隣人よ、大志を抱け!

ざっく

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婚約破棄

決裂

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王妃主催の茶会に呼ばれたときのことだった。
フィリアは、公爵令嬢であり、マティアスの婚約者でもあるので、王妃の隣に座る。
しかし、反対隣りには、男爵令嬢が座っていたのだ。
何故、アリア・キューティスがこの場にいるのか。
フィリアは不思議に思って、少しだけ視線を飛ばすと、しっかりと目が合ってしまった。
その途端、アリアは体をびくりと震わせてティーカップを倒してしまった。
「あっ、も、申し訳ありません!」
慌てて片付けようとするアリアを後ろからやってきた侍女が助け、すぐに何事もなかったかのようなテーブルになった。
「お、お騒がせして、申し訳ありません。フィリア様……」
何故、自分が名指しで謝罪を受けるのか分からなかった。
「謝られる理由が思い当たりません」
フィリアが笑顔で言っても、びくりと体を揺らすアリア。
訳が分からなくて、王妃に視線を送れば、王妃からも眉をひそめて見られていた。
「フィリア、アリアはこの場に初めて呼んだのです。少々の無作法は私が許しています」
「そうでございますか」
フィリアはアリアを咎めた覚えはない。
だけど、この席では、アリアが失敗をしたのはフィリアが何かをしたせいだという雰囲気になってしまっている。
元々、王妃にはあまり好かれていないとは思っていたのだけれど、なんだろう、この雰囲気は。
そこに、マティアスが登場したのだ。
「マティアス様っ!」
アリアの大きな声に、フィリアだけでなく、王妃もびくりと体を揺らした。
大きな声は、王城で出すべきではない。
何事かと、何人かの衛兵がやってきたのを、視界の端に捕らえた。
アリアは、マティアスを見ると同時に大声とともに立ち上がり、彼のもとへ駆けた。
少々の無作法は……あれは、少々ですか?
フィリアがそう思って見上げても、王妃は見て見ぬふりをしていた。

正式な婚約者がいる男性と腕を組んで嬉しそうにする女性。
アリアは、豊かな金髪と滑らかな白い肌、青く大きな瞳をした美少女だ。
フィリアとマティアスの婚約の日も、アリアはマティアスとともにいた。
マティアスの相手は何人かいたけれど、アリアほど長い女性はいないと思う。
お互いに愛し合っているのか。
だったらいいのだろう―――と思えるほど、フィリアは優しくない。
教育も何も受けていない女が王妃になって、大丈夫だと思っているのか。
王妃は立って笑っているだけのお飾りだと思っているのか。
この国を映す鏡が、そのマナーも教養も感じられない女……。
こんな女性に仕えることになるというのか。
「アリア様、大きな声をお出しになるべきではありません。それに、急に席を立って駆けだすなど、無作法にもほどがあります」
せめて貴族の心得を…と苦言を呈すれば、泣かれた。うっそん。
フィリアが言い終わった途端、どばーっと涙を流す彼女に、呆気にとられた。
ここまで感情の揺れが激しい女性は初めて見た。
「もっ…申し訳っ…ひっく」
なんなの。
泣きじゃくるアリアを抱き寄せて、マティアスがこちらを睨んでくる。
「フィリア、私は同じことを繰り返すのは嫌いです」
王妃もフィリアが悪人だと言ってくる。少々の無作法は許しているのだと。
少々ではないから、苦言を呈したのだというのに。
「お前がどう思っていようと、私は彼女が好きだ」
マティアスははっきりと口にした。
そんなことは言われるまでもない。知っている。
というか、その女性だけでなく、あと三人ほどその言葉を向けられている女性がいることも。
「ならば、その方が次代の王妃になるということですか?しかし、今のは王妃になるべき方の態度ではないのです」
フィリアがマティアスの言葉に動じもせずに言い返すと、マティアスも王妃もみんな驚いたような表情をする。
「お前ならばふさわしいと?」
「その方よりは」
王妃という職業ならば、自分以上にふさわしい人間はいないと自負する。
けれど、男であれば、自分は誰よりも宰相にふさわしい。
「わ、わたしは、王妃じゃなくて…彼のそばにいたいだけなのです」
アリアが、マティアスの腕の中から声をあげる。
そう、王妃ならばフィリアの方がふさわしい。
しかし、マティアスの妻という立場ならば、フィリアはその対極に位置するだろう。
「そうだ。私の地位など関係ないと愛してくれた!金や権力などいらない!」
マティアスは、アリアの言葉に感銘を受けたようでとんでもないことを叫んだ。
王妃はさすがに顔をしかめる。
王太子という立場でもって、その発言か。
政治を何だと考えている。国を、民を守ろうとする気がない!
権力を何だと考えているのか。ただの富を生み出すだけのものか。
自分がいる立場が、簡単に捨てられるものだと思っているのか。
愛し愛されることは幸せだろうけれど、己の立場を理解し、そこに並び立ってくれる人間を探さなければならないというのに、ただ癒しだけを求めたのか。
フィリアはこらえきれずに、ため息を吐いた。
投げ出したいけれど、我が国を捨てるわけにはいかないのだ。
「その金がどこからどう生み出されているかを知りもしないで」
「なっ……!」
「権力はどう生まれて何のためにあるのかを考えもせずに、無責任な」
「無礼なっ……!」
「権力をいらないと言った次の言葉がそれですか」
意図せずに、蔑んだ視線をこの国の王太子へと向けてしまった。
これが、この国を支える人間。
フィリアは、もうこの場にはいられないと、王妃に一礼をしてその場を辞した。
悠々と歩き去るフィリアの背中には、何の言葉もかからなかった。
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