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the first kiss
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身の上のことを言葉にするとなると、喉の奥から酸が込み上げてきそうになった。
「……ほんの一年前まで、私は国騎士団に所属していた」
「へえ、あんたの歳じゃ相当なベテランだろ。階級も高そうだ」
マカハの目がキラキラと輝く。私はその眩しい視線に耐えきれずに目を逸らした。
国騎士団とは、王直属の憲兵団のことである。国随一の剣豪集団であり、市民にとっては憧れの存在だ。
だが、それは私を除く騎士たちのことであって、私は誰かの羨望を受けられるような存在ではなかった。
「私はちっとも強くなかったよ。不器用でな。何をどうしたって、誰かの背中を追う立場でしかいられなかった。所詮は血筋で選ばれただけ、コネで入団したのとも変わらなかったからな」
「血筋?」
私は髪に隠した、折れた狼の耳をマカハに見せた。
それを見たマカハの眉がぴくりと動く。口を一文字に結び、私の話に耳を傾けてくれているらしい。
「狼の一族だ。力は強かったが、魔法の才能はなかった。使えもしないし耐性もない。そのせいで遠征先で弱い魔女に呪いをかけられて、歳を取りこんな姿になってしまった」
「……」
「情けない話だろう。このまま大人しく隠居爺になった方がいいという、天の思し召しとは思うが……こうして足掻きながら若返る方法を探しているんだ」
「……そんな、自分に冷たく当たるなよ」
マカハがジョッキを置く音が、静まり返った部屋に響く。マカハの口元に力が入っているのが見えて、私は不思議とほっとした気持ちに駆られた。
「いやなに、君は優しいな」
「当たり前だろ! だって本当の姿じゃないんだ。俺だったら悔しいし、全力で取り戻してやるって思う」
「……」
「……ごめん。あんまり話したくなかったよな?」
「……構わない。事情もよく分からない人間を自宅に居座らせるのは君も不安だろう」
私は自分の身の上話を聴いてくれたマカハに感謝をしながら、ただ微笑んだ。つられるようにマカハも口角を上げる。そしてマカハは空になった自身のジョッキに、二杯目のワインを注ぎ私の前で掲げてみせた。
「リーベルの希望と若々しさと自信に輝いた未来に、乾杯!」
「……はは、なんだそれは」
「悪いことばっかじゃつまんねえもん。これからはきっと良いことが起こるに違いないって事で、その前祝い!」
からりと乾いたマカハの笑みが心をくすぐる。誰かに自分の事情を話したのは初めてだった。一人で抱える孤独が辛かったのだと、ここにきて気付かされる。
目の奥が熱くなった。目頭を押さえて、涙が溢れるのを耐える。
「ああ……ありがとう」
私はマカハの祝福に応えようと、同じようにジョッキを掲げた。マカハといると心が洗われるようだった。
まるで永遠の友を得たような気がして、私は久方ぶりに心から笑った。
***
マカハとは色々な話をした。町のこと、家族のこと、仕事のこと。時間はあっという間に過ぎていき、日付を跨ぐような時間になった。
私が酒に浮かれて眠気まなこになり出した頃、マカハは何やら荷物をまとめて外套を羽織った。
「……どこかに行くのか?」
「……夜は町の警備の仕事があるんだ、持ち回り制で。帰りは朝になるから、俺のベッド使ってくれよ」
「そうか。忙しいのに押しかけて申し訳なかった」
「気にすんなよ、俺が呼んだんだし。じゃ、行ってくるな」
「ああ、気を付けて」
マカハは軽い足取りで家を飛び出し、その足音が家の中からもしばらくは聞こえ続けた。
しんと静まり返った空間に一人きりになり、私は少し寂しさを覚える。残ったジョッキの中のワインを飲み干す。テーブルくらいは片付けようと、空になった食器を台所に運ぶことにした。
テーブルには空になったワインボトルが三本ある。二人で分けて飲んだ量は、おそらくちょうど半分ずつだろう。
「あれだけ飲んでいたのにこれから警備とは……この町は平和だな」
あまり酔った様子はなかったものの、酒が入ったままのマカハを思って私は少し苦笑いを浮かべた。
食器を片付けると、私の眠気は本格的になっていった。家主が留守という状況は忍びないが、マカハの言葉に甘えてベッドを借りることにした。
上着と靴を脱ぎ、ベッドの上に横たわる。数分と経たずにまぶたが降りてきた。この穏やかな気持ちのまま眠りにつこう、そう思ったその時。
――ドン、と遠くから銃声のようなものが聞こえてきた。
反射的に身体が起き上がる。カーテンを開いて外を見たが、ここからでは外の景色は見えなかった。
私は急いで玄関へと向かった。そうしている間に外からは喧騒が聞こえ始めた。先程の物音も仕切りに響き続けている。
「一体何が……ッ!」
私は扉を開いた。蝶番が軋む音と共に月明かりに晒される。
その瞬間、喉元に向かって何物かが食らいついてきた。咄嗟に身を守る姿勢を取る。首を庇う腕に裂くような痛みが走った。突き付けられていたのはナイフだった。血が吹き出して地面に散らばる。
「……っ!? 君は……」
私を狙ってきた人間の顔を見て驚愕した。彼はナイフを抜くと、再びこちらを狙うように構える姿勢を取った。
ルビーとトパーズ。煌びやかな光で私の目を虜にした瞳が――マカハが、今は明確な殺意を持って私を睨みつけていた。
「マカハ、何を……っ」
「悪いなおっさん。お涙頂戴してくれたところ申し訳ないんだけど……秘薬はあんたに渡せるような代物じゃねえんだ。諦めて帰るか――ここで死んでくれ」
マカハは一切の陽気さを秘め、鋭い眼光を浴びせてきた。
マカハの代わり様とその言葉を、私はすぐに理解することができなかった。
「……ほんの一年前まで、私は国騎士団に所属していた」
「へえ、あんたの歳じゃ相当なベテランだろ。階級も高そうだ」
マカハの目がキラキラと輝く。私はその眩しい視線に耐えきれずに目を逸らした。
国騎士団とは、王直属の憲兵団のことである。国随一の剣豪集団であり、市民にとっては憧れの存在だ。
だが、それは私を除く騎士たちのことであって、私は誰かの羨望を受けられるような存在ではなかった。
「私はちっとも強くなかったよ。不器用でな。何をどうしたって、誰かの背中を追う立場でしかいられなかった。所詮は血筋で選ばれただけ、コネで入団したのとも変わらなかったからな」
「血筋?」
私は髪に隠した、折れた狼の耳をマカハに見せた。
それを見たマカハの眉がぴくりと動く。口を一文字に結び、私の話に耳を傾けてくれているらしい。
「狼の一族だ。力は強かったが、魔法の才能はなかった。使えもしないし耐性もない。そのせいで遠征先で弱い魔女に呪いをかけられて、歳を取りこんな姿になってしまった」
「……」
「情けない話だろう。このまま大人しく隠居爺になった方がいいという、天の思し召しとは思うが……こうして足掻きながら若返る方法を探しているんだ」
「……そんな、自分に冷たく当たるなよ」
マカハがジョッキを置く音が、静まり返った部屋に響く。マカハの口元に力が入っているのが見えて、私は不思議とほっとした気持ちに駆られた。
「いやなに、君は優しいな」
「当たり前だろ! だって本当の姿じゃないんだ。俺だったら悔しいし、全力で取り戻してやるって思う」
「……」
「……ごめん。あんまり話したくなかったよな?」
「……構わない。事情もよく分からない人間を自宅に居座らせるのは君も不安だろう」
私は自分の身の上話を聴いてくれたマカハに感謝をしながら、ただ微笑んだ。つられるようにマカハも口角を上げる。そしてマカハは空になった自身のジョッキに、二杯目のワインを注ぎ私の前で掲げてみせた。
「リーベルの希望と若々しさと自信に輝いた未来に、乾杯!」
「……はは、なんだそれは」
「悪いことばっかじゃつまんねえもん。これからはきっと良いことが起こるに違いないって事で、その前祝い!」
からりと乾いたマカハの笑みが心をくすぐる。誰かに自分の事情を話したのは初めてだった。一人で抱える孤独が辛かったのだと、ここにきて気付かされる。
目の奥が熱くなった。目頭を押さえて、涙が溢れるのを耐える。
「ああ……ありがとう」
私はマカハの祝福に応えようと、同じようにジョッキを掲げた。マカハといると心が洗われるようだった。
まるで永遠の友を得たような気がして、私は久方ぶりに心から笑った。
***
マカハとは色々な話をした。町のこと、家族のこと、仕事のこと。時間はあっという間に過ぎていき、日付を跨ぐような時間になった。
私が酒に浮かれて眠気まなこになり出した頃、マカハは何やら荷物をまとめて外套を羽織った。
「……どこかに行くのか?」
「……夜は町の警備の仕事があるんだ、持ち回り制で。帰りは朝になるから、俺のベッド使ってくれよ」
「そうか。忙しいのに押しかけて申し訳なかった」
「気にすんなよ、俺が呼んだんだし。じゃ、行ってくるな」
「ああ、気を付けて」
マカハは軽い足取りで家を飛び出し、その足音が家の中からもしばらくは聞こえ続けた。
しんと静まり返った空間に一人きりになり、私は少し寂しさを覚える。残ったジョッキの中のワインを飲み干す。テーブルくらいは片付けようと、空になった食器を台所に運ぶことにした。
テーブルには空になったワインボトルが三本ある。二人で分けて飲んだ量は、おそらくちょうど半分ずつだろう。
「あれだけ飲んでいたのにこれから警備とは……この町は平和だな」
あまり酔った様子はなかったものの、酒が入ったままのマカハを思って私は少し苦笑いを浮かべた。
食器を片付けると、私の眠気は本格的になっていった。家主が留守という状況は忍びないが、マカハの言葉に甘えてベッドを借りることにした。
上着と靴を脱ぎ、ベッドの上に横たわる。数分と経たずにまぶたが降りてきた。この穏やかな気持ちのまま眠りにつこう、そう思ったその時。
――ドン、と遠くから銃声のようなものが聞こえてきた。
反射的に身体が起き上がる。カーテンを開いて外を見たが、ここからでは外の景色は見えなかった。
私は急いで玄関へと向かった。そうしている間に外からは喧騒が聞こえ始めた。先程の物音も仕切りに響き続けている。
「一体何が……ッ!」
私は扉を開いた。蝶番が軋む音と共に月明かりに晒される。
その瞬間、喉元に向かって何物かが食らいついてきた。咄嗟に身を守る姿勢を取る。首を庇う腕に裂くような痛みが走った。突き付けられていたのはナイフだった。血が吹き出して地面に散らばる。
「……っ!? 君は……」
私を狙ってきた人間の顔を見て驚愕した。彼はナイフを抜くと、再びこちらを狙うように構える姿勢を取った。
ルビーとトパーズ。煌びやかな光で私の目を虜にした瞳が――マカハが、今は明確な殺意を持って私を睨みつけていた。
「マカハ、何を……っ」
「悪いなおっさん。お涙頂戴してくれたところ申し訳ないんだけど……秘薬はあんたに渡せるような代物じゃねえんだ。諦めて帰るか――ここで死んでくれ」
マカハは一切の陽気さを秘め、鋭い眼光を浴びせてきた。
マカハの代わり様とその言葉を、私はすぐに理解することができなかった。
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