召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく

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アッシュから見た出会い

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馬車が走っていると報告を受けて、最初に感じたのは憤り。
どこのバカが観光ついでにわざわざこんなところまで死にに来やがった。その血肉を求めて魔物がさらに集まる。迷惑なこと極まりない。
これ以上、魔物を寄せ付けないでくれ。
口には出せない郷愁がこみあげそうになって、アッシュは一度、大きく息を吸い込んだ。
アッシュは、吸い込んだ息を吐き出しながら、助けられるものなら助けようと、テントから出た。
――それが仕事だ。
他の仲間が反対するが、様子は見に行かなければならない。
それは、魔物の気配に敏感なアッシュが適役だ。まあ、馬車までのルート上にいたら、さっさと帰ってくるだけだ。
そう思って護符が貼られた空間から外に出た。
思っていたように、魔物はいない。
これだったら、馬車に近づけるかもしれない。
アッシュが野営地から亜優のいる場所に向かう間、夜だというのに魔物に全く出会わなかった。
アッシュが感じ取れる範囲では、魔物の気配までしない。
不思議に思いながら、座り込んで泣く女性を見つけた。
彼女は、夜の闇の中でも映える様な白い肌をして、その柔らかそうな頬を、涙が伝っていく。闇の中なのに、黒く光る髪は、さらさらと流れ、月の光を反射して一本一本が光を発しているように見えた。

――妖精が飛べずに泣いている。

本気でそう思った。
この森は、魔物だけではなく、妖精も住まう森だったのだ。
なんてことを考えて眺めていると、彼女の腕はロープで木に縛りつけられているのだ。
さっきの馬車のことといい、妖精と言うのは妄想で、やっぱり彼女は人間なのか。
「あ、やっぱ人間がいる。おい。マジか」
ポロリと、思わず声が漏れた。
その声に反応して、彼女がバッと顔を上げてアッシュを見つめた。目が合った瞬間、その美しさに魂が取られるかと思った。
何も言えずに一瞬、突っ立った……その一瞬が命取りだった。
なんと、アッシュを見た途端、叫びやがった。
森で!夜に!!
折角助けに来てやったというのに、道連れにする気か。
慌てて彼女に駆け寄って口を押える。……蛇足な上に、不謹慎だが、この時の彼女の唇の柔らかさにはどうしようかと思った。
さっと気配を探るが、それでも、魔物が近づいている気配がない。

――ここまできて、ようやく感じた最初の違和感。

何故?
次の日、森の様子が激変していた。
今までの森が普通だと思っていた。
だけど、亜優にとって、今の状態の森の方が『普通』なのか、珍しそうにキョロキョロしているが、不思議そうではない。
討伐隊のメンバーは、みんな呆然と歩いていた。
空気が澄んでいるのが分かる。鳥の鳴き声がした。
森が、生き返った。

ただ、討伐隊のメンバーが元気なのとは正反対に、亜優はぐったりとしていた。
寝る前までは元気そうだったのに、朝はだるそうに起き上がっていた。
よく眠れなかったのかとも考えたが、ここのメンバーは気配に敏感だ。
彼女が起きて眠れなさそうならば、水の一杯でも差し出しただろう。しかし、彼女は寝ていた。疲れて、よく眠っていたと思う。

しかし、彼女の様子はまるで、――夜の間中、働き続けていたようだ――。

アッシュたちは、今までの体の重さが嘘のように軽い。
亜優は、生気を吸い取られたような顔をしている。
彼女が、森を生き返らせた。

最後は、討伐隊メンバーの様子だ。
三か月魔物の血を浴び続けていた。
討伐隊員は、もう街に戻るのは半分、諦めていた者もいただろう。
ライトなんかが一番顕著だ。清潔にしても、毎日魔物の血を洗い流しても、無理だとやけになっていた。
街の門をくぐるのに、『一日必要』なんて言ったけど、そんなもんじゃ、討伐隊に染みついた血の匂いが消えるわけがない。
だけど、わずかな希望。
試したって良いじゃないか。
駄目な時は、門番に、亜優をダグワーズ家に連れて行って欲しいと頼もう。母に、亜優を保護して欲しいと手紙に託そうと思っていた。
門は、魔物は一切通さない。それが、血でも残り香でも、魔物を呼び寄せる可能性のあるものは全部。
そういうふうに、長い歴史の中で魔術師たちが研究を重ね上げてできた傑作だ。

そうして、門を通過して――……通過、できて、しまった。
亜優は、討伐隊が一日、魔物に会わなかったからだと素直に思っている。
それは、森に入ったばかりであれば――だ。
三か月戦い続けた。たった一日で、魔物の匂いが落ちるわけがない。

通り抜けることができたのは、亜優がいるから。
アッシュは逸る気持ちのまま、自宅に連れ帰った。
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