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交換の提案

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次の日。
セヴリーヌとリュシーは二人でロージェン子爵邸を訪ねていた。
「オーバン、あなた、結婚するのは私とリュシー、どちらがいい?」
挨拶が終わった後の唐突な問いかけに、オーバンは目を白黒させながら答えた。
「セヴリーヌ?僕は君と結婚するつもりだけど?」
予想通りの答えに、セヴリーヌはため息を吐きそうになった。
貴族としてはよろしくない感情からの行動をしなければならないことに罪悪感を覚える。
「そうね。私もそのつもり。だけど、リュシーが、あなたのことを愛しているというの」
「えっ!?」
愛しているとは言っていないような気もするが、会話の中で少々過剰表現になるのは世の常だ。問題ないだろう。
「ね?リュシー」
「お、お姉さま!そんな、えと、そのっ」
頬を染めて慌てるリュシーは愛らしい。
こんな話の流れになるとは思っていなかったのだろう。
オーバンさえ了承してくれれば、結婚相手を変更しても構わないとリュシーに伝えると、申し訳なさそうな顔をしながらも、ここまでついてきたのだ。
「リュ、リュシー……今までそんな風には見えなかったけれど」
それはそうだろう。お互いに幼馴染、親しい友人という感情以上のものは持っていなかった。
セヴリーヌとオーバンの間には、結婚することになる相手という認識があることが違いだっただろうか。
リュシーはオーバンの言葉に返事ができないようだ。
もじもじと体を揺らして顔を真っ赤にしている。
――「愛してるとは言ってない」とは言わない。
罪悪感からか、視線があちこちに飛んで行っているが。
「私は、オーバンのことは好きだけど、愛とかそういうものではないの。オーバンもそうでしょう?」
「ああ……」
オーバンは、呆然と、慌てるリュシーを見つめている。
きっと、幼馴染の姉妹からそんな感情を向けられているとは思ってもみなかったに違いない。実際に向けてないし。
彼は、もしかしたら、一度くらいはリュシーが妻になるかもしれないと考えたことくらいあるかもしれない。
だけど、そんな妄想を現実にしようとするような熱は、オーバンにもこちらにもなかった。
熱が無いならば、どちらでもいいならば、すんなりと、より問題ない方と婚姻を結ぶ。
当然のことだ。

リュシーは可愛い。
そして、頬を染めて自分を愛しているというのだ。しかも、どことなく申し訳なさそうな表情がまたいい。セヴリーヌのことを気にして身を引こうとしていたかのように見える。なんともいじらしいではないか。
これでは、ほだされても仕方が無いだろう。
「あなたが、どちらでもいいのなら、リュシーがあなたと結婚した方がいいのではないかと思って」
「――――――だが」
オーバンが逡巡したようにセヴリーヌを見てくる。
リュシーに心揺らされながらも、セヴリーヌのことを気遣う。
その優しさと責任感があるところは好ましいと思っている。
領主として、支えていけると思えるものだった。
「私は大丈夫よ。アルチュセール伯爵様と縁をつなげてくださると父が言っていたの」
「辺境伯と!?」
「本当はリュシーと、だったのだけど。その話をしたときのリュシーの態度で、あなたへの思いを知ることが出来たの」
アルチュセール伯爵よりはマシ。と思っていることが。
アルチュセール伯爵は、リュシーであればと考えていることも考えられるので、そこはきちんと確認しなければならない。
相手がセヴリーヌになったと、拒否されればそれまでだ。
セヴリーヌはまた別の相手を探すことになる。
その時は……オーバンとリュシーに子爵家を継ぐことは諦めてもらうが、それは諦めてもらうしかない。
「ごめんなさい。こんな我儘。突然の話だし、断ってくれても構わない。もちろん、その場合は私と結婚して、私はしっかりと子爵家を盛り立てていく気でいるわ」
話しながらチラリとリュシーを見れば、ショックを受けた顔をしていた。
オーバンがセヴリーヌを選べば、自動的にリュシーはアルチュセール伯爵に嫁ぐからだ。
天真爛漫で表情に出やすい子だと思っていたけれど、今日は都合がいい。
オーバンは、どれだけリュシーに愛されているのかを実感(誤解)するだろう。
「リュシー、そんなに僕のことを」
「オーバン兄さま……」
近づくオーバンを、リュシーが涙目で見上げた。
オーバンはリュシーを見つめた後、こくりと頷いた。
「セヴリーヌ」
決意を込めた表情で、セヴリーヌに向き合うと、軽く頭を下げる。
「僕は、リュシーが僕を想ってくれているというのなら、彼女と結婚したいと思う」
まあ、及第点な真摯な態度だと思う。
人によっては、一言二言で婚約者となる人を変えるのかと、眉を顰めるかもしれない。
だが、それは第三者から見た視点だ。
セヴリーヌとオーバンは、本当にそれくらいの関係だった。教科書のような政略結婚だった。
もしも、セヴリーヌとリュシーが二人ともオーバンを愛していると泣きついたら、彼はどうしただろう。
絶対にリュシーを選んで、セヴリーヌを捨てるとは言い切れない。
彼は、真面目なのだ。ついでに何度も言うが、こちらに恋愛感情を持っていなかったと思う。
だから、リュシーに謝りながらもセヴリーヌを選ぶ可能性もあった。
リュシーが彼を好きだと言っても、曲げない可能性だってあったのだから。
オーバンは、答えを先延ばしにすることも無く、セヴリーヌに真正面から謝ってくれる。
本当ならば、正式な婚約などしていないのだから、彼女に謝る必要などどこにもないのに。
オーバンの背後にいるリュシーは、そんなオーバンを見つめている。
オーバンはリュシーが自分を愛しているのだと思い込み、今まで以上に優しく接するだろう。
リュシーは、今は罪悪感の方が大きいかもしれないが、オーバンのことは幼馴染としては好きだったはずだ。それを、育てて愛にしていって欲しい。
セヴリーヌは美しく頬笑んだ。


「みんな幸せになれるわ」
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