【完結】僕らにはもう辿り着けない場所がある

松莉あげみ

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夏の宵編

第22話

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 刹那は自宅に帰るなり冷凍庫前に直行する。朝と同じアイスを箱から一本取り出し、個包装のビニールを剥がす。

 それを口に運ぼうとしたところで、キッチンの入り口から視線を感じて振り返る。

 茅雪が扉に身体を隠しながら目線だけを刹那に向けていた。

「またアイス食べてる……」

「暑かったからいいの」

「ねぇ……あのさ」

 刹那は茅雪の分のアイスをもう一本取り出して渡す。茅雪はおずおずと近づいて来て、小さな声で「ありがと」と呟いた。茅雪のあたまをわしゃわしゃ撫でて、刹那は茅雪を縁側へと誘った。

 外に足を放り出して座り、夕方になっても続く熱気の下で兄妹でアイスを頬張った。

「松永のおばちゃんがさ、アパートやってるんだって」

「隣町だよな。知ってるけど」

「んでね。去年まで高校生を下宿させてたらしいんだけど、今年はもう卒業しちゃっていないんだって」

「へー」

「それでね。お兄ちゃんがよその高校行った話したら、うちに住めばいいのにって言ってたの。お兄ちゃんさ、今、盛谷さんの、」

「茅雪」

 茅雪はアイスから目を逸らし、刹那をまっすぐ見つめる。その目は必死そのものだった。
 刹那は妹が何を訴えかけようとしているか分かった。急速に溶けていくアイスを茅雪の手を掴んでその口に運ぶ。

「……余計なこと、考えなくていいから」

「……」

「本当にお前らに迷惑かけそうなら、その時はちゃんと考えるからよ」

「ちが……お兄ちゃんにいなくなって欲しいから、こんなこと言ったんじゃないよ……っ」

「分かってるって。茅雪はいい子だもんなぁ」

 茅雪はこくりと頷いて刹那の手を掴んだままアイスを食べる。その目からぽろぽろと涙が落ちた。妹の涙を見て、刹那は余計に情けなくなり、同時に怒りが湧き上がった。

***

 翌る日、美術の授業の最中に刹那はまた別のことを考えて独り言を呟いた。

 キャンバスの横にはお手本の絵の代わりに学内で配布されていた下宿生徒向けのパンフレットが置かれている。

 いつものメンバーのうち、美術を選択しているのは刹那と悠、美彩季で、怜史は書道、花音は音楽とそれぞればらけている。

「下宿なぁ……」

「え? 刹那山下るの?」

「まだ分からん。家次第」

「いいじゃん下宿。一人暮らしだったら彼女呼べちゃう」

 笑みをこぼしながらしれっと呟く美彩季を見て、刹那は悠を睨む。

「……悠、美彩季にこの前の話した?」

「いや全然。刹那が好きな人いるかもしれないと俺の勘が働いたとしか……」

「言ってんじゃねえか! くそ、カップル特有のすぐ情報共有する奴らめ……!」

「隠すことないじゃーん。言ってみ? お姉さん達に言ってみ?」

 にやりと得意げな笑みを浮かべる美紗季からしれっと目を逸らせば、刹那は強引に肩を掴まれた。

「ちょっとぉ」

「ほっとけ」

「けち」

 頬を膨らませる美紗季を悠が宥める。その微笑ましげなやり取りを刹那は横目で見ながら静かにため息を吐く。

 刹那は元よりゲイでもバイでもなかった。幼少期に意識するのは女の子だけで、将来は当たり前に女性と結婚するものだと思っていた。

 それが怜史に出会って、否、浅賀怜史という人間が同じ中学に現れてから丸切り覆された。

***

 発端は三年前。刹那たちが中学に入学したその日だった。
 あの中等部に入学するのはほとんどが初等部からの持ち上がりだった。各クラスに一人か二人、編入生がいるだけだった。それゆえに見知らぬ顔は特に目立つ。

 その中でも桁違いの注目を浴びていたのが怜史だった。

「刹那、C組に女子がいるって!」

「……何言ってんだ? うち男子校だぞ」

「本当だって! ちょっと来てみろよ!」

 当時のクラスメイトに無理矢理に手を引かれ、刹那は遠く離れたクラスに連れてこられた。

 同じようによそのクラスから噂の編入生の顔を見に来た生徒たちがC組の教室の前で屯していた。クラスメイトに唆されるがまま、その根も葉もない噂を確かめようと刹那は教室の中を覗く。

 そこにいた怜史を見て、刹那は心臓を射抜かれた心地がした。

 まばたきに合わせて前髪を弾くほど長いまつ毛。周囲の男子生徒とは明らかに毛質の違う艶やかな黒髪。大きめのサイズで買ったと一目でわかる、肩幅の合っていない制服と、その袖から僅かに見える小さな手。全身が黒一色に包まれる中でくっきりと見える白い肌。

 単に女子がいるどころでは済まないほど周囲から逸脱した存在に、怜史を見ている誰もが言葉を失っている。
 刹那は生まれて初めて、人を見て綺麗だと言う感想を抱いた。

「なんだ、あれ……」

 思わず声が漏れ出る。自分と同じ生き物とは到底思えず、ある種の畏怖のようなものを抱いた。

 激しく鳴り止むのが治らない心臓を抑える。上手く制御ができない。ここで怜史を見ている全員が自分と同じ状況だと思うと、なぜだか腹が立って仕方がなかった。

 だがそれと当時に、集まる視線に対して怜史に近付こうとする生徒が誰もいないことに驚いた。皆、容易く近付いてはいけないことを分かっているようだった。

 年月が経っても怜史が人目を引くことは変わらなかった。刹那は一度も同じクラスになることがなく、ときたま遠くに見える独りきりの怜史のことをずっと見ていた。

 それがあの日、教室で日竹から怜史を救い出した日から変わった。刹那は怜史の一番そばにいることを最初に決めていた。特別扱いしないと誓ったのも、怜史がそれを望むに違いないと推測したからだった。

 そうすれば、いつかこの高嶺の花に手が届くような気がしていた。

(本当は最初女に見えてたし、勝手に特別な存在だって思ってた。怜史に俺が届かないのは、俺がずっと打算的で、怜史に心から向き合ってないからだ)

 その行動の末に今がある。同じ高校で親友として過ごしている。だがそれは、本当に刹那が望んでいた形ではなかった。

 そして、別の要因単語流生によって、本当になりたい形は遠かったきりだった。
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