200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第1章

第三話 襲撃

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 相馬が助手席に座り、ちーちゃんを膝に載せ、ショウくんが中央席に座り、助手席と中央席の間にユウナちゃんが座った。
 大人二人と子供三人をキャビンに押し込んだ二トンダンプは、砂埃の先端を目指して進む。
 派手に舞い上がる砂埃で、現れた車輌側もこちらを視認しているはずだ。

 現れた車輌が俺たちに向かって走ってくる。間違いなく二号車だ。
 ちーちゃんが「ママ、ママ!」と叫んでいる。
 鍋の底は砂が敷き詰められた平坦な地形だ。小石さえ見つけることは希だ。
 時速六〇キロ以上で飛び出しても、車輪を砂にとられるか、極端な制動をかけない限り、横転などの事故を引き起こす危険は少ない。特に鍋底の中心付近は、砂が締まっていて固いので、鍋肌付近よりは走りやすい。

 銃声が鍋肌に反響し、北、東、西に向かった全チームに確実に届いているはずだ。
 登坂中の金吾・金沢チームと片倉・納田チームは簡単には戻れないだろうが、作戦を中止したはずだ。
 だが、同時に、二号車の出現と一号車が移動したことも確認できたはずだ。
 それでも、子供を残している片倉と納田の二人は、心配しているだろう。

 由加が二号車の運転席から下り、微笑んだ。ちーちゃんが走り寄り、由加にしがみついた。
 由加がちーちゃんを抱きしめながら、「どうしたの? バイバイしてから五分も経っていないでしょ」と優しくいった。
 俺は、「もう、五〇時間三〇分も待ってたんだ。トンネルを潜ると、時間は一〇〇〇倍になるらしい。
 三分差は五〇時間の差になる」
「どういうこと?」
 珠月がケンちゃんを抱いて、助手席から下りてきた。
「その人、誰?」と相馬を警戒する。
「相馬さんだ。この鍋の底で出会った。他にもいる。ここからの脱出路を探しに行っている」
 ちーちゃんが「怖かったよ! 怖い人が攻めてきたの」と由加に訴える。
「怖い人?」
 由加の顔色が変わる。
「いや、ヒトに似た動物だ。ヒトではなく、肉食性の二足歩行する動物だ」
「ナニ? ソレ」と珠月が気味悪いといった表情をする。
「凄い突進力だ。危うく殺られるところだった」
 由加がちーちゃんに、「もう大丈夫。ママがいるからね」と宥める。
 由加が「隼人さん、少しやつれた?」と尋ねたので、俺は「あぁ、この二日間、気が気じゃなかったよ」と答えた。
 由加は、いつもの感情に乏しい表情で笑った。
 俺は由加に抱きつきたかったが、どうにかその行動は思いとどまった。

 西に砂埃が舞い上がっている。斉木と能美のチームがこちらに向かって来る。

 俺たちは、鍋底に中心から一〇キロほど北寄りに居場所を変えた。
 太陽が十分に高いうちに金吾・金沢チームが戻り、二時間ほど遅れて片倉・納田チームが合流した。
 納田は登坂の途中だったが、銃声がした際に双眼鏡で、一部始終を観察していたそうだ。当事者である俺たちよりも冷静で、動物の数は二二、二頭が脱出トンネルに引き返し、俺たちが鍋底の中心に向かった直後、三〇頭ほどが現れて死体を回収したという。
 遠方から見ていると、一定の社会性があるように見えたそうだが、俺たちにはオオカミやライオンの群ほどの社会性さえ感じられなかった。単に集団で攻撃してきたようにしか思えない。
 納田は、その後も登坂を続けて、鍋縁に達し、東側の様子を映像に撮影して持ち帰っていた。
 片倉は当初、相当に心配していたが、納田が再登坂に入ると、事態は悪い方向に向かっていないと察したそうだ。
 この二人には、かなり強い信頼関係があるようだ。

 検討資料として十分ではないが、三組とも映像を持ち帰っていた。
 北は灌木がまばらに点在する草原地帯で、風景としてはタンザニアのセレンゲティ国立公園に似ている。
 遠目だが、シカの仲間らしい動物やネコ科の肉食獣と思われる姿もある。
 金沢は、我々が遭遇した二足歩行動物と同一なのかは疑問だが、ヒトのような姿の生き物を目撃したという。
 それは納田も目撃していて、彼女はその動物と目が合って威嚇されたそうだ。鍋肌外側を登ろうとする様子を見せたという。高い跳躍力がある、と説明する。
 東側は大きな岩が密集する岩場で、高木がなく乾燥しているようだ。車輌が行動できる地形ではない。
 西側は北と南を山脈に囲まれた細長い地形で、北の山脈側は灌木が多い草原、南の山脈側は森林、草原と森林の間に川が流れている。また、川の周囲は広範囲な湿地を形成している可能性が高い。
 ドローンを鍋縁から外に出すと、電波が届かなくなる可能性が高いので、高所から見た不確実な情報だが、鍋の外側直近に水があることは事実だ。
 また、西側の鍋肌近くは砂が深いそうだ。

 我々一四人にとって、現在最も不足しているのは水だ。俺たち六人は六〇リットルしか携行していなかった。他のグループも大差ないだろう。
 西側に移動し水を確保。また、西側から脱出する方法を検討することで、衆議は決まった。
 この日の日没までに、西側鍋肌直近まで移動した。

 四つのグループは、互いに干渉しなかった。相互に利益があれば、協力して行動するが、ことさら〝一体化〟しようとはしない。
 夕食は、それぞれが携帯する食料を、それぞれの都合で準備し、簡単に済ませた。
 由加が車載冷蔵庫の冷たいジュースを片倉に渡すと、使い捨ての紙コップ二つに七分ほど注ぎ、それを二人の子供に与えた。
 食料の融通はこれだけだった。

 動物については、見解が分かれた。ヒトに近いのではないかとする納田と斉木、社会性の乏しい肉食獣だとする俺と相馬だ。
 死体の回収については、納田は救助を主張し、相馬は宗教性のないカニバリズムの可能性を指摘した。
 ただ、襲われたことは事実なので、防衛策を話し合う必要では一致した。

 想像していたとおり、相馬・金沢チームは銃器を保有していない。正確にはS&Wミリタリーアンドポリスを一挺ずつ持っている。警察の旧式リボルバー六連発拳銃だ。
 それ以外は、日本刀とボウガン。日本刀は柄が炭素繊維強化プラスチック製で、柄と刀身は目釘でなく二本のボルトとナットで留められている。刀身は伝統的な鍛造ではなく、耐久性と耐腐食性に優れた工業刀だという。
 銃は弾薬がつきれば使えないが、ボウガンなら矢を製造できるので、選んだという。拳銃は、泥棒・強盗の撃退用だったそうだ。
 二人は、撤退なしの徹底的なサバイバルを選んでいた。

 斉木・能美グループは、ボルトアクションのライフルとポンプ式ショットガンを持っていた。

 片倉・納田グループは、64式小銃と旧式のボルトアクションライフルを持っている。

 俺たちは、武器を一定数持っていたが、その全体はいわなかった。M14バトルライフル四挺は見せた。四挺とも銃床は樹脂製ではあるが、伝統的な曲銃床タイプで、スコープが取り付けられる。
 なお、俺たちは、64式小銃、89式小銃、ミニミ軽機関銃、FN MAG汎用機関銃も装備している。これだけではないが……。

 明日は夜明けとともに、納田、金沢、金吾による鍋外調査を行う。
 また、使える物資の捜索に、俺と由加が車輌の集まっている場所に向かう。できれば、脱出トンネルを一時的に塞ぎたい。それができれば、あの動物の襲撃を恐れなくていい。

 由加は万一の場合を考えて、七・六二ミリ汎用機関銃を用意し、珠月に預けた。俺たちがベルト給弾式の機関銃を持ち出すと、他のグループはかなり驚いていた。
 こんな物騒な武器を持っている民間グループはいないし、入手の方法がないからだ。
 斉木が「自衛隊の機関銃ですか?」と俺に尋ねたので、俺は「在日米軍からの拝借品です」と答えた。

 ワン太郎は鍋外調査に連れて行ってもらえない。今日は、子供たちと留守番だ。
 鍋外調査のバックアップには、斉木と能美があたる。
 片倉と相馬は、一時的に滞在できるよう、キャンプを設営する担当となった。

 俺と由加は、軽トラに乗ってスコーピオン軽戦車のある場所に向かった。
 軽トラを降り、銃を構えて周囲の安全を調べる。砂にドス黒い血痕の跡が大量に残っているが、死体はない。納田の説明通り、仲間が回収したようだ。もし、そうならば、やはり高度な社会性があるのだろうか?
 棍棒を振り上げる姿は、ヒトとも動物とも思えない、異様な雰囲気だった。高い知能があるようにも思えない。
 安全を確認し、車体側面上部に小さな赤十字のマークがあるオリーブドラブに塗装された四輪駆動のバンを調べる。
 バンのフロントウインドウには装甲ハッチが取り付けられていて、救急車というよりは装甲車のようだ。
 車輪の上部まで砂に埋まっていて、後部の扉を開けるには砂を排除する必要がある。
 俺がスコップで車体後部を掘り、マフラーを露出させた。砂は簡単にすくえるので、掘ることは簡単だが、すぐ崩れて掘った穴を埋めるので手間がかかる。砂が水のように振る舞う。
 バンの後部ドアを開ける。
 車内には誰も乗っておらず、救急車にしては医療関係の設備がまったくない。ベッドなのかベンチなのか微妙な座面幅の折り畳みシートがある。
 だが、役に立ちそうなものもあった。
 無線だ。強力な車載デジタル無線機とトランシーバーが一〇個ある。トランシーバーの充電器が二〇個あるので、一〇個はこの車輌の持ち主たちが持っていったのだろう。
 トランシーバーは完全に放電してはおらず、スイッチはONになる。
 由加が「クルマごと持っていこう」といい、俺が「掘り出すのは大変だぞ」と応じた。
 由加が笑った。俺は掘り出す算段を始めた。
 由加に「あの戦車で牽引すれば、一気に引っ張り出せる」というと、彼女は「いい考え!」と同意した。
 軽戦車まで軽トラで移動し、軽戦車の砲塔ハッチを開ける。
 腐った空気のような匂いが、一瞬、ハッチから噴きだしたが、それだけだった。
 車内は無人で、異常は感じない。俺が砲塔に潜り込もうとすると、由加はもう一つの砲塔ハッチを開けるように指示し、彼女は車体前部左側の操縦手ハッチに向かう。
 俺は砲塔のハッチを開け、軽戦車から降りた。由加は操縦手ハッチから操縦席に入り、何か操作をしている。
 そして、数十秒後にエンジンを始動させた。
 俺が軽戦車から離れると、無線を積んだ救急車に向かう。俺はその後を軽トラで追った。

 救急車の牽き出しで一番手間取ったのが、牽引ロープだった。
 救急車の後部には牽引フックがあり、軽戦車の車体前後にも牽引フックがある。
 だが、牽引ロープがどこにもない。軽トラで探し回り、ミニショベルにしてはかなりの大型を積んだダンプローダートラックの荷台から牽引ワイヤーを拝借した。
 この捜し物には、結構な時間を要した。

 救急車の車内に入り、ハンドブレーキを解除し、救急車の車体後部のフックと軽戦車の車体後部フックを牽引ワイヤーでつなぎ、ゆっくりと軽装甲車を前進させると、簡単に引き出せた。救急車の牽き出しは、数分で終わった。
 他の車輌の荷をチェックしたが、四トントラック二台に戦争ができるほどの弾薬が積まれていた。旧ソ連が開発したRPG‐7対戦車ロケットまであった。
 未来に行こうとしていた連中は、こんなものまで送り込もうとしていたようだ。誰と戦うつもりだったのか?
 理解に苦しむが、そういう性を持った連中なのだろう。
 タンクローリーがあり、どうも燃料を満載したままらしい。大量の小麦を積んだ四軸のパネルトラックもあった。
 救急車のセルモーターは回転せず、牽きがけも考えたが、俺が「面倒だから、牽引していこう」というと、由加は「牽引するほうが面倒よ」と笑った。そのとおり、牽引するのは由加で、俺は軽トラの運転手だ。
 だが、約二五キロの距離を一直線で走れば、キャンプまで大過なくたどり着けるはずだ。
 軽戦車は、救急車を低速で牽引し始める。

 軽戦車の登場を一番喜んだのは、ショウくんだった。砲塔に乗り、しばらくの間はご満悦だったが、「動かして!」とせがみすぎて片倉に怒られてしまい、ちょっとかわいそうだった。
 俺と相馬は、現代の車輌とは思えない無骨な救急車の修理を始めたが、単にバッテリーがあがっているだけのようだ。
 由加に、軽戦車で牽きがけをしてもらった。ショウくんが軽戦車に「乗りたい!」とせがんで、また怒られ、本格的にかわいそうになってきた。
 救急車のエンジンが始動すると、トランシーバーへの充電も始まった。
 思っていたとおりだ。
 由加が「この状況なら、無線は必要だよね」というと、片倉が「絶対に必要ね」と答えていた。

 俺たちは、軽戦車と救急車は必要としていなかった。だが、無線は必要だ。
 二号車と斉木・能美のクルマには無線があったが、各自が携帯できるトランシーバーはなかった。
 携帯電話がないこの世界において、トランシーバーは必携の機材であった。

 キャンプの位置は、日没が早い。西側の鍋肌に太陽が隠れると、一気に暗くなる。一六時には太陽が没してしまう。
 鍋外調査隊は、日没の直前に戻ってきた。
三人は相当に疲れていて、能美が薬を与えている。能美が納田に薬を与えようとすると、納田は薬瓶を確認してから飲んだ。
 どうも、納田には医薬品に対する知識があるように感じさせる仕草だった。
 三人は途切れ途切れに話をしようとしたが、それを押しとどめて、少し休ませた。
 三人は鍋の外の水を、二リットルのペットボトルに入れて、持ち帰っていた。
 きれいな水だ。湧水だそうだ。

 夕食は温かい素麺だった。片倉が提供してくれたのだが、食欲の出ないこの状況では最高のご馳走だ。薬味は、由加がチューブ入り山葵を、能美が七味唐辛子を提供したので、本当にうまかった。
 俺はちーちゃんが遠慮せずに食べてくれるか、を心配しながら隣に座っていた。

 鍋の外の様子は、納田が代表して説明してくれた。
「北と南にあまり高くない山脈が東西に連なっていて、南北に狭く、東西に長い長楕円の盆地のような地形です。私たちが下りた地点は、北の山脈に近い東の端にあたります。
 北と南の山脈は、鍋の縁から見る限り、鍋の最大幅を超えないと思います。四五キロから五〇キロくらい。
 この鍋は東西南北は、どちらも五〇キロくらいの真円ですから、南北の距離は間違いないと思います。
 でも、東西の距離はわかりません。でも、五〇キロ以上はあるでしょう。一〇〇キロから二〇〇キロあるかもしれません。
 ドローンが撮影したとおり、南側は森、北側は湿気の多い草原、中央に川があって周囲は湿原でした。
 移動するならば、北の山脈に沿って西に向かうのがいいかなと。
 森は落葉樹だと思います。ですから、ここは寒い場所ではないかと。シラカバが多いので、そう感じただけかもしれません。
 水は豊富です。中央の川は東から西に流れていて、南北の山脈から小川が流れ込んでいます。
 それと、湧水もあります。水には困りません。
 でも、出口は見つかりませんでした」
「いいですか?」と金沢が手を上げた。
 誰も発言を制止しない。
「この巨大鍋は、砂山に調理用のボールを押し込んだような状態になっています。
 鍋は砂山に深くめり込んでいて、砂山から鍋の天辺までは二〇〇メートルくらいです。
 ここからが本題なんですが、砂山はほぼ正確な円錐形なのに、一カ所だけ奇妙な窪みがあったんです。
 何というか、いい加減に埋め戻したような……」
「あぁ、あそこ?
 確かに不自然な凹み方だったけど、草が生えていたから、人の手が加わったとはいい切れないと思う」と金吾が応じた。
「そこは、私は気付かなかった」と納田が受けた。
「どんな感じ?」と由加が尋ねた。
 金吾が「幅三メートル、深さ五〇センチから一メートルで、一直線……」
 斉木が「巨木が倒れていて、それが朽ちた跡とか?」
 納田が「ないですね。直径三メートルの幹の巨木は見なかったので……。抱きつけるほどの木はないです」
「地下に通路があったとしても、掘れないでしょう。三人以外は外と内を行き来できないだろうし……」と相馬。
 由加が「内側から掘ったら?
 内側は砂地で掘りやすいし、パワーショベルもあるし……。
 動けばだけど、戦車と救急車も動いたから、動くでしょ」
 斉木が「バケット付きの農業トラクターを持っている。
 仮にパワーショベルが動かなくても、ここの柔らかい砂地ならば何とかなる」と応じた。
 農業トラクターには、斉木と能美を除く全員が驚いた。
 俺が「何でトラクターを?」と尋ねると、彼は「新天地で農業をしようと思っただけだよ」
 珠月が「農家だったんですか?」と尋ねると、「実家は農家でね。若い頃は農業試験所で働いていて、火山が噴火するまでは大学の教員だった」
 俺が「農学の先生ということですか?」と確認すると、斉木は「まぁね」と答えた。

 相馬と金沢は採集狩猟での生存を目指し、斉木と能美は開墾して食糧の自給生産を計画している。
 何と、変わった人たちなんだ。

 俺は事のついでに片倉と納田に尋ねてみようとしたが、納田に機先を制された。
「能美さんはお医者様?」
 能美が狼狽えた。
「なぜ?」
「私が服用を拒んだとき、ただのビタミン剤を飲ませるだけなのに、口調が有無をいわせぬ迫力があったから……」
「引退して、専業主婦をしていましたが、産科の医師でした。
 貴女も医療関係者?」
「看護師を二年。その後、短い間でしたが消防で救急救命士をしていました」
 俺を含めて、少し驚いていた。内心、医師に看護師と聞いて、この状況で有利不利を天秤にかけてしまっていた。
 ちーちゃんが、俺の袖を引いて、小首をかしげた。
 俺が「能美のおばちゃんは、お医者さんなんだって」と教えると、ちーちゃんが「じゃぁ、お腹が痛くなっても大丈夫だね」と小声でいった。
 闇が迫り、発電機を動かして、工事現場用LEDライトを点灯した。
 砂しかないこの鍋の中では、焚き火もできない。
 太陽の恩恵が消えつつあり、気温が下がり始めている。
 夜明けまで二人ずつ歩哨に立ち、それぞれの車輌で就寝することになった。我々は、珠月、俺、由加、金吾の順で歩哨に立つ。ペアとなるもう一人の歩哨は、別のグループから出してもらう。
 車輌を失っている相馬と金沢は、回収してきた救急車内で寝ることになった。
 今夜は新月、暗夜だ。

 夜明け前、すでに数人が活動している。歩哨は金吾と金沢だが、金吾と異なり金沢は歩哨の役にはなってない。彼の目はキャンプの外に向いてなく、キャンプの内側を気にしていた。
 俺は砂で手を洗った。乾燥した砂は、手に付いた油をきれいに削ぎ取った。
 いつもの朝と同様に、M14を点検し、M59自動拳銃の弾倉と安全装置を確認し、ホルスターに戻した。
 昨夜は、金吾と珠月は個人用テントで、由加と子供たちはダブルキャブで、俺はダンプのキャビンで寝た。
 由加は俺よりも先に起き、すでに朝食の支度を始めている。珠月はテントの中で身支度中のようだ。
 太陽が東の鍋の縁から昇ってくる。実に奇妙な風景だ。

 旭日が鍋の内側全体に行き渡ろうとしたとき、金吾が「敵襲!」と怒鳴った。
 続いて「二時の方向、距離二〇〇!」と絶叫。
 それまでに、俺、由加、珠月は弾帯を着け、銃を手にして二時の方向、つまり鍋の西側から南の方向を観察していた。
 現れた!
 例の二足歩行の動物だ。一〇〇頭以上いる。半数が棍棒を持っている。一部が左翼に展開する様子を見せる。
 俺は金吾の右隣にいたが、由加が「私と金吾は中央から右翼、隼人さんと珠月は中央から左翼!」と命じたので、俺は珠月の左隣、つまり最左翼に移動した。
 由加が「距離一〇〇まで引きつける!」と命じる。
 ケンちゃんが二号車から降りようとするが、それをちーっちゃんが押しとどめる。
 俺たち以外は右往左往している。歩哨だった金沢も、ここにはいない。
 斉木が俺の左横に来たが、ボルトの操作に手間取っている。
 二足歩行の動物の走る速度は、最速の人間の二倍以上。瞬く間に距離が詰まる。
 由加が「テ!」と叫んだ。
 由加の汎用機関銃から銃弾が吐き出され、俺と金吾、そして珠月も発射した。
 弾幕は、確実に二足歩行の動物を倒していく、全弾撃ちつくしてもまだ突進してくる。弾倉を交換する余裕がない。
 俺は自動拳銃を抜いた。珠月も拳銃を抜いた。金吾も拳銃を発射している。
 由加が汎用機関銃の発射をやめると、俺たちもほぼ同時にやめた。
 珠月が拳銃の弾倉を交換する。その完了を待って、俺も拳銃の弾倉を換える。
「珠月、金吾は援護!」と由加が指示し、俺と由加が拳銃を構えて、倒した二足歩行動物に向かう。
 俺と由加が近付くと、二頭が立ち上がった。それを金吾と珠月が狙撃する。
 金吾の動物発見から射撃終了まで、三〇秒ほどの出来事だった。
 一〇〇頭すべてを倒したのではなく、半分以上は逃げたようだ。
 負傷した仲間の首筋に噛みつき、とどめを刺して咥えて戻る個体が多かった。
 やはり、共食いの習性があるようだ。こちらを威嚇しながら、結構な数の仲間を回収していく。確実に仕留めるためなのか、必ず首筋に噛みつく。
 残された死体は三二。

 俺たちを除いた全員が呆然としている。相馬が拳銃を構えて、キャンプの周囲を見回っているが、それ以外は立っているか、座っているか、あるいは薬缶を手にしている。銃を手にしたのは、斉木と相馬の二人だけだ。
 俺たちも二年前まで、彼らと同じだった。だが、由加に特訓されて、どうにか身を守る術を覚えた。

 俺たちが戻り、由加が「移動しましょう」と金吾と珠月にいうと、他のグループも一斉にキャンプをたたみ始める。
 俺は「あの動物を調べる。前回は調べ損なったからね」と由加に告げると、由加は「調べても、脅威はなくならない」といった。
 その通りだ。だが、脅威の本質は知っておきたい。
 金吾が「一緒に行く」と申し出たが、俺は由加を手伝うように指示した。
 キャンプの撤収は五分とかからなかった。全員が怯えていた。この得体の知れない動物に由加も怯えていた。
 鍋縁に沿って、二〇キロほど北に向かう。中心からは北西のあたりだ。
 その位置の外側に掘削跡らしい窪みがある。

 全車が発車すると、軽トラと斉木が残った。
彼は「手伝いましょう」といった。
 俺は彼の勇気に感謝した。
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