200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第1章

第一二話 無線

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 俺たち三人と随行者二人が、キャンプに戻ると、大騒ぎになっていた。

 建設用単管パイプ造りの天幕一つが解体され、高さ一〇メートルの柱が二本立てられていた。自立できないため、ロープやワイヤー、ザイルが総動員されて柱を支えている。
 二本の柱は二五メートル離れていて、その間に銅線が張られている。
 短波無線の送受信用空中線だ。
 ディーノは、わずかな物資から短波受信機を作り上げていた。ベースは車載のAM・FM受信機で、これを短波受信機に改造していた。

 この手製の無線受信機が、モールス信号をスピーカーから流れ出させていた。
 短波は電離層に跳ね返されて、地上の遠方まで届く。衛星通信が主流になるまでは、地平線を越える遠距離通信の主力であった。

 無線を使用する以上、二点間に誰かがいる。
 短波は電離層に跳ね返されるのだから、宇宙への通信には使えない。だから、地上と宇宙との交信ではない。
 短距離や移動通信ならば、VHF(超短波)を使うはず。短波を使い、しかもモールス信号を使うということは、データ通信や音声通信が使用できるほどの環境ではないということでもある。
 通信は頻繁で、信号とノイズの比、S/N比がプラス、つまりノイズが低いもの、マイナス、つまりノイズが多いものなど、数種類があるようだ。
 S/N比がマイナスの通信があることは、我々の位置から相当な遠距離にある二点間、数千キロレベルの距離間で交信していることを示している。
 ディーノは、中央平原と呼ばれる地には無線通信はなく、狼煙やランタンの光で符丁を知らせる程度、と説明していて、それは俺たちも経験的に知っていた。
 ディーノは、数年前から短波信号を受信しており、一定の文化・文明を有する地域が存在すると考えていた。
 ただ、ディーノ自身はモールス信号を解さず、また送信機を製作する生活上の余裕がなかったことから、この成果を生かせずにいた。
 モールス信号は、由加が少しだけ解せた。受信したアルファベットの羅列から、何かの名前を二つ拾っていた。
 イラクリオンとジブラルタル。
 ジブラルタルは地中海西部のヨーロッパとアフリカを隔てる海峡、またはヨーロッパ側の地名。それなれば、イラクリオンも地名である可能性が強い。二〇〇万年前、クレタ東北部にそういう街があった、とクレタ島に観光で訪れたことのある能美が説明していた。
 それをちーちゃん管理の地図帳で確認し、キャンプ内は大騒ぎになっていたのだ。
 俺たちがモンブラン山を確認して戻れば、ジブラルタルまでは直線で一四〇〇キロ、イラクリオンまでは一八〇〇キロだ。

 どうにもならない距離ではない。

 しかし、通信内容の詳細が、不明であった。期待と不安が入り交じる、奇妙な興奮状態にキャンプは支配されていた。

 そして、俺たちが連れ帰った二人に対しては、身の上話の確認、つまり事情聴取をしなければならない。

 モールス信号は、金吾が解した。水産関係の高校に通っていたことと、アマチュア無線が趣味だったことから、積極的に学んでいたようだ。アマチュア無線でも、純粋に趣味でモールス信号を使う人たちは多いらしい。
 短波無線の受信は、ディーノと金吾の担当となり、その電文の解析が進められた。

 ベルタとアビーに対する尋問は、由加と能美の担当となった。
 二人は個別に聴取され、ほとんどの点で一致したが、異なる点もあった。
 ベルタはアビーを「わがままな子」と評し、アビーはベルタを「嫌な女」といい切った。二人が互いを嫌っていることは事実なようだ。

 ベルタはスウェーデン出身で、同国陸軍の一等軍曹だった。一等軍曹は、同国陸軍では最も階級の低い将校だ。年齢は三〇歳。自動車の運転免許証とパスポートを持っていた。
 その他の持ち物は、若干の食料と衣類や寝具、そして二挺のスウェーデン製Ak4自動小銃とFNブローニング・ハイパワーDA自動拳銃一挺だ。
 そして、ナイフの刃を鉄パイプにボルトで留めた手製の槍。銃は二種とも弾切れで、用を為さない。
 この世界の時間で三年前に〝ゲート〟から出て、鍋からの脱出で物資の大半と車輌を放棄していた。
 夫と子供を伴い、グループは車輌五、総勢二一人。壁を越えて四日間は何事もなかったが、五日目にドラキュロの襲撃を受ける。
 このとき、グループは半減し、彼女の夫と娘も犠牲になった。その二日後にも襲撃を受け、生存者は五人になる。一年前には、ベルタとアビーの二人になった。
 補給は、五年前の移住者、つまりディーノのグループが持ち込んだ大量の物資に頼っていた。彼女たちのクルマ、装甲を施されたジープ・ラングラーも五年前の移住者のものだった。
 このクルマは、五人に減じた直後に手に入れ、その頃は修理をした上で動いていた。しかし、半年前から不動となった、という。劣化・変質した軽油を使用したことが、故障の原因らしい。
 以後は、雨よけと夜間のねぐらとして使っていた。
 北の峠から異動しなかった理由は、鬼神族や精霊族を頻繁に目撃したことにあるらしい。彼らのヒトに似て非なる特徴が、恐怖を感じさせたようだ。
 それと、少人数ならば十分すぎるほどの物資があったこと。
 二人の栄養状態はよく、健康に異常はない。衣服も清潔で、傷みも少ない。しかし、靴だけはボロボロだった。
 衣服や寝具は五年前の移住者が残した放棄車輌から回収できたが、靴は履き主がドラキュロに連れ去られてしまうので、ないのだ。

 由加と能美の心証は、ベルタは頼りになりそう、アビーはよくわからない、だった。
 当面、ベルタとアビーは斉木の菜園を手伝うことになった。
 働かざる者、食うべからず、だ。
 また、二人の居住用テントは分けられた。

 俺たちが出発する直前、保護を求めてやって来た中央平原西部域の難民だという二人、兄のトゥーレ、妹アマリネは、斉木の菜園で働いていた。
 二人は真摯に働き、他のメンバーの信頼を得始めていた。

 俺たちが出発した直後、デリング一家の捕虜の一人が女の子を連れて、銃を持ち徒歩で戻ってきた。男の名はイサイアス。女の子はネミッサ。二人は恋人同士らしいが、強引に外周防御柵と内側土塁との間に野営地を設けて、キャンプを始めた。
 最初は二人の行動の理由がわからなかったが、どうも守っていてくれているらしい。
 女の子が「襲撃があるの」と、ルサリィに漏らしていた。ルサリィは、東の村ネイと中央の街カーダングの誰かが、我々への襲撃を企んでいるのではないか、と推測している。襲撃の理由は、我々が白魔族向けの〝商品〟をかくまっていること。そして、車輌その他の物資だ。
 襲撃があるのなら、土塁の外側は危険。無法者としての銃撃戦に長けたイサイアスはともかく、我々とは無関係なネミッサの安全までは脅かせない。
 結局、由加と片倉の働きかけで、二人は土塁の内側にアメリカの先住民の住居に似た円錐形のテントを移した。
 ネミッサだが、ルサリィの見立てでは、おっとりとした外見とは異なり、腕は立つらしい。

 俺たちが持ち帰った三輌の車輌は、徹底的な整備、清掃、調査が行われた。
 ムンゴ装甲トラックは、兵員輸送型の後部兵員室から単純にシートを撤去して、荷台に改造したものらしい。荷台の上部は解放されているが、キャビンは密閉式で一定の防御性能がある。
 ムンゴ装甲ワゴンは、完全密閉式のキャビンを持ち、内部の造作はリムジン並み。バーカウンターのグラス類はすべて割れていたが、酒瓶はほとんどが無事だった。
 バーカウンターの撤去と、不要パーツの取り外しが始まっている。車内内張にクッションが使われていて、日常での使用上一定の安全性がある。
 装甲を施されたジープ・ラングラーは、エンジンが始動しない。燃料を抜き、バッテリーを交換し、慎重な整備が続けられている。

 北方から持ち帰った物資は、多岐にわたっている。リチウム・イオンバッテリーは、見つければ必ず取り外してきたし、無線も回収している。その他、例の金貨。
 武器も若干だがあった。M16アサルトライフルや短機関銃が若干数、それとスウェーデン製カール・グスタフ対戦車無反動砲。最初期型のM1で、年季の入った一物だが、担いで使える大砲であることに違いはない。RPG‐7とともに、我々にとっては貴重な〝重火器〟である。

 キャンプの人数が増えている。食料には限界があり、補給をどうするかを真剣に考えなくてはならない。
 金貨はそのために持ち帰ったのだが、使うことには反対する意見もある。
 襲撃を企図する連中がいるとするならば、メイプルリーフ金貨の存在は、襲撃目的の新たな理由に加えられる、と斉木や納田が心配している。
 だが、食料は無限ではない。
 また、動物性タンパク質の供給源が魚に偏っていることも問題とされていた。食肉の補給をどうするか、狩りを主張するメンバーもいるが、狩りが新たなトラブルの火種になるとの意見もある。
 複数種の野生シカがたくさん生息していて、中型の狩猟が手っ取り早いのだが……。

 食肉の確保については、捕虜であったイサイアスから提案があった。
 彼の友人のアンティが、密造酒の製造をやっているそうだ。森の中で生活しているので、猟師や密猟者とも懇意だとか。
 イサイアスによれば、アンティは中央平原の名門マザーリ家傍流の末裔だそうで、元々は密造酒屋ではないらしい。
 イサイアスがアンティに渡りを付けて、食肉を確保してもいいという。
 我々は、この件をイサイアスに依頼した。交渉には金沢が同行する。代金の支払いは、デリング一家から鹵獲のウマを売ったカネをあてる。

 俺たちが持ち帰ったモンブランとおぼしき山の映像は、実際にモンブランを見たことのある斉木によって確認された。イタリア・トリノの北方から見たモンブラン山に極似している。ほぼ、モンブラン山と同定できた。

 我々は、自分たちのいる場所、地球上の大まかな位置を初めて確認できた。
 そして、我々がトリノからそう遠くない場所にいるとするならば、無線の発信源であるクレタ島まで一八〇〇キロ、ジブラルタルまで一四〇〇キロであることも明確になった。

 ディーノと金吾の無線傍受は、新たな段階に入っていた。
 電波の発信源は、すでに判明している二カ所の他に四カ所。
 場所が不明なサカとハディオ、ニュージーランド北島と思われるオークランド、ハワイであろうホノルル。
 この地名が我々が知っている世界の地名と同じなのか、それとも単なる符丁なのかはわからないが、地球上に短波無線を使い、頻繁に通信をする人々が六カ所にいることははっきりした。
 次にすべきことは、彼らと通信することだ。
 ディーノは短波の送信機製作に取りかかっていた。

 肉の確保はうまくいった。シカ二頭が捕られ、狩猟から精肉までの全工程にイサイアスと金沢が立ち会い、小型冷蔵庫を荷台に積んだ軽トラに積み込んだ。
 猟は許可を得た猟師が行い、特定勢力につけいられるような違法性がないことを確認していた。
 しばらくは肉三昧で、残りは燻製にして保存する。

 うまくいかないこともある。
 ディーノの孫シルヴァは、同年齢の子供たちとよくなじみ、午前中は地理や数学の勉強、午後は斉木の菜園で働いた。
 イサイアスとネミッサは陽気で、子供たちをよく笑わせている。ルサリィも空元気ではない、心からの笑みを見せている。だた、ルサリィの育った地域と、中央平原には大きな違いがあるらしく、孤独感があるらしい。その点は、珠月がフォローしているようだ。
 ベルタは一週間ほど斉木の農園で働き、その後は由加と一緒に新規に回収してきた武器の修理と調整を担当している。
 夫と子を失っているためか寡黙で、表情に乏しさがあるが、現状では真摯で信頼できる、と評されている。彼女は一人用のテントで、寝起きしている。
 しかし、アビーは違った。本来の性格なのか、それとも親の躾の問題なのか、非常にわがままだ。
 食べ物から寝床まで、あらゆることに文句が付く。そして、他人の持ち物を欲しがる。無償での譲渡を要求し、それがかなえられないと、盗むか力で奪おうとする。
 そして、他者を意味なく見下す。子供同士でも、大人が相手でも……。
 また、他者の心理を読み、相手を操ろうとする。
 実に小賢しい性格だ。
 だが、残念ながらアビーの小細工が通用するようなメンバーは皆無だ。
 アビーが「邪魔!」と意味なくマーニを突き飛ばした際、金沢がアビーをぶん投げた。怪我をしないように注意はしたのだろうが、投げる力に一切の容赦はなかった。
 アマリネから菓子を奪った際、片倉はアビーをログ小屋に三時間放り込んだ。三時間後に出し、アマリネに謝罪を要求。謝罪しなかったアビーをまた三時間閉じ込めた。
 これを四回繰り返し、アビーはアマリネに謝罪した。渋々だったが……。
 シルヴァの木の人形を湖に投げ込んだときは、目撃したルサリィが激怒。拳銃の銃口を額に押し付け、「二度とするな。二度目はお前の額を撃ち抜く」と警告した。シルヴァの人形は、トゥーレが服のまま湖に飛び込んで、持ち帰った。
 能美の弾帯から散弾を奪おうとした際は、能美に説諭されると、「こんなところにいてあげない!」と憤激。
 キャンプから立ち去ろうとするも誰も止めず、オオカミがうろつく荒野に出て行った。
 このとき、アビーは悟った。誰も自分を必要としていないという事実を……。そして、他の子供たちには親身になってくれる保護者がいるが、自分にはいないことを……。
 アビーは相馬を恐れていた。長い刀を差し、その刀で無法者を斬り殺したという事実を知ったからだ。教えたのはイサイアス。
 相馬はアビーに、「お前は役立たずのクソ餓鬼だが、俺は役に立てる方法を思いついている。もし、ドラキュロに襲われて逃げ切れないとなったら、お前を連中に放り投げる。そうすれば逃げる時間が稼げる」といった。
 アビーの顔は蒼白だったそうだ。
 アビーは二人だけで一年間を共にしたベルタに近付いたが、ベルタに「貴方のことはもうたくさん」と拒絶される。

 アビーは、自動車の整備・修理が担当の俺のところにやって来た。どうも、俺をリーダーだと思ったらしい。俺に取り入り、虎の威を借る狐になりたかったようだ。
 彼女の戯れ言をひとしきり聞き、俺は言葉を発した。
「ここから出て行きたければ、いつでも出て行け。北の峠に戻りたければ、連れて行ってやる。
 役に立たない人間はいらない。あれを見ろ」と指差す。指の先にはワン太郎がいる。
「あいつでさえ、オオカミの動きを見張っているんだ。お前は誰かのために何をした?
 食って寝て、文句をたれるだけの存在か!
 それを日本語で〝穀潰し〟と言う。
 そして、お前がメンバーの誰かにとって危険だと思えば、躊躇いなく殺す」
 アビーは震えていた。俺の言葉に偽りがないからだ。俺は誰であれ、キャンプにとって危険な存在を容認しない。

 アビーの処遇について、議題にすべきだという意見が出始めていた。
 俺はそれを押しとどめていた。アビーの現状は彼女の責任ではない。親の躾が酷かっただけだ。もう少しの時間が欲しい。

 モールス信号の発信元のうち最大量は、サカという地名からされている。その最大の交信先がオークランドだ。
 オークランドがニュージーランドの北島にあるとすれば、サカも大きな島にある可能性が高い。
 俺はドラキュロが哺乳類としては極めて特異な特徴があり、また繁殖力が強いことから、ヒトに続いて全地球的に生息する、食物連鎖の頂点に君臨する霊長類ではないか、と推測していた。
 ドラキュロが生息できない環境は寒冷な気候帯のみで、南北の高緯度帯と高地に限られる。
 確認したわけではないが、アルプス山脈の北側には肥沃な平原が広がっていて、さらに北には海がある。
 中央ヨーロッパの地形と一致するが、海はバルト海か北海だろう。そして、バルト海または北海の大半は結氷しているらしい。あるいは、デンマーク、オランダ、ベルギーあたりの陸地まで氷床が広がっているのかもしれない。
 どちらにしても、この一帯は寒冷でドラキュロは進出できず、精霊族や鬼神族が住む地域になっているようだ。人間もいるかもしれない。
 ヒトとドラキュロの生息圏は重複していて、ドラキュロの進出はヒトの生存を直接的に脅かす。
 そして、ヒトはドラキュロに対して、生命体として明確に劣る。最適者生存の理屈を持ち出せば、ヒトが生き残れる隙間はない。
 だが、ドラキュロは乾燥した気候を好み、長大な河川や海峡を越えられない。
 ドラキュロに対して安全な土地は?
 俺のなかでは、その答えはすぐに見つかった。
 地球上において、生物が特異な進化を遂げた場所だ。有名なのはガラパゴス島。小笠原諸島も条件に合う。
 大きな陸地ならば、人類到達以前、コウモリ以外の哺乳類がいなかったニュージーランド。
 マダガスカル島は、ゴンドワナ大陸から分裂して以後、他の大陸とは接触していない。
 オーストラリアはどうか?
 人類到達以前のオーストラリアには、有袋類しかいなかった。野生のイヌ科動物ディンゴは人間とともに渡ってきた。人類がオーストラリアに到達したのは元の時代の四万年前。
 ヒトが渡れたのならば、ドラキュロも渡れる可能性がある。
 その他、ソコトラ島など、小さな島ならいくつかあるが、一定の文明を維持するには陸地面積が狭すぎる。
 オークランドがニュージーランドの地名とするならば、サカはマダガスカルか?
 マダガスカルの首都は、アンタナナリボであった。ちーちゃん管理の地図帳にもサカという地名の記載がない。
 だがハディオはわかった。ソコトラ島だ。地図帳にソコトラ島の地形図があり、ハディオは島の北部海岸にある街だ。もちろん、この時代でも同じ場所とは限らない。
 しかし、ハディオがソコトラ島にある可能性は高い。
 そうなると、サカはマダガスカルのどこかだ。
 モールス信号には、緊迫した内容が多い。特に、イラクリオンの撤収が問題になっているようだ。干潮になると、〝サーベラス〟が渡ってくるらしく、島の一部は占拠されたようだ。〝サーベラス〟はケルベロスを意味し、おそらくドラキュロかその近縁種のことだろう。
 イラクリオンの撤収先の有力候補が、ジブラルタルらしい。イラクリオンは何度も車輌と燃料の不足を理由に「ハディオには向かえない」と打電している。
 だが、ジブラルタルには船では行けないらしい。「船が小型で車輌が載せられない。シチリアの東岸からジブラルタルまで歩けというのか!」と激怒した電文もある。
 地中海の地形は、我々が生まれた時代とは大きく異なるようだ。

 ディーノと金吾は、短期間で送信機を完成させた。鉄板、鍋蓋つまみ、拳銃のスプリングなどあり合わせの材料で、送信ができるようにした。
 また、受信の音響信号は、ノートパソコンに取り込んで音声ファイルとして保存できるようにした。
 さらに、ASCIIコードで記述した文章を、モールス信号に変換するプログラムも完成。いつでも送信ができる態勢を整えている。

 モールス信号に関する何度目かの会合で、クレタ島の信号をどう解するかが議題になった。
 イラクリオンの人たちの大半は、陸地となっているエーゲ海を東に向かって車輌で脱出した。目指すのは、紅海の最奥アカバ湾北端のエイラト。移動距離は二〇〇〇キロに達する。
 エイラトへの救援は、ソコトラ島から船が出る。
 だが、四人がイラクリオンに残った。容体が安定しない傷病者が一人、衛生兵が一人、護衛兵が二人。三人は志願者らしい。
 四人のために、食料と武器弾薬、籠城のための地下壕、そして脱出のための航空機一機が残された。
 しかし、どれも万全ではないらしい。長期にわたって補給が途絶えていたようで、イラクリオン自体が物資の欠乏に苦しんでいた様子がうかがえる。
 四人に残された物資は、飢餓寸前まで節約を重ねても最大限一カ月。
 ディーノは、「サカは、イラクリオンに救援隊を送れないと何度も伝えています。
 また、ジブラルタルはサカに対して、ティレニア海には入れない、と何度も伝えています。
 その理由はわかりません。
 ただ、交信内容から推測すると、地中海は東西に分離しているのではないかと。
 東の地中海は、イタリア半島先端から、シリア、レバノン、イスラエル、エジプトにかけてのイオニア海。
 イタリア半島西岸とシチリア島、サルデーニャ島、コルス島に挟まれたティレニア海、そしてティレニア海と海峡で結ばれた西の地中海。
 コルス島とサルデーニャ島は、大陸と陸続きで半島になっているようです。また、イタリア半島とシチリア島も陸続きで、ティレニア海と西の地中海は、アフリカ大陸側はチュニスの北方、ヨーロッパ側はサルデーニャ島の南方にある狭い海峡でつながっているだけのようです。
 コルス島とサルデーニャ島には、短波通信をしている人たちとは異なる勢力がいるようです。ジブラルタルは、チュニスを攻略しない限り、ティレニア海には入れない、と何度もサカに伝えています」
 いつも通り、全員が会議を聞いている。
 片倉がディーノに問うた。
「でも、脱出用の飛行機があるんでしょう?」
 ディーノが答える。
「かなり古い機体のようです。燃料を満載しても、一五〇〇キロが最大飛行距離だと。
 サカはローマまで飛べばジブラルタルが救助できるといい、救助する側のジブラルタルは、ローマが面するティレニア海には入れない、といっていました」
 金吾が発言する。
「ここがトリノ付近だとすれば、ローマまで五〇〇から六〇〇キロです。
 行けない距離じゃない」
 ディーノが説明する。
「ジブラルタルにも飛行機があるようですが、航続距離が足りないようです。
 補給船を出してマルセイユ付近で洋上給油するとか、対応策を立てていますが、問題があるようで……」
 由加が、「飛行機は水上機とか飛行艇?」と誰に尋ねるともなく発言した。
 金吾が、「……でしょうね……」と自信なさそうに答える。
 ユウナちゃんが、「助けてあげられないの?」と尋ねる。
 大人たちは、それをすべきか否かを悩んでいた。
 イサイアスが手を上げた。全員がイサイアスを注目する。
「南に行ったことがある。自由地帯のさらに南。海まで。海までは行けるけど、その先の土地がどうなっているかは、よくわかっていない。ただ、海より南は白魔族が支配する土地だ。立ち入れば戦いになる」
 斉木が、「イサイアスくんの情報は貴重だな」といった。斉木は関知しないほうがいいと考えているようだ。
 金吾は、そうは考えていないらしい。
「ここにいても数年は持つでしょうが、そう遠くないうちに進退窮まりますよ。
 なら、ダメ元で動いてみては?
 こちらからジブラルタルに呼びかけて、救援の意思があることを伝えるんです。
 四人を連れ帰るだけですから、クルマは二台で十分でしょう。
 俺、行きますよ」
 俺は相馬を見た。相馬は考え込んでいる。
「ジブラルタルの人たちがどういう人物なのか、まったく不明。
 もしかしたら、首狩り族かもしれない。食人風習があるかもしれない。
 無線を使うくらいだから、一定の文明があるのかもしれない。
 そのなかで、四人とだけ接触することは意義があると思うんですよね。
 最悪の結果であっても、四人だけなら制御できるでしょ。
 いつかは、南にも捜索隊を送らなければならないのだから……」
 納田が、「私は金吾くんに賛成。私も行く」といった。
 ディーノが考えをまとめながらの発言をした。
「困っている人がいれば助けたいけど、こちらも〝困っている人〟なわけで、それにキャンプの人数が減ると襲撃される恐れが出てくる……。
 そう考えると、クレタ島の残置者を救助する意思があることをジブラルタルに伝え、彼らが何と答えるか、その反応を見て、それから考えたら、どうでしょうね?」

 結論は出なかったが、ディーノの意見を採用して、ジブラルタルに「力になりたい。できることはないか?」とだけ、通信してみることになった。
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