【完結】僕らにはもう辿り着けない場所がある

松莉あげみ

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夏の宵編

第24話

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「そういや刹那の彼女遍歴ってうちら知らないわ」

 美彩季の言葉に悠と花音が頷く。皆刹那より先に怜史を見た。リレーが続くように怜史が刹那を見つめる。怜史なら答えを知っているだろうという憶測が、三人の頭を同時によぎる。

「俺も知らない」

「まじかよ、親友だろ!?」

「刹那は自分の話全然しないし」

 くす、と笑う怜史を前に刹那は曖昧に笑うことしかできなかった。

「いや……別にいだごどね……彼女とか……」

「えー刹那君モテそうじゃん。本当は中学で無双してたんじゃないの?」

「あほ。男子校だってば」

「オチとしては弱いなぁ」

「オチ求めんな……いや、」

 刹那が言葉を濁したのをその場の全員が聞き逃さなかった。一斉に向けられる興味に飢えた視線に思わず尻込みしそうになる。

 オチがつけられそうな話ならある。怜史のカミングアウトに匹敵するような、現代では到底考えられない話を刹那は持っている。

 ちょうどそれが刹那にとっては目下の悩みであった。

 脳裏に地元の山の景色と、そこに佇む年に数度も見ない人間の姿を浮かべながら、刹那は重い口を開いた。

「……地元の幼馴染で」

「……お?」

「……」

「……親が将来二人は結婚しなさいねって言ってたのが、いる」

「……それって婚約者ってこと!?」

「刹那ってやっぱ金持ち?」


 身を乗り出す悠と美彩季の後ろで怜史が目を丸くしている。刹那はそれを直視できない。

 怜史の目が凄んで見えた。

「いや、でも最近破談になりかけたってか……元々親とかむこうのばあさ……家族が勝手に言ってたことだし、俺は別に」

 刹那の中で後ろめたさがどんどん広がっていく。それはずっと自分が当たり前に感じていた将来の形を否定し始めている、家族に対する申し訳なさ。そして町の呪縛に抗わずにいたことによる、怜史の非難の目に対する恐怖。

 現に怜史はずっと真顔で刹那を見ている。刹那は直感していた。怜史は気付いている。

 だれが、刹那の婚約を決めたのか。刹那が言いかけて濁した人間が誰なのか。

***

 刹那の婚約疑惑に対する尋問もそこそこに、その後は据え置きゲームの試合で盛り上がり、皆暴露大会のことなどすっかり忘れたようだった。

 それでも互いのことを知って一歩距離を深めた後、別れ際の彼らの表情はいつもよりずっと互いの顔をよく見ていた。

 地元に向かう電車の中の、刹那と二人きりの怜史以外は。

 二両しかない電車のボックス席に、怜史と刹那は向かい合わせに座っていた。ショッピングモールやホームセンターの大きな建物が通り過ぎていき、一度林を抜けるとそこから先は何もない田畑が広がっている。

 怜史と刹那は電車に乗ってからまだ何も言葉を交わしていない。じっと手元を見つめている怜史と、その少し下がった怜史のつむじのあたりを眺めている刹那。

 もう後何分もすれば最寄り駅に着いてしまう。このままどことなくぎこちない時間で今日を終えていいのか、刹那は迷っていた。

 その時怜史がふと腰を上げ、座っていた席から刹那の隣へと場所を変える。何も言わずに刹那の肩にもたれかかる。急速的に近付いた距離が、刹那の鼻先に怜史から香るミントのような香りを送り込む。

「れいっ……なんだ……?」

「婚約者」

「……」

「いるって教えてもらえなかった」

「……んなの、俺にとってどうでもいいことだったし。てか婚約者とは違うし」

「どうでも良くないだろ。刹那にとっては」

「……」

 刹那の名前の上に「あの町の」という修飾語が聞こえたような気がした。

「さっきばあさまって言いかけてた」

「……うん」

「それって盛谷の?」

「……ああ」

怜史はたちまち刹那の腕に思い切りしがみつく。腕を拘束する手が震えている。

「ばあさまが結婚しろって言ってたのは、自分の次男の娘で、……盛谷兄弟からすればいとこだな」

「……」

 刹那は怜史の前で体裁を取り繕うのに必死だった。変な誤解をされたくないと、自分の関心が彼女にはないとしどろもどろになりながら説明する。

「好きじゃないの? 仁奈って奴で俺らの三個下。まだガキンチョだぜ? 恋愛対象ですらねえよあれは」

「全然」

「じゃ、むかつく」

「……え?」

「刹那が望んでないことなら、腹立つよそんなの」

 怜史には刹那の想いが伝わってか、否、伝わりすぎて怜史の拳は過剰なまでに強く握られている。

 自分のすぐ側で怒りを滲ませている怜史を見ていると、刹那は不思議と嬉しさが湧き上がってきた。
 怜史が自分を心配している。怜史が自分に将来の相手がいることを嫌がっている。たとえそれが目の敵が共通しているだけだとしても、怜史が自分に感情を向けていることが刹那の心を舞い上がらせた。

「んでもよ……怜史、俺ちゃんとばあさまにさ、そんなの嫌だって言ったんだ」

「そうなの?」

「うん。だって仁奈……そいつ九州住んでるんだぞ。一年に一回会うか会わないかだ。そんなのと結婚なんかできるわけねーって言ってやった」

 胸を張って伝えれば、怜史は大きく目を見開いた後に見たことのない笑顔で笑った。それはなぜか勝ち誇ったような、ヒールめいた妖しい笑顔だった。怜史の感情の底から見えてはいけないものが溢れでたような気がして、刹那は目が離せなくなった、

「やっぱり刹那は一味違うな」

「……ま、まあそれでちょっと揉めたりもしてるんだけど」

「大丈夫だよ、刹那なら……俺、刹那が前に自分のこと蔑ろにすんなって言ってくれたの嬉しかったんだ」

「……」

「俺も、刹那に同じこと思うよ」

「怜史……」

「自由でいようね、刹那。お互いに」

 いつの間にか怜史は刹那の手を絡め取り、繋いでいる。刹那の汗ばんだ手のひらから、冷たい氷のような怜史の手が体温を奪っていく。

(本当に俺が自由になったら、俺たち多分親友じゃいられなくなる。怜史はそれでも良いのか……?)

 自分こそ刹那にとって最大の自由などとはつゆ知らず、もたれかかる怜史を憎らしく思った。そして言えない言葉の代わりに、握られた手を握り返す。

 怜史にとってはそれが同意に思えたのだろう。怜史の顔は穏やかな笑顔に戻っていた。
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