女の魅力

ざっく

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痴女の悪あがき

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そうしてまた、電車は動き出す。
「ありがとうございます」
恥ずかしくて顔をあげられずに、俯いたまま小さくお礼を言った。
「いや。降りる駅ではなかった?大丈夫?」
「大丈夫です」
気遣ってくれる声に、それでも顔をあげることはできずに私は返事をした。

だって、胸が、彼の胸で押しつぶされている。

助けてくれた時に引かれた腕と、抱きとめられた時に支えてくれた腕は、早々に吊革につかまって私から離れていっている。
私も吊革につかまるべきだろうかと思うが、彼の前で思い切り腕を伸ばして吊革につかまる気にはなれない。
彼にさらに押し付けるような感じになりそうだ。
どうにか揺れる体を押さえつけようと、座席の手すりに視線をやるが、数人が壁になっていて、それも無理そうだ。
何より、彼の体に、こうして体を預けている状態が安定している。
下手にもぞもぞ動けば、下手をすれば喘ぎ声が漏れそうだ。
彼は、半袖の薄いカッターシャツと、多分下着でTシャツなどを着ているのだろう。
私は、紺のブラウスのみ。
なんというか、本当にすみません。
彼の逞しい胸板をダイレクトに感じてしまい、体温が上がっている気がする。
こんな状況にも関わらず、胸が高なってしまう私はきっと変態だ。
気持ちを落ち着かせるために、ゆっくりと息を吐き出した時に、お腹に傘の柄のようなものがあたっていることに気がついた。
今日雨降ったっけ?いや、降りそうだったから持っていたのかな。
なんにしても、胸に加えてお腹にも妙な感触が加わることは私の精神衛生上よろしくない。
これで快感を拾うようになってしまったら、後戻りができなくなる。
妙な危機意識を抱いて、辛うじて動く手をお腹のあたりに持って行く。
少し横に避けてもらおうとしたのだ。真面目に。本気で。そう思っていた。
断じて邪な思いからではないと神に誓う!

傘の柄だと思っていた物に手が触れた途端、彼の体が大きく揺れた。
「えっ?」
思わず、声がこぼれた。
お腹にあたっていたのは、大きく屹立した彼自身だったのだ。

「―――すまない」

本当に申し訳なさそうな声に視線を上げると、片手で顔を覆ってしまって、耳まで赤くした男性がいた。
その姿に、ときめいてしまった。
私にサドの気があるとは新発見だった。
「い、いえっ!大丈夫です」
手を触れたものの正体が分かって、私は慌てて手をひっこめた。
けれど、彼自身は全く治まる気配も見せずに、私のお腹を突き続けている。
「こちらこそ、すみません……」
小さな声で謝った。
そもそもの原因が私だから。
ノーブラで刺激され続けて、反応しない男性がいれば、それは余程私が女に見えないのだろう。
そう考えて、気がつく。
これこそ、私が求めていた反応だ。
彼は、女性としての私に反応したと言うことだ。
まあ、見た目とか全く無視して、胸を押し付けるだけのお粗末な色仕掛けのようなものだが、反応している!それだけで充分だ。
彼は私に女性を感じて、性欲を抱いていると考えていいのだろう。
反射で勃ってしまうこともあるとうことも聞いたことがあるが、彼の反応からして、きっと、そうだ。
何故か妙に安心してしまって、私は駅に着くまでゆっくりと彼の体に自分の体をぴったりとくっつけていた。

降りる駅のアナウンスが聞こえた。
「あの、ちょっと」
降りた途端歩き去られては追いつけないので、思わず手を引っ張ってしまった。
彼は驚いて、少し気まずそうな顔をしつつも、素直に一緒に降りてくれた。
人の流れからそれて、端に寄ったところで、私が引っ張っている手とは反対の手で、彼が私の肩を突いた。
私が彼を見上げると、それに応対するように彼は首を傾げた。
「痴漢したつもりはないんだが」
彼は開口一番そう言って、困り果てた顔で見下ろされた。
「ちっ、ちがくて!そうしたら、私だって痴漢みたいなもので!」
こんな格好で満員電車に乗るだなんて。
そうか、あの状況で私に引っ張られると、痴漢として訴えられると思ったのか。
だったら、無視して逃げればいいのに、彼は戸惑いながらもついて来てくれた。
その優しさと、申し訳なさで真っ赤になったまま頭を下げた。
「申し訳ありません!非常識な真似をして、反省しています!」
早口で謝罪すると、ほうっと、大きく息を吐く音が聞こえた。
「いや、よかったよ。どう話して分かってもらおうかと」
苦笑いしながら「どんな表現しても、厳しいなと思っていた」照れたように話す彼が、とても素敵で。

「あの、ホテルに行きませんか?」

またしても、考えなしの発言をかましてしまったのだ。
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