【完結】僕らにはもう辿り着けない場所がある

松莉あげみ

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狂い桜編

第45話

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 怜史がなんとか家を出る頃にはもう十七時を過ぎていた。重い足をなんとか上げて駅に向かう。刹那にこれ以上不義理を働かないようにする義務感だけが、怜史の身体を動かしていた。

 ちょうど改札を潜る頃に刹那からメッセージが届く。

『ごめん。ちょっといろいろ巻き込まれてる』

『××駅ってところにいるから、そこで待ち合わせでも良いか?』

 想像をしていなかった内容に怜史は目を丸くする。最寄り駅から刹那が指定した駅に向かうには三十分以上かかり、予定の時刻には間に合いそうになかった。
 怜史は刹那に会う時間が少し延びたことにホッとしつつ、またその感情に罪悪感を抱いた。

『分かった。今から向かうね』

 平静を装った怜史のメッセージには刹那から謝罪を示すスタンプで返事をされた。その謝罪にまた胸が傷む。
流生からの連絡は依然無い。それが怜史の胸の内を余計に複雑に織り交ぜてくる。昨日のことを打ち明けられる人物からの連絡を、怜史は無意識のうちに待っていた。
 あの後流生がどうやって帰ったのかを知らない。冷静さを欠いたまま外に飛び出して、危険な目に遭っていないかと心配をしながら嫌な妄想を膨らませる。

 流生の無事を祈ると共に、また心が刹那から遠ざかっていることに気付いて怜史ははっと息を止める。

(何考えてるんだ……俺……)

 余計な邪念の代わりに自分の服の裾を握り潰す。それでも自分への衝動を抑えきれずに、片腕を強く握った。血の気が引くほど握り締めれば、肌の上に指の形の跡がついた。
 進む足が止まる。動かなければならないのに、刹那の元へ行かなければいけないのに、次の一歩が踏み出せない。

(動け、動けよ! なんで動けないんだよ……!)

 膝を上げようとしてもそこから下が動かない。震えて立ち止まる怜史の横を幾人もの人が通り過ぎる。怜史には自分の罪が可視化され、その全員の目が怜史に対する悪意や非難を持っているように思えてならなかった。
 自宅にいた時と同じように、また吐き気が込み上げてくる。今度はめまいも加わって、怜史の足元を大きく揺るがした。

 その時、気だるげに歩く影が怜史の目の前で足を止めた。黒いコートのポケットに手を突っ込んだまま、その裾を翻しながら怜史に近寄ってくる。毛先を微かにピンクに染めた髪をかきあげて、怜史を見下ろす。
 怜史もおもむろに顔を上げる。目線を合わせた先の男の顔が、頭の中で記憶と結び付くと、怜史は思い切り眉を上げた。

「なんだ。本当にいるじゃん。有名人」

「……日竹?」

 底意地悪そうに口元を歪める笑顔を怜史は忘れてはいなかった。同じ制服に身を包んでいた頃よりも、派手になった外見はかつてよりもずっと威圧的なオーラを放っていた。両耳に下げたピアスは瞳と同じ色でギラギラと怜史を見つめているようだった。

「……なんでここに」

「お前の学校の奴らに聞いた。適当に声かけたらみーんなお前のこと知ってたわ。浅賀怜史の最寄駅はここだってな。相変わらず人気者商売、続いてるわけだ?」

「……そんなこと言うために、俺を探してたの? 暇じゃん」

「なーんか。機嫌悪くね? 久々の再会だろ?」

 日竹は気の良いふりをしながら怜史の肩を叩く。図星を疲れて余計に虫の居所が悪くなった怜史は、日竹の手をすぐさま振り払った。
 日竹は一瞬ムッとしてから、すぐに笑顔を作り直す。

「まあそう言うなよ。俺はお前を助けに来てやったんだよ」

「……何言ってんの?」

「本当にご機嫌斜めだな……めんどくせぇ」

「、だったらっ」

 怜史が日竹の言葉に反論しようとしたその時、日竹は唇の前に人差し指を押して怜史に静かにするように訴えてくる。硬直した怜史の耳元にそっと寄り、左手ではスマホの画面を突き出してきた。

 画面には、見知らぬ場所で眠る刹那の姿が映し出されていた。

「……!」

「てめえの連れだろ? こいつが浅賀以外の理由であのクソ田舎を出るわけがねえからな」

「……これ、どこ」

「場所は問題じゃねえ。問題なのはこの写真を撮ったやつだ……柏葉、厄介なやつに捕まってんぞ」

 日竹の真剣な様に怜史は息を呑む。日竹の言葉は大袈裟だったが、彼がふざけていっている気配はなかった。

「ついてくるならあいつがいる場所を教えてやるよ」

「何か条件、あんの」

「お前どれだけ俺を悪人だと思ってんだよ……俺はただ俺にデメリットが発生するから、お前を餌にして事態を解決させたいだけだよ」

「……刹那からは、××駅に来るように言われてる」

「なら話が早え。ただ駅に行ってもあいつにゃ会えねえよ。着いて来い」

 日竹は先の尖ったブーツで怜史の前を歩く。怜史が進み出さないのを見て、舌打ちをしながら振り返る。怜史は渋々日竹に付いていくことを選んだ。

 鉛のように動かなかった足がすんなりと持ち上がる。突然現れた日竹は不可思議で、何も信用してはいけないと怜史の過去の記憶が警笛を鳴らす。
 だが今は明確に背中を押された。刹那に会いに行く理由を日竹が持ってきた。持ってこられたものは複雑で、不穏な匂いで怜史の肌を粟立たせる。
刹那からの『巻き込まれている』と届いた言葉が、今になって焦燥感を感じさせる。
 
だが怜史は考えても何も出てこないことを悟り、今はただ必死になって、早歩きで進む日竹の背中を追いかけた。
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