17 / 27
西田浩一の視界
面白い子
しおりを挟む
汗臭い道場に、むさくるしい男どもの掛け声が響く。
それを覆い尽くすかのように、黄色い歓声が上がる。
いい加減、うんざりだ。
そう思っていても、このやかましさは、荒垣本人のせいではないのだから顔に出すことはしない。
一番憔悴しているのは、本人のようだし。
荒垣は、中学生の頃から注目の選手だった。
関東大会個人の部優勝。さらに全国でも10位以内に入ったらしい。
そんな選手がうちの高校に入ってくれたとなれば、今年の全国出場への夢が膨らむ。
ただ、残念なことに、荒垣は外見が良かった。
しかも人当たりが良く、入部当初、応援に来てくれた女子に「ありがとございます」と、はにかんだ笑顔というものを見せて以来、日に日に見学者は増え続け、今では関係者以外は武道場立ち入り禁止になった。
剣道部の生徒以上に早く武道場にたかる女子。
それをかき分けるようにして入らなければならないのも、いちいち面倒くさいし、顔を洗いに出るたびに差し入れだのなんだの言ってくる女子に辟易した。
はっきり言って、西田浩一は、愛想の良い方ではない。
しゃべる必要がないのにしゃべることなどないと、堂々と言い放つ。
初対面の、名前も知らない女子から渡された手作りの食い物を、どうして部員に持って帰れるだろうか。
無理だから、無理だと言っただけだ。
そのせいか、なんとなく、差し入れは禁止されたというような噂が流れ、差し入れ自体がほとんどなくなったのは良かったと思う。
「西田!湿布がない。もらってきてくれ」
「なんで俺が」
部長からの要望に、あからさまに不満を現しても、
「次期部長だからだ!」
大きな声で言われたくないことを宣言された。
誰が、そんな面倒なことをするものか。絶対に嫌だ。
そう言われ続けて、断りも続けて、やっぱり雑用係なのだ。嫌に決まっている。
だけど、愉快そうに手を振る部長と、自分たちの喧嘩が始まるのかと心配そうに見てくる1年生の視線に、申し訳ないと、保健室に向かった。
もうすぐ校舎に入るというところで、
「痛いいぃ」
女生徒の声が聞こえた。
本当なら、あまり関わりたくはないが、痛いと言っているのだから、助けがいるだろう。
仕方なしに、浩一は声が聞こえた方に足を向けた。
「どうした?」
渡り廊下に、女子が一人座り込んで泣いていた。
こちらを見た顔を見て、ひどいなと思う。
眼鏡であったものが地面に飛び散り、眼鏡をしたまま柱におでこをぶつけたのか、おでこにも傷ができていた。
最近の眼鏡はプラスチックでできているのだと聞いていたが、こんなに粉々になるものなのか?
「こけたのか」
分かっていることを呟きながらしゃがむと、不思議そうな顔をして浩一を眺めていた。
とりあえず、傷の具合を調べて、自分だけでどうなるものじゃないと判断する。
「立てるか?」
視点が定まっていないようなので、顔を覗き込んでみたが、反応がない。
ただ、
「・・・・・・痛いです」
とつぶやいた。
「だろうな」
その端的な言葉がおかしくて、少し笑ってから保健室に連れていこうと抱き上げた。
「ひゃあ!?」
悲鳴に、そういえば何も言わずに持ち上げたなと、一応行き先を告げた。
「保健室に連れていってやる」
それにしても、と思う。随分小柄な子だったようで、軽い。女子を横抱きっていうのはしたことがなかったが、こんなに軽いものなのか?
「あの、何年生ですか?」
胸元でごそごそしながら、女子が話しかけてきた。
内心、会話は面倒だなと思いながら、この状態では仕方ないだろうと答えた。
「オレ?2年生。そっちは?」
「1年生です。あの・・・」
答えたものの、その答えは会話のきっかけだったようで、あまり興味がなさそうだ。
というより・・・・・・
「・・・・・・おい、こら」
思わず声が低くなってしまった。
こっちが両手塞がっていると思って何をしているんだ。
腕の中の女子はいきなり袷の中に手を突っ込んで、グイッと開こうとしていた。中にTシャツを着てはいるが、脱がすやつがいるか、普通?
「これは柔道着ですね!だから、スカートはいているんですね!」
いや、剣道着だから。
一人で納得した様子で、次は一生懸命袷を元に戻そうと奮闘している。腕の中でごそごそ動かれるのはさすがに重いんだが。
そう思っていると、おとなしくなって、
「こ、こんなもんで?」
と、気まずそうに浩一を見上げていた。
それが、おかしくて、また笑った。
保健室まで連れていったが、出張プレートが下がっていて、先生がいなかった。
まいったな。浩一は、治療などの細かい作業はあまり得意ではなかった。
とりあえず、女子を椅子に下ろしてから、薬棚からいくつか薬を拝借して膝とでこの消毒だけしておいた。
ガーゼあてるとかは、出来ない。大事になるのが見えているので、手出しはしないに限る。
病院へ行けと言えば、頷いて、答えた。
「帰って病院に行きます」
一通りこの場でできることは終わって、立ち上がれば、慌てたように、急に手をバタバタさせ始めた。
「あの、すみません、ありがとうございました!私、相川って言います。名前を教えてもらってもいいですか?」
相川と名乗った女子が一生懸命に聞いてくるので、また笑った。
しかも、名字だけとは。男前だなとも思って、浩一には面白いと感じた。
「ああ、西田だ。―――じゃあな」
名乗るっていうことは、また会う気があるんだろうか。嬉しそうに笑う相川がかわいくて、柄にもなく、手を振り返してしまった。
それを覆い尽くすかのように、黄色い歓声が上がる。
いい加減、うんざりだ。
そう思っていても、このやかましさは、荒垣本人のせいではないのだから顔に出すことはしない。
一番憔悴しているのは、本人のようだし。
荒垣は、中学生の頃から注目の選手だった。
関東大会個人の部優勝。さらに全国でも10位以内に入ったらしい。
そんな選手がうちの高校に入ってくれたとなれば、今年の全国出場への夢が膨らむ。
ただ、残念なことに、荒垣は外見が良かった。
しかも人当たりが良く、入部当初、応援に来てくれた女子に「ありがとございます」と、はにかんだ笑顔というものを見せて以来、日に日に見学者は増え続け、今では関係者以外は武道場立ち入り禁止になった。
剣道部の生徒以上に早く武道場にたかる女子。
それをかき分けるようにして入らなければならないのも、いちいち面倒くさいし、顔を洗いに出るたびに差し入れだのなんだの言ってくる女子に辟易した。
はっきり言って、西田浩一は、愛想の良い方ではない。
しゃべる必要がないのにしゃべることなどないと、堂々と言い放つ。
初対面の、名前も知らない女子から渡された手作りの食い物を、どうして部員に持って帰れるだろうか。
無理だから、無理だと言っただけだ。
そのせいか、なんとなく、差し入れは禁止されたというような噂が流れ、差し入れ自体がほとんどなくなったのは良かったと思う。
「西田!湿布がない。もらってきてくれ」
「なんで俺が」
部長からの要望に、あからさまに不満を現しても、
「次期部長だからだ!」
大きな声で言われたくないことを宣言された。
誰が、そんな面倒なことをするものか。絶対に嫌だ。
そう言われ続けて、断りも続けて、やっぱり雑用係なのだ。嫌に決まっている。
だけど、愉快そうに手を振る部長と、自分たちの喧嘩が始まるのかと心配そうに見てくる1年生の視線に、申し訳ないと、保健室に向かった。
もうすぐ校舎に入るというところで、
「痛いいぃ」
女生徒の声が聞こえた。
本当なら、あまり関わりたくはないが、痛いと言っているのだから、助けがいるだろう。
仕方なしに、浩一は声が聞こえた方に足を向けた。
「どうした?」
渡り廊下に、女子が一人座り込んで泣いていた。
こちらを見た顔を見て、ひどいなと思う。
眼鏡であったものが地面に飛び散り、眼鏡をしたまま柱におでこをぶつけたのか、おでこにも傷ができていた。
最近の眼鏡はプラスチックでできているのだと聞いていたが、こんなに粉々になるものなのか?
「こけたのか」
分かっていることを呟きながらしゃがむと、不思議そうな顔をして浩一を眺めていた。
とりあえず、傷の具合を調べて、自分だけでどうなるものじゃないと判断する。
「立てるか?」
視点が定まっていないようなので、顔を覗き込んでみたが、反応がない。
ただ、
「・・・・・・痛いです」
とつぶやいた。
「だろうな」
その端的な言葉がおかしくて、少し笑ってから保健室に連れていこうと抱き上げた。
「ひゃあ!?」
悲鳴に、そういえば何も言わずに持ち上げたなと、一応行き先を告げた。
「保健室に連れていってやる」
それにしても、と思う。随分小柄な子だったようで、軽い。女子を横抱きっていうのはしたことがなかったが、こんなに軽いものなのか?
「あの、何年生ですか?」
胸元でごそごそしながら、女子が話しかけてきた。
内心、会話は面倒だなと思いながら、この状態では仕方ないだろうと答えた。
「オレ?2年生。そっちは?」
「1年生です。あの・・・」
答えたものの、その答えは会話のきっかけだったようで、あまり興味がなさそうだ。
というより・・・・・・
「・・・・・・おい、こら」
思わず声が低くなってしまった。
こっちが両手塞がっていると思って何をしているんだ。
腕の中の女子はいきなり袷の中に手を突っ込んで、グイッと開こうとしていた。中にTシャツを着てはいるが、脱がすやつがいるか、普通?
「これは柔道着ですね!だから、スカートはいているんですね!」
いや、剣道着だから。
一人で納得した様子で、次は一生懸命袷を元に戻そうと奮闘している。腕の中でごそごそ動かれるのはさすがに重いんだが。
そう思っていると、おとなしくなって、
「こ、こんなもんで?」
と、気まずそうに浩一を見上げていた。
それが、おかしくて、また笑った。
保健室まで連れていったが、出張プレートが下がっていて、先生がいなかった。
まいったな。浩一は、治療などの細かい作業はあまり得意ではなかった。
とりあえず、女子を椅子に下ろしてから、薬棚からいくつか薬を拝借して膝とでこの消毒だけしておいた。
ガーゼあてるとかは、出来ない。大事になるのが見えているので、手出しはしないに限る。
病院へ行けと言えば、頷いて、答えた。
「帰って病院に行きます」
一通りこの場でできることは終わって、立ち上がれば、慌てたように、急に手をバタバタさせ始めた。
「あの、すみません、ありがとうございました!私、相川って言います。名前を教えてもらってもいいですか?」
相川と名乗った女子が一生懸命に聞いてくるので、また笑った。
しかも、名字だけとは。男前だなとも思って、浩一には面白いと感じた。
「ああ、西田だ。―――じゃあな」
名乗るっていうことは、また会う気があるんだろうか。嬉しそうに笑う相川がかわいくて、柄にもなく、手を振り返してしまった。
12
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
私の夫は救えないクズ〜別れた先に幸福が待ってました〜
専業プウタ
恋愛
篠山久子はアラサー商社OL。十年付き合った恋人に振られ、コネ入社なのに実家の会社が傾き父親が亡くなり腫れ物扱い。そんな時に出会ったばかりの年下ドクター富永スバルからプロポーズされる。経済的苦労もない溺愛新婚生活を送って一年、何故か久子はスバルに絞殺された。タイムリープした久子はスバルの真実を知る。再びスバルに殺された久子は時を戻り、男に頼らず、今までと全く違う行動に出る。この物語は発想を逆転させた甘ちゃんお嬢様が、悪と闘い愛すべき人生を手に入れる仰天サクセスラブストーリーである。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
セイレーンの家
まへばらよし
恋愛
病気のせいで結婚を諦めていた桐島柊子は、叔母の紹介で建築士の松井卓朗とお見合いをすることになった。卓朗は柊子の憧れの人物であり、柊子は彼に会えると喜ぶも、緊張でお見合いは微妙な雰囲気で終えてしまう。一方で卓朗もまた柊子に惹かれていく。ぎこちなくも順調に交際を重ね、二人は見合いから半年後に結婚をする。しかし、お互いに抱えていた傷と葛藤のせいで、結婚生活は微妙にすれ違っていく。
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる