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第3章
第七〇話 揚陸
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一四時、西の空に四隻の飛行船が見え始める。
それから三〇分で、その巨大な船体が眼前に迫ってきた。
恐ろしさよりも、優雅さがある。
銀色の船体には、巨大なマークが描かれている。十字に円が二つ重なったフロリニア王国の国籍標識だ。
一隻は二五〇メートル級、三隻が一五〇メートル級。
二五〇メートル級の船首が南を向き、船体の横腹をティッシュモックの街人に示す。
街人は、呆然とそれを眺めている。物見遊山の雰囲気さえある。
二五〇メートル級船体下部の三連の円筒が九〇度回転する。全部で六基、一八門。
ロケット砲が発射される。
一八弾すべてが街内に着弾。
火災が同時多発。
街は恐怖と混乱に陥る。
一二・七ミリ重機関銃の銃架に直径一二七ミリの円筒を二列二段に重ねた発射機に、ロケット弾が装填されていく。
城壁の頂部で、砲口を二五〇メートル級飛行船の浮体部に向けている。
一〇メートルも離れた位置から、電気点火する。
推進薬を燃焼させて、わずかな時間差で四本のロケットが飛んでいく。
一〇〇〇メートル飛翔して、その巨大な浮体に命中。
浮体の外皮が破れる。
飛行船が大きく揺らぎ、降下と上昇を繰り返す。
俺は驚いていた。
従来のロケット弾は、発射後は急速に減速いていた。推力は、発射するだけで目一杯の能力だった。
だが、今回のロケットは、命中するまで増速し続けている。弾道も山なりではなく、直線に近い低伸弾道だ。
弾頭は二重で、対戦車榴弾で外皮を貫いて内部に侵入し、二番目の弾頭の爆圧で内部から構造を破壊する。
四発全弾が命中し、浮体に巨大な穴が開き、浮力を与えているガスが漏れている。そのガスの噴射で、浮体が安定しないのだ。チュールとマトーシュが二発ずつ抱えて、城壁上を走って行く。
俺はそれを地上から見ていた。
二人が北に走っていく。発射時の爆炎から退避する。
カロロが発射架で照準し、待避した後に第二斉射。
二発が命中。一発は浮体ではなく機体だ。機体から発火。
巨大なプロペラはまだ回っているが、ゆっくりと高度を下げている。
戦場を離脱しようとしているのだろう、南に向かおうとしている。
一五〇メートル級三隻が、西側から急速に接近してくる。
一隻は南に、もう一隻は北に回り込もうとする。一隻は西から直進。
対空火器の少なさから、城壁上はうまく対応できていない。
西の城門から二輌のKTOロソマクが出撃する。
一輌は北に、もう一輌は南に移動していく。最大仰角で、ブッシュマスターⅡ三〇ミリチェーンガンの発射を始める。
機関砲弾は浮体下部のセロが乗る機体に命中しているが、損傷は軽微なようで、浮力を失わず、安定した高度で城壁を越えていく。
南北と西からほぼ同時に街内に侵入される。
街内は建物が密集していて、降下着陸するような広い場所はない。
三隻の機体から、各船二〇本近いロープが下がってくる。
そして、セロ兵が降下を始めた。
城壁上から、城内上空に侵入した三隻の一五〇メートル級に二〇ミリ機関砲弾が発射される。浮体に多数の命中弾があるが、浮力は失わない。
チュールがRPG‐7を発射。同じ船にマトーシュも発射する。派手な爆発があり、船体が大きく揺れる。
大きく揺れた船体からは、懸垂降下中のセロ兵が落下する。そして、多くが地面に叩きつけられる。
地上からは、銃だけではなく、弓矢や弩まで持ち出して、降下途中のセロ兵に発射する。 セロ兵を機外にぶら下げたまま、一隻がやや上昇し爆撃を始めた。
城壁上の二〇ミリ機関砲の射界に機体が入る。いままで、巨大な浮体によって隠されていたのだ。
セロが乗る機体に二〇ミリ弾が集中される。
飛行船は急上昇に移り、戦場を離脱するかのような機動に移る。
懸垂降下中のセロが雨のように降る。
城外にはKTOロソマクがいる。
離脱を図る一五〇メートル級飛行船に三〇ミリ機関砲を発射。
浮力を与えているガスが漏出し、急速に高度を下げる。
地上すれすれを飛行する巨大な葉巻型の物体を追って、KTOロソマクが追撃する。
城壁内上空には二隻が留まっているが、すでに兵の降下を諦めており、爆撃に切り替えている。
だが、その爆弾もすぐに切れた。一投下二〇発ほどで、三投下が限界のようだ。
投下と投下の間隔は、五分以上かかっている。爆弾庫から爆弾槽への再装填に時間を要するのだろう。
爆弾は小型で、すでに鹵獲しているものと同じだと推測している。重量二八・五キロの可燃性の液体を充填した一種の焼夷弾だ。
セロは火薬を知らない。
飛行船は二種類で、二五〇メートル級は砲戦用で、一五〇メートル級は揚陸用。どちらにも爆撃能力がある。
そして、簡単には落ちない。
二隻の揚陸用飛行船は、唐突に高度を上げ始め、ゆっくりと離脱を始める。
街の中に降下したセロは、推定五〇体ほどと少なかったが、手当たり次第に発砲し、擲弾を投げ、長刀を振るって、非武装の街人を惨殺していた。
ティッシュモックの軍は、上空の飛行船に注意を引きつけられたことと、市街戦が慣れない作戦であったことから、降下したセロの制圧に時間をかけてしまった。
結果、犠牲者の増加を招く。
飛行船は、どうにか駆逐したが、街は混乱に陥った。
飛行船は街の真西五〇キロ付近上空を遊弋しており、立ち去る気配を見せていない。
俺は降魔に問うた。
「被害は?」
「五〇人が死傷した」
「人口の一割か」
「そうだ。甚大な被害だよ」
「街が荒れるぞ」
「怒りがどこに向かうか。
それが問題だ」
街人の怒りは、フルギアに内応していると噂されている〝講和派〟に向かった。
いきなりの艦砲射撃と空挺降下を受けて、怒りはセロやフルギア帝国ではなく、身近な〝講和派〟に向かってしまった。
代表の任にある〝講和派〟の議長は、犠牲となった八歳の女の子の父親に殺された。
自宅に籠もった〝講和派〟には、家族もろとも火が放たれた。
ノイリンでも同じことが起きる可能性がある。
日没後、降魔から「集会に出てくれ」と依頼があり、俺は宿舎にしている古城に戻った。
集会は、古城の一室で始まる。メンバーは、紹介を受けた街の有力者は一人もおらず、全員が新参者だ。
降魔が討議の口火を切る。
「何とか〝講和派〟が黙ってくれた」
海老名が報告する。
「軽傷者多数。死者五二、重傷者四四です」
降魔が応える。
「死者・負傷者の多くは、普通の街人だった。死者は子供が半分を占める」
島村が発言。
「こうなることは、調査でわかっていた。
でも、フルギアの誘いに乗った〝講和派〟が声高に『攻撃なんてない』と主張するから結果として被害が拡大したんだ」
ヨアンナが案を出す。
「どちらにしても〝講和派〟は、この街には住めない。
街から出したほうがいい。
家族を含めて、安全に脱出させましょう」
全員が賛成する。
これは、ノイリンでも起こりえる。セロはヒトを使って内応を仕掛けてくる。これは攻撃前の常套で、街の防衛態勢の弱体化と、団結を乱す効果がある。
アニエスカが中座する。事実上の内応者である〝講和派〟を脱出させるためだ。
彼らにしても内応しようとは考えていなかったのだと思う。
街のことを思い、強大な敵を前にして、穏便に済ませられれば、と考えたのだろう。だが、ヒトのその感情をセロは突いてくる。セロが仕掛ける心理戦に負けてはならない。
降魔が俺に問う。
「あなたたちが使った対空ミサイルだが……」
俺が言葉を切る。
「あれはミサイルじゃないよ。無誘導のロケット弾だ」
「弾道特性がいいね」
「私も驚いたんだ」
「新型?」
「そうだね」
「あと、何発ある?」
「三斉射分、一二発……」
「あれなら、一隻は落とせるかもしれない」
「どうかな?
鈍重だが、意外としぶとい」
「落とせば、士気が上がる」
「それはそうだが……」
「次はどう来る?」
「強襲揚陸に失敗したから、次は爆撃だろう。いままでも街全域に対する無差別爆撃をしている。
今回も爆撃している」
「あれは、苦し紛れだ。
次は、単縦陣で街の上空に侵入してくる」
俺の説明に降魔が納得し、さらなる疑問を提示する。
「二五〇メートル級も爆撃するのか?」
「あれが、一番投弾数が多いようだ。
上空に侵入されると、厄介だ」
「対空砲の効果はあったのだろうか?」
「あった。
だが、セロは犠牲をいとわない。
セロには、彼我の犠牲を比較するという損得勘定がないんだ。
セロが一〇〇死んでも、ヒトが一死ねばそれでいい。
誰も殺せなければ、セロは慟哭する」
「そんな……」
「ただただ、ヒトを殺すためにやって来たんだ。
犠牲はいとわない」
静かだった室内がざわつく。セロの目的意識は、ヒトには理解できない。
ユゼフが尋ねる。
「では、犠牲を顧みず攻撃してくると?」
「そうだね。
犠牲という概念自体がないようだ」
全員から大きなため息が漏れる。
セロは夜間行動しないことが知られている。警戒は必要だが、補給や整備・修理を考えれば再攻撃は明日の朝だろう。
次の戦いが、ティッシュモックの命運を決める。もし、街にセロの大群が降下すれば、殺戮が始まる。
運命の一戦だ。
この街には、地下がなかった。城壁を含むすべての建造物は、すべてが地上にあり、地下施設を持たない。
上下水道は、直径一メートルほどの陶製の土管が使われていて、その中にヒトが隠れることはできない。
つまり、防空壕の代用になる施設が皆無なのだ。
この街の新参者に南北アメリカとアフリカの出身者はおらず、ユーラシアの東と西の端に限られた。
この二地域は二〇世紀に大きな戦火を経験しており、直接の体験ではないが都市に対する無差別爆撃の効果や防空壕の必要性は歴史的な知識として理解していた。
だが、街人の大半を占める世代を重ねた人々には、どうにも理解できないようだ。
降魔たちはそれを危惧していて、戦闘に適さないヒトたちの疎開を提案しているが、街人が従う様子はなかった。
しかも、疎開先がない。精霊族の土地に立ち入れば、フルギアならば攻撃を仕掛けてこない。精霊族との対立を恐れるからだ。
だが、セロにそれが通用するとは思えない。
大勢が野原に集合していれば、セロには格好の獲物に見えるだろう。
ヨアンナが爆撃の規模を尋ねる。
「あの四隻の爆弾搭載量は?」
「はっきりはわからないが、三〇キロ級の爆弾を一〇〇発以上搭載しているらしい」
ユゼフが呟く。
「三トンか。
多いな」
「ノイリンの分析では、二五〇メートル級の飛行船がヘリウムを使っている場合、最大搭載量は六トン程度、八トンが限界だ。
機関や搭乗員や戦闘員を考えれば、三トンの爆弾搭載量は過大だと思う。
もう少し少ないかもしれない」
島村が応える。
「でも、一隻二トンとしても四隻で八トン。この街を破壊するには十分よ」
その通りだ。八トンすべてを落とされたら、街は完全に破壊される。
全員、ため息さえ出ない。
ただ、すでに爆弾は相当量投下しており、その多くは街の外側に落ちた。そして、無為に穴を掘り、種を蒔いたばかりの麦畑に炎を上げただけだ。
残弾は、少ないと見積もれる。
ユゼフは爆弾の投下について、爆撃ではなく、浮力が落ちたことから単に重量物を投棄したのではないか、との見解を示していた。
それはあり得るし、爆弾が無意味な場所に投下されたことからも類推できる。
小口径の対空機関砲は、飛行船に対して、効果は薄いように見えた。どれだけ命中弾を与えても、飛行船は落ちないし、傍目からは悠然と空中に浮かんでいる。
これは、ティッシュモックの街人に絶望的な焦燥感を与えた。
最初の攻撃から三日が経過。
飛行船は動かない。強い風が吹いた日が一日あったが、飛行船は分散してやり過ごし、被害があった様子は見せていない。
雷雨にも動じなかった。
ユゼフは、七六・二ミリの野戦高射砲を失ったことを悔いているようだ。
その気持ちはわかるが、ないものはないのだ。
俺はノイリンに連絡した。
「飛行船には、対空ロケットよりも大口径高射砲が有効」と。
飛行船は巨大で、動きが緩慢。だが、船体自体に浮力があり、浮力を失わない限り落ちない。浮嚢は多数のブロックに分かれているらしく、多数の命中弾を与えても、浮力を与えているガスをすべて失わせることはできない。
巨大な風船の中に、たくさんの風船が入っているような構造なのだ。
二〇世紀初頭にヒトが作った硬式飛行船も同様な構造だったから、おそらく間違いないだろう。
ヒトが作った硬式飛行船とは、異なる特徴もある。
浮体、機体とも、どちらも考えられないほど強靱なのだ。
どういった内部構造なのか、想像さえできない。
それが不安となり、焦りとなり、やがて敗北感につながっていく。
ノイリンから応答があった。アビーが電文を渡してくれる。
それには、かねてからチェスラクが開発していた五二口径一〇五ミリ戦車砲を急遽改造して、二門の一〇五ミリ高射砲を開発したそうだ。
一門は我々の畑の真ん中に、一門は旧滑走路近くの高射砲陣地に擬装して配備したそうだ。
七六・二ミリ高射砲も続々と配備しているが、それを東地区が激しく非難しているらしい。
西地区は、七五ミリのレーダー付きM51高射砲と三五ミリ二連装のL‐90高射機関砲を保有している。
また、カンガブルから、多数の七五ミリ高射砲を購入している。
北地区よりも対空戦闘能力は高いかもしれない。
ポーランド製PZL‐130オルリクは、四機とも地上滑走を始めている。エンジンはレストアせず、西地区製を使った。航空グループは、必死で稼働機を増やそうとしている。
西地区も協力してくれている。
降魔が俺に発射機を見せた。
「四連装対空ロケットの発射機だ。
これならば、三六〇度旋回、仰角最大八〇度。
動力は油圧だ。油圧ポンプはこのエンジンで動かす」
降魔は五〇CCほどの単気筒エンジンを指さした。
彼は続けた。
「これを、あれに載せる」
彼の視線の先に積載量一トンの小型半装軌車がある。この世界で作られた車輌だ。
「きみたちの対空ロケットを引き渡して欲しい。
きみたちの発射架では、軽量すぎて安定性に欠ける」
「それはかまわない譲るよ。
無償でね」
「ありがとう」
対空ロケットの引き渡しには、アビーたちが強硬に反対したが、カロロがどうにか押さえてくれた。
アビーやマルユッカの物怖じしない意見の主張は、チュールとマトーシュに鮮烈な印象を与えた。
それに二人の主張は、傾聴すべき論拠がある。それをカロロは認めた上で、二人の主張を否とした。
チュールとマトーシュは、カロロが否とした理由を話し合い、またアビーとマルユッカが納得していないのに、なぜ主張を取り下げたのか考えた。
ノイリンの将来を担う二人には、よい経験であった。
ティッシュモック部隊の偵察で、四隻の飛行船は修理を行っていることがわかった。外装はもちろん、浮体と機体の両方を修理しているらしい。
我々の攻撃は、相応の効果があったということだ。
ユゼフは、応急修理が終われば、再度侵攻してくると判断した。
それに異論はないが、修理に時間がかかるなら、こちらから攻撃を仕掛けることも作戦の一つだ。
降魔も同じことを考えていた。
彼は、その日のうちにKTOロソマク二輌と対空ロケットを積んだ小型半装軌車と騎兵で出撃。全弾、撃ちつくして戻ってきた。
降魔たちの攻撃に対して、地上に降りていたセロの反撃はすさまじく、騎兵四人が戦死した。
四〇ミリ機関砲弾の多くは、地上での戦闘に使われ、対空ロケットは発射の機会がなかった。
単に銃砲弾をばらまき、四人を失っただけだった。
俺たちはXA‐180で追及し、かなり離れた位置から降魔隊の攻撃を観察した。
降魔は奇襲を企図したようだが、上空から観測されていて、強襲となってしまった。
飛行船は巨大で、至近まで迫っているように感じていたのだろうが、実際は二キロ以上離れていた。
急速接近を試みたが、前衛で警戒にあたっていた、セロの哨戒線に捕まってしまった。
それでも、降魔は強引に哨戒線を突破しようとした。装甲車だけならば可能だったろうが、非装甲の車輌と騎兵をともなっていたことから、防御が脆弱なそれらが狙われて、装甲車はその掩護に回らなくてはならなくなり、失敗した。
カロロがその様子を見ていった。
「装甲車だけなら突破できたのに」
俺が応える。
「この場合はね」
「セロは、戦い慣れしている」
「あぁ、かなりの戦上手だ。
敵の弱点を瞬時に分析した。
兵士もよく訓練されている。
上官の命令に忠実で、装甲車に哨戒線を突破されても、慌てたり、動揺したり、はなかった」
「あのデカイ装甲車がなければ、部隊は包囲されて全滅していた」
「その通りだ。
セロが火炎瓶程度でも対戦車兵器を持っていたら、屠られていたよ」
「火炎瓶なんて、じきに思い付くよ。
あの動物ならば……」
「連中の知能は高いし、高度な道具も作る。
白と黒の魔族よりもはるかに厄介だ。
しかもヒトに似ている」
「戦い方は、相当によく考えないといけないね。
でも、ヒトに似ているから、逆に戦いようはある」
「そうだな。
それは確かだ。
だが、空爆は怖い」
「それも黒魔族との戦いで経験済みだし、高射砲だってあるよ」
「だが、カロロ。
すべての街や村に高射砲があるわけじゃない」
「でも、ノイリン、クフラック、カンガブル、シェプニノが力を合わせれば、何とかなるはずだ」
「問題は、それができるかなんだ。
陸上や川を進撃してくるならば、ヒトを集めて待ち構えることも、籠城することもできる。籠城して、友好関係にある街からの援軍を期待することも可能だ。
だけど、空から突然襲われて、一気に占領されたら、友好も、同盟も、関係なくなってしまう。
黒魔族のドラゴンは、空から火炎で攻撃するだけだが、セロは兵を降下させる。それに、ドラゴンの数は少ないが、飛行船は増えていくだろう。
そして街を占領し、ヒトを皆殺しにする。
食料を奪い、農地を奪う。
建物は、すべて破壊するようだ」
「黒魔族とは違う?」
「完全に、違うんだ」
「噂だと、アシュカナンかカンスクが危ないっていわれているが……」
「フルギアの街は襲っていない。それに、フルギア主流民以外の下流にある大きな街は、ほぼ制圧されてしまった。小さな街は、家と農地を捨てて逃げ出す以外に選択肢はない。
フルギア属領の多くは、セロのものになった。
次は抵抗を続ける小さな街を制圧していくか、フルギア勢力圏外に攻め入るか、そのどちらかだ。
ならば、境界に近いアシュカナンかカンスクだと、誰もが思うだろう。
だが、一気にノイリンを落とせば、アシュカナンとカンスクは死に体となる。
セロに挟まれるからね。
ノイリンが襲われる可能性は高い。
それと、セロはウマを使うけど、クルマは知らないようだ。連中の陸の兵科は、歩兵と騎兵、それだけ。
戦いようはある」
「ノイリンに帰ろう」
「いいや、もう少し教えてもらおう」
俺は、降魔の軍事的センスにはやや失望を感じていた。
粗暴ではないし、論理的な思考もできる。善人ではないが、悪人でもない。統率力はある。だが、いままでのところ無策な感じがする。
ティッシュモックの独立を守ってきた才覚は認めるが、軍事行動の指揮はしないほうがいいのかもしれない。
時の精霊に守護された戦上手とは思えない。
最初の攻撃から五日目。
セロの艦隊が動いた。二五〇メートル級を先頭に単縦陣でティッシュモックに迫る。高度は五〇〇メートルほど。この高度ならば、ブッシュマスターⅡで対応可能だが、我々が供与した砲弾は撃ちつくしている。
ティッシュモック側は、先頭を進む二五〇メートル級に照準を合わせ、街の上空に達する前に四発の対空ロケットを発射。
全弾が浮体に命中するが、セロの飛行船はわずかに揺れただけで何事もなかったように進撃を続ける。
街の周囲では、大量の気球が準備されていた。
俺たちもこれには驚いた。
粗末な気球は直径八メートルほどで、水素を充填している。地上とはワイヤーではなく、植物繊維製の太いロープが使われている。二基の気球の間に、漁網のようなネットが張られていて、飛行船がそれに引っかかると、地上との固定が外れる。ロープの後端にはパラシュートがあり、これで飛行を阻害しようという作戦らしい。
一種の阻塞気球のようだ。
気球は街を取り囲むように、上げられた。そして、セロの飛行船は機動性の欠如を見事なまでに晒して、この単純な妨害システムに引っかかった。
開いたパラシュートは気球の直径よりも大きく、二五〇メートル級飛行船の速度が急速に下がる。後続の一五〇メートル級一隻も引っかかり、さらに後続する二隻は、街の中には侵入せず、東に向かっていく。
大がかりだが、こんな単純な道具で、一時的ではあっても阻止できるなんて、思いもよらなかった。
降魔は戦上手だ。時の精霊に守護されているという評価は正しかった。
航行姿勢が安定しなくなった一五〇メートル級飛行船に向けて、対空ロケット弾四発が発射される。三発が浮体に、一発が機体に命中。ガスの漏出で、大きく揺動する。機体からは炎が見え、損傷したことが確認できる。
しかし、落ちない。
一五〇メートル級は、浮体後部の巨大なプロペラをいったん停止。次に逆回転させて、気球を離そうとする。
これは、意外なほどあっさりと成功し、気球は東に飛び去っていく。
何とも緩慢で優雅な戦闘だ。
二五〇メートル級は、気球とパラシュートを引きずって、北に進路を変える。
浮体後方に向けて、対空ロケット二発が発射され、一発が四ブレードのプロペラに命中。
推進力を奪われた二五〇メートル級飛行船は、風に流されて南に進路を変える。
街の外の地上では、セロとヒトが激しく激突。双方とも、銃、槍、剣での乱戦となった。セロはウマを伴っておらず、ティッシュモック側も騎兵は少ない。それと、ティッシュモックの騎兵は、厳密には乗馬歩兵だ。ウマを降りて戦っている。賢明だ。
双方、一〇〇ほどの兵数だが、ヒトが押している。セロの身体能力は、ヒトと大きくは違わないようだ。セロの斬激をヒトの膂力で防いでいる。セロの剣技は刺突が中心だが、反りのある刀を使っており、鉈のように振り下ろしたり、鎌のように薙いだりの使い方もする。
ティッシュモック側は、反りのない両刃の長剣を使っており、基本は刺突。
俺は彼らの戦いぶりを、城壁上から見ている。セロの戦い方と、ティッシュモックの実力の両方を観察する。
ティッシュモックの科学技術は、あまり高くない。一七世紀か一八世紀前半だ。金属加工も村の鍛冶屋程度。
フルギア帝国勢力圏の標準なのだが、降魔たちは積極的に自分たちの知識を利用しようとは考えないようだ。
ただ、フルギア帝国勢力圏以外からも、武器や車輌を購入している。精霊族との通商もある。フルギアの流儀にしたがって、奴隷を使ったりはしていない。
何か降魔自身の〝流儀〟があるのだろう。
この世界の科学技術は、街や地域によって大きな差がある。二一世紀を維持できている街はないが、いくつかの街が協力し合って二〇世紀中頃程度ならどうにか、という地域はいくつかある。
電気のある街も多い。風力や水力で発電している。
ティッシュモックは、閉鎖的ではないのだが、自分たちで機械を作ろう、機械文明を維持しよう、という意識は低い。
電気もない。ランプの生活だ。
それと、一八年間、最初の入植地から物資を回収しようとした形跡がない。あれだけの物資があれば、発電機を作れる。
だが、そういった作業を行った形跡はない。
それと、彼らは自衛官であった。小規模とはいえ自衛隊が部隊単位で、二〇〇万年後にやって来たことも解せない。
それと、映像を残した男が「ここはどこなんだ?」と。彼らはここが二〇〇万年後だとは知らなかった。
誤ってやって来てしまったと考えてはいるが……。
地上での戦闘は、一時間ほどで終わった。ティッシュモック側が増援を送り、劣勢となったセロは引くことなく、最後の一兵まで戦った。
それは愚かなことだと、ヒトである俺には思えた。
飛行船は一隻も落とせなかったが、地上戦終結から一時間後には四隻すべてが視界から消えていた。
城壁上にいる俺の横にカロロが立つ。
「ハンダ、どうする?」
「見たいものは見たよ。
ノイリンに帰ろう」
「奇妙な動きがあるんだ」
「?」
カロロが周囲を見る。
「ナダがエビナと厄介な約束をした。
逃がした〝講和派〟をノイリンでかくまう」
「どういうことだ?」
「〝講和派〟はある男に操られていた」
「ある男?」
「正体はわからない。〝講和派〟は精霊族の街にいる」
カロロが続ける。
「ゴーマたちは、この街を支配しているわけじゃない。微妙なバランスの上で、生活しているんだ。
街人の大半は、若い連中の反乱、クーデターっていうやつを支持している。
だが〝講和派〟以外にも反ゴーマはいるんだ。
彼らはクローのクーデターを快く思っていないし、いつでも牙をむく雰囲気らしい。
この連中は〝講和派〟よりも厄介で、表立っての行動はしないが、裏では相当にあくどいことをしている。
死んだ二人、ニホン人とポーランド人は、そいつらに殺された。
生き残っている六人にも、脅迫めいたことはあるようだ」
「それで……」
「ゴーマたちは、そいつらと戦う意思を固めている」
「彼らは、一八年間、この街を発展させてきたんだぞ。
その功績を無視して、殺そうと画策しているグループがあるというのか?」
「グループではなく、一族らしい」
「一族?」
「個人的恨み、とも考えられる」
「最近、病気で死んだニホン人だが、毒殺らしい」
「暗殺?」
「街人の誰かがやった、とエビナは思っている」
「海老名はどうしたいんだ」
「〝講和派〟と精霊族の土地で待ち合わせる」
「すでに、手はずを整えたのか?」
「ナダではない。
俺が指示した。
精霊族の街で〝死人〟が〝講和派〟を守っている」
俺は息を吐いて、カロロの肩に手を置いた。
カロロのいう〝死人〟とは、死んだはずのヒトという意味だ。蛮族は、こういう表現をよく使う。
降魔は、納田の残留を強く希望した。俺が断ると、相当な落胆を見せた。
納田が直接「ここに残る意思はない」と断言すると、納田に対して心からの礼を述べた。
「あなたのおかげで、何人もの街人が救われました。本当にありがとう」
納田は下を向いた。海老名から何かを聞いていたようだ。
「街がいい方向に向かうことを願っています」
降魔は絶句した。
「そうなるように頑張っているんだが……」
この街には、明らかに降魔たちの抹殺を狙っている何者かがいる。
俺の憶測でしかないが、どうも別系統の新参者のようだ。降魔たちは、街の乗っ取りを仕掛けられているらしい。
カロロの調べでは、いわゆる〝講和派〟も反降魔の一族が背後で糸を引いていた。
降魔は、四〇過ぎのおっさんにしては、さわやかな笑顔で、納田を見た。
俺は、この男の苦悩を垣間見た。
納田とミランダの「一刻も早く」との要求で、日没の三時間前という微妙な時間にティッシュモックを出る。
納田とミランダは「ぐずぐずしていると、何を仕掛けてくるかわからない」と、反降魔派を警戒している。
チュールとマトーシュは、クローとの別れの挨拶をしたがったが、納田が許さなかった。二人はミランダにも叱責された。
俺とカロロは、それほどの危機感を感じていなかったが、アビーとマルユッカも情報源は違うようだが納田やミランダと同様な意見だ。
クローたち若者グループは、街の乗っ取りを画策している真の反逆者のあぶり出しを始めているようだ。
また、クローたちは父母の代がフルギア帝国支配圏での生き残りを模索し続けてきたことに対して批判的で、完全な独立を主張している。
つまり、ティッシュモックがフルギア帝国から離脱して、独立した街になるということだ。
本質的に、そのようになることは降魔は反対ではないだろう。だが、拙速な行動は犠牲を生む。
降魔は無計画で拙速な行動を戒めているだけだ。
俺とカロロは、納田たちの意見に従った。
俺たちは、海老名絢香に指定された精霊族の街に立ち寄る。
小さな街だが、多くのヒトが住んでいる。ヒトが住む区画の、質素だが大きな家に向かう。
ここで〝講和派〟を待つのだが、家の主が問題だった。
レフ・ヨンストン。
四人目のポーランド人だ。
事故で死んだと聞いたが、生きていた。反降魔派に、事故を装って生命を狙われたとか。
数年前のことらしい。
この世界で生きていくことは容易ではない。反降魔派を暗殺するという選択肢も検討したようだが、結局できなかった。
反降魔派の頭目が誰なのかは、憶測の域を出ないらしい。確信がないのだ。対象が明確でなければ、行動はできない。
それと、倫理観と殺人に対する恐怖心で……。
レフは、脚に障害が残った。ゆっくりと歩くことはできるが、走ることは無理だ。
ドラキュロに追われたら、それは死と同じだ。逃げ切れない。
この世界には、過酷で残酷な野生しかない。
それから三〇分で、その巨大な船体が眼前に迫ってきた。
恐ろしさよりも、優雅さがある。
銀色の船体には、巨大なマークが描かれている。十字に円が二つ重なったフロリニア王国の国籍標識だ。
一隻は二五〇メートル級、三隻が一五〇メートル級。
二五〇メートル級の船首が南を向き、船体の横腹をティッシュモックの街人に示す。
街人は、呆然とそれを眺めている。物見遊山の雰囲気さえある。
二五〇メートル級船体下部の三連の円筒が九〇度回転する。全部で六基、一八門。
ロケット砲が発射される。
一八弾すべてが街内に着弾。
火災が同時多発。
街は恐怖と混乱に陥る。
一二・七ミリ重機関銃の銃架に直径一二七ミリの円筒を二列二段に重ねた発射機に、ロケット弾が装填されていく。
城壁の頂部で、砲口を二五〇メートル級飛行船の浮体部に向けている。
一〇メートルも離れた位置から、電気点火する。
推進薬を燃焼させて、わずかな時間差で四本のロケットが飛んでいく。
一〇〇〇メートル飛翔して、その巨大な浮体に命中。
浮体の外皮が破れる。
飛行船が大きく揺らぎ、降下と上昇を繰り返す。
俺は驚いていた。
従来のロケット弾は、発射後は急速に減速いていた。推力は、発射するだけで目一杯の能力だった。
だが、今回のロケットは、命中するまで増速し続けている。弾道も山なりではなく、直線に近い低伸弾道だ。
弾頭は二重で、対戦車榴弾で外皮を貫いて内部に侵入し、二番目の弾頭の爆圧で内部から構造を破壊する。
四発全弾が命中し、浮体に巨大な穴が開き、浮力を与えているガスが漏れている。そのガスの噴射で、浮体が安定しないのだ。チュールとマトーシュが二発ずつ抱えて、城壁上を走って行く。
俺はそれを地上から見ていた。
二人が北に走っていく。発射時の爆炎から退避する。
カロロが発射架で照準し、待避した後に第二斉射。
二発が命中。一発は浮体ではなく機体だ。機体から発火。
巨大なプロペラはまだ回っているが、ゆっくりと高度を下げている。
戦場を離脱しようとしているのだろう、南に向かおうとしている。
一五〇メートル級三隻が、西側から急速に接近してくる。
一隻は南に、もう一隻は北に回り込もうとする。一隻は西から直進。
対空火器の少なさから、城壁上はうまく対応できていない。
西の城門から二輌のKTOロソマクが出撃する。
一輌は北に、もう一輌は南に移動していく。最大仰角で、ブッシュマスターⅡ三〇ミリチェーンガンの発射を始める。
機関砲弾は浮体下部のセロが乗る機体に命中しているが、損傷は軽微なようで、浮力を失わず、安定した高度で城壁を越えていく。
南北と西からほぼ同時に街内に侵入される。
街内は建物が密集していて、降下着陸するような広い場所はない。
三隻の機体から、各船二〇本近いロープが下がってくる。
そして、セロ兵が降下を始めた。
城壁上から、城内上空に侵入した三隻の一五〇メートル級に二〇ミリ機関砲弾が発射される。浮体に多数の命中弾があるが、浮力は失わない。
チュールがRPG‐7を発射。同じ船にマトーシュも発射する。派手な爆発があり、船体が大きく揺れる。
大きく揺れた船体からは、懸垂降下中のセロ兵が落下する。そして、多くが地面に叩きつけられる。
地上からは、銃だけではなく、弓矢や弩まで持ち出して、降下途中のセロ兵に発射する。 セロ兵を機外にぶら下げたまま、一隻がやや上昇し爆撃を始めた。
城壁上の二〇ミリ機関砲の射界に機体が入る。いままで、巨大な浮体によって隠されていたのだ。
セロが乗る機体に二〇ミリ弾が集中される。
飛行船は急上昇に移り、戦場を離脱するかのような機動に移る。
懸垂降下中のセロが雨のように降る。
城外にはKTOロソマクがいる。
離脱を図る一五〇メートル級飛行船に三〇ミリ機関砲を発射。
浮力を与えているガスが漏出し、急速に高度を下げる。
地上すれすれを飛行する巨大な葉巻型の物体を追って、KTOロソマクが追撃する。
城壁内上空には二隻が留まっているが、すでに兵の降下を諦めており、爆撃に切り替えている。
だが、その爆弾もすぐに切れた。一投下二〇発ほどで、三投下が限界のようだ。
投下と投下の間隔は、五分以上かかっている。爆弾庫から爆弾槽への再装填に時間を要するのだろう。
爆弾は小型で、すでに鹵獲しているものと同じだと推測している。重量二八・五キロの可燃性の液体を充填した一種の焼夷弾だ。
セロは火薬を知らない。
飛行船は二種類で、二五〇メートル級は砲戦用で、一五〇メートル級は揚陸用。どちらにも爆撃能力がある。
そして、簡単には落ちない。
二隻の揚陸用飛行船は、唐突に高度を上げ始め、ゆっくりと離脱を始める。
街の中に降下したセロは、推定五〇体ほどと少なかったが、手当たり次第に発砲し、擲弾を投げ、長刀を振るって、非武装の街人を惨殺していた。
ティッシュモックの軍は、上空の飛行船に注意を引きつけられたことと、市街戦が慣れない作戦であったことから、降下したセロの制圧に時間をかけてしまった。
結果、犠牲者の増加を招く。
飛行船は、どうにか駆逐したが、街は混乱に陥った。
飛行船は街の真西五〇キロ付近上空を遊弋しており、立ち去る気配を見せていない。
俺は降魔に問うた。
「被害は?」
「五〇人が死傷した」
「人口の一割か」
「そうだ。甚大な被害だよ」
「街が荒れるぞ」
「怒りがどこに向かうか。
それが問題だ」
街人の怒りは、フルギアに内応していると噂されている〝講和派〟に向かった。
いきなりの艦砲射撃と空挺降下を受けて、怒りはセロやフルギア帝国ではなく、身近な〝講和派〟に向かってしまった。
代表の任にある〝講和派〟の議長は、犠牲となった八歳の女の子の父親に殺された。
自宅に籠もった〝講和派〟には、家族もろとも火が放たれた。
ノイリンでも同じことが起きる可能性がある。
日没後、降魔から「集会に出てくれ」と依頼があり、俺は宿舎にしている古城に戻った。
集会は、古城の一室で始まる。メンバーは、紹介を受けた街の有力者は一人もおらず、全員が新参者だ。
降魔が討議の口火を切る。
「何とか〝講和派〟が黙ってくれた」
海老名が報告する。
「軽傷者多数。死者五二、重傷者四四です」
降魔が応える。
「死者・負傷者の多くは、普通の街人だった。死者は子供が半分を占める」
島村が発言。
「こうなることは、調査でわかっていた。
でも、フルギアの誘いに乗った〝講和派〟が声高に『攻撃なんてない』と主張するから結果として被害が拡大したんだ」
ヨアンナが案を出す。
「どちらにしても〝講和派〟は、この街には住めない。
街から出したほうがいい。
家族を含めて、安全に脱出させましょう」
全員が賛成する。
これは、ノイリンでも起こりえる。セロはヒトを使って内応を仕掛けてくる。これは攻撃前の常套で、街の防衛態勢の弱体化と、団結を乱す効果がある。
アニエスカが中座する。事実上の内応者である〝講和派〟を脱出させるためだ。
彼らにしても内応しようとは考えていなかったのだと思う。
街のことを思い、強大な敵を前にして、穏便に済ませられれば、と考えたのだろう。だが、ヒトのその感情をセロは突いてくる。セロが仕掛ける心理戦に負けてはならない。
降魔が俺に問う。
「あなたたちが使った対空ミサイルだが……」
俺が言葉を切る。
「あれはミサイルじゃないよ。無誘導のロケット弾だ」
「弾道特性がいいね」
「私も驚いたんだ」
「新型?」
「そうだね」
「あと、何発ある?」
「三斉射分、一二発……」
「あれなら、一隻は落とせるかもしれない」
「どうかな?
鈍重だが、意外としぶとい」
「落とせば、士気が上がる」
「それはそうだが……」
「次はどう来る?」
「強襲揚陸に失敗したから、次は爆撃だろう。いままでも街全域に対する無差別爆撃をしている。
今回も爆撃している」
「あれは、苦し紛れだ。
次は、単縦陣で街の上空に侵入してくる」
俺の説明に降魔が納得し、さらなる疑問を提示する。
「二五〇メートル級も爆撃するのか?」
「あれが、一番投弾数が多いようだ。
上空に侵入されると、厄介だ」
「対空砲の効果はあったのだろうか?」
「あった。
だが、セロは犠牲をいとわない。
セロには、彼我の犠牲を比較するという損得勘定がないんだ。
セロが一〇〇死んでも、ヒトが一死ねばそれでいい。
誰も殺せなければ、セロは慟哭する」
「そんな……」
「ただただ、ヒトを殺すためにやって来たんだ。
犠牲はいとわない」
静かだった室内がざわつく。セロの目的意識は、ヒトには理解できない。
ユゼフが尋ねる。
「では、犠牲を顧みず攻撃してくると?」
「そうだね。
犠牲という概念自体がないようだ」
全員から大きなため息が漏れる。
セロは夜間行動しないことが知られている。警戒は必要だが、補給や整備・修理を考えれば再攻撃は明日の朝だろう。
次の戦いが、ティッシュモックの命運を決める。もし、街にセロの大群が降下すれば、殺戮が始まる。
運命の一戦だ。
この街には、地下がなかった。城壁を含むすべての建造物は、すべてが地上にあり、地下施設を持たない。
上下水道は、直径一メートルほどの陶製の土管が使われていて、その中にヒトが隠れることはできない。
つまり、防空壕の代用になる施設が皆無なのだ。
この街の新参者に南北アメリカとアフリカの出身者はおらず、ユーラシアの東と西の端に限られた。
この二地域は二〇世紀に大きな戦火を経験しており、直接の体験ではないが都市に対する無差別爆撃の効果や防空壕の必要性は歴史的な知識として理解していた。
だが、街人の大半を占める世代を重ねた人々には、どうにも理解できないようだ。
降魔たちはそれを危惧していて、戦闘に適さないヒトたちの疎開を提案しているが、街人が従う様子はなかった。
しかも、疎開先がない。精霊族の土地に立ち入れば、フルギアならば攻撃を仕掛けてこない。精霊族との対立を恐れるからだ。
だが、セロにそれが通用するとは思えない。
大勢が野原に集合していれば、セロには格好の獲物に見えるだろう。
ヨアンナが爆撃の規模を尋ねる。
「あの四隻の爆弾搭載量は?」
「はっきりはわからないが、三〇キロ級の爆弾を一〇〇発以上搭載しているらしい」
ユゼフが呟く。
「三トンか。
多いな」
「ノイリンの分析では、二五〇メートル級の飛行船がヘリウムを使っている場合、最大搭載量は六トン程度、八トンが限界だ。
機関や搭乗員や戦闘員を考えれば、三トンの爆弾搭載量は過大だと思う。
もう少し少ないかもしれない」
島村が応える。
「でも、一隻二トンとしても四隻で八トン。この街を破壊するには十分よ」
その通りだ。八トンすべてを落とされたら、街は完全に破壊される。
全員、ため息さえ出ない。
ただ、すでに爆弾は相当量投下しており、その多くは街の外側に落ちた。そして、無為に穴を掘り、種を蒔いたばかりの麦畑に炎を上げただけだ。
残弾は、少ないと見積もれる。
ユゼフは爆弾の投下について、爆撃ではなく、浮力が落ちたことから単に重量物を投棄したのではないか、との見解を示していた。
それはあり得るし、爆弾が無意味な場所に投下されたことからも類推できる。
小口径の対空機関砲は、飛行船に対して、効果は薄いように見えた。どれだけ命中弾を与えても、飛行船は落ちないし、傍目からは悠然と空中に浮かんでいる。
これは、ティッシュモックの街人に絶望的な焦燥感を与えた。
最初の攻撃から三日が経過。
飛行船は動かない。強い風が吹いた日が一日あったが、飛行船は分散してやり過ごし、被害があった様子は見せていない。
雷雨にも動じなかった。
ユゼフは、七六・二ミリの野戦高射砲を失ったことを悔いているようだ。
その気持ちはわかるが、ないものはないのだ。
俺はノイリンに連絡した。
「飛行船には、対空ロケットよりも大口径高射砲が有効」と。
飛行船は巨大で、動きが緩慢。だが、船体自体に浮力があり、浮力を失わない限り落ちない。浮嚢は多数のブロックに分かれているらしく、多数の命中弾を与えても、浮力を与えているガスをすべて失わせることはできない。
巨大な風船の中に、たくさんの風船が入っているような構造なのだ。
二〇世紀初頭にヒトが作った硬式飛行船も同様な構造だったから、おそらく間違いないだろう。
ヒトが作った硬式飛行船とは、異なる特徴もある。
浮体、機体とも、どちらも考えられないほど強靱なのだ。
どういった内部構造なのか、想像さえできない。
それが不安となり、焦りとなり、やがて敗北感につながっていく。
ノイリンから応答があった。アビーが電文を渡してくれる。
それには、かねてからチェスラクが開発していた五二口径一〇五ミリ戦車砲を急遽改造して、二門の一〇五ミリ高射砲を開発したそうだ。
一門は我々の畑の真ん中に、一門は旧滑走路近くの高射砲陣地に擬装して配備したそうだ。
七六・二ミリ高射砲も続々と配備しているが、それを東地区が激しく非難しているらしい。
西地区は、七五ミリのレーダー付きM51高射砲と三五ミリ二連装のL‐90高射機関砲を保有している。
また、カンガブルから、多数の七五ミリ高射砲を購入している。
北地区よりも対空戦闘能力は高いかもしれない。
ポーランド製PZL‐130オルリクは、四機とも地上滑走を始めている。エンジンはレストアせず、西地区製を使った。航空グループは、必死で稼働機を増やそうとしている。
西地区も協力してくれている。
降魔が俺に発射機を見せた。
「四連装対空ロケットの発射機だ。
これならば、三六〇度旋回、仰角最大八〇度。
動力は油圧だ。油圧ポンプはこのエンジンで動かす」
降魔は五〇CCほどの単気筒エンジンを指さした。
彼は続けた。
「これを、あれに載せる」
彼の視線の先に積載量一トンの小型半装軌車がある。この世界で作られた車輌だ。
「きみたちの対空ロケットを引き渡して欲しい。
きみたちの発射架では、軽量すぎて安定性に欠ける」
「それはかまわない譲るよ。
無償でね」
「ありがとう」
対空ロケットの引き渡しには、アビーたちが強硬に反対したが、カロロがどうにか押さえてくれた。
アビーやマルユッカの物怖じしない意見の主張は、チュールとマトーシュに鮮烈な印象を与えた。
それに二人の主張は、傾聴すべき論拠がある。それをカロロは認めた上で、二人の主張を否とした。
チュールとマトーシュは、カロロが否とした理由を話し合い、またアビーとマルユッカが納得していないのに、なぜ主張を取り下げたのか考えた。
ノイリンの将来を担う二人には、よい経験であった。
ティッシュモック部隊の偵察で、四隻の飛行船は修理を行っていることがわかった。外装はもちろん、浮体と機体の両方を修理しているらしい。
我々の攻撃は、相応の効果があったということだ。
ユゼフは、応急修理が終われば、再度侵攻してくると判断した。
それに異論はないが、修理に時間がかかるなら、こちらから攻撃を仕掛けることも作戦の一つだ。
降魔も同じことを考えていた。
彼は、その日のうちにKTOロソマク二輌と対空ロケットを積んだ小型半装軌車と騎兵で出撃。全弾、撃ちつくして戻ってきた。
降魔たちの攻撃に対して、地上に降りていたセロの反撃はすさまじく、騎兵四人が戦死した。
四〇ミリ機関砲弾の多くは、地上での戦闘に使われ、対空ロケットは発射の機会がなかった。
単に銃砲弾をばらまき、四人を失っただけだった。
俺たちはXA‐180で追及し、かなり離れた位置から降魔隊の攻撃を観察した。
降魔は奇襲を企図したようだが、上空から観測されていて、強襲となってしまった。
飛行船は巨大で、至近まで迫っているように感じていたのだろうが、実際は二キロ以上離れていた。
急速接近を試みたが、前衛で警戒にあたっていた、セロの哨戒線に捕まってしまった。
それでも、降魔は強引に哨戒線を突破しようとした。装甲車だけならば可能だったろうが、非装甲の車輌と騎兵をともなっていたことから、防御が脆弱なそれらが狙われて、装甲車はその掩護に回らなくてはならなくなり、失敗した。
カロロがその様子を見ていった。
「装甲車だけなら突破できたのに」
俺が応える。
「この場合はね」
「セロは、戦い慣れしている」
「あぁ、かなりの戦上手だ。
敵の弱点を瞬時に分析した。
兵士もよく訓練されている。
上官の命令に忠実で、装甲車に哨戒線を突破されても、慌てたり、動揺したり、はなかった」
「あのデカイ装甲車がなければ、部隊は包囲されて全滅していた」
「その通りだ。
セロが火炎瓶程度でも対戦車兵器を持っていたら、屠られていたよ」
「火炎瓶なんて、じきに思い付くよ。
あの動物ならば……」
「連中の知能は高いし、高度な道具も作る。
白と黒の魔族よりもはるかに厄介だ。
しかもヒトに似ている」
「戦い方は、相当によく考えないといけないね。
でも、ヒトに似ているから、逆に戦いようはある」
「そうだな。
それは確かだ。
だが、空爆は怖い」
「それも黒魔族との戦いで経験済みだし、高射砲だってあるよ」
「だが、カロロ。
すべての街や村に高射砲があるわけじゃない」
「でも、ノイリン、クフラック、カンガブル、シェプニノが力を合わせれば、何とかなるはずだ」
「問題は、それができるかなんだ。
陸上や川を進撃してくるならば、ヒトを集めて待ち構えることも、籠城することもできる。籠城して、友好関係にある街からの援軍を期待することも可能だ。
だけど、空から突然襲われて、一気に占領されたら、友好も、同盟も、関係なくなってしまう。
黒魔族のドラゴンは、空から火炎で攻撃するだけだが、セロは兵を降下させる。それに、ドラゴンの数は少ないが、飛行船は増えていくだろう。
そして街を占領し、ヒトを皆殺しにする。
食料を奪い、農地を奪う。
建物は、すべて破壊するようだ」
「黒魔族とは違う?」
「完全に、違うんだ」
「噂だと、アシュカナンかカンスクが危ないっていわれているが……」
「フルギアの街は襲っていない。それに、フルギア主流民以外の下流にある大きな街は、ほぼ制圧されてしまった。小さな街は、家と農地を捨てて逃げ出す以外に選択肢はない。
フルギア属領の多くは、セロのものになった。
次は抵抗を続ける小さな街を制圧していくか、フルギア勢力圏外に攻め入るか、そのどちらかだ。
ならば、境界に近いアシュカナンかカンスクだと、誰もが思うだろう。
だが、一気にノイリンを落とせば、アシュカナンとカンスクは死に体となる。
セロに挟まれるからね。
ノイリンが襲われる可能性は高い。
それと、セロはウマを使うけど、クルマは知らないようだ。連中の陸の兵科は、歩兵と騎兵、それだけ。
戦いようはある」
「ノイリンに帰ろう」
「いいや、もう少し教えてもらおう」
俺は、降魔の軍事的センスにはやや失望を感じていた。
粗暴ではないし、論理的な思考もできる。善人ではないが、悪人でもない。統率力はある。だが、いままでのところ無策な感じがする。
ティッシュモックの独立を守ってきた才覚は認めるが、軍事行動の指揮はしないほうがいいのかもしれない。
時の精霊に守護された戦上手とは思えない。
最初の攻撃から五日目。
セロの艦隊が動いた。二五〇メートル級を先頭に単縦陣でティッシュモックに迫る。高度は五〇〇メートルほど。この高度ならば、ブッシュマスターⅡで対応可能だが、我々が供与した砲弾は撃ちつくしている。
ティッシュモック側は、先頭を進む二五〇メートル級に照準を合わせ、街の上空に達する前に四発の対空ロケットを発射。
全弾が浮体に命中するが、セロの飛行船はわずかに揺れただけで何事もなかったように進撃を続ける。
街の周囲では、大量の気球が準備されていた。
俺たちもこれには驚いた。
粗末な気球は直径八メートルほどで、水素を充填している。地上とはワイヤーではなく、植物繊維製の太いロープが使われている。二基の気球の間に、漁網のようなネットが張られていて、飛行船がそれに引っかかると、地上との固定が外れる。ロープの後端にはパラシュートがあり、これで飛行を阻害しようという作戦らしい。
一種の阻塞気球のようだ。
気球は街を取り囲むように、上げられた。そして、セロの飛行船は機動性の欠如を見事なまでに晒して、この単純な妨害システムに引っかかった。
開いたパラシュートは気球の直径よりも大きく、二五〇メートル級飛行船の速度が急速に下がる。後続の一五〇メートル級一隻も引っかかり、さらに後続する二隻は、街の中には侵入せず、東に向かっていく。
大がかりだが、こんな単純な道具で、一時的ではあっても阻止できるなんて、思いもよらなかった。
降魔は戦上手だ。時の精霊に守護されているという評価は正しかった。
航行姿勢が安定しなくなった一五〇メートル級飛行船に向けて、対空ロケット弾四発が発射される。三発が浮体に、一発が機体に命中。ガスの漏出で、大きく揺動する。機体からは炎が見え、損傷したことが確認できる。
しかし、落ちない。
一五〇メートル級は、浮体後部の巨大なプロペラをいったん停止。次に逆回転させて、気球を離そうとする。
これは、意外なほどあっさりと成功し、気球は東に飛び去っていく。
何とも緩慢で優雅な戦闘だ。
二五〇メートル級は、気球とパラシュートを引きずって、北に進路を変える。
浮体後方に向けて、対空ロケット二発が発射され、一発が四ブレードのプロペラに命中。
推進力を奪われた二五〇メートル級飛行船は、風に流されて南に進路を変える。
街の外の地上では、セロとヒトが激しく激突。双方とも、銃、槍、剣での乱戦となった。セロはウマを伴っておらず、ティッシュモック側も騎兵は少ない。それと、ティッシュモックの騎兵は、厳密には乗馬歩兵だ。ウマを降りて戦っている。賢明だ。
双方、一〇〇ほどの兵数だが、ヒトが押している。セロの身体能力は、ヒトと大きくは違わないようだ。セロの斬激をヒトの膂力で防いでいる。セロの剣技は刺突が中心だが、反りのある刀を使っており、鉈のように振り下ろしたり、鎌のように薙いだりの使い方もする。
ティッシュモック側は、反りのない両刃の長剣を使っており、基本は刺突。
俺は彼らの戦いぶりを、城壁上から見ている。セロの戦い方と、ティッシュモックの実力の両方を観察する。
ティッシュモックの科学技術は、あまり高くない。一七世紀か一八世紀前半だ。金属加工も村の鍛冶屋程度。
フルギア帝国勢力圏の標準なのだが、降魔たちは積極的に自分たちの知識を利用しようとは考えないようだ。
ただ、フルギア帝国勢力圏以外からも、武器や車輌を購入している。精霊族との通商もある。フルギアの流儀にしたがって、奴隷を使ったりはしていない。
何か降魔自身の〝流儀〟があるのだろう。
この世界の科学技術は、街や地域によって大きな差がある。二一世紀を維持できている街はないが、いくつかの街が協力し合って二〇世紀中頃程度ならどうにか、という地域はいくつかある。
電気のある街も多い。風力や水力で発電している。
ティッシュモックは、閉鎖的ではないのだが、自分たちで機械を作ろう、機械文明を維持しよう、という意識は低い。
電気もない。ランプの生活だ。
それと、一八年間、最初の入植地から物資を回収しようとした形跡がない。あれだけの物資があれば、発電機を作れる。
だが、そういった作業を行った形跡はない。
それと、彼らは自衛官であった。小規模とはいえ自衛隊が部隊単位で、二〇〇万年後にやって来たことも解せない。
それと、映像を残した男が「ここはどこなんだ?」と。彼らはここが二〇〇万年後だとは知らなかった。
誤ってやって来てしまったと考えてはいるが……。
地上での戦闘は、一時間ほどで終わった。ティッシュモック側が増援を送り、劣勢となったセロは引くことなく、最後の一兵まで戦った。
それは愚かなことだと、ヒトである俺には思えた。
飛行船は一隻も落とせなかったが、地上戦終結から一時間後には四隻すべてが視界から消えていた。
城壁上にいる俺の横にカロロが立つ。
「ハンダ、どうする?」
「見たいものは見たよ。
ノイリンに帰ろう」
「奇妙な動きがあるんだ」
「?」
カロロが周囲を見る。
「ナダがエビナと厄介な約束をした。
逃がした〝講和派〟をノイリンでかくまう」
「どういうことだ?」
「〝講和派〟はある男に操られていた」
「ある男?」
「正体はわからない。〝講和派〟は精霊族の街にいる」
カロロが続ける。
「ゴーマたちは、この街を支配しているわけじゃない。微妙なバランスの上で、生活しているんだ。
街人の大半は、若い連中の反乱、クーデターっていうやつを支持している。
だが〝講和派〟以外にも反ゴーマはいるんだ。
彼らはクローのクーデターを快く思っていないし、いつでも牙をむく雰囲気らしい。
この連中は〝講和派〟よりも厄介で、表立っての行動はしないが、裏では相当にあくどいことをしている。
死んだ二人、ニホン人とポーランド人は、そいつらに殺された。
生き残っている六人にも、脅迫めいたことはあるようだ」
「それで……」
「ゴーマたちは、そいつらと戦う意思を固めている」
「彼らは、一八年間、この街を発展させてきたんだぞ。
その功績を無視して、殺そうと画策しているグループがあるというのか?」
「グループではなく、一族らしい」
「一族?」
「個人的恨み、とも考えられる」
「最近、病気で死んだニホン人だが、毒殺らしい」
「暗殺?」
「街人の誰かがやった、とエビナは思っている」
「海老名はどうしたいんだ」
「〝講和派〟と精霊族の土地で待ち合わせる」
「すでに、手はずを整えたのか?」
「ナダではない。
俺が指示した。
精霊族の街で〝死人〟が〝講和派〟を守っている」
俺は息を吐いて、カロロの肩に手を置いた。
カロロのいう〝死人〟とは、死んだはずのヒトという意味だ。蛮族は、こういう表現をよく使う。
降魔は、納田の残留を強く希望した。俺が断ると、相当な落胆を見せた。
納田が直接「ここに残る意思はない」と断言すると、納田に対して心からの礼を述べた。
「あなたのおかげで、何人もの街人が救われました。本当にありがとう」
納田は下を向いた。海老名から何かを聞いていたようだ。
「街がいい方向に向かうことを願っています」
降魔は絶句した。
「そうなるように頑張っているんだが……」
この街には、明らかに降魔たちの抹殺を狙っている何者かがいる。
俺の憶測でしかないが、どうも別系統の新参者のようだ。降魔たちは、街の乗っ取りを仕掛けられているらしい。
カロロの調べでは、いわゆる〝講和派〟も反降魔の一族が背後で糸を引いていた。
降魔は、四〇過ぎのおっさんにしては、さわやかな笑顔で、納田を見た。
俺は、この男の苦悩を垣間見た。
納田とミランダの「一刻も早く」との要求で、日没の三時間前という微妙な時間にティッシュモックを出る。
納田とミランダは「ぐずぐずしていると、何を仕掛けてくるかわからない」と、反降魔派を警戒している。
チュールとマトーシュは、クローとの別れの挨拶をしたがったが、納田が許さなかった。二人はミランダにも叱責された。
俺とカロロは、それほどの危機感を感じていなかったが、アビーとマルユッカも情報源は違うようだが納田やミランダと同様な意見だ。
クローたち若者グループは、街の乗っ取りを画策している真の反逆者のあぶり出しを始めているようだ。
また、クローたちは父母の代がフルギア帝国支配圏での生き残りを模索し続けてきたことに対して批判的で、完全な独立を主張している。
つまり、ティッシュモックがフルギア帝国から離脱して、独立した街になるということだ。
本質的に、そのようになることは降魔は反対ではないだろう。だが、拙速な行動は犠牲を生む。
降魔は無計画で拙速な行動を戒めているだけだ。
俺とカロロは、納田たちの意見に従った。
俺たちは、海老名絢香に指定された精霊族の街に立ち寄る。
小さな街だが、多くのヒトが住んでいる。ヒトが住む区画の、質素だが大きな家に向かう。
ここで〝講和派〟を待つのだが、家の主が問題だった。
レフ・ヨンストン。
四人目のポーランド人だ。
事故で死んだと聞いたが、生きていた。反降魔派に、事故を装って生命を狙われたとか。
数年前のことらしい。
この世界で生きていくことは容易ではない。反降魔派を暗殺するという選択肢も検討したようだが、結局できなかった。
反降魔派の頭目が誰なのかは、憶測の域を出ないらしい。確信がないのだ。対象が明確でなければ、行動はできない。
それと、倫理観と殺人に対する恐怖心で……。
レフは、脚に障害が残った。ゆっくりと歩くことはできるが、走ることは無理だ。
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この世界には、過酷で残酷な野生しかない。
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