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第1章
第二話 二〇〇万年後
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車列は二列。一列は先頭に陸上自衛隊の軽装甲機動車五輌。六輌目は何とも場違いな旧式二ボックスの小型欧州車だ。ディーゼル乗用車なのだが、到着先で役立つクルマじゃない。
離れた位置から車内を覗くと、若い男が二人と中型犬が一匹。逃げ出すことに必死の子連れ家族を想像していたが、意外であった。
二億年後に道はない。最低でもクロカン四駆でないと、役には立たないのだが……。
その次がダブルキャブの旧式ピックアップだ。運転席に若い女性が、後席には子供が二人座っている。助手席に女性が乗り込んだ。低床の軽トレーラーを牽引しているが、このグループも軽装備だ。
二列目は、積載量四トン以上のトラックが並ぶ。車軸は二軸だけではなく、三軸や四軸車も後方に控えている。車高を三メートル前後に押さえるためか、パネルトラックは少なく、平積荷台が多い。
一号車と二号車は、二輌の二トントラックを挟んでいる。一分間隔で〝ゲート〟に進入するので、三分の時間差がある。
予定時間を過ぎても〝ゲート〟が開かない。車列はぴくりと動かない。
ちーちゃんが一言も発せず、前方を凝視している。ちーちゃんは六歳になったばかり。俺たちと出会ったときは、まだ四歳だった。
金吾は窓から身を乗り出して、後方の二号車をしきりに気にしている。
俺は少しイラついていた。
三人とも平常心ではない。
軽装甲機動車が助走に入った。加速用の助走路は四〇〇メートルの直線で、この距離で時速六〇キロに達しなければならない。時速六〇キロで、直径五メートルの穴に飛び込むのだ。度胸が必要。
穴は煙草の煙で作る輪みたいなもので、圧迫感はないのだが、何ともいえない恐怖感がある。
前方の二トン車が動き出す。俺たちの二トンダンプも助走に入る。要求されている車間距離は五〇メートル。
前方の二トン車が〝ゲート〟に突っ込む。俺たちも突っ込んだ。
突入と同時に時空のトンネル内に右に向かう分岐が見えた。そこに突っ込む。
五秒が一瞬に感じた。時速六〇キロで飛び出した新世界の路面は、厚い砂で覆われていて、ハンドルに衝撃的な抵抗を感じ、横転しそうになった。
それでも、どうにか緩く減速しながら右に大きく旋回して進路を開け、停止した。後続する二号車に追突されることを避けるためだ。
心臓の鼓動が収まらない。窒息するような息苦しさも感じる。
周囲を観察する余裕はなく、ただ意味なく前方を凝視している。目には眼前の風景が映っているが、その意味を分析する余裕が脳にはない。
ちーちゃんがしくしく泣いている。
その小さな鳴き声で、我に返った。
ちーちゃんに「大丈夫?」と声をかける。
金吾がちーちゃんの頭を撫でる。
濃緑色単色迷彩のクルマが近付いてくる。
俺は咄嗟にM14バトルライフルを手にして、運転席から飛び降りる。
その濃緑色のクルマには見覚えがある。ドイツの軍用軽装甲車エノクだ。こんなクルマをどこで見つけたのかと、気になっていたので、よく覚えている。
俺たち一号車の八台前にいた。
エノクは二〇メートルほど離れて停止し、白髪交じりの大柄な男が下りてきた。
「大丈夫か?!」と大声で問うてきた。
俺は銃を下げた。
金吾がちーちゃんの下車を手伝っている。男は二〇メートルの距離を歩いてやって来た。手にはスコープ付きのレミントンM700が握られている。
「大丈夫か?」ともう一度問われた。
「あぁ……」と力なく答える。
「君たちは、一週間ぶりのお客さんだ」
「一週間ぶり?」
「あぁ、一週間だ」
「俺たちは、あんたのクルマの八輌後方にいたんだ。あんたがトンネルに入ってから、八分か一〇分か、それくらい後に入ったはずだ」
「その数分が、一週間になったようだよ」
男は「斉木五郎だ」と名乗った。
俺は「半田隼人。女の子は舞浜千早。若いのは須崎金吾」と紹介する。
「まだ、飛び出してくるクルマがあるかもしれないから、付いてきてくれ」と斉木と名乗る五〇歳ほどの男にいわれた。
俺たちは二号車を待ったが、夕暮れ間際までに現れなかった。
斉木のキャンプには、天井が潰れた赤い小型欧州車があった。
二五歳ほどの男が、地面に敷いた毛布の上に横たわっている。
「相馬くんだ。頭を打っているが心配はない。意識はしっかりしている」と斉木がいった。
四〇歳ほどの女性が「能美です」と名乗る。
俺は再度「半田隼人。女の子は舞浜千早。若いのは須崎金吾」と紹介した。
俺は「三人ですか?」と尋ねた。相馬という男には、もう一人若い男の相棒がいたはずだ。
斉木が答える。
「金沢さんは、徒歩で脱出ルートを探しに行った。
ほかに、もう一組いる」
俺は脱出ルートと聞いて、初めて周囲を観察する。
俺たちは、浅い丼鉢の底のような場所にいる。
丼鉢はほぼ真円で、周囲三六〇度が高さ二〇〇メートル以上の絶壁で囲まれている。隕石クレーターのようだ。
斉木は「この一週間でわかったことは、全周囲を切り立った絶壁で囲まれていて、脱出路が一つあるということだけだ」
俺は「脱出路?」と聞き返した。
斉木は「あぁ、」と言って、指差した。
朽ちかけたトラックが二〇〇台ほど放置されている。
「あそこに、人一人が這って通れるトンネルがある。ここからは出られるが、持ち出せる物資は大人一人で五〇キロが限度だね。
それと、ここには水がない」
金吾が「隼人さん」と言って、絶壁の上空を指差す。
雲が浮かんでいる。その雲を目で追うと、絶壁に沿って真円を作っている。〝ゲート〟と同じ雲の輪だ。
「ここが時空の出口なのか。まさか、二億年後も……」
「十中八九、二億年後もこの場所だろうね」と斉木。
「こんな閉鎖領域に数百万もの人が殺到したら……」と俺が問うと、能美が「地獄でしょうね」と答えた。
ヘッドライトが必要な時間になって、男女の子供を伴った女性二人のグループが合流した。
それから少し経って、金沢という若い男性がイヌを連れて戻ってきた。
金沢は「南の崖を登ってみました。南側の外は針山みたいな地形ですが、徒歩ならルートが開けます。水もあるようだし、かなり遠いようですが、草原も見えました」といった。
女性二人のグループは、三〇歳代中頃の女性が片倉、二〇歳代中頃のほうは納田と名乗る。
男の子と女の子は一二歳くらいで、ちーちゃんの話し相手をしてくれている。
片倉が「トンネルの周囲にあるクルマだけど、朽ちたシャーシも数えたら、五〇〇台以上あるかも……。
荷物を積んだまま放棄されたトラックもあった」
男の子が「戦車もあったよ!」と言った。
斉木が「貴方たちはどうする?」と俺に問うた。
俺は「仲間を待つ」と答えた。
横になっている相馬が「ざっと計算したんだけど、時空のトンネルを出ると時間は一〇〇〇倍になる」
全員が相馬を見る。
「俺たちは民間車では先頭にいた。斉木さんたちは俺たちの五台後方。
正確ではないが、五分後に〝ゲート〟に入ったはず。
俺たちが時空のトンネルを出てから、斉木さんたちが現れるまで、三日と一二時間。
五分は三〇〇秒、三日と一二時間は三〇万二四〇〇秒。
約一〇〇〇倍。
貴方の仲間は何台後だったんですか?」と俺に尋ねる。
「二台挟んだ後ろだった」
「では時間差は三分。
だから、三〇〇〇分。貴方の仲間が現れるのは五〇時間後ですね」
俺は「この時間の差。時間が一〇〇〇倍に増幅されるという現象は既知だったのか?」と相馬に尋ねてみた。
「いやぁ、誰も知らなかったのかもしれないし、知っていて知らせなかった可能性もありますね。
可能性としては後者のほうが強いかも。
余計な連中を二億年後に送り込めば、残った連中は生き残れる可能性が高まるから……。
この場所だって、こういった地形であることは、概略はつかんでいたんじゃないかと……」
俺は「俺たちは騙された?
時空を超えた〝ゲート〟の出口は、平坦な広い場所だと聞いていた」
「ここは、平坦で広い場所ですよ。周囲が切り立った崖であることを知らせなかったか、知らなかっただけでしょ。
そもそも、どれほどのセンシング能力があったのかも疑問だし……。周囲の地形までは探知できなかったのかもしれないし……。
ただ、どう考えたって、二億年後への移住は無謀でしょう」
斉木が「なるほどね。世界中の有力政治家やめんどくさい資本家たちを、そして産業界と結びついた一部の軍人たちを、一部の情報を秘匿して科学者たちが二億年後に追い払ったということか!
その策謀の犠牲になった善良な人たちはどうなるんだ!」と少しだが怒った。
相馬は「科学者たちも、全部を知っていたわけではないのでしょう。
実際に、移住した科学者もたくさんいたのですから……」と答えた。
翌日は日の出とともにトレッカーから軽トラを外し、軽トラの荷物を二トンダンプに積み替えて、周囲を探索できる態勢を整えた。
この軽トラは四輪駆動で、オフロードタイヤを装着しており、装輪車輌としては極めて高い走破性能を有している。
その日の午後は軽トラを使って、このクレーターから外に通じるトンネルに行き、周囲に乗り捨てられた車輌を点検した。
このクレーターの〝外壁〟部は、何かが溶解してできたか、あるいは結晶のような感じのものだ。凹凸はあるが、表面が滑らかで、黒光りしている。見た目と感触は黒曜石に似ているが、ガラス質ではないのでそれとは違う。クレーターは隕石の衝突痕だと考えていたが、高温で溶解した金属のミルククラウンが瞬時に凝固したような印象がある。おそらく、鍋底にあたる砂層の下も同じ物質でできているのではないかと思う。
この巨大鍋の材質は固そうだ。
奇妙で不思議な地形だ。
朽ちていない車輌は少なかった。アルミの外装を持つパネルバンらしき車輌もあったが、錆が浸透している。アルミは錆びにくい、また乾燥していることを考慮すると、数百年から一千年もの間、放置されたと推測できる。
原形をとどめている車輌のうち、古い時代のものは物資をすべて搬出した形跡がある。車体しか残っていないのだ。
一方、放置期間が最大で二年程度の修理可能と思える車輌は、多くが物資を積んだままだ。
この差は何を意味するのか?
車輌が遺棄された位置は、脱出トンネルから西に二〇〇メートル付近に集中している。我々もその付近にクルマを止めていた。つまり、鍋の真南から西に二〇〇メートル付近の絶壁直下だ。
修理ができそうな遺棄車輌にもグループがある。
スコーピオン軽戦車と二輌の四トントラック。
イギリス警察のハンバー・ピッグ装甲車二輌、ランドローバー・ウルフ四輪駆動車、四軸の一〇トントラック三輌。
小型パワーショベルと建設工事用ディーゼル発電機を積んだダンプローダートラック、三軸のタンクローリー、三軸の八トントラック二台。
この三グループだ。
この建機を積んだトラックグループが、たぶん一番新しい。カンでしかないが、半年前くらいか?
元の世界の時間ならば、俺たちよりも四時間ほど早く〝ゲート〟に進入したことになる。
トラックの積荷は、一輌は機械類、もう一輌は組み立て式のプレハブ小屋だ。
仕方なく担げる分だけ、持ち出したのだろう。
食料が乏しいこのグループのその後の苦難が、胸を締め付ける。
鍋の中には、砂が溜まっている。砂だけで、岩はおろか小石もない。細かな粒子の砂だけだ。砂の粒子が細かいので路面は締まっているが、四輪駆動車でなければ走行できない。
だから、整然と駐車しているのではなく、車輌はスタックしたその位置で放置されたようだ。
周囲に放置された死体はないが、トンネルの東側に古い埋葬の痕跡が数カ所ある。
トンネルには入らなかったが、貫通していることは確認した。全長は五メートルほどと短い。トンネル内部の壁面を観察すると、金属的印象が強くなる。
片倉チームは、この鍋の計測を始めた。東西と南北の距離を計測し、他に貫通抗がないかを探している。
俺たちは、この鍋底が標高二二〇〇メートルであること以外、何も知らないのだ。標高は高度計(気圧計)で計っていた。気温は日中で摂氏一〇度ほど。
その夜は〝どうやって外に出るか〟が最大のテーマだった。
俺たち三人には、車輌を放棄するという選択肢はなく、可能な限り「周囲を囲む絶壁を崩して、クルマとともに外に出る」ことを意思として伝えた。
不思議なことに、相馬・金沢チームを除く他の二チームも同じ考えで、一日でも早く外に出たい、というよりは、可能な限り冷静に考えよう、という姿勢だった。
相馬・金沢の両名は、もともと車輌をあてにしていなかったそうで、徒歩での移動を前提に装備を調えていた。
ただ、相馬が負傷したことから、回復するまで行動を共にしたいと申し入れがあった。
我々は互いの行動と判断を妨害しないことを条件に、基本的な協力関係を約束し合った。
この二年間は、集団を指揮しようとする人物との戦いでもあった。
少しグループが大きくなると、必ずそういうリーダー的思考の人物が登場する。そして、個々人や家族的集団の行動や判断を規制しようとし始め、最後は殺し合いになる。
だから、俺たちは常に六人だった。
基本的に、他の三グループも同じなのだろう。
トンネルは真南にあり、南側はマダガスカルのツィンギー・ド・ベマラのような剣山状の岩で覆われている。これは、金沢が絶壁の頂上から、納田がトンネルを抜けて確認した。
そして、剣山状岩帯の彼方には草原が広がっている。
金沢によれば、南西に山脈があり、山脈のさらに西には川が流れる平坦地が遠望できるという。東と北の様子はまったく不明。
明日は北の様子を探りに行く。金沢に金吾が同行し、車輌は軽トラを使う。同時に南北の距離を軽トラのオドメーターで計測する。
金沢は一八歳だというが、奇異なほど大人びていた。小学生の頃からフリークライムをやっていて、山登りには自信があるらしい。また、兵器にも一定の理解がある。
しかし、金沢と相馬は銃器は持っていないようだ。長尺のバッグに武器が入っているようだが、銃ではないと感じる。
金吾は沢登りの経験があるので、金沢のサポートに名乗り出たが、このチームがうまく機能するかは未知数だ。
片倉チームの納田も、ロッククライムの経験がある。彼女は東の崖をザイルとハーケンを使って登る。
今日中に、北と東の鍋の外の様子がわかるので、残りは西の崖の外側だけとなる。
斉木と能美のチームが西に向かうことになった。斉木たちは、ドローンを飛ばして壁外を観察するという。
俺は負傷している相馬共々、ちーちゃん、片倉の子ショウくん、納田の妹ユウナちゃんと留守番になった。ショウくんとユウナちゃんは一二歳だ。
当然、二人には幼さがあるが、この二年間を生き残るだけの分別と冷静さを兼ね備えている。ある意味、好奇心むき出しの子供らしさがない。
いや、好奇心は強いのだろうが、その感情をコントロールする術を知っている。ただ、ショウくんには衝動的な行動がある。少し心配だ。
ショウくんはスコーピオン軽戦車にご執心で、砲塔の上に登って遊んでいる。
ユウナちゃんは、ちーちゃんの相手をしてくれている。この子は頼りになる。
相馬は目眩があるようだが、歩けるようになっている。
俺たちがこの鍋の中に入ってから四九時間が過ぎたが、二号車はまだ現れない。城島由加がドジを踏むはずはないが、それでも心配だ。
俺はジッと待っていた。
二号車を待ちながら、スプリングフィールドM14バトルライフルの点検をしている。
自衛隊は、民間人が自衛隊の装備を持っていると、それを没収した。民間人は武器を持たないと、自分と家族を守れない。
自衛官に「武器を返せ」と命じられれば、それに従わなくてはならない。抵抗すれば撃たれるし、どう足掻いても彼らには戦闘で勝てない。
しかし、民間の猟銃、警察の拳銃、米軍の装備を持っていても、それを咎めることはしなかった。
俺たちは、比較的早い時期から武装していた。武器は、米軍と海上保安庁から調達した。海上保安庁からは、自動拳銃や64式小銃と89式小銃を手に入れ、米軍からは拳銃、M14バトルライフルや軽機関銃、手榴弾を仕入れていた。
そして、民間からはルガー・ミニ30半自動ライフルを手に入れていた。
威嚇目的で外部に見せていたのは、このミニ30だった。この銃ならば、自衛隊も黙認してくれる。
M14の必要性は現状では感じないが、俺の動物的本能からくる胸騒ぎがあった。
弾倉を取り付け、薬室には装填せず、安全装置をかけて、ダンプの運転席側シート上に置いた。
ショウくんはスコーピオン軽戦車の砲塔の上から、周囲を監視している。半分は遊んでいるのだろうが……。
ユウナちゃんとちーちゃんは、ダンプのすぐ近くで、砂の上に座って何やら話し込んでいる。相馬は、ダンプの運転席側前輪にもたれて座っている。
ダンプとスコーピオン軽戦車の距離は五〇メートルほど離れていて、ダンプに一番近い四トントラックは、ダンプとスコーピオンの中間あたりにあった。ダンプは鍋の南側壁面に向かって停止している。壁面までは三〇〇メートル以上ある。
ダンプは車体自体が重く、マッドタイヤでもこの砂地はうまく走れない。砂の吹きだまりを避けていたら、現在の駐車位置が最良であった。
俺は一番近い四トン二軸トラックを調べに行った。アルミパネルの荷台で、積み卸しは後部の観音ドアだけ。
ドアは解錠されたままで、運転席には簡単に上がれた。特に不審なものはなく、民間用トラックとしては、キャビンに一切のデコレーションがないことが少し気になった。
グローブボックスを開けると、ウエスに包まれたブローニング・ハイパワーがあった。
これは戦利品だ。弾倉を取り出し、スライドを引き、装弾を調べる。薬室に弾はなかったが、弾倉はフル装填だ。
シートの後ろの空間を覗くと、貧弱な無塗装の木箱が二つある。木蓋は釘止めしてある。
いったんダンプに戻り、大型のバールを持って四トン車に戻る。
木箱を開けると、中身は武器だった。
一つにはフィンランド製の屈折銃床型アサルトライフルが四挺入っていた。AK‐47のコピーで、七・六二×三九ミリ弾を使用する軍用銃だ。
もう一つの箱には、アメリカ製のM4カービンが四挺。こちらは、五・五六ミリNATO弾仕様だ。
キャビンに弾倉はなかった。
AK‐47を一挺持ってダンプに戻り、それを相馬に渡す。彼は、北欧製の軍用銃を珍しそうに触っている。
「弾は?」と聞かれ、「見つけていない」と答える。
相馬が立ち上がろうとするので、手を貸した。
弾倉を外したハイパワーを見せ、「これも見つけたよ」と言った。ハイパワーと弾倉を運転席のシート上に置く。
「クルマはどうでした?」と四トン車の状態を尋ねてきた。
「キーが付いている。動くとは思うが、この砂地では走れないね」
「荷は何でしょうね?」
「常識的には食料だろうが、どれだけの年数を経ているかわからないと、食えないだろう」
「えぇ、賞味期限がまったくあてになりませんからね」と、相馬が応じた。
言葉遣いが丁寧だ。
「相馬さんは、仕事は何だったの?」と尋ねてみた。
彼は誤魔化さなかった。
「大学の院生でした。後期が始まったばかりで、あれが起きたんです」
「学者さんの卵だったのか」
「いいえ、ほぼ就職浪人で……。物理なんて勉強しても、就職先に困りますね」と笑った。
相馬と金沢には、俺たちに対して壁がある。もちろん、俺たちも壁を作っている。だが、二人の壁は少し厚く感じる。
警戒心は重要だが、単純な警戒心ではなく、深く関わりたくない、という思いを感じる。
まだ、二号車が現れない。
表面上だけでも、平常心を保つことができなくなり始めている。
俺は心の中で、何度も「由加……」と呼んでいた。「由加!」と叫びたかった。もちろん、健太と珠月も心配だが、由加が無事なら二人も無事なのだ。
そんな心の内を晒すことなく、平然と四トントラックに戻った。
俺は平常心を失っていて、そこに油断があった。
ショウくんが軽戦車から飛び降りて、走ってくる。砂に足を取られて速くはないが、必死に足を前に出している。
俺は、どうしたんだろう、と漫然と彼を見ながら彼に向かって歩いて行く。
彼は私と出会うと、「向こうに何かいる!」と東の絶壁を指差した。
俺は危機感を持っていなかった。迂闊だった。
手をつないでゆっくりとダンプに戻ろうとする俺の手を振り払い、ショウくんがユウナちゃんに向かって走る。
ショウくんが大声で、「何かいる! クルマに乗って!」と叫んだ。
その瞬間、俺は覚醒し、ショウくんを追ってダンプへ走る。砂は走りにくく、おっさんの足は遅い。
相馬がハイパワーに弾倉を入れ、スライドを引く。そして、M14をシートから取り上げる。
ユウナちゃんがちーちゃんを運転席に押し上げ、ユウナちゃんが乗り込み、その後をショウくんが追う。
そしてドアを閉め、窓も閉め始める。
俺はやっとダンプにたどり着き、相馬からM14を受け取る。
東を見て、一瞬、相馬が呆然とする。
たぶん、俺の口は開いていたと思う。
俺たちに向かって、約二〇匹の二足歩行をする動物が走ってくる。
人間をはるかに超えるスピードで走り、一部は手には棍棒を持ち、それを振り上げている。
体毛はあまり濃くなく、頭部が禿頭で、顔は頬から顎にかけてたてがみ状の毛に覆われている。
長い牙をむきだして威嚇する個体もいる。顔はヒヒに似ている。
とても友好的な雰囲気ではない。
明らかに、俺たちは獲物と認識されている。
この動物は脱出トンネルから進入したようで、砂地の二〇〇メートルを一〇秒以下で、彼我の距離二〇メートルまで接近していた。
撃つ以外の選択肢はなかった。
俺よりも先に相馬が発射した。恐怖に駆られてという様子ではなく、両手で拳銃をホールドして、次々と命中させていく。
だが、二足歩行の動物は倒れない。軍用の九ミリパラベラム弾を胸部に食らっても、突進してくるのだ。
俺も、すぐに発射した。強力な七・六二ミリNATO弾は、その動物を辛うじて止めることができる。
二〇発の弾倉が空になり、銃床を棍棒代わりにしようと振り上げた瞬間、相馬が最後まで立っていた動物の頭を撃って突進を阻止した。
俺と相馬の対応が数秒遅れていたなら、この動物の棍棒が俺たちの頭上に打ち下ろされていた。
地面に倒れた動物を見ながら、俺と相馬は狼狽えていた。
ヒトなのかヒト以外の動物なのか、まったく理解できない不思議な生き物の死体をどうしたらいいのか、戸惑っていた。
そして、二〇キロ以上遠方の鍋の底の中心付近に、一直線の巨大な砂埃が起きた。車輌が現れたのだ。
一号車に遅れること五〇時間三〇分。
二号車が高速で砂地に飛び出してきたのだ。
離れた位置から車内を覗くと、若い男が二人と中型犬が一匹。逃げ出すことに必死の子連れ家族を想像していたが、意外であった。
二億年後に道はない。最低でもクロカン四駆でないと、役には立たないのだが……。
その次がダブルキャブの旧式ピックアップだ。運転席に若い女性が、後席には子供が二人座っている。助手席に女性が乗り込んだ。低床の軽トレーラーを牽引しているが、このグループも軽装備だ。
二列目は、積載量四トン以上のトラックが並ぶ。車軸は二軸だけではなく、三軸や四軸車も後方に控えている。車高を三メートル前後に押さえるためか、パネルトラックは少なく、平積荷台が多い。
一号車と二号車は、二輌の二トントラックを挟んでいる。一分間隔で〝ゲート〟に進入するので、三分の時間差がある。
予定時間を過ぎても〝ゲート〟が開かない。車列はぴくりと動かない。
ちーちゃんが一言も発せず、前方を凝視している。ちーちゃんは六歳になったばかり。俺たちと出会ったときは、まだ四歳だった。
金吾は窓から身を乗り出して、後方の二号車をしきりに気にしている。
俺は少しイラついていた。
三人とも平常心ではない。
軽装甲機動車が助走に入った。加速用の助走路は四〇〇メートルの直線で、この距離で時速六〇キロに達しなければならない。時速六〇キロで、直径五メートルの穴に飛び込むのだ。度胸が必要。
穴は煙草の煙で作る輪みたいなもので、圧迫感はないのだが、何ともいえない恐怖感がある。
前方の二トン車が動き出す。俺たちの二トンダンプも助走に入る。要求されている車間距離は五〇メートル。
前方の二トン車が〝ゲート〟に突っ込む。俺たちも突っ込んだ。
突入と同時に時空のトンネル内に右に向かう分岐が見えた。そこに突っ込む。
五秒が一瞬に感じた。時速六〇キロで飛び出した新世界の路面は、厚い砂で覆われていて、ハンドルに衝撃的な抵抗を感じ、横転しそうになった。
それでも、どうにか緩く減速しながら右に大きく旋回して進路を開け、停止した。後続する二号車に追突されることを避けるためだ。
心臓の鼓動が収まらない。窒息するような息苦しさも感じる。
周囲を観察する余裕はなく、ただ意味なく前方を凝視している。目には眼前の風景が映っているが、その意味を分析する余裕が脳にはない。
ちーちゃんがしくしく泣いている。
その小さな鳴き声で、我に返った。
ちーちゃんに「大丈夫?」と声をかける。
金吾がちーちゃんの頭を撫でる。
濃緑色単色迷彩のクルマが近付いてくる。
俺は咄嗟にM14バトルライフルを手にして、運転席から飛び降りる。
その濃緑色のクルマには見覚えがある。ドイツの軍用軽装甲車エノクだ。こんなクルマをどこで見つけたのかと、気になっていたので、よく覚えている。
俺たち一号車の八台前にいた。
エノクは二〇メートルほど離れて停止し、白髪交じりの大柄な男が下りてきた。
「大丈夫か?!」と大声で問うてきた。
俺は銃を下げた。
金吾がちーちゃんの下車を手伝っている。男は二〇メートルの距離を歩いてやって来た。手にはスコープ付きのレミントンM700が握られている。
「大丈夫か?」ともう一度問われた。
「あぁ……」と力なく答える。
「君たちは、一週間ぶりのお客さんだ」
「一週間ぶり?」
「あぁ、一週間だ」
「俺たちは、あんたのクルマの八輌後方にいたんだ。あんたがトンネルに入ってから、八分か一〇分か、それくらい後に入ったはずだ」
「その数分が、一週間になったようだよ」
男は「斉木五郎だ」と名乗った。
俺は「半田隼人。女の子は舞浜千早。若いのは須崎金吾」と紹介する。
「まだ、飛び出してくるクルマがあるかもしれないから、付いてきてくれ」と斉木と名乗る五〇歳ほどの男にいわれた。
俺たちは二号車を待ったが、夕暮れ間際までに現れなかった。
斉木のキャンプには、天井が潰れた赤い小型欧州車があった。
二五歳ほどの男が、地面に敷いた毛布の上に横たわっている。
「相馬くんだ。頭を打っているが心配はない。意識はしっかりしている」と斉木がいった。
四〇歳ほどの女性が「能美です」と名乗る。
俺は再度「半田隼人。女の子は舞浜千早。若いのは須崎金吾」と紹介した。
俺は「三人ですか?」と尋ねた。相馬という男には、もう一人若い男の相棒がいたはずだ。
斉木が答える。
「金沢さんは、徒歩で脱出ルートを探しに行った。
ほかに、もう一組いる」
俺は脱出ルートと聞いて、初めて周囲を観察する。
俺たちは、浅い丼鉢の底のような場所にいる。
丼鉢はほぼ真円で、周囲三六〇度が高さ二〇〇メートル以上の絶壁で囲まれている。隕石クレーターのようだ。
斉木は「この一週間でわかったことは、全周囲を切り立った絶壁で囲まれていて、脱出路が一つあるということだけだ」
俺は「脱出路?」と聞き返した。
斉木は「あぁ、」と言って、指差した。
朽ちかけたトラックが二〇〇台ほど放置されている。
「あそこに、人一人が這って通れるトンネルがある。ここからは出られるが、持ち出せる物資は大人一人で五〇キロが限度だね。
それと、ここには水がない」
金吾が「隼人さん」と言って、絶壁の上空を指差す。
雲が浮かんでいる。その雲を目で追うと、絶壁に沿って真円を作っている。〝ゲート〟と同じ雲の輪だ。
「ここが時空の出口なのか。まさか、二億年後も……」
「十中八九、二億年後もこの場所だろうね」と斉木。
「こんな閉鎖領域に数百万もの人が殺到したら……」と俺が問うと、能美が「地獄でしょうね」と答えた。
ヘッドライトが必要な時間になって、男女の子供を伴った女性二人のグループが合流した。
それから少し経って、金沢という若い男性がイヌを連れて戻ってきた。
金沢は「南の崖を登ってみました。南側の外は針山みたいな地形ですが、徒歩ならルートが開けます。水もあるようだし、かなり遠いようですが、草原も見えました」といった。
女性二人のグループは、三〇歳代中頃の女性が片倉、二〇歳代中頃のほうは納田と名乗る。
男の子と女の子は一二歳くらいで、ちーちゃんの話し相手をしてくれている。
片倉が「トンネルの周囲にあるクルマだけど、朽ちたシャーシも数えたら、五〇〇台以上あるかも……。
荷物を積んだまま放棄されたトラックもあった」
男の子が「戦車もあったよ!」と言った。
斉木が「貴方たちはどうする?」と俺に問うた。
俺は「仲間を待つ」と答えた。
横になっている相馬が「ざっと計算したんだけど、時空のトンネルを出ると時間は一〇〇〇倍になる」
全員が相馬を見る。
「俺たちは民間車では先頭にいた。斉木さんたちは俺たちの五台後方。
正確ではないが、五分後に〝ゲート〟に入ったはず。
俺たちが時空のトンネルを出てから、斉木さんたちが現れるまで、三日と一二時間。
五分は三〇〇秒、三日と一二時間は三〇万二四〇〇秒。
約一〇〇〇倍。
貴方の仲間は何台後だったんですか?」と俺に尋ねる。
「二台挟んだ後ろだった」
「では時間差は三分。
だから、三〇〇〇分。貴方の仲間が現れるのは五〇時間後ですね」
俺は「この時間の差。時間が一〇〇〇倍に増幅されるという現象は既知だったのか?」と相馬に尋ねてみた。
「いやぁ、誰も知らなかったのかもしれないし、知っていて知らせなかった可能性もありますね。
可能性としては後者のほうが強いかも。
余計な連中を二億年後に送り込めば、残った連中は生き残れる可能性が高まるから……。
この場所だって、こういった地形であることは、概略はつかんでいたんじゃないかと……」
俺は「俺たちは騙された?
時空を超えた〝ゲート〟の出口は、平坦な広い場所だと聞いていた」
「ここは、平坦で広い場所ですよ。周囲が切り立った崖であることを知らせなかったか、知らなかっただけでしょ。
そもそも、どれほどのセンシング能力があったのかも疑問だし……。周囲の地形までは探知できなかったのかもしれないし……。
ただ、どう考えたって、二億年後への移住は無謀でしょう」
斉木が「なるほどね。世界中の有力政治家やめんどくさい資本家たちを、そして産業界と結びついた一部の軍人たちを、一部の情報を秘匿して科学者たちが二億年後に追い払ったということか!
その策謀の犠牲になった善良な人たちはどうなるんだ!」と少しだが怒った。
相馬は「科学者たちも、全部を知っていたわけではないのでしょう。
実際に、移住した科学者もたくさんいたのですから……」と答えた。
翌日は日の出とともにトレッカーから軽トラを外し、軽トラの荷物を二トンダンプに積み替えて、周囲を探索できる態勢を整えた。
この軽トラは四輪駆動で、オフロードタイヤを装着しており、装輪車輌としては極めて高い走破性能を有している。
その日の午後は軽トラを使って、このクレーターから外に通じるトンネルに行き、周囲に乗り捨てられた車輌を点検した。
このクレーターの〝外壁〟部は、何かが溶解してできたか、あるいは結晶のような感じのものだ。凹凸はあるが、表面が滑らかで、黒光りしている。見た目と感触は黒曜石に似ているが、ガラス質ではないのでそれとは違う。クレーターは隕石の衝突痕だと考えていたが、高温で溶解した金属のミルククラウンが瞬時に凝固したような印象がある。おそらく、鍋底にあたる砂層の下も同じ物質でできているのではないかと思う。
この巨大鍋の材質は固そうだ。
奇妙で不思議な地形だ。
朽ちていない車輌は少なかった。アルミの外装を持つパネルバンらしき車輌もあったが、錆が浸透している。アルミは錆びにくい、また乾燥していることを考慮すると、数百年から一千年もの間、放置されたと推測できる。
原形をとどめている車輌のうち、古い時代のものは物資をすべて搬出した形跡がある。車体しか残っていないのだ。
一方、放置期間が最大で二年程度の修理可能と思える車輌は、多くが物資を積んだままだ。
この差は何を意味するのか?
車輌が遺棄された位置は、脱出トンネルから西に二〇〇メートル付近に集中している。我々もその付近にクルマを止めていた。つまり、鍋の真南から西に二〇〇メートル付近の絶壁直下だ。
修理ができそうな遺棄車輌にもグループがある。
スコーピオン軽戦車と二輌の四トントラック。
イギリス警察のハンバー・ピッグ装甲車二輌、ランドローバー・ウルフ四輪駆動車、四軸の一〇トントラック三輌。
小型パワーショベルと建設工事用ディーゼル発電機を積んだダンプローダートラック、三軸のタンクローリー、三軸の八トントラック二台。
この三グループだ。
この建機を積んだトラックグループが、たぶん一番新しい。カンでしかないが、半年前くらいか?
元の世界の時間ならば、俺たちよりも四時間ほど早く〝ゲート〟に進入したことになる。
トラックの積荷は、一輌は機械類、もう一輌は組み立て式のプレハブ小屋だ。
仕方なく担げる分だけ、持ち出したのだろう。
食料が乏しいこのグループのその後の苦難が、胸を締め付ける。
鍋の中には、砂が溜まっている。砂だけで、岩はおろか小石もない。細かな粒子の砂だけだ。砂の粒子が細かいので路面は締まっているが、四輪駆動車でなければ走行できない。
だから、整然と駐車しているのではなく、車輌はスタックしたその位置で放置されたようだ。
周囲に放置された死体はないが、トンネルの東側に古い埋葬の痕跡が数カ所ある。
トンネルには入らなかったが、貫通していることは確認した。全長は五メートルほどと短い。トンネル内部の壁面を観察すると、金属的印象が強くなる。
片倉チームは、この鍋の計測を始めた。東西と南北の距離を計測し、他に貫通抗がないかを探している。
俺たちは、この鍋底が標高二二〇〇メートルであること以外、何も知らないのだ。標高は高度計(気圧計)で計っていた。気温は日中で摂氏一〇度ほど。
その夜は〝どうやって外に出るか〟が最大のテーマだった。
俺たち三人には、車輌を放棄するという選択肢はなく、可能な限り「周囲を囲む絶壁を崩して、クルマとともに外に出る」ことを意思として伝えた。
不思議なことに、相馬・金沢チームを除く他の二チームも同じ考えで、一日でも早く外に出たい、というよりは、可能な限り冷静に考えよう、という姿勢だった。
相馬・金沢の両名は、もともと車輌をあてにしていなかったそうで、徒歩での移動を前提に装備を調えていた。
ただ、相馬が負傷したことから、回復するまで行動を共にしたいと申し入れがあった。
我々は互いの行動と判断を妨害しないことを条件に、基本的な協力関係を約束し合った。
この二年間は、集団を指揮しようとする人物との戦いでもあった。
少しグループが大きくなると、必ずそういうリーダー的思考の人物が登場する。そして、個々人や家族的集団の行動や判断を規制しようとし始め、最後は殺し合いになる。
だから、俺たちは常に六人だった。
基本的に、他の三グループも同じなのだろう。
トンネルは真南にあり、南側はマダガスカルのツィンギー・ド・ベマラのような剣山状の岩で覆われている。これは、金沢が絶壁の頂上から、納田がトンネルを抜けて確認した。
そして、剣山状岩帯の彼方には草原が広がっている。
金沢によれば、南西に山脈があり、山脈のさらに西には川が流れる平坦地が遠望できるという。東と北の様子はまったく不明。
明日は北の様子を探りに行く。金沢に金吾が同行し、車輌は軽トラを使う。同時に南北の距離を軽トラのオドメーターで計測する。
金沢は一八歳だというが、奇異なほど大人びていた。小学生の頃からフリークライムをやっていて、山登りには自信があるらしい。また、兵器にも一定の理解がある。
しかし、金沢と相馬は銃器は持っていないようだ。長尺のバッグに武器が入っているようだが、銃ではないと感じる。
金吾は沢登りの経験があるので、金沢のサポートに名乗り出たが、このチームがうまく機能するかは未知数だ。
片倉チームの納田も、ロッククライムの経験がある。彼女は東の崖をザイルとハーケンを使って登る。
今日中に、北と東の鍋の外の様子がわかるので、残りは西の崖の外側だけとなる。
斉木と能美のチームが西に向かうことになった。斉木たちは、ドローンを飛ばして壁外を観察するという。
俺は負傷している相馬共々、ちーちゃん、片倉の子ショウくん、納田の妹ユウナちゃんと留守番になった。ショウくんとユウナちゃんは一二歳だ。
当然、二人には幼さがあるが、この二年間を生き残るだけの分別と冷静さを兼ね備えている。ある意味、好奇心むき出しの子供らしさがない。
いや、好奇心は強いのだろうが、その感情をコントロールする術を知っている。ただ、ショウくんには衝動的な行動がある。少し心配だ。
ショウくんはスコーピオン軽戦車にご執心で、砲塔の上に登って遊んでいる。
ユウナちゃんは、ちーちゃんの相手をしてくれている。この子は頼りになる。
相馬は目眩があるようだが、歩けるようになっている。
俺たちがこの鍋の中に入ってから四九時間が過ぎたが、二号車はまだ現れない。城島由加がドジを踏むはずはないが、それでも心配だ。
俺はジッと待っていた。
二号車を待ちながら、スプリングフィールドM14バトルライフルの点検をしている。
自衛隊は、民間人が自衛隊の装備を持っていると、それを没収した。民間人は武器を持たないと、自分と家族を守れない。
自衛官に「武器を返せ」と命じられれば、それに従わなくてはならない。抵抗すれば撃たれるし、どう足掻いても彼らには戦闘で勝てない。
しかし、民間の猟銃、警察の拳銃、米軍の装備を持っていても、それを咎めることはしなかった。
俺たちは、比較的早い時期から武装していた。武器は、米軍と海上保安庁から調達した。海上保安庁からは、自動拳銃や64式小銃と89式小銃を手に入れ、米軍からは拳銃、M14バトルライフルや軽機関銃、手榴弾を仕入れていた。
そして、民間からはルガー・ミニ30半自動ライフルを手に入れていた。
威嚇目的で外部に見せていたのは、このミニ30だった。この銃ならば、自衛隊も黙認してくれる。
M14の必要性は現状では感じないが、俺の動物的本能からくる胸騒ぎがあった。
弾倉を取り付け、薬室には装填せず、安全装置をかけて、ダンプの運転席側シート上に置いた。
ショウくんはスコーピオン軽戦車の砲塔の上から、周囲を監視している。半分は遊んでいるのだろうが……。
ユウナちゃんとちーちゃんは、ダンプのすぐ近くで、砂の上に座って何やら話し込んでいる。相馬は、ダンプの運転席側前輪にもたれて座っている。
ダンプとスコーピオン軽戦車の距離は五〇メートルほど離れていて、ダンプに一番近い四トントラックは、ダンプとスコーピオンの中間あたりにあった。ダンプは鍋の南側壁面に向かって停止している。壁面までは三〇〇メートル以上ある。
ダンプは車体自体が重く、マッドタイヤでもこの砂地はうまく走れない。砂の吹きだまりを避けていたら、現在の駐車位置が最良であった。
俺は一番近い四トン二軸トラックを調べに行った。アルミパネルの荷台で、積み卸しは後部の観音ドアだけ。
ドアは解錠されたままで、運転席には簡単に上がれた。特に不審なものはなく、民間用トラックとしては、キャビンに一切のデコレーションがないことが少し気になった。
グローブボックスを開けると、ウエスに包まれたブローニング・ハイパワーがあった。
これは戦利品だ。弾倉を取り出し、スライドを引き、装弾を調べる。薬室に弾はなかったが、弾倉はフル装填だ。
シートの後ろの空間を覗くと、貧弱な無塗装の木箱が二つある。木蓋は釘止めしてある。
いったんダンプに戻り、大型のバールを持って四トン車に戻る。
木箱を開けると、中身は武器だった。
一つにはフィンランド製の屈折銃床型アサルトライフルが四挺入っていた。AK‐47のコピーで、七・六二×三九ミリ弾を使用する軍用銃だ。
もう一つの箱には、アメリカ製のM4カービンが四挺。こちらは、五・五六ミリNATO弾仕様だ。
キャビンに弾倉はなかった。
AK‐47を一挺持ってダンプに戻り、それを相馬に渡す。彼は、北欧製の軍用銃を珍しそうに触っている。
「弾は?」と聞かれ、「見つけていない」と答える。
相馬が立ち上がろうとするので、手を貸した。
弾倉を外したハイパワーを見せ、「これも見つけたよ」と言った。ハイパワーと弾倉を運転席のシート上に置く。
「クルマはどうでした?」と四トン車の状態を尋ねてきた。
「キーが付いている。動くとは思うが、この砂地では走れないね」
「荷は何でしょうね?」
「常識的には食料だろうが、どれだけの年数を経ているかわからないと、食えないだろう」
「えぇ、賞味期限がまったくあてになりませんからね」と、相馬が応じた。
言葉遣いが丁寧だ。
「相馬さんは、仕事は何だったの?」と尋ねてみた。
彼は誤魔化さなかった。
「大学の院生でした。後期が始まったばかりで、あれが起きたんです」
「学者さんの卵だったのか」
「いいえ、ほぼ就職浪人で……。物理なんて勉強しても、就職先に困りますね」と笑った。
相馬と金沢には、俺たちに対して壁がある。もちろん、俺たちも壁を作っている。だが、二人の壁は少し厚く感じる。
警戒心は重要だが、単純な警戒心ではなく、深く関わりたくない、という思いを感じる。
まだ、二号車が現れない。
表面上だけでも、平常心を保つことができなくなり始めている。
俺は心の中で、何度も「由加……」と呼んでいた。「由加!」と叫びたかった。もちろん、健太と珠月も心配だが、由加が無事なら二人も無事なのだ。
そんな心の内を晒すことなく、平然と四トントラックに戻った。
俺は平常心を失っていて、そこに油断があった。
ショウくんが軽戦車から飛び降りて、走ってくる。砂に足を取られて速くはないが、必死に足を前に出している。
俺は、どうしたんだろう、と漫然と彼を見ながら彼に向かって歩いて行く。
彼は私と出会うと、「向こうに何かいる!」と東の絶壁を指差した。
俺は危機感を持っていなかった。迂闊だった。
手をつないでゆっくりとダンプに戻ろうとする俺の手を振り払い、ショウくんがユウナちゃんに向かって走る。
ショウくんが大声で、「何かいる! クルマに乗って!」と叫んだ。
その瞬間、俺は覚醒し、ショウくんを追ってダンプへ走る。砂は走りにくく、おっさんの足は遅い。
相馬がハイパワーに弾倉を入れ、スライドを引く。そして、M14をシートから取り上げる。
ユウナちゃんがちーちゃんを運転席に押し上げ、ユウナちゃんが乗り込み、その後をショウくんが追う。
そしてドアを閉め、窓も閉め始める。
俺はやっとダンプにたどり着き、相馬からM14を受け取る。
東を見て、一瞬、相馬が呆然とする。
たぶん、俺の口は開いていたと思う。
俺たちに向かって、約二〇匹の二足歩行をする動物が走ってくる。
人間をはるかに超えるスピードで走り、一部は手には棍棒を持ち、それを振り上げている。
体毛はあまり濃くなく、頭部が禿頭で、顔は頬から顎にかけてたてがみ状の毛に覆われている。
長い牙をむきだして威嚇する個体もいる。顔はヒヒに似ている。
とても友好的な雰囲気ではない。
明らかに、俺たちは獲物と認識されている。
この動物は脱出トンネルから進入したようで、砂地の二〇〇メートルを一〇秒以下で、彼我の距離二〇メートルまで接近していた。
撃つ以外の選択肢はなかった。
俺よりも先に相馬が発射した。恐怖に駆られてという様子ではなく、両手で拳銃をホールドして、次々と命中させていく。
だが、二足歩行の動物は倒れない。軍用の九ミリパラベラム弾を胸部に食らっても、突進してくるのだ。
俺も、すぐに発射した。強力な七・六二ミリNATO弾は、その動物を辛うじて止めることができる。
二〇発の弾倉が空になり、銃床を棍棒代わりにしようと振り上げた瞬間、相馬が最後まで立っていた動物の頭を撃って突進を阻止した。
俺と相馬の対応が数秒遅れていたなら、この動物の棍棒が俺たちの頭上に打ち下ろされていた。
地面に倒れた動物を見ながら、俺と相馬は狼狽えていた。
ヒトなのかヒト以外の動物なのか、まったく理解できない不思議な生き物の死体をどうしたらいいのか、戸惑っていた。
そして、二〇キロ以上遠方の鍋の底の中心付近に、一直線の巨大な砂埃が起きた。車輌が現れたのだ。
一号車に遅れること五〇時間三〇分。
二号車が高速で砂地に飛び出してきたのだ。
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