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青い春編
第6話
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「どういう……ことですか」
怜史は現実が受け入れられずに流生に問いかけた。自分の目からいくら涙を落とそうとも、流生の言葉は受け入れられなかった。
「ついさっきだよ。ここの文化祭に来るのに自転車に乗っていて車に接触した」
「無事、なんですよね……?」
「それは……」
吃る流生を前にして怜史の頭の上で絶望が広がっていく。今日出琉に会える。それは怜史にとって生きていく糧の一つだった。だがそれは叶いそうにない。
今日だけであれ、とせめての願いが頭の中を繰り返す。だが嫌な予感が拭えない。
怜史の身体が膝から崩れ落ちようとする。真横にいた日だけが手を伸ばすより先に流生が駆けつけて怜史の身体を抱き止めた。流生の胸の上にちょうど怜史の頭が乗っかった。
「……来てもらえないか」
「え、」
「イズは君に来てほしいと思うんだ」
「……」
怜史は胸を振るわせながら日竹を見る。怜史の頭の中での最優先事項は出琉だった。だが日竹との約束を無碍にすることは申し訳ないと思った。
「……」
日竹は無言で目を逸らす。それが彼の答えだった。
怜史は流生に頷いてから涙を振り切った。流生が手を引いて控え室を二人で飛び出す。ちょうど扉の向こうに刹那がいて、怜史と思い切り激突した。
「ってぇ!」
「っ、ごめん柏葉!」
「は? あさ、が……」
地面に尻餅をつきながら見上げた先の怜史を見て刹那は言葉を失った。怜史のその姿を見たのは三人目だった。直接手を施した日竹と、冷静じゃない状態で入ってきた流生。刹那が初めて客観的に、そして平静の状態で怜史を見た。
刹那は動けなかった。目の前にいるのが怜史だとすぐに分からなかった。刹那の背中から汗が噴き上がる。緊張から来るものだと刹那は直感した。
「出琉さんが……」
だが怜史の言葉を聞いてすぐにハッとする。その瞬間に隣にいた流生の存在にも気付く。刹那は食らいつくように流生に問いかける。
「あんた、なんでここに……!?」
「……あとでにしよう。今は、時間がない」
「何、冷静ぶってんだ……?」
流生が刹那から目を離した途端、刹那はその手を思い切り掴み上げた。一度歯を食いしばって、それから口を開いた。
「そんな格好で浅賀を外に出そうとすんなよ……着替えさせろ」
刹那がそう言ったタイミングでちょうど日竹が怜史の制服を持って追いかけてくる。怜史は流生と顔を見合わせてから日竹の制服を受け取って引き返す。
怜史が控え室に引っ込むと流生もそれを追いかけた。刹那は止めはせずとも閉められた扉を険しい顔を見つめていた。
さらに続いて追いかけようとする日竹のジャケットを掴んで止める。刹那はそのまま壁に寄って大きなため息をついた。
「信じらんね。何やってんだ」
「俺は何もしてねえっての」
「お前もあいつも……あいつも、全部誤算だよ……くそ」
額に手を当て視界の情報をシャットアウトする。触れた顔はしっかりと熱を帯びていた。
***
制服に戻り、流生の車に乗せられて怜史は隣町の総合病院にやってきた。外は雨が降り出しそうな雲色で、怜史の頬に冷たい風が吹き付けた。背中はずっと汗が流れており、怜史の胸の奥の不快感を助長した。
流生がナースステーションで出琉のいる部屋を尋ねると、看護師の一人が物々しい顔で二人を病室に案内した。
「ご家族が揃われましたら先生をお呼びしますね」
看護師はそう言うと二人を残して戻って行った。怜史はもっと慌ただしい病室を予想していた。だが異様なまでに静かだった。看護師の面持ちも、窓からの光にしか照らされない部屋も怜史の緊張感を張り詰めさせる。不安を抱えながら病室の入り口で立ち尽くす怜史の背中を流生が静かに押した。
病室はベッドに伏せた出琉以外は誰もいなかった。照明は付いておらず、仄暗い雲の縁からわずかに差す陽の光で辛うじて部屋の全貌が見えるほどの明るさだった。
怜史は出琉のベッドに近付くのが恐ろしかった。そこにいるのが出琉ではないような気がした。出琉が出琉ではなくなっているような予感がする。拭っても拭っても怜史の胸から消えてはくれない。
流生が先に出琉に近寄る。布団を被せられた身体から唯一見えている顔にそっと手を当てがった。
「顔に傷はつかなかったみたいだ。良かったな、イズ」
穏やかな声掛けに出琉の反応はない。怜史は弟を慈しむ流生の後ろ姿を二メートルほど後ろから見つめることしかできなかった。
やがて流生が振り返る。怜史に笑顔を向けようとしたのか、まなじりを下げて見せたがその顔はくたびれていた。
「ごめんな、イズ、もう息してないんだ」
「――あ、」
怜史の視界が揺れる。学校で事故の話を聞いた時よりも深い絶望が怜史の足を掴んで地面に引き摺ろうとした。
だが、持ち堪えた怜史はゆっくりと出琉へと近付いた。
流生の介助を受けながらベッドの前に立つ。
白い肌の穏やかな出琉の顔を見た。息をしていない。流生の言った言葉を頭の中で反芻する。そして流生と同じように出琉の頬を撫でた。出琉に触れるのは初めてだった。だがやはり、あの太陽のような人間の熱は、もうここにはなかった。
***
流生と出琉の両親が到着すると間も無く、医師による死亡確認が行われた。家族に看取らせるための一種の儀式だと怜史は思った。とっくのとうに、出琉はそこからいなくなってしまっているのだから。
死亡時刻が告げられる中、怜史は流生と一緒に病室の外で出琉のいる部屋の扉を見つめていた。
「……一緒にいなくていいんですか」
「大丈夫だよ」
わざわざ自分に付き添う流生を怜史は不思議に思って見つめた。流生は涙一つ見せることなくただぼんやりとしているだけだった。
やがておもむろに前かがみになって膝に腕を乗せて手を組んだ。
「……イズから聞いたことがあるんだ。自分のことを慕ってくれる後輩がいるって」
「……」
「その子は、本当はただの後輩のつもりじゃなくて、真剣に自分のことを好きになってくれたんだって教えてくれたよ」
「っ!」
虚無で覆われていた心が出琉を前にしたかのように暴かれる。悲しみが一斉に押し出してきて、涙になって怜史の頬を濡らした。流生は少しだけ距離を詰めて怜史に寄り添う。
「応えてあげられなくて申し訳ないって、言ってたんだ」
「いずる……さ、」
怜史はいつか触れた出琉の究極的な優しさを思い出す。怜史の告白を出琉は決して拒まなかった。いつものと変わらない太陽の笑顔を返してくれた。そのおかげで怜史が真に傷つくことはなかった。
そんな出琉だったからこそ、怜史は今日まで惹かれ続けていた。
「……う、うぅっ、あぁ……」
嗚咽が漏れ出し怜史は床に沈み込むように項垂れた。流生はその背中を支えて優しく摩った。怜史が流生の顔を見上げる。出琉ではない、だが出琉によくにたその人に怜史は縋った。嗚咽はやがて悲鳴に変わり、扉の向こうにいる家族よりも怜史は涙をこぼした。
怜史は現実が受け入れられずに流生に問いかけた。自分の目からいくら涙を落とそうとも、流生の言葉は受け入れられなかった。
「ついさっきだよ。ここの文化祭に来るのに自転車に乗っていて車に接触した」
「無事、なんですよね……?」
「それは……」
吃る流生を前にして怜史の頭の上で絶望が広がっていく。今日出琉に会える。それは怜史にとって生きていく糧の一つだった。だがそれは叶いそうにない。
今日だけであれ、とせめての願いが頭の中を繰り返す。だが嫌な予感が拭えない。
怜史の身体が膝から崩れ落ちようとする。真横にいた日だけが手を伸ばすより先に流生が駆けつけて怜史の身体を抱き止めた。流生の胸の上にちょうど怜史の頭が乗っかった。
「……来てもらえないか」
「え、」
「イズは君に来てほしいと思うんだ」
「……」
怜史は胸を振るわせながら日竹を見る。怜史の頭の中での最優先事項は出琉だった。だが日竹との約束を無碍にすることは申し訳ないと思った。
「……」
日竹は無言で目を逸らす。それが彼の答えだった。
怜史は流生に頷いてから涙を振り切った。流生が手を引いて控え室を二人で飛び出す。ちょうど扉の向こうに刹那がいて、怜史と思い切り激突した。
「ってぇ!」
「っ、ごめん柏葉!」
「は? あさ、が……」
地面に尻餅をつきながら見上げた先の怜史を見て刹那は言葉を失った。怜史のその姿を見たのは三人目だった。直接手を施した日竹と、冷静じゃない状態で入ってきた流生。刹那が初めて客観的に、そして平静の状態で怜史を見た。
刹那は動けなかった。目の前にいるのが怜史だとすぐに分からなかった。刹那の背中から汗が噴き上がる。緊張から来るものだと刹那は直感した。
「出琉さんが……」
だが怜史の言葉を聞いてすぐにハッとする。その瞬間に隣にいた流生の存在にも気付く。刹那は食らいつくように流生に問いかける。
「あんた、なんでここに……!?」
「……あとでにしよう。今は、時間がない」
「何、冷静ぶってんだ……?」
流生が刹那から目を離した途端、刹那はその手を思い切り掴み上げた。一度歯を食いしばって、それから口を開いた。
「そんな格好で浅賀を外に出そうとすんなよ……着替えさせろ」
刹那がそう言ったタイミングでちょうど日竹が怜史の制服を持って追いかけてくる。怜史は流生と顔を見合わせてから日竹の制服を受け取って引き返す。
怜史が控え室に引っ込むと流生もそれを追いかけた。刹那は止めはせずとも閉められた扉を険しい顔を見つめていた。
さらに続いて追いかけようとする日竹のジャケットを掴んで止める。刹那はそのまま壁に寄って大きなため息をついた。
「信じらんね。何やってんだ」
「俺は何もしてねえっての」
「お前もあいつも……あいつも、全部誤算だよ……くそ」
額に手を当て視界の情報をシャットアウトする。触れた顔はしっかりと熱を帯びていた。
***
制服に戻り、流生の車に乗せられて怜史は隣町の総合病院にやってきた。外は雨が降り出しそうな雲色で、怜史の頬に冷たい風が吹き付けた。背中はずっと汗が流れており、怜史の胸の奥の不快感を助長した。
流生がナースステーションで出琉のいる部屋を尋ねると、看護師の一人が物々しい顔で二人を病室に案内した。
「ご家族が揃われましたら先生をお呼びしますね」
看護師はそう言うと二人を残して戻って行った。怜史はもっと慌ただしい病室を予想していた。だが異様なまでに静かだった。看護師の面持ちも、窓からの光にしか照らされない部屋も怜史の緊張感を張り詰めさせる。不安を抱えながら病室の入り口で立ち尽くす怜史の背中を流生が静かに押した。
病室はベッドに伏せた出琉以外は誰もいなかった。照明は付いておらず、仄暗い雲の縁からわずかに差す陽の光で辛うじて部屋の全貌が見えるほどの明るさだった。
怜史は出琉のベッドに近付くのが恐ろしかった。そこにいるのが出琉ではないような気がした。出琉が出琉ではなくなっているような予感がする。拭っても拭っても怜史の胸から消えてはくれない。
流生が先に出琉に近寄る。布団を被せられた身体から唯一見えている顔にそっと手を当てがった。
「顔に傷はつかなかったみたいだ。良かったな、イズ」
穏やかな声掛けに出琉の反応はない。怜史は弟を慈しむ流生の後ろ姿を二メートルほど後ろから見つめることしかできなかった。
やがて流生が振り返る。怜史に笑顔を向けようとしたのか、まなじりを下げて見せたがその顔はくたびれていた。
「ごめんな、イズ、もう息してないんだ」
「――あ、」
怜史の視界が揺れる。学校で事故の話を聞いた時よりも深い絶望が怜史の足を掴んで地面に引き摺ろうとした。
だが、持ち堪えた怜史はゆっくりと出琉へと近付いた。
流生の介助を受けながらベッドの前に立つ。
白い肌の穏やかな出琉の顔を見た。息をしていない。流生の言った言葉を頭の中で反芻する。そして流生と同じように出琉の頬を撫でた。出琉に触れるのは初めてだった。だがやはり、あの太陽のような人間の熱は、もうここにはなかった。
***
流生と出琉の両親が到着すると間も無く、医師による死亡確認が行われた。家族に看取らせるための一種の儀式だと怜史は思った。とっくのとうに、出琉はそこからいなくなってしまっているのだから。
死亡時刻が告げられる中、怜史は流生と一緒に病室の外で出琉のいる部屋の扉を見つめていた。
「……一緒にいなくていいんですか」
「大丈夫だよ」
わざわざ自分に付き添う流生を怜史は不思議に思って見つめた。流生は涙一つ見せることなくただぼんやりとしているだけだった。
やがておもむろに前かがみになって膝に腕を乗せて手を組んだ。
「……イズから聞いたことがあるんだ。自分のことを慕ってくれる後輩がいるって」
「……」
「その子は、本当はただの後輩のつもりじゃなくて、真剣に自分のことを好きになってくれたんだって教えてくれたよ」
「っ!」
虚無で覆われていた心が出琉を前にしたかのように暴かれる。悲しみが一斉に押し出してきて、涙になって怜史の頬を濡らした。流生は少しだけ距離を詰めて怜史に寄り添う。
「応えてあげられなくて申し訳ないって、言ってたんだ」
「いずる……さ、」
怜史はいつか触れた出琉の究極的な優しさを思い出す。怜史の告白を出琉は決して拒まなかった。いつものと変わらない太陽の笑顔を返してくれた。そのおかげで怜史が真に傷つくことはなかった。
そんな出琉だったからこそ、怜史は今日まで惹かれ続けていた。
「……う、うぅっ、あぁ……」
嗚咽が漏れ出し怜史は床に沈み込むように項垂れた。流生はその背中を支えて優しく摩った。怜史が流生の顔を見上げる。出琉ではない、だが出琉によくにたその人に怜史は縋った。嗚咽はやがて悲鳴に変わり、扉の向こうにいる家族よりも怜史は涙をこぼした。
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