200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第1章

第四話 物資確保

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 俺と斉木が移動したキャンプに到着すると、全員が俺たち二人を凝視している。
 何も説明しないという選択肢はなかった。「体長一五〇センチ、死体は全部オスの成体。頭部はヒトよりもヒヒに似ている。上顎犬歯が発達していて、七センチ程度ある。口を閉じると、上顎犬歯が下顎から出てしまう。
 頭部以外はヒトと大きく変わらない」
 片倉が「人間なの?」と震える声で尋ねた。俺は、誰もがこれを知りたいのだと思った。
「霊長目の動物であることは疑いない。
 ヒト科動物であることも確実だろう」
 ヒトと聞いて、能美が口を押さえる。片倉の目から涙が一筋落ちる。
「だが、ヒト属ではないだろう。
 オランウータンやチンパンジーもヒト科動物だが、あの動物はそれよりはヒトに近いだろうが、ヒト亜族であってもヒトではない。
 アウストラロピテクスよりも近縁だとは思えない」
 能美が「アウストラロピテクスって、猿人のこと?
 人間の祖先なんでしょ」と怯えた声で質問した。
 俺は「ヒト、つまり、現生人類であるホモ・サピエンスは初期のアウストラロピテクスのあるグループを祖先とするか、近縁種から進化したことは確か。
 だが、アウストラロピテクスは、ヒト属ではなくアウストラロピテクス属の動物だ。
 分類上は、種のレベルより上位の属のレベルで異なる生物なんだ。
 だから、あの動物は生物として、ヒトではない」
 ショウくんが、「キバが長かった!」といった。ユウナちゃんが、「吸血鬼ドラキュラみたい!」と応じる。
 俺はこの二人の援護に感謝した。
「学名を付けるなら、ドラキュロピテクスだな」と二人にいった。
 ショウくんが「恐竜の名前みたい」と喜ぶ。
 この瞬間、大人たちの表情が変わる。ヒトじゃないと認識し始めたのだ。
 相馬が、「そのドラキュロだけど、人間から別の動物に進化したとして、ドラキュロ以外のヒトに近い生き物がいる可能性は?」と核心を突いてきた。
 俺は、「あるだろうね。人類二五〇万年の進化史上、生物としてのヒトが一属一種だったのは、一万年から二万年しかないのだから……」と基本的なことを説明する。
 相馬が、「僕は、人類は一〇〇万年後には子孫を含めて、確実に系統が絶えている、と予測してたんですが、外れちゃいましたね。
 キンちゃん、ごめん」と隣にいる金沢にいった。
 金沢が口角を上げる。
 斉木が、「でも、ホモ・サピエンスはもういないよ。
 どんな生物にしても、ヒトのような文明を築くような、生物はいないだろう」と自説を述べた。
 由加が、「でも、隼人さんは以前、文明を築く可能性がある人類は他にもいた、といっていたよね」と小さな声で尋ねる。
 俺は過去の余計な発言を、一瞬悔いた。
「確かにね。ホモ・ネアンデルタールレンシスには可能性があっただろうね。
 実際に文明を築いたのは、ホモ・サピエンスだけど、その期間は一万年はない。地球規模の文明に至ったのは、数百年間だけ。
 他のヒトが文明を築いたとしても、その期間は短い。
 この時代にやって来た我々が、文明に遭遇する可能性は低いだろう」
 斉木が同調する。
「確かにね。だから、二億年後を避けたのだし……。私と能美さんは……だけど……」
 その点は、俺たちも同じだ。争いごとは、もうたくさんだ。
 相馬が、いいにくそうに斉木の言葉を引き継いだ。
「ドラキュロからは離れるけど……。
 僕たちは五秒走って、この世界にやって来ました。
 政府・自衛隊の最終的な説明では、時速六〇キロ以上で走行すること。時速六〇キロ以上ならば一二分間の走行で二億年後に到達できる、と説明されました。
 距離ではなく、時間なんだと思います。
 七二〇秒で二億年後とすれば、一秒あたり二七万七七七八年。
 五秒間で一三八万八八九〇年後となります。
 おそらく、皆さんも同じ計算をしたのだと、思うんです。
 でも、実際の走行時間は分岐に入ってからも一秒か二秒程度走ったので、五・五秒から最大で七・五秒くらいになります。
 だとすれば、一五〇万年から二〇〇万年後の地球のどこかにやって来たのでしょう。
 確認の方法はありませんが……。
 そして、時空トンネル進入時の時間誤差は、時空トンネル進出時では一〇〇〇倍になることは実測でわかっています。
 時空トンネルの最初の利用は、一年二カ月前。本格化は一年前。
 一年前に、二〇〇万年後にやって来た人たちがいたとしても、すでに一千年を経過しています。彼らは死に絶えています。出会う可能性はゼロです。
 一カ月に換算すれば八三年。生まれたばかりの赤ん坊でない限り、一カ月前にやって来た人たちにも出会わないでしょう。
 だから、人間同士の争いに巻き込まれる可能性は、心配いらないでしょう」
 珠月が、「それは二億年後に向かった人たちにもいえること?」と質問した。
 相馬が答える。
「わからないけど……。
 可能性でしかないけど、五秒経過で一年が一〇〇〇年になるのならば、七二〇秒経過なら一年が一四万四〇〇〇年になる……。
 この一年間で二億年後に移住した人たちがどれだけいたのかわからないけど、一四万四〇〇年もの時間に少しずつばらまかれた可能性はあるかも……」
 片倉が相馬に質問する。
「その確率は?」
「わからない……。ただの可能性ですよ」
 片倉は、「直感で悪いけど、その確率は九九・九九パーセントね」と断言した。
 納田が発言する。少し落ち着いている。
「この鍋は砂が堆積している面で、東西五〇キロ、南北五〇キロのほぼ真円。面積は約一九〇〇平方キロで、東京都よりも少し狭い程度。だから、無理をすれば一〇〇〇万人くらいは詰め込めるけど、仮に一〇〇〇万人が二億年後に行けたとしても、平均すれば一年に七〇人。いまの私たちと同じか、それ以上に過酷ね」

 現実を分析し、不可視を可視に変換すれば、人間は恐怖から逃れられる。
 そうすれば戦える。

 納田、金沢、金吾の三人が鍋肌の登坂準備を始め、斉木と能美が農業トラクターの組み立て準備に入る。
 トラクターには、車体前面にホイールローダーのバケットと同じものが、車体後部には耕作用のユニットが装備されている。ユニットは他にもあるようだ。
 前輪と後輪が外され、転倒事故防止用のロールバーも外されている。時空トンネル進入時の高さ制限を満たすためだろう。後輪はゴム製の履帯、クローラーだ。ほぼ新品状態。
 全員が、これなら何とかなりそう、との雰囲気になっていく。
 準備に忙しい中、片倉が全員に質問した。
「トンネルが見つかるかどうかはわからないけど、大量の砂を掘り出さなくてはいけないの。
 それには燃料が必要。皆さん、手持ちの燃料は?」
 由加が、「私たちは軽油八〇〇リットルを持っている。ドラム缶で四本」と答えた。
 片倉は、「他の方たちは、多くても携行缶五本程度でしょ?
 土木工事をするには、それでは足りない。この先のこともあるし……」
 正論だ。片倉が続ける。
「南のトンネルの近くにタンクローリーがあったでしょ。
 あれを持ってこれないかな」
 由加が、「戦車で牽引できると思う」と応じる。
 片倉が、「あの~。城島さんは軍人さん?」と尋ねた。全員が由加を見る。
「元自衛官。陸上自衛隊にいた。噴火したときには退職していた」
 斉木が「階級は?」と質問を重ねた。
「一尉。昔風にいえば大尉」
 斉木が、「貴方もですか?」と俺を見る。「いいえ。彼女に鍛えられた、元IT企業の営業です」と答えた。
 斉木は「それにしては、生物の進化に詳しい」と疑問を呈する。
「大学で古生物学をやってました。専門は第三紀の哺乳類です」
「道理で……」と斉木が頷く。
 片倉が、「私に銃の使い方を教えてくれませんか? 子供たちを守りたい」と、由加に問う。
 由加は微笑んで、その願いに応じた。

 考えてみれば、この状況になると、燃料が不足、弾薬が不足、そして水も不足だ。
 実際、斉木と能美は食料をほとんど持っていない。
 彼らが持っていたのは、大量の種芋、大量の小麦の種子、そして大量の野菜の種子だ。
 実質的な食料は三週間分が最大だろう。

 となれば、食糧も不足。さらに、夜間は気温が摂氏五度まで下がる。衣類や寝具も欲しい。

 片倉は、さらなる提案をした。
「この砂地を掘るには、本来ならばいろいろな機材が必要です。
 でも、ここにある物資は限られています。
 この条件で、事故なく工事をするには、使えるものは何でも利用しないと……。
 半田さんのクルマは、ダンプですよね。
 荷台の荷物を降ろして、ダンプとして使わせてもらえませんか?」
 俺は一瞬考えた。
「車輪が砂に埋まり、自由には動けない」
 由加が、「予定を変えて、ダンプに履帯を付けたら?」
 片倉が由加を見る。
「リタイ?」
 由加が答える。
「キャタピラのこと。クローラーとも呼ばれるけど。
 ダンプは四駆なので、四輪に履帯を取り付ければ、深い砂地でも走れると思う。
 私たちは、そのクローラーを持っているの。本当は、ダブルキャブのトラックに着けるつもりだったのだけど……」
 俺は考えがまとまっていなかった。しかし、結論を出したかった。
「ダンプに履帯を付けよう。
 まず、ダンプと戦車で、南にあるトラックを二輌牽引してくる。
 これから履帯を装着すれば、午前中に戻ってこれる。
 一輌はタンクローリー、もう一輌はパワーショベルを積んだトラック。
 あの動物は、一定の知能はあるだろう。俺たちが二度三度と同じ行動をとれば、そのパターンを覚えてしまう。
 それでは危険だ。
 昨夜は新月、今夜も暗夜だろう。
 深夜になってから、もう一度、二輌を牽引してくる。
 一輌は食料を積んだ大型車。もう一輌は弾薬を積んだトラック。
 あの動物は、ほぼ確実に夜行性ではない。夜の方が安全だと思う。
 どう?」
 斉木が賛成し、全員が同調した。

 ダンプの荷を降ろす作業は、特に難しくはなかった。ドラム缶を除けば、重量二〇キロ前後に納めた梱包だ。多くは食料で、内容物込みで重さ二〇〇キロを超える二個のドラム缶は、寝かせて転がし、後ろアオリを下げて、蹴落とした。地面には厚く砂を盛って、緩衝材にした。
 トラクターのタイヤ取り付けは、斉木に片倉と相馬が協力。
 ダンプのタイヤ交換は、俺と由加の二人で始めた。
 第二回の鍋外調査は、内側の支援に能美、頂上である鍋縁に納田、鍋外に金吾と金沢が下りる。この五人はトランシーバーを持っていく。
 ユウナちゃんに、ちーちゃんとケンちゃんの世話を頼んだ。ショウくんは、救急車の屋根の上で、周囲を監視する。ショウくんは、異常を発見したらホイッスルを吹く。

 ダンプのタイヤを履帯に交換するには、車体をジャッキで持ち上げ、ハブと履帯の間にアタッチメントを取り付ける。取り付け自体は簡単で、バブボルトにアタッチメントを付けてナットで固定し、アタッチメントに履帯を取り付ける。
 タイヤは重いし、履帯はもっと重いが、大変なのはそれだけだ。
 ダンプの準備は、午前八時には整っていた。
 トラクターは車体をリフトしなければ車輪を装着できないが、四駆車から切り離した低床トレーラー上で油圧ジャッキを使って強引に取り付けている。

 タンクローリーと弾薬を積んだ四トントラックの回収には、俺と由加、そして斉木と片倉がトラック側のキャビンに乗る。
 珠月と相馬は、護衛兼歩哨で残ることになった。

 現在のキャンプから、南の車輌が集まっている場所まで、直線で四〇キロ以上ある。だが、走行テストをしたところ、履帯を付けたダンプは時速四〇キロ程度で走れた。
 地形は平坦で、砂地であることを考慮しても、戦車とダンプならばスタックせずに一時間強で行き着ける。
 戦車には由加一人が乗り、ダンプに俺、斉木、片倉が乗った。
 道すがらの世間話で、片倉は住宅が主の建築士だとわかった。土木は専門でないが、宅地の造成にも関わることがあるので、少しは経験があるという。
 少なくとも、誰よりも専門家だ。
 俺はこの件に関して、彼女の指示に従うと決めた。

 タンクローリーは一番西にあり、ミニショベルを積んだ荷台が地面までスライドするダンプローダートラックは、タンクローリーから東に一〇メートル離れている。
 どちらも鍋肌に向かって止められていて、車輪の半分まで砂に埋まっている。バンパーの高さまでは埋まっていない。
 五〇〇メートルほどの距離で停止し、双眼鏡でこの二台の周囲を観察する。
 一〇〇メートルほど東にドラキュロが数頭いる。
 連中もこちらを視認している。

 トランシーバーで由加を呼び出す。
「戦車で、タンクローリーを引っ張り出せるか?」
「この玩具みたいな戦車で?
 それは無理。少なくとも後輪は掘り出さないと」
 斉木が、「私たちがタイヤの周りを掘るので、護衛してください」というと、片倉も同意した。
 斉木は、「穴掘りは得意なんですよ。職業柄ね」というと、片倉も「斉木先生とは商売違いですけど、私も穴掘りは慣れています」と引きつった笑い顔を見せた。
 俺は由加に、「タンクローリーに近付く。俺が下りて、ローリーの周囲を調べ、その後、斉木先生と片倉さんが穴掘りを始める」とトランシーバーで伝えた。
 由加は、「了解した」とだけ返した。

 俺は、タンクローリーの周囲をダンプで一周し、直近にドラキュロがいないことを確認。タンクローリーの右隣にダンプを止める。
 M14を構えて車外に出、斉木も下りて、タンクローリーのドアを開けて乗り込んだ。
 そして窓を開け、「右ハンドル車だ。キーもある」と教えた。
 彼はハンドブレーキが上がっていることを確認して、運転席を下り、ドアを閉める。
 斉木と片倉が右後輪の周囲の砂をかき出す。特に車輪後方を重点的に。
 五分ほどスコップを動かして、右前輪後方の砂もかき出す。
 問題は左で、車体左側は東に面している。つまり、ドラキュロから見えるのだ。
 俺は、二人をダンプに乗せ、ダンプごとローリーの車体左側後部車輪付近に移動する。
 まず俺が降り、右側ドアから二人も降りる。前輪一軸、後輪二軸。
 砂が柔らかいので掘ることは簡単だが、すぐに砂が崩れてくる。
 軽戦車が前進でタンクローリーの後部に近付く。
 ダンプの荷台から牽引ワイヤーを引き摺り降ろし、それをタンクローリーの後部牽引フックと軽戦車の前部牽引フックにつなぐ。
 斉木が助手席側からキャビンに入り、ハンドブレーキを下げる。
 軽戦車がゆっくりと後進しようとしても、タンクローリーは動かない。車体と積荷の重量を合わせれば二〇トン以上あるはず。
 それを、一〇トンもない軽戦車で引っ張り出そうというのだ。
 ドラキュロが我々を威嚇し始めた。
 時間がない。
 俺はダンプの荷台から牽引ロープ代わりのタイヤチェーンを降ろし、それをタンクローリーのバンパーに巻き付けた。
 そして、ダンプをタンクローリーの後部に移動し、ダンプの車体前部牽引フックにタイヤチェーンをつないで、チェーンが張るまで後進した。
 軽戦車が車体の右、ダンプが左から牽引する。
 斉木と片倉は、スコップを持ったままタンクローリーのキャビンに乗った。
 ドラキュロが盛んに威嚇し、五頭ほどが集まっている。攻撃まで、残り数分だろう。
 軽戦車の操縦席は車体の左側なので、俺の眼下に由加がいる。
 由加がゆっくりと後進し、俺も後進を始めた。
 今度はタンクローリーが動く。
 そのまま五〇〇メートルほど後進を続けて、停止する。
 ドラキュロとの間隔は開いたが、この動物の身体能力は驚異的だ。五〇〇メートルを三〇秒で走っても不思議じゃない。
 俺は少し前進してから運転席を飛び降りて、まず軽戦車とタンクローリーをつなぐ牽引ワイヤーを外そうとする。
 由加が少し前進して、張りを緩める。
 牽引ワイヤーを引き摺って、車体の前に出ると、数頭のドラキュロがにじり寄ってくる。
 まだ、距離がある。
 タンクローリーの前方に出た軽戦車の後部牽引フックとタンクローリーの前部牽引フックをつなぐ。
 ダンプに戻り、タイヤチェーンを外して、それを荷台に放り込む。そして、キャビンに乗った。
 その瞬間、助手席側の窓にドラキュロが激突した。慌ててドアをロックし、無線で由加に「ミニショベルは諦めよう」といった。
「そうしましょう。私、ハッチ閉めちゃった」と自虐的な声音を出した。
 トランシーバーを持たない、タンクローリーの斉木と片倉には、事情がわからないだろうが、まぁこの状況なら誰でも逃げ帰る。

 タンクローリーは時速一〇キロほどの低速で、ゆっくりと牽引され、五時間もかかってキャンプに戻った。
 トランシーバーで状況を知らせていたので、過剰な心配はさせなかったが、それでも今回の作戦は失敗であった。
 安直に考えすぎたし、ドラキュロの脅威を過小評価していた。

 キャンプでは、鍋外調査班が戻っていた。彼らは、鍋外の掘削跡と思われる場所と、鍋内の位置の同期を完了させていた。
 彼らは、鍋外で動物を目撃したという。カリブーのような枝分かれした角を持つ動物をクマが襲おうとし、そこにトラが現れたという。
 それを金吾が映像に残していた。
 周囲の風景と比較すると、三頭とも化け物のような大きさだ。クマは推定一トン、トラは体重五〇〇キロ以上。カリブーは金吾によれば、「ゾウ並にでかい」そうだ。
 金吾と金沢は、クマとトラの巨獣対決に気圧されて、本人たちの言によれば「逃げ帰った」
 片倉が由加に「あの猛獣を鉄砲で殺せますか?」と尋ねた。由加は冗談のつもりで、「戦車砲ならば……」と答えた。
 不安に思う片倉を安心させるつもりだったのだろうが、片倉は武器の必要性を過大に感じたようだ。

 タンクローリーは、キャンプの近くで牽きがけに挑み、五回目のトライでエンジンが動いた。
 俺たちは、十分に必要な燃料を確保した。

 夜の回収に備えようと、準備を始めると、由加が反対した。
「少人数での回収は危険が多すぎる。燃料は確保できたのだから、もう少し様子を見たらどう?
 脱出路、見つからない可能性だってあるのだから……」
 俺はこんな弱気な由加を見たのは、初めてだった。彼女は心底、怯えていた。
 俺は、「わかった」とだけ答えた。
 俺には最大重量級のタンクローリーが牽引できたので、他の車輌への手応えがあったし、ドラキュロの習性にも、つけいる隙があるように感じていた。

 由加や片倉は、ドラキュロを刺激すると、襲ってくるのではないか、と考えているようだ。だから、消極的になる。だが、ドラキュロはこの時代において、おそらく食物連鎖の頂点にいる。
 襲いたいと思えば襲ってくるし、自分たち以外の動物に対して優位であることを本能的に自覚している。
 そこで、斉木の意見を求めに彼のクルマに出向いた。
 俺の顔を見るなり、斉木は「図々しい頼みなんだが、これとその銃を交換してくれないか?」とウィンチェスターM70ボルトアクションライフルを見せた。
「スコープも付けるよ」といった。
 俺は、「そのことなんですが、どう思います。ドラキュロのこと」と切り出した。
「昼行性は確かだろうが、夜間も行動できるだろうね。霊長類だからね。
 必要があれば、夜の襲撃もするだろう。
 何とかしないとね」
「脱出路はあると思いますか」
「なければ、希望もなくなるよ」
「うちの城島が、夜間の車輌の確保に反対しています」
「それは私も反対だ」
「なぜです?」
「我々ヒトも、昼行性の動物だからね」
「確かに」
「明日、全員で一気に何台か回収できないかな」と斉木がいった。
 俺たち二人が話し込んでいると、金沢がやって来た。
「武器なしで、役立たずですみません」と金沢がいった。
 俺は「そんなことはない。君がいなければ、外のことはわからなかった」と本心を告げた。
 しかし、彼は「斉木さんのドローンでも必要なことはわかります。
 それよりも、あのハンバー・ピッグは凄いですね」と返した。
 俺と斉木は顔を見合わせ、同時に「ハンバー・ピッグ?」と尋ね返した。
「あの救急車ですよ。
 一九九〇年代まで使われていたイギリスの重装甲車なんですが、シャーシとボディを除いて、ほぼ新造ですね。
 エンジンは日本製の六気筒ターボディーゼル二四〇馬力。トランスミッションはイギリス製だと思います。
 4WDでパワーがありますよ」
 俺が「重さは?」と尋ねると、金沢は「原型は七トンか八トンです。あのスコーピオン並みですよ。戦車は重そうですが、車体はアルミなんで軽いんです」と説明する。
 俺が「君は、そういうことに詳しいの?」と尋ねると、彼は「こんなことを知っていても、基本、役に立たないんですけどね。
 あと、斉木先生のそれ、エノクでしょ。ドイツの軽装甲車の?」と尋ねる。
 斉木が頷く。
 ダンプは車重が三トンに達しない。救急車が八トンもあるなら、ダンプと軽戦車に重装甲車を加えて、計三台の車輌が牽引できる。とりあえず五キロほど北に移動できれば、ドラキュロの脅威は下がる。そこで、長距離牽引の準備をすればいい。

 日没前、周囲を監視しながら、全員で会議が行われた。

 俺と斉木の計画とは別に、納田と相馬が別案を提示した。納田と相馬は、真南の狭い脱出トンネルの封鎖を主張した。
 相馬は、「今夜、トラクターと戦車であの穴を砂で埋めてしまえば、ドラキュロの出入口をふさげますよ」
 斉木が「トラクターでは、脱出口まで二時間か三時間かかる」というと、納田が「それならば、いま出発しましょう」と主張する。
 由加が「穴を埋めても、壁を登ってくるんじゃ……」と不安を口にする。
 金沢は、「できるでしょうね。あの動物ならば。でも、外側のオーバーハングはかなりきついから、棍棒は持ってこれませんよ」と。
 片倉が「誰が残って、誰が行くの?」と尋ねると、珠月が、「全員で行って、全員で帰ってこようよ」といった。
 それから、俺と斉木の計画を説明し、最低でも三台を回収する計画となった。
 参加する車輌は、軽戦車、重装甲車、ダンプ、そして斉木と能美のエノク軽装甲車だ。
 穴は人力で埋める。
 エノクの後部座席から荷物が運び出され、そこに子供四人が乗り込んだ。

 深夜、斉木が運転する軽装甲車を先頭に、一列縦隊で南を目指す。
 そして包囲するように脱出トンネルに近付き、周囲にドラキュロがいないことを確認してから、穴埋め作業に入る。
 トンネルは外側に傾斜していて、砂が流れ出る。これは予想していた。
 片倉が工事用のガラ入れ袋に砂を詰め、それを俺と斉木で穴の内側奥に積んでいく。
 六袋放り込んでから、砂を流し込むと埋まり始めた。

 その後は周囲を警戒しつつ、車輌の確保に取りかかる。
 まず、パワーショベルを積んだダンプローダートラック。車輪の周囲の砂を取り除いて、重装甲車で引っ張る。
 次にもう一台の重装甲車の救急車だ。これも成功。
 続いて、弾薬を積んだ四トンパネルトラック。これも成功。しかも、セルモーターを回したら、エンジンが始動した。
 試しにもう一台も引き出し、エンジンをかける。これも始動。
 暗夜の中で、救急車仕様重装甲車の牽きがけが試みられる。軽戦車でかなりの距離を引っ張って、ようやく始動。
 食料を積んだ一〇トンパネルトラックの牽引を試みるが、軽戦車とダンプを直列につないでも、動かない。履帯が空転してしまう。 これは諦めた。だが、由加と片倉は積荷を諦めなかった。
 一〇トンパネルトラックのリアゲートを開け、その真後ろに四トンパネルトラックのゲートを開けて接近停止させて、手渡しで四トン車に積み替えた。
 四トン車にはスペースがあり、運び出せる限界まで、肉体労働を決行した。
 その間、能美と納田はもう一台の一〇トン車から医薬品の確保で、同じように四トンパネルトラックを使った。
 この作業は、夜明けを迎えても延々と続いた。
 そして、四トン車二台と新規入手の重装甲車は自走。ダンプローダートラックは軽戦車で牽引。

 そして、全員が無事にキャンプに戻った。
 全員ヘトヘトだ。子供四人はよく寝ている。
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