200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第6章

06-150 高知市

 日本は、大災厄によって九州から関西にかけて壊滅的な被害を被っていた。当初、政府は、九州、四国、兵庫県以西の本州を避難地域としたが、結局、天竜川以西を放棄しなければならなかった。
 東日本では、多くの避難者が過酷な生活を送っていた。
 姶良カルデラの破局噴火から5年後、世界は大消滅に見舞われる。
 日本は、地下と水中を除いて、地上のすべてが消滅した。
 大消滅は2回あった。2回とも消滅を免れた地域は、多くはなかった。
 幸運だったことは、東アジアでは台風の季節で、日本、台湾、フィリピン、ベトナムのごく一部が雨に守られて消えずに残ったことだ。
 日本では、接近する複数の台風、停滞する秋雨前線、頻発するゲリラ豪雨によって、岐阜県各務原市のごく一部と高知市周辺の比較的広い地域が無傷で残った。
 日本列島の生き残りは、高知市再生に一縷の望みをかけていた。
 高知市には、台湾、フィリピン、ベトナムの生き残りも合流することになっている。
 東アジアのほぼ全人口が高知市に集まる。最終的には、4万から5万人に達するかもしれない。
 高知市は大災厄によって、強制避難地域であったことから無人だった。高知市自体の損害は少なかったのだが、南海トラフ巨大地震の発生は確実と予測されていたことから、強制避難となった。
 しかし、地震は起きなかった。そして、いまも地震の即時発生確率は100%のままだ。
 木片1本ないこの世界でヒトが生きていくには、地震よりも虚無のほうが恐ろしい。だから、高知市への移動・移住を決断した。

 高知市は、JR土讃線よりも海岸側、土佐市西部から香南市東部までがほぼ無傷で残っている。面積にすると200平方キロにもなる。火山灰に覆われてはいるが、農地も多い。
 高知市の人口は33万人を超えていたので、東アジアの生き残り5万人が住むには、十分なインフラが残されている。

 もう1カ所が各務原市のごく一部で、木曽川北岸からJR高山線のやや北あたりまでの、南北3キロ、東西5キロほどの地域が無傷だ。面積としては15平方キロで、海へのアクセスはなく、住宅は多いが、農地は少ない。

 客観的判断からすれば、高知市への移動・移住は正しい判断だ。
 だが、不確定要素があった。

 市ヶ谷台の代表である塩田香奈恵が、クモ膜下出血により急死したのだ。
 この遠大な事業を推進していた偉大な政治家は、過労が誘発した病魔に勝てなかった。
 彼女の死により、臨時代表は副代表の1人であった有澤純太郎になった。彼は、35歳の地方政治家だった。
 問題は、彼には塩田香奈恵の代役を務められるほどの器量がなかったことだ。

 葬儀に出席した花山真弓が戻ってきた。
 北関東の各グループは、浦戸湾湾口付近に固まっていた。理由は、ここに上陸したからで、高知市中心部を拠点にしている市ヶ谷台とはやや距離があった。物理的な距離だけでなく、心理的な距離もある。
 たかだか7キロか8キロほどなのに……。

 すぐにやらなければならないことは、住宅の割り振りと、農地の開拓なのだが、有澤臨時代表が行ったことは、自衛隊由来の武器・装備の回収だった。
 彼にすれば、日本国政府の正統な後継者であることの証として、国有財産の返納は“国民の義務”であった。
 有澤臨時代表は、この“事業”を塩田香奈恵の葬儀で発表した。
 誰もが、唖然としたらしい。彼は、雨露をしのぐことよりも、食料の生産よりも、新しい代表を選ぶ選挙よりも、国有財産の回収を優先したのだ。
 そして、国有財産回収委員会が設けられた。有澤臨時代表の腹心4人が選ばれ、彼らの部下15人が配属される。

 副代表は2人いた。もう1人は、今湊正一。大学で政治学を教えていた准教授だった。
 彼は、香野木たちが雨露をしのぐために使っていたコンテナ置き場にやって来た。
 花山を訪ねてきたのだ。
「花山さん、まだ、こんなところに……」
 上陸から1カ月、塩田前代表の葬儀から1週間が経っていた。
「ここは、電気があるんです。
 太陽光パネルで発電できるので……。
 夜は真っ暗だけど……」
「市の中心部なら、原潜で発電した電気が十分あるのに……」
「今湊さん、住宅の割り当て、進んでいないんでしょ」
 今湊は、勧められた椅子代わりの木箱に腰掛ける。
「言いにくいことなんだけど……。
 花山さん……。
 塩田さんは後継者にあなたを指名していたんだ。
 私もあなたがいいと思う。
 でも、有澤さんはそうは思わない。
 自衛隊装備の回収の件だけど、あなたたちから武器を取り上げることが目的だと思うんだ」
「う~ん、私、彼に何かした?」
「有澤さんは、正義感が強い。弁護士出身の地方政治家で、特に不正や差別に敏感だ。
 彼は、あなたたち、花山さんたち元自衛官4人が“脱走兵”だと信じている。
 誰かに吹き込まれたらしい。
 彼は信じるヒトはとことん信じるし、疑ったヒトに対しては永遠に疑い続けるところがある」
「私は、大災厄後に退官したんだけど……」
「その事実は、彼には通じない」

 近くで2人の話を聞いていた来栖早希が、戯けたように口を挟む。
「あら、まぁ。
 私は相馬原所属だし、畠野3曹と奥宮陸士長は上官の命令で相馬原に残ったのだけど、ねぇ」
 今湊が来栖を見る。
「来栖2左ですか?
 雰囲気が……」
「そうなのよ、雰囲気変わっちゃって。
 私のせいじゃないわよ。
 百瀬ちゃんにカットしてもらったから……」

 今湊は、来栖の言葉には反応しなかった。
「花山さん、何もないとは思いますが、注意はしてください」
「有澤さんを……」
「えぇ」

 香野木恵一郎たちは、高知新港7号埠頭2号岸壁付近にいた。
 上陸してからの1カ月間を、この周辺で過ごしている。幼い子供たちは、700メートルほど内陸の民家で生活している。
 電気、ガス、水道はないが、雨に濡れなくてすむ。布団で眠れる。
 高知は上空の気流のためか、関東のように薄茶色の空ではなかった。太陽があり、空が青い。雲は白い。
 だが、気温は関東ほどではないが低い。

 花山は、国有財産回収委員会の到着を待っていた。
 保有する“形がある”すべての武器・装備を、港のコンクリートの上に並べた。拳銃から戦車まですべて。
 国有財産回収委員会は、新生の自衛隊陸上部の隊員60人を伴ってやって来た。
 迎える側は、花山の他、来栖2佐、畠野史子3曹、奥宮要介陸士長、そしてグループのリーダーとして香野木恵一郎が立ち会った。
 国有財産回収委員会委員は、初っぱなから横柄だった。
「きみたちは、国の財産を平気で盗む悪党だ。だが、反省し、返却すれば罪は問われない。
 ここにあるもので全部か」
 香野木が答える。
「そうだ。
 我々が持つ全装備だ」
 自衛官に「回収しろ」と委員が命じる。
 3佐の階級章を付ける自衛官が異を唱える。「委員閣下、ここにあるものは旧自衛隊の装備ばかりではありません」
「あの大きい戦車は?」
「さぁ、どこの国の戦車なんでしょう?」
 香野木が答える。
「センチュリオンというイギリス製の戦車で、もとはオーストラリア陸軍の装備だった。民間に払い下げられたものだ」
 委員閣下は不満そうだ。
「あの、一回り小さい戦車は?」
「74式戦車でしょうが、あそこまで改造してしまうと、回収しても意味はないかと……」
 委員閣下は居丈高ななる。
「国の財産を既存したのか!」
 香野木が答える。
「あの74式戦車は、城沼の戦いで車体とエンジンを破壊された。オークの光の矢が、車体上部からエンジンを貫通して、車体下部まで達した。
 車体とエンジンは溶けて混ざり合い、鉄の塊になっていた。別のグループが回収し、我々が譲り受けて修理した。
 エンジンとトランスミッションは、74式のオリジナルじゃない。車体も大幅に改造している」
 委員閣下は、明らかに腹を立てていた。
「あの、もっと小さい戦車は?」
「あれですか?
 何でしょうね?
 2輌は74式自走105mmりゅう弾砲でしょう」
「よし、あれは国有財産だ。
 回収しろ。
 他の4輌は?」
「何でしょうね。
 見たことのない自走砲と装甲車ですね。
 自衛隊のものでないことは確かです」
「ヘリコプターは?」
「OH-6と同型ですが、塗装からしても民間機です」
「自衛隊の装備を民間が使うわけないだろう?」
「いいえ、民間の機材を自衛隊が使うことは珍しくありません」
「あの、ジープは?」
「1/2トントラックです。
 自衛隊の装備です」
「銃は?」
「ほとんど自衛隊の装備です。
 自衛隊の装備分は回収しますか?」
「国有財産はすべて回収しろ」

 香野木は、この委員閣下をコンテナに押し込んで、海底に沈めても、自衛官たちは黙して語らないと確信した。
 現実には別として……。
 この日、香野木たちは、拳銃数挺とライフル、散弾銃を除いて、すべての携帯火器を失った。

 高知市に誕生した行政府は、その後も北関東の人々から自衛隊由来の武器・装備を回収したが、その数量はごくわずかだった。

 有澤臨時代表は、相馬原に対する嫌がらせで、自衛隊由来の装備を回収したが、この行為は北関東からの移住者をひどく動揺させた。
 武器を奪いに来た。
 次は、食料だ。
 それを確信したヒトたちは、国有財産回収委員会に抵抗しなかった。
 数隻の小型船が岸壁を離れ、東に向かった。

 港の倉庫の中は、熱気に包まれていた。
「民家は概算1000戸。
 戸建てが多く、集合住宅は少ない。
 たぶん、4000から6000人は住むことができる。
 高知のように火山灰が積もっているが、20センチくらいだ。少し表土を剥げば、農地が現れる。農地は高知よりもずっと少なく、点在している。
 それでも、力を合わせれば、新たな農地を開くことができる。周囲は、見渡す限り、原っぱなんだから」
 みんなが笑う。
 話が続く。
「小型の船ならば木曽川を遡って、各務原まで行ける。だが、伊勢湾には大型船が停泊できる港がない。
 移住は簡単じゃない。
 ここに留まるより、各務原のほうが可能性がある。ここは息苦しい」

 香野木たちは、各務原への再移住に応じたが、移動は慎重に進めることにした。花山が監視されており、迂闊な行動ができないためだ。
 その一方、有澤臨時代表は、北関東からの移住者には無関心だった。

 24人全員が、港のコンテナ前に集まっていた。
 香野木が口火を切る。
「各務原に移動するには、まだ時間がかかる。
 どこか、もう少しマシな住処を探したい。
 それと、105ミリSPGを奪われた。74TKが残されたのは、自衛隊が見逃してくれたからだ。
 74TKは目を付けられているから、各務原に移す。各務原に大人数では行けない。元自衛官もダメだ。こちらの行動が、察知されることはいい結果にはならないだろう。
 結城くんと葉村くんに行ってもらいたい。
 向こうで、受け入れの準備をして欲しい。
 新しい住処については、どうする?」
 井澤貞之が手を上げた。
「浦戸湾内なんだが……。
 湾口に近い入り江に造船所がある。
 そこには、屋根付きの船台がいくつかあって、周囲には住宅もある。高層の建物はないが、我々の住宅にできそうな建物は数棟ある。
 どうかな?」
 加賀谷真梨が賛意を示す。
「井澤さんの案は検討すべきだと思うよ。湾口に近いから、何かあれば船で脱出できるし……。
 それと、105ミリを奪われたけれど、まだ材料はあるから、何かを作れると思う。
 ここや各務原をオークやギガスが襲う可能性があるでしょ。
 材料と工作機械があれば、まだまだ作れるものがあると思う」
 香野木は即断したくなかった。また、各務原への移住も彼の中では、既定路線とはしていなかった。
 香野木は思慮深く、ある意味で優柔不断だった。
「井澤さんと加賀谷さん、私の3人で、その付近を調べてみよう」
 彼はそれ以上何も言わなかった。

「ここだよ」
 井澤貞之が案内した場所は、加賀谷真梨が「造船所のイメージそのままね」と言ったが、まさにその通りだった。
 巨大なレールクレーンがあり、造りかけの巨大なバルバスバウが船台に載っている。
 香野木が敷地内に入ると、当然のように井澤貞之と加賀谷真梨が付いてきた。2人の足取りは軽い。

 工場内には、船台が3つ。火山灰が薄く積もり、冷たく殺伐としているが、ここでなら何でも作れる。
「香野木さん、近くには鉄工所もあるし、ここでなら作りたいものが作れるよ。
 あの大きなトレーラーなら、センチュリオンだって運べる」
 加賀谷真梨の言葉に、香野木は薄く笑った。
「住む場所を見つけないとね」

「ここで、何をしている」
 男は音もなく接近していた。意図したわけではないのだろうが、相当に驚いた。
 3人は同時に振り向く。
 男に一番近いのは、井澤貞之だった。香野木が見た男は、かなり高齢に見えた。汚れたTシャツにくたびれたデニムを履いている。裸足にサンダル。庭で盆栽を手入れするような格好だ。
「私たちは、北関東からの避難者なんだ。市ヶ谷台の移住者には迷惑をかけない。
 トラブルは困る。ここを立ち去るから、穏便にして欲しい」
「関東から来た連中か?」
「そうだが……。
 あなたは?」
「ここは、私の会社だ。
 この近くに住んでいる」
「住んでいる?」
「あぁ、大災厄の前からここにいる」
「……。
 避難しなかった……のか?」
「そうだ。
 ここは、曾祖父が創業した造船所だ。
 私は創業家の取締役だ。
 まぁ、この会社はもう創業家のものではないが……。
 一応、私が取締役として管理している」
「何年も1人で?」
「そうだ。
 大消滅で妻と娘がどうなったのかわからない。
 会社大事で、妻と娘を見捨てた。結果、死に損なった。
 で、ここに何しに来たんだ?」
 香野木が井澤貞之と代わる。
「装備を整備する場所を探している。
 それと、幼い子供が何人かいる。
 いまは、電気のない民家で寝泊まりしている。大人は、コンテナ置き場にいる」
「なぜ?
 空き家ならいくらでもあるだろうし、市の中心部はかなり明るいのに」
「いろいろと、誤解があるようだ」
「子供は何人?」
「10人。2人は2歳以下……」
「そんな幼い子までいるのか。
 何をしたいのかわからないが、ここにいるのは許可する。
 それと、会社の独身寮がある。1DKだが、勝手に使ってくれ。
 独身寮は、門を出て左側の3階建て、私は門を出て右の事務所に住んでいる。
 機材を使いたいなら、必ず声をかけてくれ。勝手にあれこれしなければ……、文句は言わないよ」
 加賀谷真梨は、制約されることを嫌った。
「ありが……」
 彼女の言葉を香野木が遮る。
「ありがとうございます。
 使わせていただきます。
 私は香野木恵一郎。
 彼は井澤貞之。
 彼女は加賀谷真梨」
「私は、高知造船工業の長宗元親」

 加賀谷真梨は不満だった。
「香野木さん……」
「加賀谷さん、もう少しで海岸です。
 コンテナ置き場から長宗さんの造船所まで、700メートルくらいですね」
「香野木さん、なぜ、あの造船所に……」
 井澤貞之が答える。
「所有者がいるからだ。
 有澤氏は、順法精神が過剰だ。
 所有者のいる施設には、手出しをひかえる、かもしれない。
 香野木さんは、そう考えたんだ」
 加賀谷真梨が微笑む。
「香野木さんは、喧嘩の仕方を知っているね。
 どんな相手でも、香野木さんは対抗手段を思い付く」
 香野木が笑いながら反論しようとすると、井澤貞之が遮る。
「大災厄以来、社会の規範が変わった。
 この変化に対応することは、簡単じゃないが、香野木さんの判断は概ね正しい」

 その日のうちに、10歳以下の全員が高知造船工業の独身寮に移った。
 この独身寮には太陽光発電があり、長宗が通電してくれた。蓄電システムもあり、室内灯程度なら8時間の持続性がある。
 水道は止まっているが、敷地内に井戸があり、水質は生活水には十分で、子供たちには沸騰すれば飲用にできる。
 浄化槽があり、排水もできる。独身寮はもともと、トイレの水洗用に地下水を使っており、揚水ポンプを修理すれば、大災厄前に近い生活ができる。ヒートポンプ式電気給湯器があり、風呂にも入れる。
 子供たちは喜び、大人たちは安心した。
 長宗は協力的で、あれこれと世話を焼いてくれる。当初の印象よりは、はるかに若く、40歳くらいだろう。

 高知に移住して1カ月。相馬原からの移住者は、ようやく落ち着き始めていた。

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