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婚約破棄
馬鹿なのだと思うわ
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彼―――セオは、隣国からの使者だった。
昨日は、フィリアを見つけられずに祝いの口上も述べられなかったので、帰国する前に挨拶だけでもと思って、わざわざ公爵家を訪ねて来てくれたらしい。
見つけられなかったのは、フィリアがバルコニーにずっといたせいなので、セオのせいでは全く無いのだが、顔さえ見せないのは失礼だと言う。
夜会に参加してくれたことは知っているのだから…と思うが、「だからこそ」だというのだ。
「祝いの言葉を、他人経由で伝えるだなんて、あり得ないだろう?」
不思議そうに言うセオに、フィリアはそう言うものなのかと感心しながら頷いた。
これで、突然セオがここにいる訳も分かった。
あまりに堂々といるから、敷地内なのに疑問に思わなかった。
明らかに面白がった表情で「誘拐されてしまうよ?」と言われたけれど、セオほど堂々と公爵家の敷地を一人で歩いてくる人間などいるはずがない。
「私はしっかりしているから平気なの」
つんと顎をあげて言うと、またも笑われた。
笑うところではない。
だけど、不快ではなくて……それどころか、心地いい笑い声だった。
ずっと、こうしていたいと思えるほどに。
けれど、セオはただ挨拶に来てくれただけ。
ふと、セオが顔をあげた。
その視線の先で、セオと同じように耳がある人が立っていた。
セオは銀色のピンととがった耳とふさふさのしっぽがあるが、視線の先の獣人には、白く長めの耳はあるが、しっぽが見当たらない。
「あの方は、しっぽは無いの?」
「あるよ。短いだけで」
なるほど。そうすると、背後に回ってみれば見えるのかもしれない。
「触ってみたい」
フィリアが、セオのふわふわのしっぽを見ながら言うと、セオは少し顔を赤くした。
「あ~…と、人間は、獣人をよく知らないんだね」
困ったようにセオが言う。
「よく…分からないけれど、獣人は、人間のことをよく知っているの?」
何故、困ったようにそんなことを言うのか分からなくて、フィリアは逆に問いかけた。
獣人…実際、フィリアだって会ったのは初めてだし、耳もしっぽも珍しくてじっと観察してしまいたい。
だけど、それは獣人にとってはダメなんだそうだ。
「人間は、よく知らない人に体を触らせたりする?顔や…まあ、下半身を」
顔…耳か。下半身…おしりや足で置き換えてもいいだろうか。
自分に置き換えてみて、フィリアは答えた。
「しないわ」
そうだ。珍しいからと言って、触らせてほしいなど、痴漢の様だ。
セオが、しっぽの生えていないお尻はどうなっているのか見たい。などとフィリアに言えば、「変態!」と叫ぶ自信がある。
自分と違うものは興味の対象だから、見て触ってみたいと思うのだが、相手があることに、そんなに簡単にしてしまってはいけないのだと知った。
「セオ、あなたと話すと、私はとても馬鹿なのだと思うわ」
フィリアは、とても恥ずかしくなって、そう呟いた。
「私は、たくさん勉強を頑張っているの。多分、王妃になるのだもの。だけど、あなたはもっとずっとたくさんのことを知っているのね」
会ったばかりの人に弱音を吐いて良いとは躾けられていない。
だが、フィリアはショックを隠せなかった。
自分の知識と、実際の行動がつながらないことに気がついてしまった。
言われてようやく使うことができる知識なんて、ないものと同じだ。
フィリアの言葉に、目を丸くしていたセオは、フィリアのいじけたような表情を見て、くしゃっと表情をゆがめた。
「オレが物知り?ははっ。獣人相手に面白い事を言う。……そうだね、フィリア。そう感じるのはオレの方が年上だからだ。一応、フィリアよりも長いこと生きている」
「長いこと生きていたって、愚かな人はいるわ」
フィリアが言い返せば、フィリアの発した言葉を首を振って否定した。
まるで、『愚か』だなんて言葉を使わないで欲しいと言われたような気がした。
「いや…多分、知識自体は君の方が多いはずだ。なのに、自分が知らないことを相手が知っている。それを認めることができる柔軟な考え方は大切にして欲しい。とても…とても貴重なものだから」
大きな掌がフィリアの頭の上に乗った。
「君は……なんて、素敵なレディなんだろうね?」
レディの頭を撫でるのか、彼は。
ムッとした表情のフィリアを少しだけ面白そうに眺めてから、何かを振り払うように彼は立ち上がった。
「そろそろ帰らなければ」
立ち上がったセオに続いて、フィリアも立ち上がると、彼はその場で膝をついた。
「フィリア……婚約おめでとう。幸せに」
何故だか、泣きそうだった。
幸せになんか、なれそうにもないわ。
そんな声を、初めて出会った人に聞かせられるわけもなく、
「ええ。ありがとう」
いつも通りに、他の人へするのと同じように、フィリアは微笑んだ。
ただ―――他の人にするのよりも、ずっとずっと難しかったけれど。
そんなフィリアの笑顔を眺めて、セオはフィリアの手の甲にキスを落としてから、隣国へ帰っていった。
フィリアの胸に、息苦しさだけを残して。
昨日は、フィリアを見つけられずに祝いの口上も述べられなかったので、帰国する前に挨拶だけでもと思って、わざわざ公爵家を訪ねて来てくれたらしい。
見つけられなかったのは、フィリアがバルコニーにずっといたせいなので、セオのせいでは全く無いのだが、顔さえ見せないのは失礼だと言う。
夜会に参加してくれたことは知っているのだから…と思うが、「だからこそ」だというのだ。
「祝いの言葉を、他人経由で伝えるだなんて、あり得ないだろう?」
不思議そうに言うセオに、フィリアはそう言うものなのかと感心しながら頷いた。
これで、突然セオがここにいる訳も分かった。
あまりに堂々といるから、敷地内なのに疑問に思わなかった。
明らかに面白がった表情で「誘拐されてしまうよ?」と言われたけれど、セオほど堂々と公爵家の敷地を一人で歩いてくる人間などいるはずがない。
「私はしっかりしているから平気なの」
つんと顎をあげて言うと、またも笑われた。
笑うところではない。
だけど、不快ではなくて……それどころか、心地いい笑い声だった。
ずっと、こうしていたいと思えるほどに。
けれど、セオはただ挨拶に来てくれただけ。
ふと、セオが顔をあげた。
その視線の先で、セオと同じように耳がある人が立っていた。
セオは銀色のピンととがった耳とふさふさのしっぽがあるが、視線の先の獣人には、白く長めの耳はあるが、しっぽが見当たらない。
「あの方は、しっぽは無いの?」
「あるよ。短いだけで」
なるほど。そうすると、背後に回ってみれば見えるのかもしれない。
「触ってみたい」
フィリアが、セオのふわふわのしっぽを見ながら言うと、セオは少し顔を赤くした。
「あ~…と、人間は、獣人をよく知らないんだね」
困ったようにセオが言う。
「よく…分からないけれど、獣人は、人間のことをよく知っているの?」
何故、困ったようにそんなことを言うのか分からなくて、フィリアは逆に問いかけた。
獣人…実際、フィリアだって会ったのは初めてだし、耳もしっぽも珍しくてじっと観察してしまいたい。
だけど、それは獣人にとってはダメなんだそうだ。
「人間は、よく知らない人に体を触らせたりする?顔や…まあ、下半身を」
顔…耳か。下半身…おしりや足で置き換えてもいいだろうか。
自分に置き換えてみて、フィリアは答えた。
「しないわ」
そうだ。珍しいからと言って、触らせてほしいなど、痴漢の様だ。
セオが、しっぽの生えていないお尻はどうなっているのか見たい。などとフィリアに言えば、「変態!」と叫ぶ自信がある。
自分と違うものは興味の対象だから、見て触ってみたいと思うのだが、相手があることに、そんなに簡単にしてしまってはいけないのだと知った。
「セオ、あなたと話すと、私はとても馬鹿なのだと思うわ」
フィリアは、とても恥ずかしくなって、そう呟いた。
「私は、たくさん勉強を頑張っているの。多分、王妃になるのだもの。だけど、あなたはもっとずっとたくさんのことを知っているのね」
会ったばかりの人に弱音を吐いて良いとは躾けられていない。
だが、フィリアはショックを隠せなかった。
自分の知識と、実際の行動がつながらないことに気がついてしまった。
言われてようやく使うことができる知識なんて、ないものと同じだ。
フィリアの言葉に、目を丸くしていたセオは、フィリアのいじけたような表情を見て、くしゃっと表情をゆがめた。
「オレが物知り?ははっ。獣人相手に面白い事を言う。……そうだね、フィリア。そう感じるのはオレの方が年上だからだ。一応、フィリアよりも長いこと生きている」
「長いこと生きていたって、愚かな人はいるわ」
フィリアが言い返せば、フィリアの発した言葉を首を振って否定した。
まるで、『愚か』だなんて言葉を使わないで欲しいと言われたような気がした。
「いや…多分、知識自体は君の方が多いはずだ。なのに、自分が知らないことを相手が知っている。それを認めることができる柔軟な考え方は大切にして欲しい。とても…とても貴重なものだから」
大きな掌がフィリアの頭の上に乗った。
「君は……なんて、素敵なレディなんだろうね?」
レディの頭を撫でるのか、彼は。
ムッとした表情のフィリアを少しだけ面白そうに眺めてから、何かを振り払うように彼は立ち上がった。
「そろそろ帰らなければ」
立ち上がったセオに続いて、フィリアも立ち上がると、彼はその場で膝をついた。
「フィリア……婚約おめでとう。幸せに」
何故だか、泣きそうだった。
幸せになんか、なれそうにもないわ。
そんな声を、初めて出会った人に聞かせられるわけもなく、
「ええ。ありがとう」
いつも通りに、他の人へするのと同じように、フィリアは微笑んだ。
ただ―――他の人にするのよりも、ずっとずっと難しかったけれど。
そんなフィリアの笑顔を眺めて、セオはフィリアの手の甲にキスを落としてから、隣国へ帰っていった。
フィリアの胸に、息苦しさだけを残して。
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