召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく

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信じられない

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…………意味が分からない。
敬意を表されたような気がする。

誰もかれもが、全部分かっていて、亜優だけが置いてけぼりだ。

――我慢していた。
出て行ってほしくないような、思わせぶりなことを言っても。
手を握られても。
抱き付かれても。
絶対に引きずられてなんかやるものかと、歯を食いしばっているのだ。

今更、何言ってるの?
亜優は、自分の力で踏み出そうとした。
一人だけの力で獲得した就職先は駄目だったけど、リキトの家で、少しずつこの世界を学んで、一人で立とうとしている。
惑わされたくない。
弱い自分が、ささやきかけるのだ。
今の彼ならば、もしかしたら、このまま亜優をここに居させてくれるかもしれない。亜優がここに居ることを望んでくれるかもしれない。
この優しい場所を捨てて、リキトに迷惑をかけて、そう遠くない未来、亜優は一人きりになる。

――そうならなくていいかもしれない。

そんな期待は、辛すぎる。
もう、信用できない。
アッシュが出かけて、また戻って来る保証はない。
目の前の肉に飛びついて、今、辛うじてつかんでいる肉を捨ててしまいそうな気持ちを、どうにか繋ぎ止める。
そんな不確かなものに、亜優の決心を砕かれ、また作り直さなきゃいけないなんて……無理だ。

亜優が奥歯をかみしめている間に、医者はいなくなっていた。
アッシュが、手をつないだまま、亜優を不安そうに見上げてくる。
「亜優、説明をさせてくれ」
アッシュの声に、全身がびくりと震え、考える前に彼の手を振りほどいた。

この世界で弱くなれば、亜優はもう生きられない。

亜優が手を振りほどいた途端、アッシュが息苦しそうに喘ぐが、亜優は気がつかない。自分のこと以外に構っている余裕が無かった。
マリンの心配そうな顔も、リキトの苦しそうな顔も、全部目に映らなかった。
放って置いて欲しいのだ。
どうにか立っているこの体を、保つだけで精一杯なのに。

「亜優、話を聞いてくれ。頼む」

アッシュが必死で何かいているが、亜優の視界はぼやけて、彼が見えない。何も聞こえない。
壊れた人形のように、首だけをふるふると振って、後ろに半歩動いた。
アッシュはさらに苦しそうになった。
「亜優、お願いよ……」
「母さん、大丈夫だから」
何かを言いかけたマリンを、アッシュが留める。
そんなことにさらに疎外感を感じて、亜優の頬を冷たい水が滑り落ちていく。

「二度と、あんな状態にはならない。亜優を厭うような……亜優以外の人間に心を奪われるようなことは無いように対処する」

対処する?
そんなことができるわけがない。
どこかの陳腐な歌詞のようだが、愛や恋を、どうにか対処などできるはずがない。

「俺が信用できないんだよな……」
はあっ、と段々とアッシュの息が荒くなっている。
ようやく、亜優にもアッシュの様子がおかしいことが分かったが、今更、彼に近づく気にはならない。
「亜優、君の居場所を確保する。翻訳の仕事でも、他の仕事でも、適正に働けるようにしよう」
アッシュから提示されたものは、亜優が心から欲しいもの。
自分の力で生活していくための基盤。
だけど、彼が本当にそんなものを準備できるのか。
聖女も、王族もかいくぐって……?
それをすることで、彼にどんなメリットがあるというのか。
信用できない。

「亜優、愛している」

亜優がアッシュを睨み付けようと顔を上げた途端の告白。
意味が分からなくて、亜優は目を瞬かせた。

「リキトのところになんか……他の男のところなんか行かないでくれ。ここに、いて欲しい。それがだめなら、せめて、男の元じゃないところで暮らしてくれ」

「意味が分かんないよ!」

アッシュのそれ以上の告白を聞きたくなくて、亜優は彼の言葉を遮った。
「アッシュは、他に好きな人がいて、その人と離れたくないほど好きだから、この家にほとんど帰って来なくなったんでしょう!?だから、私は迷惑をかけないように出て行こうとしてっ……!」
今さら、愛しているなんて言われて『はいそうですか』と信じるわけがない。
亜優の目から、さらに涙が溢れ出す。
心配して、ほっとして、嬉しいのか、辛いのか分からない。
全部ひっくるめて、怒っているのかもしれない。
嘘でもいいからと、彼の手を取るべきなのか。だけど、そんなの嫌だと叫ぶ自分がいるのだ。
「亜優……」

「もう、呼ばないでっ!」

そんな切ない声を出さないで欲しい。また恋をしてしまう。これ以上傷つけられて、一人で立っていられるほど、亜優は強くないのだ。

「あ……」

何かを言いかけたアッシュは、口をあけたまま、椅子から転がり落ちた。
「アッシュ!」
マリンの声が聞こえていた。
リキトの手も伸びてきた。
だけど、アッシュの手は、亜優に向かって伸ばされていて――



亜優は、倒れ込むアッシュの体を、思わず助けていた。
誰よりも先に、彼に駆け寄って。
思考が拒否する前に、体が動いてしまった。
亜優が触れたからか、アッシュがほっとしたように息を吐く。

逆に、亜優は自分を嫌悪していた。
信用できないなんて、頭で考えて自分を守っているくせに、本当は彼が心配で仕方がない。
こんなふうに、何も考えずに体だけが動いてしまうほどに。

「亜優……すまない。君を、物のように扱うつもりはないのだが……、今は、亜優の浄化の力がないと、俺は息もできないらしい」

「浄化?」

さっきから全員が、亜優が何かをしているように言っているが、亜優は何もしていない。
アッシュを触っていても、触っていなくても、何も変わらない。

「亜優。ごめん。俺も混乱していた。きちんと、最初から説明するから」

アッシュが改めて、大きく息を吐き出して、椅子にしっかりと座りなおした。
申し訳なさそうに、アッシュが亜優の指の先だけを握る。亜優に触れていれば、呼吸が楽だというのは、本当のようだ。亜優が離れた後よりも、ずっと落ち着いた顔色をしている。
だから、それだけは許した。
しかし、その後に続けられた言葉で、亜優はまた眉間にしわを刻むことになる。

「亜優は、聖女だ」
「違う」

間髪入れずに返事をしたが、アッシュは困ったように微笑むだけ。
「亜優の周りだけ、空気が綺麗だ」
そんな空気清浄機のような機能は持ち合わせていない。
しかも、亜優は、あの空気清浄機があるのとない空間の、違いが全く分からない人である。

「森で助けに行ったときから、不思議に思っていた」


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