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2.画面越しの声
しおりを挟む第2話 画面越しの声
その日は学校に行く時間になっても立ち上がれなかった。
制服を着たままベッドに横たわっている。
スマホをぼんやりと眺めていると、母がそっとドアを開けた。
「みゆ……学校、今日は休むの?」
「……うん」
母は何も言わずにそっとドアを閉めた。
外を見ると、さっきまで蝉が泣いていたのが嘘のように黒い雲がかかっていた。
私はカーテンを勢いよく閉めた。
ベッドに戻って目を閉じると、いつしか眠っていた。
スマホの通知で目が覚めた。
【星野あかりが配信中!】
――あかりちゃん。
小学校6年生のとき、初めて生で見た憧れのアイドル。
あのキラキラした笑顔を見て、思わず拳を握りしめたあの日。
画面に映ったあかりちゃんはあまりに眩しかった。
「みんな、こんにちは~!
今日も来てくれてありがとう!」
コメント欄はあっと言う間に歓喜の声で埋まっていった。
「今日もかわいいね!」
「こんな時間に配信してくれるの神!」
布団の中でスマホを強く握りしめていたら、次第に頬に冷たいものを感じた。
「あかりちゃんみたいに、
私も、誰かを笑顔にしたいのに……」
手の甲で目元を拭うと、そっと配信画面を閉じた。
それでもアプリはついたままだった。
ふと見ると、自分のアカウントに見慣れないボタンがあった。
【配信開始】
自分が配信をするなんて、考えたこともなかった。
私は右手をゆっくり顎に当てた。
もし私が配信したら……
あかりちゃんみたいに輝けるかもしれない。
少しでも、あかりちゃんに近づけるかもしれない!
指が震えた。
汗をかいているのに身体が凍りつくようだった。
顔を見られたら、傷を見られたら、笑われたら。
でも、
もう失うものなんてない!
私はベッドからがばっと跳ね起きた。
それから、ベッドの隅でいつも私を見守ってくれているくまのぬいぐるみのサブを、力強く抱きしめた。
「サブ、見てて!」
サブの丸い目がさらに丸くなったような気がした。
私は勉強机にスマホを立てると、ガチガチに震える指で「配信開始」のボタンを押した。
画面に自分の冴えない顔が映った。
赤く泣き腫らした目、ショートボブなのにぐちゃぐちゃに乱れた髪。
コメント欄は無言が続いた。
その無言が私を笑っているように思えた。
当然だ、誰が私の配信なんて見るだろう。
もうやめようかと思った次の瞬間、見慣れないみかんのアイコンが表示された。
それから、
「初見です」
というコメントが表示された。
「……えっと……はじめまして、みかん大好きさん、でいいのかな…」
声が上ずっていた。
「みゆ、です……」
絞り出すように声を出したら、後が続かなかった。
しばらく無言が続いた。
「つらそうだけど、どうしたの?」
「みかん大好き」と表示されたアイコンからコメントがあった。
私は何かを言おうとしたが、言葉にならない呻きが漏れただけだった。
呼吸が荒くなった。
一息つくと、
「オーディション……落ちちゃって……
アイドルになりたくて、頑張ったのに……」
気づくと、視聴者を示す表示の数が5人になっていた。
「話聞くよ~」
「よく頑張ったね!えらい!」
「チャレンジできたことに価値があるよ!」
名前も姿も知らない人たちから「よく頑張ったね」と言われた。
思えばお父さんから一度も言われたことなかったな。
と思ったら再び涙が溢れてきた。
「私……父親にも、夢を笑われて……
もう、どうしたらいいかわからなくて……」
涙は嗚咽に変わっていた。
それでもコメント欄は変わらず優しかった。
「泣きたいときは泣いていいんだよ」
「一人じゃないよ」
「あとで見返してやろうよ」
「ごめんなさい、初めてなのに情けない姿見せちゃって…」
それでもしゃくりあげるのをやめられなかった。
私が泣き止むまで、コメント欄は温かかった。
「みんなありがとう……ございます…
こんな私に、なんで優しくしてくれるの…ですか?」
「みゆちゃんの必死が気持ちが伝わってきたよ」
「明日も配信してね」
配信を終えるときには、視聴者数が20人と表示されていた。
私はスマホを胸に押し当てて、サブをそっと抱きしめた。
「サブ、知らない人たちが、私の話をちゃんと聞いてくれたよ」
サブの柔らかい毛の上に、新たな雫がこぼれた。
でも、その涙は、少しだけ、温かかった。
「明日も……
ちょっとだけ、やってみようかな」
画面越しの知らない人たちの声に、少しだけ救われたような気がした。
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