200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第9章

09-214 マダガスカル

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 ゲートに突入したのは深夜2時頃だったが、島への激突が回避され、誰もがホッとした直後に夜が明け始めた。
 明らかに時間をジャンプしていた。

 船内放送は「このまま夜まで待ちます。天測によって現在位置を確認したら、一番近い大陸に向かいます」と告げた。
 交代で外の景色を見ることが許可され、隆太郎は梨々香とサクラとともに、デッキに出た。最上階の展望デッキは大人気で行列になっていたが、低層階のデッキはそうでもない。
 驚いたのは、巨大な海棲爬虫類がたくさんいること。先端が二股に分かれた長い舌を出し入れしながら泳ぐ姿は圧巻で、その舌を海面から出すと、ゾッとする。獲物を探しているからなのだが、サクラは飛び跳ね、手を叩いてはしゃぐ。

 移住を指揮している上層部は、かなり混乱している。
 周囲にはいくつかの島があるのだが、ここがどこか、海の上であること以外、皆目見当がつかない。
 太平洋なのか、大西洋なのか、インド洋なのか、それ以外の海なのか?
 北極海や南極海もあり得る。
 200万年後を目指したはずだが、どれだけ時渡りしたのか推測さえできていない。

 その夜、船内放送があった。
「天測の結果、インド洋の西側にいることがほぼ確実となりました。どのくらいの時間を渡ったのかわからないので、正確ではありませんが、本船はモーリシャス島沖にいるものと推定しています。
 本船の燃料では、非常用燃料を使ってもアフリカ沿岸まではたどり着けません。マダガスカル島までが限界です。
 このため、本船は明朝、マダガスカル島東岸にに向かいます。
 燃料に余裕があれば、西岸のモザンビーク海峡側を目指します」
 もし、インド洋の真ん中だったら、大陸にはたどり着けず、漂流するところだった。
 航空機や車輌の燃料をすべて使えば、たどり着けるが、その後は身動きできなくなる。
 隆太郎は「強運だ!」と感じていたし、言葉にもした。理由だが、マダガスカルには油田の存在が確認されているからだ。

 出港は1日遅れた。大きく荒れたわけではないが、風がやや強く、雨が降っていたからだ。
 巨大移住船は脆弱で、嵐の中を航海できるほどの安定性はない。
 翌朝、抜錨。1800キロの航海が始まる。航海速力20ノットで50時間の旅となる。
 これで、燃料はほぼ危険水準を超えて減じる。行動の制限は否めない。

 マダガスカル島は世界第4位の面積がある島で、日本の国土の1.6倍ある。
 アフリカとはモザンビーク海峡で隔たり、固有の生態系を有する。天然資源にも恵まれている。
 少なくとも200万年前は……。
 漁業や農業・林業はともかく、鉱物資源は200万年後でも変化はないはず。
 行き場所も決まっていた。経済速度を徹底して、燃料の消費を抑える。
 マダガスカル島は南北に長い凹凸の多い長楕円形だが、北西海岸の200万年前はマハジャンガと呼ばれていた都市のあった内湾に向かう。
 この湾内で、巨大移住船での旅が終わる。
 燃料を使い果たすからだ。

 200万年後もボンベトカ湾は存在し、ベシボカ川も同様だった。200万年後のベシボカ川は、広くて深い澄んだ大河になっていた。
 ボンベトカ湾も縦深があり、深い水深になっていた。25万総トンの巨大移住船の泊地としては、最適だ。

 全長15メートルの上陸用舟艇型揚陸艇を使って、高知でエンジン換装を含む大幅な改造を受けたM113装甲兵員輸送車2輌を上陸させる。
 周辺の調査を行うためなのだが、200万年前のマダガスカルとは異なり、草原が多い。マダガスカルは本来、南北に延び、東西を分断する中央高地を境にして、東側は湿潤、西側は乾燥している。
 それは、200万年後も同じなのだが、東側にも山岳地と山麓を除いて大規模な森林は少ない。
 面積としては草原が70パーセント、、疎林が30パーセント。
 もちろん、道はない。
 そして、穴居人を目撃していない。
 だが、とんでもない怪物がいた。飛べない巨大な鳥だ。草食と肉食がおり、肉食は捕食と腐肉食がいる。最大種は草食で地上から頭頂まで5メートルもあり、捕食種は3メートルに達する。
 驚異的に恐ろしい動物だ。
 哺乳類を見ることはなく、この島は飛べない鳥の楽園だ。
 ヒトには地獄だが……。
 もちろん、飛べる鳥もいる。飛べる鳥は、最大でもハトほどの大きさ。猛禽は見ていない。

 これが、上陸初日と2日目の報告だった。

 2日目の夜、隆太郎と梨々香はベシボカ川探検の協力を求められる。
 サクラは船内小学校に通うこととなり、授業終了後は学童があるし、夜間学童もある。
 梨々香とサクラは離れることを嫌がったが、隆太郎が2人を説き伏せた。
 いつまでも船では生活できないからだが、協力を求めてきたのは最上部組織である移住委員会ではなく学術調査会だった。
 畠山と名乗った地理学者が説明する。場所は最上甲板、ポーターの横だ。
「大きな飛行機なんですね。
 突然ですみません」
「民生部の大木さんから話は聞いています。
 ベシボカ川上流を探検したいとのことですが……」
「上流は無理ですが、河口から300キロ付近まで調べたいのです。
 地上から川の周辺を……。
 この飛行機ならできるかもしれないと、複数の会員が噂しているのを聞いたものですから……」
「武器なしでは無理ですよ」
「お2人の武器は返却させます。
 それと、メンバーも銃を持ちます。
 自分の身は守れます」
「畠山先生、メンバーは?」
「動物学者、植物学者、それと私の3人です」
「高知から出たことは?」
「もちろん、あります。
 域外調査をしなければ、仕事になりませんから……」
「穴居人と遭遇したことは?」
「域外調査をすれば、否応なく……」
「ならば、協力します」

 隆太郎たちのポーターは、巨大移住船から下ろされた最初の航空機だった。
 河口付近のベシボカ川は、大型船が航行できるほどの水深があるが、数キロ上流の様子さえわかっていない。
 ポーター以外の固定翼機は、最上甲板に繋止されたまま。フロート付きのセスナ172も飛行甲板上に繋止されている。
 2機のヘリコプターはポーターの発船後、自力で離船して陸上に移る。
 着船はできない。最上甲板は全通だが、積み荷が多すぎ、強度も足りないからだ。

 移住委員会は、マダガスカルでの生存可能性を確認することから始めていた。
 生存可能性を確認していることは確かだが、この地を離れることはできない。
 ここが終着地。巨大移住船には、燃料が残っていない。どこにも行けない。
 否応なく、ここに住むしかないのだ。

 移住委員会は、200万年前のマハジャンガを取り囲むように高さ3メートル、長さ13キロに達する防壁を築く、と発表。野生動物の侵入を阻止するためだ。
 その作業員の募集を始める。
 防壁は、単管パイプと安全鋼板で作る。1日に4キロ、南北両端と中央から始め、4日で完成させる。
 以後、8500人分のインフラと住居を建設する。
 同時に、農地を開墾し、最初の作物を植える。
 ここまでを、3カ月で達成する。壮大な計画を短期間で実現しなければならない。

 移住委員会は、テンダーボートによる周辺沿岸域の調査、内陸にあるはず油田の確認なども同時に計画する。

 200万年前のマダガスカルは原猿の楽園だったが、200万年後は走鳥の支配下にあった。
 大災厄と大消滅によって、地球の生態系は完全に破壊された。顕生生物種の90パーセント、個体数で97パーセントが死滅したとされる。
 ただし、ヒトのような大型種は個体数の0.1パーセント以下しか生き残れなかった。
 完全に破壊された生態系において、他の陸地とは交流のないマダガスカルでは、鳥類が覇者となった。
 しかも、恐竜のように二足歩行する肉食性走鳥が食物連鎖の頂点に君臨している。
 恐鳥の島だ。

 梨々香は、思わずレミントンM700を握りしめた。自分でも信じられないほど強い力で……。
 走鳥の脚の太さは尋常ではない。凄まじい筋肉だ。
 時速70キロを超える速度で、何時間も走り続けられる。こんな芸当は、哺乳類には無理。爬虫類にも無理。両生類にも無理。
 だから、マダガスカルには体長50センチ以上の動物は鳥しかいない。飛べる鳥と飛べない鳥。
 草食の走鳥も恐ろしい。草食ではあるが、小動物ならば捕食する。腐肉食をする走鳥もいる。
 頭頂高3メートル級の肉食走鳥が、頭頂高5メートル級の草食走鳥を襲う様子を低空から観察する。
 隆太郎を含めて、全員が息を飲む。
 勝者は草食走鳥だった。
 草食走鳥の蹴りが肉食走鳥の胸にクリーンヒットし、倒れ込んだ肉食走鳥の太い首を草食走鳥が片足で押さえ込む。
 そして、握り潰した。
 肉食走鳥は絶命したと思われるが、草食走鳥はとどめとばかりに嘴で突いて目を潰す。
 何とも壮絶な戦いだった。

 梨々香が「ここに住むの?」と問い、動物学者が「穴居人よりはマシだ」と呟く。
 2人の声は震えていた。
 だが、隆太郎も穴居人よりは、恐鳥のほうがはるかにマシだと感じた。
 動物学者が隆太郎の思いを肯定する。
「特異な生態系だけど、逆にヒトには好都合かもしれない。
 恐鳥だけを警戒すればいいのだから。
 穴居人は野生動物に襲われることが知られている。オオカミが襲うことは少ないが、トラやヒグマは攻撃する。だが、食べる行動は確認されていない。
 穴居人は、ヒトに限らず、原初的な嫌悪感を感じさせるのかもしれない。
 穴居人さえいなければ、ヒトは生きていけるさ」
 誰にも異論はなかった。

 植物学者が「アブラヤシが多いね」と呟く。
 誰も返事しないが、発した言葉の真意は理解していた。
 梨々香が隆太郎に「アブラヤシって?」と尋ねる。
「果肉からパーム油が採れる。種からはパーム核油も採れる。
 食用にもなるし、燃料にもなる。
 発電にも使える」
 梨々香が微笑む。
「なら、電気の心配はいらないね」
 小声だったが、ヘッドセットを付けているので機内の全員が聞いていた。

 ベシボカ川を20キロ遡ると、ワニを見なくなる。河口付近のワニは小型で、体長50センチ以上は見ていない。
 それと、ワニは陸上に上がらない。完全な水棲に進化している。陸に上がれば、恐鳥に捕食されるからだ。
 水中も安全ではない。
 超巨大化したサギのような恐鳥が、長い嘴で水中の獲物を狙っている。
 走鳥類の多様化は目を見張るものがあり、生態系のすべてに適応放散している。
 最小はスズメほどで、共通しているのは強靱な脚だ。食性は大きさとは無関係で、小型の肉食は昆虫のほか小型の爬虫類や両生類を狙う。
 哺乳類はネズミさえ目撃しない。
 ヒトが到達する以前のニュージーランドの環境に似ている。

 ベシボカ川調査は、予定の2時間で200キロ遡上し、上空からだが詳細な観察を行った。
 動物学者と植物学者は、議論に夢中になりすぎて、同一地点での旋回を何度も求められた。
 植物学者はアブラヤシの森に驚喜し、動物学者は鳥が支配する生態系に驚嘆していた。

 翌日は、地理学者と歴史学者を乗せて飛ぶ。
 地理学者は、ベシボカ川の成因が200万年前とは異なるとの説を唱えた。
 歴史学者はヒトの痕跡が見あたらないことに、愕然としていた。

 マハジャンガの気温は、1週間経過後で28℃が最高値だった。23℃までしか上がらない日もあった。
 地球は寒冷化しているようだ。寒冷化に向かっているのか、温暖化に向かう途上なのか、まったくわかっていない。
 油田は発見できていない。地上からでは油田があった場所まで、たどり着けなかった。それと、プレートテクトニクスのため、ランドマークの緯度経度が200万年とは異なっている。マントル対流によってプレートが移動しているためだ。
 だが、アブラヤシの実と種から採取できる油は、移住者たちの急務の用にはなる。

 1週間後には、居住地周辺のパーム油とパーム核油から採油テストが始められた。
 まず、ガスタービン発電に使用。動作試験用ターボプロップで作動を確認してから、航空機での使用を開始する。
 その前に、ディーゼル用として、軽油の代用となった。
 高知では代替燃料の研究が進んでおり、パーム油からの精製燃料は、まったく問題なかった。むしろ、石油由来の軽油よりもガスタービンエンジンの燃料に適していた。

 マハジャンガには季節がない。
 それは、最初からわかっていた。つまり、年間を通して作物を収穫できる。アブラヤシも同じで、通年の収穫が可能。アブラヤシは無尽蔵にある。
 8500人の移住者に十分な燃料を与えてくれる。
 それでも、鉱物油は必要で、どうにかして油田を発見する必要があった。マハジャンガから油田まで、想定350キロ。到達不可能な距離ではないのだが……。

 マハジャンガに到着してから、1カ月が経過したが、居住区域と外界を隔てる防壁を越える大型の動物はいなかった。
 美しいビーチがあるものの、海には大型爬虫類がおり、泳ぐなんてあり得ない。
 不自由はその程度。
 もう1つ、重大な不自由があった。
 巨大移住船での生活が長引きそうなのだ。
 陸地に発電所の設置と滑走路を建設したが、住宅まではとても手が回らない。
 2機のヘリコプターは、自力で離船。全通甲板上の大型機は海上の筏に下ろし、陸上からM113装甲兵員輸送車に牽引されて上陸。滑走路まで移動した。
 滑走路に隣接して、格納庫も建設されていて、全機に1つずつの屋根付き掩体が用意された。ポーターにも格納庫がある。
 航空機は貴重だからだ。

 ガスタービンとディーゼルの燃料は、どうにかなりそうだが、ガソリンは調達の見込みが立っていなかった。
 そのため、手軽に使えるはずのセスナ172が簡単には飛ばせない。
 このため、この時期の航空偵察は、ヘリコプターとポーターに頼っていた。
 必然として半径数百キロ圏が偵察圏内になる。

 滑走路は南北に延びていて、居住区の外縁近くにあった。
 この滑走路周辺がマダガスカル探検の拠点となっていた。
 簡易テント4張、恒久型テント倉庫4張、プレハブ建物4棟が完成している。
 この建物群のうち、学術調査会は簡易テント2張を専有使用している。
 学術調査会の面々は、生物系、化学系、物理系、歴史や考古学など人文系、地理や地質、鉱物資源探査など、学際的な研究者の集まり。
 この時期、隆太郎は学術調査会に乞われて、いろいろな場所への移動を手伝っていた。
 梨々香は、域内で運用する固定翼機の整備を担当している。
 もちろん、個人の所有物であるポーターの整備は、隆太郎と梨々香の仕事だ。

 巨大移住船は、当面は住居として使用するしかなく、この巨船を接舷できる浮き桟橋の建設が進められた。
 また、地上に住居を建設する材料とするために、船体上部構造物の撤去準備が始まっていた。
 航空機を乗せるための最上甲板は撤去工事が進められ、これを撤去すれば船室はいまよりも明るくなる。
 プールなどのアミューズメントが残っており、詰め込んでいる物資を搬出してしまえば、本来の目的に使える。

 最初に陸上に建設された工場は製材所で、豊富な木材資源を活用して、喫緊に必要な建材や木製品の製造に充当していた。
 製材所の稼働とほぼ同時に、家具工場も操業を始める。
 大消滅後、高知では木材に関する技術を継承できておらず、古い道具を使っての手探り状態だった。
 船体側面が切り裂かれ、船倉から、建機や農機、各種車輌が下ろされ、空いたスペースは臨時のショッピングモールになった。
 住宅の建設は優先順位が下がり、農地の開墾と工場の建設が最優先になる。

「北のアンツィラナナがあったあたりに、住居の痕跡を見つけたよ」
 地理学者が考古学者に伝えた。
 考古学者は「南端には何もなかったよ」と、地理学者に伝える。
「調べつくしてはいないよ。
 ざっと見ただけさ」
 歴史学者が少し沈んだ声で言う。
「東岸のアントゥンギル湾で、沈んだ船を見つけた。はっきりしないが、ガレー船のような木造の櫂走船のようだった。
 全長は30メートルくらいかな」
 明確にヒトの痕跡があるのだが、ヒトの姿がない。

 学校を陸上に建設するか否か、それが議論になっていた。
 就学年齢の子供は約2000。
 彼らを開放感がある陸上で学ばせるか、安全な船内にとどめ置くか、結論が出ない。
 建設する街は、学校と集会場を中心に広がっていくことになる。建設に必要な木材はあるが、恒久的な建造物となると、完成までに期間を要する。
 労働力も必要。
 学校や集会場ではなく、農地の開墾が優先されるとの意見も正論だ。
 それと、ボンベトカ湾は穏やかで、巨船であることから揺れることはない。
 サクラが通う学校に関して、隆太郎と梨々香は、陸上でも船上でも楽しければどちらでもいいと考えていた。

 梨々香は毎日船に帰ったが、隆太郎はそうもいかなかった。
 数日ぶりに帰り支度をしていると、知古の歴史学者が隆太郎に声をかける。
「萱場さん、たいへんなものが見つかった!」
「何です?」
「ドーム型の建物だ!」
「ドーム型?
 草葺きの?」
「違う、違う!
 掘っ立て小屋じゃないよ!
 金属製らしい。
 調査のボートが海岸から少し内陸で見つけた。
 萱場さん、この飛行機で行けるかな?」

 この夜、隆太郎は緊急調査のためにポーターの整備を夜遅くまで続けた。結局、格納庫に泊まることになった。

 調査には、歴史学者、考古学者、地理学者の3人が名乗りを上げた。
「アントゥンギル湾の岸から北に草原を進むと、そのドームに至るんだ」
 地理学者が空白ばかりの地図を広げて、説明している。
 だが、そんなに簡単なことじゃない。
 隆太郎が釘を刺す。
「先生、ポーターの通常の航続距離は1000キロくらいで、その場所までは直線で350キロもあるんです。予備燃料がなければ戻ってこれませんよ。
 燃料を積めば物資は積めなくなるし、物資を積めば燃料が積めないんです。最大離陸重量が決まっているので……。
 荒れ地での短距離離着陸をするなら、航続距離は700キロくらいにしないと。
 空からでも、内陸突破なんて無理ですよ。可能だとしてもドラム缶10本くらいの燃料を事前に運び込んでおかないと」
 現実を突き付けられた科学者たちは、口を開けたまま固まる。
「大型機でないと航続距離が足りないし、大型機には整備された滑走路が必要です」
 だが、科学者たちは諦めなかった。
「萱場さん、あなたなら名案があるはず。
 どうすればいいか、言ってくれ」
 隆太郎は少し困った。
「陸路で中央高地を越えることは、ほぼ不可能。ベシボカ川は、中流域で2つに分かれます。
 南の支流に入ると、200万年前は首都だったアンタナナリボの近くに達します。
 北に向かう支流を遡っても、アントゥンギル湾のはるか南です。
 仮に内陸突破を試みるとすれば、物資を積んだボート2艇で中継基地を設営するしかないですね。
 中継基地を設ければ、ヘリコプターも使えます。
 もう一案。
 海路なら最北のディエゴ・スアレス湾まで650キロ、アントゥンギル湾最深部までさらに650キロ。合計1300キロ、12ノットで進めば、1日に12時間航海で5日です。
 海路のほうが早いですよ。
 ボート2艇で、海路を選んだらどうです?」
 考古学者で探検家の初老の女性が提案する。
「調査は急がないと。
 未知の危険のサインかもしれないから……。
 適切な場所に中継基地を設営しましょう」
 隆太郎が地図を差し示す。
「アナララバの湾内深部に中継基地を作れば、マハジャンガからアナララバまで海路で240キロ、アントゥンギル湾深部までは空路で200キロ。
 アナララバに燃料など物資を集積する基地を作りましょう。当初は、小さな基地でいいと思います。仮囲いをすれば、安全でしょ」
 若い歴史学者が懸念を示す。
「その安全鋼板だけど、行政が使用を許可するかなぁ。単管パイプと安全鋼板は、超貴重品だからね。
 誰が行政と交渉するか……だね」
 そんな勇気がある学者はいない。単管パイプと安全鋼板は大量にあるが、無限にあるわけではない。
 学者の学術的好奇心に付き合ってくれるか否かは、行政の判断次第だ。

 この日は、後ろ向きな結論で終わってしまった。
 隆太郎は、学術調査会にポーターごと雇用されている。学術調査会は行政からの助成金と、民間の寄付で運営されている。この民間の寄付がくせ者で、まったくの善意から、覆い隠せない我欲までいろいろ。
 今回の探検では、最大のスポンサーは地下資源探査会社と種苗会社だ。地下資源の在処を調べ、農地に適した土地を見つけたいのだ。
 そのおかげで、資金は潤沢。隆太郎にも相応以上の対価が支払われている。

 巨大移住船に戻ると、隆太郎たちを担当している民生部員が来訪していた。
「あ、隆太郎さん、私、今度、別の仕事になったので、お別れの挨拶に来たんです」
「お別れ、ですか?
 大木さんはどこかに行くのですか?」
「違いますぅ。
 今度、小学生の学童教育担当になったんです。
 船内に学童教室を新設して、学校が終わったあとの小学生の預かりを担当するんです。
 これから、街の建設や農地の開拓で忙しくなるでしょ。その間、お父さんやお母さんに安心して働いてもらえるよう、学童を強化するんです。
 学童ホテルもできるんですよ」
 梨々香が微笑む。
「学童ホテル?
 大木さん、それって?」
 民生部員の大木樹里は、楽しそうに答える。
「例えば、両親が農地開拓で忙しく、船や街に帰れない場合、小学生を泊まりがけで預かるんです」
 梨々香が感嘆する。
「へぇ~、それいいかな。
 大木さんなら安心して預けられるし。
 サクラも、泊まってみる?」
 サクラが即反応する。
「うん、うん、うん、泊まってみたい。
 一晩中、遊べるじゃん」
 サクラは、房総にいた頃とは激変した状況に上手に適応していた。隆太郎と梨々香は、それほどでもない。
 隆太郎は、まだ10歳代の梨々香なら新しい生き方ができると考えていた。歳の離れた隆太郎ではなく、彼女にふさわしい相手がいるように思う。
 房総では男女に選択肢はない。しかし、ここにはある。
 別れの時は、祝福するつもりでいた。

 ほとんどの物資は行政の管理下にあった。ごく少数の例外を除いて、車輌も行政の管理下にある。
 その例外に隆太郎たちの装備があった。

 学術調査会が発見した金属製のドーム型建造物について、行政は重要視していた。
 ヒトがいる可能性を示す証拠であり、安全保障の観点から調査の必要は明白だった。

 陸上に自動車工場が建設され、部品集成による製造、改造、修理が再開される。工場は鋼板張りで、堅牢だが簡易な臨時施設だ。
 浄水場や上下水道などのインフラ整備にも取りかかっている。

 移住委員会は行政全般を担っているが、領域警備以上の軍事力を欠いていた。
 理由は、戦う相手がいないからだ。高知では、農作物を荒らす動物と、穴居人以外に敵がいなかった。
 当然、軍隊はない。規模の小さい警察的組織と、外周部の警備を担う国境警備隊的部隊以外はなかった。大災厄から70年の時を経て、陸戦・海戦の知識は失われてしまった。
 だが、最低限の兵器運用については、研究と訓練が続けられていた。
 しかし、その程度なので、200万年後のヒトとの接触が争いに発展する場合を考えると、大きな危機感を持っていた。
 だから、ヒトの存在を望みながらも、同時に恐れてもいた。

 学術調査会が発見したドーム型建造物の調査は、移住委員会が全額を負担することになった。同時に、スポンサーは調査から撤退させられた。
 調査の主体は学術調査会となり、移住委員会は必要な物資の供与を約束した。
 ただし、移動手段は自前で用意することを要求される。もちろん、移住委員会は学術調査会がポーターを借り切っていることを知っている。

 梨々香とサクラは、3週間も隆太郎と離れることを嫌がった。
「そんなに長い間、梨々香と2人だけなんて、イヤだよ」
 サクラの言葉は、梨々香の気持ちと同じだった。
「私とサクラだけになっちゃったら、どうしたらいいの?
 死ぬなら一緒だよ」
 隆太郎は、2人の泣き出しそうな顔を見て、心の中でため息をつく。
「危険なことをするわけじゃない。
 東岸を探検するだけだ。
 東岸まで飛ぶのはポーターだけじゃない。個人所有のヘリも参加する。大規模な探検隊だ。
 心配はいらない。生きて帰るよ」
 2人の心配は尋常でなく、心細い気持ちはわかる。
 時間をかけて、何とか落ち着かせたが、納得はしなかった。

 翌日の夜、隆太郎が巨大移住船に戻ると、サクラの態度が変わっていた。
「あのね、寧々ちゃんのパパがね、隆太郎の探検隊に選ばれたんだって。
 すっごい自慢してたから、私も負けずに自慢しちゃった。
 どうしよう~」
 梨々香の気持ちに変化はないが、勤務先の航空機整備工場では「心配しすぎ」と笑われ、ベテラン女性社員からは「浮気を心配しているの」とからめ手から攻められ泣き出してしまったらしい。
 だが、工場長から「大事な仕事だ。それに、萱場さん以外にこの任務を全うできる人物はいない。ヒトがいるかもしれないんだ。大切な任務だ」と、梨々香を諭した。
 彼女はしぶしぶではあるが、諦めでも納得でもない同意の気持ちに至っていた。
 隆太郎にも、梨々香とサクラを置いて出かけることに不安がある。その感情は、相互の依存性に起因するのではないかと感じていた。
 もし、病的な依存性があるのなら、少しずつ改善したほうがいいと考えていた。
 そして、まずは、自分から、そうしようと。

 探検隊には、第1次東岸調査隊の名が付けられた。
 学術調査会が計画した通り、マダガスカル北部西岸アナララバに中継基地を設営する。
 当初の計画と異なる点は、ディエゴ・スアレス湾で発見された居住の痕跡を調査する考古学者と人類学者の中継基地にもなることだ。
 移住委員会は、この中継基地を将来的に恒久施設とすることを目指す。

 隆太郎には心配があった。調査隊の規模に比して、用意された物資が少ないのだ。
 十分なのは、20メートル四方を囲える安全鋼板くらい。
 ただ、銃が返却され、十分な弾を支給されたことには感謝している。
 7.62×51ミリ弾の半分を梨々香に預けようとしたが、彼女は「20発でいい」と拒否。ポンプアクションのショットガンも持っていくように伝える。

 移住委員会は高知での規則・法を引き継いでいた。銃は登録すれば所持できるが、弾薬の所持は許されない。
 領域外へ出る際に、弾薬を買い、領域内に戻る際に同額で売る。弾薬の領域内持ち込みは、重罪に問われる。
 だが、マダガスカルでは、5発まで弾薬の個人所持が認められた。余剰の弾薬は、移住委員会の当該部署に預けることになっている。
 未知の危険に対処するためだ。

 彼らが使用している弾薬は7.62×51ミリ弾だが、NATO弾ともウィンチェスター弾とも異なっていた。
 仕様としては、やや減装の自衛隊の使用弾にほぼ準拠している。
 製造されている銃はスプリングフィールドM14バトルライフルと同じだが、直接のモデルは台湾軍の57式歩槍。
 ただ、機構をコピーしただけで、木部を排し、ピストルグリップやピカティニーレールを追加するなど形状はまったく異なる。
 着脱弾倉式だが使い捨てではなく、5発クリップでの装弾が可能で半固定弾倉になっている。理由は、この銃の本来目的が害獣駆除だからだ。標準弾倉は5連クリップを2個、計10発まで装弾できる。
 しかし、この弾数では10体前後で移動する穴居人には不十分で、多くが20発着脱弾倉を使っていた。
 銃剣の取り付けも可能だ。刃渡り12センチと護拳付き30センチ型がある。30センチ型を取り付けた場合、銃の照準が狂う。
 この銃剣を使用するのは、穴居人相手に全弾撃ちつくしたときだ。座して死なない覚悟であり、死を受け入れない生への執着でもある。
 同時に領域外に出るヒトは限られ、穴居人の恐ろしさを知るものは人口の半数に満たなかった。

 第1次東岸調査隊に参加するにあたって、隆太郎は半自動ライフルとポンプアクションショットガン、それと刃渡り55センチの長脇差の拵えを変えた曲刀を用意する。
 半自動ライフルはレミントンM7400で、祖父の時代に着脱弾倉に改造され、10発装弾が可能になっていた。
 祖父の時代は物資不足が原因で、ヒト同士の争いが多く、自衛目的での改造だった。ショットガンも同様で、対人戦闘用に装弾数を8発に増加されていた。
 つまり、隆太郎の武器装備は、70年以上前に製造されたものだ。
 やはり、祖父の時代のことだが、銃身内部の摩耗を防ぐためにクロムメッキが施された。
 古いが十分に使える武器だ。

 隆太郎には自前の個人装備があるが、第1次東岸調査隊実行委員会から、正規の個人装備一式の貸与が打診された。
 隆太郎は貸与に対して、迷ったが辞退した。科学者たちも同様で、自前の装備があることから断っていた。
 自前の装備はボルトアクションの猟銃で、多くは大災厄以前に作られ、弾倉を5発以上に改造されている。
 あるいは、台湾軍から引き継いだ中正式歩槍二式のレプリカで、原型はモーゼルKar98kだ。Kar98kの使用弾を7.62×51ミリ弾に変更したものに相当する。
 この小銃は重いが、扱いやすく、動作が確実なので、領域外に出る科学者や探検家、過去の物資を探すサルベージ屋に愛用されていた。
 ただ、発射速度が遅いことから穴居人に対しては決定的に能力不足で、穴居人の四国侵入後は.44-40ウィンチェスター弾を使用するレバーアクションライフルが重用される。
 この弾薬と銃の組み合わせは、穴居人に対して十分なストッピングパワーを発揮した。
 だが、クマ、イノシシ、トラ、ライオンなどの野生動物には、まったく威力不十分。
 第1次東岸調査隊の科学者たちは、恐鳥に対応するためボルトアクションのライフルを持参している。
 隆太郎は、ショットガンに散弾ではなく、巨大な1粒弾のスラッグ弾を装填している。
 すべては、恐ろしい鳥に対するためだ。

 準備が整い、出発の日、急造の港には見送りのヒトがたくさん集まった。
 一方、飛行場では、ポーターとMD500カイユースが少ない見送りの中で離陸した。
 梨々香とサクラには、泣かれてしまった。2人の派手な悲しみ方に、周囲がドン引きしている。
 隆太郎は、少なからず恥ずかしいと思った。だが、口には出さず「必ず帰ってくるから」と伝えた。
 梨々香は「生水を飲んではダメよ」と、あたり前の注意をする。
 サクラは「眠くなっちゃうから、お酒は飲んじゃダメだよ」と。
 2人の次から次への注意を聞いていては、ポーターに乗り込めない。
 2人の注意を背中で聞きながら、ポーターの機内に入る。2人の声が徐々に大きくなり、同時に恥ずかしさが増す。

 小型艇6隻からなる第1次東岸調査隊は、想定外な大歓声に見送られてボンベトカ湾を発した。
 飛行場では、帽子を振る飛行場の職員と家族に見送られて、単発機と小型ヘリコプターが離陸した。
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