3大公の姫君

ちゃこ

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三章

胎動1

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 あれから、学院の雰囲気がガラリと変わった。


 まず、フォルカといつも共にいるようになったジオラルド達。

 それに癇癪を起こすエリーゼ。


 その微妙な空気が学院を覆っていた。


 それに何より。
 最近妙な噂が密かに、しかし大胆に学院に流れ始めたのである。


 ーーーー曰く、貶められたエリーゼは恨みを募らせジオラルドの心を取り戻すために役に立とうとルベイン公国の高位貴族に取り入った。


 ーーーー曰く、フォルカの弱味を握る為に学院の学生たちにエリーゼがすり寄っている。



 ーーーー曰く、エルフェ家のフォルカは姉に嫉妬し、ローランに自国の情報を


 そんな噂が様々な形で人から人へ伝染して行く。
 伝言ゲームのように最初の形から殆ど原型を留めていない眉唾な話も多かった。

 ただ、最近少しずつではあるが、未来で公王の妹という立場になるフォルカに対し距離を置き始める者らがいた。


「フォルカ?どうしたんだい」

「いいえ、何でもないんです…」

 元気無さそうに俯くフォルカにジオラルド達は慌てた。

「フォルカ殿。どうした?いつもの勝気なフォルカ殿はどこにしまい込んだのだ」

「元気なさそうだね。何かあった?もしかしてエリーゼが何か…」

 ギルバートとロイが気遣わしげにフォルカを覗き込んだ。

「え!エリーゼ様は関係ないわ!」

 そうじゃない。
 言いたいのはそれじゃない。

 なんで。


 (ーーー誰の許しを得て私を!私を呼び捨てににしてんだこの殿下っーー!)

 ゾワゾワが止まらない。
 冷や汗も止まらない。

 そんなに親しくなった覚えはねぇ!と言えれば何と楽か。

「…もしかして。例の噂を気にしてるのかな?」

 オリバーも眉尻を下げてフォルカに視線を送った。



 今現在いるのは学院の中庭のテラスである。そこで皆で食後の時間を過ごしていた。
 ちなみにこの場にエリーゼはいない。

 何故か最近あまり見かけないのだ。
 最初の頃はそれはもう目の敵の如く噛み付いて来た。

『このビッチ!皆を侍らかして最低よ!』

『ジオラルド様はあんたに騙されてるのよ!目を覚ましてジオラルド様!』

『オリバー達も何でそんな女ばっかり構うのよ!私が可哀想じゃないの!?こんな学院でひとりぼっちにするなんて!!』

『その女はジオラルド様に取り入って王妃になる気よ!しかも今学院で流れてる噂を知ってるの!?その女は姉に劣等感があるっていうじゃない。そりゃそうよね!あんな姉がいたら自分の存在が霞んじゃうもんね?それが気に入らなくて出し抜こうとしてるんじゃないの』

 等々。
 実にバリエーション豊かにフォルカに文句を言いに来た。
 やめておけばいいのに殿下達のいる前でだ。

(女のダークサイドは決して殿方の前で見せるものではなくてよーーーと、姉は言っていた)

 フォルカは正にその通りだと今ほど実感した事はない。

 日に日に殿下達のエリーゼを見る目が奇異な物を見る目に変わったからだ。

 いくら恋をしてたって100年の恋も冷めるというものだ。


「フォルカ様。本当に大丈夫ですか?お手が冷たいですわ」

 不意にイーリス嬢がフォルカの手を握って来た。
 彼女にも色々迷惑を掛けている。
 ボロが出やすいフォルカの代わりに言い掛かりの様な悪口を言い返してくれているのは彼女だ。

 ーー高潔なフォルカ様はそんな事なさいません。


 と一言ばっさり。
 ちょっと恥ずかしいけれど、嬉しいものだ。
 ニコニコが止まらない。


 まぁ、それはさておき。
 そろそろ動く頃かな。

 ーーー出ておいで。ネズミさん。



 フォルカは見られる事なく壮絶な笑みを浮かべたーー。





ーーーーーーーーーーーーーー





「ねぇ、ダグラス?」

 レスティアは自分の居室に呼び出した男をうっそりと見えるような顔で見上げた。

「ん?どうした。腹痛か?いい薬持ってるぜ…ぐっ…!ちょっ!まっ!」

 レスティアは少しだけドレスの裾をつまみ上げ、ダグラスの足の甲に向けブーツ越しだがピンヒールのヒールでグリグリと体重をかけた。

「ダグラス?乙女の心を弄ぶなんて酷いと思わなくて?」

「誰!だ、れが!オトメッ…!やめてぇぇぇ!」

 決してコントをしているわけではない。
 たぶん。




「…ごほんっ。で?俺に用ってなんだ?」

 少し落ち着きを取り戻した二人はテーブル越しに向かい合う。雰囲気は獅子が大蛇に挑み掛かる様相を呈していた。
 本人達は至って普通だが。

「貴方の脳筋が必要なの」

「貶されてるの俺?」

「違うわ。貴方は普段は何の役にも立たないけれど、軍略、戦術、指揮において貴方ほど優れた脳筋はいなくてよ」

「最初のところいる?褒められてる気が微塵もしないんだが」

 このテンポで繰り広げられる会話が割と通常だ。


 しかし、次の瞬間レスティアの雰囲気が覇者のに変わる。


「ダグラス・カーライル」

「はっ」

 ダグラスも直ぐに軍の敬礼である胸の前で腕を掲げる姿勢を取る。


「今お前の指揮下で動いているヘルゼン帝国国境はどうなっています」

「今は小競り合い程度だ。と、言いたいところだが、やつらの最近の動きは不可解な所がある」

 その言葉を聞いて、レスティアは一つ頷く。

「やはり」

「何か知ってるのか」

 レスティアは飲んでいたワインのグラスをコトリと起き、ダグラスを真っ直ぐに見た。

「向こうの兵の配置や人数が頻繁に変わるのでは?」

「っ!そうだ。やつら、俺が国境の警備を変更する度に何故か即座に呼応する」

 レスティアの言葉を聞いてダグラスは確信を持つ。
 手が怒りに震える。

 ダンっ!!!!

「内通者だな。それも俺に近い人間だ」

 木目のテーブルがダグラスが殴り付けた事により亀裂が入る。

「おかしいと思っていたんだ。疑ってはいた。しかし疑いたくもなかったさ」

「落ち着きなさい、ダグラス。ネズミが尻尾を出したに過ぎないのだから」

「お前は何か当たりは付けているんだな?」

 少しの沈黙の後、レスティアがゆるりと嗤った。


「当然」
 

 それを聞いたダグラスはニヤリと笑った。


「なら、政治そっちは任せるぜ。俺は軍内部を洗い出す。処罰は俺がしていいよな?」

「もちろん」

「国を裏切ったんだ。簡単には死なせん…」

 ダグラスも壮絶な笑顔を作るが、それ以上に目の前にも面白そうに笑う絶対者がいたーー。



「では、ダグラス。頼みましたよ。貴方の手腕が素晴らしければ惚れてしまうかもしれなくてよ」
 

 レスティアはそう言いながら扇子で口元を隠してからニコリと笑んだ。
 それを目にして嬉しそうにダグラスは扇子が握られていないもう片方の手を取り、口付けを落とす。

「貴女様の仰せの通りに」






ーーーーーーーーーーー



「公王陛下。レスティア様が御目通りを願い出ていますが」

 玉座で考え事をしていた公王は側仕えの言葉に頷く。

「入れ」


 許しが出たので、レスティアが謁見の間に入室してきた。

「公王陛下。突然訪問の無礼、お許しを」

「いかがした。レスティア殿。何か問題でも起きたか」

 このレスティアは普段きちんと筋を通す人間だ。
 礼儀や作法にも通じ、謁見願いを無理に捻じ込んで来るなどした事がなかった。

「陛下。折り入ってお話がございます」

「…聞こう」

 公王は今までにない、レスティアの様子に緊張を滲ませる。
 自然と握り締めている手にも力が入る。


「ありがとうございます」


 レスティアは一つ息を吐いて、事の詳細を語る事にした。


「現在、我が国には内通者がおります」


 ガタッ!

「何だと!?」

 公王は驚いて玉座から立ち上がった。

「どうしてそう思う」

 立ち上がってしまった事を咳払いで誤魔化し、公王はゆったりとまた腰掛けた。

「はい。まず、先のレオンの騒動でローランが絡んでいる動きを捉えました。そしてローランと我が国のある貴族が内通しレオンを拐かし御し易い傀儡に変えようと画策したようです。これはつい最近の話ではなく、レオンが幼少の頃から遡る話になるので今は割愛します。」

「な、なんだと…」

 公王は自身の息子の話なので愕然としたようだった。

「そして、今の現状ですが現在我が国には内通者の裏切り者が潜んでおり、軍部の情報が隣国のヘルゼン帝国に流れています。」

「…ローランではなく…ヘルゼンだと…?」

「経路は我が国から漏れた情報がローランに渡り、ヘルゼンにまで届いているようです。我が国の密偵がこれをやり取りする書簡を手に入れ保管しております。相手には偽の書簡を持たせ、情報を操作するように今現在は対策しております。これを意味する処は公王陛下ならば察する事が出来るかと」

 苦虫を噛んだような表現で公王は溜息を吐いた。



「つまり。レスティア殿は我が国はローラン、ヘルゼン二カ国から攻撃を受ける可能性が高いと言いたいのだな?」

「はい。恐らくですがうちは仮初めの和睦。対してあちらは同盟を組んでいると思われます。」


「では今回の留学者達も…」

「全員では無いにしろ、確実に密偵が紛れています。我が国内で堂々と密偵活動をしているようです」

「なんという…事だ」


 愕然とした顔で公王は二の句が告げなかった。

「ですから、私はこれから排除に動きますので公王陛下よりその事についてのが頂きたいのです。」

「…。目星は付いているのだろう?」

 レスティアは公王の言葉に神妙に頷いた。
 元々ヘルゼン帝国は政治の在り方や、土地柄の違い等で昔からルベインを目の敵にしていた。
 あちらの王は正に強欲な王と言える。
 自分の欲しい物は何が何でも手に入れる。
 ルベインの土地は肥沃な大地で、作物が育ちやすい。
 その上、工業も盛んで技術的にも他の国より一歩前に進んでいるとくれば。

 あの強欲王が欲しがらないわけがない。



「もちろんでございます。機を見て、我が国の内通者を捕らえ、にはこちらから仕掛けます」


「わかった。しかし、レスティア殿。全面戦争はなるべく避けたい。こちらが望んだわけではないのだ。無闇に犠牲者を出したくはない」


「私もそれは避けたいと思っています。二つの国と正面からやり合うなど愚の骨頂。もし、あちらが仕掛けて来るならば、状況に陥らせれば良いかと」


 レスティアの言葉に公王は一つ溜息をまた吐き、ゆっくりと頷いた。



「よかろう。ではこの件についてレスティア殿に全権を任せる。頼んだぞ」



 レスティアもしっかり顔を上げ、公王を見据える。



「御意」





 これで、全ての準備は整った。




(まずは、ローランに送り込んだダグラスの弟、アランに行動を起こすよう伝えましょうーーーーー)





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