200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第6章

06-159 謎の無線

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 半田千早は、養母からの「健太と一緒にバンジェル島に来なさい」との“命令”を無視している。
 養父の密葬は、死の2日後に行われた。荼毘に付された養父は、わずかな骨と灰に変わった。
 千早は半田隼人を尊敬していたが、同時に問題のあるヒトであることも理解していた。
 半田隼人は「ヒトは、ヒトと、争うべきでない」と言うが、彼ほどヒトと争うヒトはいない。
 彼は戦場以外で、数人を殺している。千早はそれを知っている。
 だが、養父の死が公表されれば、ヒトの団結は葬儀までしかもたない。条約締結まで間近に迫った、ギガス(黒魔族)との和平も流れる。
 精霊族や鬼神族との関係も危うい。
 この危機を眼前に置いて、千早には逃げ出す選択肢はない。非力だが養父の代役を務める覚悟を固めている。

 眠れぬ夜を過ごした早朝、千早は暗いリビングにいた。
 城島健太が姉を見つけ、声をかける。
「姉ちゃん……」
 千早は健太の考え方に違和感があった。2人に養父の死を悲しむ時間はなく、養父の穴をどう埋めるかが最大の問題であることは、認識を共有している。
 千早は相馬悠人を補佐しながら、何とか危機を乗り越えたいと考えている。
 一方、健太は若年ゆえの無知と無謀から、自分が養父の代役になれる、と愚かにも信じていた。
「姉ちゃん、辛かったら、俺が代わるよ」
「健太、バカなの。私たちでは半田隼人の代わりなんて、できるわけないでしょ」
「俺は半田隼人の息子だ。
 父さんの遺伝子を受け継いでいる」
 千早は驚いた。養父と健太には血縁はない。健太はそれを知らないのか、と激しく動揺する。
「遺伝子なんて、関係ないよ。
 父さんは父さん。健太は健太。私は私。
 それだけだよ。
 父さんの葬儀は、2カ月くらい、あるいは3カ月くらい、遅れる。
 その間に、相馬さんと父さん以後をどうするか考える。
 ママはバンジェル島に来いって言っているけど、私は行かない。いまは行けない。
 だけど、健太は行ったほうがいい。
 ノイリン、コーカレイ、バンジェル島は一体のはずだけど、そうはならないと思う。
 そもそも父さんが、そういう方針ではなかった可能性が高い。
 コーカレイは、コーカレイだけの資金で賃借していた土地をフルギアから買った。土地を買っただけでなく、コーカレイはフルギアの領土ではなく、コーカレイの領土になった。
 コーカレイは、独立したんだ。
 バンジェル島も同じ。クマンと交渉し、クマンの領土ではなくなった。
 小さな島だけど、独立したんだ。
 コーカレイを独立させたデュランダル総督、バンジェル島を独立させた城島由加司令官のどちらも、父さんの指示で動いていた可能性が高い。
 父さんの真の目的、腹の内って言うヤツがわからない。物事を深く深く考えているヒトだった。
 ママはたぶん……。
 父さんが死んだ場合の行動を、父さんから指示されていた。
 私たちをバンジェル島に呼ぼうとしている理由は、そこだと思う。
 父さんの死をママに知らせたら、すぐにノイリンに戻るって言っていた。
 だけど、戻ってこない。父さんが、ママに動くなと指示していたんだ。
 ママは当初、感情で行動しようとした。いまは、父さんの指示で動いている。
 200万年前の言葉に“死せる孔明生ける仲達を走らす”っていうのがあるけど、死んだ父さんはママやデュランダル総督を動かしているんだ。
 だけど、いつまでも続かない。
 父さん以後の世界を誰が背負い、誰がヒトを導くのか?
 そんな人物がどこかにいるのか?
 きっと、いない。
 だから、誰も父さんの死を悲しまないんだ。悲しんでいる余裕はない。悲しんでいたら死が迫ってくる」

 城島由加は、淡路島ほどの面積しかないバンジェル島が、単独で生き残っていけるとは考えていない。
 どうしてもクマンとの連携が必要になる。同時に独立も維持しなければならない。
 城島由加でさえ、半田隼人の将来構想を理解していたわけではない。彼女の夫は、漠然とした説明しかしていない
 指示らしい指示は、「コーカレイとバンジェル島が最後の砦になる」だ。
 城島由加には“最後の砦”の意味がわからなかった。ヒトにとっての最後の砦なのか、ノイリンにとっての最後の砦なのか、それともノイリン北地区にとっての最後の砦なのか、果ては北方低層平原の冬を生き抜いた“同志”にとっての最後の砦なのか……。
 あるいは、そのすべてか?
 城島由加は半田隼人をよく知っていた。意外と行き当たりばったりの行動が多いのだ。深く考えているようで、実際はそうではない。
 ただし、瞬間的な状況判断は神がかっている。それが、彼を実際よりも大きく見せていた。
 城島由加は、半田隼人が言うようにバンジェル島が最後の砦ならば、守り切るには自分が動かないことが重要と判断していた。

 半田千早は学校には行かず、銃器班の事務所に向かった。知らないヒトばかりになっていて、居心地が悪い。
 疎外されているような雰囲気に耐えかねて、事務所を出て、北地区の行政庁舎に向かう。
 ここにはまだ、北方低層平原時代の“同志”がいる。北地区の区長は相馬悠人だが、次の選挙では当選が難しい。人口が増加すれば、求められる指導者像が変わる。

 半田千早は、区長室に通してもらえなかった。見知らぬ秘書が、相馬との面会を拒絶する。
 千早は「相馬さん、千早です」と叫び、偶然にドアを開けて姿を出した相馬によって、ようやく招き入れられた。
 相馬は前置きをせずに話し始める。
「ちーちゃん。
 バルカネルビが、日本語の無線を傍受した。発信者は、私たちじゃない。ティッシュモックでもない。
 バンジェル島の城島由加司令官への通信だが、バンジェル島の通信士は日本語がわからない。
 それで無視した。
 バルカネルビの金吾(須崎金吾)が、まったく偶然、その通信を聞いたんだ。
 金吾はキンちゃん(金沢壮一)と能美先生との通信に割り込んできた。
 3人は別々の場所で無線に耳を澄ました。そして、金吾が話したんだ……」
 半田千早は、日本語による複雑な会話はできなくなっていた。しかし、相馬は日本語で話し続ける。
「ナニヲ?」
 相馬は、千早が重要視していないことを察した。
「新たな移住者だ。
 10年ぶりの200万年前からやって来た移住者……」
 半田千早は共通語に切り替え、小声で話す。
「でも“ゲート”は閉じてしまい、時渡りはできなくなってしまったでしょ」
 相馬も共通語を使う。
「また、開いたんだ。
 彼らは船で来たらしい」
「相馬さん、ヘンでしょ。船って?」
「その通り、ヘンだ。
 小型のボートならともかく、一定の大きさの船で時速60キロ以上なんて出せない。軍艦でも限られる。
 軍艦を使った可能性はあるだろうが……。
 それに、出口側“ゲート”は陸にあるとのことだったし、実際そうだった。
 彼らの話を信じる根拠がない。
 だが、放置はできない。
 接触して、事情を問い質したい。
 この任務、ちーちゃんに頼んでいいか?」
 半田千早は躊躇った。
「ニホンゴガ……」
 相馬は、千早がそこを気にするとは思わなかった。
「優奈は?」
 千早は納田優奈の名を聞き、頬を緩める。「優奈と一緒なら……。
 キュッラも連れていっていい?」
 相馬が首肯する。

 相馬悠人は半田隼人から、重要な密命を帯びていた。
 半田隼人と彼が属するグループは、ノイリン建設の立役者だが、同時に彼らを疎ましく思う勢力がいる。ノイリン私物化を非難されることもあった。
 また、北地区における宗教としての優生思想は根強く、深く静かに潜行しながら根を張っている。
 簡単には根絶できない。
 輸送班の総帥クラウスは、河川輸送、海上輸送、陸上輸送の起点となるコーカレイに本社機能を移した。
 同時に、ほとんどの幹部メンバーがコーカレイに引っ越ししている。
 ノイリンには支店しかない。

 アイロス・オドランと彼の家族は、一向に進捗しない航空班での航空機開発に嫌気が差し、コーカレイに引っ越ししてしまった。
 航空技師アイロス・オドランの妻であり、ノイリンの“戦女神”フィー・ニュンも、いまではベルタと轡〈くつわ〉を並べている。

 コーカレイは領土が狭いので、農業に適さない。機械工業や電気・電子工業に力を入れている。
 機械班や車輌班の一部も移動していて、部分的にはノイリンを凌駕する規模にまで成長している。
 班を改変して、会社態勢に移行する改革も行った。

 半田隼人は生前、相馬悠人に、工業の中枢をコーカレイおよびバンジェル島へシフトする提案をしていた。
 機械工業と電気・電子工業はコーカレイに、機械工業と燃料製造など化学工業はバンジェル島へ。
 当初、相馬は半田から「拠点を分散化しないと、防衛上の脆弱性を抱えたままになる」と言われて賛成した。
 しばらくすると半田は相馬に「中枢を海へのアクセスがいいコーカレイやバンジェル島に移したほうがビジネス上有利だ」と言い始める。
 相馬にも異存はなかった。その通りだからだ。アフロユーラシア西岸は、海の時代を迎えていたのだから。
 しかし、相馬が感じる半田の本音は、防衛やビジネスで必要な生産拠点の分散ではなく、純粋に彼らの生存可能性の確率向上を狙ったものではないか、と考えるようになっていた。
 現状、航空機と車輌の生産はコーカレイがノイリンを抜いており、バイオ燃料の製造は気候に恵まれたバンジェル島が圧倒している。
 当然だが、生産性の低い拠点は縮小・閉鎖の方向に向かう。
 日照が短いノイリンのバイオ燃料製造施設は閉鎖し、設備は一部を残したがバンジェル島に移設した。
 バイオ燃料の内、藻類での生産はバンジェル島に完全移管した。
 航空機は、エアラコブラ戦闘機とスカイバン双発輸送機をコーカレイで製造し、ボナンザ単発軽飛行機をノイリンで製造する。
 フェニックス双発双胴輸送機は、最終組み立て工場をコーカレイとし、ノイリンとコーカレイで分散製造している。
 ただし、ノイリンでの製造は、側胴のみで製造拠点としての重要度は低い。
 バンジェル島では小型双発輸送機のアイランダーを製造している。
 自動車や装甲車輌では、コーカレイを別会社として、再出発している。
 そして、一部の工場や設備は西地区に売却した。売却地域は広大で、北地区にありながら、西地区の施政が及ぶようになった。

 相馬は半田が“ノイリン北地区の弱体化”を企図しているようにも感じたが、半田はノイリンにおける農業生産性の向上に積極的で、かねてより問題であった農地の私有化にも理解を示すようになっていた。
 相馬は半田の“腹の内”が理解できず、死後も理解できていない。

 明確な事実もある。
 北方低層平原を生き抜き、ソーヌ・ローヌ川での生活を共にした“古い同志”の多くが、過去数年の間にノイリンからコーカレイやバンジェル島に中枢拠点を移した。
 ノイリンに居住する北方低層平原以来の“同志”は、相馬の妻であるウルリカと2人の子と半田千早・城島健太の姉弟だけになっていた。
 斉木五郎は農業指導のため湖水地域に、能美真希は医学校開設のためコーカレイにいる。
 ノイリンに“家”はあるが、住んではいない。
 相馬は、この状況を作ったのも半田の深謀遠慮ではないか、と勘ぐっていた。
 次の区長選で、相馬は落選する。妻のウルリカは、前回区議選で落選した。
 ノイリン北地区の発展とともに、ノイリンを開いた“古い同志”の影響力は決定的に減じていた。
 それは、時代の変化だった。

 半田千早は、嫌がる城島健太を叱責しながら飛行機に乗せ、学校が楽しくて仕方ないキュッラを説得して、ジブラルタルに向かう。
 表向きの理由は、保護者たる養母の指示に従いバンジェル島に向かうためだ。
 実際は、ノイリン北地区区長相馬悠人の密命を帯びた、謎の日本人調査だ。

 スカイバンでは、ジブラルタルからバンジェル島までは一気に飛べない。ジブラルタル→カナリア諸島(クフラック勢力下)→カーボベルデ(バンジェル島勢力下)→バンジェル島と島伝いに進む。
 このルートを選んだ理由は、何度も乗り継ぐことで、どこに向かったのか判然としなくなるからだ。

 バンジェル島の飛行場には、納田優奈が待っていた。
 彼女が運転するクルマで、司令官官邸に向かう。城島由加には“自宅”がなく、彼女は官舎で生活していた。彼女にとっての“自宅”は、ノイリンにあった。

 半田千早は小さな官邸の粗末なロビーで、養母に抱きしめられた。
 半田千早は、大事そうに抱えたボンサックを養母に渡す。
「父さん……」
 養母はボンサックを受け取ると、彼女の寝室に向かう。
 そして、絶叫に近い泣き声が聞こえてきた。

 夕食の食卓に姿を現した城島由加は、いつもの養母に戻っていた。
「西アフリカは食材が豊富だから……」と食事を勧め、半田隼人のことは一切話さない。不自然なほど……。
 千早は相馬の密命を切り出すか否か、判断に迷っていたが、養母から話し始める。
「例の無線、だけど……。
 ティッシュモックが調査員を送り込んできた」
 千早が驚く。
「ティッシュモックも知っているの?」
 養母は、表情を変えない。
「あそこには、日本人がいるし……。
 多くは現役を引退しているけれど、一部の第1世代はまだ中枢にいるからね。
 たまたま、知ったんじゃない?
 ちーちゃんが来たのも、この件でしょ」
 城島健太が慌てる。
「母さん、どういうこと?
 姉ちゃん、なぜ父さんの遺骨を持ってきたの?
 葬式、まだなんだよ!」
 千早は健太の幼さにイラつく。
「半田隼人はママのもの。
 葬式なんてどうでもいい。父さんをどうするかは、ママが決めること。
 私は相馬さんから密命を受けている。
 ある無線の真偽を確かめに、バンジェル島に来た。
 調査のメンバーには、優奈姉ちゃんとキュッラが含まれている。
 他のメンバーも募らないと……。
 大西洋を渡ることになるかも……。
 何たって、謎の無線は太平洋から発信されたと、金吾兄ちゃんが推定したんだから……」
 健太は涙目になった。
「何なんだよ、それ!
 キュッラは知っていたの!」
 キュッラはスープ皿を見詰めている。
「うん。
 知ってた。
 日本人って何なの?
 わかんない。でも、何かが動き出す予感はする。
 悪いことなのか、いいことなのか、それさえわからないけど……。
 空前の大冒険が始まるね。私は楽しみ」

 この日、コーカレイ造船所の艤装岸壁から、1隻の小型船がバンジェル島に向けて出港した。
 全長50メートル、全幅8.5メートル、基準排水量200トン、5400軸馬力のガスタービンエンジンを2基搭載し、巡航用高速ディーゼルエンジン1基を持つ。初の試みであるウォータージェット推進を採用し、最大速力44ノットに達する新型武装船だ。
 60口径76.2ミリ両用砲1基、6銃身20ミリ機関砲2基装備と武装も強力。

 千早は翌日から、島の反対側にある短波無線局に納田優奈、キュッラとともに詰めた。
 城島健太はこの任務に志願したが、姉から「子供だからダメ」と拒絶され、悔しさで荒れた。
 彼の母は笑っていた。弟である翔太は、どうしたらいいかわからない。半田隼人の遺伝子を継ぐ、唯一の息子である翔太は、母と姉を助けるため早く大人になりたかった。

 初日から通信ができた。
 無線局の技術者は、「相手は200万年前の技術を使っている。それは間違いない。とてつもなく強い電波だ」と断言した。
 通話は納田優奈が担当し、通話が終わると内容がメンバーに報告される。
 報告書は司令官に毎日届けられ、司令官は疑問があれば担当者を質した。

 無線局の狭い会議室。
 優奈の説明が始まる。
「彼らは、誰かを追って、200万年後にやって来た。
 通話の相手は、香野木恵一郎と名乗っている。男性であることは間違いない。年齢はわからないけど、老人ではないと思う。
 30人くらいいるらしい。
 時渡りは船でした。これを信じるか?
 信じる根拠はほぼないし、船で時速60キロ以上は敷居が高い。
 でも、嘘と断じて無視すると、思わぬ危害を加えられる可能性が高い。
 だから、無視しない。
 これが、司令官の考え。
 コーカレイの総督もこの判断に賛成している。
 コーカレイがこの件のために調査船を派遣してくれる。
 で、今日の通話の内容だけど……。
 彼らは、飛行船と交戦し、撃墜した」
 通信局の施設長が笑う。
「飛行船は簡単には落ちない」
 優奈も同意する。
「その通りです。施設長。
 でも、ここから先が嘘とは断じられないんです。続けます。
 その船は、飛行船が墜落した海域を調査します。
 大量の浮遊物と、乗員らしい1個体を救助しますが、すでに死んでいました。
 その遺体は検分され、ヒトでないことがわかります。腕が長く、発達した犬歯を持っています。霊長類であることは間違いないけれど、ヒトからは遠い生き物だと。
 この生き物について何か知っているか、と問うてきたんです」
 半田千早はその先を早く知りたい衝動が抑えられない。
「それで、優奈は……」
 優奈が千早を見る。
「服を着ていたかを問うと、素材はウールらしいズボンとジャケットを着ていた。ズボンの色は白、ジャケットは……」
 誰もが優奈を見る。
「緑……」
 施設長が立ち上がる。
「緑……だと。
 赤服でも青服でもなく……。
 本当だとしたら厄介だぞ!」
 その通りだ。
 西ユーラシアではコーカレイが赤服と戦い、西アフリカではクマンが青服と戦っている。
 千早は息を吐いた。
「手長族の捕虜によれば、大きな“国”だけでも5つあるそうよ。
 ヒトの国とは制度が違うみたいだけど、領土意識は強いみたい。縄張り意識が国家の原点とすれば、同じと考えていいと思う。
 灰色と黒色は確認されている。
 この2つは小国。
 緑は……。
 ヒトにとって、手長族は脅威だよ。
 優奈、その船はどこにいるの?」
 優奈が地図を広げる。
「この付近」
 優奈がコロンビア沖を指し示す。
 キュッラが驚く。
「そこって、海の向こうのさらに向こうじゃない」
 施設長がうなる。
「太平洋か。
 パナマ海峡をどうやって突破する?
 突破できたとして、カリブ海は狭い海域だ。
 複数の飛行船に狙われたら、絶対に助からない」
 優奈が全員を見渡す。
「明日の12時からもう一度交信する約束になっている。
 バンジェル島とその船には、5時間の時差がある。
 何を知らせ、何を教えないか、それを相談したいの」

 千早は考え込んでしまった。だが、優奈に「千早の考えを聞きたい」と問われ、思考が中断する。
「その船がコロンビア沖にいることが正しいとする。
 もし、パナマ海峡に進入すれば、手長族から攻撃される。
 仮に海峡を突破しても、南北700キロ、東西2000キロのカリブ海は突破できない。
 手長族の哨戒が厳しいだろうし、船を隠せる島は意外と少ないし……。
 パナマ海峡を避けるとする……。
 北に向かってもベーリング海峡はない。
 南極と南アメリカの南半分のパタゴニアは氷でつながっていて、ホーン岬沖は通過できない。
 アフリカの南端喜望峰を回っても、大西洋に居座る赤道低気圧帯に阻まれて、北半球に入れない。
 インド洋から紅海に入り、シナイ海峡を抜けて東地中海に入ったとしても、白魔族と一戦交えないと、西地中海には入れない……。
 燃料がどれだけあるのか、わからないけれど、彼らが私たちと握手することはほぼ不可能だよ」
 優奈は千早ほど悲観的ではなかった。
「南アメリカの手長族は脆弱な軍事力しか持っていない。
 パナマ海峡を突破したら、コロンビアとベネズエラの海岸に沿って東に進み、グレナダの南側を回って、バルバドスに向かう。
 ここは大西洋だから、私たちも協力できる。タンカーを派遣するとか……」
 千早には、バルバドスまで進めるとは思えない。
「商船の速力は18ノットが標準。北方人の船の航海速力は12ノット。
 18ノットで進めるとして、パナマ海峡を突破してバルバドスまで2500キロ。3日以上かかる。
 3日あれば、手長族に狩られてしまうよ。2日ならばどうにかなるかもしれないけど……。
 日没後にパナマ海峡を気付かれずに突破して、日の出前にキュラソー島南側まで行ければ……。
 不可能だね。
 手長族のことを教えてやって、諦めてもらう。
 その次に何か方法を考えようよ」
 優奈が同意し、施設長も「それしかない」と判断する。

 翌日の通信には、千早も立ち会った。6歳でこの世界にやって来て、日本語の多くを忘れている。
 12歳でやって来た優奈との差は、日本語に関する限り大きい。
 200万年後の住人になってから、12年が経っていた。

 香野木たちは、日本語を解する若い女性と毎日同じ時間に交信した。
 その女性から衝撃的な知らせを受ける。
「その……、優奈さん、我々が発見したヒトに似た動物は、手長族と呼ばれているのですか?」
「そうです。香野木さん。
 手長族またはセロと呼んでいます。
 手長族は、自身をセロと呼びます。
 ヒトはセロと、西ユーラシアと西アフリカで戦っています。
 セロは金や銀以外の金属はあまり使いません。素材の多くは炭素系です。飛行船を多用しますが、動力付きの水上船や陸上車輌は持っていません。
 ですが、軍事的には精強で、ヒトは苦戦しています。
 みなさんが私たちと会うには、セロの支配圏を突端なければなりません。
 パナマに地峡はなく、大西洋と太平洋をつなぐ海峡になっています。
 この海峡の幅は200キロあります。夜間、高速で突破すれば、カリブ海に入れるかもしれません。
 カリブ海に入ったら、南アメリカの陸地に沿って、東進します。隠れる場所は、キュラソー島くらいしかありません。
 2500キロのカリブ海をできるだけ高速で、駆け抜けてください。
 もし、バルバドスまでたどり着けたら、私たちは協力できます。
 ですが、危険です。ほぼ失敗すると考えたほうがいいです。
 生命を失いますよ」
「優奈さん、どんな支援がいただけますか?」
「例えば燃料、水、食料……」
「では、バルバドスまで行ってみましょう。
 バルバドスに着いたら、今回と同じ時間に無線を送ります」

 香野木は納田優奈と名乗った女性を信用してはいなかった。
 優奈は香野木と名乗る男性と彼の仲間は、あと数日の生命だと確信していた。
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