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四章
動乱2
しおりを挟む誰かが悲鳴を上げた…気がした。
全てがスローモーションのように感じる。
誰が最初に正気に戻ったのか。
レスティアが床に倒れ込んだのを視界の端に捉える。
「会場を全面封鎖しろ!!」
俺は真っ先に命じた。
ここから先は何人たりとも出られないようにしなければ。
招待客のリストは全て控えている。退出する際も本人かどうか確認は取っていた。
近くにいたフォルカが顔色を変えてレスティアの元へ走る。
「お姉さま!!」
俺だって。
俺だって直ぐにでも駆けつけたい。
大丈夫だと知っていても焦燥が止まらない。
だが、俺にはやらなければならない役目がある。
レスティア本人から命令された事をしっかりやり遂げねば。
だが。
こんなにももどかしいものなのか。
あいつは自分が目覚めるまでの間の指示もしっかりしていった。
あいつは俺たちでやれると信じたんだ。
何としても遂行する。
「皆動くな!これより勝手に会場から退出することは決してまかりならん。暫く待機せよ。」
俺はまず、給仕の者たちを一箇所に集めた。
「皆状況は聞いているな。何者かにレスティア様の飲み物に毒物が入れられた」
俺のその言葉に給仕の者たちがヒュッと息を飲む。
皆信じられない面持ちだ。
「早急に解決せねばならん。身に覚えのない者は臆する事はない。全て取り調べをさせてもらう」
全員が真剣にコクリと頷いた。
次に騒ぎの中心になっている場所に向かう。
カツカツと靴音を立て、悲鳴と怒号が広がっている場所へ。
「な!離しなさいよ!なんで私がこんな扱いされなきゃならないの!」
俺の耳にあのガキの声が聞こえて来る。
今直ぐに殺してやりたい。
だが、まだそのタイミングではない。
「すぐにこの場一帯を封鎖しろ。グラス、ボトル、使用した酒全て抑えろ。レスティア様は直ぐに医務官を呼び解毒させるのだ」
皆が縋り付くようにカーライル大公の周りに人が集まって来る。
「それと、レスティア様と直接関わった給仕の者とエリーゼ嬢も拘束する」
「何でよ!私は同じグラスに口を付けたのよ!もしかしたら狙われたのは私だったかもしれないじゃない!!」
「そうであれば、余計厳重な警備に保護させた方が安全では?狙われているなら一人で行動せぬ方がよいでしょう」
ダグラスの言葉にエリーゼは下唇を噛んだ。
「お連れしろ」
ダグラスが命じ、衛兵が給仕とエリーゼを連れて行った。
既にレスティアは別室に運び出され、応急処置をされたようだ。
その場には静寂が戻る。
「今から毒物に触れた者がいないか簡易検査を行う。これは任意ではない。そしてローランの方々も受けてもらいましょう」
「な、何を!まさか我々に犯人がいるとでも!?それにエリーゼをどうするつもりだ!彼女になにかあれば許さないぞ!」
ダグラスが冷たい瞳でジオラルド殿下を見やる。
「お言葉ですが。彼女は当事者です。彼女が勧めた祝い酒によりレスティア様がお倒れになった。彼女が犯人で無くとも彼女を狙ったものかもしれません」
「ならば!」
「もしくはエリーゼ嬢を陥れる為に何者かが画策したのやもしれません。この状況は見ての通りエリーゼ嬢に最も不利な状況です」
ハッとジオラルドが目を見開いた。
確かにそうであった。
状況的に明らかにエリーゼが怪しいと皆が思えるような状況だ。
もしも、そうなら。
もしもローランの人間に罪が着せられるような状況になれば、母国とルベインで戦争になる。
「殿下も知っての通り我々とあなた方の国はやっと和睦を結ぶようになった。しかしそんな事になれば直ちに開戦状態となりましょう。真実は明らかにすべきです。この和睦を快く思わぬ者の仕業かもしれません。そしてエリーゼ嬢もただ知らずに利用されただけという可能性もあります」
「そ、そうだな・・・」
ジオラルドがホッとしたような表情を見せる。他の者たちも皆同じような顔だ。
しかし釘を打っておくのも忘れない。
「が、しかしエリーゼ嬢に罪は無かったと判明したとしても利用されるような事態を招いた事は事実です。そして今回害されたのはこの国の次代の後継者。エリーゼ嬢は子爵令嬢。何の沙汰も無いとは思わぬがいいでしょう」
「な!無実だとしても罰せられる可能性があるのか?」
「失礼ながらどちらの命の方が重いのかは歴然でしょう。それはローランでも同じ。今回の事を大事にしたくないという思惑が両者で働けばそれもありかと」
「エ、エリーゼはこの私の未来の伴侶だ!それでもか!?」
と思い詰めたようにジオラルド殿下が発言した内容にその場にいた者たちは驚きの声を上げた。
皆一様にヒソヒソと囁きあう。
「どういうことだ・・・?殿下の妃候補は確かアリアーネ・ルインデ公爵令嬢であったはずーーー・・・」
「おかしな話だ。候補の中に先ほどの娘の名前は無かったはず・・・」
などと小声で聞こえてくる。
「ジオラルド皇太子殿下。恐れながらそのような事実はありません」
しかし、ジオラルドの発言を一刀両断したのもダグラスだった。
「な、貴様!」
「口約束を当人がなされようと正式な婚約または成婚でなければ意味はないのです。ローランからの正式な発表もされておりません。ローランが彼女の存在を認めない限り彼女は未来の皇太子妃ではなく、ただの子爵令嬢でしかない。それ以上でも以下でもありません。ですので現時点で配慮すべき身分ではありません。お分かりか」
ただ静かにダグラスは事実を語った。
決して恫喝しているわけでもないのに冷えた空気に室内の温度が心なしか下がっている気分さえする。
ジオラルドの方が身分は高いが完全に圧倒され、二の句を告げられなかった。
「っっ・・・・!」
ジオラルドがこれでもかと言わんばかりにダグラスを睨み付ける。
彼に取って自分の意見が通らなかった経験、反論が出来なかった経験は皆無だった。
ずっとローラン国内で皆が自分に傅き、肯定の言葉しか言われた事がなかった。
手から何かがガラガラと崩れていくような気がした。
足元が抜けるような、足場が悪く細い道を歩かせられている感覚がする。
役者が違うのだと言われた気がしたーー。
「では、簡易検査を行う」
やれやれと言わんばかりにダグラスは皆に告げた。
(何の偶然かは知らんが、ローランの人質が手に入ったーーー)
エリーゼやローランの間者たちだけでなく、皇太子たちもだ。
ちなみにダグラスの弟については何の心配もしていない。
(あいつだけなら自分だけで何とでもなるからな…)
ローランがアランを人質に取ろうとしても恐らく上手くはゆくまい。
それだけの信頼を持てる奴だった。
バタン!!
突然扉が開いた。
「ダグラス兄様!!」
「フォルカか!どうした!?」
「お姉様が!」
フォルカが血の気の引いた顔でダグラスに縋り付く。
「何があった!説明しろ!」
ダグラス自身もフォルカの様子に顔色を変える。
「お姉様の呼吸が浅いの!どんどん弱くなってきて!わ、私はどうすれば……」
っっ!!?
「皆はここで検査をしていろ。フォルカ。俺も行く。案内してくれ…!」
「ダグラス公。後は私が引き受けましょう。ティア姉様の元へお急ぎ下さい」
この場をティセリウス家のエドワードに引き継ぐ。奴はレオンと違い頭の回る奴だ。
この場をしっかり押さえてくれるだろう。
エドワードは幼少からレスティアを慕っていた青年だ。
彼自身も駆け付けたいだろうに立場を優先してくれた。
感謝すべきだろう。
「すまん!任せる!」
ダグラスはエドワードに手を上げ駆け出した。
その背中を追う二対の瞳が勝利を確信したかのように笑った。
ーーーそして、その姿をフォルカが見ていた事も知らずに。
網に引っかかりましたね、ネズミさんたち。
フォルカは嗤う。
役者が違うのだと。
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