隣人よ、大志を抱け!

ざっく

文字の大きさ
8 / 12
婚約破棄

決裂

しおりを挟む
王妃主催の茶会に呼ばれたときのことだった。
フィリアは、公爵令嬢であり、マティアスの婚約者でもあるので、王妃の隣に座る。
しかし、反対隣りには、男爵令嬢が座っていたのだ。
何故、アリア・キューティスがこの場にいるのか。
フィリアは不思議に思って、少しだけ視線を飛ばすと、しっかりと目が合ってしまった。
その途端、アリアは体をびくりと震わせてティーカップを倒してしまった。
「あっ、も、申し訳ありません!」
慌てて片付けようとするアリアを後ろからやってきた侍女が助け、すぐに何事もなかったかのようなテーブルになった。
「お、お騒がせして、申し訳ありません。フィリア様……」
何故、自分が名指しで謝罪を受けるのか分からなかった。
「謝られる理由が思い当たりません」
フィリアが笑顔で言っても、びくりと体を揺らすアリア。
訳が分からなくて、王妃に視線を送れば、王妃からも眉をひそめて見られていた。
「フィリア、アリアはこの場に初めて呼んだのです。少々の無作法は私が許しています」
「そうでございますか」
フィリアはアリアを咎めた覚えはない。
だけど、この席では、アリアが失敗をしたのはフィリアが何かをしたせいだという雰囲気になってしまっている。
元々、王妃にはあまり好かれていないとは思っていたのだけれど、なんだろう、この雰囲気は。
そこに、マティアスが登場したのだ。
「マティアス様っ!」
アリアの大きな声に、フィリアだけでなく、王妃もびくりと体を揺らした。
大きな声は、王城で出すべきではない。
何事かと、何人かの衛兵がやってきたのを、視界の端に捕らえた。
アリアは、マティアスを見ると同時に大声とともに立ち上がり、彼のもとへ駆けた。
少々の無作法は……あれは、少々ですか?
フィリアがそう思って見上げても、王妃は見て見ぬふりをしていた。

正式な婚約者がいる男性と腕を組んで嬉しそうにする女性。
アリアは、豊かな金髪と滑らかな白い肌、青く大きな瞳をした美少女だ。
フィリアとマティアスの婚約の日も、アリアはマティアスとともにいた。
マティアスの相手は何人かいたけれど、アリアほど長い女性はいないと思う。
お互いに愛し合っているのか。
だったらいいのだろう―――と思えるほど、フィリアは優しくない。
教育も何も受けていない女が王妃になって、大丈夫だと思っているのか。
王妃は立って笑っているだけのお飾りだと思っているのか。
この国を映す鏡が、そのマナーも教養も感じられない女……。
こんな女性に仕えることになるというのか。
「アリア様、大きな声をお出しになるべきではありません。それに、急に席を立って駆けだすなど、無作法にもほどがあります」
せめて貴族の心得を…と苦言を呈すれば、泣かれた。うっそん。
フィリアが言い終わった途端、どばーっと涙を流す彼女に、呆気にとられた。
ここまで感情の揺れが激しい女性は初めて見た。
「もっ…申し訳っ…ひっく」
なんなの。
泣きじゃくるアリアを抱き寄せて、マティアスがこちらを睨んでくる。
「フィリア、私は同じことを繰り返すのは嫌いです」
王妃もフィリアが悪人だと言ってくる。少々の無作法は許しているのだと。
少々ではないから、苦言を呈したのだというのに。
「お前がどう思っていようと、私は彼女が好きだ」
マティアスははっきりと口にした。
そんなことは言われるまでもない。知っている。
というか、その女性だけでなく、あと三人ほどその言葉を向けられている女性がいることも。
「ならば、その方が次代の王妃になるということですか?しかし、今のは王妃になるべき方の態度ではないのです」
フィリアがマティアスの言葉に動じもせずに言い返すと、マティアスも王妃もみんな驚いたような表情をする。
「お前ならばふさわしいと?」
「その方よりは」
王妃という職業ならば、自分以上にふさわしい人間はいないと自負する。
けれど、男であれば、自分は誰よりも宰相にふさわしい。
「わ、わたしは、王妃じゃなくて…彼のそばにいたいだけなのです」
アリアが、マティアスの腕の中から声をあげる。
そう、王妃ならばフィリアの方がふさわしい。
しかし、マティアスの妻という立場ならば、フィリアはその対極に位置するだろう。
「そうだ。私の地位など関係ないと愛してくれた!金や権力などいらない!」
マティアスは、アリアの言葉に感銘を受けたようでとんでもないことを叫んだ。
王妃はさすがに顔をしかめる。
王太子という立場でもって、その発言か。
政治を何だと考えている。国を、民を守ろうとする気がない!
権力を何だと考えているのか。ただの富を生み出すだけのものか。
自分がいる立場が、簡単に捨てられるものだと思っているのか。
愛し愛されることは幸せだろうけれど、己の立場を理解し、そこに並び立ってくれる人間を探さなければならないというのに、ただ癒しだけを求めたのか。
フィリアはこらえきれずに、ため息を吐いた。
投げ出したいけれど、我が国を捨てるわけにはいかないのだ。
「その金がどこからどう生み出されているかを知りもしないで」
「なっ……!」
「権力はどう生まれて何のためにあるのかを考えもせずに、無責任な」
「無礼なっ……!」
「権力をいらないと言った次の言葉がそれですか」
意図せずに、蔑んだ視線をこの国の王太子へと向けてしまった。
これが、この国を支える人間。
フィリアは、もうこの場にはいられないと、王妃に一礼をしてその場を辞した。
悠々と歩き去るフィリアの背中には、何の言葉もかからなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。

佐藤 美奈
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。 そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。 しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。 不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。 「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」 リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。 幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。 平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。

知らない男に婚約破棄を言い渡された私~マジで誰だよ!?~

京月
恋愛
 それは突然だった。ルーゼス学園の卒業式でいきなり目の前に現れた一人の学生。隣には派手な格好をした女性を侍らしている。「マリー・アーカルテ、君とは婚約破棄だ」→「マジで誰!?」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

姉の引き立て役の私は

ぴぴみ
恋愛
 アリアには完璧な姉がいる。姉は美人で頭も良くてみんなに好かれてる。 「どうしたら、お姉様のようになれるの?」 「ならなくていいのよ。あなたは、そのままでいいの」  姉は優しい。でもあるとき気づいて─

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

処理中です...