【完結】僕らにはもう辿り着けない場所がある

松莉あげみ

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青い春編

第14話

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『しばらく会えない?』
「うん、受験、だいぶ近いし」
「そうだね。今はそれが最優先だ」

 進路が決まるまで対面で会うのは控える。怜史なりの決意だった。怜史の提案に物分かりの良い流生はあっさりと賛成した。もう少し残念そうなそぶりを見せてくれたって良いのに、と怜史の中では矛盾する我儘が湧き上がる。

「だから、受験終わったら」
『ご褒美が欲しい?』

 怜史の言葉を先んじて流生が予測してきたことにどきりとする。怜史が黙り込むと電話の向こうではくすくすと笑う声が聞こえてきた。

「……なんで分かるの」
『分かるさ。君くらいの歳の子は簡単なんだから』
「む、」
『そ、それで? 何が欲しいの?』
 怜史の不満が口から飛び出すと、流生は慌てて話題を逸らす。
  怜史の願いはとうの昔に決まっていた。単純だがむしろこういう機会でもないと切り出せないと思っていたことだった。

「……名前で呼ばれたい」

 今度は流生が黙り込む。容易く了承してくれるはずだという確信と、先ほどのように子供扱いされることへの不安が怜史の中で渦を巻く。
 しばらくするとまた流生の笑い声が聞こえてきたかと思えば、次の瞬間、

『――怜史、』

 と、あっさり怜史の願望を叶えた。突然の事態に怜史も拍子抜けする。耳の中で甘い音が何度もリピートされていく。

「ちょ、ちょちょちょっと! だから合格のご褒美で……」
『そんな安いものじゃお祝いしきれないよ』
「でも……」
『欲がないなぁ怜史は。もっと好きにねだってくれて良いのに』

 流生は歳上たる所以か、あるいは生来の本質なのか、とにかく怜史に与えたがる。知り合った頃は一歩引いて、自分の行動に自信が無さそうな様子だった。だがいざ怜史が懐に入り込むと、猫可愛がりをして怜史に自ら手を尽くそうとしてきた。

 ご褒美をそれ以外何も考えていなかった怜史は頭をひねる。こういう時年上の恋人に何をお願いするのが正解なのか、交際経験に乏しい怜史は分からなかった。そもそも正解なんてものは存在しないと薄々気付いているものの、初めての恋人とテンプレートをなぞることには密かな憧れがあった。

 お決まりを考えるあまり怜史の頭には最早漫画染みた言葉しか浮かんでいない。怜史の頭にあるものはいくらなんでも『らしく』ありすぎて、今度こそませた子供だと笑われかねない。だがそれを伝えた向こう側の未来を想像すると、早くそちらに飛んでいきたかった。
 流生はなんでもいいと言ったのだ。笑われたとて破局はない。成せばなる。そんなことを必死に自分に唱えながら、決するように拳を握る。

「流生さんの家に遊びにいきたいなー……」

 怜史は尻すぼみになっていく自分の言葉を聞いて以来、耳の奥がしんと静かになった。代わりに心臓がバクバクと鳴り響いている。スマートフォンを握る手の内はだらだらと汗が滲んでいる。
 家に行きたいなんて、誰にでも聞かせられる穏やかな表現に過ぎない。そのくせその言葉が何を包み隠しているかなんて明白だ。自分は流生に向かって一体何を口走ったのかと、後悔が背中を追いかけてくる。

『……ぼ、僕の家?』
「う、うん」
『そ、そうか……』
「だ、だめ?」
『いや……うん。いい、けど』

 流生からしても予想だにしていなかったことなのか、急にしどろもどろになって煮え切らない返事でOKを出した。
 その不安気な様子が伝染しつつも、流生らしさがあったことに安堵した。これ以上大人を見せられたら自分の幼稚さに押しつぶされてしまうところだった。

「じゃあ、約束ね……」
『ああ、約束……勉強、手伝えることがあったら言って』
「……」

 刹那に言われた流生に数学を見てもらえ、という言葉がよぎる。相変わらず怜史の点数は振るわない。志望校は他の教科で合格圏内に辛うじているが、数学次第で危うくなる可能性すらある。
 刹那の意見が賢明だ。だが怜史はそれに従おうとしなかった。

「……うん。どうしようもなくなったら助けて」

 そう言いながらも毛頭流生に助けを求める気はなかった。流生の手助けも、刹那の助言もなく合格を勝ち取って見せたかった。見せたい相手として先に顔が浮かんだのは、流生ではなく刹那だった。

『勿論……長く話し込んじゃったね。勉強の邪魔してごめん』
「邪魔じゃないよ、ありがとう」
『こちらこそ……それじゃ、頑張って』
「うん……あ、会えなくても、今日みたいに、電話はしたい、です」
『はは、いいよ。怜史の好きなタイミングでかけてきて。それじゃ』
「っ……ま、またね」

 不意打ちの名前に心臓がまたひどく揺れる。電話を切ってから怜史は大きく息を吐いた。流生と付き合い始めてからこんなに体力を使う電話は初めてだった。

「……」

 気分を落ち着かせながら流生とのトーク画面を閉じると、何段か刹那の名前が見えた。刹那との会話は数日前に自分が送ったメッセージで途切れている。あの日以来、顔も合わせていない。
 あの日刹那は怒っていた。怜史にはその理由が分からない。受験でピリピリしている中で浮ついている怜史に苛立っていた、と仮説を立てるも何かが間違っていると漠然と思う。
 一刻も早く和解したい、がどうすればいいのかすら分からない。
 ふと思う。怜史が今一番欲しいのは刹那と元通りになることではないのかと。だが流生にはそれを叶えられない。流生に頼むわけにはいかない。怜史自らの力で動かさねばならないことだった。
 怜史は余計な考えを一掃するつもりで、スマートフォンをベッドに放り投げる。机の上に数学の参考書とタブレットを開き、いつまで経っても解けていない証明問題に取り掛かる。
 これを終えられない限り、もっと難しい刹那の心など解き明かせるはずがないと自分を奮い立たせた。
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