南の断崖は厳重な防備が施されていた。二〇メートルの断崖の上に、高さ五メートルの城壁を築き、木造の監視塔が五〇メートル間隔で設置されている。壁の厚さは三メートルはあるだろう。
 崖下への通路は一本のみ。一部が橋になっており、これを落とせば崖上からの進路はない。
 崖の南側に耕地はなく、自然がよく残されている。避難民の姿もない。
 ルミリー湖までは崖から五キロほどの道のりだった。澄んだ水をたたえるきれいな湖だ。
 案内してくれた壮年の下士官の話によると、五年前に北の伯爵が南側から奇襲攻撃を仕掛け、ルミリー湖一帯が戦場になった。
 その際、ルミリー湖以北の家屋はすべて燃えたが、この山荘だけは残った。この戦いでヴェンツェルは崖以南を放棄し、この山荘も打ち捨てられた。
 ルミリー湖の南岸は森林で、マルヌ川に注ぐ川がある。この川は、幅八メートル、水深五メートル以上、ドラキュロなら飛び越えられる。
 また、ルミリー湖西岸とエスコー川との間は湿地で、乾燥を好むドラキュロには不向きな環境だ。
 水が豊かなので、本来は農耕に適した土地のはずだ。下士官によれば、耕作地の三分の一を失ったそうだ。
 山荘は片倉が入念に点検した。木組みの木造建築で、部屋は二〇室ほど。六〇人くらいは収容できる。
 放棄された五年間のうち三年間は、軍の演習でしばしば利用され、完全に使われなくなったのは二年ほど。だが、定期的な見回りの対象にはなっていたそうだ。
 片倉は、「大掃除が必要だけど、十分に住める。窓も大きいし、ガラスもある」と微笑んだ。
 下士官が、「ここに住む気かね?」と尋ねた。
 俺は、「安全な土地を探しているんだ」と答えた。
 下士官は、「ここは、安全と危険の中間だよ」といい、「人食いは防げても、北の伯爵は必ず来る。ここに住めばね」と告げた。
 「戦車ならば、あの湿地を越えられる。石壁なんて無意味だ。北の伯爵にも、人食いにも……」と付け加えた。
 ベルタが「エスコー川まで一キロと聞いたけど……」と下士官に問うと、彼は「最短で八〇〇メートルだね」と答えた。
 ベルタは、「対戦車壕と〝チェコの針鼠〟で戦車の進入を防げる」とそこにいた全員に告げた。
 俺は〝チェコの針鼠〟を知らなかったが、知っている素振りを通した。
 片倉が「穴掘りは任せて!」とベルタにいうと、ベルタが微笑んだ。

 二日後、ベルタと片倉が連絡員として残り、俺とデュランダルがキャンプに戻ることにした。

 キャンプ周辺では気温の上昇とともに、ドラキュロの北上が始まっていた。
 ドラキュロは我々の存在を察知しているらしく、キャンプの南三〇キロ付近に大群が集結しつつあった。
 この状況に対して、キャンプでは我々からの無線連絡だけを頼りに、撤収の準備を始めていた。しかし、撤収には四日以上を要することも明らかだった。
 その四日間のうち、特別に暖かい日があれば、ドラキュロは一気に北上してくる。
 もう待てなかった。
 一二歳以下の子供たちを、先行して移動させることにした。指揮は斉木、能美とディーノが同行する。健康が思わしくないシルヴァ、骨折が完治していないフローリカ、そして精神的に不安定なアグスティナも先行させる。
 車輌は、履帯に換装したハンバー・ピッグ重装甲車、ムンゴ装甲ワゴン、エノク軽装甲車の三輌。エノク軽装甲車のみ、トレーラーを牽引する。
 この先発隊は、最初の峠を越えた直下で第二隊を待つ。
 第二隊の指揮官はデュランダル。多くは輸送車で、特に大柄なOT‐64SKOT八輪装甲車と八トントラック、五・五トントラック、そしてウニモグ六論トラックには困難な道のりになる。
 先発隊と第二隊は、後発隊を待たずに合流後ヴェンツェルに向かう。
 最後に残ったのは、スコーピオン軽戦車、M24チャーフィー軽戦車、サラディン装甲車の三輌と中央平原で奪ったトレーラー三台のみ。このトレーラーには二・五トン積める。
 戦車と六輪装甲車を残したのは、ハッチを閉めれば完全に閉鎖できるからだ。
 ドラキュロは絶対に侵入できない。
 俺、相馬、ルサリィ、珠月、アンティの五人。積み残しの物資を、最大限かき集めて運ぶことが、俺たち五人の任務だ。

 だが、ドラキュロの北上よりも恐ろしいことが起きた。
 白魔族の戦車が西から現れたのだ。
 それは唐突で、同時に奇襲であった。敵の三七ミリ砲弾はチャーフィー軽戦車の砲塔に命中したが、この第二次世界大戦時の旧式戦車は敵の徹甲弾を跳ね返した。
 俺は咄嗟に、相馬とアンティにチャーフィー軽戦車に乗るよう指示し、珠月とルサリィにはサラディン装甲車とスコーピオン軽戦車を運転して、北へ向かうよう命じた。
 貴重な物資を積むトレーラー一台は放棄した。
 敵は我々を包囲しかけていたが、南東が開いている。金沢がチューンした装輪のサラディンは時速九〇キロ、スコーピオンは八〇キロも出る。包囲を突破すれば、敵戦車が追い付くことはできない。
 チャーフィーは、西の敵戦車に主砲を発射。初弾は外れたが、二弾目は命中、撃破。チャーフィーも南東に向かい包囲を突破しつつ、敵戦車に主砲弾を発射した。
 随伴歩兵は、白魔族ではなく中央平原の人々だった。バグラーン家の私兵だろう。砲手の相馬が歩兵に向けて同軸機銃を発射する。
 装甲の厚い正面を西にし、砲塔を一八〇度旋回して後方に向け、東側に回り込もうとする敵戦車に主砲弾を発射。
 これで撃破は二。続けて二発発射し、撃破は三。南側にはドラキュロの侵入を防ぐ目的で泥濘を造ってあったが、ここに敵戦車がはまり身動きできなくなる。
 それを狙って、撃破は四。
 敵は車体上面を装甲していない小型の兵員輸送車四を伴っているが、これに榴弾を発射。
 東に逃走する素振りを見せてから、西に突進して、敵戦車に急接近して、ほぼゼロ距離で砲塔に向け徹甲弾を発射。これで、戦車と装甲車合わせて撃破は六。
 チャーフィーの砲塔に敵の徹甲弾が命中するが、跳ね返す。
 チャーフィーを停止し、距離一〇〇〇メートルの敵戦車に向け発射。これで撃破は七。敵戦車は、視界のうちに二台いる。
 敵装甲車に向けて榴弾を発射。続けて二発撃ち、撃破は八。
 装甲車が後退を始め、敵戦車が突進してくる。
 チャーフィーは敵戦車とすれ違うと、急制動超信地旋回で車体を一八〇度回転させ、高速で離れていく敵戦車車体後部に粘着榴弾を発射。これで撃破は九。
 残った敵戦車は一。そして装甲車一が東に向かう。
 珠月とルサリィを追撃するつもりだ。
 その敵を追うが、すぐに補足。機動力が違う。戦車は粘着榴弾で仕留め、敵装甲車は偶然だったが踏みつぶした。
 そのまま東に向かって、珠月とルサリィを追った。
 戦闘は体感的には数時間だったが、実際は一〇分程度と短かかった。

 珠月とルサリィは、見晴らしのいい山の中腹で待っていた。
 俺たちは、鉄材を中心とした建設資材の一部を失ってしまった。

 三台が二〇〇キロ走って、ヴェンツェルに入城したのは、それから三日後のことであった。

 ヴェンツェル側は、我々を哀れな避難民だと想像していたようだが、豊富な物資と強力な武器を持つ集団とわかり、驚くとともに警戒する。
 そこに、三台の戦車が現れたことから、騒然となった。ヴェンツェルの人々にとっては、装輪式のサラディンも重戦車に見えた。
 わずか四〇人の集団だが、一八台の車輌と大量の物資を持ち込んだのだから、恐怖心を抱かせるには十分であった。

 子供たちは、山荘を気に入ったようで、屋内外を走り回っている。
 山荘には、三〇人ほどが入れる食堂があり、八畳間ほどの広さの部屋が二〇室ある。平屋で、一部が中二階になっている。階段を上り下りする中二階には四室あり、子供たちが虎視眈々と狙っていた。
 山荘の状態は、まったくの無修理というわけではなく、雨漏りの後なども多い。
 それら修繕が必要な箇所は、片倉が調べ上げていた。
 だが、修繕に手を付けなかった。また、山荘内の清掃についても最低限のみにとどめている。

 ヴェンツェル側の出方がわからないからだ。 
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