200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第5章

第143話 粉砕

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 救世主の軍事行動は、名誉と功名がつきまとう。だから、合理性に欠ける。
 救世主が自動車化部隊と誤認している陽動目的の輸送車部隊は、本来は救世主軍本隊に対する牽制が目的だった。
 しかし、救世主軍先遣隊の一部が功名心に駆られ、迎撃してきた。
 この迎撃は想定の範囲内だったし、誘出に成功すれば、それも作戦成功の1つではある。
 だが、湧出できたのは、期待していたほどの大部隊ではなかった。

 半田千早は、派手な土煙から、当初は相応の部隊規模と推測していたが、接近してくる車輌は武装トラックが5輌だけだった。
 毎度おなじみ、ピックアップトラックの荷台に口径7.7ミリのルイス軽機関銃を搭載するテクニカルだ。ソフトスキン(非装甲)だが、スピードが出るので厄介な存在だ。

 半田千早は過去、この付近に来たことはなかった。湖水地域の生活圏からもかなり離れている。
 雄大で壮大な風景に圧倒される。同時に生命の痕跡を感じさせない荒涼とした景色は、荒事をするにはふさわしくもある。

 北に向かって退避する車列は、拳大から頭大の石のために高速を発揮できていない。しかし、時速40キロ前後の安定した速度で移動している。
 半田千早には不安があった。
「カルロッタ、石が尖っている」
「そうだね。
 タイヤのサイドウォールを傷つけやすい。
 この状況でパンクしたら、クルマを捨てるしかない」
 インカムで聞いていたキュッラが割り込む。
「そんなのもったいないよ」
 銃塔のオルカが諭す。
「キュッラ、仕方がないの。
 生命のほうが大事でしょ」
 12歳のキュッラには同意しがたい。
「もし……だよ。
 もし、トラックがあれば輸送の仕事ができるんだよ。
 そうすれば、毎日ご飯が食べられる……」
 湖水地域では親を失った子供を保護する組織はない。保護者を失った子供は、自分で生きていかなくてはならない。
 キュッラは、そういった子供の1人であった。彼女は、トラック1輌があれば何人もが自立できることを知っていた。

 オルカが報告する。
「このままなら、救世主のテクニカル(武装トラック)は追い付けないね。
 追い付けるとしても、何時間もかかる。この地形じゃ、まけないけど、追い付けもしないよ」

 車列は浅いV字型に広がり、横列で進んでいる。
 本隊から離れた後方を2輌のバギーLが進む。
 集められたトラックやバスは、戦闘用ではない。長距離の移動を前提にしていない車輌は、普通の空気タイヤを装着している。コンバットタイヤやランフラットタイヤではない。
 環境が劣悪なので、チューブレスタイヤに防漏式チューブを仕込んでいる場合もあるが、その割合は低い。

 カルロッタは前方を走るトラックを見ていた。キャブオーバー2トントラックのロングシャーシを改造したバスだ。荷台に相当する部分に木製のキャビンを架装している。
 スクールバスだ。
 ノイリンの商館は、商館内に学校を開設すると同時に、簡単な昼食の提供を始めた。パン、野菜かマメのスープ、そして乳製品。
 この食事を求めて、十分な保護を受けられない子供たちが集まってくる。1日の食事が、この給食だけという子供たちもいる。
 何度かの戦闘で、商館を一時閉鎖し、飛行場に退避しても、この給食は続けられた。
 子供たちのために、どれほど危険でも休みなく給食活動を行っているノイリンのヒトたちは、いつしか“決死隊”と呼ばれていた。
 半田千早がスクールバスの後塵を避けようと、バギーLを右に移動させる。
「決死隊のスクールバスだね」
 カルロッタが少し間を置く。
「決死隊って、本当に勇敢だよね。
 情勢がどれほど逼迫しても、毎日、スクールバスを動かして、給食を中止しないんだから……」
「カルロッタ、ノイリンの伝統なんだよ。
 強いものが弱いものを守る。
 決して誰も見捨てない」
「チハヤ、クフラックも同じだよ。
 だけど、ノイリンは徹底している。ちょっと、怖いくらい」

 スクールバスが急に速度を落とし、不安定な挙動になる。
「チハヤ、追突に気を付けて!
 スクールバス後輪バースト!」

 車間距離は十分にあった。
 停止したスクールバスの右側にバギーLを止める。
 別のバギーLが半田千早たちの右に止まる。
「行って!
 ここは私たちが!」
 別のバギーLは、停止後数秒で発車。車列を追う。

 カルロッタが降車し、運転席にいるスクールバスの運転手に「私たちのクルマに移って!」と叫ぶ。
「いいや、こいつは持って帰る」
 助手席の女性が降車する。
 男性と女性は40歳を過ぎている。
 カルロッタが叫ぶ。
「どうして?
 救世主に追い付かれるよ!」
 運転手は動じない。
「お嬢さん、そこをどいてくれ。
 ドアが開けられない」
 カルロッタが後退る。
 運転手が降車し、後部のドアを開けてスペアタイヤを引っ張り出そうとしている助手席にいた女性を手助けする。

 半田千早はイラついた。
「カルロッタ!
 何しているの!
 時間がないよ!」
「チハヤ、タイヤを交換するって!」
「えっ!」
 半田千早が絶句し、カルロッタは呆然とする。
 半田千早が降車し、スクールバスの2人に近付く。
「時間がありません。
 バスは捨てましょう」
 女性が答える。
「あなた、チハヤでしょ?
 先に行って。
 私たちは、このバスを守る」
「あの~」
 運転手が答える。
「スクールバスは2輌しかないんだ。
 そのうちの1輌がこの“スターダスト号”だよ。
 持って帰らないと、子供たちが通学できなくなってしまう」
 半田千早は思案する。
「わかりました。
 私たちも守ります」
 カルロッタが慌てる。
「チハヤ、正気?
 30分で追い付かれるよ!」
「ならば、20分でタイヤ交換すればいい」
「左後輪が2本ともバースとしているんだよ」
 半田千早がスクールバスの男女2人に告げる。
「左後輪1本。外側の1本だけを交換してください。
 私たちが時間を稼ぎます」
 カルロッタは覚悟を決めた。
「じゃぁ、この2人は私が守る。
 RPGとM60、借りるよ」

 キュッラがRPG-7をカルロッタに渡す。
「カルロッタ1人じゃ、無理だよ。
 1人で機関銃撃って、1人でロケットを撃つなんてできないよ」
「大丈夫。
 何とかなるよ」
「私も残る!
 私、カルロッタと一緒に戦う。
 このバスがないと、遠くの子が学校に来られなくなっちゃうんだよ。
 お腹がすいて、死んじゃう子だっているかもしれないんだよ。
 私も戦う!」
 半田千早には、議論をしている時間がなかった。それに、救世主の武装トラック5輌を相手に、バギーL1輌で立ち向かわなくてはならない。
 キュッラは、ここにいたほうが安全かもしれない。
「わかった。
 カルロッタとキュッラは、スクールバスの護衛。
 私とオルカで、救世主を攻撃する」

 銃塔でインカムの声を拾っていたオルカは、キュッラの無謀を咎めていた。
 同時に、迎撃の準備を始めている。
 彼女は、インカムのマイクを左手で塞いで呟く。
「手榴弾は、ノイリン製よりもクフラック製ね」
 そして銃塔上部の頑丈な金網状フードのロックを外し、地面に投げ捨てる。
 この金網状フードは、対ドラキュロに必須な装備だ。
 だが、ここにドラキュロはいない。

 半田千早がフードを地面に落とす音で、バギーLに振り向くと、オルカがゴーグルをヘルメットに持ち上げ、埃まみれの顔で微笑んだ。
 オルカはスカーフを口と鼻まで上げ、ゴーグルを着け直す。
 そして、MG3機関銃のコッキングボルトを引く。

 バギーLが救世主の車輌に向かって、突撃を開始する。

 この時点で、スクールバスの左後輪のナット6本が緩められていた。

 カルロッタは、基本的な戦術を決めていた。
「キュッラ、基本は救世主を近付けない。
 M60で追い払う。
 追い払えない場合は、RPGで迎え撃つ。
 M60は発射速度が遅いから、こういった戦いには向いていないけど……。
 クフラックのFN MAGのほうがいい機関銃だよ」
 カルロッタは恐怖から、自分が意味のない戯言を言っていることを理解していた。それを聞いているはずのキュッラは蒼白で、どういうわけか「わかった」と答えた。
 彼女は、何も聞いていなかった。
 2人は地面に腹這いとなり、銃口を南に向ける。

 半田千早は、バギーLの“重さ”に辟易している。車重が300キロほど軽いバギーSと比較して、明らかに鈍重だ。理由は重量ではない。ホイールベースの長さに関係がある。
 彼女は、バギーSが懐かしかった。結局、現地修理ではどうにもならず、ノイリンに送り返されていた。バギーSに乗ることは、永遠にないと感じていた。

「オルカ、やるよ!
 正面から接近する」
 オルカはさらに2回、コッキングボルトを引き、装弾を確実にする。

 武装トラックの7.7ミリのビッカース弾が、バギーLの車体にあたる。2発がフロントガラスに命中し、小さな蜘蛛の巣のようなヒビをつける。
 オルカが発射した7.62ミリNATO弾が、武装トラックに吸い込まれていく。バギーLは小銃弾程度なら十分な耐弾性があるが、救世主の武装トラックに装甲はない。
 オルカはラジエーターを狙い、次にフロントガラスを粉砕する。すれ違った直後、1輌が5回横転して大破。
 オルカは銃塔を180度旋回させ、1輌の荷台に銃弾を集中させる。銃手が車外に放り出される。
 半田千早はハンドブレーキを引き上げ、後輪をロックさせて180度回頭する。

 彼女の期待とは異なり、4輌の武装トラックはスクールバスに向かっていく。
「キュッラ!
 来るよ!」
 キュッラは恐ろしくて、立ち上がりたかった。それを必死で抑えつけた。
 カルロッタの射撃は正確だ。武装トラックの車体正面下部を狙い、ラジエーターへの被弾と、タイヤの破壊を目論む。

 カルロッタは焦っていた。仮に距離200メートルで4輌ともタイヤを破壊しても、そのまま接近されれば30秒もあれば激突される。
「判断を間違ったかもしれない」
 言葉に出してそう言った。
「キュッラ、RPG、使うよ!
 私の背中にしがみついて!」
 カルロッタは、RPG-7の操作に不慣れだった。彼女の街クフラックでは、カールグスタフ無反動砲が制式だからだ。
 キュッラがバックブラスト(後方噴射)に巻き込まれないために、自分の背中にしがみつけさせた。
 クフラックでは幼い子供をともなう場合、カールグスタフの操作にあたっては操作者の背中に抱き付かせることになっていた。カルロッタの行動は、クフラックの規定に沿うものだった。

 キュッラは武装トラックに向かって、弾倉1個分を射撃していたが、ほとんどあたっていなかった。
 彼女自身、それを知っていた。恐怖と焦りから、照準が合わせられなかった。
 カルロッタが狙った3輌は被弾したが、キュッラが受け持った1輌は機械的には無傷だった。
 カルロッタがRPG-7を右肩に担ぐ。間を置かず初弾を発射。
 距離200メートルの射程ギリギリで、命中。
「キュッラ!
 2発目!」
 キュッラは、すでに両手に弾頭を1発ずつ握っていた。
 無言で右手の弾頭を渡す。
 発射できても1発。命中したとしても、1輌が突入してくる。

 キュッラには聞こえていた。
「終わったぞ!」
 タイヤ交換が終わったのだ。
 決して戦い向きではない中年の男女が、アサルトライフルを構えて反撃に出る。
 被弾した1輌が横転。
 キュッラも弾倉を交換し、最後の1輌に向けて発射する。
 カルロッタが手榴弾を投げる。車体前方で爆発し、右に方向を変える。車体横を見せた武装トラックに、7.62×39ミリ弾が吸い込まれていく。
 カルロッタは立ち上がり、自動拳銃を抜いて突撃。9ミリ弾を弾倉が空になるまで発射する。

 半田千早が急ブレーキをかけ、4輪がロックし、車体が真っ直ぐ滑っていく。
「カルロッタ逃げるよ!
 新手が来た」

 半田千早は、スクールバスが発車して、数分間留まった。新手の関心を引くためだ。
 スクールバスは先行する友軍を追って北西に進むが、半田千早たち4人は北北東に向かう。
 追撃は1輌のみ。バギーLを追ってくれれば、スクールバスは離脱できる。

 キュッラは追ってくる車輌を確認しようと、後部ラゲッジスペースに移動して後方を観察している。リアウインドウは土埃で汚れており、視認性がとても悪い。
 路面は頭大の石がなくなり、大きくても拳大。その石もなくなりつつあり、樹木草本も消えつつある。
 半田千早が風景の変化を気にする。
「ここは、何なんだろう?
 砂漠かな?」
 カルロッタが前方を凝視したまま答える。
「湖の底だよ。
 干上がった浅い湖……。
 ニジェール川の流れが変わり、ここは乾燥した土地になった。
 もう少し北は大森林地帯。
 もう少し南は大水郷地帯。
 ここだけが乾燥している、水に恵まれないポケットなんだ」
 半田千早は、カルロッタの見解に賛成していた。
「……でも、カルロッタ。
 ここで戦うとなると、車輌の性能が勝敗を決めることになるよ」
 カルロッタが、首を回して半田千早を見る。
「だね……。
 私たちに分がある。
 相手は、ただのソフトスキンだよ」
 カルロッタの見解にオルカが異を唱える。
「カルロッタ、チハヤ。
 そうでもないよ。
 引き離していないし、少し距離が縮まったみたい。エンジンにパワーがあるんだ。
 それとボディだけど、角張っている」
 キュッラも肯定する。
「角張っているよ。
 ゴツゴツだよ」
 オルカは口の中が乾き始めていた。
「みんな……。
 きっと、装甲車だよ」
 カルロッタが後席に振り向く。
「なら、真正面から勝負だ」

 小石さえない真っ平らな固い地面の上で、半田千早は大きな弧を描いて、左旋回を始める。

 5周すると、救世主の車輌がその周回に加わる。
 半田千早は、救世主の車輌を完全に目視した。鋼板をリベットで接合した、ゴツい装甲自動車だ。上部開放型で、シャーシはハンバー似の武装トラックと同じだろう。装甲車体に機関銃を搭載している。
 半田千早が車速を落とすと、救世主側も同調する。
 バギーLが止まると、大地に描かれた真円の轍痕の180度反対側で、装甲自動車も停止する。
 装甲自動車の左助手席側のドアが開き、若い女性が降りてきた。
 大柄だが明らかに女性で、顔には幼さが残る。
 半田千早は過去に何度か救世主の女性兵を見てきたが、軍服は着ていなかった。ドレス姿だったり、乗馬服のような衣装だった。
 しかし、100メートル以上離れて立つ女性は、救世主の黒い軍服と同じものを着ている。
 右腰に拳銃のホルスター、左腰に無反りの長剣を佩いている。軍帽は被っておらず、ストレートの長い黒髪が風で揺れる。

「キュッラ、ガンラックの刀とって」
 半田千早は、半田家伝来の日本刀を持ちだした。もちろん、200万年前の元世界からもたらされたものだ。
 江戸の中期に奥州の刀鍛冶が打った、とされている。戊辰戦争、会津戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、ノモンハン事件、第二次世界大戦末期のソ満国境での戦いを経験した歴戦の刀。
 身幅が狭く、刃渡りは70センチと手頃で、折れず、曲がらず、刃こぼれしない。実用レベルにおいて、無名だが確実に名刀だ。

 半田千早は刀を左手に持ち、バギーLを降りる。
 刃を上に峰を下にして刀をベルトに差し、ジャケットの裾を引く。
 弾帯は外したが、防弾チョッキ3型とヘルメットは装備している。

 2人の少女は、空と大地しかない空間で出会った。2人は円の中心にいる。
 2人の生い立ちはまったく違っていた。

「私〈わらわ〉は、ブリッドモア辺境伯の娘、マーガレットじゃ」
「私〈わたし〉はチハヤ。
 父はノイリン王、母は戦女神」
「野蛮人の王の娘とは……」
 マーガレットは声を立てて笑った。
「蛮族王の娘よ。
 そなたの母が軍を率いているのえ?」
 マーガレットの見下した物言いに半田千早は、不思議と腹が立たなかった。
「母は西アフリカにいる。
 ノイリンの戦女神は3人。
 フィー・ニュンはノイリンを守り、ベルタはコーカレイで手長族と戦っている。
 サブサハラに戦女神はいない。
 もちろん、ノイリン王も、剣聖デュランダルも、ここにはいない。
 装甲の精霊に守護されし戦車隊長イロナも、精霊族の“リロの勇者”もいない。
 ノイリン上層部は、救世主ごときが相手なら、現地の隊員だけで十分対処可能と判断している」
 半田千早は、対救世主戦において、彼らをよく調査している須崎金吾が派遣されていることは伏せ、マーガレットを挑発する。
「野蛮人。
 我らを侮るか!」
 マーガレットは驚いていた。彼女が最初にヒトを殺したのは8歳の時だった。理由は忘れた。両親を手伝っていた庭師の娘を短剣で刺した。娘の母親が我が子を抱いて、声を殺してなく姿が面白かった。
 以後、機会があれば身分の低い民を殺してきた。何人殺したか覚えていないが、彼女に刃向かったものなど1人もいない。
 チハヤと名乗る娘はマーガレットを恐れていないが、それはことの理を解さぬ野蛮人だからだと考えている。
「マーガレット……。
 あなたには理解できないと思うけど、世界は広い。ヒトは新たな時代を迎えていて、精霊族や鬼神族など諸族とともに世界に向かって翼を広げている。
 私たちは、狭い洞窟の中で、ウホウホやっているあなたたちとは違う。
 あなたたち救世主が、わたしたちに弓を引くなんて、愚かとしか言いようがない」
 マーガレットは、半田千早が何を言っているのか理解できなかった。知らない単語がいくつもある。野蛮人の世迷い言だろうが、無礼であることに違いはない。
 貴族は、創造主によって生み出された崇高なる家系だ。
「ブリッドモア家は、創造主によって作られし、由緒ある家系ぞ。
 そなたら野原で交合して生まれた野蛮人とは血筋が違う」
 半田千早は、落ち着いていた。
「創造主。
 私たちは白魔族と呼んでいる。
 白魔族とは何度も戦い、ここ10年以上は負けたことなんてない。あのクソ動物は、いずれ皆殺しにしてやる。
 黒魔族みたいに、戦う気はないなら別だけど……。
 血筋、かぁ。
 遺伝子のことでしょ。救世主のうち、辺境伯と選帝侯は遺伝子操作されていないことは、不確実な情報らしいけど、それも知っているよ」
 マーガレットは、半田千早の言葉が理解できなかった。だが、眼前の野蛮人が創造主と戦っていることは理解できた。
 創造主、つまり神と戦うなんて、あり得ない。口からの出任せと、解した。
「チハヤとやら。
 そろそろ、殺し合おう。
 貴族に逆らえば、どうなるか。
 その身で味わうがよい」
 半田千早が笑う。マーガレットが踵を返し、自車に戻ろうとする。
 半田千早は、数歩後退りして、背中を向ける。

 半田千早は、背中の1点を強く押される。
 その圧力を利用し、進行方向に飛ぶと同時に身をひねり、振り返る。
 剣を抜いたマーガレットがいた。
 その剣で半田千早の背中を刺したのだ。だが、鋭い刃を防弾チョッキ3型が防いでくれた。
 半田千早の反撃は、マーガレットの想像をはるかに超えていた。
 左腰の刀を左手で外側に絞り、左手親指で鍔を押し鯉口を払う。そして、マーガレットの刺突を身でかわし、彼女の右脇腹から左脇腹にかけて、斬り裂いた。

 マーガレットには、この瞬間まで彼女に刃を向けるものなどいなかった。さらに、身体を傷つけられるなど考えたこともない。
 半田千早が何の躊躇いもなく、反撃に出たことに驚愕していた。
 腹部に鈍痛を感じてはいるが、半田千早の斬激は鎖帷子が防いでいた。
「噂通りだな。
 野生のヒトは、貴族を恐れないと聞いていたが……。
 貴人の血脈に対する崇敬の念がないのだな。ヒトの形をしていても、所詮は無知で野蛮なのだ。奴隷以外の利用価値はないと聞いていたが、真実であったか」
「バカなの?
 背中から刺しておいて、黙っているわけないでしょ。
 こんなこと言いたくないけど、あなたたちは白魔族の食料だったんだよ。
 貴人の血脈なんかじゃないよ。
 家畜の血脈だよ」
「死ね!
 野蛮人!」
 マーガレットの刺突は激烈で、半田千早は辛うじてかわしていたが、徐々に追い詰められていく。
 片手で扱う剣と両手で振るう刀では、原初的なスピードが違う。
 一方、マーガレットは戸惑っていた。彼女が習ってきた剣技と、半田千早の繰り出す斬激が大きく異なっていたからだ。
 半田千早は刺突中心の剣技と、斬激を主とする流儀の両方を経験していたが、マーガレットはそうではなかった。
 この時点で、勝敗は決まっていた。

 半田千早は後方に3回、大きく飛んで、間合いを開く。そして、頭上で刀を1回転させて鞘に戻す。
 後方に飛んで間合いを開き、相手の剣から逃れる戦法はデュランダルから、頭上で刀身を回す仕草は金沢壮一に習った。

 マーガレットは、戸惑っていた。刀身を鞘に戻したのだから、降伏したように感じる。しかし、相手は柄〈つか〉に手を置いたままで、闘志を消してはいない。
「キェーーーーーー!」
 切迫の気合いで、マーガレットが、細身、両刃、無反りの剣を突き出す。
 半田千早自身、自分の声に驚いた。
「チェストーーー!」
 笠間示現流の使い手である相馬悠人と同じ声が出た。“一の太刀を疑わず、二の太刀要らず”の教え通り、一撃にすべてを込めた。
 跳躍しながら刀を抜き、上段に構えながら、身体を空中に舞い上がらせた。
 全身が海老反る。
 マーガレットが水平に突き出した剣の切っ先は空気を刺し、空中から大上段で振り下ろされた半田千早の斬激は、マーガレットの額をとらえた。

 彼女は、空中で不思議な力を感じていた。誰かから「恐れるな」と声をかけられ、刀を握る手にいくつもの“手”が添えられた。
 誰かに伝えるつもりはない。
 が……、この刀の精霊が現出したのだと感じた。

 マーガレットの顔を仰ぎ見ると、髪の生え際から顎の先端まで、マジックペンで描いたような赤い直線が見える。
 そして、彼女は仰向けに倒れた。

 半田千早が踵を返してバギーLに向かって走ると、カルロッタ、オルカ、キュッラは予想外の行動に出た。
 3人は車外に出て、救世主の装甲車に向けて制圧を始めた。
 半田千早は慌てて刀を捨て、拳銃を抜く。
 奇襲的な制圧は一瞬で終わった。

「ねぇ、これどうする?」
 カルロッタの問いにオルカがだるそうに答える。
「どうするって?」
 キュッラが元気に答える。
「持って帰ろう!」
 鹵獲した装甲自動車は、上部開放のオープンキャビンで、機関銃が3挺も装着されている。確認済みの救世主の装甲自動車とは異なり、作りが洗練されている。
 スタイルはM3スカウトカーに近く、前後輪リジットアクスルの足回りは路面によく追従する。エンジンはやや非力だ。
 ドラキュロのいる西ユーラシアでは通用しないが、アフリカでは便利かもしれない。
 カルロッタが「私とキュッラで、こいつを西に運ぶ。本隊と合流しないと」と言い、半田千早は頷いた。

 キュッラは運転の練習をしながら、西に向かっている。最初は緊張で無口だったが、徐々に慣れ、いつも通りのおしゃべりになる。
「チハヤ、格好よかったね」
 カルロッタが忠告する。
「この距離だと、無線、チハヤに聞こえてるよ」
「いいもん。悪口じゃないし……」
「チハヤはね、ヒトを殺したくなんかないんだよ。
 私もだけど……。
 身を守るために仕方なかった。
 でも、銃を使うより、刃物のほうが、殺した感触がリアルなんだ。
 気分のいいもんじゃない」
「でも、格好よかったよ。
 チハヤって、すっごく強いんだね」
「確かに……。
 フルギア人の伝承では、歴史を経た刀剣には、その刀剣だけの精霊が宿るらしい。
 チハヤの動きは、精霊の守護がなければ、できないかもしれない。
 いくら、剣聖の弟子でも……」
「剣聖って?」
「剣聖デュランダル。
 コーカレイの総督だよ。
 ノイリンは、魍魎族に襲われたことがあったんだ。
 ヒトの形をした、巨大な怪物だと聞いている。
 そのとき、剣聖は魍魎族1体を短剣だけで仕留めた……。
 全身に鎧を着た狂った巨人を、短剣1本で殺したんだ。
 チハヤは、そのデュランダルの弟子なんだ」
「チハヤの剣さばきは、両手だったよ。刀の形も違う……。
 柄に護拳がないし、柄がすごく長い」
「あれ、お父さんの刀らしいよ。
 チハヤは元世界で生まれたけど、チハヤの国の刀らしい。一度だけ、刀身を見たけど、吸い込まれそうだった。
 あの刀なら、精霊が宿っていても不思議じゃない」
 半田千早が割り込む。
「精霊なんて、迷信だよ」
 カルロッタが茶化す。
「精霊は迷信だけど、精霊の力を借りたいことはあるでしょ。
 チハヤだって。
 例えば、好きな男の子に振り向いてもらいたい、とか……」
 オルカが声を出して笑い、つられて3人が笑い出す。

 須崎金吾は、何もない大地の上で決戦を仕掛けようとしていた。
 起伏のない土地だが、周囲よりも3メートルほど高い丘があり、その北側に装甲車輌を集結させていた。
 救世主本隊は、グリッドモア辺境伯自身が指揮していたが、彼にもたらされた知らせは、彼を悲嘆と安堵がない交ぜとなった奇妙な精神状態に落とし、自己嫌悪を源泉とする大地が振動するほどの怒りを生み出させた。
 彼の次女が野蛮人に殺され、クルマを奪われたのだ。
 娘を殺した野蛮人たちは、辺境伯軍の前に何度も姿を現し、嘲笑うように消えた。
 それを辺境伯自らが追う。
 彼の敵は、偵察によって、北方20キロの荒野に集結していることがわかっていた。

 須崎金吾は半田千早から「辺境伯の娘を名乗る女を殺害」との報告を受け、辺境伯本人の誘出に成功するかもしれないと考えた。
 その目論見はあたった。

 辺境伯軍の戦車は、すべてが長砲身37ミリ戦車砲を搭載し、砲塔、車体とも鋳造製だ。これが50輌ある。
 チャド湖南岸では、無敵だ。

 ブリッドモア辺境伯は、自身の軍は無敵だと信じている。
 50輌の戦車と500の歩兵。歩兵は3トントラック30輌で運んだ。
 重い戦車がトラックと同じ速度で進軍できないことは、当然だと考えていた。

 丘の上で双眼鏡を持つ須崎金吾は、想像していた以上に救世主の戦車が低速であることに驚いていた。
「時速15キロくらいかな?
 20キロは出ていないみたいだね。
 この地形で、この速度では、戦車ではなくて、移動可能な小口径砲台だね」
 須崎金吾が動員できた戦車は25輌だった。辺境伯軍は決戦場に至るまでに10輌が落後していて、機甲戦力は40輌まで減じていた。

 丘を回って、バルカネルビを発した戦車隊が現れる。
 高速の戦車が大きく迂回して、背後に回り込んでいく。
 装輪の砲を積んだ装甲車輌が、トラックを狙い撃つ。
 辺境伯軍の歩兵はトラックから下車するが、戦車隊は浮き足立ち、バルカネルビの戦車隊に引きずられて、最高速で機動しようとする。そうすれば、歩兵との直協は不可能になる。

 辺境伯軍はこの時点で負けていた。
 バルカネルビの戦車は、辺境伯軍の戦車よりも最大3倍速く、最低でも2倍速い。装輪の装砲車は、速度比では4倍に達する。
 辺境伯は誰にも聞こえない声で呟いた。
「これでは、オオカミに狙われたヒツジではないか」
 多くの報告から、西からやって来た野生のヒトは、優秀な戦車を持っていることが知られていた。
 しかし、辺境伯はそれを信じなかった。敗れた言い訳と考えた。
 野生のヒトが、選ばれた血脈の貴族を超える武器を持つなどあり得ないと考えていた。
 彼は次々と命令を発したが、この状況を挽回できる可能性はない。
 歩兵だけでも離脱させようと考えたが、トラックは戦闘開始から5分でほぼ全滅してしまった。
 戦車も屠られていく。
 特に、彼が搭乗する装甲自動車の真正面にいる戦車の巨砲は、命中すると砲塔が宙を舞い、エンジンが彼方まで転がっていく。
 戦車に直協するはずの歩兵は、戦車の巻き添えを嫌い、逃げ回っている。

 辺境伯は、彼の娘の装甲自動車を発見する。彼が乗るコマンドカーと同じ車種だ。辺境伯軍独自の車輌で、偵察車として開発した。
 娘の仇討ちと思い、機関銃手をどかせて、自ら引き金に手をかける。

「キュッラ!
 スピードそのまま!
 落としちゃダメだよ!」
 カルロッタは、上部開放型装甲車が気に入った。
 この車輌ならRPG-7対戦車擲弾発射機を存分に扱える。
 すでにトラック1輌と戦車1輌を撃破していた。
 2輌目の戦車を狙う。

 辺境伯は、彼の娘の車輌から、薄い白煙を吐いて飛翔する砲弾を見た。
 肩撃ちの奇妙な砲だが、それで戦車の装甲が簡単に貫徹されてしまう。

「キュッラ!
 2輌目撃破!
 次は、こいつと同型を狙うよ!」

 カルロッタが放ったRPG-7の対戦車榴弾は、外れたものの左後輪至近に着弾する。
 後輪が脱落し、前輪に引きずられて前進していくが、機動性は完全に失われた。

 ブリッドモア辺境伯は、車体側壁に頭をぶつけ、やや朦朧としていた。
 横付けされた同型車から銃撃されたこともよくわからなかった。
 その車輌は、その場をすぐに立ち去った。

 須崎金吾は、満足している。取り逃がした辺境伯軍はごくわずかで、数人の高級将校を捕虜にできた。
 まだ氏名や階級は確認していないが、軍服の仕立てで身分は明らかだった。
 車輌の速度差を戦闘力の差と判断した、須崎金吾の読みが的中したのだ。
 だが、捕捉殲滅できたのは、辺境伯軍の一部でしかない。

 救世主が支配する世界では、民衆は貴族に虐げられている。だが、救世主の民衆は他地域の人々にとって、善人ではない。
 彼らも残忍なのだ。命令されて仕方なく従っているとは判断できない行動が多い。一般兵は、無意味な殺戮を平気で行う。
 救世主は、貴族と民衆のどちらもが残虐だ。

 須崎金吾は鹵獲したトラックを2輌選び、辺境伯軍兵士に負傷者を送り返すよう命じた。
 一部のバルカネルビ住民が命令を拒否する。彼らは捕虜を殺害したがり、トラックを欲した。
 だが、須崎金吾はそれを許さなかった。捕虜に護衛を付け、反逆を許さない体制をすぐにとる。

 ブリッドモア辺境伯は、眼前の少女に声をかける。
「そなたは、マーガレットを殺したか?」
 カルロッタはマーガレットという名を知らない。
「マーガレット?」
 オルカが気付く。
「おまえ、誰?
 辺境伯家のものか?」
 中年の筋肉質な体躯の男が黙る。
 カルロッタとオルカににらまれた男は、気配を消そうとするが無理だった。
 引き立てられて、他の捕虜から離される。

 半田千早は丘の上から戦場を見ていた。
 戦車の多くを破壊したが、辺境伯軍歩兵の多くはこの戦場にはいなかった。
 戦いは、始まったばかりだ。 
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